第19話「地霊院カミル」
特に元旦に関係のある内容ではありませんが、どうせならという事で今日更新。(*´∀`*)
というわけで、今回は【第9回二ツ樹五輪プロジェクト】その無限の先へ 第4巻出版(*´∀`*)の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定7名)」に支援頂いたみわさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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< 生命の樹 >から戻った翌日、本来のスケジュールであればすでに迷宮都市に戻っているはずの俺たちは、未だ開拓村マレイガンに滞在していた。
原因はもちろん、土亜ちゃんが連れ帰った……なんと呼べばいいのか分からないアレである。
当たり前だが、あんなモノを隠し通せるはずもなく……というか、隠す気もなかったのでそのまま迷宮都市に報告。まったく新規の存在を連れ帰るだけでも結構ややこしい手続きが必要になる上に、あんな謎存在を連れ帰るとか、当然のように大問題なのでダンマス案件へ発展した。
普通ならどの程度時間がかかるか分からないが、ダンマスが出張ればせいぜい数日だろうという事で、手続きの手間を減らす意味もあって俺たちも待機する事になったのだ。
元々、外部ダンジョンの攻略なんてスケジュール調整のし難いイベントだ。予備日を含めてかなり余裕を持ったスケジュールを組んでいたので、それ自体は特に問題ないと全員素直に待機を受け入れる。
……それは別にいいのだが、結局のところ問題はどこまでいってもあの土亜ちゃんダッシュである。
幼女がまったく同じ顔の幼女を背負って現れた直後こそ大混乱した俺たちだったが、数瞬の後、何人かは思い至ったのだ。ああ、カミルが土亜ちゃんを呼んだのはこのためで、自身の分霊とやらを土亜ちゃんに託すためだったのだろうと。
その割には土亜ちゃん以外に会った全員が全員、会話の中でまったくといっていいほどこの事に触れられなかったが、そういう事もある……わけねーよ。どんなサプライズだよ。カミル、そんな事をして愉悦するタイプじゃなかっただろ。これから静かに眠りにつこうとしている奴の行動じゃねえだろ。
「うちが無理矢理連れ出したんよ」
……なんと、土亜ちゃんの独断だった。
本人に詳しく聞いてみれば、カミルが土亜ちゃんを呼んだのは、獣神姫の力の一部を継承させるのが目的だったらしい。もちろん、お互いの合意がなければ継承はできないが、永劫に近い眠りにつくカミルからすれば自身が生きた最後の証、遺言のようなものだったのだろう。
本人こそ知らないが、相性や適性の問題は確認済だ。未来で起きたという事故のような融合ではなく、最初からそのつもりで手順を踏めば、特に不具合もなく力だけを継承できるだろう。加えて、未来世界のように人格を占拠する必要もない。
そのものでないにしても獣神姫としての力には立場が含まれる。獣神や獣人、果ては精霊や妖精種を含めたアレコレは付いて回るものの、メリットは限りなく大きい。土亜ちゃんの立場から見ても、力なんかいらないと言い出す事はないはずだ。ましてや、立場ある者の遺言のようなモノを受け取り拒否など、普通の感覚であればできるはずがない。相手に多少でも敬意を抱いていれば尚更だ。
しかし、当の土亜ちゃんはそれを真っ向から一蹴。自身の力でカミルの分霊を創り出すから、そちらに力を継承させて魂を固定化させて、その体で生きろと言い出した。
カミルからしても、果たしてそんな事が可能なのかという疑うような未知の手段だったものの、土亜ちゃんは眼の前でそれを行使。器となる素体を創り上げてしまったらしい。見た目が土亜ちゃんそっくりというか、色以外そのままなのは外見に余計なリソースを割かないための仕様なのだとか。
そんなとんでもない魔術をその場のノリで行使しても良かったのかと言われれば当然の如く問題で、迷宮都市でも禁術扱いらしい。しかも、単体では不完全極まる術であり、獣神姫の力と< 生命の樹 >という神域あってようやく実現できたという有り様。
