16話~「町の名前、覚えてますか」
レベルアップ!
特になにもかわらなかった
毒擅場
寝床が独創的な毒草園になってから、さらに1ヶ月が経過した。
草原から少し離れた林の中に突如として現れた毒の園は、桂斗の必死の努力によってなんとか無害化されていた。
「ブライアン…俺、ますます人間離れしてないよね?」
「ブルル…」
否定的なニュアンスを感じる鳴き声で返事をされた。
緑色の肌の合間に見える肌色の他に、紫のグラデーションがかかり、いかにも毒キノコといった印象を与えるショッキングな色合いになっている自分の姿に、桂斗は深いため息をつくしかなかった。
まず、毒草園になってすぐに桂斗が行ったのは毒草の採取、収穫だった。
「これ以上増えたり育ったりしたら収拾つかなくなるよ…」
切ってしまっては、また育つかもしれない。よって根から掘り起こすしかなく、地道に一本一本を採取しては皮袋に詰めていく。
【スキル[採取]を獲得しました。
[草食系]に統合します】
毒草園の採取もほとんどが終わり、昼休みと称して残ったカドクソウを採取しつつ食べていたらスキルを手に入れた。すると、撫でるように触れただけで根ごと綺麗に採取できるようになった。もっと早く獲得してくれよ…
スキルを得てからの採取は驚くほどスムーズに終わり、すべての毒草が皮袋に収まった。
それから、集めた毒草がなくなるまでひたすら食べ続けた。その結果、全身が紫を帯びた緑色に変化した後、血を吐いては激痛に悶え苦しんだ。
一昼夜ほども毒に苦しむと、体力の前に精神力が尽きたのか気を失ってしまった。
目を覚ましたらスッキリしていた。
ステータスを見るのが怖かったが、見てみたら
[毒耐性]がレベル9になっていた。
蓄積に関してもレベルアップしており、3,000人分の致死量の毒が体内に蓄積されているらしい。うん、人間じゃないな。
皮袋の中身がなくなったところで、桂斗の血肉で汚染された土を袋に入れて川に向かった。
小川に向かう際に街道を横切ったのだが、その時に桂斗を見かけた商人が「珍しいゴブリンがいた。紫と緑色のグラデーションで、変異種かもしれない」と町で噂し、おそらく桂斗だとアタリをつけた町民によって翌日には、毒に冒されたゴブリン、略して「ドブリン」というあだ名が追加されていた。
小川について毒の土を水に流した桂斗は、吐瀉物と血液、残った毒などを洗い流すために小川に飛び込んだ。
冬真っ只中の、氷点下に近い寒空での水浴びは容赦なく桂斗の体力を奪っていったが、奪われてなお元気でいられるほどの生命力を誇る桂斗は凍えながらもきれいに身を清めた。
もちろん、その直後に川を泳いでいた魚がぷかりと浮かび上がり、桂斗の体から染み出した毒が原因で川が汚染されかかっている事に気づいて慌てて飛び出した。ひどいバイオテロだった。
そんなこんなで、行く先々で珍道中をしながらも、相変わらず町に入ることなく、町の周辺で生活をする日々が続いた。
バルテノールの住人たちからすれば、ちょっとした名物のような扱いを受けている桂斗の存在はほとんど受け入れられているようなものだった。
たまに好奇心旺盛な子供が桂斗の寝床にやってきては、桂斗が植えた解毒作用のある薬草を勝手に抜こうとして怒られ、追いかけられたりしていたが。
桂斗としては町の住人ともっと交流がしたいと思っているのだが、図らずとも川を汚染してしまったり、町の外とはいえ毒物まみれにしてしまったりしたせいで二の足を踏んでいた。
「別にぃ、気にしないでいいと思うよぉ?」
たまにやってきては何かを置いていくルノールが、今日は持ってきたリンゴのような果物を剥いてくれながら慰める。
