32話~「むしろそっちが問題」
結局、ルノールは町の危機を見過ごせなかった。
ルノールという子はそういう奴だ。目の前で誰かが困ってるのを見過ごせず、自分がピンチになる。
俺はといえば、正直言えばそこまではできない。関係が薄いというのもあるが、俺に対する町の住人の態度や今までやられてきた迷惑を考えれば、もう俺には無償で誰かを助けようという気はあまりない。
「お父様はルノールに甘いのよ」
アプリはそんな風に言うが、顔は笑っている。どうせ聞く耳もたないんだから言うだけは言っといた、みたいな顔をしている。
そんなやりとりをすれば、もう後は行動に移すだけだ。
「魔力は大丈夫か?」
さっきまで死にかけていたルノールだが、その前にどれくらい魔力を使っていたのかは分からない。だから聞いてみると、少しだけ苦い表情をしている。
「う~ん…大きい魔法は連発できないかなぁ?」
ルノールには鑑定技能がないから、自身の魔力に関しては体感でしかない。これに関しては消費も、残魔力量での体調も、個人で違うから俺が一概にどうこう言えない。「まだ魔力が残ってるだろ」と言って無理に使わせた結果、魔力が2割近く残っているのに目の前で嘔吐させてしまい、ルノールをしばらく使い物にならなくさせてしまった経験は大切にしなければならない。
「それじゃあ、そこら辺で魔力回復薬を作っておく。アプリはトロルの連中の接近に警戒、ルノールは詠唱準備を。2分くれ」
「了解よ」
「は~いぃ」
2人の返事をもらった俺は周辺の瓦礫の中から素材を探す。とはいってもだいたい予想はついている。貴族街の側だ、庭園なんてのも作っていたのだろう。そこら辺の草を組み合わせて<生成栽培>を行い、魔力を込めれば『魔力草』が出来上がる。
この魔力草を元に<錬金>すれば、あっという間に魔力回復薬の出来上がりだ。
この魔力回復薬はちょっと困った代物で、一般的な魔術師くらいなら『完全魔力回復薬』として扱われるくらい強力だ。ルノールだと4割回復ってところか。
そんな薬だが、俺にとっては簡単に作れるものだから、過去にこれを量産してしまったことがある。
その結果、これがあれば魔術師は魔術を使い放題だ、ということで貴族や国軍が気づいてしまい、そこに売ろうと考えた連中から狙われる羽目になった。ある意味では曰く付きの薬だ。
だが、簡単に作れる魔力回復薬といったらこれしかない。これ以外のものとなると、手間がかかるうえに材料がここでは手に入らない。薬効つきの薬草はどれでもいいわけではなく、魔力を込めるならどれでもいい、弱い薬を作る方が大変なのだ。
俺が作った魔力回復薬を一気飲みしたルノールは、そのまま詠唱を続ける。
彼女が得意とする<複合魔法>は、複数の属性魔法を利用する魔術師にとって切り札となりえるものだ。
その種類は多岐に渡り、強力なものになると一子相伝のように自分の弟子にだけ受け継ぐようなものもある。
ルノールが使うものは主に補助系のものが多いが、もちろん攻撃魔法も使える。
「…準備できたからぁ、トロルに放ってくるねぇ」
トレッキングボールみたいなサイズの球を作り出したルノールはトロルたちがたむろう中央広場の方へ向かう。
中央広場付近は阿鼻叫喚、地獄絵図といった様相だった。
近距離で戦えるような戦士たちはすでに重軽傷を負って戦線を離脱しており、現在は投石と魔法による牽制で距離をとっているだけで、もはや抵抗とすら言い難い状況だった。
町の北側から向かってきた俺たちの存在に気づいているのかいないのか、瓦礫の向こうに身を潜めた住人たちは動く様子はない。
時折、人の気配がする方にトロルが向かおうとすると、その背後から投石などが飛んできて注意を逸らしている。おそらくは時間稼ぎだろう。
もしかしたらこの状況を打破する為に、近隣の都市に騎士団の派遣要請でもしているのかもしれない。それが到着するまでに町は壊滅するとは思うが。
なので、邪魔がいないというのは好都合だった。
ルノールがこれから使う魔法は、あまりコントロールが細かく効くものではない。
「みなさん下がってくださぁい!魔法を使いますぅ!」
大きな声が間延びして、とても戦場とは思えない雰囲気を醸し出すが、牽制で魔法を唱えていた魔術師たちが一同に顔を青くして後ろに下がる。
「いきますぅ!『塵雷』!」
ルノールが前に出していたボールが割れ、砕けたような金属音と、破壊による衝撃波が全身を叩く。
「おわっ!」
「うわああああ!」
「な、なに!?」
