35話~「賊」
峡谷の町を出てすぐに追っ手の気配を感じた俺たちは、さっそく撃退準備を整えていた。
どうせ薬師ギルドの、金に飢えただけの馬鹿な連中だ。むしろ手加減して手心を感じられても困る。徹底的に潰すのがこれからの為になる。
町を出て初めての道に入る。峡谷から少しずつ上り坂になり、左右を大峡谷と言われる亀裂に挟まれた橋のような道の先には、海へと繋がる道もある。
その狭くもない一本道の途中で、隠れる場所を失ったであろう連中がこそこそと出てくるのが分かった。
このまま行けば野営地が道の途中になりかねないのだが、その手前で停まれば連中の思うつぼだ。そんなことは御免被る。
徹底的にやっているところ見せるならば、誰かが見なければ意味がない。
ならばここはうってつけの場所だろう。
「おい、そろそろ時間の無駄だから出てこいよ」
明らかに違和感のある藪に向かって言えば、驚いたように藪がガサガサと動く。こいつら気づいてないとでも思っていたのか?おめでたい奴らだ。
「あー、出てこないならめんどくさいな。ルノール、そこの藪を焼き払っていいぞ」
「はーいぃ。隠れてる人さんたち、ごめんなさいねぇ」
こういう時は反対しないのがありがたい。「敵でも出来れば救いたい」なんてのは理想論だが、そんな理想を振りかざして命を失うのも、誰かを傷つけるのもゴメンだ。
「くっ…!」
隠れていてもどうにもならないと理解したのか、男たちが出てくる。
・・・5人か。思ったより少ない。
「お前らは盗賊か?盗賊ならここで殺しても何の罪にも問われないから助かるが」
暗に「ここで殺していく」と言うと、明らかに動揺しているのが分かる。
はぁ…尾行がバレたくらいで動揺するくらいなら追ってこなきゃいいのに。
「お、俺たちは薬師ギルドの人間だ!」
「そうだ!盗賊なんかじゃない!」
「お前が独占している薬の製法を聞きたかっただけだ!」
なにやら連続で吠えているが、どうにも聞くに堪えない。話しかけないで盗賊として始末した方がよかったかとさえ思う。
「なぜ俺が製法を教えなければならない?ギルドには命令無視の謝罪としての納品は済ませてある。これ以上は必要ないはずだ」
言ったところで引く気はないだろうし、今更後に引けないだろうことも分かるが言っておく。大義名分は大事だ。どこで誰が聞いているか分からないしな。
「だ、黙れ!」
「俺たちは日々苦労してギルドに尽くして製法を共有してもらっているんだ!」
「ぽっと出のお前みたいな奴は、製法を誰かから奪ったに違いない!」
「そうだ!だから、その薬の製法はギルドの元で俺たちが有効活用してやると言ってるんだ!」
「はーーー・・・」
もはや溜め息しか出ない。
この世界の連中はどいつもこいつも溜め息をつかせるプロだ。その言い分はとても反吐が出て、論理的ではないことに定評がある。
「まず、俺の製法は俺が独自に見つけたものだ。それを奪うというならお前たちは盗賊確定だな。
もう一つはギルドを辞めた俺にとって、製法の共有だなんだというのは関係ない。お前らで勝手にやっていればいい」
どこをどう考えたって盗賊でしかなく、どこにも正当性がないのだ。だったら最初からそのつもりで来ればいいのに、奪うのに失敗したら論破しよう、とでも思っていたかのような顔つきが実に滑稽だ。
「貴様…どこまで我々を愚弄する」
「ああ、もうどうでもいい。さっさとかかってこい盗賊。問答をしている時間が無駄だ」
さっさと先に進みたい。
その気持ちが通じたのか、5人の男たちは一斉に襲いかかってきた。
襲いかかってきたのだが。
「《逆巻く風を背に乗せ、迫り来る敵を押し返せ。
風+土…複合魔法『バレットウインド』》」
ルノールが呪文を唱え終わった瞬間、質量を伴った重い風が男たちの体を叩いた。
「あっ・・・ぎぃやああああああああ!」
ばしん、と叩かれた衝撃で一瞬言葉を失ったかと思うと、次の瞬間には空中に叩き出された体は大峡谷の亀裂へと身を投げている。
そう、5人とも、空を舞っていた。
「おいおいルノール…これじゃ俺たちが追っ手を撃退したって分からないだろ」
「あうぅ…ごめんなさいぃ」
