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第22話「人鬼の骨腕」

今回は【第9回二ツ樹五輪プロジェクト】その無限の先へ 第4巻出版(*´∀`*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いたタケルさんへのリターンとなります。(*´∀`*)




 鮮血の城イベントの際に、アーシャさん経由で譲渡してもらった腕甲< 童子の右腕 >。

 極めてゴツい片腕のみの装備のため、ビジュアル的にも重量的にも非常にアンバランスな代物だが、装備としての性能は破格の一言だ。中級に昇格し、一応はCランクに属する身となった今でも……というか、今こそそれが良く分かる。

 もっとも、その特筆すべき点は厳つい見た目でも破格の性能でもなく、渡辺綱専用装備という点だ。渡辺綱のために用意された、渡辺綱のための装備。今でこそいくつかは存在するものの、個人専用装備というカテゴリはコレ以前に存在しておらず、実質的に最初のものとなった。

 個人専用装備は、コンピューターゲームで言うところの、そのキャラクターしか装備できないものとは少し異なる。

 装着ならできる。持つだけなら、身に着けるなら、規格に合ってさえいれば誰でも可能だ。装備した瞬間、どこかに消えたりはしなし、強制的に外れたりもしない。

 専用装備とそれ以外の違いは、特性として定められた専用装備者でないと、各種特性を発揮できないという点。物理的な性能はそのまま得られるものの、システム的な補正が一切機能しないのなら、使用する意味はほとんどないと言っていい。

 童子の右腕でいうなら、本人が感じている謎の力はもちろん、すでにあきらかになっている《 怪力 》や《 サイズ調整 》も有効化されない。

 未だになんとなく感じている、《 鬼神撃 》を発動するための補正もおそらく同様だろう。スキル欄に登録されてはいるし、なんならオーバースキルでさえ習得しているのに、未だ正式に習得したとは言い難いスキルなのだ、コレは。

 加えて、突出した性能自体にも制限がかかっているので、運よくサイズがぴったりの人が装備したとしても、そこそこいい装備にしかならない。

 まあ、そんな事は使っている俺自身が一番良く分かっているのだが、今更こんな事を思い返しているのには理由がある。



「またですか?」

「また、なのよ。ウチの鍛冶師が作ったモノの中から君の専用装備がね」


 十二月に入り、そろそろ本格的にクラン対抗戦が近付いてきたなと思い始めた頃の事だ。アーシャさんがやって来て、唐突にそんな事を話し始めた。

 報告だけで手ぶらなのは、今がイベント直前のような切羽詰まったタイミングでないという事と、件の鍛冶師はすでに俺と顔見知りであるからだろう。要するに受け取るなら自分で取りに行けという話である。

 まあ、前回のような会った事もない時期ならともかく、修理、及び定期的なメンテナンスや、謎に可変する性能の各種試験は担当してもらっているのだから、なんならアーシャさん以上に会う機会は多い。単価が高いので、基本的に童子の右腕選任だが、いろいろと相談に乗ってもらったりもする。


「えーと、代金はどうしましょう? 安い買い物じゃないですよね。いくらメンテ料は支払っているとはいえ、それとこれは別ですし」


 相場なんてあってないようなものだが、童子の右腕の推定価格は現在の俺でもちょっと尻込みするレベルの桁に及ぶ。

 童子の右腕の性能はどう見ても中級上位、未解明の特性や謎の成長要素を加味すれば、下手したら上級冒険者用の装備と言っても過言ではない。

 冒険者用の装備なんて下級ですら良い物は資産扱い、中級になれば一般人が目を疑うような金額になるのに、その上……それも一品物なんて上級冒険者でも気軽に購入できるものじゃない。


「ダンジョンマスターに話したら、代金は代わりに払うからそのまま君に渡していいって。報告は必須だけど」

「正直、それもどうかと」


 ダンマスの言いたい事やメリット、狙いそのものは分かるのだが、どうしても気が引ける。


「と言っても、今のところ専用装備って一律そんな扱いだしね」


 この扱いは別に俺に限った話ではなく、少量確認されている専用装備は今のところダンマス買い上げ扱いで無償譲渡扱いだそうだ。

 作る側としてももらう側としても、降って湧いたようなボーナス扱いらしい。

 ……ならいいかって事にはならないが、多少はマシか。


「試作で作っているようなモノが完成品以上の値段で売れたようなものだから、別に損はしてないのよね。ダンジョンマスターも気にしないんじゃない?」

「ダンマスならそうでしょうけど」


 ……直接話しても、先日の遠征の報酬に上乗せしてもらうって事になりそう。

 実際いくらくらい動かせるのか知らんが、装備品なんて誤差にもならないだろうな。それも、迷宮都市の公金ではなくポケットマネーでだ。

 たとえとして適当かは分からんが、那由他さんが事実上後援者になっているサティナの装備品も値段としては相当なものだ。聞いている限りだと、アレも那由他さんのポケットマネーなはず。以前ダンマスが言っていたパワーレベリング云々の方針から大きく掛け離れている気はするが、深く突っ込む気はない。


「ずっとこのままって事はないでしょうね。最終的には迷宮都市かギルドで一旦買い上げての個別販売とか?」

「あー、ありそうですね」


 専用装備だからといって必ずしも必要ではないだろうし、値段の問題もあるから結果的に死蔵されるケースは多くなりそうだけど、無償譲渡よりは健全だろう。最悪、研究や実験に使う事だってできるし、そもそもギルドが保有している装備の数からすれば誤差みたいなものだ。

 なんなら、ギルドからの期間レンタルサービスだって考えられる。もちろん壊したら弁償だろうが、保険込みの値段にすればいいわけだし、似たような事はすでにギルドどころか民間企業ですらやっているのだ。