参考例としては< 鮮血の城 >でロッテが行使した《 死の追想 》だろうか。アレも自身以外に多くの補助があって初めて成立する魔術である。
そして、その術自体は成功。カミルの眼の前に選択肢を生み出してしまった。それならば、確かに永劫の眠りは必要ないかもしれないと。
当たり前だが、すでに眠りにつく気だったカミルは、そんな離れ業を提示されて困惑しただろう。今回、集まった者たちとの邂逅で未練のようなものは解消し、あとは仕上げだけのつもりだったはずなのだから。
この土亜ちゃんの行動について、俺は正直あまりいい印象は抱いていない。禁術を勝手に使ったり、倫理的な問題についてあれこれ言うつもりはないが、それはカミルへの侮辱に他ならないのではないかと。今回参加したほとんどのメンバーは似たような感覚で捉えていたのか、その説明を聞く表情が渋い者も多い。情緒に乏しいセカンドでさえそうだ。
しかし、残念ながら土亜ちゃん的にはそういう矜持のようなものに納得できなかった。生きれるのなら生きればいいという考えを真正面から力技で解決しようとした。
そして、最終的に折れたカミルが、ほとんど分身ともいえる娘を創る事で決着する事になったらしい。今更舞台から降りるのをやめるつもりはないが、自分の代わりの後継者が今の世を生きるのも、それはそれで構わないのではと。
その時どんなやり取りがあったかは分からないが、カミルは土亜ちゃんに多大な恩と負い目を感じている。無視はできなかったはずだ。ひょっとしたらすでに器が用意されてしまっていたから妥協したという可能性もあり得る。実際、この結末に至るまであれこれと言い争いもしたらしく、やけに長い待ち時間はそのためのものだったのだ。
「看取る手伝いをしろとか、そんなんうち知らんもん」
それはどうなんだと批難も受ける中、そう呟く土亜ちゃんの目には強い意思と涙が浮かんでいる。
まあ、土亜ちゃんの言う事も理解できなくはないのだ。俺の趣味に合わないというだけで、そのほうがいいと思う人も多いだろう。
下手に力があるからゴリ押しできてしまうのも、ダンマスから続く迷宮都市的な慣習であり悪癖で、それを色濃く学んでしまった結果なのかもしれない。
聡い土亜ちゃんだから、矜持とかそういうものを理解できないわけじゃないと思う。理解した上で、自分はそう思わないからとゴリ押しするのだ。
正当性を盾に正面からゴリ押しするストロングスタイルはリグレスさんの性格ともまた違うまっすぐさで、一般的に常識的とされる大人ほどやり難いかもしれない。
「まあ、ああして誕生してしまった以上、今更なかった事にはできんだろうしな。……そもそも、結局あの……なんと呼ぶか困るが、どういう存在なのだ」
正攻法を多用するリグレスさんでも多分に呆れを含ませつつ、新しく誕生したカミルの後継者についての説明を促す。
そのカミルの分身体は、今のところ土亜ちゃんを囲んで会議している部屋の片隅に置かれたベッドでスヤスヤと寝息を立てている。< 生命の樹 >からここに戻ってくるまで一日経っているが、まだ一度も起きていない。意識不明とかそういう話ではなく、赤ん坊のように寝ているだけだ。
「名前は、うちが……まー多分、地霊院で引き取る事になると思うから、地霊院カミルでええんやない?」
「問題はないが、紛らわしいな。……区別は付くからこの際構わんか」
この世界でも、地球でも、親の名前を子が継承するのは別段珍しくないしな。ジュニアとかシニアとか。
「読みはそのままとして、漢字にせんの? 四神宮の一族って命名ルールみたいなもんあったやろ?」
「それはやめてやれ」
燐ちゃんの提案はリグレスさんが即座に一蹴。確かにそんな暴走族みたいな名前は可哀想だ。
「ウチの命名ルールやと変やけど、真白ちゃんとかも外れてるからカミルでええと思う。養子も大抵そのままやし」
その命名ルールというのは、土亜ちゃんや風花、水凪さんみたいな属する四神に近い字を使うアレだろう。火の巫女さんもそうだったはずだけど、縁が薄いのでちょっと名前が出てこない。
「それで、カミル様……いや、地霊院のほうのカミルは記憶を継承していたりはするのか?」
「しとらん。あの子はカミルの力を受け継いだだけの、まっさらな乳児みたいなもんや。多分やけど、まだ喋れもせん」
「赤子のようなものか。地霊院の娘として生きるというなら、保護的な問題はないな」
