37話~「今と昔と、俺と馬」
「元気だったかブライアン。ずいぶんと久しぶりだが、俺のことは忘れてないよな?」
「ぶるるる」
どこか笑ったような様子で鼻を鳴らし、その鼻をすり寄せてくる。
こいつこんなに人懐っこかったか?
「ブライアンもだいぶ苦労したみたいね」
「分かるのかアプリ」
カバンからにゅっと顔を出したアプリがぺちぺちとブライアンの鼻面を叩いて優しい表情を見せる。
ブライアン自体の表情は分からないが、覚えている昔のブライアンはもっと飄々としていた気がする。
「言葉が分かるわけじゃないわよ。この子の感情や、思ってることがなんとなく分かるだけ」
「そんな便利な能力、唐突に使えるようになったのか」
「唐突じゃないわよ!お父様の興味がもうちょっと私に向いてくれれば説明したわよ」
おや、ツンデレかな?
とはいえ確かにアプリに関しては何が出来て何が出来ないのかよく聞いたこともなかった。だいたい横から口を出して何かしてくれるので便利だなーとは思っていたが。
「とりあえずお父様が私を便利な女だと思ってるのは何となく分かるわよ?」
おおう、これはいけない。
アプリが若干怒りそうな雰囲気なので話を逸らそう。今はブライアンだ。
「それでアプリ、ブライアンがどんな感じの事を考えてるのか分かるか」
「露骨な話題そらしだけど…いいわ。この子、かなり長い期間、魔物に追われていたみたい」
「魔物に追われて?長い間?」
「ええ。年単位で苦労したような感じがするわ。それでボロボロになって、仕方なく魔物から逃げる為に人里に出てきて、わざと捕まったみたい」
年単位で追いかけてくる魔物って何だろうか?そしてそれから逃げ続けたというブライアンもよくわからない。
「そういえばコイツはメンデルのいた町で町長が用意した馬なんだったっけ」
俺がよちよち歩きの幼児だった頃に背に袋入りで担がれていたはずだ。
そう考えると、あれから10年数年経ってるのか。昔のままの方が不思議かもしれない。
「今のこの子はお父様と居た頃の事を思い出してるみたいね」
「俺と居た頃?なんかあったか?」
別に特別なイベントをこなした記憶もフラグを立てた記憶もないが。
「この子にとっては、平和で幸せだった頃の記憶みたいね。のんびり生きられた思い出なのかしら?」
そういうことか。
確かに俺と居た頃は何事もなくて、魔物と2年以上会わずに旅を続けてた。
「だからかもしれないけど、この子はお父様に感謝しているみたい。主なのか友達なのか分からない感じだけど、好意が感じられるわ」
「その辺まで詳しくは分からないのか」
「私が見ているのは魔力の流れや感覚だもの。そこまで詳細に知るのなんて無理じゃないかしら」
ふむ。案外そう便利なわけでもないのかな。でも少しでも感情が分かるならありがたいか。
俺は久しぶりのブライアンの毛並みを撫でつけ、その口元に草を持って行く。
「これからよろしくな、ブライアン」
むしゃむしゃと草を食べながら、ブライアンの目が俺を見つめているのを把握する。
「ケイトぉ?ブライアンに何を食べさせてるのぉ?」
いい話で終わらせようとした所にルノールが茶々を入れる。ちっ、コイツめ気づいたか。
「なんでもない。ただ生命力とスタミナを倍増させ、疲労回復効果をのせただけの草だよ」
「なんでもなくないよぅ!?」
「弱ってたし、ちょっとドーピングしとくだけだって。これからの旅で世話になるし、少しでも元気な方がいいだろ」
「それはぞうだけどぉ…」
それに実験しときたくもあった。
俺の魔力で生成した種子から育てた植物だ。効果は俺以外に試してもらいたいと思っていた。
「これが成功したら色々とやれそうだからな」
少しでも戦力を鍛える為に、やれることをやっておきたい。
こぼ大陸では色々と失敗ばかりだったので、これから向かう場所でうまくやるために、追ってくるかもしれない厄介を払うために、やれることを。
「あまり無理はしないでねぇ?」
そう言ってルノールはブライアンを洗い始める。魔法で温めた水を使っているのか気持ちよさそうにするブライアンを見て少しだけ昔を思い出す。
…うん、コイツが好き勝手してた記憶しかないな。
とはいえ友人同然に暮らしてきた仲間だ。
強くなってもらうの当然だが、よろしくしたいと思う。
餌を入れる桶に特製の草をたっぷりと用意しておき、自分の準備を始める。今日は新しい町に入るのだ。さあ、頑張ろう。