23話~「エピローグ」
ガタゴトと車輪が奏でる馬車の音がふいに静かになり、その動きを止める。
日常生活に使うような鉄器、銅器を仕入れた商人は、それを売って手に入れた金で穀物を買い集め、それをさらに隣の町に売りに行く途中だった。
大量に仕入れた小麦はそれなりに質がよく、旅の中で食べる保存用の黒パンとの対比でずいぶんとひもじい思いをしていた。だが、それが旅をする商人の当たり前で常識だった以上、文句は言うがそれ以上は特になかった。
そんな旅の途中で、ふと見かけたものがあった。
街道の脇に小さなキャンプを作り、そこで食事をしている2人。
見るからにまだ子供の2人が、どの町からも数日はかかるはずの街道の途中で休んでいること。そして何より、彼らが食べているそれが「真っ白いパン」であったことに驚き、つい馬車を止めてしまっていた。
突然止まった馬車に少しだけ目を向けてきたものの、2人の子供は特に気にした様子もなく食事を続けていた。よくよく見てみると2人のうち1人は目を見張るほどに美しい顔をした少女で、ブラウンに輝く髪と瞳は甘い匂いさえ感じさせるほどの深い優しさをたたえている。
もう1人の子供は、体格から子供だとは思うのだが、頭からすっぽりと緑色のローブを被っており、その顔や表情はまるで見えない。
「やあ、旅の途中かね」
なるべく敵意を持たせないようにそっと近づき、すぐに足を止める。
これといって用はなく、本当に好奇心でしかない。だが、この好奇心を除いてしまえば商人などやっていけない。
声をかけられた2人のうち、少女の方は薄く微笑んで挨拶を返してくる。
「はい、商人様の馬車がいらした方の町に向かう予定ですぅ」
若干間延びした、甘えるような艶めいた声に耳がくすぐったくなるが、相手はまだまだ子ども。しかしその色気は充分で、貴族であれば妾にでもしていておかしくない。そんな雰囲気の少女が、商人に言葉を返す。
「商人様は、あちらの町にご用ですかぁ?」
あちら、というのはこれから向かう町だろう。牧畜が盛んな町で、つい最近発見されたという塩の岩が出来る洞窟のおかげで財政も潤っている町だ。その関係で住人が増え、賄いきれなくなった食料を購入した穀物にシフトしていくことで耐えようとしていた。
そんな町だから、今は穀物が高く売れる。ここ最近の豊作のおかげで他の町では食料がだいぶあぶれている。
だからこそ商人は穀物を積んで馬車を走らせていたのだが、それだけに気になった。
この2人の子供は馬車などに乗っていた様子はない。だとすれば同じ進行方向ではないだろう。なにしろ商人の持つ馬車馬はそんじょそこらの馬とは違う。
町を出る前にも、子供2人で町を出たなどという話は聞いたことがない。そんなウソではないだろう。
では何が怪しいのかというと、それこそが小麦だ。
この子供2人は、とっくに痛んでいておかしくないはずの白いパンを食べていた。つまり、パンを作る材料があるということだ。だとすれば彼らは、穀物が不足している町から穀物をもって出てきたことになる。
怪しさ満点だが、だからといって何ができるわけでもない。だから、それが儲け話にでもつながればそんなことを考えて声をかけたのだが。
「俺には用はない。さっさと自分の仕事をしに戻ればいい」
そんなつれない言葉で追い返される羽目になった。
そして結局、なにができるわけもなく商人はその場を離れた。
もしもこの商人がバルテノール出身か、その親族などだったら面倒なことになていたろう。だが、そうはならなかった。
塩の洞窟が発見された日、1人の少女が行方不明になった。さっきの少女と同じようなブラウンの髪のお女の子。だが、さっきの少女とは聞いている印象がまるで違う。だから、気づかないのも当然だった。
「ケイトぉ?次はどこに行くか決めたのぉ?」
もはや彼らを縛るものはない。何かを求めて、何を求めるかを求めて、彼らは旅を続ける。
「鉱山の町か、鉄鋼の町に行こう。家財が足りないし、あっちなら食べ物が売れるだろ」
少年が答えると、なるほどとばかりに少女が頷く。
「そうだねぇ!最近、だいぶお財布が寂しくなってきたし、稼がないとねぇ」
「ちょっと、いつまでダラダラしてるのよ!」
のんびりとした2人の間に、切り裂くような叫びが聞こえる
「さあ、行くわよお父様。世界を見て回るのよ!」
リンゴを被った小さな美少女。彼女もまた、彼とともに旅する彼女もまた、。
ふつうではない
「世界が明るい、空気がおいしい、空がきれい、花はいい匂い。本当に、生きているってすばらしいねぇ」
少女の言葉に応え、3人は歩き出す。
色々あったけれども、やり直すにはいい日だと。
そうして、彼らは旅に出たのだった。
第一章、終了です!
次から第2章に入ります!
これからもまたおつきあいくださいませ!