「土亜があんまり子供っぽくないから、おばさんたちは素直に喜ぶかもしれんね。もう四神宮やし」
「実家でのうちの立場が乗っ取られそうやなー」
どういう会話だ。普通なら、子供が別の子供拾って来たら家族は反応に困るだろうが、普通ではなさそうだしな。
親戚である燐ちゃん曰く、土亜ちゃんは手がかからな過ぎて、両親としてはむしろ不満だったらしい。家系的に子沢山で、周囲の家庭を見て子育てがどんなものか知った上で覚悟していたなら、こんな出来過ぎた子供が出てきたら確かに拍子抜けだろう。
いや、今回の一件を考えれば手がかからないというのもまた違うのだろうが、とにかく子供っぽくないという意味だ。
実際、時折見せる子供っぽい仕草や口調も、実はあんまりそんな感じはしないんだよな。演技というほどではないが、あえてやっているような感じがするのだ。
その点、ニンジンさんのほうがまだ子供っぽい気がしている。種族的な違いがあるのかもしれないが。
「結局、迷宮都市側の対応はどうなんですか? そもそも、どこが引っ掛かってて待機になっているのか分かりませんけど」
「それがいまいち分からん。ダンジョンマスターには伝わっているはずなのにコレだからな。普通に考えるならあの子の事なんだろうが、向こうで向こうで忙しいらしいから、そっちの問題かもしれん」
「忙しいって……」
昨日のカミルとの会話から、なんとなく予想は付くが。
「報告の時に聞かされたが、新大陸が正式に出現した。中には謎の古代文明と古代人付き。……ここにいる連中ならおおよそ予想通りのシロモノだろうよ」
古王国アフラ。そのものかどうかは怪しいが、何かしらを継承した……カミルが反応する程度には近しいものが現代に蘇った。
それを求めていたリリカ的にはどうなのかと様子を伺ったが、別段表情には出ていないな。
「ツナの場合、ダンマスに行けって言われるのがオチだよな」
「それはむしろお前だろう。カミル様に言われたではないか」
「……よしツナ、一緒に行こうぜ」
「なんでそうなるんだよ」
これまでも、獣神の加護をもらう時はいつも別行動だろうが。
「まあ、タイミングが重なっただけで、取り立てて緊急の問題が発生しているわけではないらしいから、この待機はそう長くもなるまい」
こちらも緊急の用事があるわけでもないから待機の件は構わないんだが。
連絡をとるにしても、日々のアタック関連以外はせいぜいクラン対抗戦のチーム戦メンバーを決めるくらいか? 個人戦代表は俺で決まっているが、それ以外は六月昇格組の様子を見るのもあって白紙だったし。希望者が多いなら選抜しなきゃいけないし、個人戦と違ってパーティ内のバランスもある。この待機が長くなるようならユキに準備してもらわないと。
「とりあえず、今日はこれで解散としよう。何かあったら《 念話 》を繋ぐから、あとは自由行動で構わん」
「あのー、それならこの縄解いて欲しいのねー」
「お前はしばらくそこで反省してろ」
柱に縛られたままのインコはいるが、今日のところはこれで解散となった。
……小カミルほどじゃなくても、待機する理由の一端にはお前の申請もあるんだからな。
-2-
「ちょっとキ村に行ってくる」
リリカからそう告げられたのは、解散してから少し経ってからの事。赤ん坊のようにスヤスヤ眠る小カミルを前にキャッキャしている土亜ちゃんと燐を、少し離れたソファから眺めていた時の事だ。
「キ村? ……ああ、木村さんとやらが村長してるっていう。……そういえば、杖の材料見に行くとか言ってたな」
「そう」
会議のような何かが終わった直後、リリカからそう打診された。
リリカの杖と同じ素材というだけならこの村にも売っているが、直産地のほうが安かったり、それ以外の素材があったりするらしい。
村から移動するには別途申請が必要だし、時間がないならここでって事になりそうだが、時間ができた今の状況ならどうせならって感じにもなりそうだ。
「別に構わんが、村を離れるならできれば二人以上で動いたほうがいいな」
「じゃあ、ツナ君で」
極普通の提案をしたつもりだったのが、まさかの指名を受けてしまった。関係性を考えるなら別段おかしな選択でもないのだが、潜在的に自分を候補から外していた俺は少し動揺してしまった。
