63話〜「風来坊ルノール」
食糧を届けた翌日、
納品された小麦を製粉して作られたパンが町で売られるようになり、町はだいぶ活気が戻ってきた。
普段はライ麦などを使った黒パンが主流のはずだが、俺が持ってきたのは全て小麦だったのでかなり高級品になってしまう白パンが配られた。
とはいえ使い道のない金だけがあぶれていた町ではそれでも白パンが売れに売れていた。
「白パンとは言っても色々と混ざってるけどな」
繁盛しているパン屋からパンをひとつ買って、それを食べながらひとりごちる。
宿の食事にもパンが出され、わずかな肉と野菜のスープに比べて質の良いパンが少しだけ浮いていたのを責めるのは可哀想だろう。
俺たちが宿に納品した野菜たちはまだ在庫が残っているらしく、少しずつ切り崩しながら提供を続けているのは『お客さま、この町を支えている冒険者のみんなのため』らしいので、近いうちにまた食糧を納めてやりたいものだ。
ところでルノールはまだ帰ってこない。
看板娘ちゃんのところにも顔を出していないので、まだどこかで獲物を探しているのだろう。
心配じゃないのかと言われるかもしれないが、俺とルノールの間では数日くらいなら連絡がとれなくても問題ない、というのが普通になっている。
というのも、俺は薬を精製する為に影響が出ないよう洞窟や山にこもって錬金や調合をしていることもあった。
逆にルノールは個人で受けた護衛依頼や輸送依頼を遂行する為、一週間くらい居ないということもよくあった。
お互いに報連相が足りないとは思うが、何も言わずにいなくなることもしばしばだったので最近はそれほど気にしなくなってしまった。
アプリには小言を言われるが、俺とルノールの関係といえばそんなものだ。
「お父様とルノールの関係は本当に不思議ね」
「向こうは村を出たい理由があって、俺は特に目的がなかったからな。お互いの事情が噛み合ったから一緒にいたが、離れない理由もないんだよな」
「それに昔のルノールはともかく、今のルノールはだいぶ綺麗になったでしょう。心配だったりしないのかしら」
「そうだなあ。あれでか弱くはないし、元が元だから意外と容赦ないからな。ちょっかい出した相手が死なないかは心配だな」
普段のルノールは温厚で柔和だが、敵と見做したら割と容赦がない。敵じゃなければ厄介な奴らや悪人でも助けようとしたり面倒ではあるが。
「まあ、いくらか情報を集めてきて、明日になっても戻ってこないようなら先に出るか。用があるなら後から追ってくるだろうし」
「……その根拠のない軽さで、お父様がルノールをどう思ってるのか何となく分かるわ」
別に大した事じゃないんだがな。アイツは俺が育てた魔力を含んだ植物のおかげでだいぶ魔力が高いから心配するほど弱いわけじゃない。
ただ俺みたいに<草食系>スキルがあるわけじゃないから、同じ量を食べても効果が全然違うので、そこまでチートじみた強さなわけでもないが。
「どっちにしろ状況が分からないし、どこに行ったかも分からない……」
いや、どうだ?
ルノールは獲物を探しに出たが、何の宛もなく出ていったわけじゃないだろう。ああ見えて高レベル冒険者だ。
そう考えてみれば足跡を追うことぐらいはできるかもしれない。
俺は一旦アプリを置いて冒険者ギルドに向かった。
カティラの冒険者ギルドは相変わらず冒険者たちがたむろっている。魔物も動物も見かけず、依頼のほとんどは食糧の調達依頼だ。討伐依頼もあるが、その内容も『なるべく多く、討伐部位ではなく全身を持ち帰る事』というもので、遠回しな食糧調達だから誰も受けていない。
そんな状態なのでギルド職員もそれほど忙しそうにはしていない。閑古鳥というわけではないが、ゆとりがある。
とりあえず目についたカウンターに並んでみると、40代くらいの男性職員がちょうど目の前の冒険者の対応を終えたところだった。
「お待たせしました。本日はどのようなご用件でしょうか」
冒険者ギルドでは珍しいくらいに丁寧な対応に少し驚く。
荒くれ者の多い冒険者ギルドでは低姿勢で丁寧というのは舐められる原因にもなるので、職員もそれに応じて気の強い者が多い。
隣のカウンターをちらりと見てみれば、やはり強気そうな若い女性職員が、報告のついでとばかりに口説きにかかったのをばっさりと切り捨てているところだった。
「はは、私の対応が不思議ですか? すみません、先日まで商人ギルドで働いていたので多少毛色が違うかと思いますが、お許しください」
なるほど。商人ギルド出身というなら理解できる。
ギルド間での協定や連携というのは、実のところあまり存在しない。
だが、同じ町の中であるなら別で、たまに別のギルドの人間が手伝いにくるというのはなくはないことだ。
「港があのような状況なので、冒険者の方々もイライラしてしまうのでしょう。そこに油を注いでも良いことはありませんが、つい職員の方も火がついてしまったようで」
どうやらこの人は冒険者と職員が揉めてしまい、仕事に出れなくなった職員の代わりとして呼ばれたらしい。