大地を裂いた大峡谷の亀裂に落ちた連中の悲鳴はもう聞こえない。
ここから落ちたものは助からないと言われている。
時に道を踏み外した馬車なんかが落ちることはあると言われているが、その後を知るものは誰もいない。この亀裂い降りれるような場所は今まで見つかったことがない。
そんなところに落とされた連中の生死など、もはや知ったことではない。
とりあえずの無事を祝い、再び道中を歩き始める。野営は橋の上になるとは思っていたが、この辺りはワイバーンも通ることがある。
下手に魔物に襲われようものなら、死にはしないが大変面倒なことになるのは間違いない。
俺は早速地面に種を植え、大きな傘のようになる葉をつける植物を育てた。
こいつは本来であれば指の先くらいの大きさにしかならないのだが、大量の魔力を成長に振って育てれば簡易の屋根になることが分かっている。
この土の地面では栄養が足りず、おそらくは1晩保つか保たないかだろうが、別にかまわない。野営できればいいのだ。
同時に俺は魔物避けになる植物を近くに生やしておく。魔物が嫌う匂いを出すという植物は人間たちの中でも有名だが、俺のそれは臭気を極端に強化したやつで、人間には無害だが魔物たちは遠くからでもこの匂いに気づいて近寄らない。
この魔物避けもあり、俺は滅多に戦闘をすることはない。ルノールが戦力として優秀なのもあるが、HPチートでしかない俺にとって戦闘を回避することは優先順位が高い。
今夜のところは簡単な野営にするということはルノールにも伝えてある。
火を使わないことも言いつけてあるので、水でふやかした固い黒パンをかじり、ルノールは干し肉をかじっている。
俺は生の小麦を口に放り込み、えぐみと草の臭いの溢れる雑草を潰して丸めた草団子をむしゃむしゃと頬張る。
口いっぱいに雑草の青臭さが広がり、喉の奥にドブ川を煮詰めたような風味と刺激が突き刺さり、いかんともしがたい後味が喉を通り抜ける。
ゴリゴリと潰している間も、緑色の葉っぱたちが石のすり鉢の中でどす黒く混じっていく。
このすり鉢はかつて自分で石を加工して作ったもので、使っていくうちに持ち慣れた逸品だ。町の道具屋に売ろうとしても価値はつかないだろう。石だし。
しかし…
「改めて見れば、荷物も増えたな…」
ルノールは自分用の着替えや装備、地図や裁縫道具に料理道具が入ったカバンを背負っている。これももうだいぶ量が増えた。
俺は石のすり鉢に野菜、植物、果物に、それらの種が入った袋。服は最低限だが、水筒に水も入っているし、薬もいくつかストックしている。
正直言えば、行商をするのであれば馬車は必須だろう。
アプリ?ああ、アプリは俺が抱えたショルダーバッグに入っている。彼女の荷物はそのショルダーバッグに全てまとまっており、必要な時に取り出すことが出来る。
「しかし馬車か…」
俺とルノールの財布は共用だ。「別でいいじゃないか」と言ったのだが、
「同じパーティーなんだからぁ、一緒がいいと思うなぁ」
と言って譲らないので、譲歩して「共有財産を等分して持つ」という事になっている。なので、俺とルノールは常に同額を所持している。
もちろんアプリは無一文だ。過去に彼女を解剖しようとした錬金術師のおかげで人前にでれず、彼女は基本的に買い物など出来ないから仕方ない。
その共用財布の中身を見て、溜め息が出る。
「買えて荷台車、馬は…難しいな」
魔物が命を狙うこの世界、動物の育成は非常に難易度が高く、騎士団なども利用する馬に至っては高級品の部類に入る。
俺の収入は不定期であまり役だってはいなかったが、ルノールが稼いできたそこそこの収入であっても、二人分の資金を足してどうにか1頭買えるかどうか、といったところだ。
今後のことを思って不安になるが、野営を終えて旅に戻れば次の町までは半日もない。
安くていい馬がいればいいが…
どこか不安な思いを抱いたまま、うとうとしだした桂斗はそのまま眠りについてしまう。
「・・・野営なのに誰も見張りに立たないってどうなのよ」
カバンから這い出てきたアプリが、二人の分まで夜通し警戒していてくれた事を知ったのは、日の出の少し前に二人が目を覚ましてからだった。