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草食系異世界ライフ!  作者: 21号
第一章『緑色編』
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22話~「別離からの目覚め」

ルノールの死


 おしゃれに気を使うほど裕福ではないと言っていた。着古したワンピースのくすんだ白はほとんど服としての機能を残しておらず、焼けただれた皮膚にべっとりと張り付いているだけだ。


 白かった肌は紫色に変色し、触れてみれば驚くほど固く、冷たい。


 ブラウンの優しい色をした瞳は閉じられたまま、二度と開くことはない。

「たくさんのものが見えるようになって、幸せなんだよぅ?お金は相変わらず無いけど、羊たちの表情もわかるしぃ。空がこんなに綺麗だって、はじめて思えたよぅ」

 そう言っていた唇も紫色に変わり、もう、動くことはない。


 たったひとつ、間違えただけだった。


 焦っていた。慌てていた。

 そんな言い訳を聞いてくれる相手もいない。


「ごめん…ごめんなさい…ごめんなさい…」


 彼女は、ルノールは、俺が殺した。


 冷たくなった彼女の体を抱きしめても、そこに温もりを感じない。スライムが襲ったとき、すでに彼女から体温は奪われていた。時間もなかった。


 焼けただれた彼女の肌を追った時、桂斗の知らなかったことがあった。

 だけど、今更関係ない。彼女が何であっても、ルノールはルノールだ。桂斗にとって、そんなものは彼女を否定する理由にはなり得ない。

 それと同時に、彼女が町で忌避され、迫害され、冷遇されていた理由を思い知る。前世の世界であっても異質なその存在は、この異世界にあってもまた異質だったのだろう。


「・・・アプリ」


 ルノールの亡骸を抱え、もう1人の友達を探しに向かう。

 この洞窟にいる。少し先に行けば会える。


 そもそもここへは彼女を探しにきた。

 だからこそ、ルノールの死は無駄にできない。無駄にしない為にも、助けなければならない。


 ぎゅっと体を抱きしめ、心を冷やす。

 もう焦りはしない。

 もう慌てはしない。

 もう間違えたりしない。




 洞窟を奥に進むにつれて、少しずつ魔力を感じ始める。弱々しい魔力の流れが一点に向かっていく。それを追えば、必ず会える。

 そんな確信めいた思いで前へ進んでいくと、5メートルほどの広さだった洞窟の道が一気に開けた。


 そこは例えるなら、石のドームだった。

 並んだ石に規則性はなく、大きな石が巨大な根に絡みとられて集まり、その表面が削られていった結果出来上がったような偶然性。人為的な手がまるで関わっていないような自然のもの。

 そのドームはある種、そここそがもうひとつの洞窟である、と思えた。

 そしてもうひとつ。ドームの中心に、飾られたように生える枯れた木がひとつ。その横に寄り添って眠る少女の姿が見えた。


「アプリ!」


 桂斗の声が響くが、少女は特に反応した様子がない。

 ルノールの亡骸を抱えたまま近づくと、途中で蜘蛛の巣にかかったような感触を感じた。

 それはまさしく蜘蛛の巣のように張られた魔力の糸であり、力尽きる寸前のアプリが張った警戒用の網だった。

 もっとも、当のアプリ自身が力を失っており、気づいたところで何もできなかったわけだが。


 自身の警戒網に何かがかかった事に気づいたアプリはゆっくりと目を開き、口許に薄い笑顔を見せる。


「お父様…遅かった…じゃない」


 すっかり細くなったアプリが伸ばした手をとり、無理をさせないように魔力を与えようとする。

 ここまで弱ってしまったアプリに一気に魔力を与えれば、古くなった風船に空気を入れるように破裂してしまいかねない。


 手に集めた魔力を一旦拡散し、周囲にまき散らす。ぼんやりと光る魔力の波は柔らかくアプリを包み、全身の弱ったところからゆっくりと浸透していく。


 その感覚に驚いたのはアプリだった。


 確かに自分は魔力操作を教えたが、こんな使い方は教えたことはなかった。だとすれば独自に覚えたことになるが、こんな魔力の使い方は正直言えば無駄でしかない。だから、使い道といったら今、このときしかない。

 ということは今、これを覚えたに違いない。


 お父様、などと呼んでいたが侮っていた。ただ大きな力を持っただけの子供だと思っていた。だから、ブライアンにつれていかれたときもそれほど大事には思っていなかった。


 それが違った。まるで見込みが違った。だが、なぜこんなにも早く?


