39話~「自分との邂逅、進まない話」
~あらすじ~
ここをキャンプ地とする!
夢を見た。
ひどく懐かしく感じる夢だった。
特に希望はない。
特に絶望もしてない。
何も期待していない。
何も望んではいない。
誰も求めてこない。
誰も求めていない。
だけど
腹がへった。
ワンルームのアパートを追い出された先で、道端の草さえも食べて飢えを凌ごうとした。
今、好き好んで道端の草を食べている。
そんな自分がおかしくて
手の中にあるものを思い出した。
目が覚めるとすでに朝になっていて、困ったような顔をしたルノールとアプリがこっちをじっと見ていた。
「おはよう…?」
とりあえず挨拶してみると、アプリがちょっとだけ怒っているような気がした。
はて。何かしてしまっただろうか。ちょっと寝坊したかもしれないが、外はまだ暗い…というか光があまり入ってこないというか…
「ああ!出られないのか!」
四方を樹木に囲まれたキャンプ地は魔物に襲われることはないだろうが、自分たちが出られないという欠点も孕んでいたようだ。
「『出られないのか』じゃないわ!もう2時間くらい前から出られなくて困ってるのよ!私はともかくルノールがもう限界よ!早く開けてあげて!」
「ルノールが?」
そうして見てみれば、ルノールは真っ赤な顔でぷるぷると震えながらスカートの裾を掴んでいて…
「トイレか!わ、悪い!今すぐ開ける!」
「早くぅ…お願いぃ…」
どうにかルノールの尊厳が守られた後、俺はこっぴどく叱られた。
魔物の襲撃よりも恐ろしいアプリの口撃は寝起きの呆けた頭を覚まさせるのには最適だったが。
「ふう…お父様は本当に抜けてるんだから…って、お父様?どうかしたの?」
自分の手をじっと見ていた俺に何かいつもと違う雰囲気を感じたのか、全体のサイズから見れば大きな丸い瞳でこちらを見てくる。
きょとんとしたこういう表情を見ると、この子は本当に美少女だ。サイズが小さすぎるのが残念なほどに。
「いいや、なんでもない。ちょっとだけ懐かしい夢を見ただけだ」
「夢? お父様が夢を見たなんて、珍しいわね。聞いたことはない気がするわ」
俺も夢の話なんてしたことはない気がする。
夢を見たことがないわけじゃないが。
「なんていうか、俺のルーツというか…俺のダメなとこっていうのか? ダメすぎた頃の夢を見てな」
「昨日の事かしら? それとも一昨日?」
「・・・今もダメすぎるというアプリの言い分はよく分かったが、俺の心は防御力低いんだから許してくれ。死んでしまいます」
「そう。それなら仕方ないわね。で、どうしてそんな夢を見たのかしら?」
夢を見た理由か。
そんなものは分からない。ダメだな、と思うことはよくあるが、前世の夢を見たのは初めてで、今までと違う環境かと言われればそうでもないし。
「さあな……夢の理由なんて分かりゃしないさ」
だけど
何か頭がすっきりしている気がした。
これまで、自分を抑えていたようなものが少しだけ晴れたような。
「──鑑定」
ケイト・クサカベ
LV:1 New!
年齢:9歳
種族:人間
職業:商人
生命力:7FE42C56A320B270F35CC21E80951A66…
魔力:1D0E73CBC8699A3513E76F00C2…
スキル:<草食系>
<診察鑑定>→<鑑定解析>
<身体強化 Lv7>
<気配察知>→<警戒察知>
<調合>
<錬金>
<魔力掌握>
<努力次第> New!
称号:[まだらゴブリン] [緑肌の怪物] [転生者]
魔法:<木魔法> New!
生命力と魔力の桁があまりにも有り得ない数値で、実際はスキルや称号や魔法の欄にも上に被るように表示されていた数値が省略され、見えるようになっていた。
スキルは一部が強化?進化しており、新しいものもあった。
<鑑定解析> アクティブスキル。
既知の事象を鑑定し、未知の情報を解析する。
<警戒察知> パッシブスキル。
周囲の気配を自動察知し、敵意や悪意の有無すら察知する。
<努力次第> パッシブ・ユニークスキル。
全ては努力次第。過去の己を悔いて努力を怠らない者にだけ結果は訪れる。
夢を見たせいかもしれない。
新しいスキルは、どこか俺を責めるようで、励ましているようでもあった。
さらに
<木魔法> 属性外、失伝魔法。
水・土・風・光・闇の5属性複合により使用可能となる特殊魔法。植物の能力を引き出し、その特性を最大限まで発揮させることができる。また植物への干渉を可能とする。
元々持っていた草食系の能力を補完、強化するような魔法が手に入っていた。
もしかしたらこれで戦えるかもしれない。
だが、これが使えないものだとしても戦わないという選択肢はない。
逃げて、何もしなかった結果の前世を思い出してしまったんだ。
もう少しだけ頑張ろう。
拳を握り、気持ちを新たにしただけなのに、体がすっと軽くなった気がした。
港町カティラが見えてくる。
新しい旅が始まる。
今度こそ、望むままに生きる為に、その為に己と戦う。堕落しがちな弱さと向き合ってみよう。
ふと、隣を歩く馬を見てみる。
かつては、ふてぶてしい顔で草を噛んでいただけの馬だった。
今は元気に走りまわり、荷物を背負い、馬車を転がす。変われば変わるものだ。
きっと自分も変われる。
説教臭い自問自答を終わりにして、前を向く。
アプリとルノールを乗せたブライアンがスピードを上げて町へと走っていた。
俺は一瞬だけ苦笑して、置いていかれないように追いかけるのだった。