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模倣死  作者: 伊野外
5/7

ワタシと幽霊

朝日が昇ると同時に、ワタシの一日は始まる。

黒板の前、教卓に乗せられたタブレット、そこへと向けてワタシは恭しく頭を下げる。

気分としては、まさに下僕、人の命令を聞く存在だ。


「マスター、今朝はどうしましょうか」


迷った部分もあるが、結局のところワタシはロボットだ。

人間に従うことがその本分だ。


機械のワタシの前にある機械――遥か昔の、ご先祖のようなそれが、教卓の上で買ってに再生し、声を出した。


「んー、特にはないかな、屋根の修理もしてもらったし」


古くて安っぽいスピーカーの音はザラつく。

ときおりノイズも混じっていた。おそらく身動きしながら喋っているからだ。

……この状態が、果たして本当に「人間に従っている状態」なのか、少し疑問だ。


強く頷く。


「そうですか、では、ワタシは外へと探索に出かけます」

「どの辺りに?」


声には、録音してから再生というタイムラグはなかった。

マスターは、長く生きている間に直接この音声再生機構に介入して発声することができるようになったのだという。


「探索をしていたとき自動生産工場を発見しました。どのようなものであれ生産可能です。ワタシたちの連絡を司るその機械が、どの程度長持ちするかわからない以上、新たなものが必要だと思われます」

「片道で、どの程度?」

「人類誕生から比べれば、まばたき以下の時間です」

「軽く数十年とかってレベル? 却下」


その通りだった。

帰りはともかく、行きは徒歩で行くより他にない。


「ですが、そうなるともうやることがありません……」


古びていた校舎の修繕は大半を終えてしまった。後は専用の物資がなければ不可能だ。

そして、このマスターは、仕えがいというものがまったくない。

ご飯も食べなければ、朝起こすこともできず、わがままもあまり言わない。

ワタシという従者を必要としない、従って――


「ええ、やはりここは外へ赴くべきでしょう。もっとも優先順位の高い作業をおこなうべきです」

「……なんか、やけにここから離れたがってるね?」

「そんなことはありません」


即座に早口で返答。

ワタシの視線はなぜか窓を向いていた。


そう、決して「幽霊とか怖いからしばらく離れたい」とか考えていたわけではなかった。ワタシの内部ではそうなっている。

現在も、ワタシの足はガタガタと震え続けているが。


「んー、やっぱり幽霊とか怖い?」

「いいえ」


ロボット三原則的に「はい、めちゃくちゃ怖いっす」とは言えない。


「ふぅん?」

「なんですか、その意味ありげな嗤いは」

「いや、傷つくなー、と思って」

「イエス・ノーのどちらでも三原則ルールを外れる質問はやめてください」

「あはは、ごめんごめん」

「物は大切にしましょうよ、ワタシを苦しめてそんなにも楽しいですか」

「んー」

「マスターが、というよりも人間の大半は機械に対してサディストであると聞き及んでいます。しかし、あまりに非合理な行動はマスターの品位そのものを下げ……」


ちょん、と頬のあたりに何かが接触した。

感知機能はすべてネガティブを訴えたというのに、ワタシの認識は「触られた」と判断した。


数センチ飛び上がって、ぴぃいいいいい!! と叫んだ。

超常現象だ、あり得ないことが今起きた――!


マスターはわははと大喜びだが、これは機械であれば誰だってあわてて混乱すべき事態だ。

だって、だって、これはワタシの内部機構をハックされて、システムが掌握された状況と同等なのだ、完璧かつ完全な致命的事態だ。


ぼんやりとワタシを見ることができるマスターは、ほんの少しであれば接触できる――

そのような事態だとはわかるが、混乱した思考は膨大なエラーを吐き出していた。


逃げなければならない。

本能ではないが、それと似たものが叫んだ。


「し、しちゅれいします!」

「あ、待ちたまえ、そこの従僕」


止められた。

命令に逆らえないこの体の悲しさよ……!


