41話~「人生ファンブル」
せっかく町に着いたというのに野宿する羽目になった俺たちだったが、さっそく洗礼とでも言わんばかりに盗人どもに目をつけられて馬車の荷物を狙われた。
まあそりゃそうだ。女子供しかいない上、積み荷が載ったままの馬車と共に町の隅に隠れるようにしているのだ。狙ってくれと言わんばかりの状態にしていたことに今更後悔する。
しかし夜盗どもの襲撃に関してはアプリが対応してくれたらしい。
どうやったのかは謎だが、なにやら騒がしいので目を覚ますと、見知らぬ男たちが
「これだけあれば一生遊んで暮らせるぜ!」と嬉しそうに馬糞の中に飛び込んでいたり
「こいつは最高の具合だ!」と言いながら仲間の男に向かってカクカクと体を振る男がいたり、
「アニキ!ついに俺の気持ちに気づいてくれたんだね!」と恍惚の表情で……あれ?この人も幻覚見てる?この人だけ正気じゃない?
という惨憺たる状況で、当のアプリは魔力を使い果たしたのか
「お父様ぁぁぁ…」
と、ミイラ一歩手前の乾燥具合で俺を呼んでいた。っていうかヤバい!
「あ、アプリ!?大丈夫か!」
慌てて魔力を大量に含ませた水に浸すと、ほんのり光を放ちながらアプリの体が戻っていく。ここだけ見ているとコメディだが、鑑定で見たら魔力がほとんど残っていなかったから危ないところだったろう。
「お父様たちは危機感が足りないと思うわ!」
すっかり回復したアプリに正座させられた俺たちは、それから30分ほどお説教を受けた。
その間も男たちは愉快なことになっていたが、やがて幻覚も解けるだろうからこの場は逃げておこうという事で俺たちはその場を後にした。
盗賊相手とはいえ、いきなり町で刃傷沙汰というのも商売するにあたって耳障りが悪い。
港町カティラはかなり大きい町で、今まで俺たちが訪れた町の中で最大規模といっていい大きさを誇っている。
他にも港町はたくさんあるが、このカティラの町に関しては他の大陸からやってくる大型商船などが数隻も寄港できるとあって常に活気に満ちている。
他の大陸に向かう定期船などもあり、新天地を求めて旅立つ冒険者も多いという。
港町ということもあってか、まだ日が上りきっていな時間だというのに町には活気がある。前日に出ていた船が漁から戻ってきたのが一番に売られるというのもあり、食堂や宿屋の料理人などが集まっていたりする。
そんな町だから、夜はともかく朝は早い。
俺たちは昨日売り損ねた商品を持って商人ギルドに向かった。
商人ギルドでは品物の買い取りも行っており、安くなってはしまうが確実に商品を買い取ってくれることで有名だ。
売値が安くなってしまうのは仕方ないが、港町にコネのない俺たちからすれば売れるなら何だっていい。今は軍資金を集め、今後に繋げられるならばと腹をくくってきたわけだが、そこで思わぬ言葉を告げられた。
「おや珍しい。今は内地で食糧需要が高騰していますので、ここまで持ってきたらむしろ安くなってしまうでしょうに」
「内地で?何かあったんですか?」
「ご存じ、ないのですか?」
幾分か不審げな表情をし始めたギルド職員の態度に俺は首を横に振って答える。
「すみません。先日ヴィレジアから逃げるようにやってきたばかりで」
そう答えると、ギルド職員の表情が一転かわいそうなものを見るような目になった。
「そうですか…。峡谷の町ヴィレジアで起きたトロル襲撃事件については当ギルドでも聞き及んでいます。かなりの人が家や家族を失い、難民となってしまったとか」
そこまでの状況とは知らなかったが、納得してもらえるならありがたい。というか、トロル自体はすでに退治したのになんでそんなことになっているのか。
おそらくは各ギルドがそれぞれの利益を優先して行動してしまい、うまく連携がとれなかったのだろう。
しかもあの事件で最も被害を受けたのは貴族や領主たちだ。損害を取り戻すために無茶を言ったに違いない。
