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東尋坊1

二〇一五年四月二日 天気 晴のち曇 福井県坂井市三国町東尋坊


 雄島で午前中を過ごした私たちは、昼近くになって、やっとメインの目的地の東尋坊に移動した。下の息子が岩場遊びを気に入ってしまい、なかなか動いてくれなかったのだ。

「雄島と東尋坊ってどっちが面白いの?」

と初めてこの地を訪問する息子の質問に答えて曰く。

「雄島は死んだ人に会うところ。東尋坊は死にそうになるところ」

 ……筆者は重度の高所恐怖症であった。


 雄島から東尋坊までの距離は目と鼻の先だ、と前述した。正確には二キロ半ほど海岸線を歩くと着く。が、この日の天気予報は午後から小雨とあったために、私たちはわざわざ車を回して東尋坊までやってきた。

 ここで一つ、老婆心から助言しておこう。東尋坊には、県道七号線を南下し『歓迎 東尋坊』とでかでか書かれた門をくぐると難なく辿り着くので問題ないが、その先に広がる駐車場を選ぶのには少々コツが要る。公共駐車場を除いてほぼ無料の敷地が続いているのだが、建前上、停めた場所の近くにある店舗の利用が暗黙の了解になっているらしいのだ。

 とはいえ、飲食店&土産物屋を併設している店がほとんどなので、安価なお土産でも買えば義理は果たせる。が、できれば事前に入りたい店をピックアップしていくほうが心を惑わされずにすみそうだ。

 筆者は入念なリサーチの上で臨んだが、これまた極度の方向音痴のために、目当ての店には行き着けなかった。例外的にこういうパターンも有る。


 すでに旬の時期を外しているとはいえ、福井の飲食店の入り口には、未だに『カニあります』の看板が目立つ。昼時に東尋坊に着いたために、私たちはさっそく駐車場の案内係に誘導された食堂に入った。

 そうだ。これもお伝えしておこう。新鮮な海の幸が捕れる土地の食事は、基本、高い。特に越前ガニの漁場である福井は、冬になると民宿の料金が三倍に跳ね上がるとも聞く。カニやらフグやら値の張るもの一色になってしまうのである。

 食堂の座敷に落ち着きながらメニューを見ると、幸いにしてそこまで高級な店ではなかった。海鮮丼二五〇〇円程度が上限である。このあとに拝観料のかかる寺へ向かう予定があった筆者は、ここでは節約をと思い『ネギトロ丼一〇〇〇円』をオーダーすることにした。そう。スーパーで買えば米とネギトロ一パック締めて二〇〇円ぐらいで済むシロモノである。

 だが。

 対面に座る息子たちを見ると、岩遊びで体力を消耗しきった小学生も、なぜか先刻の写真が撮れたあたりから急に花粉症がひどくなりだした高校生も、一様に疲れた顔をしている。これはまずい。ここで、

「あとでお寺に行くから安いので我慢して」

などと言えば、やつらの疲労は都合よくマックスに至るに違いない。

 私は決意した。金が惜しいのなら帰りの高速代を浮かせて一般道で帰ればよい。なに、二時間が五時間に延びるだけだ。大したことではない。

 だから息子たちにはここで恩を売っておこう!

「遠慮しないで食べたいものを注文して」

と言い切った私の視線は泳いでいた。……だって、こやつらの空腹時の消費量を知っているのだから……。

 そして自らは小声で、

「私はこのへんでいいかな」

とスリ潰れた赤みの乗った丼ぶり写真を指さした。

 店員の元気なおねーさんがやってきて、

「何にしますかあ?」

と愛想たっぷりに注文を取る。まず高校生、それから小学生、最後に筆者が答えた。……全員がネギトロ丼だった……。

 なんだか、ほっとしたような、裏切られたような複雑な気分になり、私は悪態をついた。

「せっかく福井まで来たんだからカニでも食べればいいのに」

二人は揃って答えた。

「そんなの贅沢じゃん」

 ごめんよ。ごめんよっ。すっかり『苦行』慣れしてしまった彼らに、私は密かに手を合わせた。

 補足。ネギトロ、スーパーのパック商品の味とぜんぜん違いました。馬鹿にしててこっちもごめん。


 まあそんなこんなで無事に昼食を済ませた我ら一行は、その後、幸いにして薄曇りを維持している屋外へと歩を進めた。

 東尋坊というのは『三国町』の西岸に展開する海岸一帯のことである。この辺は、雄島でも紹介した『流紋岩』という特殊な岩石の景色が続く。流紋岩というのは火山岩の一種で、……ほら、小学校だか中学校だかで習わなかっただろうか、『花崗岩かこうがん』という鉱物の話。あれの仲間である。