 ……一時期、この制度を利用した詐欺が横行していまいち認知されていないが。


「そういえば、個人専用ってほどじゃなくても、強い制限のついた装備が多くなってきたみたいね」

「強い制限って……クラス専用とかって事ですか?」


 制限付きの装備自体は以前からいくらでも存在している。そのほとんどはステータスに依存した制限で、値が一定以上でないと固有の特性を発揮できない。< 力 >が足りないと重量補正がかからず異様に重いままとか、そういう制限である。良くあるのはステータス制限で、次いでベースレベル制限も多い印象だ。

 そこから更にとなると、クラスや修得スキルに関わるものになるだろう。その先……クラスレベルやスキルレベルによる制限すらあり得るかもしれない。


「そう。制限さえ許容できるなら、値段の割に高性能って感じでオークションでも人気みたい」

「確かに、見かけるような」

「流星騎士団に直接持ち込んできた人もいるわよ」


 詳しく聞いてみれば、クラス、性別、特有スキル・ギフト所持や年齢、種族、珍しいところでは出身地などでも専用装備が出ているのだとか。そういう制限が付いているからか、代わりに優位な能力や付与されていたり、性能が良かったりするって話だ。

 使用者が限定される分売るのが難しくなるだろうが、もの珍しさでコレクション目的の購入者がいるから、今のところは問題ないらしい。ついでに、質屋で誰かに購入されてしまう危険が減るというメリットもあるな。

 意外な物に意外な能力が付与されていて、試しに使ってみたら新たな道が開けました、なんて可能性もあるから、基本的にはいい事なんだろう。


「まあ、たいていはどうでもいい性能のものばっかりだけど」


 ……いい事なんだと思いたい。まあ、付与がランダムガチャなら厳選が大変なのも確かだろう。


「特異点以降、クラスやスキルも大量に増えてますし、似たような話って事なんですかね」

「そういえば、大丈夫? なんかレベルが上がらないって聞いたんだけど」

「あー、それは解決はしたんですが……」


 レベルはすでに50になったし、クラスのセカンドツリーも開放された。しかし、それに伴い割と困る案件が発生し、未だに回答を出せていない。

 俺のセカンドツリーは未だ空のままだ。


「何か別の問題が?」

「アーシャさんみたいな大手クランのトップならすぐに情報が出回るでしょうけど、ユニーククラスがちょっと」

「あー、サーシャみたいな新クラス? 確かに名前だけじゃ実際に役に立つかどうかは判断し難いけど、悩んでるって事は< 軽装戦士 >ツリーのほう?」

「いえ、新ツリーです」

「じゃあ、単純にセットして試せばいいだけじゃないの?」


 アーシャさんが言っているのは、サブクラスを入れ替える場合、元々セットしていたクラスの補正が消失するという懸念だ。

 三つ目のサブクラス……俺の場合は< 侍 >でも影響力は馬鹿にできないから、クラスレベルが引き継げない状況で試しにというのは難しい。これはサローリアさんを悩ませていたジレンマそのもので、彼女はそれを二つ変更したのだから、相当に思い切りがいいと言えるだろう。

 一方で、Lv50から新規に修得可能になったセカンドツリーなら元々空なのだから悩む必要がない。試してみて駄目と判断したら別のクラスに切り替えればいい……と普通は考えるはずだ。


「ツリーが< イレギュラー >なんですが」

「うわ……綱くんっぽいと言えばそうだけど……あれ? それでも別に問題はないんじゃ」

「……クラス名が< 飢餓の暴獣 >なんですよね」

「……は?」


 さすがに何言ってんだこいつみたいな目で見られた。

 迷宮都市に来た頃の中二病な俺やユキなら小躍り……いや、今だってユニーククラスなら嬉しいだろうが、コレは安易に捉えられないし捉えてはいけない。


「それはスキルでしょ? 確かにシステムの命名制限には引っ掛からなそうだけど……いえ、例の戦いで昇華したって話だったっけ……とはいえ、スキルと同名のクラスとかあったっけ? ……うーん」

「この際、そこら辺のシステム的なルールとか、あきらかに変だろうって点は気にしていないんです」

「え、ええ……まあ実害はないでしょうし、躊躇は……綱くんなら気にしなそうね」


 その評価はアレな感じだが、実際そうだ。自分でも普通ならビビるところでも勢いで手を出す人間とは思っている。とはいえ、躊躇している理由もそれに類する問題ではあるのだ。

 ……要するに俺はビビっている。己で食らい、飲み込んだはずのあいつと、片鱗でも再び邂逅するかもしれない事態に。

 あるいは、これはただのバグのようなもので、名前だけでなんの効果もないクラスだったとしても、それはそれて打ち拉がれるだろう。

 つまり、結局のところ、悩みの本質は俺にも良く分かっていないのだ。どうしたいのかすら分からないでいる。

 しかし、絶対に無視はできない。


「セットしたら常時アレが発動した時みたいな状態になっても困りますしね。普通に死ぬし」

「ずっと何か食べ続けるわけにもいかないでしょうしね」


 とはいえ、アーシャさんでもそこら辺の事情を詳細に説明する気はない。結果、それっぽい無難な答えになるのだ。

 アーシャさんもあんまり深くまで踏み込む気はないような返答だし。やった事はないが、多分ずっと何か食い続けても追いつかないぞ、あれ。


「とはいえ、多分使う事にはなると思いますよ。躊躇してるのだって、どっちかといえば万全のテスト体制を整えてるだけって面もありますし」

「それもそうね。あなたのところのサイボークやキメラも、同じように厳重な管理下でテストしたって聞くし」


 そうだったのか。……確かに、< イレギュラー >なんてツリークラスなら、名前だけでも警戒する。

 単にシステム上、分類するツリーが存在しないから定義されているだけとは思うけど。




-2-




「すいまーん、ウォーラスさんは……あ、いた」

「おう、来たなナベツナ」


 流星騎士団クラウンハウス内にある総合生産施設。その共用喫煙所にその男はいた。

 流星騎士団お抱えの鍛冶師であり、上級冒険者でもあるウォーラス・カリッジさんだ。鍛冶のみならず複数の生産を兼ねるこの施設の責任者であるらしいが、ふんぞり返って煙草を吹かしている姿は不良中年にしか見えない。ドワーフをはじめとして、筋骨隆々とした見た目の多い鍛冶師としては、かなり異色のスマートさだ。

