第5話~「パンがなければ道草を食べればいいじゃない、ほどほどに」
女の人に会った
鑑定した
毒を食っちまった
翌朝、ひんやりした土の感触の上で目を覚ました。
寒っ!
寝てしまった俺が言うのも何だけど、あのまま放置されてたのか。一応かわいい赤ちゃんだと思うんだけど。
「やあ、おはよう。よく眠れたかい?」
ぐっすり快眠だが、こんな赤ちゃんを土間に転がしたままというのはどうなのだろう。いえ、贅沢は言いませんが。
「悪いとは思ったんだよ?
けど、言葉は通じるし毒草を食べても無事だし。どう見ても生後数日って感じなのに自走するし、変な踊りを踊るしで、ちょっと怖くてね。そのままにさせてもらったんだよ」
ふむ。そう言われてしまうと何も言えないな。
拾ってもらった身だし、聞いた限りでは魑魅魍魎の類だ。塩撒いておいた方がいい。
まあ、昨日の話を聞く限りだと拾ってもらっただけで、育ててもらうのは難しそうだけど。
「難しい顔をしているようだから気づいてるのかもしれないけど、私に君を育てるのはむずかしいかな。研究対象としては非常に興味深いんだけど」
おおうマッドサイエンティスト。でもこんな赤ちゃんがいたら研究する。誰だってする。俺だってそうする。
「うんうん頷いてるけど、分かってくれたのかな。仕草自体はかわいいんだけどね」
迷惑をかけてしまうのは申し訳ないけど、俺にはこの世界の知識がなにもない。とりあえず、ちょっとでいいから説明がほしいな。でもどうすればいいんだろう。聞いてみようかな。
「あー、だー」
無理だ。満月でもないっていうのに話にならない。
「うん? 何か伝えたいことがあるのかな。喋りだすと赤ちゃんらしくて可愛いね、君も」
その後、あーだーうーうーとジェスチャーも含めて質問してみたが、まったく通じなかった。コミュケーションブレイクここに極まれり。目と目だけで通じあえればこんな事はないのに。
「とりあえずは様子見だけど、君はどうやって大平原を生き延びてきたんだろうね。もう一度つれていけば何か分かるかな?」
それなら説明できるかもしれない。目の前で草を食べればいいのだから楽勝だ。腹もふくれるし。でも生後1日くらいなんでわりと誰でもできると思う。無理だと思うなら草食ってみろ。
「激しく頷いてくれるのはいいけど、首がすわってない子が暴れてるみたいでちょっと怖いな。よし、そうと決まれば準備しようか。少し待っててくれるかい?」
ラジャー。女性の準備に時間がかかるのはよくあること。俺知ってる。
そうして部屋を出ていった彼女の背中を見送ったあとで、改めて部屋を見回す。
研究とか言ってたし、学者なのだろう。何の学者なのかは分からないけど、俺を研究対象にしようとしていたんだし、イケメン物理学とか妖怪ウォッチングとかそんな感じだろう。傘みたいな薬品メーカーじゃないことを祈ろう。
そして部屋のあちこちには土で出来た容器に様々な植物が植えられている。
もしかしたら植物学者かもしれない。薬とか言ってたから医学者なのかもしれないけど。
待っている間、そわそわと鉢植えを眺める。
俺の[草食系]が騒いでるのか、気になってしょうがない。
炊事場の方に近い鉢植えなんて、明らかに毒々しい色をした草が植えてある。あれは幻覚を見させられそうだ。
そうして見ていると、土間の隅に自生している草を発見した。見たことのない種類だ。
地面に生えてるものはみんなのもの。つまり俺のものでもある。
よく分からないけど、いただきます。
うん、旨くはないな。けど、なんだろう。ハッカというかミントというか、鼻に抜けるような爽やかさと後に残る青臭い苦さ。旨いか不味いかで言ったら人の食べるもんじゃない。薬に使われるような薬草だったのかな?
薬の材料だとしたら食べたらまずかったかな。いや、俺は悪くない。地面に落ちて3秒経ったら誰が食べてもいいはず。3秒ルールは偉大だ。
そうこうしている内に準備を終えたのか、彼女が戻ってくる。馬用の飼い葉が入った袋と水筒かな?