 というわけで花崗岩のことを少し。

 花崗岩の成分は主に三つに分けられる。『石英せきえい』『長石ちょうせき』『雲母うんも』。石英は透明で一部は『水晶』と呼ばれる。長石は半透明で白かったり黄みがかかったりするし、雲母は黒が多いかな。

 日本は火山の国である。よって火山岩の影響は大きい。東尋坊を形作る流紋岩は、海底火山が噴火した折に、隆起、または堆積物として重なったものだとされている。福井から少し離れるが、北アルプスの難所として名高い槍ヶ岳や穂高連峰も火山活動で作られた。

 ちなみに北アルプスのような『山脈』の成立には、高確率で地震が関わる。地球の表面はいくつかの『プレート』と呼ばれる岩盤がひしめき合っているのだが、これらが地球深部の流動的な部分に動かされ、他のプレートとぶつかり合い、押し上げ合ったりするのだ。その際に起こるのが地震であり、『造山運動』である。

 ……あ。こう書くとすべての山脈がプレートによる作用だと勘違いされるかもしれないね。実際には、山脈の規模が小さくなるほど、理由もバラけてきます。北アルプスもプレートではなく『活断層』の影響だと思われてきたし(※現在は検証し直されています。活断層が原因にしては規模が大きすぎるもんね)。どっちにしても地震は起きるから、『造山』は、生き物の暮らしに限って、あまり歓迎される現象ではない。


 さて、話を戻そう。

 火山が造った地形、東尋坊。その姿はかなりグロテスクである。筆者がうっかりにも模型図の画像を撮り忘れてしまったので各々で検索してほしいのだが、『東尋坊 模型図』で引っかかった写真は、まるで『脚のたくさんある巨大な亀』のように見えないだろうか。

 現地に行くと、まずその高さに驚かされる。にょきにょきと突き出ている『脚』は、海面までの高低差がだいたい二五メートルぐらいだそうだ。趣味で飛び降りるおじさんもいるようだが、素人は真似しないほうがいいだろう。

 模型図の『千畳敷』の位置から撮った写真がこれ。


挿絵(By みてみん)


 視察(?)した私が判断するに、ここがもっとも飛び降りに適した岩場であった。他の場所は、傾斜がついていて下まで落ちるのが難しかったり、遊覧船の乗り場になっていたりするからだ。

 実は、この撮影時、筆者は尋常ではない恐怖に襲われていた。体は震え、冷や汗は噴き出し、足は縮み上がり、言葉を失くしていたのだ。

 理由は……。

「なんでこんな高いとこから飛び降りようとするかな、もう! しかも下は岩場だよ! 砕けるよ! 下覗いたら死ぬ気なんかなくならないか、ふつー。もうちょっと怖気づけよっ!」

 ……そう。自殺志願者の目線をリアルに妄想して、高さにすくみ上がっていたのである……。


 このあとに東尋坊の自殺に関する話を展開する予定だが、いったん章を締めさせてもらおう。文字数がかさんできた。

 最後に東尋坊の名前の由来を記して、今日の更新を終わらせていただきます。


 雄島の大湊神社は、東尋坊の歴史をこう語る。

 寿永元年(一一八二年)四月五日、勝山市にある平泉寺へいせんじの僧侶が連れ立ってここに海辺見物にやってきた。一行は到着するや否や、高い岩壁から海を見下ろせる場所に陣取り、酒盛りを始める。その日は好天に恵まれ、開放的になった彼らは次第に酒量を増やしていった。

 だが実は、僧侶たちの目的には穏やかならざるものがあったのだ。数千もの僧侶を抱える宿坊の平泉寺には、暴れ者の東尋坊という僧がいた。東尋坊は乱暴であったために平素から嫌われ、特に確執の強かった真柄覚念まがらかくねんに至っては殺意すら抱かれていた。それがこの日、とうとう堰を切ったのだ。

 真柄覚念に肩入れをする僧侶たちは、酔いつぶれた東尋坊を崖から突き落とした。驚いた東尋坊は激しく抵抗して近くにいた者たちを道連れにしつつも、最後は崖下へと飲み込まれていった。その際に謀った真柄覚念も巻き添えを食っている。


 その後、この地は東尋坊の呪いを受けたそうです。彼が突き落とされた四月五日前後には海が荒れ、嵐が来るのだとか。

 私たちが訪問したのは四月二日。東尋坊観光を、天気を気にしつつ早足で済ませたのは、実はこういう理由があったのだな。


 ではまた次回お会いしましょう!

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