34話~「馬、覚えていますか」
薬師ギルドを出てから宿までずっと誰かが尾行しているのには気がついていた。
襲撃というよりも観察といった印象の尾行に不快感はあるが、あれだけ啖呵を切って薬師ギルドを出てきたのだ。俺の持っている技術や薬の製法を聞き出すか盗みだそうという魂胆なのだろう。
もっとも俺の製法なんて「適当な草を合わせて魔力で強引に調合」か「魔力で育てた薬草を使って魔力で強引に錬金」くらいしかない。真っ当な薬師が見たら罵声をとばされるだろう。
実際に俺が薬を作ってるシーンを気にせず見せてやったら、隠れて見ているくせに監視の目が明らかに動揺しているのが分かった。
なにしろ、その辺の雑草を適当に引っこ抜いて魔力と共にすりつぶし、そのまま錬金で強引に魔力回復薬にしたのだ。
これではルノールに使った魔力回復薬に比べてだいぶ品質が落ちるが、『究極品質』と『高級品質』の違いなんぞギルドの連中には分かりゃしない。宮廷魔術師の筆頭でもなければだいたいの人間が完全回復するのだ。
超粗製なので10分もしないうちに50本が完成して、それを担いでガチャガチャさせながらギルドに向かう。
茫然と見ていた監視の連中もどうしたものか迷ってたのだろう。慌てて戻っていく気配があったが、報告している最中に提出に現れるくらいになってしまうだろう。そうなったら対処もなにもない。
「50本、納品だ。これで俺の役目は終わりだな。大して世話になってないが、じゃあな」
夕方に別れた人間がその夜には50本の、それこそ見たこともないような薬を持って絶縁を叩きつけていったのだ。驚かないはずがない。
まさかこんなに早く来るとは思っていなかったのだろう。ギルドの男も何が起こったのかという顔をしていた。
俺はそれを見れただけでも満足とばかりに鼻を鳴らしてその場を去った。
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翌日。
元気になったルノールは「情報を集めてくるねぇ」と言って冒険者ギルドに向かっていった。あそこはトロル戦の橋頭堡みたいになってたので荒れ放題だと思ったが、宿でその話をしていたら近くで食事をしていた冒険者に「それでもあそこは冒険者ギルドだから大丈夫」だと太鼓判を押されたのだ。
それから残り少ない資金で町の商人から野菜や果物、小麦なんかを少量購入しておいた。
スキルで増やすにしても元となる種は必要だからだ。もっとも、種さえあればいいのでさっさと食事に変えてしまって種だけを保管することになるのだが。
それからギルドの尾行らしき連中が何度か来たが、夜のうちに作り置きしておいた回復薬を重傷の怪我人に使って感謝されているといつの間にかいなくなっていた。
おそらく報告にでも行ったんだろうが、連中が襲ってくるなら町を出てからだろう。
正直、町を出てさえしまえばどうとでもなる。俺のスキルは戦闘向けではないけど、それでも強引に戦闘に使うこともできる。
そもそも俺の生命力を削りきることが出来るとは思えない。あり得ないほどHPが高い、というだけ。
だけ、とは言ってもこれが結構面倒だ。なにせ生命力とは自然治癒力も入っている。
つまり俺の異常な生命力は回復速度も早い。一昼夜ほどワイバーンに引き裂かれ喰われ続けても回復速度が上回るほどに。
正直言えば俺を殺せる方法があるのだろうか?とも思う。毒ならば、とも思ったけれど、今の俺は毒すら吸収してしまう。即死魔法とかあれば死ぬかもしれないが、削るという方法では無理じゃないか。
しかしそれは痛くないというわけじゃない。だから、できれば戦いはしたくない。仕方ない時はあるだろうが、それでも痛いものは痛いのだ。そして死なないというのが分かってるせいか、自分で思ってるよりも回避などが雑になりがちなのも自覚している。
ぶっちゃけて言えば自爆攻撃の準備をしていると、ルノールが戻ってきた。
「次の町は港町カティラにしようと思うんだぁ」
「港町カティラ?」
聞き慣れない名前だが、港町というからには海なのだろう。そういえば旅をしている間、海の方には向かったことがない。あっちは植物が育ちにくいからな。
「あのねぇ、こっちの大陸は住みにくいよねぇ?でもぉ、別の大陸なら私たちが落ち着ける場所があるかもしれないからぁ」
「なるほど、海を渡るのか」
それもいいかもしれない。
こっちの大陸では、全土とは言わないが微妙に目立ってしまった。それも逃げるようにして旅を続けてきた。だから、ここで一度リセットしたいという気持ちは前からあった。
海を越えてしまえば情報は届かないだろう。
それに、行商をするにも冒険者をするにも、新天地というのは魅力だ。隠れてこそこそしなくて済むなら、俺も冒険者なり何なり、もっと気楽に生きられるかもしれない。
「でもねぇ、ここからだと結構距離があるみたいなんだぁ」
「距離か…でも今更じゃないか?」
「行商もやるんでしょぉ?ならぁ、馬車くらいないと大変だよぅ?」
言われてみれば、徒歩の行商人というのは滅多に見ない。
稀に成り立ての新人が町と町を徒歩で往復しているのを見たことはあるが。
「馬車か…馬は高いんだよなぁ」
「馬かぁ…」
「馬……?」
俺、ルノール、アプリが共に呟く。
「ん?アプリ、何か問題でもあるのか?」
なにやらアプリが難しい顔をしているので、ふと尋ねてみるとアプリは首を捻って考えていた。
「馬…馬……。なにか引っかかってるのよね…」
「まあ、今すぐじゃなくてもいいだろ。この町はこれから復興が必要なんだ。次の町で安ければ買う、それでいいんじゃないか?」
とりあえずの結論を出してその場を締めたら、次は襲撃者への対策と相談だ。
俺とルノールは襲撃者に備えて薬と魔法の準備を行い、アプリは幻覚などでサポートする準備をすることになった。
この町を出て、海に出る。
別の大陸に何があるのかは分からないが、異世界に来てこれまでロクな事がなかったのは事実だ。だから、少しくらいは期待してもかまわないだろう。
小麦の粒をいくつか口に放り込み、ほんのり甘いそれを味わったところで準備を終えた俺たちは出発の為に宿をチェックアウトする。
わりと長居したものだから何かあるかと思ったが、
「はい、まいどありー」
と、軽いものだった。まあ安宿だから仕方ないかもしれない。
そうして、俺たちはついに峡谷の町を後にするのだった。