彼はキューピットじゃない
「たまに、ハマナ様を見てるとイラッとしますよ」
朗らかに微笑むカナンの言葉にエンは頭を抱えた。
「俺はお前を見ていると背筋が寒くなる」
我らが月影の将軍、ハマナ・ローランドを地の底まで沈めることのできる一言を朝の挨拶と同じほどカナンは清清しく言ってのけた。
今現在、自己嫌悪の嵐に見舞われているハマナの耳には絶対に触れさせたくない言葉だ。
「……だって好きな相手に決闘を申し込んでどうする気ですか? 夕食に誘うはずだったのに。……あの人バカなんでしょうか」
「ああ、バカなんだろうさ」
将軍が侍女に決闘を申しこむだなんて。
いろいろ予想外すぎる。
ハマナ・ローランドと言えばローランド家の跡取り息子であるばかりか月影の将軍という絶大な地位も持っている。
それがまさか侍女の一人に惚れるだなんて。
そのうえ、食事に誘うつもりが決闘を申し込むという大惨事だ。
エンには分かる。
珍しく緊張を強いられたハマナ・ローランドはいつも口にしているお決まりの言葉を発してしまっただけだ。
「決闘だ」と。
それを相手に理解しろなど無理な話だ。
可哀想に侍女のユンナは顔面蒼白だ。
頭の中ではどんな粗相をしてしまったのかと記憶が駆け巡っていることだろう。
彼女がした間の悪いことといったら、ハマナが声をかける前に彼を見つけて、それは愛らしく微笑んだことだけだ。
エンはしばらくユンナに何もしないでくれと祈った。
謝ったり、泣き出したりしないでくれと。
何か、この最悪な事態を好転させる策はないものか。
熱血不器用馬鹿を上司に持つと大変だ。
お前も何か考えろと横目でカナンに訴えるとそこに本人がいない。
「なっ! スフィアの奴なにを……」
何を思ったのか石像のように固まってしまっている二人の方へ近づいていってる。
ほぼ同時にカナンに気がついた二人は正反対の反応を見せた。
一方はぎくりと体を硬直させ、一方はほうと息を付いた。
「こんにちは。ユンナさん」
カナンににっこり微笑まれてユンナもしばし日常を取り戻した。
「ちょっと訂正させてもらってもいいですか?」
「え?」
「ハマナ様は結婚だと言ったんですよ」
「へっ?」
丸い瞳に合わせてユンナの口がぽかんと開いた。
ハマナ・ローランドも目を見開いた。
「決闘じゃない?」
「ええ」
ユンナの体からどっと力が抜けた。
気になるのはそっちかとハマナの体からも力が抜ける。
「脅かさないでください。ハマナ様。決闘……けっこん? 結婚?」
カナンがにっこりと微笑み頷けば、蒼白だったユンナの頬に一気に血が上った。
ようやく恐怖から抜け、カナンの言葉が脳裏にしみわたったのだ。
「ふざけないでください!」
ユンナは脱兎のごとく走っていった。
当分食事のお誘いは無理そうだ。
「これは好転したのか?」
涙目のハマナの問いにエンは答えることが出来なかった。