「……まあいいけど、何か理由でも?」
「え? お金借りるかもしれないし」
「…………」
一瞬でもビビった自分が馬鹿だったかもしれない。
というか、ガウルとリグレスさんは揃って不在だし、キャッキャしてる燐ちゃんと土亜ちゃんはここを離れる気はなさそうだし、あとはセカンドか俺くらいしか候補がいなかった。連絡時の保険ってだけなら縛られてるインコでもいいのかもしれないが、あんまり任せたくない。
セカンドに金の話をするわけにもいかないので、彼女に居残り組を任せて俺たちは村間を繋ぐ専用の転送ゲートに向かう事にした。
手続きは必要だが、迷宮都市の帰還と違ってこちらはすぐに済む。
[ キ村 ]
マレイガンと各村間の連絡用転送ゲートを使い、やって来たキ村。
来る予定はなかったので、下調べのようなものはほとんどしていない。事前情報もせいぜい造園、植林、暗黒大陸の植物研究などを専門に行う拠点で、居住者も主にその職業関係者、外部との接触はかなり限定的……という事くらいだ。
同じ暗黒大陸の開拓村だが、迷宮都市とのハブ拠点としての役割を持つマレイガンよりは小規模と、なんとなく田舎集落のイメージを抱きつつ、よそ者に厳しい村だったら嫌だなーと思いながら訪れたのだが……実際に訪れてみると印象はまったくの別物だった。
「なんだ、あのアホみたいに長い木」
まず目についたのは、かなり遠方にあるにも関わらず見上げるほどに長大な樹。ただ長いだけでなく形も奇妙で、枝らしきものがなく、葉も頂点部分にしか見られない。まるで木材として使うためだけに無駄を削ぎ落として創られた樹と言わんばかりの姿が整然と並び、一見すると壁のような景色を作り出している。いや、どちらかといえば簾のほうが近いだろうか。とにかく、異様な光景だ。
遠景に目を奪われがちだが、良く見れば近くの光景からしてすでに異様。多種多様な樹が測ったように定感覚で大量に植えられている。あくまで産業用と言わんばかりに整然と整えられた森がどこまでも続く、人工的な自然という相反しそうな言葉が浮かぶ不思議な空間が広がっていた。
生えているものや規模はまるで違うが、どことなく嵐山の竹林を思い出す。
龍世界やこの大陸の禁足地でも巨大なスケール感を味わってきたが、それらとは方向性の違う光景。……なんというか、村というよりも巨大な工場というのがイメージに近いだろうか。
案外、この世界の住人的には普通だったりするんだろうかと思ってリリカのほうを見ても同じように唖然としていたから、やっぱり異常なんだろう。
「あーどうも、渡辺さんとリリカさんですか? 案内役の木村です」
そんなところに、一人の少年と言っていいくらいの男が話しかけてきた。申請を出した時に案内人を付けてくれるという話だったので、彼がそうなのだろう。
実際の年齢は分からないが、せいぜい高校生……どれだけ高く見積もっても二十歳はいっていないような若さである。
「木村って、村長さんの? 随分若いんですね」
「それはウチの親父ですね。私は息子の木村太一と申します」
ああ、なら本当に見た目通りって事もあるのか。
しかし、間違っても日本人に見られない容姿で木村太一っていう名前もなかなかにギャップが強いな。
「苗字だけじゃなく、名前のほうまで日本語名なのか」
「は? あ、ええと、確かにそうらしいですが」
こちらの出自を聞かされていないらしい木村……だと紛らわしいので太一さんは、日本名っぽいというツッコミが意外だったらしい。
実際に日本名っぽいものを選んで父親に付けられた名前らしいが、多種多様なこの世界の命名ルールでは気付かれる事は少なく、日本語に慣れた迷宮都市の住人ですらサラッと流される事が多いのだという。
気付かれるのは大抵文字にした時で、むしろキムラという苗字ですら極々自然に認識されてしまっているらしい。
俺がこの名前と見た目に違和感を感じてしまうのは、元日本人としてのイメージが強く残ってしまっているからなのだろうか。だって、知り合いに結構木村さんいたし。
「マヤも、同じ名前の人に会った事がある」
「ああ、確かにいそうだな。……渡辺は?」
「それはいない」
聞いてみれば、リリカの認識上でもそんな感じだったようだ。まあ、ユキも探せばいそうだし、水凪さんくらいで怪しいかなってくらい?
