第9話~「願い」
餓死していく町民
憔悴するメンデル
動き出す桂斗
──メンデルの記憶──
誰かの為に。
そんな願いを抱いたのは、なぜだったのか。
学術都市アルファトで錬金術を学び、植物に特化した錬金学者となり、飢えに苦しむカソンという町を救わんとやってきた。
メンデル・ソーンドという人間は善人ではない。
錬金学者とは言うものの、これといった結果を残したわけではない。学術都市には、そんな「十人並みの学者」が山ほどいる。
メンデル・ソーンドという女は、ご多分に漏れず、そういった「十人並みの学者」の1人だった。
ほんの少しでもいいから結果を出したい。
そんな願いからかもしれない。カソンという荒れ果てた町の復興に協力しようとしたのは。
あるいは、わずかにあった善意が、死を待つばかりの町を助けたいと願ったのかもしれない。
だが、その結果はさんざんなものだった。
ろくに実をつけない作物が植えられた、痩せた土の畑。
食うものも食わずにいたせいで、がりがりに痩せて体力も残っていない町民たち。
生きる気力を失いつつあり、声もあげず、すでに死んでしまったかのような様子の町。
ここは、墓地だ。
うっすらと草の生える大地には虫もろくにおらず、飼料をえさにする家畜もいない。生き物のいない土は腐ることもなく、ただただ痩せている。
こんな場所ではろくな食べ物も作れない。
そう思ったメンデルが真っ先に行ったのは、この環境に適応する「強い作物」の研究だった。
町の奥、『下層』と呼ばれる土地の中心に近づくと、「大平原」と呼ばれている場所にたどり着く。
かつては草も生え、魔物や獣が闊歩していた大平原だが、今では栄養不足で丈の短い草が散見されるだけで、ここにも生き物の気配がなかった。
だから、ここにならあると思った。
この過酷な環境でも育つような、生命力の強い種子。
それが見つかったなら、錬金術で町の作物と配合する。そうすればこの土地でも育つ作物ができあがるだろう。
だが、それがまた至難だった。
薬効もない雑草。
薬効のある薬草と、それによく似た毒草。
強い毒性のある毒草。
配合に使用できる作物の種も数は少ない。町民や町長の協力で用意してもらった種子の数は、とても十分とは言えない数しかないのだ。
だから、焦っていたのかもしれない。
干し草もほとんどなく、痩せてしまって人を乗せられなくなった馬を荷車がわりに、奥へ奥へと歩いていく。
あまり奥に行くとモンスターがでる。そんな話を、半ば忘れてしまったかのように。
そうしてたどり着いた場所で、私は見つけた。
短く、頼りない手足。
体型に対してバランスが悪いほど大きい頭。
無邪気そうな笑顔。
「だー!」
得体のしれない土地でも、輪をかけて得体のしれない存在。
いまだ名前も知らず、名もつけていない赤子。
2ヶ月近くを共に過ごしたこの子供は、おそらく捨て子だということで結論が出ていた。
食糧難で、ろくに乳さえでない母親もいるこの町では、口減らしのための捨て子も黙認されてしまっている。
この子はきっと、そんな捨て子の1人に違いない。町長はそのように言っていたし、そんなつもりだったのだろう。
そして私は彼を引き取ることになった。
乳飲み子であることは間違いないというのに、生の毒草すらも食べてしまう赤子。
首がすわっていないと言われても納得するくらい生まれたばかりであろうと思われるのに、自走する。次々に口に放り込んで食べているのは、私が研究の為に持ち込んだ毒草や薬草も含めた全てだ。
これには頭を抱えた。
錬金学者で植物学者とはいえ、こんなものは見たことがない。
毎日突拍子もないことをするこの子供に、メンデルは優しい気持ちになったのを覚えている。
願わくば、この穏やかな時間を続けるためにも。この研究が完成しますように、と。