19話~「お前それジャングルでも同じこと言えんの?」
魔力操作!
ちょいエロ!
ジャングル
牧畜の町バルテノールは交易を中心とした町で、穀物類の生産も行ってはいるが、その中心は広大な草原を利用した家畜の育成にあった。
町の外に広がる草原には何本からの川が横切るように流れており、いくつかに分かれた草原にそれぞれ異なる家畜を分けて放牧し、育てている。
家畜たちの管理に関しては羊飼い、牛飼い、鳥飼いなど、それぞれの職業に従事するものたちが行っており、家畜を狙う魔物をいち早く察知して家畜を町に逃がすことを生業としている。
ルノールも羊飼いとしての仕事をしているが、彼女に関してはその身体的特徴、弱視のせいで魔物の接近に気づくのが遅れるだろう、という評価のおかげで、他の羊飼いたちに割り当てられた草原を使用することができないことがあった。
そこで、普段はあまり人気がなく、魔物の出現頻度もそこそこであり、餌となる草も他の場所に比べて環境のよくない場所を選んで羊をまとめていた。
ルノールが桂斗を見つけたのは、その「裏の平原」と呼ばれる場所だった。
当初ルノールは羊を扱って桂斗を発見した際、人型の緑色をした物体をゴブリンだと勘違いしていた。だが、特に動くこともなく、やけに美しい毛並みながら見るもののやる気を奪うような馬と寄り添う桂斗の姿に、そんなに危なくないのかも?という思いから近づいた。
それから、ルノールは事あるごとにそこに訪れるようになった。
ルノールからすれば、「裏の平原」は相変わらず羊飼いの仕事をするには難しい場所だったが、それでもなぜか、桂斗が寝泊まりしている寝床の周辺だけはやけに草が多く生え揃っており、その質も充分で、扱わせてもらえる羊の多くないルノールにはありがたいほどだった。
桂斗に渡された謎の草を料理に使ったこともあった。シチューにしてみたが、そのあまりの苦さにどうやっても美味しくならず、2日間かけて1人で平らげた。
その結果、ほとんど見えていなかった目が、うっすらとではあるが見えるようになった。
まるで奇跡のような出来事にルノールはとても喜んだが、それでも見えている世界はまだまだ狭い。もしかしたらと思い、桂斗に話すと「もっと食べるといい」と言って、あのまずい草をたくさん渡してくれた。
ミルクたっぷりのシチューに入れても甘みを殺し、木の皮を炙って焦がしたような苦みをスープ全体に染み込ませた上に、生のタマネギの皮をかじったような食感の草を思い出したルノールは苦笑するしかなかった。
そんなマズい草を必死になって食べたルノールだったが、その後は特に視力が回復することもなく、ただただひたすら拷問のような草料理を食べ続けた。時にあまりのまずさに根をあげて、飼っている羊に与えてみたら、羊の目が丸く見開かれて泡を吹き始めたので慌てて吐かせた。
そんなことがあったりもしたので、桂斗の元を訪ねるのはそれほど多くはなかった。
ある日、久しぶりに桂斗のいる平原に行ってみると目を疑った。
そこは平原ではなく、妙に背の高い木々が立ち並ぶ森になっており、奇妙な声で鳴く鳥が見える異常な場所になっていた。
目の悪い自分が見間違えるというのも変だと思い、その日はとりあえず森の手前で羊たちに草を食べさせて戻った。
その翌日も平原は森だった。
さすがにこんな森が突然発生した事に町の住人も気づいており、その異常さに驚いていた。
ケイトはどこにいったんだろう?
