キツネのたまと美しいばけきつね
新美南吉さんの「ごんきつね」が大好きです。かなり影響受けています。でも、南吉先生の悲哀は入っていません。ハッピーエンドな感じです。ほのぼのしてくれたら嬉しいです。よろしくお願いします。
「ねぇねぇ、おじいちゃん、起きてる?」
起きているのか寝ているのかわからない、いつも細い目でニコニコ笑っているおじいちゃん。おじいちゃんの周りには、いつも子供が集まります。椅子に深く座ったおじいちゃんが、いつものように「聞いてくれるか?」と話を始める。そのおじいちゃんの昔話なのか、聞いた話なのか、作り話なのか、よくわからないお話。
「やった~!おじいちゃん、早く聞かせて!」
今から、ずっとずっと昔、ある村に住む一人ぼっちの狐のお話。
キツネのたまは一人ぼっちで生きるのに必死です。たまの母は死ぬ前に言いました。
「人間の里に下りてはいけません。絶対にですよ。」
たまは何度も何度も聞いている言葉でした。
母が言うには、人間が危険だからではなく、人間が育てた食べ物や捕った魚を盗るのはいけないことだから、ということだった。母が死ぬと、たまは、母との誓いを守り、孤独と寂しさ空腹にも耐えながら必死に生きてきました。
たまは狩りが上手にできず、食べ物を口にするのも苦労し、それはそれは苦しい毎日でした。そしてついに、たまは母との約束を破りました。人里に下り、畑を荒らしたのです。一度きりにするつもりでした。しかし、たまは生きるために何度も同じことを繰り返し、畑だけではなく人間の家に入り込み食料を奪うこともしました。
もちろん、母の言葉は何度も思い出しました。けれど、たまも生きるのに必死でした。
「お母さん、しょうがないんだよ・・・」
いつもたまは心の中でつぶやいていました。
ある日、いつものように村に下りて畑を荒らしていると、村のおじいさんにその様子を見られてしまいました。
「しまった、逃げなきゃ!」
たまは驚き、震えて体が動きません。しかし、おじいさんは笑顔でたまを見ています。
「おまいだったのか、いつも畑を荒らしていくぬすっとぎつねは」
そう言っている口調は妙に優しく、縁側に腰をかけたまま動こうとしません。
「おまい、一人か?」
たまはどうしていいかわかりません。しかし、恐怖はなく、おじいさんの言葉からは温かさを感じました。
「畑のいもはうまいか?」
「家族はいるのか?」
「わしのところに来んか?」
「食いものには困らんぞ」
嬉しそうにおじいさんはたまに話しかけました。しかし、不意に寂しそうな顔を見せて言いました。
「わしの娘がな、近いうちに一人になる・・・」
たまはずっとその場にいたい気持ちを抑え、ひらりとその場を後にしました。ちらりと後ろを見ると、寂しそうに「またこいよ」と言って笑うおじいさんが見えました。
数日後、たまが村に下りると、様子がおかしい。やけに静かで、お歯黒を塗った女や、髪をすいている女など古い家におおぜいの人が集まっていました。よそいきの着物を着て、腰に手ぬぐいを下げたりした女たちが、表のかまどで火をたいています。大きななべの中では、何かぐずぐずにえています。たまは気が付きました。
「誰か死んだんだ」
ふと、たまの頭に荒らした畑のおじいさんの顔がよぎりました。
「まさか」
急いでおじいさんの家に行くと、布団に寝ているおじいさんと、その横でぼう然としている女の姿が見えました。
「死んだのはじいさんか」
たまの頭にあの時の記憶がよみがえってきました。「娘が近いうち一人になる」そう言って悲しい顔をしたおじいさんの顔が頭に浮かんだ。
「あそこにいるのがじいさんの娘だな。あの子は俺と同じ一人ぼっちか・・・」
たまが娘を眺めていると、不意に娘が振り向き、二人は目が合いました。
「しまった」
しかし、娘は気にすることもなく、ただたまを見ていただけでした。表情のない娘の悲しい視線がたまを射抜き続けていました。
