さよなら、愛しい人5
金の波が揺れる。アリオスの短い豊穣の季節だ。
「あんたが来てくれて助かったよ。豊作なのはいいんだけど、どこも人手不足でね」
農場主のジュリはそう言い、刈り取った麦を荷台へ載せていく。
収穫の時期を追って移動する季節労働者の一人として、カナンは雇われていた。どこでも流れ者は遠巻きにされるものだが、カナンの働きぶりにはジュリは感心して何かと目をかけてくれた。
働き盛りの男手が少ないというのもあるが、カナンはどうやら人一倍器用らしい。人を観察して生きてきたこともさることながら、月影の皆のおかげだろう。アリオス中から集まった男たちは、農夫や機械工、飲み屋の親父なんでも居た。集まった理由は義憤にかられたという最もらしいものから、単純に金のためという者もいる。彼らは、とても戦場で生き残れそうにないひょろこい青年をなんとか生かそうと様々な技術を与えてくれたのだ。
さわさわと穂が揺れる。
火照った体に風が気持ち良い。
「休憩にしましょう」
カナンはすとんと腰を下ろす。
ポケットをまさぐってお手製の飴玉が入った小さな缶を取り出すと、ジュリに差し出した。
「あたし、あんたのそういうとこ好きだよ」
「そういうところ? 飴を作るところですか?」
「やだっ、これ、あんたの手作りなの? 収穫の手伝いなんかしなくても飴を売り歩けば生活できるんじゃないの」
甘いのやら、スッと清涼感のあるものや、ちょっぴり苦いのもある。花の砂糖漬けが入っているときは大当たりだ。
てっきり流れているうちに、どこか大きな街で買ったのだと思っていた。
「そうですかね」
ジュリは舌先で飴を転がした。都で大人気だというバカ高い菓子よりよほど美味しい。
「そうよ」
この男は不思議だとジュリは常々思う。季節労働者として働かなくてもどこでもやっていけそうなのに、誰かが条件のいい就職口を見つけて来ても受けようとはしないのだ。かといって何か目的があるのかと問えば、それもないという。
「ああ、話が逸れたね。あたし、あんたの「休憩にしましょう」好きよ。疲れ切ってくたくたになる前に絶対言うのよね。自分でも分かっているの。今、休む時だって。水分とって、うんと体を伸ばすだけでもいいのにね。もうちょっと、あそこまで、切りのいいところまでって進んじゃうの。切りのいいところなんて来やしないのにね。あんたの号令を言い訳にあたしは立ち止まれる」
ジュリの農場は広大だ。夫を亡くしてからはジュリがすべてを采配している。あの手この手で農地をかすめ取ろうとする連中に負けてなるものかと気を張りすぎて、時々自分を見失うのだ。真っ暗になるまで働いて気を失うようにして眠る日々。無茶を言って昔からの働き手を幾人も失った。
それが変わったのはカナンが来てからだ。
カナンはこれ以上進みませんよと腰を下ろしてしまっているのだもの。仕方ないと自分も腰を下ろせば、ずんと疲れていることはよくわかる。甘い飴は全身に染みていく。
「疲れた時は、美味しいものを食べて横になるのが一番です」
「なぁにそれ。ブタになる方法? うん。でも分かるわ。」
ジュリに習って皆、思い思いに体を伸ばしている。
飴の缶が回っていくと歓声が上がっている。
昔なじみも戻ってきてくれた。
「私、今幸せよ。生きててよかったと思えるもの。旦那が死んで、農地取られて一時は死んでやろうかと思ったこともあるけど。あんたのおかげ」
「……俺も教えてもらったんです」
「あんたの大切な人?」
カナンの頬を涙が伝った。
ああ、そうか。
認めるのが怖かっただけ。
「……ええ。……そうですね。大切にしたかった人。幸せになってほしい人です」
彼女は今も誰かに美味しいを伝えているだろうか。
「どんな人」
「……そうですね。料理をするのがとても上手です。それに」
空っぽの内側を埋めてくれたひと。
美味しいを教えてくれたひと。
「初めて俺を好きだと言ってくれた人です」
「そう。見る目あるわ。その娘。きっとどこかで幸せになっているわよ」
「……そうだといい」
心から想う。
アンザがどこかで笑っているといいと。