「そういや、リリカって名前の日本人もいたな」
「え、そうなんだ。どんな漢字で書くんだろう」
「いや、パッとは出てこないが」
莉々華とか梨々花とか? だいたい々が付きそうな。……そういや、日本人名っていえばエリカもか。むしろ、あいつのほうが多いだろう。
……そもそも、あいつはどういう経緯で名付けられたんだ?
「なかなか興味深いですね」
そんな話をしていたら、関係のある出自の太一さんも興味を持ってくれたのか、少し話が弾んだ。
一番興味を持ったのはやはり元日本人という部分で、父親はダンマスに会った事がある……というか、だからこそこんな名前になったのだろうが、息子のほうは日本が存在するか怪しいと思っていたそうな。
じゃあ、散々情報がある地球はなんなんだよって感じになるのだが、ここまで影響を受けていても異世界なんてそんなもんって事なんだろう。
……話題に乗ってくれて助かった。ひょっとしたら顔に出てたかもしれない。
「興味があるのはオルガンという話なので、今日は魔道具素材関連の加工場を中心に案内しましょう。近いですし」
というわけで、少数観光者向けの小型車に乗せられて移動。近いと言っても、車で数十分はかかるらしい。
最近はかなり鈍くなっているが、やはりこういう世界で当たり前のように車の助手席に乗るのは違和感が強い。当たり前のように右ハンドルだし。
……あ、極自然に助手席に座ってしまったが、リリカがやたら不安そうにしている後部座席のほうがよかっただろうか。いや、不自然か。
「店じゃなく加工場なのか」
「こっちには迷宮都市の人もほとんど来ませんからね。一応、マレイガンのほうは店もあるようですが」
「その分安いと聞いた」
「そうですね。ただ、まず加工前……素材そのままか商品の形になる部品が主で、取引する場合も単位がかなり多くならないと」
それはそうだろうな。ここはそういう商売の上流部分だろうし。
こうして見学に来てしまったから何もなしというのは心苦しいが、最悪は手ブラで帰還という可能性はある。
「売り物にならない端材などは頼めばもらえるかもしれませんけどね。ここの子供たちは、そういうものをおもちゃにしているところもあるんで。彼らが作った小物で出来のいいものはマレイガンで売っていたりするので、良かったらお土産にして頂けると制作者も喜びます」
「太一さんも経験があったりとか?」
「あはは、私は不器用なもんで、むしろ木工細工は避けていたというか……」
なかなか独特な文化が構築されているようだ。移動時間だけ見れば迷宮都市とそう離れているわけでもないが、いろいろと申請が必要になる以上はどうしても独自化するのだろう。
迷宮都市の管理下ではあっても、法律や制度などがそのままというわけでもなく、せいぜい半々程度。子供の教育に関しても、地元の学校でできれば義務教育まで、出来がいい奴は迷宮都市の学校に進学という形になるのだとか。前世で東京の大学に進学した俺としては少し親近感を覚える。
少し面白いのは、迷宮都市の住人ではない暗黒大陸の原住民なども、ここの学校を利用したり、そのまま就職したりしている点だろうか。
開拓者と原住民って大抵ギスギスしそうなものだが、少なくとも現在の関係はかなり円満で、一部の頑固な者を除けば極々自然に溶け込んでいるらしい。
流れで迷宮都市で学生をやったり就職する事もあるので、冒険者以外での数少ない窓口になっていそうだ。もちろん冒険者になる者もいて、多分白薔薇のトップ二人などはそういうルートなのだろう。あの人たち、ここの出身らしいし。
「迷宮都市に憧れる子供たちは多いんですよね。私などは父から直接大変さを聞いているので、特に冒険者業についてはそれほどでもないんですが」
そんな事を言っている太一さんでも一度は冒険者を志したらしいが、駄目ではないが有望視されるほどではないという微妙な適性結果に諦めた口らしい。
まあ、大多数の外部冒険者のほうに必須とされているわけでもなく、食っていける基盤があるならそのほうがいいだろう。親が経験者なら、ましてやそこそこ活躍した上での引退者なら、よほど才能があるのでない限りは普通に止めると思うし。