 ある程度の魔力が浸透したところで、ようやく目をしっかり見開いて、それに気づいた。


 紫色になった死体。


 とても華奢で可愛い、少年の死体。


 その顔はよく桂斗たちの元にやってきていたルノールのものだった。


 そうか、とアプリは理解した。

 人は人の死を理解した時に成長する。その方向性は多様で、人によっては良くない方向に進んでいく。


 ルノールの死は、お父様の道筋を正しいものに導き、照らしてくれたのだろう。


 そう思うと、どうでも良いと思えていたルノールの存在、その死にもったないものを感じたアプリは、己が父と呼ぶ桂斗に声をかけた。


「・・・お父様。ルノールを、生き返らせたくはありませんか」


 アプリが突然なにを言い出したのか、桂斗には一瞬分からなかった。だが、その次の瞬間には飛び出さんばかりに目を見開いて、飛びかかるようにアプリの元に駆け寄っていた。


「そんなことができるのか!?」


 鬼気迫る桂斗だったが、アプリは静かに頷くと


「お父様なら、それをご存じのはずです」


 と言った。


 それに桂斗は困惑した。

 知っているはずがない。桂斗は何も出来やしなかった。


「いいえ、お父様は知っています。そこに至る知恵を、道を、知っています」


 いつもと違うアプリの口調と様子に戸惑った桂斗だが、ふいに頭の中に何かが浮かぶ。


【<草食系>に統合済みの<賢者>が{リンケージ}に成功しました。

 これより<賢者>を独立し、進化します。



オンリースキル<樹系図ツリーダイアグラム>を獲得しました】


 

────声が聞こえる。


 その声は星を導く母の声。


────温もりを感じる。


 その温もりは命を育む母の愛。



 そして理解する。【これ】は桂斗が、「俺」が求めたものだと。


『─おはよう、けいと。

 わたし(わたしたち)は、あなたたち(あなた)をかんげい(あい)します。


 すべてのちしきを、ちえを、あなたに』



「<栽培>スキル発動!!」


 今選べる最善。今、俺にできる最高を。


【<栽培>が進化します。

 <生成栽培>に進化しました】


【<生成栽培>が進化します。

 <種子創生>に進化しました】


 これならば出来る。草に特化した俺なら出来る、俺にしかできないことが出来る。



 ルノールの亡骸が光に包まれ、紫色だった肌が元の綺麗な肌色になると同時に、赤ちゃんのように体を丸めながら少しずつ小さく、明るくなっていく。


「<種子創生>──対象の肉体をベースに魂を定着、形質の方向性を確定、変異パターンを形状変化なしに固定、染色体リングを固定、魂に残った記憶を刻印、種子を作成・・・・」


 ルノールの体が小さな種になり、桂斗の手元に降りてくる。

 それを優しく包み込むように魔力を込め続ける。


【<促成栽培>が進化します。

 <瞬間成長>に進化しました】


【<魔力操作>が進化します。

 <魔力掌握>に進化しました】


 これで準備は整った。あとは呼びかけるだけだ。

 桂斗は目を閉じ、自身の内側に視界を広げる。


 世界の内側にある世界、その内側にある何か。


「帰ってこい、お前にはまだ町を案内してもらってないんだぞ」


 この後に及んでそんなことを言う桂斗にクスッとアプリが笑うが、桂斗自身もそれに笑っていたのでお互い様だろう。


「ルノール!!」



 バキバキッ



 殻を砕いたような音とともに閃光が走り、その中から真っ白な腕が飛び出す。

 2本の腕が、人の頭程度の大きさの種を割って飛び出す。穴を広げるように出てくる腕の先には、白磁のような肌の体が見える。


 腕、体、頭、


 ずるりと滑るように、種の中から人が飛び出す。

 生まれたばかりの体がべちゃりと地面に横たわるが、そこには柔らかい草が敷物のように生えている。


「う…ん…」


 目覚めたばかりの頭を軽く押さえながら目を開く、その姿に手を伸ばして声をかける。


「おかえり、ルノール」


 その声を聞いて、まるで天使のような微笑みを浮かべて手を掴み、そのまま胸へと飛び込み


「ただいま、ケイトぉ!」


 失われたものが、帰ってくる。 

次回は本日21時予定です!

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