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草食系異世界ライフ!  作者: 21号
そして5年後編
32/95

30話~「見」


 門扉にかけられた形のルノールは声をかけても反応がなく、意識を失っているだろうというのだけは分かる。

 槍衾のように穂先を天に向けた門扉の、その上に乗っているルノールの体から何本かの槍が生えていて、そこからも大量の血が流れている。


「ルノール!お父様、落ち着いて!」


「ああ…分かってる。大丈夫だ」


 そう、大丈夫(・・・)。

 ルノールの体は普通の人間じゃない。半精霊、ハーフスピリットの体は、人間ならどう見ても致命傷な傷だとしても、その魔力が尽きてさえいなければ、治療さえ間に合えばなんとかなる。

 そのことを考えれば、今の状況はピンチだがありがたくもあった。

 大量のトロルが闊歩しているこの貴族街のような場所はすでに住人が離れており、門扉に引っかかった死体(・・)になど、目もくれていない。だからこそ、ルノールを回収して治療したところで、誰も騒ぎはしないだろう。


 だが、そうなると問題がある。


「アプリ、この場でこいつらを倒すわけにはいかなくなったぞ」


 トロルをここで全滅などさせてしまえば、各地で遅滞防御に努めている連中に気づかれる。そうしたら、明らかに致命傷の少女が助かるという異常を目の当たりにされてしまう。それはまずい。

 ルノールは助かる。だが、それが俺の薬によるものだと知れれば薬師ギルドは黙っていないだろう。

 逆にルノール自身の特異性だと思われれば、それはルノール自身の危険に繋がる。ちょっとやそっとでは死なない体の人間など、秘密を拷問で話させようという連中には不死性がデメリットにしか働かない。


 そうすればここでとれる選択肢は限られる。

 まずはルノールの回収。できるならそこで治療を施したい。

 治療したあとなら、トロルどもを撃退するのでもかまわないだろう。


「お父様がなにを悩んでいるのか分からないけど、まずはルノールを助けましょう。お父様や私には直接的な戦力がないのだから、なにをするにしてもルノールがいないとダメだわ」


 そうだった。

 色々と考えていたが、まず俺に戦闘力がないという事実を忘れていた。

 俺とトロルが戦ったとして、俺は死なないだろう。だが、勝つ方法もない。毒が与えにくいトロルには正面からぶつかるのは得策じゃない。


 こそこそと門扉に近づき、警戒しながらルノールの様子を見る。真っ白い足にたらりと流れる血はまだ鮮血といっていい。つまり、こうなってからまだ時間は経っていないのだろう。


「ルノール、起きているか。ルノール」


 声をかけるが返事はない。

 俺は身体強化を全開にして門扉の上にあがり、ルノールの体を槍状の門から引き抜く。

 一瞬だけびくっと体が反応した気がするが、意識を失ったままのルノールは目覚めない。おそらく心が壊れないように体が安全装置を働かせているのだろう。


 着ていた上着を脱いで血だらけのルノールを包んで抱き抱える。見た目にも軽そうだが、抱えてみるとさらに軽い。人体の半分が精霊で出来ているルノールは色々と規格外だ。


「トロルたちはまだ気づいてないわ。お父様、このまま西に向かいましょう」


 カバンから顔を出したアプリが周囲を警戒しつつ指を指す。その方向は冒険者ギルドがある方で、今はだいぶ人気が少なくなっている」


「トロルたちは動いているもの、生きているものを探しているわ。だから人が集まっている中央から南や、教会のある東には向かわない方がいいと思うわ」


 アプリが説明している横で観察する限り、確かにトロルたちは何かしらの動くものを探しているようなそぶりが見える。

 火の手があがって崩れる館の壁を叩き壊し、瓦礫の動く音を目印に歩く。

 時折、遠くから聞こえる悲鳴のようなものを聞いて歩き出すトロルが向かう方向は中央、南の居住区の方だろう。放っておけばまだまだ被害は広がりそうだ。


「おそらくトロルたちは自分たちの苦手な魔法を使うルノールを優先して攻撃したんじゃないかしら。そうでもなければ、この子が簡単に殺られたりはしないわ」


「まだ死んでないぞ。だがそれは当たりかもしれないな」


 身を隠した瓦礫の周りを見れば、フードを被った魔術師のような連中がそこかしこで倒れている。足を砕かれ、頭を吹き飛ばされたようなその死体を見れば、しっかりと狙われていたであろうことも間違いないだろう。


「まずはルノールね。お父様の手持ちの薬でなんとかなりそう?」


「いや、回復量が心配だな。ルノールの怪我が思ったよりひどそうだ。アプリ、協力してくれるか?」


「いいわよ。1個でいい?」


「充分だ」


 カバンの中に引っ込んだアプリが何やらごそごそと探している間も周囲を警戒する。トロルの知能はそれほど高くないが、図体がでかいわりには小心者の連中だ、危険だと判断すればすぐに集まってきてしまうだろう。


「あったわ。それじゃ、これとポーションを…5つね」


「サンキュー。それじゃあちょっとやるから、警戒頼むわ」


「うん。気づかれたらすぐに逃げるわ」


 軽口を叩くアプリを無視し、薬の準備をする。


 これから行うのは既存の薬と、別の素材を用いて全く違う性能を引き出す<錬金>のひとつだ。


【ライフポーション】生命力を15回復する。


 これを5本。

 こいつを基本に、その効果を最大限以上に高める。


【マジックアップル++】魔力を大量に含んだ特別なリンゴ。一般人が食べると魔力過多により激しい嘔吐、熱に襲われる。


 この二つを合成し、新たな薬を作りあげる。


「うまくいけよ…<錬金>!」


 魔力を繋ぎに使い、二つの物質を合成する。


 5本あったポーションがどろどろに溶けてひとつになり、そこに溶けたリンゴが混ざり合う。

 すぐさま金色に光りはじめたかと思うと、350mlくらいの瓶が、ぽつんと一つだけそこに残される。


【ライフボトル++】魂ある肉体、器を回復させる。大量と魔力は75%回復。死者の魂が12時間以上肉体から離れていた場合は無効。



「できた!これならルノールを復活させられるぞ!」



 すぐさまルノールを覆っていた服をほどき、服を脱がせて傷跡に薬を流し込む。魔力の宿った薬はみるみるうちに傷跡を塞ぎ、活力のもどったルノールの頬に赤みが戻ってくる。目を覚ますまでにはもうちょっとだけ時間がかかりそうだ。


 そんな姿を見ていた者がいた。


 致命傷に間違いない、死んでいるだろう少女を蘇らせるほどの薬を使う少年を。緑色の肌をした珍しい、魔物と見紛う少年。

 足りなくなった薬品を集めに、どうにか残っていないかと危険を押して貴族街にまでやってきたギルドの人間は、薬を完成させ、それを飲ませるまでの一部始終を目撃し、そのまま誰にも気づかれることなく戻っていくのだった。



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