コール
野の上に立ち尽くす。
血臭を纏い、悔恨の涙を飲み込んで。
何か動くものは見えないかと遥か千里の向こうを見渡すように目を凝らす。
だが、待ち望んだ瞬間は訪れず、終わりにしようと友が背を押した。
そんなはずは無いのだと諦めの悪い両目が再び後ろを振り返る。
「ジーク。あんたは王なんだ」
たった一人の男のために立ち尽くすことは許されない。
生き残った兵士を連れて帰らなければならない。
国中の人間が帰還を待っている。
そう諭すように言った男も懸命に後ろを振り向くことを拒むように歯を食いしばっていた。
一度振り返れば、見つかるまで死体の山を探し回る羽目になるだろうことを知っているのだ。
「私はアリオスの王」
己に言い聞かせるかのようなジークの言葉は空しく風に紛れていく。
薄汚れた銀の髪がその印。
曇った新緑色の瞳がその証。
「ハマナや私の代えはいくらでもきくが、あんたの代えはいないんだ」
恥じた。
剣の誓いをした友に代えがきくのだと言わしてしまったことに。
それでも抗いがたい重力のように荒れ野がジークを呼ぶのだ。
風のように去った二人の青年が羨ましい。
「ミツヤ。あそこに残っているのがお前でも、私は立ち尽くす」
「分かっている! だが、そんなこと私は望んではいない。ハマナだとて望んではいない。私たちは誓ったのだ。あんたの剣になることを。アリオスに命を懸けることを。主を失い剣だけ残って何になる!」
彼らの剣は対の魔剣。
主であるマルスを失っても力を失うことは無かった。
ジークの脳裏に浮かぶのは言い訳めいたものばかりだ。
もしもハマナに別の命令を下していたら。
もしも自分がもっと強い王ならば。
戦場にもしもなど存在しない。
だが考えずにはいられない。
「ジーク王! ミツヤ将軍! 後ろを」
誰かの言葉に一斉に振り返った。
「何をのろのろしているのだ。馬鹿者め!」
焦点を結ぶ前に叱咤が耳を打つ。
二頭の馬に人影が三人分。
拳を突き上げているのは探し求めていた姿だった。
傷だらけで、咆哮するハマナ・ローランド。
彼の後ろではカナン・スフィアが後ろに乗らされていることに不満を漏らしている。
「怪我人は大人しくしてください」
そんな声が聞こえてきた。
併走するエンが同意する。
なんのと力拳をつくればハマナの腕から血が噴出し、部下二人の声はさらに厳しくなった。
「忘れていました。あいつは殺しても死なない男でした」
呆れた顔を作りながらもミツヤの声には安堵が含まれていた。
ジークは、やっと肺の奥に溜まった重たいものを吐き出すことが出来た。
「さぁ、帰ろう」
歓声が渦を巻いた。