世襲制かどうかは知らんが、村長の息子ならそれこそあとを継ぐって道もあるだろう。
「ここらはもう加工場の敷地ですね」
車に乗ったまま、いつの間にか目的地に到着していたらしい。
道路があって、信号機もあって、なんなら電車が走りそうな線路や踏切まであるという、なんとも規模のでかい工場だ。
そのまま数分走って駐車。加工場の中へ。業種故か、扱う物のでかさ故か、建物がいちいちでかい。普通サイズの建物なんて、途中にあった事務所っぽい建物だけだ。
「こんにちは、パルジムットさん」
「ん? なんだ坊か。そっちは観光客……って冒険者か。珍しいな。ここの工場長やってるレサ・パルジムットだ」
加工場の入口で責任者っぽいおっさんに挨拶。すごい髭面だが、ドワーフではなく多分人間だろう。あの人たち、たいてい髭でオシャレするし、周りにチラホラいる推定ドワーフさんと比べれば無精髭の類だと分かる。
一発で冒険者である事を見抜かれたが、武装がないだけで昨日の流れのまま来ているので、分かる人は分かるだろう。
「冒険者は珍しいんですか?」
「いねえわけじゃねえが、ここまで来るのは大抵業者だな……というか、良く見りゃあんた、渡辺綱じゃねーか」
自己紹介もしてないのに名前看破されたぞ。いや、ここも一応迷宮都市の文明圏だし、知ってる奴は知ってるか。
「え? 渡辺さんって有名なんですか?」
「有名になったのはここ最近だから坊は知らんのか。ここ数年のデビュー組だとトップレベルで有名人だぞ。さすがに疎いだろ」
「へー……って、ああいや、別にまったく興味がなかったというわけではなくですね」
「いや、特に気にしないんで」
真っ当に有名っぽい評価に困る。世界規模のアレコレと関係なく、純粋に冒険者としての名声だよな、コレ。
やっぱり男性でおっさんというのはいかにも俺らしいが、今更そんな事気にしないし。いや、女の子でも嬉しいな程度だよ、うん。
そんな感じで掴みは良かったものの、別段それで何か特別扱いしてくれるわけでもない。普通に要件を聞いて、普通に質問に受け答えしてくれて、工場についてや材料についてのアレコレを教えてくれるだけだ。というか、知っていただけで別段ファンというわけでもないらしいし。
「オルガンか。確かに扱っちゃいるが、その杖みたいな希少部位になるとほとんどねえな」
「部位?」
「ああ、ちょうど加工前の実物があるから説明しよう」
と、パルジムットさんは近くにある木材を指差した。かなりでかいが、こうして見るだけなら普通の樹にしか見えない。これが神霊樹オルガンか。
「この樹は成長に伴って内へ内へ魔素を取り込む性質がある。魔力を感知できる者なら見たり触ったりで判別できるはずだ」
そう言われて感知してみれば、眼の前の木材にはそういう傾向が見られるのが分かった。リリカは無意識レベルでやっているようだったが、今なら俺でも意識すれば把握できる。それくらいには分かり易く魔力の含有量が違う。
「つまり中心部ほど魔力を強く帯び、でかいほどその分魔道具材として強力になるわけだが、その杖みたいな千年級のものは促成じゃなかなかな」
ちなみに、コレは実験で成長促進されたオルガンらしい。人工的な神霊樹っていうのもアレだが、そういうのもあるんだろう。
「お前の杖、そんなすごいもんだったのか?」
「師匠の物だったから、すごいのは分かっていたけど……」
この感じだと、代えが効かないシロモノになりそうだな。
「天然物ならねえわけじゃねえんだが、そういうのは大陸中心部の妖精種の集落から出てくるのが多い。探すだけなら、むしろ迷宮都市の研究機関のほうが在庫持ってそうだな。ちなみに、クソ高いんで、成金気味な自称ハイエルフ共が量産されてるぞ」
「ちなみにおいくらほどなんです?」
「……と、こんな感じだな。冒険者の正確な懐事情なんて知らんが、個人じゃ厳しいだろ」
