58話~「足りないものを求めて」
~前回~
依頼失敗?
いいえ成功です
じゃあ次は飯だ
町を出て東に向かうとすぐに切り立った崖を正面に迎える。小高い丘がその向こうにあり、潮風に削られた崖のこちら側は作物が育たないことで有名だ。
そこから南下していくと街道が見えてくる。
この街道はあちこちの町に向かっているが、そのうちの一つを辿れば先日のアートマギカの村にも向かう事ができる。
街道には出ずに南東に向かうと、崖が次第に低くなっていく。塩害を受けた塩に強い木々が生えているが、これはそういうものであって作物の生育には特に影響しないので無視する。
そうして歩いていれば木々の隙間に獣道のようなものが見つかる。もちろん本当の意味でこれは獣道だ。
獣道の向こうに行けば、そこは塩まみれの土地が広がっている。あえて開拓する必要もなく、その労力に対して得られるものは少ない土地のせいで放置されている場所だ。
今回はここを開拓しようと思っている。
正直言えば、やるなら商人ギルドや町の領主と繋がっている土木ギルドに言って土地の確保からスタートしたいところだが、今回はいいだろう。
300m四方くらいの土地を囲むように、塩を吸い上げる木の種を植えていく。適当に強烈な魔力を込めて植えていけば、次の木を植えるまでの数歩の間に後ろで勝手に育ってくれる。
そうしてあからさまに歪なかたちに出来上がった林の中の土は、木々に接触している面を中心に塩分が抜かれていく。
だが、これだけでは足りない。
塩分はそこに貯まっているだけなので、そのままでは吸収に時間がかかる。
なので、次は特別製の種を取り出す。
ボーリングツリーと名付けたオリジナルの樹木を中心に植える。
こいつは根をひたすら直下に伸ばす性質があり、ドリルのように掘り進んでいく。そして岩盤さえも砕いて伸ばした根で地下水脈を掘り当て、そこから水を吸い上げる。
これだけなら別に水源を用意したりすればいいだけで何の意味もない普通の樹木だが、こいつはちょっとだけ品種改良を加えてある。
「さあボーリングツリー、うまいこと掘り当ててくれよ」
腹の底に響く岩石を削り砕く音が足の裏を伝ってくると同時に、一瞬だけ地面が沈んだような錯覚を覚える。
水面に泡が浮かんだような、鈍く低い音がごぼごぼと響いたかと思えば、育ち始めたボーリングツリーの先からじわりじわりと水が染み出してくる。
大地の底に眠る水源を掘り当て、水を吸い出して汲み上げる。
それがボーリングツリーの品種改良された特性。必要以上に水を吸い上げ、必要以上の分は外に垂れ流しにする天然の濾過木だ。
濾過された水が地面へと流れ、含んだ塩分を周囲の木に吸いあげさせて塩分を抜く。
これをしばらく続けさせれば、この周辺の土から塩分はほとんど抜けるだろう。
塩分を吸い上げた木に関してはどうなるのかと思っていたが、どうやら木自体が塩分を分解しているらしい。分解された塩分がどこに行ってしまうのかは謎だが、魔法のある世界だ。化学ではどうにもできない何かがあるのだろう。
準備はできた。あとは一昼夜放置するだけでいいだろう。
少しだけ暇になってしまった。
自分たち用に薬を作るなどしてもいいかもしれないが、生憎と薬類はあまり長期間の保存に適さない物も多く、作り置きしすぎるのは良くない。
ここでアイテムボックスみたいな能力でもあれば便利なのだろうが、そういった物に関しては今まで一度も耳にしたことがない。
もしかしたら冒険者の誰かなら知ってるかと思って聞いて回り、頭のおかしいやつだと思われたのも懐かしい話だ。
なので俺は『アイテムボックス』と名付けた木箱に物をしまうようにしている。
このアイテムボックスは俺の能力で作り上げた丈夫で軽い木で作られており、1辺が1メートルほどの正方形の箱になっている。
中に入れたものは通常の時間が経過し、容量は1辺が1メートルの箱に入る程度なら何でも入れられる。
ようするに普通の木箱だ。
前にも作った気がするが、こいつは2代目になる。能力が強くなったので強度をあげたら完成したもので、圧縮木材なので火にも強い。
そんな木箱の中には使用期限が一月ほどの薬に各種野菜の種、果物の種、スキルシードにお金が入っている。
前回の旅で行きに作った『超木刀』は<生成栽培>のスキルを使えば、土の地面さえあればどこでも作れることが判明したので現在は持ち歩いていない。
ブライアンが引く荷馬車に積んだ所、ブライアンの激し猛抗議にあったので仕方なく処分してから再作成しようとした時に気づいたことだが、武器としても便利なので助かる。
この<生成栽培>だが、ちょっと特殊なスキルのようで最近までずっと活用できていなかった。
というのも、種を作るならば種子創生で出来る。栽培するなら種があればできる。じゃあ作物をゼロから作れるのかといったらそうでもなく、作られたものは形が似ていても味やその他がまるで違うものになってしまう。
ということで使い道がなかったスキルだったが、別に食べるわけでも性質が必要なわけでもなく、ただ何でもいいからとにかく重くて硬い木を圧縮するだけの超木刀の作成にはとても向いていた。
そして今、俺は超木刀を片手に荒野を歩いている。
先日、鍛えた筋力が制御できずに暴走してしまったものの、俺は今までとは比べ物にならないほどの超パワーを手に入れた。
そのパワーがどんなものなのか。
試したくなった俺は目立たないように深くフードを被り、手には黒くなるほどに圧縮された超木刀を携え、背中に木箱を背負った姿でぎらぎらと瞳を輝かせながら獲物を探すのだった。