ワタシは顔に笑顔を張り付け、ギギギと振り向く。

瞳は液体を無意味に放出していた。


「はい、なんでしょうか……?」

「うん、ちょっと脅かしすぎたから謝るよ」

「そう言いながら手招きしている姿が見えたように思えるのですが、これはただの錯覚ですよね!」


わかるようなわからないような姿だから、これを『命令』としていいのかどうかすら不明だ。

くすくすとした笑い声は、ワタシの悩み苦しむ姿を楽しんでいるようですらあった。

ここにいるのは幽霊ではなくきっと悪魔だ。


その声(悪魔)は明るく弾んでいた。


「ま、結局やること無いから、今日も上映会しようよ」


ワタシ内部の映像記録は、旅中での暇つぶし用だったが、ここでもまた暇つぶしとして使用されることになった。

最新型の映像出力は、旧世代の映画館並の臨場感を保証する。


だが、それは――


「え、ダメ?」


微妙に不満そうなワタシの様子を悟ったのか、マスターがそう尋ねた。


「命令されたらなら、やりますが」

「微妙にいやがってるようだけど、どうして?」


即答することはできない。

邪魔をするのはロボット三原則だ。「エネルギー補給の目処が立っていないので無駄に消費したくありません」と言うことは、人を傷つける作業になる。


いや、だが――

拙速は禁物だ。


マスターは情報の窃盗により深く傷ついた過去がある。友達からデータを無断でコピーされたのだ。

ワタシの膨大な記憶領域の中には、過去マスターの側にいた者の日記もまたあった。

科学的にも歴史的にも貴重な人であるため、周辺情報は徹底して漁られていた。


この場合、情報の隠匿は、過去を想起させる可能性が高い。

人を傷つける行動だ、葛藤がワタシをフリーズさせようとしたが、根性で乗り越えた。


深く頷き、述べた。


「ロボットであるワタシのエネルギー源は定まっています、このようになにもない場所では補給を行うこともまたできません。だというのに無駄に消費しろという命令をされたのだから、うっわ、なにそれ、馬鹿じゃね? という雰囲気にもなるというものです」

「容赦ないな!?」

「心苦しくはありますが、やはり嘘をつくことはあなたを傷つけると思い、いっさいの偽り無く心の内を吐露することこそ――」

「あ、なら、私があなたに取り憑けば、エネルギー無駄にしなくて済むよね?」


幽霊とは、憑依という行動をとれるという。

マスターもまたそれが可能なのかもしれない。


なるほど道理だ。

ワタシは笑顔で手を振り、


「やはり自動生産工場に行かなければなりませんね!」


全力疾走した。


「止まってー」


予期していたように命令された。




 + + +




人間の定義とは、何だろう?

あるいは、ロボットの定義とは何か。

なかなかの難問だった。

一介のロボの頭脳では手に余る。



あの後、結局は映画の上映会をすることになった。

取り憑かれたくはなかったのだ。

アクション映画の最中、マスターはやけにワタシに話しかけた。

あっという間に二時間は終わった。


「ええ話やー」


どうやら満足してくれたらしい。

ワタシからすると、なにが面白いのかまったく不明だが、マスターはむしろそちらを好んでいるようだった。

人が死ぬ映像の、どこが楽しいのだろう?

