26話~「おでかけ準備」
「お父様はさっさと薬作りしてくださるかしら!」
ルノールが心配という名目で冒険者ギルドに向かおうとした桂斗を蹴飛ばし、ベッドの上でアプリは腕を組んで叱咤してくる。
桂斗たちメンバーの中で、アプリだけは決まった仕事を持たない。
フルーツフェアリーという種族はこの世界で確認されていない新種とされており、その希少性だけでも好事家などの標的になる。それはこの5年の旅で嫌というほど思い知らされている。
そのせいかアプリはこういう仕事で動くときはいつも不機嫌になりがちで、そのご機嫌をとるのは桂斗の役目と決まっていた。
そうは言っても、桂斗としてはアプリの言うように薬作りをするよりも冒険者ギルドで仕事を貰う方に回りたいという気持ちもあった。
何しろ桂斗のレベルは5年前にバルテノールの町を出たときからほとんど上がっていない。
<草食系>のスキルで食べ続けた薬草たちの効果で生命力だけは人外の域すら超えたけれど、桂斗の理解で言えば生命力というのはゲームで言うHPだ。力や敏捷といったステータスが見えたことはないが、それらについてはほとんど上がっていないと桂斗は思っている。実際、スタミナや異常な生命力以外でそれらの恩恵を受けた記憶がない。
それもあって桂斗は自らを鍛えたいと思い、モンスターとの戦闘を望むことがよくある。
よくあるのだが、過去にギルドで受けたクエストで度々大ケガを負った桂斗のことを心配するアプリとルノールからしたら、極力桂斗をクエストには行かせたくないと思っていたりする。
そんな理由からアプリとルノールは結託し、冒険者ギルドに用があるときはルノールが向かい、勝手にクエストを受けにいかないようにアプリが桂斗を監視する。そういう風に決めていた。
「ルノールが戻ってくるまでに少しでも薬を作っておかないとルノールが悲しむわよ?それともお父様は、そんなルノールに養ってもらうような生き方がお好みかしら?」
「そんなことはないけどさ…」
「だったら頑張りましょう?ルノールは依頼を受けられるけど、薬を作れるのはお父様しかいないんだから、適材適所よ」
そう言われればもう何も言えない。
それに薬作りは嫌いというわけじゃない。ただ、調整が非常に難しいので面倒なのだ。
「あー…じゃあ、ちゃっちゃと薬を作ってルノールに合流すればいいか」
もっともアプリとルノールの心配など露知らず、桂斗は相変わらずクエストに向かう気満々だったのだが。
アプリに背中を押された形になるが、桂斗もそろそろ薬を作らなければならないとは思っていた。
安宿の隅にまとめておいた草袋を抱えると、そこに隠れるようにアプリが潜り込んでいく。調合や錬金を行うには宿の中は不向きで、それをやる時はいつも町の外に出ることにしている。なにしろ臭いがきつかったり煙が出たりするのだ、安宿を追い出されてしまったりしたら明日の寝床もなくなってしまう。
「お?今日は外に出るのか。悪いが身分証を提示してもらうぞ」
町の入り口まで来ると、くたびれたヒゲのオッサンが門番をしている場所まで来る。このオッサンは普段は大酒飲みの酔っ払いだが、いざという時は町を守る衛兵として働くらしい。仕事をしているところを見たことがないから断言はできないが。
「ああ、これでいいか?」
桂斗は色々な身分証を持っている。薬を売る時に作った商業ギルドのカードに、冒険者ギルドで作ったカード、薬を作るために必要な薬師ギルドのカードなど、必要に迫られたとはいえ色々と作る羽目になってしまった。
「ふむ、薬師ギルドカードか。ということは今日は調合でもするのか?」
「そのつもりだけど、なんかあるのか?」
妙に嫌そうな顔をした門番のオッサンについ厳しい顔をしてしまう。
「いや、前に町にいた調合士が実験中に毒ガス騒動を起こしてな。失敗するとは言わないが、万が一のことを考えて町からなるべく離れた場所で調合してほしいというのが俺たちの言い分だな」
「それなら仕方ないな。文句が言える立場でもないし、町に嫌われたら買ってもらえるものも買ってもらえなくなるかもしれない。わかったよ」
「お前は物分かりがよくて助かるよ。相変わらず賢いゴブリンだぜ」
「ゴブリンじゃねぇよ!」
「ははは、それじゃあカードを返すぞ。夜の閉門前には戻ってこいよ」
そう言ってオッサンは門の横にある椅子に腰かけて酒を飲みだす。あんなに酒を飲んで、よく金が持つと思う。門番ってのは給料がいいのか?働かせてくれないかな。
町の外に出ると岩だらけの壁が見える。町を覆う谷の岸壁はそれほど高くないが、あちこちに亀裂の ように走る岸壁は魔物の侵入も人間の侵攻も防ぐようになっているため、特に文句は言えない。
「さてと、いい場所はあるかな」
次回は明日の12時予定です!