45話~「夢が森森」
~あらすじ~
宿があったが飯はない
土が塩対応
おいでよ塩気のない森
冒険者ギルドで噂を聞いた森は街道から少し外れたところにあるらしい。
夜道を歩くのは危険だと分かっているし、夜の森なんてのも相当危険だ。
それが、普通の人間なら。
「それじゃ、そろそろやるか」
荷台ですやすやと眠るルノールをそのままに、森の近くまで来て魔力を解放する。
ザ ザザザ ザザザザ ザザザッ
風が吹いたわけでもないのに、木々のざわめきが森全体に波及していく。
俺の<草食系>の能力は植物に対して色々と汎用性があることは確認してある。
今のは、森にある木々と<草食系>に統合されている<賢者>のスキルを使って、 森全体にアクティブソナーのような索敵を行った結果だ。
木々のざわめきが収まる前に俺の中に無数の情報が流れ込んでくる。
どうやら森の中の魔物は数匹ごとの群れで活動しており、夜間は動かないグループもいるらしい。
俺は脳内に浮かんだイメージから敵が少しでも少ないルートを模索する。森が俺のホームグラウンドといってもいいくらい戦いやすい場所だと言っても、ルノールやアプリは夜間や森での戦闘に向いていない。ここは戦闘を避けるのが理想的だろう。
括り付けられた紐でブライアンの動きを誘導し、敵が少ないルートから森に入る。
森の中には魔物に限らず、一部の場所に盗賊のような気配も感じられたが、そこはだいぶ遠い上にこちらに気づいている気配もなかったのでスルーしていいだろう。
この便利な森林ソナーだが、もちろん欠点もある。
アクティブソナーと言ったのは、これが「使った時点での位置」を確認する為のもので、そこから動かれると予想と食い違ってしまうこともある。
それに森林ソナーを使用すると、木々のざわめきが森全体に広がる。
1回ならともかく、2回3回と繰り返すと魔物も人間も違和感に気づく。森の不気味さも相まって精神状態が不安定になり、予想外の行動をとられやすい。
過去の経験から連続使用は控えるようにしているが、それでも今回のルートで言えば2時間くらい歩いたところで再使用しておかないと不安な点もある。
さっきの森林ソナーを使用した時、このルートであれば魔物も人間にもほとんど見つからないで進めるであろうことは確認している。
だが生物は常に行動しており、夜行性で動いている連中はどのように移動しているかなど分からない。
2時間後、周囲の様子を<警戒察知>で確認し、誰もいないことを確信したところで森林ソナーを使う。
木々のざわめきが森に広がり、脳内に多数の情報が入ってくる。
「・・・ふう。どうやら大丈夫みたいだな」
夜行性の魔物たちはどうやら盗賊の存在に気づいたらしい。
盗賊たちだが、木々のざわめきに不安を感じでもしたのか森の入り口の方に向かって移動しており、それに気づいた魔物たちが遠吠えで位置を教えている。
今すぐ戻れば盗賊を助けられるかもしれないけど、別に博愛主義というわけでもない。ここはありがたく時間を稼いでもらうことにしよう。
そうして森の奥に向かって歩いて、どれくらい経ったろうか。空に輝く月はだいぶ移動しており、朝を迎える準備をし始める頃も近づいているだろうか。
そんな薄い月明かりだったからか、気づくのが遅くなってしまった。
ベチャッ、という音が足に届いて思わず体を引いてしまう。荷台を引いていたブライアンもぬかるんだ足下に不快感を示していた。
「これは……湿地か? 森の奥にこんなところがあったのか」
周囲を木々が覆った湿地が円状に形成されている空間が、そこにあった。
水に濡れてしっとりとした土と、窪んだ場所にはそのもの水が染み出して水たまりを作っている。
「水田でも作れそうだけど…ここが作物の育つ場所…なのか?」
前世でも実際に見たことはない湿地に思わず一人ごちてしまうが、幸いというかルノールもアプリも寝たまま静かにしており、それを聞いたのはブライアンだけだ。
俺は地面に指をあてて土の様子を確認し、ものは試しにリンゴの種を植えて魔力を込める。
魔力を与えられた種は力強く水分と大地の栄養を吸収し、リンゴの木となって成長する。
特に指定しなければ今の俺が育てた木はそのまま根付くことになるが、今回のように実験用にするときは樹木の寿命を極力短くしている。
一気に桂斗の身長よりも伸びた木が実をつけてボトボトと落とすと、それで力尽きたかのように今度は枯れて縮んでいく。
まるで微速度カメラで撮影した映像のように発芽、成長、枯死をしていくリンゴの木を眺め終えたところで地に落ちたリンゴを手にとる。
カティラの町の外で栽培したものと違い、輝くような色艶で立派なリンゴだ。あとは味だが…
「塩分がどれだけ届いているか、だな」