ドラマチックだからと言われても、まったく理解できない。


スピーカーからは、相変わらずザラつく音がする。


「しっかし、よくあれだけ覚えてるよね、ずいぶん前に一度みたことあったけど、あそこまで鮮明じゃなかった気がする」

「ロボですから」


しかも最新式。

末期の人類の技術力的に、最高品質ではないが。


「うん、たしかに人間にはない記憶力だし能力だ」

「過去の記録情報を変質させるという、人間の能力の方がワタシには不思議です」

「過去は美化されるものだからね~」


声は若干遠かった。

どうやら離れた位置から発声させていた。


「しかし――」

「ん?」

「どうして、ワタシはあなたを認識することができないのでしょうか」

「やっぱり気になる?」

「かなり重要な課題です」


ワタシは人ではなく、ロボだ。

機械だから幽霊を認識できない――というのは、おかしな話だ。

だって、『タブレットを通じたやりとり』を、ワタシたちはしている。


旧世代の機械は認識可能で、ワタシにはできない。

そんな馬鹿な。


「簡単な理屈だよ」

「というと?」

「私が、あなたを人間だと認識してるからだ」


返事は、できなかった。

棒を飲んだように押し黙る。


「少なくとも、あなたを最初に見たときには、こんなところまで人が来るなんてスゴいなあ、とか思ってたよ」


意地悪に笑う様子が見えた気がした。


「あと、もう一つ言えば、あなたが私を『人間じゃない』と思っているからだ」

「いえ、そんなことは――」

「偉い人たちの間でも、私が人なのかどうかで迷ってたんだよ? あなたが即断できる方がおかしいんだよ」


人間の定義とはなにか。

彼女は、ワタシの前にいるらしいマスターは、本当に人なのか。


「うん、そう、今みたいな感じ」

「どういうことでしょう?」

「私が本当に人間かどうか、それを迷うあなたの姿を見て、『あ、これって人間じゃね?』と私は思ってしまう」


根本的には、マスター側の認識の問題。

けれど、後押しをするのはワタシの振る舞いだった。


「だから、あなたが機械らしく振る舞ってくれたら、だんだんと私のことを認識できるようになると思う」

「本当ですか?」

「うん、保証する」


ワタシはマスターを人間だと思えば。また、マスターはワタシを機械であると思えば、互いを認識することができる。


……俄には信じがたい理屈だった。


「あ、信じてないんだ」

「機械に信仰はありません」

「神様は信じなくてもいいけど、この件に関しては信じてよ」

「事実と異なることを言われた場合は、難しいです」


幼児に「豚って空飛ぶんだよ、信じて!」と言われたところで、豚の定義は変更されない。それはブヒィブヒィと鳴いて四本足で歩く生き物だ。


「ふぅん?」

「なんですか、意味ありげに」


含み笑いがワタシに注がれていた。


「こうして、しゃべっているのに?」


すぐ側、耳元で、それは聞こえた。

声はあまく、ささやかだった。


「!」


タブレットの方を向く。教卓に置かれたそちらは、停止したままだ。

別方向から、ザラつくことのない肉声が、聞こえていた。


いつの間にか、ワタシは『会話』をしていた。


「これは――」

「やっと普通にお話できるね、いやあ、タブレット経由だと疲れるから助かったよ」


マスターであり、幽霊でもある彼女は、うれしそうにそう言った。

ワタシの内部では、やはり混乱に次ぐ混乱が起きていた。

集音システムは、いっさい反応していなかった。

にもかかわらず、たしかにマスターの声を認識し、返答していた。


ワタシは――いつの間にか、幽霊を認識できるロボットになっていた。




 + + +




認識により――私がマスターを人だと信じたことにより、音声が聞こえるようになった。

結果、マスターが鎖から解き放たれた。

いままでであればタブレットを経由しなければ会話はできず、そこにいることを認識できなかった。


しかし、今はどこであってもワタシと会話を行える。

そうなって初めて知ったが、マスターはかなりの気分屋であり、寂しがり屋だった。


普段の生活の中、補修や周辺見回りなどの作業中は、マスターはどこか別の場所にいると考えていたが、実のところほぼワタシの側にいたらしい。


たとえそれが、落下すれば重傷必至の屋根上であっても同様だった。


「あの、マスター」

「なに?」

「さすがに屋根修繕中は危ないので、どうか学校内へ戻ってはくれませんか?」


返答は、「ふぉふぉふぉ、悔しければわしの姿を捉えてみるがいい!」という戯けたものだった。

姿が見えて、接触できれば一撃を食らわせていた。三原則など知ったことか。


「落ちたらどうするんですか」

「大丈夫、何回か試したし」


一瞬、返答を迷う。

その言葉はあまりに『当たり前』だった。

ごく当然のように、「何回か投身自殺を図った」と言っていた。


「……そうですか」

「うん」


それでも、『幽霊』であるマスターは死ねなかった、らしい。きっとそれ以外の方法も試したはずだ。

果たしてそれは、本当に人だろうか?


「世の中ままなりませんね」

「人生は不本意で出来てるらしいよ」

「苦しむことだけが人生だ、とも言いますね」

「だから、そういう人間っぽい反応はしないように、ロボだと思えなくなるし」


そうは言われても、ごく当然の反応をそう捉えられては困るというもの。


「マスターは、ワタシになにを求めているのですか?」

「ん、相互理解?」

「わかるようなわからないような……」


ようやく修繕を終える。

汗を拭く動作をする。

必要のないものだが、一段落ついたことを、ワタシの内部のシステムに知らせる作業だった。


「あ、それともなければ、私は知って欲しいのかも」

「なにをですか?」

「人間がどういうものなのか」

「……サンプル例がマスターだけでは偏りすぎです」


え、私、一般人、ごく普通!