商人ギルドも暇じゃないのだろうが、昨日俺が訪れた限りで言えば忙しそうでもなかった。
主産業の海運が動いていない状態ではそんなものなのだろう。
「すみません、余計な話でしたね」
俺が黙っているので申し訳なさそうに彼は頭を下げてくる。すまない、脳内では色々と考えてるんだけどうまく言葉にできなくて喋れないんだ。
「別に気にしていない」
自分がコミュニケーション能力不足なのは重々承知しているが、こうして困らせてしまうのは申し訳ないな。
「聞きたいことがあってきたんだ。ルノールという冒険者のことを知ってるか」
ルノールの名前を出してみたが、少しだけ考えるような素振りをしている。おそらく彼は商人ギルドの人間だから冒険者であるルノールは知らないのかもしれない。
そんなことを思っていたら隣からキツめの女性職員から助け舟が出る。
「ルノールちゃんなら輸送依頼に行ってるわよ」
「輸送依頼か。なるほど」
俺が頷いていると女性職員が何か合図をし、男性職員と席を代わった。彼女の前に並んでいた3人の男性冒険者がつまらなそうに解散していくので、この女性自身が目当てだったのだろう。
「あなた、ルノールちゃんのパーティーメンバーでしょう。一緒に居るところを何度か見たわ」
「ああ、一応は俺も冒険者だしな」
「ギルドカードを見せてくれる? 一応、規則で守秘義務があるから確認だけはしないといけないのよ」
言われるがままにギルドカードを出して確認してもらうと、少しだけ眉を顰めたような顔をしてカードを返してくる。
「ふうん、Lv3冒険者、ね。だからかしら?」
彼女が言いたいのはおそらく、俺とルノールの冒険者レベルが離れているから一緒に輸送任務を受けなかったのか、だろう。
別にルノール自身は何も考えておらず、俺がいれば穀物や野菜は手に入るから自分は肉類を仕入れようとして、それが見つからないから輸送任務に混ざって手に入れてこようとでも思ったんだろうが。
「パーティーでも常に一緒というわけじゃない」
ぶっきらぼうに言えば軽く鼻で笑われる。そりゃそうだ、Lv3の冒険者といえばようやく初心者脱出くらいのレベルだ。このあとの4,5レベルで研鑽を積んで6に至るのだから、片方が6で片方が3では寄生していると思われても仕方ない。
「そういうものかしらね。で、ルノールちゃんがどこに行っているか知りたいのかしら?」
「そうだな。知っているか?」
「東南東の領都ラグヴァね。ネヴァン男爵のお膝元で、この辺りでは一番豊かな町じゃないかしら」
ということはルノールが狙っているのは野生動物や魔物じゃなく家畜かもしれない。元羊飼いの血が疼いたんだろうか?
「そうか。ありがとう、助かった」
「それだけかしら?」
あとは特に用はないが……いや。
「そうだな、ルノールが帰ってきたら俺も食糧調達に出たと言っておいてくれ」
しかし俺がそう言うと女性職員は片眉を上げて不思議そうな顔をする。
「どうした、何か気に触ることでもあったか?」
「いえ、そうじゃないけど……あなたたち、パーティーなのよね?」
そういうことか。
「ああ。だが四六時中べったりしている必要もないだろう。アイツがそれが必要だと思ったならそれをすればいいし、俺は俺でやるべきことがあるならそれをするだけだ」
「そう……」
言い切ってやると今度はなんだか神妙な顔になる。というかカウンター業務はいいのか? あまり客はいないが、さっき離れた男たちがこっちを見ているが。
「あなたたちは互いに分かり合ってるのね」
「過干渉しないだけだ。いつまでも子供やってるわけにもいかないからな」
俺がそう言えば、きょとんとした顔をした後で笑い出す。
「ふふっ」
「なんだよ」
「いえ、なんでかしらね。あなたって、見た目はゴブ……子供みたいなのに、ずいぶんと大人みたいなことを言うのね、って思って」
そういえば俺の見た目はまだまだ子供だったな。
人に会わない期間が長かった上、舐められるとすぐに搾取される人生を送ってしまったから前世の俺の感覚のままでいたが。
「冒険者だからな」
そう言って茶を濁し、その場を後にする。
結局ルノールが輸送依頼に出ていて、場所は領都ラグヴァだということが分かっただけだが、それでも十分だ。
商人ギルドで聞いた情報では、ラグヴァまでは馬車で7日ほどかかる道のりらしい。
輸送の往復に現地での滞在期間を考えればあと半月は帰ってこないだろう。
しかしそんなに長く居ないなら一声かけてほしいものだ。アイツの分も宿代を払ってるのに半月居ないって無駄金にもほどがあるぞ。
結局、合流しようとしたところで時間がかかるだけなのも分かったので、俺は作ったばかりの畑をどうにかして町の人間に気づかせて自給自足の糧にしてもらおうと画策することにした。
どうせ俺が手を貸さなければただの畑だ。別に金を払ったわけでもないし懐も痛まない。
宿に戻ってルノールのことをアプリに説明すると彼女もかなり微妙な表情をしていたが納得してもらった上でまた畑作りを手伝って貰うことにした。
さあ、ここからは俺のステージだ。