その晩、たまは穴の中で考えました。
「今までずっと畑を荒らしてしまった。それなのにじいさんは怒ることなく、笑顔で話しかけてくれた。ああ、やっぱり、お母さんが言ったように人間の里に下りてきてはいけなかったんだ・・・。」
たまは次の日から山で採った木の実やシイタケ、マツタケなどをおじいさんの娘の家の縁側に置いていきました。罪滅ぼしをしようと考えました。
「あの娘、少しは笑顔になってくれるかな」
たまは嬉しそうに、娘の喜ぶ顔を思い浮かべました。たまは、雨の日も風の日も、心を躍らせて毎日贈り物を届けました。
「喜んでくれているかな?」
「誰が持ってきたと思っているんだろう」
「不思議に思っているだろうなぁ」
「今日は元気かな」
「あの娘は、何が好きなんだろう」
たまの心は娘のことでいっぱいになりました。
「あの娘と仲良くなれたら・・・」
ある日、いつものように贈り物をもって娘の家に行こうとしました。
「今日の夕飯だ」
冷たい男の声が聞こえたかと思うと、
「ドン」
たまは足に激痛を感じ、倒れこみました。
「やばい!」
そう思った時にはたまの足からは血が大量に流れ、男たち数人に取り囲まれていました。
「今日はおいしい狐鍋だ!悪く思うなよ。」
そう言って一人の男が拳銃をたまに向けました。
「やめて!」
遠くから女が走ってきました。
「おいおい、これは俺らの獲物だぞ。あんたに止められる筋合いはない」
「その子は見逃して、お願い。」
「嫌だね。女はすっこんでろ」
薄れゆく意識の中、たまはそんなやり取りを聞いていました。「終わりだ」そう言って男が引き金を引いたとき、娘が飛び出し、たまの前で倒れました。
「あっ!!」
男たちは青ざめた顔をして、すぐさまその場から逃げていきました。
「あぁ、なんてことを」
たまの声にならない鳴き声が小さく響きました。
「あなた、大丈夫そうね。」
「おいで」と言って撃たれたはずの娘が、たまを抱いてふらふらと歩き始めました。歩きながらも血がポタポタと落ち、服は血で真っ赤に染まっています。家に着くと苦しそうに娘は倒れこみました。心配そうにたまが顔を覗き込むと、娘は真っ白な顔で微笑みました。
「ふふ、心配しないで。」
「これであなたを助けて私が死ねば美しい話なんでしょうけど・・・」
そう言って笑うと、娘の体が光り輝き出しました。辺りの音が消え、不思議な感覚に包まれました。すると、たまの目の前には自分と同じキツネが一匹。血だらけの娘の姿はどこにもありませんでした。
「ふふ、私はおじいさんに拾われ育てられた化けギツネ、そう簡単に死ぬことはできないのよ」
「あ、ああ・・・」たまは驚き、痛みすら忘れてしまっていました。
「おまいは、おじいさんが死んでから、毎日くりやまつたけをくれたね。ありがとう、うれしかったわ。」
狐の姿で娘はたまの手当てを始めました。
「おまいからの贈り物で、もう一度笑顔で生きていける気がした。ただ、一人は寂しい・・・。」
狐姿の娘が恥ずかしそうに頬を染めて、たまを見つめました。
「どうじゃ、一緒に暮らさんか?」
小さな声だが、たまにはしっかりと聞こえ、たまは戸惑いながらも、温かい気持ちになって正直な気持ちを伝えた。
「僕も・・・、君を見ていた。君と一緒に生きてみたい」
その後、娘は忽然と村から消えました。
その代わり、楽しそうに遊びまわる2匹の狐とその子供と思われる小さなきつねをよく見かけるようになったとさ。
「おじいちゃん、きつねさんたち、幸せそうでよかったね。」
「うん、幸せだったんだよ。本当に、本当に・・・。お父さんもお母さんも本当に幸せそうだったよ。」
遠い昔を思い出すようにおじいさんは笑顔で目を閉じた。そのおじいさんのお尻からはふさふさの尻尾が見えていたとか。
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