59話~「見つからないもの」
~前回~
塩抜き
畑に水を
獲物を探して
夜半、俺は荒野を1人歩く。
あれから周囲を歩き続けていたが、魔物一匹出くわすことはなかった。
場所が悪いのかと思い、北上しながら小高い丘を抜けて崖の上にまであがったが、そこでも魔物に出会うことなく、代わりに冒険者のパーティーに出会った。
「お、ゴブリンもどきの坊主じゃねーか。こんなところでなにしてんだ」
随分な物言いだとは思うが、だいたいどこの冒険者ギルドでも俺に対する態度なんてこんなもんだ。
「そっちこそ何してるんだよ。採集クエストでも受けたのか?」
「採集依頼なんぞ残ってねえよ。俺たちは町の肉屋に頼まれて肉の調達に来たんだが、他でも色んな冒険者たちが狩ってるからな。全然見つかりゃしねえ」
どうやら獲物が見つからないのは俺だけではないらしい。
そりゃそうだ。いくら肉は手に入るといっても、町からあまり離れすぎたら冒険者たちだって面倒だ。
町の周辺を中心に狩り続けているのだとしたら、俺たちが町を離れていた2週間ほどの間にほとんどの獲物が狩り尽くされてしまったとしても無理はない。
「そうかよ。こっちは特に獲物探しってわけでもないけど、戦果はゼロだ。いないなら仕方ないな」
俺がそう言うと向こうも諦めたのか、町に戻っていった。
それからもひたすら町の周辺を練り歩いて獲物を探したが、一向に見つかる気配がなく、気づけば足下もおぼつかないほどの夜になってしまっていた。
「まいったな……アプリが怒るだろうな」
ルノールは心配するだけだろうが、アプリは怒るだろう。俺が勝手な行動をすると怒るのはアプリの仕事だ。
だが、これほど何も見つからないのは異常ではないだろうか。
もしかして何か起こってるのではないか。
そんな違和感が拭えない。
拭えてしまうと本当に意味なく半日以上も町の周囲を徘徊した変質者のような気分になってしまうので、望んではいないが違和感を感じると思おう。
やがて薄明かりを頼りに町の入り口にまでたどり着いたが、当然の如く門は閉じられており、誰もいない町の入り口で野宿する羽目になった。
「ルノールは心配してるかな……アプリは怒ってるだろうな……テレパシーとかで無事を伝えられないかな……」
ついつい現実逃避してしまうが、いくら膨大な魔力を持っていてもそんなことは出来たことがないし、出来そうにない。
というか俺の<魔力掌握>のスキルは何の仕事をしているのだろうか。
手のひらに魔力を集めてみる。
確かに魔力が集まっているし、とてつもない密度の魔力が中でおとなしくしているのが分かる。
そう。
大人しくしている。
普通なら手の中や体の中で暴れそうな強大な魔力が、実に静かに集まっている。
俺の魔力というのは何というか、その膨大な量に強大な強さとは裏腹に、実に大人しい。
おかげで体外に影響を及ぼすことがなく、いくら魔力を掌握しても外に出ない魔力が何かの現象を起こすことがない。
だから、基本となる属性魔法も何も使えない。
唯一『木魔法』だけは使えるが、これは魔力が栽培や草食系スキルを通して発動するからであり、やはり通常の魔法は使えない。
魔力による身体強化なども試してみたが、これも上手くいったことはない。自己治癒力だけは上がったが、すでに吸血鬼やゾンビより死ににくいというのにこれ以上どうしろというのか。
ちょっとだけ悲しくなり、草食系スキルを使って周囲の地面から蔓を伸ばして自分に絡ませる。繭のように自分をくるむと少しだけ暖かくなったので安眠できるだろう。何かが襲ってくるならこい。試す相手がいなくて力を持て余しているんだ。
何事もなく朝が来た。
天気は快晴、寝床は無事で門番は暇を持て余し、俺は精神的に疲労。
超木刀を作ったり分解して地面に吸わせたりしているうちに門が開く。
「ども……おはようございます」
ガサゴソと蔓まみれの体で門に向かうと門番の人たちがギョッとした目でこっちを見るが、俺だと気づくとため息をついて準備を始めた。
「……誰かと思ったぞ。ああ、昨日は野営をしたのか。しかしこの辺りの獲物は夜になっても居なかっただろう。ほとんど狩り尽くされてしまったから、半日ほど行った街道の先まで行かないと居ないんじゃないか」
「……それを先に聞きたかったすね」
ぶっきらぼうに答えると向こうも苦笑していた。分かっていたが、俺が何しに外に出たか伝えていなかったのが悪い。
町に入って宿に向かうと、宿の前を掃除している看板娘ちゃんがいた。
「あれ?お客さんおかえりなさい!無事だったんですね!昨夜お戻りになられなかったんで心配してたんですよ!」
おお看板娘ちゃん……ぽっちゃり系で外見はそこらの村娘とオークを足して2で割ったような子だけど良い子だ……
って、こんな事を考えてるからよくないのだろうか。
「そうだ、お連れさんの可愛い女の子から伝言ですよ。『獲物が全然いないので、隣町の方まで足を運んでみますぅ』だそうです」
……どうやら心配どころか既に町にいなかったらしい。
待てよ。
ということは、今部屋にいるのはアプリだけということで、俺が帰っていないということはアプリも外に出ることが出来ず……
「うわあああああああ!」
「お、お客さん!?」
慌てて宿に入り、全力疾走で部屋に向かう。
借りていた部屋の前まで来ると、扉の向こうから禍々しいオーラが目に見えるほどに発せられて扉が歪んで見えた。
「うおお……滅茶苦茶怒ってらっしゃる……」
丸一日近くほったらかしにした挙げ句、どこにも行けず食事も出来ないままにしてしまったのだ。
「そっと……ソーッと入れば……アプリさーん?ちょっと入りますよ~」
小声で声をかけながら扉を開ける。
別にいつもと変わらないはずだが、今日に限って扉をあける音が妙にぎいぎいとうるさく感じる。
ヤバい。これはお説教数時間コースかもしれない。
ゆっくりと扉を開くと……
「……アプリさん?」
怒られることが分かっているので敬語で声をかけてみるが、返事はない。
「あれ?誰もいない……そんなバカな」
いないハズがない。
何しろアプリは1人では外に出られない。
出られない事もないかもしれないが、出ればすぐに見つかって捕まえられるだろう。
フェアリー、妖精というのはこの世界に於いても珍しい種族らしく、その中でも見たことがないフルーツフェアリーのアプリならば好事家たちがこぞって金を出すだろう。
だから決して人前でアプリの姿を出すことはなかったし、本人もそう理解しているから、勝手に出て行くことなんてない。
そう思い、ふとベッドの脇に置いてある革袋を見る。
きっちりと封をされた革袋が、昨日、俺が出て行った時と同じ姿で、
ぐったりと横たわっていた。