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東尋坊3

東尋坊編のラストです。今回は画像はありませんが、代わりにお見苦しい筆者の妄想を熱弁しております。

誰得……?

 福井県坂井市三国町東尋坊。この地名の由来は崖から突き落とされて死んだ僧侶の名前だった、と前々回の東尋坊1で説明させていただいた。

 そのお坊さん『東尋坊』が暮らしていたのは、福井県の中でも内陸部に当たる勝山市だ。ちょうど私たちが旅行に行く直前に『赤とんぼの研究者による殺人事件』が起きて、ちょっとばかり名が知れてしまった土地である。全国的に赤とんぼが豊富に見られるとニュース番組が報道したとおり、九頭竜川くずりゅうがわ沿いの谷間にかろうじて開けたような山深い田舎町であった。

 あ、そうそう。勝山といえばもう一つ、とっても有名な産物がある。それは恐竜の化石。このあたり一帯は、昔(ジュラ紀)、湖沼や湿地帯だったよう。そのため住み着いた恐竜たちにとってもパラダイスで、この地で終焉を迎えることが少なくなかったのね。しかも地面は柔らかい泥土。骨の損傷が最小限に抑えられたまま近年になって大量に発掘されたんだな。


 余談だけど、恐竜の故郷とも言える勝山市を流れる九頭竜川。なんとなく恐竜を彷彿とさせる名前だよね。というわけで、筆者はわりと真面目にこんなことを考えていた。

「これはきっと、古い時代にも恐竜の化石の発掘があったんだ。そしてそこで『巨大な首の長い生き物が棲んでいた川=竜川』って概念が発生した。のちに他の要素が加わって、ただの竜が『九頭竜』になり、定着したんだろう」

って。

 結果は大ハズレ。九頭竜川の伝説はこう伝える。

 平安時代、勝山市平泉寺(へいせんじ)の中に併設されていた白山神社のご祭神『白山権現』が民衆の前に現れ出た。それを見て民衆は畏れ敬い、ご尊像(神さまの偶像)を川に浮かばせたところ、頭が九つある竜になって風下に流れ下っていった。

 この川が九頭竜川なのである。

 実はこの逸話、古代史においてとっても重要なファクターとなり得る内容なのです。ヒントは『出雲市のヤマタノオロチ伝説』と『権現さまの正体』。答え合わせまではちょっと待っててくださいね。


 では話を東尋坊に戻して。

 お坊さんの東尋坊が住んでいたお寺は、いま名前が出たばかりの『勝山市平泉寺』。東尋坊が生きていた平安時代は、まだお寺と神社が混同されていた時期だった。明確に分けられたのは明治時代ね。だから平泉寺の中には白山神社が建てられていて、僧侶たちも、当然、どちらの神仏にもお仕えしていたんでしょう。

 白山神社のご祭神は前述の白山権現。あ。現在の平泉寺の中にある白山神社はイザナギとイザナミも加えた三柱合祀になっています。でもこれがクセモノなんだなあ。筆者が書いている歴史的エッセイ『逸脱! 歴史ミステリー!』には、たまに、

「史料と書かれていることが違う。その推察はありえない」

とご指摘をいただくことがあるのだが、たとえば神社の縁起一つとっても、実際の信仰と権力者の強要した『正史』には大きな隔たりがある。筆者の目線はどっちかといえば民衆寄り。実際にお参りされていたり、生活に密着していたりする神さまの情報を元にしている。だから権力者の信仰である天孫系の神々が『後づけ』で鎮座されていても、そこはあまり重要視しない。

 でまあ、私の中では『白山神社』は『白山権現』のお社なのだが、この神さま、竜になるほどの猛々しい神霊だよね。ってことは、白山神社も強い神通力を持った場所だったと思わない? そして白山神社を囲うように建てられた平泉寺は……。

 ……ちょっとイメージしてみてくださいな、九つの首を持つ竜神さんを祀る白山神社や平泉寺にお務めをしていたお坊さんたちの姿を。優しくて人の良さそうな住職さんや小僧さんたちが少数で切り盛りしているように感じますか? あんまりそうは思えないんじゃないかな。

 うん、そうなんだ。実は平泉寺というのは、最盛期には八〇〇〇人を超える荒くれ僧侶たちを囲い込んでいた、比叡山延暦寺にも劣らない巨大な僧坊だったのだ。


 そんな何千もの僧侶のひしめく平泉寺の中でも、ひときわ暴れもので怪力だったという東尋坊。

 彼はどんな姿をしていたんだろう。体は……おそらく小さくはなかったんじゃないかな。少なくとも同門の僧侶たちに警戒を抱かせる程度にはいかつい容姿をしていたのだろう。

 では性格は? 東尋坊は崖から突き落とされるまでは仲間の僧たちに心を開いていたはずだ。でなければあの危険な岩場で無神経に酔っ払ったりはできない。よもや仲間が自分を襲うことなど考えもしなかったのだろう。それが、たとえば『強い自分に敵対する者などいようはずがない』というおごりからの感情だったとしても、少なくとも『自分は害されない』という信頼があったのだと筆者は感じる。