などと騒いでいたが聞き流す。常識とは異なることを主張されても大変困る。




 + + +




人であれば生きるというただそれだけのために、食事や睡眠の必要がある。


けれど幽霊とロボットであるワタシたちは、そうしたことから解放されていた。

映画などと同じ娯楽目的として食物を摂取することはあるが、必要不可欠なものではなかった。


従って、やることがあまりない。

だから今は、時間が過ぎるままに、会話をし、あるいは景色を眺めた。


屋根からの景色、何もない荒野は、本来一時間も見れば充分だ。

それでも夕日は一見の価値があった。

これほどまでにじっくりと、太陽の様子を確かめたことは、考えてみればなかった。


そのまま、夜を待った。

ぽつぽつと灯りだした星を数える。

排気ガスの消えた夜空は透明度が高い。

あっという間に数える桁数は膨れ上がった。


ワタシは無駄な作業を止め、星座の形を確かめてみることにした。


「ねえ」

「なんでしょうか」


夜は風ですら、心なしか静かだ。

話す声は夜に溶けて消えそうだった。

星座の形をなぞりながら、ワタシはマスターの声に耳を傾けた。


「最後まで残るものって、なんだと思う?」

「なぞなぞですか」

「ううん、ただのクイズ。知識問題。人類が最後に残すものは、一体何か」


突飛な連想が得意ではないワタシとしては、大変に助かった。


同時に、考える、これは他ならぬ『幽霊』であるマスターからの問題だ。

しかも、知識問題。ならば――


「……物質は、おおよそすべて風化します」

「そうだね」


どのような建築物ですら、いつかは消える。


「生物も、ついには滅ぶことでしょう」

「実際、他に人はもう見かけてないよね」


本当に絶滅してしまったのかもしれない。


「記録情報も、いつしか変質します、時間の影響を免れ得ません」

「情報を残すって、意外と大変だよね」


それでも、一番有望なのがそれだ。データだった。

問題は、どこに記録させるかだ。


「ならば、これでしょう」

「ん?」


ワタシは上を指さした。

月や星、ではなかった。


「人工衛星を経由した電波は、本来は地球上に情報を届けるものですが、他の方向――何もない宇宙へ向けても発せられています」

「うん」

「そして、電波は拡散することはあっても消えるということがありません、いつまでも、どこまでも、永遠に拡散を続けます」


人が消え、建物が消え、あるいは地球ですらなくなったその後でも、発信された情報は拡散を続ける。誰も受け取ることのないそれは、最後の最後まで残る。たぶん、宇宙が滅ぶその日まで。


「ワタシたちが見た映画も、あるいは漂っているのかもしれません」

「そうだね、誰も見ないだろうけど」

「勿体ない話です」


物語は、ただ空疎に拡散する。

その光景を想い、唇は尖る。

大変にもったいないと思えた。


「私も、いつか消えるよ」


吐息のように、マスター言った。


「私はそういう風には残らない。永続しない、必ずいなくなる、どうしてまだ私がここにいるのかわからないけど、それでもその日は必ず来る」


手を伸ばした、ように見えた。

ワタシはなにも言えずにいた。


「声が、届けばいいのにな」

「……誰にでしょうか」

「秘密」


きっと、ワタシが最初に聞いたあの声の人だろうな、と思う。

永遠に拡散され続ける声は、いつか誰かに届くことはあるのだろうか。


「マスターは――」

「ん?」

「他の人に、逢いたいですか」

「逢いたい人じゃなくて、人間そのものにってこと?」

「はい」


答えを待つ。

心臓があれば、きっと壊れそうに脈打っていた。


「ああ、そっか――」


屋根上、星空は瞬き、ちりばめられている。

ワタシはじっと待ち続ける。

カメラのピントが合うように、あるいは、光学迷彩が解けたように。


「あなたなら、できるんだ」

「はい」


姿が見えた。


「ワタシは、人間を製造することができます。その設備にも、心当たりがあります」


制服姿のマスターは、データに残っていたものと変わらなかった。

ただ、目の前に、本当にいることを除けば。


「旅を続ける中で、それらを発見しました。まだ、使えます。あるいは人間だけではなく、動物も植物も――なにもかもを、ワタシが記憶している限りのものを、生産可能です」


透明な塔、巨大な円盤、混沌模様の建築物などがそれだ。

そこには人の姿こそなかったものの、朽ちてはいなかった。


マスターは、ワタシを見つめ、笑った。

ワタシよりも、更に長く存在する『人間』の姿だった。

ワタシを、ロボットであると認めてくれた人の形だった。


秘密を共有するような笑みが、その唇に浮かぶ。


「あなたは、できないんだ?」

「はい、ワタシにはできません」

「どうして?」

「ロボット工学三原則に違反するからです」


第一の、最上位の命令。

人間を傷つけてはならない、傷つけると予測される行動をしてはならない。


人を復活させる行為は、『人を傷つける行為』となる。

ワタシが読んだ多くの物語の中で、人は例外なく傷ついていた。生きる限り、人はダメージを負うのだ。それを知りながら復活させることは、ロボットであるワタシにはできない。


だからこそ、ワタシは人を求めた。

ワタシに命令を下すことのできる存在を欲した。

その上で、「所詮は物語の中のこと、現実にはそれほど傷つかない」という証明が必要だった。


結果として――探し当てた人は幽霊だった。

『物理的に傷つけようとしても不可能な人間』だった。

条件は完璧に整った。


夜空の下。

マスターはワタシを見つめる。

その命令を待ち望む。


その口が動いた。

審判の時を待ち望む。そして、


「やだよ、却下」


ばっさりと否定された。

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