62話〜「食糧支援」
〜前回〜
泥沼のケイト
ムギムギ小麦作り
魔法の使えない魔力タンクの嫉妬
小麦を荷台いっぱいに積み込んだ俺たちは現在、港町カティラを南東にグルッと大きく回った場所を移動している。
「いや、まさか荷を積んだ状態だと獣道を通れないとは思わなくてな……」
道中の弁解はアプリに向けたものだが、当のアプリからは返事はない。
短時間での魔法の行使に栽培スキルで疲れたという意思表示だろうが、その理由をきちんと聞けたわけではない。
獣道の手前まで来たところでブライアンが途方に暮れたような顔で嘶いてこちらを見つめてきた辺りからアプリは一言も喋らなくなった。
町の外にいる時しか自由に喋れないアプリが完全に黙ってしまうというのは由々しき事態だが、その引き金を引いたのが自分だと思うとなんとも言えない。
やがて林立する木々の先を抜け、荒野の先は次第に海から離れていく。
離れていくと同時に林は広くなり、そのまま林を避けて通れば途中で街道に合流する。
この荒野と丘のある方への道は基本的に人が来ない事で有名な場所でもある。簡単に言えば何もないからだが、その先には本当に何もなかったりする。
俺たちがいた荒野の丘はそのまま進むと深い谷と合流する。
この世界に数多くある「英雄の戦跡」と呼ばれる場所で、伝承では強大な魔物と英雄の戦いの際に出来た亀裂らしい。
港町カティラが長く王国の玄関として君臨していたのは、この英雄の戦跡のおかげでもある。
東に向かえば英雄の戦跡があり、攻めるに攻めづらく。
北に向かえば万年吹雪が降り止まない、行軍困難な土地が広がっている。
様々な理由で攻めるに難い難所だったカティラが、、今は「訪れるだけで困難」という理由も含めて商品不足に陥っているというのは皮肉が効いているとでもいうか。
木立の切れ目まで辿り着き、小さく見えた街道に合流したところで方向を変えて町へと向かう。
無理に獣道を抜けようとせずに街道に合流したのは、他の商隊なんかに見られた時、誤魔化せるだろうという打算も含めてだ。
しかし俺たちの馬車はその後誰にも会うことなく街道を進み、日が暮れる頃には町の入り口へと戻ってくることが出来た。
町の入り口には幾つかの冒険者パーティーの姿が目についたが、やはりというか、どの連中もあまり芳しくない成果だったようで明るくは見えない。ルノールも同じような感じだろうか。
入り口に近づき、集まっている連中の後ろに並んだ辺りで周囲がざわつきはじめた。
「おいお前、それはまさか……」
「おいおいマジかよ……」
「おおお……ありがてえ、ありがてえ……」
なにやら騒ぎになってしまった。
「どうしたどうした……って、お前はこの間のゴブ、じゃなくて商人じゃねえか」
おい。
どうやら俺は冒険者ではなく商人として認識されているらしい。まあ仕方ない、冒険者としての仕事はほとんどこなしてこなかった上、最初は食糧を売りに来たと説明して中に入ったしな。それより今ゴブリンって言おうとしたろ。
「ああ。食糧が不足している事だし、いつ海に出れるかもわからないから別の場所で仕入れてきたんだよ」
嘘は言ってない。
「そうか、そりゃ助かる!順番は変えられねえがちょっと待っててくれ、すぐに通すからよ」
荷台いっぱいに積まれた麦の山を見て喜ぶ門番の姿に思わず苦笑してしまう。そんなに嬉しそうにされると現状の苦しさを思って困ってしまうだろ。
それから、並んでいた冒険者たちが次々に順番を譲ってくれたのですぐに町に入ることが出来た。
なにしろ食糧がなくて冒険者たちも困っており、ここ2日ほどはパンもろくに手に入らなかったらしい。
町に入ってからも大変だった。
食糧を積んだ馬車が入ってきたのは俺たちが依頼を受けて出ていた頃に1度きりだったらしく、その1台が持ってきた食糧だけでは町を食べさせていくには到底足りない。
そういった理由で町全体に飢餓感が蔓延しており、スラムのそれに近い環境となっていた。
さすがに襲われることはなかったが、大名行列のよう列をなして並ばれたり、鶏のヒナのように後をついてこられるのは困った。
