38話~「売り物は後で用意する行商人」
~あらすじ~
峡谷の町ヴィレジア襲撃のどさくさに薬品製造技術を狙われた桂斗は薬師ギルドを抜け、町を出た。
国にも目を付けられそうな桂斗たちは、海を越えた先の大陸に安心と安全を求める。
海を越える為、一行は次の目的地である港町カティラへと向かう途中でかつて共に旅をした馬ブライアンと出会い、仲間に加えたのだった。
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かつての仲間、ブライアンを旅の一行に加えた俺たちは道行きの村を離れて1日の場所で野営の準備をしていた。
「まずは港町カティラについた時に売るものの準備をしようと思う」
夕食の準備をしていたルノールを捕まえ、すでに寝床の準備を終えたアプリも回収し、なぜかブライアンも参加しての会議がスタートした。
議題は単純に、商売の基本である商品の選択だ。
実を言えば俺たちの旅の最初は、商売から始まっている。
戦う力のなかったルノールに、そのルノールを一度は死なせてしまった俺。当時のアプリに至っては蓄積魔力の枯渇でマンドラゴラの干物みたいになりかけていたのでどうしようもない。
そういった事情から、俺たちは旅の途中で商売をすることに決めて商人ギルドに登録していた。
登録費用はルノールがなけなしの貯蓄をはたいてくれた。あの時は宿代すら失い、ルノールにまで町の外で野宿させるという状態だった。
というわけで、俺にはあの頃の記憶から商品になるものには見当をつけていた。
「まずは小麦と薬草だな。」
小麦に関してはそれほどの品質は要らない。道中で少量買ったものを促成栽培して増やす。これだけでいい。ヘタに高品質なものを取り扱うとどこで入手したのかとうるさくなるのは目に見えている。
薬草に関しては多少品質の良いものを用意しよう。元薬師ギルド所属だ、さすがに今となっては相場も理解している。
しかし見事に草と穀物しかない。
無一文寸前まで金を使って荷車を購入し、一応ではあるが荷馬車の体裁を整えただけの自称行商人だが、小麦はともかく、他に薬草しかないというのは非常に見栄えが悪い。
「はぁ…お父様、私が何なのかお忘れでなくて?」
アプリがいつものように呆れている。最近かまってあげることが減ったからかこういう態度をとることが増えたな。
「何って…うちの可愛いマスコットだろ?」
「可愛い…じゃなくて、マスコットってなによ!」
一瞬、赤く染まった頬に両手を当てて笑みを崩したように見えたが、次の瞬間には怒っていた。
「そもそも私は客の前に出れないんだからマスコットも何もないじゃない!」
「確かに、それな」
由々しき問題ではある。俺たちメンバーの中で最も建設的な意見を出してくれるが、いざという時までは基本、隠れていなければならない不憫な子だ。
「それな、じゃないわよ。そんなことより、私が何かってこと。私が何から生まれたか、もうお忘れ?」
「桃だろ?」
「違うわよ!だったら今ごろ鬼退治にでも出てるわよ!」
アプリやルノールには旅の途中、退屈しのぎに転生前の昔話を聞かせたりしていたのでそういう知識が多少ある。最近は自分が転生したのを忘れかけてるんじゃないかってくらいこの世界に馴染んできているつもりだが。
「いいこと?私はリンゴから生まれたフルーツフェアリーなの。果物なら私が育てられるのよ」
「なるほど。じゃあ果物も商品に加えられるな」
「そういうこと」
どうだ、と言わんばかりにドヤ顔を決めて見せるアプリに拍手を重ねると嬉しそうなのでそのままにしておく。女の子のご機嫌取りは大事だ。
「私はいつも通り冒険者ギルドに行くからねぇ」
ルノールは杖を手に、商売に関われないのを不服そうにする。
「ああ、頼む。中級冒険者の達成報酬はなかなか高額になってるしな」