 もちろん細身なだけでマッチョではある。ただ引っ掛けただけみたいなシャツから覗く筋肉は、その手の嗜好持ちからすれば眼福なのだろう。実際、鍛冶師なんて裏方なのに、女性人気は高いらしいし。でも、ダンジョン・アタック時はガチガチの全身鎧なので、これはあくまで生産者としての彼の姿である。


「その呼び名はやめて欲しいんですけど」

「別にいいじゃねーか。不都合はねーだろ」

「不都合はないんですがね」


 前世でも時々言われていたのだが、どこかの球界のドンに聞こえて、俺的には違和感しかないのだ。いや、ツナ缶とかシーチキンよりはよっぼどいいんだけどさ。


「今火付けたところだし、こいつ吸い終わるまで待て。……で、どうよ、< 童子の右腕 >」

「調子はいいですよ。ウォーラスさんの言う変形機構は兆候すらありませんけど」

「あると思うんだけどなー」


 以前から、この人は< 童子の右腕 >に何かしらの変形機構があると言っていた。作者とはいえ、《 鍛冶魔術 》で作られた突然変異みたいな装備の隠し機能なんて分かるわけではないのだが、傾向からしてあると感じているのだとか。

 俺としても眉唾物と感じていたが、今はあり得ると考えている。無関係とはいえないイバラの甲冑も変形機構が備わっていたのだから、絶対にないとは言えないのだ。


「……悪い、もう一本」

「別にいいですけど……何かありました?」

「何かっていうほどの事はねえんだけど、煮詰まってんだよ、最近。童子の右腕の時も似たような感じだったから、案外なんかのトリガーなのかもな」


 基本的にいつも気怠げな人なのだが、今日はそれが顕著だ。天井向けて吸っている煙草の灰が崩れそうで怖い。


「スランプって事ですか?」

「一〇〇層攻略用の装備がな」

「あー」


 団長のローランさんが無限回廊一〇〇層超えを果たしたものの、人数としてはたったの一人だ。アーシャさんたちの攻略はまだまだコレからで、装備の更新が鍵になる可能性は高い。

 実際、尖った能力、尖った装備が極まっているこのランクだと、何か一つ装備を変えるだけで劇的な変化が生まれる事も珍しくないらしい。

 そういった劇的な変化をもたらす事が多いのはたいていレアドロップ品だったりするそうだが、本職としては負けていられないだろう。


「新素材は多いが、まだ研究が足りねえしなー。使った事のねえ素材じゃ《 鍛冶魔術 》も使えんし」

「クロガネさんに聞いたんですけど、実は本気装備を作る時にはあんまり使わないらしいですね」

「そーよ。お前のも、煮詰まった時の気分転換の大量生産品に紛れていきなり現れたわけだし。別に腕甲作ってたわけでもねえのにビビるわ」


 そりゃ、作った覚えのないものが出てきたらそうだろう。

 ウォーラスさんの専門は地球でいうところの和装や中華系のデザインに寄ってるから、見た目だけならそこまで違和感はないんだが。

 ちなみに、リグレスさんの戟などは彼の作品らしい。道理で売ってるところを見かけた事がないと思ったら内製なのだ。


「お前も、元日本人ならなんかいいアイデアねえ?」

「現代日本は平和だったもんで」


 なんなら、別に平安時代の武装もほとんど知らないぞ。


「知っとるわ。そうじゃなくて、コンピューターゲームとか漫画とかな。そういうところからのアイデア出し」

「あー……と言っても、そこまで詳しいわけじゃ」


 そういう創造性に富んだ才能は皆無な自覚がある。どっちかというと、美弓の出番だろう。

 とはいえ、別にあいつは同じ所属でもないし、提携している企業もあるので安易に紹介もできない。


「というかウォーラスさん、ゲームとかやるんですか?」

「やるよ。……ただなあ、参考にするにはちょっと迷宮都市の匂いが強いんだよ」

「迷宮都市の匂い?」

「発想が囚われてるっていうのかな。俺たち冒険者やそれを取り巻くシステムが土台にあるが故に、そこから生まれたものでしかないというか」


 こっちのゲームはほとんど手を出していないが、案外そういうものなのかもしれない。何もないほうが常識に囚われない自由な発想が生まれるとか。

 銃社会のアメリカではFPSばっかりとか、そういう社会の土台みたいなものが関係していたりするんだろう。

 ダンマスの再現世界ならゲームのロムを持ってくるくらいできそうだけど、優先度は低いだろうしな。


「そういうのがない、異世界ならではの自由な発想が欲しいと?」

「そうそう。サブカルチャーに限らずな。あー……俺も、サイガーやオーギルみたいに龍世界行きゃ良かったかな」

「サイガーさんたちと知り合いなんですか?」

「鍛冶師……に限った話しじゃねえが、職人には案外横の繋がりがあんのよ。技術交流会とかもあるし」


 そういうものなのか。言われてみれば、他の組織にも所属してる奴らからもそういう話は聞いてるな。

 魔術ギルドのミーネさんが合コンしたくて叫んでるとか、火神の巫女さんが婚活したくて辞めたがってるとか……なんか偏ってる気もするが。


「最近増えてきてるっていう制限付き装備じゃ候補にはならない感じですか?」

「いやまあ、俺が作ったやつにも結構出てきてるけどな。……結局のところランダム姓が強くて悪夢のような厳選が必要になるし、元々似たような装備は揃えてわけで、劇的っていうほどの差はねえし……それこそ、専用装備みたいなもんが出てくれば違うんだろうが、できるのは何故かお前のやつだし」

