53話~「予想通りの予想外」
~あらすじ~
無重力状態気分
ピンボールランナー
SUMOU
相撲しようぜ!
という俺の意見はさらりと無視され、通常運行の馬車が進んでいく。
1時間ほど使って相撲についての説明をしたが、
「なぜ太る必要があるのか理解できないわ」
「私も太るのはちょっとやだなぁ」
という貴重なご意見をいただき、仲間を募ることはできなかった。まあ土俵は女人禁制というし、仕方ないだろう。
しかし諦めたわけでは毛頭ない俺は、それから移動とトレーニングを同時に行える相撲の基本、『すり足』を練習し続けた。
そこでようやく気づいたのだ。
あれ? すり足ならカッ飛んでいかない?
それに気づいてからは早かった。
ひたすらすり足での移動を繰り返し、あっという間にすり足の速度があがっていく。ただ俺の知識の中のすり足が間違っているのか、両足を大きく開いて中腰の姿勢をとり、右手を斜め前に出した状態で地面をずりずりと滑るように移動する。
俺の身体能力でこれをすると、まるで地面を滑っているかのように移動が可能となった。
最初こそ加減がヘタで土煙をあげながら移動していたが、3日目を丸々これの特訓に費やした結果、かなり滑らかなすり足ができるようになった。
だが、これが実に不評だった。
曰わく、だんだん近づいてくるのに動いてるように見えないのが気持ち悪い
曰わく、無表情で変なポーズのままにじり寄ってくるのが怖い
曰わく、それが滑らかに移動して狼の魔物を追い越して先回りする姿に狼が泣いてた
曰わく、もはや人間とは思えない動きだった
など。非常に不評だったことは遺憾ではあるが、他の人間に妙な誤解を与えるのも良くない。
ということで仕方なく、旅程4日目にして俺は戦闘用に手に入れた歩法を封印した。もちろん戦闘時には解禁する予定だが。
ちなみに『ダンガンケイト』という技も試作中である。使い方はシンプルに、全力で敵に向かってダイビングヘッドだ。
こうして幾つかの戦闘力を手に入れた俺は、今までルノールに頼りきりだった戦闘でも活躍できると意気揚々だった。
そして旅程6日目。
予定より1日遅れて、依頼のあった村に到着した。
1日遅れたのは、荷馬車に積む予定の食料を栽培するのを忘れていたからだ。
まさか空荷のまま村に入るわけにもいかず、急遽村から離れて食料の栽培を行ったのだ。
促成栽培を使えば半日どころか数分で食料の育成が可能だが、ここで問題なのは収穫だった。
大量に育てた作物を収穫するのはいいが、あまりに密集して栽培してしまった為に馬車に積み込む手間が増えてしまった上、そもそも大量に収穫する予定上、時間がかかるのだ。
そうして収穫を進めていたら、日が暮れてしまった。村から離れたとはいえ、こんなところで火を使ったり灯りを出したら村に妙な警戒をさせてしまう。
その為、俺たちは一旦収穫を諦めて野営することにした。とれたての果実や野菜をそのままかぶりつく。ルノールは喜んで食べるし、アプリも気にしない。ブライアンはそもそも道草を食べてるし、俺もブライアンと同じく草を食ってるので問題ない。
そして夜が明けた頃、収穫を再開する。
空だった荷車2台分が満載されたところで再出発だ。あまりにも新鮮すぎる野菜が怪しすぎるが、魔法でどうにかしたとでも言えばいいだろうと思ってルノールに相談すると表面を氷漬けにしてくれた。合図ひとつで溶けるというので便利なものだ。
しかし村の入り口まで来たが、門番らしい人間がいない。
魔物も出没するこの世界で警備の1人も立てないというのはなかなか考えにくいが、もしかしたらという嫌な予感を感じながら村に入ると、その予感は半分、的中していた。
村の中は静まり返っていて、まるで村全体が死に絶えてしまったかのような雰囲気をしていた。
