第10話~「現実」
メンデルの過去話
カソンは町の名前だった
願わくば
結論から言えば、それは必然だったのかもしれない。
短い間だったが俺とメンデルが共に過ごした家は今、炎に包まれていた。
きっかけは些細な出来事だった。
「あの学者の家は植物でいっぱいだった」
誰かが言った。
「ここで育つ作物は完成していないと言ってたのに、あの家は緑でいっぱいだった」
資料や材料に、サンプル。そして俺が育てた雑草の数々だ。
「アイツは俺たちを飢えさせて、数を間引く気なんだ」
そんなことをして何になる?
「この町には年寄りや病人なんかもいる。弱い奴らが死んでから、働き手だけを生かすつもりだろう」
税をとっている領主でもないのに?
「俺たちの食料だ!生命線を握られているのと一緒だ」
だからといって、どうするつもりなのか。
「・・・奪おう。あれは、俺たちの為のもののはずだ」
どうしてそうなってしまうのか。
「俺たちのものを、取り返すんだ」
どうしてそうなってしまったのか。
燃えさかる家を、遠巻きに見ていた。
俺はいつもの皮袋に詰め込まれ、痩せた馬の背にくくりつけられた格好で、馬の向かうままにどこかに運ばれている。
馬を扱う人間はおらず、俺をこうして逃がしたのはメンデル……ではなく、町長だった。
「すまない……こうなるかもしれないとは思っていたが、予想よりも限界は近かったらしい。これは全て私の力不足だ。本当にすまない」
それはメンデルに言ってやってほしかった。
だが、メンデルはすでにこの町にはいない。
「私は、何かができると思っていたんだ。誰かの為になることをすれば、と
学術都市で目立たなかった私の、最後の希望……だったのかもしれないな。
だがもう、終わりだ。
町の住民が集まっている。あんなに痩せて、気力も失っていたのに。立つ気力さえなかったはずなのに、ああして私を責め立てようと。
はは、皮肉なものだね。私が与えたわずかな食料が、彼らの心を刺激して、私へと向かわせてしまった。
最初から、もっと良いものが作れていれば、何かが変わったかもしれないけれど・・もはや、それを言っても変わらない。
さようなら、カソン。私は錬金学者を辞めることにするよ。もう、この手で何かを救おうなどと願うことはできない。
残念だけど、あの子も…連れてはいけない。
よろしく頼むよ。大した結果も残せなかった、役立たずの錬金学者の最後の願いだ」
それが、メンデルの最後の言葉だった。
町の外へと向かい、1人静かに消えていったメンデルに気づくものは誰もいなかった。
ただ、俺だけが。
何も知らないまま、裏口いっぱいに生えた草の様子を見て、満足そうに頷いてた。
メンデルが帰ってきたら、こいつで体力をつけてビックリさせようと。そんなことを考えながら、裏口に生えた草を収穫していた。
それからしばらくして、草を集めた俺は、突然やってきた町長に連れていかれた。
小汚い布袋いっぱいに詰めた草を持っただけの半裸の赤子を馬の背にくくりつけ、それを放す。
そんなことに意味はないのだろう。ただ、ちょっとだけ、罪悪感が晴れるのかもしれない。
だんだんと離れていく景色を眺めながら、今後のことを考える。
馬の片側にくくりつけられた袋に詰められた赤子。本来ならば、そのまま死んでしまうしかないだろう。だが、俺は普通の赤子じゃない。
町を眺める。
静かな町に昇る火の手は、そこだけが妙に幻想的に光っていた。あそこに戻っても、もう何もない。先に去ってしまったメンデルに関しても帰ってくることはないだろう。
思い入れは……それほどない。
異世界に生まれ、初めて訪れた町だった。けれど、そこは人が生きていくには過酷すぎる環境だった。
そこでふと、何かに思い当たる。
なぜ、そんな過酷な場所に町がある?
町がある。つまり、そこで暮らせるだけの何かがあった。暮らすに必要なメリットが、そこにあったのだろう。
だから思い出した。「魔物もいなくなった」と誰かが言っていたのを思い出せた。そうだ。今までは、ここまでひどくはなかったのだろう。
いくつかの疑問はあれど、今の俺にはどうすることもできない。ただ、いつかまた訪れることがあるなら気にかけてみよう。
そうして、俺の異世界生活はまた、1へと戻る。
「・・・だー」
馬の向くまま、草の生える量の多い、遠くに見える光の方へ
序章~終
序章、プロローグが終わりました。
ここまでおつきあいくださった皆様、ありがとうございます!
この作品はまだ続きますが、もしよろしければこの後もお付き合いいただけると幸いです。
では、次回もよろしくお願いいたします!