逃げるようにして出てきたが、あのままあそこに無理して残ってもひどいことになっていたのは間違いないだろう。
「明るいニュースではありませんが、あまり落ち込みませんように。商売の神は常に笑顔です。とはいってもギルドの買い取りは苦笑い程度でしょうが」
勝手に色々とこちらの事情を斟酌して話を進めてくれる人の良さそうなギルド職員の男性にはむしろ苦笑いどころか普通に笑顔を返したいくらい助かっているのだが蛇足だろう。
それから馬車の商品を確認してもらい、いくらかの金を受け取った俺は商人ギルドを後にして宿に向かった。
ルノールは先に冒険者ギルドで情報を集めてくると言って行ってしまったので、待ち合わせしている町の中央広場に昼までに行けばいいだろう。
それほど大金ではないが小銭とも言えない資金を手に入れた俺はそこら辺の宿を手当たり次第に覗いていく。
「よう!うちの宿は大商人も使う由緒正しい旅館だぜ!」
「あら坊や、ここは大人が利用する宿よ?子供でも構わないけれど、お金はあるのかしら?」
「うちの海鮮料理は最高だぜ!その分、値段は張るがな!」
「激安宿ですぜ!馬をお持ちなら、大事な馬とも一緒に寝れる風通しの良い宿にお越しを!」
客引きはいるのだが、どうにも一癖ありそうな宿ばかりで辟易する。最後のに至っては馬小屋じゃねーか。いや、昨日は野宿だったし馬小屋もアリかナシかで言えばアリなんだが。
そうして覗いていって分かったことがある。
「そういえば商人ギルドでも言ってたな」
親切なギルド職員の男性から聞いた話ではあるが、どうやら国家間での戦争が近々あるらしい、という噂がそこかしこに流れていた。
港町ということもあり、外国や他の大陸からも商品が流れてくるのは当然として、その中に鉄鉱石や、そのもの武器防具などが積まれていた、という話を聞けば信憑性も増してくるというものだ。
それに俺からしても、戦争というのは納得できる。俺の薬の製法を求めてルノールを人質にとったりしたのは、他でもない国の騎士連中だったりする。
あれはきっと戦争に使用する薬を、より高品質なものにしようという考えからだったのだろう。
元々火種が燻っていたのだとすると納得の状況だ、時間の問題だったのが、時間経過で発生したというだけのこと。
それを念頭に置いてみると、現在の状況が見えてくる。
持ち込んだ食料品がそれなりの値段だったにも関わらず「内地の方が需要がある」のは、戦争準備中で食料をかき集めているから。
さらに真っ当な宿がほとんど空いておらず、値段の高い宿や、宿としての体裁をなしていないような宿しか空いていないのは、戦争を目当てに船でやってきた冒険者が多く、逆に戦争から離れようとした民が大陸を出ようと集まってきているのだろう。
宿が見つかりそうにないと判断した俺はとりあえず待ち合わせの場所だけ確認でもしておこうと中央広場に向かった。
港町カティラの路は、整備された港から伸びる大きな道がまっすぐ進んだ先で中央広場にぶつかるようになっている。
まさに港町、船中心の街作りの結果とでもいうのだろうか。
そんな中央広場は中心から円を描くように広がった道が町のあちこちに繋がっており、その道に沿うように様々な露店がみっしりと軒を連ねている。
そんな広場に、ルノールがぽつんと立っていた。
「あれ、ルノールか?まだ待ち合わせまでずいぶん時間あると思ったけど」
「あ、ケイトぉ〜」
ぱたぱたと歩いてくるルノールの表情は少し困ったような顔をしていて、俺は思わず首をかしげた。
「どうした?なにかあったのか?」
するとルノールは首を左右に振った。
「ううん。何もないんだよぅ〜」
話を聞いて、俺たちは途方に暮れることになってしまった。
「なんてこった……まさか『大陸間の渡航が禁止』されてるとは…」
海を渡るはずだったのに、それが禁止されている。
その自体に俺たちはまたしても頭を抱えるしかなくなってしまった。