だが、これだけ目立つのは好都合な点もある。
商人ギルドに入り、2台の荷車にいっぱい積んだ麦を売る。
これだけ目立っていれば横領も横流しも出来ないだろう。無いとは思うが、そこまで人の善性を信じてもいない。釘を刺したつもりで納得しよう。
全てを売ったらそれなりの金になった。
薬を売り歩いていた頃に比べたら安いものだが、それでも食糧が高騰しているというのは本当の事だからして安く買えるとも思っていなかったのだろう。
ただ一つ誤算だったのは、俺は台車いっぱいに麦を積んでしまったが、1台は野菜にしておくべきだった。
麦のまま売ってしまったので、これから製粉してパンにするらしい。ということは今日はまだ食糧にありつけないだろう。
ギルドの建物の外で空腹に喘ぐ人たちにすぐ与えられるものというのは何もないが、仕方ない。
「ケイトさん、そんなにご心配なさらなくても大丈夫ですよ。今日のところはギルドの倉庫を開けて食糧を配らせていただき、明日からパンの作成にとりかかりましょう」
どうやら顔に出ていたらしい。ギルド職員の男性がそんな風に言ってくれた。
「すみません。食糧不足は耳にしていましたが、依頼で町を離れていたのでここまで深刻だとは思っていませんでした」
「ええ、そうでしょう。我々としても現状は憂いているのですが、外洋に出ていたものも含めて全ての船が港に戻ってきてしまいましたので、もはや次の船が来ることもなく領主様も困ってしまったのです」
「領主様は他領に食糧支援などは」
「ここから南に街道を下り2日ほどの場所から東に5日ほどの距離にある男爵領の町に支援を依頼したそうですが」
ふむ。何もしていないわけではないらしいが、どこも食糧不足ということだし向こうもかつかつなのかもしれないな。
「しかし連絡をしたのは1ヶ月以上も前で、未だに返事も返ってきていないと領主様はおっしゃっていましてね」
おや、何やらきな臭い話になってきたな。
「そういう事ですので、ケイトさんが麦を持ってきてくれたのは渡りに船でした。ありがとうございます」
「いえいえ。こちらとしてもカティラから船が出ないことには目的が達成できないので、ここに居る間は協力させてもらいますよ」
敬語は肩が凝るが仕方ない。商人ギルドは裏表もあるが、金のやりとりを至上にしているだけあって考え方はシビアだ。裏切りはあまり考える必要がないというのは俺にとって非常にありがたい。
「それとケイトさん、また食糧を買い付けてきてくださるご予定は?」
「そうだな。次は野菜や果物を仕入れてきたいが、買い付けられそうな町や村はありますか?」
正直言えば自分で作るのが一番早いが、昨日の今日でいきなり持って帰ってきたら疑われるだろう。少しでもごまかしが効きそうな地名を知っておきたい。
「そうですね……先日より領主様が支援を打診しているネヴァン男爵領か、北の玄海山脈の農村なら、あるいは」
「玄海山脈?」
聞いたことのない地名が出てきたな。
「船がつけられないほどに海沿いの崖の先にそのまま聳える山脈です。『大陸の壁』とも言われ、そこから上陸することが実質不可能なので、ここカティラが港町として発展したとも言われています」
「北は雪も降るそうだけど、そこも?」
「はい。ですが寒い土地に向いた作物を育てているらしく、さらに言えば王国からの管理もほとんど届いていないので重税の影響が少ないと思われます」
だから「あるいは」なのか。
「ですが、もし行かれるのでしたらネヴァン男爵領に行っていただきたいと個人的にお願いします」
「それは、領主の依頼に対しての返答を聞いてこいということですか?」
「それはさすがに不躾すぎるでしょう。単に食糧の確保であればあそこの方が良い、というだけです」
ならば問題ないだろう。
問題があるとすれば、未だに帰ってこないルノールだけだ。
「分かった。すぐに行くとは限らないけれど、考えておきます」
そう言って俺はギルドを後にした。
もちろんギルドの前にたむろしていた連中はおこぼれを期待していたが、ギルドの人間が先に出て説明をしてくれていたので、俺はその横を抜けるようにして宿に戻った。