峡谷の町ヴィレジアでの一幕は俺たちにとって喜ばしいものじゃなかったが、町を救う一助となったルノールだけはその功績からギルドランクが上がり、今ではLv7冒険者としてカードにも記載されている。
このLvというのは各種ギルドによって評価項目が異なるが、冒険者ギルドではだいたいLv=強さという評価で問題ない。
Lv1から5までが初級、6から9が中級、10以降は上級といった感じで分けられている。
薬師ギルドではLv5だった俺だが、こっちは初級というわけではない。薬師ギルドではレシピの提供、新しい薬の報告、販売金額からのギルドへの寄付などでランクが変わる為、Lvはあてにならないというのが一般的だ。
そして俺とルノールは共に商人ギルドにも登録しているが、魔法を覚えて冒険者としてメキメキと頭角を現したルノールは商売にあまり参加できず、未だにLv2商人で留まっている。
かくいう俺もLv4商人なので大差はない。薬師として薬を売るのは商人とは別の括りになるので、そこから上がらなくなっていた。
改めて商品を補充した荷台には小麦、薬草、リンゴ、そして薪木が置かれてずいぶんとそれらしくなった。なぜか小麦とリンゴを載せているだけで商人気分が増す気がする。
「香辛料とかも用意するか…?」
「これから行くのは港町だからぁ、香辛料は“入ってくる”ものだよぅ?」
「そうか…それだと持ち込むのはおかしいな」
この国でも香辛料の栽培は行われているが、そう品質も収穫量も良いものではなく、多くは輸入に頼っているらしい。
「最初から香辛料で商売してりゃ良かったか?」
「香辛料の栽培は重要な産業だからぁ、産地の証明書がないと買い叩かれるしぃ、領主さまに目をつけられちゃうよぉ?」
そう言われれば、一部の商品はよく値段が異常に安く買い叩かれることがあった。産地証明書なんてのが必要だとは思わなかったが。
「ルノールはどこでそんなの聞いてきたんだ?」
「酒場とかぁ、食堂とかぁ?冒険者は色んな人がいるからぁ」
冒険者の情報網らしい。
冒険者として登録はしているが、戦闘力のない俺は採集依頼しかほとんどやってこなかったので侮られがちで、そういう情報を教えてくれる知り合いもいない。
思い出すとちょっと悲しくなってきた。
「お父様が何か悲嘆に暮れてるけど、とりあえずの商品は出来たしいいんじゃないかしら?あとはルノールが服を縫ったりすれば商品も増えるし、船旅は長くなるし、船賃も高いからしばらくはここで資金稼ぎ、でしょうね」
アプリの言葉に皆が頷く。ブライアンまで頷いてるが、分かっているのだろうか。
「あとはお父様の努力次第じゃないかしら。生産スキルがあれば商品も増えると思うわよ。錬金もあるんだし、前向きにいきましょう」
全員が賛成したところで、ルノールの料理が完成して食事になる。ミルクたっぷりに小麦粉と野菜をふんだんに使ったシチューと、商品とは別に厳選栽培している最高品質の小麦で作ったパン、そして
「ほら食えブライアン、俺も食ってるだろ。うまいしパワーがつくぞ」
自重しないドーピング草をみんなで食べる。
「うえぇ…マズいよぅ…これだけはどうやっても美味しくできないんだよぅ」
「植物であって食物じゃないわよねコレ…あと私に効果あるのかしら?」
三者三様の反応だが、女性陣の評価は芳しくない。俺とブライアンは普通に食ってるんだがな。
「お父様はちょっと普通じゃないから…」
ひどい事を言われながらも食事を終え、その日は眠りにつくことになる。
念のために周囲を促成栽培した樹木で覆い隠し、その周りには魔物が嫌う花を咲かせておいた。どうせ一週間もすれば栄養が足りずに枯れ始める。
寝床が完成し、ゆっくりと眠りにつく。朝に出れば明日の昼には港町カティラに到着するだろう。
「隙間なく木に覆われてるから大丈夫かしら…でも相変わらず野営で全員寝るのね…」
新たに仲間に加わった馬も熟睡しているのを見たアプリはそっと息を吐いてから、桂斗の懐に潜り込んで暖をとりながらすやすやと寝息をたてていった。