33話~「金の奴隷」
「薬師ギルド所属、Lv4薬師ケイト。君には失望している」
ぼろぼろに傷ついた建物が建ち並ぶ中、かろうじて被害を免れていたのか、比較的傷の少ない薬師ギルドの扉を開けて開口一番、そこに立っていた男が唾を吐くように言い放ってきた。
「はぁ・・・」
「薬師ギルド所属員への非常呼集の無視、町の傷病人への薬品供与を無視したことはギルドの信用を著しく傷つけたであろう。それに対して申し開きはあるかね?」
どうせ聞くつもりなんかないだろうに、そんなことをいちいち聞かれる方の立場にもなってほしい。
「…ありません」
「そうか。であれば、薬師ギルドは所属員である君に厳正な処罰を下さねばならない」
思ったよりもまともに話が進むのか?
そう思ったが、どうも周囲の人間がニヤニヤと笑っているのが気に入らない。おそらくこれは、責任を盾に俺から技術を奪おうとか、そういう魂胆の話になるのだろう。
「では薬師ケイト、君には町の住人への奉仕として、君が秘匿しているであろう薬品のレシピを提供することを命じる」
やはり、か。
俺は大きく溜め息をつく。
「秘匿しているレシピ…ですか?」
「知らないとでも思うかね?君が戦闘中、仲間の冒険者に渡していた高品質な魔力回復薬を見たという情報が入っているのだよ」
まったく戦闘中だというのに暇な連中だ。
そう思いながらも舌打ちせざるを得ない。こういう時、失敗しているのは俺の方なのだ。この世界は得てしてロクな奴がいない。ここで後悔するくらいならルノールの意見に反対していれば良かったのだ。
「あの薬は特殊な製法で、普通じゃ考えられないほどの魔力を込めただけの魔力回復薬です。ですからレシピといえるほどの物がありません」
「ならば現物を用意したまえ。あとはこちらで調べさせてもらおう。なに、50本もあれば充分だろう」
クソッタレめ。なにが『充分だろう』だ。それだけの魔力回復薬を売りに出せばとんでもない額になる。その価値を知ったどこぞの王族やら貴族が目の色を変えて追いかけ回すほどの価値が。
だが、ここでこれ以上反対しても仕方ない。
「分かりました。50本、用意します」
「うむ。それでいい」
決まったならもう用はない。
男の顔を見るのもイヤだとばかりに振り向いて扉に手をかけたところで、まだなにか周囲の連中がニヤついているのが目に入った。まだ何かあるというのか。
「そうそう、薬師ケイト。それからこれは今後の話だが」
振り向くのもめんどくさい。俺は背を向けたまま答える。
「なんでしょうか」
きっと後ろでは汚い面で満面の笑みを浮かべていたのだろう。
「君の作る薬の利益、その半分を賠償金としてギルドに納めたまえ。また新薬品の販売の際にはギルドに製法を報告した上で検証を行い、確認がとれてから許可をだそう」
はっ、なるほど。確かに『今後の』ことだ。今だけでなくこれからもずっと搾り取ろうというつもりか。だが仕方ない。そう言われたら仕方ない。
「わかりました」
「うむうむ、そうか。そうだな。では、まずは今回の魔力回復薬の利益を」
「ではギルドを脱退します」
俺は自分に与えられた薬師ギルドのギルドカードを取り出し、見えるように半分に折った。
「な、なんだとっ!?」
ギルドの連中は予想もしていなかったのだろう。これだけの薬を作れる人間が、その薬の販売権を手放すなどということを。
だが、俺としては薬の販売なんてのは出来ないなら出来ないでいい。たまたま「作れるから」やっていただけだ。
「今日この時を持って薬師ギルドを脱退し、全ての権利と義務を放棄します。あ、賠償と罰である魔力回復薬50本の提供は行いますのでご安心を」
「そ、そういう問題ではない!」
「まだ何かあるのか?今、俺はギルドを抜けた。販売もしない。お前らが選んだんだぞ、この結果は」
町の住人を見捨てかねない行動だった。だから、魔力回復薬の提出くらいは仕方ないと思っていた。体力回復薬なども割増で提出しろというなら受けるつもりだった。
だが、今後の利益の半分だの製法だのは関係がない。それにここで譲歩すれば今後もどんどん図に乗るに違いない。ならば、もう譲るべきではない。
「ギルドの利益、お前の成績の為に俺を利用するというのは、お前からしたら真っ当なんだろうがな。俺には関係ない」
「貴様……」
「それに製法だと?作れもしない薬の製法を聞いてどうするんだ。俺の製法で不良品を量産されるなんて、それこそ被害が増える。ならばもう手を引いた方がお互いのためというものだ」
「後悔するぞ」
「そりゃどうも。せいぜい頑張って俺の薬の解析でもしてくれよ。アレが作れないようなら何も真似なんぞ出来ないだろうがな」
売り言葉に買い言葉かもしれないが、こうなることも予想していた。仕方ない。
ニヤニヤ笑いの連中は茫然としていたが、こいつらも何を思ってあんな交渉がうまくいくと思っていたんだろうか。
ギルドを出て、宿に向かう。
さてこれからどうしようか。薬の販売権を手放したからにはもう薬は売れない。次は行商人でもやろうか。
「うーーーん、なんだかスッキリしたな!」
そういえばこれまではいちいち「この薬は大丈夫だろうか?」なんて気にしながら作っていた。売り物にするには強力すぎたりしたから。
これからはそんなことを気にせず、他人に使う時だけ気をつければいい。そう考えたら心がすっと軽くなった気がした。
「あとはアプリとルノールにどう説明するかだな…」
唐突に「無職になった!」なんて言ったらアプリに蹴られそうだ。ルノールは…「私が稼ぐからケイトくんは家にいてくれればいいよ!」とか言いそうだ。尽くす女…というより誰かに何かをするのが嬉しくて堪らないんだろう。
あとは啖呵を切った50本の魔力回復薬の納品か。これはさっさと作って置いてくればいい。
幸いにも商業ギルドへの登録は済んでいる。今までは薬の方が利益率が良かったからそうしていたが、これからはゆっくり商売でもしよう。
さしあたっては情報を集めて…いや、ルノールが起きてからだな。
少しだけ軽くなった足取りを宿に向ける。
この後で責任を感じたルノールが泣きだし、それを聞いたアプリに軽率な行動を咎められた俺はルノールが泣きやむまで何も出来ず、結局のところ動き出せたのは夜になってからになるのだった。
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