「なんかすいません」


 とはいえ、そんな事を言われても困る。ありがたいし助かってもいるが、頼んだわけではないし。


「そういえば、今回できた専用装備ってなんですか? 左腕とか?」

「あー、聞いてねえのか。籠手だ。右手用だけ」

「籠手……だと、童子の右腕と干渉しそうですね」


 性能次第だが、ひょっとしたら使い分けが必要かもしれないな。こういう時、《 瞬装 》があるのは強みだ。


「実際に使ってみなきゃ分からんが、干渉はしねえはずだ。おそらく同時に使用できるはず」


 籠手で腕甲と干渉しないってどんな形状なんだ? そりゃそういうものもあるだろうけど、< 童子の右腕 >は腕をほとんどまるまる覆ってるんだが。


「どっちかってーと、強化パーツ?」


 ……実際に見てみないと分からないな、こりゃ。




 ウォーラスさんの休憩は結局もう一本追加されるまで続き、ようやく移動。言っていた通り装備品に期待がかかっているのか、生産施設全体に活気が溢れているような気がする。そんな生産施設の一角にある鍛冶場……というか、隣接する倉庫にまでやってきた。いつものメンテはウォーラスさん個人の個室でやっていたので、ここは初めてだ。


「圧巻……ですね」

「初見の奴はたいていビビる規模だわな」


 倉庫の名の通り、広大なエリアにびっしりと備え付けられた棚には所狭しと装備品が並んでいる。

 こうしてカード化されていない実物の装備品が大量に整理されて置かれているのを見ると、改めて流星騎士団の規模を感じさせるな。

 ほとんどが梱包されているものの、戦闘に使うモノだからなのか、そこにあるだけで威圧感を感じてしまう。


「こいつだ。ほれっ」

「うわ」


 その奥まった場所まで来ると、ウォーラスさんが目的のブツをこちらに投げてよこした。

 梱包材で覆われているにしても、もうちょっと丁寧に扱うもんじゃないのかとも思うのだが、ウォーラスさん的にはいつもこんなものらしい。冒険者が扱う装備品なんだから、粗雑に扱って狂うような調整はしていないと。

 ……それはそれとして他の装備品の扱いは丁寧なので、俺相手限定なのか、あるいは自分の制作物限定なのかもしれない。


「本当に籠手ですね」


 梱包を解いてみると、確かに前腕部分を覆う形の籠手だった。全体的に白っぽい配色で、トゲトゲした童子の右腕とは正反対な凹凸の少ないデザイン。なんというか、人体模型っぽいというか。

 なのに、やはり童子の右腕と何かしら近しいものを感じる。強化パーツと言っているのも案外間違いじゃないかもしれない。


「それで、どうやって確かめましょう?」

「ここでやんのかよ。……干渉の有無に関しては、そいつを着けた状態で《 瞬装 》すれば確認できるだろ。干渉するなら、スキル自体が失敗するはずだ」

「ふむ……」


 さっそく籠手に腕を通すと、《 サイズ調整 》でぴったり俺の腕に装着された。そのまま一度《 瞬装 》で外し、再度装備しても問題なく動作する。

 やはり俺専用なだけあって、しっくりとくる。軽い分、重量のある童子の右腕よりも自然な感じだ。


「ちなみに《 アーマー・チェンジ 》だと部位重複する別種装備には対応してねえから、《 瞬装 》の特権だな。クソうらやましい」


 探索中、戦闘中問わず装備変更を多用するらしいウォーラスさんらしい愚痴である。多数の《 ~チェンジ 》系スキルを保有する彼だが、《 瞬装 》は適性がなかったのだとか。

 そのせいか、雑誌などでもダダカさんを嫌いと公言しているらしい。


「なんなら別ので試してみるか? 剥き出しの腕甲あるし」

「あ、それもそうですね」


 実際に干渉する場合にどうなるか知らないので、試せるなら試しておきたい。

 というわけで、そこら辺に置かれていた別の腕甲を受け取って試してみるが、確かに発動しない。なるほど……というか、俺の印象的にはこっちが正常な動作に見えてしまうのだが。


――Action Skill《 瞬装:童子の右腕 》――


 しかし、童子の右腕で試してみると、本当にそのまま装着された。籠手のほうの感触は残ったままである。

 ……感触は。


「お、ちゃんと装備できたな」

「……ええ」

「動かしてみてどうだ? 装備できる時点で大丈夫だろうが、干渉する部分があるなら調整するが」

「……ええ」

「なに上の空になってるんだよ」


 なんだコレは……軽い。これまで、《 サイズ調整 》された状態でもそれなりに重さのあった童子の右腕、加えて籠手のほうだってそれなりの重さはあったのに、二つまとめて装備したら、まるで自分の腕のように重さを感じない。

 いや、それ以上にこのフィット感はなんだ。


「あー、セット特性ってやつだな。特定の装備を同時に装備する事で発動する特殊な付与能力みたいなもんだ。……うん、《 鑑定 》しても確かに発動してるわ」


 さすがにおかしいと思ったので聞いてみれば、セット特性という珍しいものが発生しているらしい。

 昔からそれなりに存在はしていたらしいが、コレもここ最近になって増えているものなのだとか。ただ、そういったものはたいていドロップ品か、同時期に作ったもの同士で発現する事が多いらしく、個別に制作したものはやはり珍しいとの事。


