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アッフェットゥオーソ  作者: こまつすず
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addolcendo 哀しげな声

「私を殺してほしいのです」


平然と放たれた彼女の言葉に、悪魔たちはみな驚きました。


「なぜですか!」


焦った悪魔のひとりが強い口調で言いました。


幼い少女、ましてや仲の良い天使の、長の娘を殺すなど、とんでもないことだったのです。


「天使と悪魔、人間の住むセカイを隔てるためです」


彼女は静かに答えました。


悪魔たちは、この小さな少女が考える、壮大なことに息を飲みました。


ですが、その中のひとりが違和感を持ちました。


「でも、どうしてあなたを殺す必要が?」


彼女は一瞬、答えたくないような素振りを見せました。ですがゆっくりと話始めました。


「あなたたちは“不幸をもたらす”と人間たちに迫害されていますね。私たち天使は“幸福をもたらす”と過剰にあがめられております。それゆえに天使は、セイドウとやらに閉じこめられたり、シュゴシャとして売買されております。あなたたちも私たちも人間によって危険にさらされているのです」


ここまで聞いて、悪魔たちは、人間から被害を受けていたのは自分たちだけではなかったことを知りました。


悪魔とは反対向きではありますが、天使も危険にさらされていたのです。


「私たちが危険にさらされたとき、神はいつも助けてくださっていたはずです。でも、まだ何もしてくださらない」


彼女は先の話に付け足しました。


悪魔たちは彼女の話に納得し、聞き入ります。


「神は私たちに“困ったときは協力しなさい”といつも仰っていましたね。では、どういたしましょうか」


さらに、彼女は問います。


彼女の問いかけに悪魔たちは考え込みました。ですが誰も答えられません。


「今は人間と、私たち人の仲が悪い状態。ですから、私たちの仲も悪く致しましょう。そうすればきっと神は考えてくださるでしょう。」


彼女は一呼吸おいて言いました。


「セカイを隔てることを」


悪魔たちはうすうすと話の到着点を悟り始めました。


彼女はさらに続けます。


「あなた方に悪い役ばかり押し付けていることは重々承知しております。ですが今一度おねがいしたいのです」


数人の悪魔たちはそわそわと落ち着かない様子でいます。


彼女がなにを言おうとしているのか解っているからです。


「命の重さに違いはありませんが、私は天使を束ねる長の娘…怒りは人を狂わせます。少なからず影響はあるでしょう…」


「!」


彼女は口を閉ざしました。


代わりに、悪魔のひとりが口を開き、震える声でたずねます。


「あなたを殺して、天使と戦争をしろ…と…?」


「…はい。あなた方に大切な人がいることはわかっています。私にも両親がいます。妹がいます。…身勝手な行いということも重々承知しております…でも、そうしないと…私たちは人間に滅ぼされてしまう」


彼女は震えていました。


沈黙が続きます。


と、ひとりが小さな声で反論しました。


「ですが、私たちにはあなた方天使と戦えるほどの力はありません。死を司るため、力の均衡を保つために、私たちはあなた方ほど強い魔力はもっていません」


「…でしたら、私の魔力をお分けします。私を捕らえてください。私の血を飲むことで、私の魔力を取り込むことができます」


再び、沈黙が続きます。


そしてまた、別の悪魔が弱々しく反論しました。


「ですが…それでは私たちが吸血している間に、あなたが死んでしまうかもしれない」


「いいのですよ。先程も言いましたが、私のことは殺して頂いて結構です」


「ですが!…」


もう、どこからも、誰からももっともらしい理由は出てきません。


「ですが…」


「心配してくださっているんですね、ありがとうございます…」


「…」


彼女の固い決意に、彼らはこれ以上反論することはできませんでした。


「これは、ここにいる人だけの秘密にしてください。天使に知られれば台無しになりますから…」


「ですが、それでは他の悪魔はあなたの本意を知らぬまま…その…殺してしまうことになるんですよ」


「よいのです」


彼女は、その一言で彼らの反論を一蹴しました。


彼女はにっこりと笑っています。

悪魔たちは彼女の決意の固さを再び知りました。


「…本当に申し訳ありません…どうか…幸せなセカイのために…お願いいたします」


彼女の言葉の後には静寂のみが残りました。


少しして、その静寂を破ったのは、いままで沈黙を貫き通していた青年でした。


「わかりました。私はあなたの理想のために、正義を捨て、悪に堕ちましょう」


決して大きくない、落ち着いた低い声が、空へ高く大きく響いてこだましました。


あらゆる方向に声は広がり、いろんな方向から幾つも跳ね返ってきます。


跳ね返った声は散漫しており、幾つもの声が聞こえてくるようでした。


それは他の悪魔たちに代わり、彼の声が彼女へのそれぞれの返答を代弁しているようでした。


彼は悪魔の長でした。


「あなたの願うセカイは、私たちの理想郷だ…どうか、あなたの力を貸してください」


青年は深く少女頭を下げました。

他の悪魔もそれに習います。


「…ありがとうございます…本当にごめんなさい」


互いに頭を下げたあと、ゆっくりと顔を見合わせました。


青年は、幼い彼女へ、残酷なことをしなければいけないことを再確認して、みるみる眉が下へ下がっていきました。


ですが、彼も決心しました。


彼は目を閉じ、ぐっと拳にぎります。

筋がたち、みるみる青くなっていきます。

さらに青から紫へと…。拳は震えています。


しばらくして、やっと彼は拳を緩めました。

顔つきも、先程とは違います。


口は一文字に結ばれ、眉は一直線に。目元は正面を鋭く見据えています。


彼は一度、息を吐き、一呼吸おいてから言いました。


「その天使を捕らえろ!」


恐る恐る、悪魔たちは彼女を囲い込み、縛りあげていきます。

数人の悪魔たちは泣き出しそうな顔をしていました。

彼は震えていました。


彼と他の悪魔たちは、きっと同じ気持ちだったのでしょう。


ひどく哀しく切なく響いた彼の声は、遥か遠くの彼方まで空気を震わせていきました。

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