54話~「魔法細工の村」
~あらすじ~
食糧支援の依頼
村に到着
緊急治療
そこにあったのは、見覚えのある光景だった。
前世の最期、俺が見た世界。
食べるものもなく、渇き、飢えたままに迎える最期。その姿は誰にとっても同じで、誰にとっても哀れな姿に見えた。
ルノールとアプリが確認して回った家々には生存者はいなかった。
いや、
『いなくなってしまった』
飢えに苦しみ、病に怯え、渇き、死を待っていた。
そこに訪れた安らぎは、彼らを満足させてしまった。
満足し、安心した彼らは自らの命を諦めてしまった。もう無いと、覚悟してしまった。
誰が見ても哀れなまま、彼らは安らかに眠ってしまった。
それが今回の結末だった。
──────
【特殊依頼】
依頼主:アートマギカ村出身者一同
依頼内容:魔法細工の村アートマギカの様子を確認し、可能ならば食料支援を。
達成報酬:魔法細工及び金貨10枚
魔法細工の村アートマギカ。
かつてアートマと呼ばれたその村は、国を追われた者たちが逃げ続けてたどり着いた場所だった。
農作物が育ちにくいこの土地での生活は困難を極めたが、往復半月ほどの距離にある港町との交易で食糧を輸入することが出来た。
数少ない交易品の内、この村の細工物は非常に質が良いと評判になった。
それは次第に大きな町まで広がり、その細工物に魔法による効果が付与されていることが分かった頃、その村の交易はピークに達した。
優秀な魔法細工師を輩出するその村で作られる細工には特殊な効果が付与され、魔物との戦いや人との戦争の多いこの国でそれは大いに重宝された。
だからこそ、彼らは王国にとって必要だった。
戦争の前に必要な数の細工を納めさせる。
その数は過去の交易などとは比べ物にならないほどの数を必要とし、とても村の環境で賄えるものではなかった。
勲章に報奨、大量の金貨を約束された村の若者たちは王都へと案内された。
そして村に残された女子供と老人たちは、そんな若者たちを誇りに思いながら見送った。
重税が課せられたのは、その直後だった。
与えられたものが大きい分、課せられるものも大きい。
本来ならば売り物として出されるはずの細工の他、女子供の作った拙い細工すらも税にとられた。
村に残った財産は充分にあったはずだが、高騰する食糧の費用は次第に負担となっていった。
ある日、港町カティラで仕入れた食糧を持ち帰る村人たちが帰ってこなかった。
村の女衆と老人が乗った馬車が襲われ、食糧も女も奪われ、老人は殺された。
いつまで経っても帰ってこない仲間を心配していた村人たちがその事実を知ったのは、こちらも細工を作る村の若者がもうそこにいないという事を知らずにやってきた冒険者のパーティーのおかげだった。
村に来る途中で襲撃され、返り討ちにされた盗賊たちから情報を聞いた冒険者たちにより浚われた女たちの一部は村に帰ってこれたが、囚われた日々で娘たちと共に凌辱され続け、逆らえば殺され、我が子を売られた女たちは心身共に傷つき壊れていた。
その事件から、村は冒険者たちに輸送の護衛を依頼した。その費用も村の負担となり、村はさらに追いつめられ始めた。
しばらくして、冒険者たちすら雇えないほどに彼らは困窮した。何しろ売るものがなくなってしまったのだ。彼らは買うことしか出来ず、食糧は高騰どころか不足に陥り買うこともままならない。
真綿でじわじわと首を絞めるように追いつめられた村が身動きとれなくなるまでに時間はそれほどかからなかった。
買い付けに来なくなったアートマギカの村人たちの事を考えれば、すでに限界だというのは分かっただろう。
人の良いギルドの職員が王都へと手紙を出し、村の危機的状況を伝えたのは幸か不幸か。
しかし王国は彼ら村の若者が戻ることを良しとせず、戻ることのできない若者たちは共同で依頼を出してギルドへとそれを送った。
村の状況確認と、その支援。
それはまさに村の救世主を求める声だったが、残念ながら冒険者といえども商人ではない。
食糧は地面から生えてくるが、それは作物を植えずに得られるものではない。
その依頼が港町カティラに出されたのも不幸の一つだった。
カティラの周辺では作物が育たない。
作物が育たない以上、どこかで買い付けてくるしかない。
買い付けてくるにしても、出港が禁止されている現在は船が戻る一方で、次の買い付けに向かえない。
それはつまり、すでにある分以上は用意できないということ。
すでに終わりが見えてしまった物量の中で、よその村に回す分などなかった。
だが依頼には食糧支援も含まれていた。
だから依頼は誰も受けてくれなかった。
だから全ては間に合わなかった。
それは桂斗のせいではないだろう。
魔法細工の村アートマギカ。
母に抱かれ、母亡き後もかすかに生き延びた少女。少女は疲れきった顔で俺の作った世界樹の雫(偽)を飲み、その顛末を語った。
やがて瞳を閉じた少女は、そのまま眠りについた。
少女の体を亡き母の元に寄せると、ほんの少しだけ安らかになったように感じたが、きっとそれは俺がそう思いたかっただけだろう。
こうして、魔法細工の村アートマギカはこの日、息を引き取った。