潮風が運ぶ塩が土に染み込んでしまっていれば、このリンゴもしょっぱくなっているだろう。
覚悟を決めてかぶりつく。
がしゅっ
「・・・うん。うん、うまい!」
全然塩気は感じられない。
どうやらここの土は塩害の影響を受けていないようだ。
それに味もかなりいい。森という腐葉土が大量に得られる環境で、なぜ水が染み出しているのかは分からないが湿地という環境は土の栄養も水分も豊富なのだろう。
本来なら育てられる作物は限られるのだろうが、俺のスキルならば関係ない。
小麦、ジャガイモ、タマネギ、キャベツのような葉野菜に人参をそこらじゅうに植えていく。
「果物はそれほど多くなくていいか」
現状不足しているものは食糧で、果物ももちろん食糧になるのだろうが、長期的に見れば果物よりは野菜や穀物の方がいいだろう。特に小麦は喜ばれるはずだ
。
育てたところで、そろそろかなとルノールを起こす。
夜中に起こしてしまうことになるが、考えようによては早すぎる早起きと言っても通じるかもしれない。彼女が夜行性にならないことを祈りながら状況を説明し、荷台を空けてもらう。
「作物が育つことも確認できたから、ここで作物を育ててカティラに持ち帰ろう」
野菜を育てることはできるが、収穫は人の手によるものになるから、ここでルノールの力も借りることになる。
アプリは魔法を使っているのかジャガイモの収穫を手伝ってくれている。
それから3時間ほど収穫を繰り返し、そろそろブライアンが悲鳴をあげるんじゃないかというほどに荷台いっぱいの食糧を積み終えたところで一旦終了しようと声をかけた。
「ふーぅ。ずいぶんいっぱい集めたねぇ」
「ああ。やっぱり馬車が用意できると量がとれるな」
ここまでの旅では徒歩だった俺たちは手持ちできる程度の小麦を販売することはあったが、こんなにたくさんの食糧を運んだことはなかった。
ちょっとした達成感を感じていたところで、ふいにルノールが首をひねって湿地を眺めていることに気づいた。
「どうした、なんか気になるものでもあったか?」
尋ねてみたが、ルノールはそれでも首をひねっている。
「えーっとぉ。どうしてここだけはお野菜が育つのかなぁ、って思ってぇ」
…言われてみれば、どうしてだろうか。
最初は塩害が届いていないだけかと思ったが、それで言うならば他の木々も似たような環境で、森の中全体で作物が育つはずだ。
だが冒険者ギルドの連中は言っていた。
『森の奥でなら作物が育つ』
つまり、ここ以外では他の作物が育たない。
だが森である以上、木々は育っている。
そこでようやく俺は忘れていたことを試してみる。
「鑑定──」
【ソルトマングローブの木】 塩分を吸収して水分を排出する植物。ある程度の魔力濃度がある環境でしか育たず、魔力があれば塩害の土壌改善が見込める。
そうか、こいつが潮風が運んでくる塩分を土から抜いているのか。
マングローブと銘打ってはいるが前世地球で知っているマングローブとはとても似ていないが。
しかしこれで色々と問題が解決するかもしれない。
「ルノール、いい質問だったぞ。もしかしたらこれで町の食糧事情が改善できるかもしれない」
目についた木の一つに触れて魔力を込める。
すさまじい量の魔力を与えられた木は一気に成長し、その過剰成長から寿命を迎えて枯れていく。
そしてそこには、いくつかの種が残る。
不思議なことだが、俺の持つ<草食系>の能力を使用すると果物なら実が残るし、野菜でも種子が残る。次の世代を育てやすいように種子が残るのだ。
改良の余地はあるだろうが、今はとにかく実験が必要だ。
思いがけない打開策が見つかった俺は種子を使ってもう数本の木を育て、それもまた種子にすることでかなりの量の種子を確保した。
あとは町に戻り、宿の看板娘に食糧を渡せばいい。かなり収穫しすぎてしまった感はあるが、多い分にはいいだろう。
荷台がいっぱいになってしまったので、荷台に備え付けられた御者席にルノールを座らせて馬車を走らせる。ブライアンには大変だろうが頼むしかない。
「そうだ。ブライアン、これを食っておけ」
俺は袋から一束の草を取り出す。その中から1房だけは増やす為にとっておくのを忘れない。
「こいつは俺が調合、錬金と栽培を繰り返して品種改良したもんだ。食べると力が強くなる。体力やスタミナの草はいつもあげてるから、今回からはこいつをあるからな」
この草は味が悪く、しかも俺が食べた場合は生命力に変換されてしまうのでほとんど効果がなかったものだ。だがルノールには効いたし、ブライアンにも効くだろう。そのルノールはあまりのまずさにそれから二度と食べてくれることはなかったが。
そうして草を食べさせ終え、魔法で出した水を飲み終えたところでブライアンが歩き出す。
さあ、これから忙しくなるぞ。