だが、よく耳を済ませればあちこちから物音が聞こえてくる。
どうやら出てこようとはしているが、あまりにも鈍足すぎて遅い。
そして、それが飢餓によって体力が失われていた為だということに、彼らの様子を見て、絶句する。
とある家から出てきた青年は、脱水と栄養失調で瞳がくすんでいて、まっすぐこちらを見ているはずなのに焦点が一致していない。
とある民家には、すでに動かなくなった母に寄り添う、骸骨のようにやせ細った娘がいた。
とある畑には、虫でも食べていたのだろうか。土を食べているような格好のまま、物言わぬ姿となった男がいた。
とある井戸の前では、井戸に寄りかかったまま息絶えた男がいた。枯れ果てた井戸の底には、水を求めて飛び込んだのであろう子供の変わり果てた姿が見えた。
ここは地獄だった。
重税を課せられ、食糧が不足した。ただそれだけとは思えないほどに、すでに滅びていた。
「ルノール、アプリ!!」
一刻の猶予もない。
そう感じた俺はアプリに指示し、特別な種を植えさせた。
それは薬師を始めてしばらくした頃、究極的に効能を上げた回復薬を作ろうとして品種改良を施した薬草を使ったもの。
『世界樹(偽)』
薬師の伝手で手に入れた世界樹の枯れた葉を元に再生したそれは、どうやっても原種の世界樹には届かなかったが、それでも最上位クラスのポーションを作る材料に出来る。
「アクアヒーリングぅ……レイン!」
治癒効果を持つ雨を降らせる魔法がルノールの手から放たれる。渇いてヒビの入った地面に染み込み、まだ生きている者たちには最低限の活力を与える。
飢えと渇き。その両方に苛まれている村人たちには、もはや食事をする体力も残っていないだろう。
だからこそ、まずは体力を回復させなければならない。
『世界樹(偽)』の若葉をむしり取り、ルノールの魔法で出した水にそれを浸けたら魔力で圧縮する。
俺の膨大な魔力で圧縮された若葉と水は一瞬で混ざり合い、濃緑色の液体に変わる。
『世界樹の雫(偽)』
失われた体力を戻し、状態異常を回復させる。
本来の世界樹から得られる雫であれば甘露のような美味しさというが、俺が作ったコレはコールタールよりかろうじてマシ、というくらいの味をしている。
「お父様!準備できたわ!」
擬似世界樹の種を植えた後、アプリは各種果物をまとめて樽に放り込んでは搾り出してジュースを作っていた。ここに混ぜれば、俺の作ったマズい薬も飲みやすくなる。
このコンビネーションは今回が始めてではない。
過去、同じようなことがあった。
その時は味の調整ができなかった世界樹の雫(偽)を飲んで貰えず、助けられたはずの人が何人か死んでしまった。
俺は博愛主義者ではないし万人を救えるとも思ってないが、あの時はもうちょっとうまくやれたんではないかと後悔した。
だからこそ、それを教訓にこのコンビネーションを練習しておいた。
原液より効果は落ちるが、甘くて飲みやすく栄養価の高いミックスジュースをそれぞれの家にいた村人たちに飲ませていく。
もう少し早く来れればなんて事は考えない。
今、この時来た俺に出来ることをすればいい。
飛び込んだ家の中で気を失っていた少女の口にミックスジュースを少しだけ含ませると、舌を湿らせて口を動かすのが分かる。
無理に飲ませる必要も、口移しも必要ない。
口に少しでも含めば、かすかに回復する。
口に残った甘味が次の一口を求める。
ごくりと嚥下すれば、癒やしの効果が体に浸透する。
あとはコップに入れたジュースを置いておけばいい。そうすれば勝手に動いて飲むだろう。
今は全員に、すぐさま飲ませるのが先決だ。
たとえ今、抱きついている母がすでに命を失っているということに、少女がこれから気づくのだとしても。