27話~「かるく調合してみます」
谷、というイメージがあまり前世では見た記憶がないが、こういうものだったかと逡巡する。
左右に開けた岩壁は所々に亀裂を挟み、その亀裂の向こうにはまた別の大きな亀裂が道を作っている。
この土地を上空から見たら、おそらく大きな石版を割ったような作りをしているのだろう。
かなり人為的というか作為的な作りをしている不自然な自然に疑問は尽きないが、今はそれを考えても仕方ない。
町を出てしばらく歩くと、緑色の苔に覆われた場所にたどり着く。
ここは町の住人も知っている湧き水の産地だ。地下の水脈が繋がった亀裂から水が溢れ出し、少しずつ広がった小川のような水源はあちこちに枝分かれしては町に恵みをもたらしている。
そんな水源の中のひとつが、岩壁を砕いて出来た洞窟に繋がっている。
この洞窟は桂斗が発見した、というより、桂斗が作ったものだ。
水があるなら栽培も出来るだろうと岩壁に種を植えた桂斗だったが、予想以上に強力に育った植物の根が岩を砕き、枯れ果てるまでの間にどんどんと岩を侵食して洞窟を成した。結果、この誰も知らない洞窟ができたのだ。
ここが出来た時点では特に用途が考えつかなかった桂斗だが、今思えばこれは作れて良かったと思う。なにせこの辺りは水を確保することが困難だ。
どこの水路も町の管理下に置かれており、水源から伸ばされた水路の水量が減ったりすればすぐに気づかれる。それに町の飲み水にも使われることがある湧き水だ、毒なんかを混ぜられた日には大変なことになる。
その結果、主食となる雑草の栽培が滞ってしまった桂斗の救世主となったのがこの洞窟だった。
なにしろ誰も認知していない、新種の洞窟なのだ。水は使い放題、栽培も可能、調合や錬金に関しても町に迷惑をかけない、いいとこ取りだ。
そういうわけで今日は洞窟の中で調合の準備を始めている。
一緒についてきたアプリは調合に使う材料となる草を集めに行ってくれている。商売道具となる基本の薬、ライフポーションの材料はだいたいこの洞窟で揃うように栽培しているので安心だ。
「というわけでさっそく薬作りを開始したいんだけど、まずは容器の準備だな」
ポーション作成キットと命名した大量の瓶を用意し、調合までの前準備を済ませる。
これがゲームなら薬を作れば容器に入った状態でポンと出てくるのだろうが、実際に調合してみれば、出てくるのはドロッとした緑色の液体が鍋になみなみと注がれた状態で完成するだけだ。。
アプリが採取してくれている間、とりあえずの材料で手慣らし程度に調合を始める。必要な材料は単純に水と薬草、それと魔力だ。
ここで言う薬草というのは[カテゴリ:薬草]といった感じの薬草で、種類は色々とある。ちなみにかつて主食にしていたヒメカソウやカソウは雑草だ。
桂斗は少し考えてヌルリーフという薬草を出した。
【薬草:ヌルリーフ】薬効なし
このヌルリーフという薬草は、カテゴリー的には薬草に入るのに薬効がないという妙な植物だ桂斗は最初、これも雑草としてまとめていた。
これが薬草という分類に入ると気づいたのは、鑑定のレベルが上がってからだ。調合に必要な薬草はどれも効果の割に採取の難度が高く、希少性も高い。なので、このヌルリーフを中心に多少の魔力で薬効を追加したものが薬、ライフポーションとなるのだと知ったのは薬師ギルドで説明を受けてからだった。
「まずは水を汲んで、ヌルリーフを煮出すか」
本来の行程では薬草をすり潰したり成分を抽出したりするのだが、このヌルリーフに限ってはそもそも薬効がないので、そういった行程が省ける。
「魔力を、少し・・・ほんの少しだけ・・」
そして、ここが問題だ。
パァッと鍋の中身が光ったと思うと、ヌルリーフは完全に水に溶けてなくなり、そこには緑色の光る液体が残される。
【ライフポーション(++)】非常に品質の良い回復薬。生命力を30ほど回復する。
失敗した。
普通に考えれば、この高品質な回復薬は大成功と言えるだろう。だが、桂斗にとっては失敗だ。
なにしろ桂斗が薬を卸すのは、もっと品質の低いものを薬師ギルドが大量に卸している商会なのだ。
桂斗には苦い思い出がある。
品質が高く、良いものを作れば売れる。それを信じて最高品質の回復薬を量産した桂斗は市場を独占してしまい、それを妬んだ連中と、その技術を奪おうとするものと、桂斗の稼いだ資産そのものを奪おうとするものなど、たくさんのものに狙われた。
色々な危険をくぐり抜け、なんとかルノールもアプリも桂斗も無事に旅を続けられているが、あんな冒険は二度と御免だった。
だからこそ慎重に、「普通の品質」の薬を作らなければならないのだ。
そうして水を汚したり魔力を減らしたりと逆の努力をしながら桂斗は合計で50本ほどのライフポーションを作成した。魔力は全くと言っていいほど減ってないし、時間も充分だ。
「作るものは作ったし、アプリ。そろそろ町に戻るぞ」
薬草を抜いてきた場所に株分けして新たな薬草を植えていたアプリに声をかけて町に戻ることを決める。
ガチャガチャと音をたてる荷物が重くて歩きづらいが仕方ない。転生や転移でおなじみのアイテムボックスのようなものがあればいいが、そんなものは今の桂斗自身は持っていない。
最後にポーションの数を数え、間違いなく数が揃っていることを確認したら町に向かう。
ルノールの受けたクエストがうまく終わっていればいいし、ダメそうなら一緒にチャレンジすればいい。
少しだけ金策の都合ができそうだと思った桂斗は安心しながら、元きた道を戻るのだった。
つ、次は明日の午前6時…
難産になってます…この後の展開をどこまでひどいことにしていいかで