31話~「前言撤回が早すぎる主人公」
家庭の事情で投稿が遅れました
「うう…大きすぎるよぅ…そんなの無理ぃ…」
「おい、起きろルノール」
ぱちん、と額を叩いて目を覚ます。
「はぅあ!」
「おはよう寝坊助。時間はもう夕刻近くで、トロルどもは中央広場付近で町の防衛隊とにらめっこで膠着状態だ」
流れるように言ってみたが、ルノールは一応状況を把握しているのか首を振って体調を確認し、ほぼ半裸となっている自分の体を見て絶句する。
「な、なんで裸なのぅ!?」
大声を出したら気づかれるとわかっているのだろう。非難するような目で、小さい声で叫ぶという器用な真似をしている。
「裸じゃないぞ、下着は生き残ってる。それに俺が来たときにはすでにルノールは串焼き寸前になっていたんだ。俺はそこから引っこ抜いただけだ」
「そ、そうなのぅ?でも破いたような痕があるような…」
鋭い。穴だらけの服を丁寧に脱がすのが面倒で破いたのだが、そのあたりがルノールの疑問になっているのだろう。だが治した以上は文句を言われる筋合いもない。
「槍つき門扉から引き抜いた時に引っかけちまったんだろ。かなりひどい状況だったんだぞ」
それは嘘じゃない。普通の人間だったらとっくに死んでいただろう。
「う……それは本当にごめんねぇ。まさか、いきなりトロルが現れるとは思ってなくてぇ」
そういえばルノールはあんなところで何をしていたんだろう。最前線も最前線、他にだれもいないような場所だったと思ったが。
「冒険者ギルドで依頼を貰ったんだけどぉ、町の領主さんと会う必要があったのねぇ。それであそこに行ったんだけどぉ」
「あそこは領主の屋敷か。通りでデカいわけだ」
ほとんど崩れ落ちて見る影もなくなってたが。
「それでぇ、領主さんが出てきて案内してもらおうっていうところで、いきなりぃ」
「ぶち込まれたのか」
「そう…領主さんの家がいきなり壊されて、慌てて外に出たんだけどぅ。3体くらい倒したところで反撃されちゃってぇ」
それは仕方ないだろう。ルノールは本来、後方で魔法をぶっ放す砲台だ。前線で攻撃を避けながら戦うタイプじゃない。囲まれた状態で3体倒しただけでも上出来だろう。
「そこからはもう覚えてないんだぁ。気がついたらケイトが私の服を破いててぇ…」
服の裾を握ってもじもじしているルノールを見る。
「わかったよ…新しい服代は立て替える、それでいいだろ?」
「うん!ありがとうケイト!」
ルノールと旅を続けて分かったのは、この少女は別に俺に対して恋愛感情を持っているわけではない、ということだ。好意は感じるが、それはあくまで友情や親愛といったもので、男女の愛を感じさせるものではない。
これはきっとルノールの身体的なものにもよるのだろう、と思っている。
かつては男性で、現在は両性。
心のストッパーみたいなものがかかって、そういうことを考えないようにしているのだろう。
だが、とはいっても「そういうこと」に興味はあるのか、さっきみたいに甘えたような素振りを見せることは増えてきているのだが。
「そんなことより、今はあいつらをどうにかするのが最優先だぞ」
崩れかかった空気を戻す。今はルノールにがんばって貰わないといけないのだ。
「うん、わかってるよぅ。魔法でどうにかするんでしょうぉ?」
「どうにかするって言っても、どうするかだな」
魔法をぶちかますにしても、大量の魔力を持っているとはいえルノールの魔力は有限だ。
それにあまり強力な魔法を使ったら、こそこそと隠れているのにまた意味がなくなってしまう。
「それじゃあぁ、やっぱり複合魔法はやめておくぅ?」
「そうだな。この辺りでも複合魔法は見たことがない。使わない方が無難だろうな」
各種属性魔法を同時に使い、今までにない効果を出す複合魔法。これを使えば、たとえLv2の魔法スキルだったとしてもLv4くらいの威力まで強化できる。
だが、これを使うと冒険者ギルドで設定している「冒険者ランク」の範囲をだいぶ逸脱した能力を示す羽目になってしまう。それは非常によくない。
「もう追われるのは嫌だもんねぇ…」
遠距離砲台でしかないルノールにとって、町や街道や森、すべての場所で狙われ続ける日々は苦痛どころじゃなかった。
抵抗しても浚われ、黙秘しようとすれば拷問され、命を奪われず、汚されなかったのが奇跡だった。
危ない時もあったが、彼女の体の特異性から手を出されることはなく、特殊な性癖の人間に捕まったときも危ないところで助けられた。
だが、それらの事件は確実にルノールにとって思い出したくない記憶に分類されている。
だからこそ、俺はひとつの選択肢を出す。
「場合によっては、この町を放置して逃げるのもアリだと俺は思ってる」
「それも仕方ないわね」
俺の言葉にアプリが即座に賛成する。
普段は「お父様」という言葉とともに俺を攻撃することの多いアプリだが、基本的には俺の言葉をよく聞いて考えてくれるのが嬉しい。
「お父様もルノールも、この町に1年近くいて愛着はあるかもしれないけれど、ここから先は正直、どう転がっても良い展開にはなりそうにないもの。逃げて、新しい場所でやり直す方が安全よ」
「で、でも、まだ何か案はあるかもしれないからぁ」
「ルノールが死にかけたのを見ていた人もまだいるかもしれない。俺は薬師ギルドに寄らずにここに来てしまったから、言い訳できない。これから薬師ギルドに向かってもいいが、北から向かうのはおかしいから中央まで戻らないといけない。あそこは今、激戦区だ」
すでに中央広場まで下った戦線はじりじりと後退しており、おそらく今夜中には南の居住区まで到達してしまうだろう。
「魔法使いが足りないんだ。貴族街の連中が優秀な魔法使いを独占してたんだろうな。最初の襲撃で戦線が瓦解された時点で不利を立て直す方法が足りなくなっちまったんだ」
ここに来るまでにも魔法による破壊痕があまり見かけられなかった。魔法が有効なはずのトロル相手に温存する理由はない。とすればつまり、そういうことなのだろう。
「ここを助けるなら、何らかのデメリットを考えなきゃいけない。つまりルノール、おまえが矢面に立って魔法を使うことになる、ってことだ。使わない方がいい、複合魔法を使ってでもな」
途方もない魔力を持っている俺は、魔力はあるのに魔法が使えない。魔力を操作し、掌握することもできるが、膨大すぎる魔力の制御には繊細さが要求され、さらに言えば膨大ぎる魔力を魔法に変換する際に必要となる「なにか」が足りない。そのせいで、ただ膨大な魔力があるだけ、という状態になってしまっている。
<草食系>を通して使うならばある程度の制御が可能で、栽培や促成栽培には使えるようになっている。だが、これらは魔法ではない上、一般的なスキルとは一線を画すほどにおかしな効果を出す。
これもまた人前では使えない能力だ。
食糧難の地域に小麦を大量に作り出すことで救いをもたらそうとしたこともあったが、その後に待っていたのは、俺を利用して儲けようとした商人たちの囲い込みや、能力の秘密を奪おうとやってくる刺客、そして人質をとって能力を聞き出そうとする連中だった。
どれもこれも、俺に力さえあれば跳ね返せるかもしれない。だが、俺の能力はピーキーすぎて使いにくく、応用も難しい。だからこそ、目立つのは嫌だった。