61話~「無計画農業」
~前回~
アプリ、キレたッッ!
前日に準備していた畑の予定地に戻ると、植えておいたボーリングツリーから流れ出た水が地面いっぱいに染みこみ、溶けだした塩分が周囲の木に吸われていき、その繰り返しで土からはもう塩分らしいものを感じることはないだろう。
「その代わり、土そのものが地面に見えないけど」
……前日からずっと水を出しっぱなしにして、水分に塩分を溶かし出す作戦だったのだが。
「見事に……沼になっちまったなあ……」
水分が多すぎたのか、荒野だったはずの地面が泥沼の中に沈み込み、周辺の木とボーリングツリーだけを残して湿地帯の姿に似た形になってしまっていた。
「ボーリングツリーは水分を吸い上げるけど、再現なく吸い上げちゃうから失敗だ、って言ってたのはお父様じゃない。なんで放置したの?」
「いや、その…一晩くらいなら大丈夫かと思って」
「沼になってるわね」
「……沼になってます」
おそらく地下水脈が思った以上に水分豊富だったのだろう。海が近いし崖も近いから、大きな地下湖でもあったのかもしれない。
「ま、まあ沼でも大丈夫じゃないか?穀物とかなら育つだろう」
「心配だけど……仕方ないわね。とりあえず手分けして植えていきましょうか。私じゃ品質向上は出来ないから、ちゃんと揃えてくださいねお父様」
釘を刺されつつ小麦をバラまいていく。
俺の栽培スキルのありがたい点は、適当でもわりとうまく育つところだろう。勝手に地面にもぐりこんで育ってくれるのは非常にありがたい。
アプリの栽培スキルも似たようなものだが、彼女の場合は範囲が狭い。身長などのサイズ比で考えればすごい規模の能力のはずだが、実際に使ってみるとせいぜい3m程度だろうか。
かといって、俺も俺でちょっと困ったことになっていた。
「おおおおお。気をつけて投げないと飛び散ってしまう……」
制御不能のパワーがここでも暴発してしまい、最初の一投は見事に音速を超え、麦の実が空中で小麦粉に変わってそのまま消し飛んでしまった。
「お父様……もうちょっと加減して蒔いてくれるかしら。というか遊んでないで、普通に蒔いてくれると嬉しいのだけど」
「いや、遊んでるつもりはなかったんだけど」
仕方なく歩きながらパラパラと蒔いていく。
アプリはアプリで沼に沈んでしまうんじゃないかと思ったが、水面を跳ねるように踊りながら麦を生やしていく姿はやはり妖精なのだと納得させられるものがあった。
そして俺は腰を落とし、吹っ飛ばさないようにそっと種を蒔く。そして生えてくる麦はそのままに次の場所に歩いていく。その姿はやはり農夫なのだと納得してしまいそうになるものがあった。
まずは第一陣とばかりに小麦を植え終えると、だいぶ水分を吸われた大地は沼というよりも濡れた大地といった様子に変わっていた。
いくら魔力で育てるとはいえ、そこに水分がなければ異常種になってしまう。こうして水分や土の栄養を吸わせて育てることで普通の小麦になるのだ。
育った小麦の収穫はノリノリのアプリに任せ、俺は一旦宿の方に戻って厩舎にいるブライアンと荷馬車を回収しに戻った。
ついでにルノールが帰ってきていないか看板娘ちゃんに尋ねたが戻ってないとのことなので、もし戻ってきたら部屋で待っていてほしいと伝言を残しておいた。
道中、獣道を進むところでブライアンの荷馬車が引っかかってしまうというアクシデントはあったものの無事に畑に到着した。
遠目に見てみるとこの場所はちょっと異質で、荒野の端にぽつんと林が鎮座しているように見えたので、あとで適当に木々を生やしてカモフラージュする必要があるだろう。
「おお、だいぶ収穫終わってるじゃないか」
俺がブライアンを迎えに行って戻ってくるまで3時間くらいだろうか。
その間にほとんどの収穫は終わっているようで、水に濡れていない木々の向こうに大量の小麦が積まれているのが見える。
「最初の収穫ならとっくに終わってるわよ。今収穫しているのは2陣よ」
どうやら最初の分は終わり、今収穫しているのはアプリが植えた2回目の小麦らしい。よく見れば大地もだいぶ渇いてきているので本当だろう。
「早かったな。というか俺が遅かったのか?」
「そういうわけでもないわ。ルノールに習った風の魔法でチョチョイっとね」
なんだと。
俺が必死に練習しても未だに使えない魔法をそんなに簡単に習得したというのか。さすがは娘だ。
俺が使えない、というだけで別に悔しいという気持ちはない。驚きはしたが、そういう嫉妬心は芽生えていないのだが、どうしたら自分も魔法を使えるようになるのだろうか、という疑問は浮かぶ。
「早く収穫できるならありがたいな。俺は収穫の終わった小麦を馬車に積んでるから、そのままお願いしてもいいか?」
「ええ、任せてお父様」
心強い返事と共にアプリが手を振るうと、その延長線上にある小麦がばさばさと刈り取られる。
そのままにすればぬかるんだ地面に落ちてしまうが、空中で弧を描くようにアプリが腕を踊らせれば、その動きのままに風が宙を舞って小麦の束をまとめていく。
そしてまとまった束が俺の前に落とされていく。
便利だと思ったのはこれだけじゃない。
小麦が宙を舞っている時、全てがそのまま運ばれていたわけじゃなく、風に踊らされている時に飛び散った麦の実がまた芽を出して伸びていく。
確かにこれなら早く植えられるし、早く収穫できる。
まさにチートといった様子でアプリが小麦を生育、収穫していくが、大丈夫なのだろうか。
と思っていたら案の定、魔力の使いすぎでフラフラしだしていた。
麦の積み込みを一旦ストップしてアプリの元に行けば、完全に急性魔力消耗を起こしたアプリがニヤニヤ笑顔で目を回していた。
「はらほろひれはれ……」
「目の回し方が古いな……ゆっくり休んでろ。もう充分だ」
荷馬車いっぱいに積まれることになるだろう小麦の山を見ながら、アプリを布にくるんで御者台に寝かせておく。
あとは俺1人で出来るだろう。ブライアン、それは食べ物じゃないからアプリをかじろうとするんじゃない。