「たすけてえええええ!」
あちこちから悲鳴が聞こえるが、町の住人に被害はないはずだ。
ルノールの複合魔法『塵雷』。
風魔法で作った球体状の暴風の中に土魔法による砂塵をまき散らし、砂同士の激突が生んだ電気を蓄えていき、巨大な電気の球となったそれを破裂させて放つ擬似雷撃魔法。
雷属性の魔法というのもあるにはあるが、同様に土と風と光の上位魔法という扱いになっており、現在のルノールはそれを使えない。だから、こうして複合魔法で雷を発生、蓄積させて放つ使い方をしている。
その威力は甚大で、タフなはずのトロルたちが次々と雷に打たれて倒れていく。残ったトロルも痺れてすぐには動けず、隙だらけになったところを冒険者たちにトドメを刺されていく。
そうするうちに、気付けば敵は全滅していた。
俺はといえば、複合魔法の蓄積で継続的に魔力を消費してしまったルノールに魔力回復薬を流し込んでいる。通常の魔法とはケタ違いに魔力を消費する複合魔法は、俺のチートによって魔力が増えているルノールであってもキツい。
だが、戦場が落ち着いた今となっては多少の警戒はしても問題ない。
さっさと薬を隠し、その場を離れようとした。だが、
「待て。おまえは薬師ギルドの人間だろう」
呼び止められてしまった。
「・・・ああ、薬師ギルドに登録している」
「今お前がその魔術師に与えた薬はなんだ」
厄介なことになりそうだ。とは思っても、話しかけてきた男は視線を逸らそうとはしない。
仕方なく空になった瓶を振りながら答える。
「体力回復薬だ。魔力切れで倒れてしまったから、どこか休めるところまで連れていける体力が必要だ」
「回復薬だと?今、ギルドはすべての薬を集めて診療所に回しているはずだ。薬の秘匿は薬師ギルドへの反逆行為だぞ」
困ったことに、頭の固いタイプのギルド員に見つかってしまったらしい。
「ギルドに向かう途中でトロルに襲われたんだよ。これから行こうと思ってたんだ」
「町の北側から来たのにか?ギルドを通り過ぎて、貴族街に向かってからここに来たというのに?」
ちっ。思わず舌打ちしてしまう。どうやらどこからか見られていたらしい。気配察知が機能しなかった…というよりはルノールを探すのに集中しすぎていて気づかなかったのか。
「…仲間が北にいたんですよ」
「その仲間の為なら町の住人を見殺しにしてもいいと?」
「逆に聞きますが、この仲間がいなければトロルたちは倒せなかったんですが」
「それは結果論だ。規則を、緊急時の召集を守れない奴はギルドにとって害となり得る」
俺は歯噛みしてそいつをにらみつける。なんて頭の固い奴だ。正直面倒でしかない。
「…だったら何だ、これから出頭でもすればいいのか」
「手持ちの薬をすべて渡せ。ギルドに提出し、分配してもらう。その後、さきほどその魔術師に飲ませていた薬についての詳細を聞かせてもらう」
「断る…と言ってもダメなんだろうな。分かった、だがまずはこいつを寝かてせてからだ」
そいつはルノールを代わりに運ぶからギルドに向かえと言い出したが、それを拒否して俺はルノールを宿に運んだ。
幸いにも宿は無事で、野戦病院のような状況ではあるが部屋もきちんと無事だった。
被害にあった住人や貴族街の連中はもうちょっとまともな宿の方に一時的に非難しているらしく、ここにはもともと根無し草をしていたような冒険者や、金のない貧民街の連中がいるだけだ。
雰囲気が穏やかではないが、トロルが退治された今はまだ疲労と安堵が強く、もめ事は起きていない。早いところ復興に向かわないといつか問題が起きそうだが。
俺はルノールを部屋に寝かせ、アプリを護衛に置いておく。
「頼むアプリ、怪しい連中が近づいてきたらルノールを起こしてくれ」
「私だけでも多少の敵なら何とかできるから、安心して行ってきていいわよお父様」
「頼もしいな。ありがとよ」
胸を張って任されるアプリだが、それほど強力な能力があるわけじゃない。催眠効果のある花を咲かせたり、幻惑効果のある植物をはやしたりすることが出来る程度だ。
それくらいでも自衛はできるから、とりあえずは任せて薬師ギルドに向かう。これから行く場所は富と権力を守る為に薬学の発展を邪魔してきた連中の巣窟だ。億劫だが仕方ない。
場合によってはギルドを抜けることも考えなければいけないな。
面倒だが、それ以上に面倒な連中の相手をするのが嫌な俺は、入らない気合いを入れ直して薬師ギルドに向かった。
次回は明日!
時間指定が自分を追いつめている気がしました