44話~「夜の闇に紛れて」
~あらすじ~
看板娘はぽっちゃり系女子
飯の出ない宿
食材は現地調達
結論から言うと、港町カティラの周りは栽培に向いていなかった。
草食系スキルで強制栽培を試したものの、魔力による強制品種改良を施した上で、通常よりも痩せた塩辛い野菜が出来上がった。それも味だけでなくサイズも小さく、実に残念な仕上がりだった。
どうやら塩害の影響はかなり大きいらしく、この土ではろくな作物が育たないだろうという鑑定結果も出た。
この鑑定だが、かつて使っていた<診察鑑定>と違う<鑑定解析>になっている。こいつは知識として知らないものでも解析して情報にしてくれるのだが、あくまで「解析」なので対象への観測がなければ情報が足りないまま得られる。
今回は「この土で育つのか」という観測を経て、初めて情報が更新された。
ただ時折この鑑定は勝手に情報が補完されているときがあり、俺が全く知らないはずの情報がまとめられていることもある。これについてはまだ謎のままだが、はっきり言えば俺の肌色が緑色になったまま戻らない理由とかもわからないままなので追及は諦めている。
町の外で栽培を一通り試した後、アプリも果物を育てようとして塩気たっぷりのリンゴの木を作りあげ、それをおもむろにかじったルノールがひどい顔になったことは笑い話で片付けられる問題だが、この町の食料事情を考えたらこの結果は笑いごとではないだろう。
なにせチートそのものである俺の<草食系>スキルをもってしても作物が育たないのだ。普通の人たちでは逆立ちしたままスクワットを始めてもどうしようもないだろう。
ならばどうすればいいか。
そう、人に聞けばいいのだ。
ということで俺たちは冒険者ギルドに再度立ち寄ることになった。
時間としては夕方に差しかかり、実験で使った時間がほとんど無駄になったことを考えると今日はもう帰りたいくらいの徒労感があったのだが、また明日になってアテもなく打開策を考えるのも億劫だった。
そんな理由なのでそれほど期待してはいなかったのだが、それは間違いだったと気づかされる。
「この辺りで作物が育つ場所だって? そんなのは森に行けばあるんじゃないか」
「森?この辺りに森なんてあったか?」
「あるぞ。この辺りというか、馬車で半日くらいかかるがな。痩せた木々が立ち並ぶところが入口で、奥に行くにつれて森が濃くなっていくから分かるはずだ」
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冒険者ギルドで話を聞いた俺たちは、せっかくとった宿にも泊まらずに夜のうちに出発した。
「え、食材を探しに? そう。なら今夜の分の宿代だけはサービスしてあげるよ。でも明日の夜までには戻ってこないと部屋が埋まっちゃうかもね」
看板娘は愛嬌のある笑顔で見送ってくれたので、とてもありがたかった。というか本当に食事がなければ値段に見合わないボロ宿といって差し支えなかったので客もほとんどいなかったから仕方ないのだろう。
だいたいの場所を聞いた俺たちは町を出て森に向かっている。
朝になるのを待ってから出るとなると、半日かかる旅程では到着が夕方になってしまう。そうなると森の探索が夜ということになり危険で、さらに一泊して翌日から探索となる。
そうなるとなし崩し的にどんどんと時間ばかりが経っていくので、俺たちはさっさと出ることにした。
途中までは街道沿いとはいえ夜は危険だと門番には言われたが、そこはあまり気にしていない。俺の警戒スキルはかなりの精度で敵を感知するし、睡眠の必要がないアプリもいる。ブライアンは…わからないが、キリッとした顔で馬車を引いているから大丈夫なのだろう。
ルノールだけはブライアンが引く荷台の上に、ごくごく薄い木の皮を干し草の上に敷いて寝ている。体にはマントをかけてあり、寒さ対策としては充分だろう。