親しいような、そうでもないような。よく関係の分からない相手が心配なのか、そうじゃないのか。よく分からないまま、ルノールは森の中を見上げるが、視界の狭いルノールには森の奥から聞こえるキーキーという鳴き声が聞こえるだけで、それ以上は分からなかった。
さらにしばらく経った頃、ついに町から冒険者の人たちが探索に出かけていった。
森の中に迷い込んだ住人の1人がそこに生っていたリンゴを見つけ、おそるおそるそれを食べたところ、驚くほど甘く瑞々しい実だったという。
森のどこかにあるというその幻のリンゴの木を求めて、冒険者たちに探索依頼が出されたという話だった。
その話を聞いたルノールは不安だった。もしかしたら桂斗はまだあの森にいるんじゃないだろうか。
森は思ったよりも広く、その中には魔物も獣もいるようで、ルノールも森ができてからはあまり近づかないようにと言われていた。
冒険者たちが向かう日、入り口までならと一緒についてきたルノールだったが、森の入り口にたどりついたところで冒険者のひとりが驚きに目を見開いていた。
「カエレ…ニンゲン、カエレ…」
桂斗だった。
ルノールが声を聞き間違えるはずがない。見えるものの少ないルノールにとって、声は大事な情報源だ。それゆえすぐに桂斗の声だと分かったのだが。
「おい、ゴブリンだ!ゴブリンが木の上で何か言ってるぞ!」
「あれって噂になってた”まだらゴブリン”じゃないのか?」
「”まだらゴブリン”?あれってゴブリン似の人間って話じゃなかったか?」
桂斗が色々な名前で呼ばれているのは知っていた。だけど、目の悪いルノールも最初はゴブリンと勘違いしていたので訂正することはなかったし、あえて何も言ったことはなかった。なぜか、あまり話題に出そうと思わなかったのだ。
結局その後、冒険者に追い立てられた桂斗が「幻のリンゴ」を投げつけてきて、それを追いかけた冒険者の1人が「幻のリンゴの木」を発見したため、桂斗のことはうやむやになった。そもそも桂斗のことはどうでもよくて、冒険者に頼まれていたのはリンゴの木の発見だったのだから当然だ。
それからも桂斗の存在は何度か報告されていたけれど、日々野生化していく桂斗の所在は掴めず、リンゴの木に向かう道を行くだけならば何もしてこないので、桂斗の存在はそのうち忘れ去られた。
そして町に冬が訪れ、例年以上に寒くなった町には珍しく雪が降った。
冬になる少し前からリンゴの木に生っていた実が全て落ちきってしまったので、森の探索はしばらく止まっていた。冬の訪れと共に冒険者たちもそのほとんどが一旦休業となり、羊飼いとしても森の方には近づかないようにと注意されていて、心配しつつもルノールが次にそこを訪れるのは春も間近に迫ってからだった。
降り続いていた雪がやみ、外出の許可を得たルノールが例の森に向かうと、そこにはもう森の姿はなくなっていた。
まるで最初から何もなかったようにすっきりした平原の中に、少しだけ盛り上がった丘のようなものが見えて、なんとなくそこに近づいてみると、
そこには手首から肘くらいの大きさしかない裸の美少女と、その美少女が寄り添っている桂斗の二人が氷づけになっていた。
よく見えないままのルノールでもそれが異常事態だということはすぐに分かり、慌てて町に戻って鍋と火種を借りてきて、それを氷づけの桂斗のところで準備した。
それから半日ほど、雪を溶かした熱湯をかけては氷を溶かし、火種そのものの熱で氷を溶かしを繰り返して桂斗たちを発掘した。
桂斗たちが完全に氷の中から救出されると、どこからかやってきた馬が桂斗の顔を蹄で踏んづけた。
「痛ぇな!なにすんだブライアン!」
驚くほど普通に目覚めた桂斗にビックリしたが、そのまま馬と喧嘩を始めた桂斗を見ていたら、安心してしまったのかルノールの目には涙が溢れてしまった。凍っているときも「たぶんケイトなら死にはしてないはず」なんて思っていたのだが、こうして無事な姿を見るとホッとしてしまったのだ。
それから、感謝を返した桂斗から何があったのかを聞いたが、その話はルノールには理解しがたい内容だった。
[栽培]のスキルを使って草をたくさん生やそうとしたこと。
その元となる草を集めた時に、無関係な種などが混じっていたこと。
たくさん魔力を込めて一気に育てようとしたら、魔力を込めすぎて大変なことになったこと。
ジャングル?になってしまった後、アプリという小さな少女がそれを元に戻そうとしたが失敗し、発生した瘴気を一気に取り込んだ桂斗が正気を失ったこと。
森を巣にしていたため、雪が降ってもそこにいたこと。
大雪で枯れ始めた森に引っ張られるように桂斗とアプリが冬眠してしまい、魔力の切れた森はそのまま死んでしまったが、冬眠した二人は気づかずにそのままだったこと。
解放された魔力が周囲の温度を下げ、雪が凍ってしまい、氷づけになったこと。
そんなことを一気にまくしたてられたのだ。
それらをじっと聞き続けたルノールは色々と考えながら、何を言おうかじっくり考え、一言だけ絞り出した。
「お疲れさまでした」
次回は明日更新!
時間が読めない…遅刻すみません!