第12話~『町と人と、緑の子供』
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赤子と馬の二人旅
そして町へ
牧畜と草原の町バルテノール。
他の町に比べたら自然の恵みも豊かで、牧畜のおかげで食卓には肉もよく並ぶ。飢えたなんて声を聞いたことはないくらい、この町は民も豊かだ。
そんな豊かな町ゆえか、魔物や盗賊の類にはよほど美味しい獲物に見えるだろう。
町を守る衛兵、と言うと立派だが、それほどの訓練を受けたわけでもない、自警団のような門番。それが俺の仕事だ。
とは言っても、魔物に関しては冒険者の連中の獲物として片づけられてしまうし、盗賊に至っては、直接この町を狙うわけじゃない。行き来する商人の積み荷を狙うのが常だ。町を襲ってしまったら、ヘタをすれば王都から討伐隊を派遣されてしまう。そうなれば、多少大きな盗賊団だろうとひとたまりもない。
そんなわけで、衛兵という立派な名前とは裏腹に平和そのものだった門番仕事をこなそうと今日も町を覆う外壁に備えられた門にやってくる。
だが、今日の朝はいつもと様子が違っていた。
誰もいないはずの門の前に、なにやら近づいてくる影がある。
よく目を凝らして見てみれば、それが馬だということは分かった。御者も騎乗者も見あたらないので、野生の馬か?そう思ったが、何か変だ。
馬の背中が、妙に緑色をしていた。
少しずつ近づいてくるその馬をじっと見ていると、今度は背中の緑色が動いたように見えた。思わずビクッと身をすくませてしまう。
(もしや・・・魔物に寄生されてるんじゃ?)
噂程度には聞いたことがある。
他の生物に寄生して操る魔物の存在。それは操られている生物の強さに由来するが、その生物の能力を限界まで引き出して操るというそれは、たとえ小動物であっても危険だとされている。
背中に嫌な汗をかきながら、それを注意深く観察する。足下の草を食べている様子からは不審な様子は窺えないが、油断はできない。
と、そこで変化が起こる。
(…ッ!動いた、だと?)
背中の緑色が動き、ずるり、と地面に落ちた。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
地面に落ちた緑色から、子供が溺れているような声が唸るように響いてきたのだから、さらに恐怖が背中を撫でる。それが何なのかは分からないが、明らかに普通ではない。
恐怖を体現したかのような緑色の物体が徐々に起きあがるのを見つめ続ける。魔物だって見たことがあるはずの門番は、それしかできなかった。
ーーーーーー
・・・失敗した。
2年振りに人間を見かけたものだから、意味もなく興奮してしまい、慌てた結果、ブライアンの背から落ちてしまった。
照れ隠しに声を出そうとしたものの、大きな声を出すのもほぼ2年振りとあって、うなり声のような鳴き声が喉の奥から出てきただけだった。
(そういえば、喋れるようになってから人間と話したことなかったな・・・)
そんなことを思い出す。最後に人間に会ったのは赤子の頃で、その頃は2足歩行するだけで驚かれるくらいの乳幼児だったのだから仕方ない。
それにしても、いくら得体の知れない存在だとしても、これだけ子供が暴れ泣いてたら様子ぐらい見に近づいてきてもいいんじゃないか?
などと考えていた桂斗だったが、町の入り口に立っていた男はまるで近寄ってくる様子がなかった。
なので、桂斗は次の行動として自分から近づくことにした。生後0ヶ月の時点で自走していた桂斗にしたら、2歳児となった自分が歩くことには何の違和感もない。それが、見る者にどう映るかはともかく。
「おい、何してるんだ…うわ!なんだコレ!」
警戒心をむき出しにしていた門番の後ろから新しい人間が出てきた。そいつは桂斗を見るなり声をあげていたが、もう1人の方と違って怯えたような様子はなかったので、そのまま桂斗は近づいていく。
「ち、近寄るな!そこで止まれ!」
槍のようなものを構えた門番がそう言いながら睨みを効かせるが、今来たばかりのもう1人は何がなんだか分からない様子で二人を見比べている。
「魔物め…この町には一歩も入れさせないぞ!」
「えっ、この子、魔物なの?」
「えっ?」
槍を構えた門番の言葉に、もう1人が疑問を呈し、次いで桂斗も困惑する。魔物?そんなもの2年の旅で一度も見かけていないだが。
「この緑色は馬の背についていた魔物だ!おそらく寄生型の魔物だろう。近づくと寄生されるかもしれないぞ」
どうやら自分が魔物扱いされている、桂斗はそう感じた。何しろ「緑色」ときた。
そういえば、ここに至るまでの旅の間、身なりに気をつけることなんてなかった。おかげで全裸の期間が長くなり、冬の寒さを凌ぐために分厚い葉を身に纏って暖をとっていた。その名残で、全身が植物由来の緑色に染まっていることだけは理解している。
どうやら、その緑色が原因らしい。
しかし困ってしまった。もう1人の方はきょとんとしているのでそうでもないが、最初に見かけた方は槍を構えたまま引く気がなさそうだ。説明しようにも、喉がおしゃべりに慣れていないせいかまともに声が出ない。
そうだ、ブライアン!
「ブルルル…」
ダメだ。馬に何を期待しているんだ。というか、町を迂回するように離れていってる。草がそっちに生えているからか。
「魔物・・ねえ?」
もう1人の方は完全に桂斗が魔物でないことは理解したようだが、いかにも怪しすぎるので、どう言ったらいいか迷っているようだ。
これは仕方ない。出直すしかないだろう。
「あ・・どこに行く!」
「町に入れない、って言ったからじゃないかなあ」
二人がそんなやりとりをしている中、俺はブライアンの方に近づいていく。相変わらずの馬面は無表情で草を食べ、他より少しだけ丈の長い草へと移動していく。
そんなブライアンの後を追い、せっかく会えた人間ともほとんど会話らしい会話もできないまま、俺はその場を離れることになった。
「・・あれ、なんだったんだろうね?」
同僚の暴走でよくは分からなかったが、魔物じゃないことは間違いない。だが、人間かと言われたらまた首をひねってしまいそうなもの。子供にしても、全裸で緑色じゃなければ少しは対応も違ったかもしれない。
なんだかおかしなことになりそうだ。
槍を構えたまま硬直する同僚の背を見ながら、町から離れていく子供と馬の姿を見送るのだった。
次の更新は本日21時にもう1話を予定しています。
この12話が完成したのが投稿2分前だと言うのに…!