別に俺が眠らなくて大丈夫とかそういうことではない。
どうしてもルノールの体力では徹夜すると魔法の行使に影響が出やすいので睡眠をとってもらっているだけだ。俺は有り余る生命力に任せて徹夜もなんのその。眠気も15分睡眠で十分にとれる。徹夜も問題ないが、気分的に疲れる気がするのであまりやりたくない。
そうして夜の街道を歩いていれば、こんな時間にがらがらと車輪を回す音が響くので妙な連中を引き寄せてしまう。
俺の<警戒察知>に反応がある。
(3人……いや、別方向にもうひとつ。これは“別口”か)
敵意を持った3人が闇夜に紛れて追ってきているのが分かる。
それとは別に、野生の獣のような気配が様子を窺っていた。これは恐らく狼かなにかの魔物だと思われる。
狼ではないと思ったのは単純で、群れていないからだ。もっとも、ただのはぐれ狼の可能性もあるが。
追ってきている3人は街道沿いの低木や枯れ木の合間を縫うようにまだ追ってきている。もしかしたら夜逃げか何かで財産を積んだ馬車だと思われているのかもしれない。
実際に積んであるのは干し草と少女一人だが。
そんな事を考えていたら、追ってきている連中が先回りを始めたようだ。
真っ暗な街道を月明りだけで歩いているので地図が見れないが、おそらくこのまま進むと街道の分かれ道にさしかかるだろう。おそらくはそこにたどり着く前に始末をつけないに違いない。
だが、わざわざ襲わせる気も、テンプレのセリフを聞く気もない。
俺は木魔法を発動し、周囲の木とのリンクを形成する。
先日手に入れたばかりのこの<木魔法>は様々な応用が利くようで、今回は周辺の木々に魔力を浸透させてレーダー兼トラップとして動いてもらおう。
進行方向の街道に出る前に、夜盗と思われる連中の一人を木の蔓が激しく叩く。
ピシィッ、という高い音が響き、隠れていた夜盗の顔面を叩いた。
思わず声をあげそうになった夜盗は何が起きたのかわからずに周囲を見ているが、見つかるはずもない。
次に低木の後ろにしゃがみこんでいた奴に低木の枝が伸びる。ズボンの裾からもぐりこんだ枝から伸びた棘が刺さり、かすかに呻く声が聞こえる。
「ん?今なにか…」
なんて、分かっているのに言ってみる。すると襲撃者たちはわざわざ声を潜めて隠れてくれる。
情報が筒抜けになっているのに隠れるというのも馬鹿な話だ。
ちなみに今、襲撃予定者の足に刺さったのは神経毒を持った植物の棘である。致死性はないが速攻で麻痺を起こし、その効果は10分ほど続くのだからかなり有効だ。ついでにさっき顔を叩かれた奴にも刺しておこう。
あとは残り一人。
だが、こっちは俺が何かをする必要もなかった。
「う、うわああああ!」
もう一つの襲撃者が、隙だらけのソイツに嚙みついていた。
「あーあ。ご愁傷さま」
敵意むき出しで襲い掛かろうとしていた連中だ、情けをかける必要もない。
もう二人も生かしておいているが、別に情をかけたわけじゃない。
アオォーーーーン…
遠吠えが響き、途端に濃い獣臭の気配が近づいてくるのが分かる。
どうやらさっきの狼は魔物でも知恵のある方だったらしい。仲間を呼んだのだろう。
一人は不意を突かれて首の血管でも噛み千切られたのか、気配が薄くなっていくのが分かる。
残った二人は必死に逃げようとしているが、あと2分もしないうちに狼の群れがやってくるだろう。
まだ麻痺している時間は5分はある。それだけあれば彼らの「食事」が始まるだろう。
くわばらくわばら、なんて頭の中で言いながら俺はブライアンを前に進める。こいつはこいつで肝が座っているというか、よく暴れたりしないものだ。
何かが起こりそうで起こらなかったまま、俺たちは森へと進んでいった。
この道を戻る時はきっともう誰もいないだろう。