「つまり、この二つはセットで使われる事が前提になっていると」

「複数パターンの組み合わせで発動するケースもあるが、コレはそうなんだろうな。やっぱり、強化パーツで合ってるじゃねーか」


 ……なるほど。確かにそうだ。あまりに違和感がなさ過ぎて、そうとしか感じられない。

 コレは間違いなく俺の力になる。クラン対抗戦に向けてなんてレベルじゃなく、今後ずっと使い続けるような、そういう装備だ。

 ただ、当然の如く別装備扱いなので、《 瞬装 》するにしてもそれぞれ発動する必要があるし、特性に関しては干渉なしとはいかないのか、無効になるモノのもあるようだ。特にに魔術耐性に関しては籠手単体のほうが上なので、場合によっては童子の右腕を引っ込める場面が出てくるかもしれない。


「それで、この籠手の銘はなんです?」

「あー、《 鑑定 》しねえと分からねえよな。その籠手の銘は< 人鬼の骨腕 >という」


 人鬼……まさか、それは俺自身の事を言ってるんじゃあるまいな。




-3-




 その翌日、ギルドのほうからクラス実験の日程が決まったと報告がきた。

 最短で日程調整が可能な現在の自由さに感動を覚えつつも、場所の確認をしてみればギルド会館ではなく実験区画だ。おそらくだが、以前セラフィーナがクラス実験したのと同じ場所だろう。

 元々はユキをはじめ、何人か付き添いで同席するという話だったのだが、実験区画に入るための申請やらなんやらが追加で発生するらしいので、当日は寂しく一人で向かう事に。……いや、向こうにはディルクとかもいるらしいんだけどね。


 実験区画に向かう電車自体が閑散としているので超寂しい。クーゲルシュライバー見学の時よりはマシだが、車内に数人しか乗客がいない。途中からヴェルナーが乗り込んでくる事もなかった。


「なんか……やたら静かな街だな、この区画」


 クーゲルシュライバーの発着場など、実験区画を訪れた事は何度かあるのだが、今回指定された場所は極めて生活感に乏しい無機質な街だった。駅で降りたのも俺だけだった。

 普通なら通りにいくつもあるだろう店は一つもなく、そもそも人の通りがほとんどない。何人かはチラホラ見かけるし、ビルの案内板を見れば建物の中に店舗はあるらしいのだが、あまりに静かだ。


「にゃー」

「野良猫はいるのか……なんで、こんなところにいるんだか」

「巡廻警備にゃ」

「当たり前のように喋んなよ。ビビるだろ」

「理不尽にゃ」


 コンビニすらない駅前で警備猫に遭遇したものの、やはり人はいない。

 タクシーを待つ間、仕方ないので猫と雑談に興じる事になったが、俺も迷宮都市に毒されてきた感があるな。


「ちなみに、あそこの鴉は定点警備にゃ」

「……異様な光景ではあるが、地味に巡廻警備には向いてる気がするな」


 強盗などへの対処はともかく、巡廻や監視には人間より合っているかもしれない。人間には入れない路地や通路など、この小さい体格ならではの警備方法もあるだろう。

 この、おはぎという名前の猫は労働ギルド所属のれっきとした警備員らしく、< アニマル・セキュリティ >という動物主体のクランにも所属しているそうだ。クランマスターや事務は人間であるものの、一部モンスターや獣人も所属していて、各所に警備動物を派遣しているのだとか。


 そんな一期一会というか、多分二度と会う事もなさそうな猫と別れ、呼び出してもらったタクシーがやって来た。しかし、このタクシーですら無人である。

 謎にSFチックな浮かぶ自動車に乗り、目的地まで連行される。快適といえば確かに快適なのだが、怖い。


「お久しぶりです、渡辺綱」

「セカ……いや、エルシィさんか。こんちわ」


 目的地のビル前で迎えてくれたのは、私服だとセカンドとほとんど見分けのつかないエルシィさんだった。

 ただ、やはり別人なのか、なんとなく雰囲気が違うと分かるのは、セカンドとそれなりに過ごす機会が多いからだろうか。


「ひょっとしてダンマスも来てたり?」

「マスターは新大陸の案件で立て込んでます。連絡はできるので、何かあれば伝言しますが」

「いや、今はいいです」


 新大陸の件に興味がない事もないが、今すぐどうこうという事もない。必要なら言ってくるだろうし。

 多分、今回の件に関しても詳細はすぐに共有されるだろう。


「ここら辺は初めて来たんですが、ずいぶん寂しいところですね」

「箱は出来上がっても、中に入る組織や人員は二割程度なので。こういった実験専門施設くらいしか稼働していない状態ですね」


 ビルの中に入り、エレベーターに揺られながらエルシィさんと会話を交わす。切り替わる表示を見れば……移動先は地下か。


「採算度外視で、必要になるだろうからと着工するとこのような事になります。勉強になりますね」

「はあ」


 それは俺に言っているのか、自分に言ってるのか。


「そういえば、エルシィさん的にはセカンドは今後どう扱うつもりなんですか?」


 道中、なんとなく話題に困ったので、とりあえず共通の存在を出して会話を試みる。


「どう、とは?」

「あーいや、エルシィさんの側近みたいな扱いにするのかとか、技術局や情報局の担当にするのかとか、クーゲルシュライバーみたいな船の担当とか」

「お気付きでしょうが、決めかねているというのが正直なところです。コレはどちらかといえばマスターよりも私の意見ですね」


 まあ、そうだよな。セカンドからもそうだろうと聞いているし。


「私のクローンを作るという実験自体はすでに果たされているので、継続してデータ収集できるなら何させてもいいんですけどね。冒険者でも局長でも医者でも役者でもアイドルでも。今のところ、命令された事をこなすだけの状態から脱却できてませんが、本人が望むなら好きにされるのもアリです」