俺は生まれたままの姿。この身ひとつしかないからね。
戸締まりをしている姿を見届けて、改めましていってきます。
ーーーーーー
「さて。こうして大平原に着いたわけだけど…」
一日ぶりの平原さんコンニチハ。相変わらずの薄毛っぷりですね。
「なんで大平原に頭を下げてるのかな……君の行動は本当によくわからないな」
特に意味がないからね。こうなったらトコトン意味不明にした方がいいかなと。木を隠すなら森の中作戦だ! 何を隠したいのかは分かりません。
「ともかく、ここに君はいたわけだけど」
キョロキョロと周囲を見回す。うん、あまり生えてないけど、ちょこっとならあるな。
ヨチヨチ歩きでそれに近づいていく。前よりだいぶ動けるようになったけど、頭が重いからバランスをとるためにヨチヨチ歩きは変わらない。
ヒメカソウを見つけて、それを口に放り込む。うむ、マズい。
「お、おいおい、ヒメカソウを直接食べるって…いや、君は我が家でも毒草を食べていたが……ううむ」
なにやらお悩みの様子。ほら、おなかが減ってると考えもまとまらないよ。ヒメカソウのおすそわけどうぞ。
「う……いや、しかしこれは食べてみないとダメか……? あ、ありがとう」
うん!いいことをした後は気分がいいなあ。なんか涙目で口を押さえながらモゴモゴしてるけど。
ヒメカソウはマズいもんな。さながら、あく抜きしていない生のニラを大量に摂取したような臭さというか。
そんな付き添いを生暖かく見守りながら周囲を見ていたら、ふいに見覚えのない草が目についた。
ん?なんだあれ。[植物鑑定]さんお願いしますー……おお!
『ヤドクソウ』
効果:毒 薬効−2
すり潰して矢に塗ることが多かった為に名付けられた。調合材料
……イマイチ鑑定さんの表記が安定しないんだよな。たぶん使用者である俺の認識のせいなんだろうけど。
それはともかく新しい草だ!明らかに毒草だけど、あいにく俺には[毒耐性]がある。問題ない!たぶん。
というわけで実食タイム。もっと毒々しい色をしてれば分かりやすいのに。いただきます。
「あぶばばばばばば!!」
なんだこれ!クッッッッソまずい!!
ヤバい吐きそう。
昨日食べた毒草に劣らぬまずさ!
痺れるし苦いし痛い![毒耐性]、仕事してんのか!?
【[毒耐性]の熟練度が規定値を超えましたので、
[毒耐性+1]に成長します】
ふいに刺激が収まり、あれだけまずかった味が我慢できるようになる。
舌の上で暴れていた凝縮された生ゴミのような味が食えるようになって成長を実感する。うん、無茶するもんじゃねぇ。
そんな1人コントをしていた俺だが、ヒメカソウを飲み込むのに必死だった彼女は見ていなかったようだ。というかこの人の名前もまだ知らないな。
そんな俺の視線に気づいたのか、こっちを見て首を振っている。
「うん……これを食べなければ生き残れなかった、君の過酷な人生には同情するよ」
そうは言うけど、ヒメカソウはまだ「食えるマズさ」ですけど? という気持ちを込めて見つめる。
「う……確かに町は飢えているし、こういうモノも食べなければいけない日がくるかもしれないけど…」
うんうん、その通り。困ったときのヒメカソウですよ。いくつか摘んだのであげます、お土産にどうぞ。
「あはは…ありがとう…。と、ところで、君は、その……草以外は食べないでいいのかな?」
そんな事言われても。
[草食系]があるから草を食って虎口をしのいでるけど、ちゃんとした食事があるなら食べたい。というかおっぱいだ。おっぱいをよこせ。
「なんとなく視線で理解したけど、今の町には授乳できるような人もいないし、赤子が食べれそうなものもないよ。だから君が草を食べれるなら、それで我慢してほしいな」
なんてこった。まだ俺は種族:牛になってないのに、草食生活をしなければならないのか……? そんなに食料がないのか…
「すまないね…カソウは太陽の恵みも、雨もない。だから作物が育たなくてね…そのうえ今は魔物が出ることもあるんだよ」
贅沢は言えないか…
その後、俺が草を食っては「うわ…」「うえぇ…」と離れたところで声をあげていた彼女を尻目に草を集めた。もちろん毒草は除いている。
「うん、研究資料にもなるし、君の飼料にもなる。これは持ち帰ろうか」
今、飼料って言わなかった? 俺、飼われるの?
色々と納得がいかないまま、俺と彼女は帰路についた。
帰り道で変わった草をみかける度に馬から転げ落ちては食べていたら「道草を食べるのはほどほどにね」と叱られてしまった。ごめんなさい。
こうして、俺の奇妙な異世界生活が始まった。