 強靭な肉体を持つ、粗暴ながらどこか人懐っこい印象のある東尋坊。

 彼が突き落とされた理由は真柄覚念まがらかくねんとの確執であった。真柄覚念は他の僧侶たちを扇動して東尋坊を殺した。それもだまし討ちという卑劣なやり方で。

 では東尋坊と真柄覚念との間にはどんな確執があったのか。


 雄島の大湊神社は、その事情をこう語る。

 当時、東尋坊は美しい娘に心を奪われていた。名前をあやという。

 ところが、あやには別に熱を上げる侍がいた。それが真柄覚念だった。

 両者は激しくいがみ合い、ついには二人ともが命を散らす結果となった。

 残されたあやがどうなったのかは、伝える史料がない。


 乱暴者で同門の僧のみならず民衆からも嫌われていた、とされる東尋坊。その凶悪な性質ゆえに、死んだあとまで祟って、未だに人間の魂を道連れにしつづけていると言われている。

 けれど昨今の彼のイメージは『一人の女性をひたすらに愛しながらも、とうとう添い遂げることができなかった、悲運の聖職者』に変わりつつある。

 真柄覚念は、なぜ東尋坊を殺したのだろう。もしあやが覚念を選んでくれていたのなら、覚念に東尋坊を殺す理由はない。……もしかしたら荒くれの東尋坊が力づくであやに近づこうとしたという背景があったのかもしれないが。

 けれどやはり、素直に考えれば、あやは東尋坊を選んだのだろう。だから覚念は東尋坊をひっそりと謀殺しなければならなかった。東尋坊の死を知って泣き崩れるあやに、

「酔って崖から足を踏み外したんだ」

と言い訳するために……。


 『日本有数の自殺の名所』と呼ばれる東尋坊の立地。だが実は、ここ数年、自殺者の数は目に見えて減ってきている。

 僧侶の東尋坊が『自殺者を誘う怨霊』から『悲恋の青年』となることで、孤独に蝕まれて死を選ぼうとした人々もまた、誰かを愛する心を取り戻してくれたのかもしれない。


 最後に、一応『創作家』である筆者の妄言を垂れ流して、東尋坊編を終わらせていただこうと思う。

 『お坊さん愛』が理解できる方は、ぜひお付き合いを!


 四月の初旬。その日は好天に恵まれ、平泉寺からの決して短くはない道程も苦にならないほど爽やかな日だった。

 同門の中でもひときわ大柄な東尋坊は、ふだんは自分を邪険に扱う仲間たちとともに、この日、日本海の絶壁に海辺見物に訪れた。

 乱暴狼藉の限りを尽くしてきた東尋坊には、嫌われている自覚があった。だから常日頃にこのような席に顔を出すことはなかった。猛る自分の性格を抑えられない東尋坊には、どんなに人々に嫌われようとも、素行を自ら正すことができないからだ。ならば悶着を起こさぬように他人との距離を取ったほうがいい。

 だが昨今の彼には、彼自身が自覚できるほどの良い変化が現れていた。理由はあやへの思慕である。平泉寺の講(民衆が寺に集まって雑談をしたりお説法を聞いたりする活動のこと)にたびたび顔を出す彼女は、東尋坊の噂を聞いていないのか、それとも知っていて目をつぶってくれるのか、この荒くれ坊主にも分け隔てのない美しい笑顔を見せてくれた。年ごろの女性にょしょうに笑いかけてもらえるなどと考えもしていなかった東尋坊だけに、彼女への愛情は急激にふくらみ、最近では暴力さえも影を潜めるほど心穏やかな毎日を送れていた。

 そんな中で声をかけられた今日の海辺見物。東尋坊自身は「おのれの変化に呼応して周囲の態度が和らいできた」と感じていた。そして期待ゆめを見た。いつかあやと添い遂げたとき、自分はもしかしたら同胞や民たちに祝福されるのではないか、と。

 浮き足立った心地は酒の酔いを早めた。そうして泥酔で混濁した東尋坊は、自らの巨体が仲間たちによって崖から突き落とされる直前で……現実に目覚めた。

 二〇メートルを超える岸壁を血まみれになりながら転落していった東尋坊の肉体は、しかしその強靭さゆえに即死はしなかった。溺れながらも海面に顔を出し、そこで崖上から愉悦の表情を浮かべる真柄覚念を視界に捉えた。

 覚念は、言う。

「まったく見苦しい死にぞこないめ。平泉寺の面汚しのくせに未だ往生せぬつもりか。お前などがあや姫に近づこうとは笑止千万。姫にふさわしい相手は俺だとまだ気づかぬか。お前のことなど半月も経たずに忘れさせてみせようぞ」

 力尽きた東尋坊が波間に消えた瞬間、突如沸き起こった雷雨が、傍観を決め込んでいた真柄覚念をも海中に引きずりこんだそうです。

 それは東尋坊の恨みによるものだったのか。

 それとも……もしかしたら、同胞を闇討ちするような卑怯者があやと結ばれる未来を、東尋坊の執念は断ち切りたかったのかもしれませんね。


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