 あのセカンドがアイドルとか……いや、どうなんだ? 普通に人気出そうな気も。


「セカンドが自分の意思を持っていないとはとても思えないんですよね。この前も、ピコ……インコの腹破裂させそうになってましたし」


 最初はあいつがせがんでたから餌やってたみたいだが、最後のほうは嫌がってるのに限界へ挑戦してたし。


「それは良く分かりませんが、あなたに関しては多少執着のようなものを見せる傾向はあります。渡辺綱……というよりも特異点で関わったものすべてのような気もしますが」

「いろいろあったのは確かですね」


 とはいえ、情緒に関してもいまいち基準が分からんのよな。本来基準になるはずのエルシィさんがこうだし。


「なので、現在クーゲルシュライバーの制御担当にしているサードにはグラッセリエーナ……ラディーネや同行しているロクトル・ベルコーズたちに積極的に関わるよう言ってたりはします」

「エルシィさんはラディーネと親しいんでしたっけ?」


 グラッセリエーナというのは、確かラディーネの前世で使っていた苗字だ。今はただのラディーネである。


「ええ、どうも私を製造した世界が彼女の前世なようなので。平行世界かもしれませんが……一度乗り換えます」


 一度エレベーターから降り、近くにあった別の籠に乗り換える。

 多分、実験施設行き専用のものだろう。エルシィさんだから素通りしているように見えるが、あきらかにセンサー類が多い。普通ならいくつもセキュリティを通過する事になるんだろう。


「そういえば、異世界出身なんですよね」

「ええ。マスターとは次元の間で出会いました。未起動だったのでその時の事は覚えてませんが、おそらく元世界の倉庫が漂着していたのでしょう」


 どんな状況やねんとは思うが、ダンマスならそういう事もあるんだろうなって感じだ。


「漂着していたのが愛玩用アンドロイドの倉庫でなく、戦闘用ならもっとマスターの役に立てたのですが……それは私でないのでゃっぱり駄目ですね」


 自己完結した。本当に人工物なのか疑う発現である。


「ダンマスと並んで戦ってる時点で十分以上に強いと思いますけど」


 まさか、戦闘用ならはるかに強いとでもいうのか。……皇龍の例から見ても、より強い龍がいたわけだし、あり得ない話じゃないよな。


「うーん、まあ亜神化した今はそうですね。元のままならセカンド程度が限界だったかと」

「そのセカンドの時点で相当なんですが……」


 あいつ、実戦経験ほとんどなしでアレだったんだぞ。アンドロイドだからそういうものっていうならそうなんだろうが。


「あーいえ、あくまで素の能力の話です。私たちの戦闘力は装備に依るところがほとんどなので。一応、< アンドロイド >なんてクラスも付いてますが、これはむしろ制限みたいなものですし」

「制限……なんですか?」


 どういう意味なんだろうか。これから同じ< イレギュラー >ツリーのクラスをテストする身としては無視できない。

 普通、クラスってのは所持者の能力を補正し、強化し、成長の方向性を定めるものだ。マイナス効果もあるが、それを含めての方向性……役割としての補正強化だと思っている。


「< サイボーグ >や< キメラ >も同様ですが、< アンドロイド >もまた単一のツリーとクラスに固定化されている特殊なクラスです」

「ええ」


 そう、キメラもボーグも自身の代名詞のような< イレギュラー >クラスに就いてはいるものの、それ以外のクラスを取得できない。とはいえ、奴らからは他のクラスを取得できない悩みはあれど、クラスそのものへの不満は聞かない。

 ユニーククラス故に未だ謎な部分は多いものの、その詳細を見てみると、異色極まる特性ではあるものの、各々のスタイルには十分合致していて、補強してくれてはいるのだ。単品で見ても強クラスの類だろう。


「グラッセリエーナが提唱・発現した< サイボーグ >と< キメラ >には単体での発展性がありますが、< アンドロイド >にはそれがほぼありません。私やセカンド、サードは最初からクラスの伸び代がない状態で無限回廊のシステム化に置かれているわけですね」

「……それにしては随分強いですけど。いえ、少なくともセカンドは」

「強化は装備開発に依るところがほとんどですね。極論、同じ装備を使える処理能力さえあれば、近しい戦力を発揮できるのです」


 なるほど。子供に銃を持たせて訓練すれば少年兵として成立するような感じか。

 重火器に技術が必要ないなんて言うつもりはないが、その他の武器よりははるかに影響が出難いのは確かだ。

 加えて、アンドロイドはそれらを十全に扱うスペックを元から備えている。慣熟訓練は必要なようだったが、文字通り慣らしで済むのだ。


「なので、今回のテスト……引いてはその後に見えてくるかもしれない展望には期待しています」

「えーと、どう繋がるんです?」

「あなたの新クラス< 飢餓の暴獣 >は< イレギュラー >クラスです。これは確認された中で初の、通常クラスにあとから追加される< イレギュラー >クラスなので」

「…………」


 確かにそうだ。ここで何かしらの発展性が見られれば、他の< イレギュラー >クラスにも展望が見える……かもしれない。

 元々、詳細不明なクラスをまとめているだけに見える< イレギュラー >だから確実じゃないが、突破口が生まれるかもしれないと。


「……まさか、セットしたら他の< イレギュラー >クラスみたいに固定化されたりしませんよね」

「分かりません。ただ、そのためのここなので」


 仮想クラスとして疑似的にセット可能なここなら、その事前確認ができるかもしれないと。

 正直、過剰な対応かと思っていたのだが、クラス自体の性能確認以前に、正常にセットし外せるかどうかのテストも兼ねていたのか。




『さて、準備はいいですか、渡辺綱』

「はい」


 それから施設に到着し、専用のポッドに入って準備完了。多少の圧迫感はあるが、MRIみたいなものでそこまでではない。

 テスト中のアナウンスはエルシィさんが担当するようだが、周囲には技術担当者が多数。その中にはディルクの姿も見えた。何故かセラフィーナもいるが、アレはただくっついてきただけだろう。