「そうかもしれないけど、町に入って何をするか、っていうのもあるんだよなあ…」
そもそも無一文で身寄りもなく、行く先といったら孤児院くらいだろうと思った桂斗は、
「だったらブライアンと旅をした方が楽しそうだな」と思ってしまい、そうなると町に滞在するメリットが浮かばず、そうしているうちに外での野営キャンプを充実させてしまっていた。
「土や水を変えることで植物の品質が変わるのが分かってから色々やってるんだけど、マギ草の品種改良だけはうまくいかないんだよなあ…」
汚染物質を大量生産したことを思い出すと、あまり迂闊なこともできない。
「私は別に大丈夫だけどねぇ。はい、リンゴ剥けたよぉ」
「うん、ありがとう。これ種もらっていい?」
植えればリンゴ農家をやれるかもしれない。
「いや、まず実を食べてからなら別にいいよぉ」
渡されたリンゴに手もつけずに種を要求したんだから怪訝な顔をされてしまった。申し訳ない、とリンゴをかじってみれば酸っぱい味が口いっぱいに広がる。
「酸っぱいな、このリンゴ」
「リンゴってこういうものだよぉ?」
などと話したりして、その日もルノールが帰ってから床につく。
普段は羊に与える干し草や、堅い黒パンのかけらなんかを持ってきてくれるルノールだったが、今日は珍しく果物を持ってきてくれた。半分ずつにして食べたが、ずいぶん酸っぱかったわりにルノールはおいしそうに食べていた。
そういえば、と思い出す。
前世、日本で食べていたものはだいたい日本人の口に合うように品種改良されたものだった。
そう考えると、この世界のものは原種に近いものだから、あの酸っぱさも当然なのだろう。
そう考えたところで、手元に残った種を見る。これをそのまま植えても、出来るのはおそらく酸っぱいリンゴの生る木だろう。
頭を抱えつつ、マギ草に向き直る。これもまた品種改良が必要なものだ。
そこで桂斗は品種改良について考える。
考えるが、前世でごく普通の一般人でしかなかった桂斗には「品種改良されたものはうまい」程度の知識しかなく、どうすればそうなるのかは全く浮かばなかった。低学歴とバカにされてきたが、高学歴ならもうちょっと分かるんだろうかと、考えても仕方ないことばかり考えてしまう。
そこでふと、かつて作り出した毒物を思い出す。
「あれは確か俺の血肉を糧に育ったんだよな」
まるで魔王のような事を口にしながら、ひとつひとつを思い返す。そして、もう一度手元の材料を確認する。
【解毒草】解毒+3 苦味が強く、食用には適さない。薬効は落ちるが、乾燥させて粉末にすることで水で飲みやすくする。
「解毒草ならいっぱいある…これを…」
集めていた解毒草をすりつぶし、粉末にしようとする。
もちろん器財がないので、石の上に置いた草を石ですりつぶしている。気分は原始人である。
ある程度まですりつぶしたところで、乾燥させていないから粉末にならずに草団子になったそれを集める。そして[診察鑑定]──
【解毒草団子】解毒+7 苦い、臭い、気持ち悪いの三拍子揃った団子状の生ゴミ。薬効が凝縮されているが、マズさも凝縮されており、そのまま食べれば気絶するだろう。
変わった。
単純な変化だが、やはりそのまま使うのではなく、何かしら手を加えればいいのだ。
そうして出来上がった草団子を、今度は土に混ぜ込むと、その土を土台に新しい解毒草を植える。同じように草団子を作っては、マギ草、カソウ、小麦を植えていく。
うまくいくかどうか…。今までにない期待と不安を抱えながら、最後にリンゴの種を植えて[促成栽培]を意識する。
ごっそりと力が抜け落ちる感覚と共に、桂斗はそのまま気絶するように眠りについた。
次回更新は21時の予定です!
18時はタイムリミットが短すぎた…