『それでは改めて説明を。今回のテストは仮想空間を使わず、クラスの着脱確認、その上で問題が見られなければ性能テストや特性確認を行います』


 クラスの仮想テスト用の空間にも興味はあるが、セラフィーナたちがテストした< 万能手 >および< ミラースロット >とは条件が異なるため必要はない。

 一応、疑似的な仮想セットも行うようだが、基本的には実際にセットしてのテストになる。


 果たして、これがどういう結果になるのか想像もつかない。

 俺がどうなって欲しいのかも分からない。むしろ、何かあってほしいとさえ考えているような気さえしている。


『それではカウントダウンの後、テストを開始します』


 エルシィさんのアナウンスに続き、無機質なカウントダウンを聞きながら目を閉じる。

 そして、そのカウントがゼロになった瞬間……。




-4-




「……また、ここか」


 何故か、俺は崩壊した地球にいた。

 かつて前世を過ごした日本。魂の門で突き付けられた己の罪。唯一の悪意や因果の虜囚によって地獄と化した東京の地に。

 不思議と、この状況にあって俺は冷静だった。あるいは、どこかでこうなるかもしれないと感じていたのかもしれない。

 本質的にどういう状態か分かるのもあるだろう。

 ここはきっと、俺の潜在的な部分が創り出した精神世界のようなものだ。

 それも、《 魂の門 》で訪れたような強度の高い場所ではなく、記憶を元に模しただけのもの。


 何もかもが悪意によって歪み、滅びたあとの世界……を模しただけの空間を歩き出す。

 核戦争後のポストアポカリプスだってよっぽどマシだろうと思わせる地獄。……いや、本質的なそれを見れば地獄のほうがマシであるかもしれない。

 それらのすべてが俺の罪だと突き付けられているようで、全身に、魂に重く伸し掛かる。

 しかし、それはすべて受け入れたものだ。乗り越えてはいなくとも、背負うと決めたものだ。

 魂に訴えかけるような変質の負荷も、俺の中から生まれた擬似的なものに過ぎない。脆弱な精神であればおそらく変質するような再現度だろうが、今の俺には関係なかった。

 一歩歩くたびに自分が別の何かに変わる感覚だってただの再現。

 すべてが敵として放つ悪意だってただの再現。

 己の体内から変性した悪意が飛び出してきそうな感覚だって再現だ。

 すべてはかつて俺が、美弓が、地球のすべての存在が体験した事を思い出し、精緻に描写しているに過ぎないのだ。

 苦しいだけ、辛いだけ、今更そんなもので足を止める事はできない。


 向かうのはいつかのルート。地球で辿った、魂の門で辿った、死の間で何度も繰り返し見せられた道。

 正確な道順を辿るわけではなく、ただなんとなくそこに向かうだけで辿り着ける。

 東京の亀裂には答えがある。そこに何があるのか分からないが、何もないとしてもそれが答え。いつかのように第二門の先に向かう必要もなく、そこがゴール。

 果たしてそこに因果の獣は……飢餓の暴獣はいるのか。その回答を目にするため、ひたすら悪意に彩られた道を行く。


 亀裂に近付くにつれ、再現された変質に足取りが重くなるのは今尚残る俺の心の弱さだろう。

 俺が代わりに罪を追わせたあいつが、俺が食らったあいつが、土蜘蛛なんて未練じみた名を残したあいつがいるかどうかを確認する事に恐怖を覚えている。

 俺が正常に乗り越えていれば、いるはずはないのだ。もしまだいるとしたらそれは心の弱さそのもの。

 そして、俺はどこかでまだ存在している事を望んでいる。


「……まあ、そうだよな」


 亀裂を越え、かつてあいつがいた場所にそれは存在していた。

 多数の脚を持つ、見上げるばかりに巨大な獣のシルエットがそこにある。

 ただし、それはハリボテのようなもので、触れれば消えてなくなるような幻のようなものだと認識してしまった。


『我は汝そのものなのだから当然だろう』


 聞こえるその声だって幻聴。あるいは俺自身が再現しているだけの未練に過ぎない。

 そんな事は分かっているのだ。分かった上で食らったのだから当然。

 なのに、あんなクラスが発現して期待してしまった。どこかに名前以外の痕跡だって残っているのかもしれないと。


 幻に手を伸ばし、触れる。

 それは指先がわずかに触れただけで霧散し、塵となった。


[ 第二ツリーにクラス< 飢餓の暴獣 >をセットしますか? ]


 答えはYESだ。

 きっとこれは俺の弱さが見せた幻覚だが、あいつが最後に残した痕跡と決別するための儀式なのだと思い込む事にした。

 ……それくらいならいいだろうと。




 目を開くと、まるで何もなかったようにポッドの内部が視界に入る。


『渡辺綱、どうですか?』

「……問題ありません」


 理解した。理解してしまった。これはただのクラスだと。

 名前だけのバグでは決してない、ちゃんとした能力を持つ、おそらくは優秀なクラス。

 ……しかし、それ以上ではないと。


 あいつの残滓ではあるのだろう。推測するなら、《 土蜘蛛 》と《 因果の獣 》を得て尚足りない部分を補完するために発現した穴埋め。

 しばらく続いていたレベルアップしない現象、俺の魂に深く刻まれた罅を埋める長い処理がこれを発現させたのだ。


『……いきなりクラスレベルが3になっているんですが』

「まあ、慣れ親しんだスキルでもあるんで」

『《 因果の獣 》のほうに連動しているんですかね?』


 ……かなり特異な現象だが、前例がないのだからそういう事もあるのだろう。

 多分、一度外してもそのままのクラスレベルになる気はする……と思っていたが、実際にそうなった。

 エルシィさんは首を傾げていたが、すぐに渡辺綱だしという表情に切り替えたのが分かった。なんでやねん。


『では、引き続き各種計測と特性調査を……』


 とりあえずの安全性が確保できた事で、実際にクラスをセットしてのテストは場所を変えて行う。ギルドの訓練場よりはかなり手狭だが、簡単なテストだけなら困らないだろう。


「あの……大丈夫ですか?」

「ああ」


 よほどひどい顔をしていたのか、移動中にディルクが声をかけてきた。

 何も言わないが、隣にいるセラフィーナまで心配そうな顔をしている事に衝撃すら感じる。


「……自分では分からないでしょうけど、見た事ない表情してますよ」

「不都合は何もない。単に、未練みたいなものと折り合いをつけただけだ。ただそれだけなのが精神的にキツイ」


 落胆。一言で言えばそんな事なのだろう。

 ある意味想像通りで、覚悟していたのに、その結果に落胆してしまっている。

 なんて情けないとあいつに言われそうだが、それすらも願望。



 そんな、モヤモヤを晴らしたあとに残った虚無感のようなものを抱えつつ、調査を始める。

 かなり本格的なもので、いつかサローリアさんとやったような個人でできるようなものではなく、なんだか良く分からない機器を大量に使った尺度の分かり難いレベルのテストだ。

 気付いたらあらゆる意味で丸裸にされそうなテストは、プライバシーに気を使う者であれば恐怖すら感じるかもしれない。別に俺は気にしないが。


 なんとなくだが、自分自身でも体感できるので性能評価はある程度スムーズに進捗した。

 結果として、謎な部分はかなり残るものの、ある程度のクラス性能は判明する。


「メインは飢餓の暴獣状態のコントロール」


 かつて発動していたあのパッシヴスキルを、ある程度能動的に再現・制御できるようだ。

 感覚としてベレンヴァール戦の時に感じた、理性で本能を抑え込む状態に似ているが、調整も可能らしい。

 ようは任意で暴走状態を制御し、その団塊によって各ステータスも補正を受ける能力が付与されたクラスである。

 もちろん、似ているだけでそのものではない。スキルではないから発動メッセージもない。


『《 飢餓の暴獣 》という状態になってますね』


 代わりに毒などの状態変化のようにステータス表示はされるらしい。無効化すればコレも消える。

 ある程度条件は緩和できるようで、飢餓状態でなくとも肉体ダメージがなくともHPが残っていても有効化できるようだ。有効化した瞬間に腹は減るので、必然的に飯を食いつつのテストとなってしまった。

 ただ、条件を無視して有効化させても効果は微々たるものでしかない。元の発動条件に近付ければ、本来の性能が発揮できるのだろう。

 つまり、感情の起伏によって明確に能力が変化する劇場型クラスである。

 正直、扱いはなかなかに難しい。戦闘状態に入ると勝手に思考が暴走したり、抑えが効かなくなる。……ただまあ、ここら辺は慣れだろう。

 ベレンヴァール戦からこちら、《 飢餓の暴獣 》発動状態でも思考は制御できていたのだから。


 あとは、この状態でならモンスター技も使える事が分かった。

 状況に合わせて瞬間的に《 食い千切る 》や《 噛み破る 》を発動させるのは相当に厳しいが、訓練次第ではそういう使い方ができるかもしれない。

 噛み付きという超クロスレンジではあるものの、HP貫通、魔術障壁貫通の奥の手があるのは大きい。


「多分ですがこれ、CLv2以下だと常時暴走状態になってましたね」

「なかなかに使い難そうなクラスですが、まああなた専用でしょうし問題ないでしょう」


 戦闘状態を判断して切り替わる《 飢餓の暴獣 》とは違い、平時との差が少し曖昧な気がする。これだと周囲に無差別攻撃を仕掛けたり、そこまでいかずとも膨大なカロリーコストを支払って内蔵や骨まで消化するまで止まらないなんて事になってそうだ。


「ふむ、世の体型維持に苦心する女性から羨ましがられそうですね」

「ダイエットの経験も願望もないんですが」


 エルシィさんのジョークはどこまで本気か分からない。女性がみんな暴獣な社会とか普通に嫌だよ。


「それで、結局そのまま使うという事でよろしいですか?」

「……ええ」


 ただの残滓であると認識してしまったが、ただの未練かもしれないが、それでも否定をするつもりはない。制御面ででかい欠点を抱えていようが普通以上に優秀なのだから、使わない手はないのだ。


 ……あとは、当座の目標としてクラン対抗戦までにこれをどこまで使いこなせるようになるか。

 ひょっとしたら実戦でも調整し続ける事になるかもしれないが、そこは諦めるしかない。

 夜光さんは全力でこいと言っているのだから、不安定だろうが最大出力が期待できる状態で挑むべきだろう。


「情報公開はどうしますか? ユニークかつ前例のない話なので、ギルドからストップかけられますが」

「……非公開で」

「となると、しばらくは???と表示される事になりますね」


 基本クラスは公開情報なので情報戦の面ではちょっとズルいが、なりふりかまってられる戦力差じゃないしな。

 いつかのテレビ番組のように、謎スキルならぬ謎クラスを抱えた渡辺綱選手が出場する事になるのだ。




(*´∀`*)「くっくっく、試合前に情報を丸裸にしてやるぜ」

(*■∀■*)「???」

(*´∀`*)「???」

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引き籠もりヒーロー

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― 新着の感想 ―
ひっかきみたいなのがあれば劇的に楽になれそうなのにな
感情の起伏で能力が変化したり、条件を満たさないで発動すると効果が低かったりするのは、サージェスの【パージ】と似た仕様なのかな。 ……また一歩、変態に近づいたのか……
「ニャッ?アレはナンにゃ!」 対抗戦のツナを見物に来たチッタにだけはツナの頭上に 「チッタ特効」 の表示が見えたとか見えなかったとか。
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