提示された額は中級冒険者ではまず手が届かないというか、届いても手を出したくない額だった。
リリカが何も言わないなと思ったら、その額を見て凍りついていたらしい。まあ、上級冒険者なら届くんだろうなって感じだ。
「杖にするなら、これに加工費が加わるわけだが……その加工技術が確立されてねえから、今のところ性能的にもそこまでじゃないらしいがな。いい素材ではあると思うぞ」
「ちなみに、リリカのコレはどんなもんなんです?」
「専門じゃねえからはっきりとは言えねえが、価値には見合ってねえだろうな。多分、迷宮都市製じゃねえだろ、コレ」
大正解である。という事は、素材としてのポテンシャルはあるものの、上手く加工できているわけではないシロモノだと。
……リアナーサが自分で作ったんだろうか。
「リアナーサ生きてるんだし、売ってもいいんじゃね?」
「さすがにちょっと……」
「一般流通してねえから、完成品は個人間の取引くらいしかできねえと思うが」
売ろうとしてもオークションで、知名度、性能的に望んだ額で取引されるかは怪しいという話だ。まあ、さすがに売りはしないだろうけど。
「借金が手に負えなくなったら最悪……」
「おい、やめろ」
冗談とはいえ自分で提案しておいてなんだが、借金のカタで売るのはリアナーサもさすがに泣く……いや、あいつの場合は大笑いしそうだな。
「それより、冒険者ならなんか珍しいダンジョン産の素材は持ってねえのか? モノによっては多少色付けてもいいぞ」
「素材ったって……」
「あの、パルジムットさん、ここは買取所じゃないんですが」
「俺が買うに決まってんだろ」
決まってんのかって感じだが、部外者のこちらとしては別に構わない。条件によっては個人的な契約だってアリだ。
ただ、今手持ちがあるかっていうと……まったく手に入らないわけじゃないが、そういうのは収集専門の冒険者の領分である。俺たちのようなスタンスだと大抵はギルド買取になるし、珍しいものでもオークション行きである。手元に残したりはしない。ラディーネが使うものだって、基本的には流通品が主だ。
なんかないのかとリリカがこちらに視線を送ってくるが、そんなもん……。
「あ、これとか値段付いたりします?」
……そういえばあったわ。しかも、《 アイテム・ボックス 》に入れっぱなしになってる。
材料というには少々寂しいサイズ……筆箱程度の大きさしかないが……これだ。
「なんだそりゃ、石炭……じゃねえな。……いや、本当になんだこりゃ」
「< 黒老樹 >って、樹かなんだか良く分からんシロモノです」
さすがに罪人の魂を固めたものですとは説明しない。コレは加工の過程でいろいろ抜け落ちて、《 アイテム・ボックス 》に収納可能になっているし。
実は< 黒老樹 >は《 アイテム・ボックス 》に収納できない。ギルドカードのようにそういう属性が付与されたわけでもないのにだ。
元々、龍たちにもなんで収納できないのか謎で、詳細についても現在進行形で解析中らしいが、ゲルギアルに聞いて生き物判定されていたからだという話に落ち着いている。
「< 黒老樹 >……ああ、この前、異世界から持ち込んだってやつか。すげえもん持ってんな、渡辺綱。と、というか、売ってもいいのか?」
なんか目の色が変わったぞ。
確かに珍しい物だろうが、同行していた鍛冶師連中だってそこまでの反応はしてなかったんだが。
「これは端材ですし、好きにしていいって許可はもらってるんで。……値段次第?」
「うおおおぉーーーっ! 言うだけ言っただけなのに、思いがけぬところから思いがけぬシロモノがぁ……くそ欲しいっ! 色々やりてえっ! しかし予算がっ!?」
どれだけ興味深いシロモノなのかはいまいち分からんが、なんか叫びながら悶え始めた。
(リリカ、ご同類っぽいぞ)
(一緒にしないで)
なんとなく目配せしたリリカと心が通ってしまった気がしたが、勘違いかもしれない。
「よ、良し、交渉といこうじゃねえか、渡辺綱。見合うランクのオルガンはねえが、魔道具用の材料は山ほどあるぞ」
「えーと、お金じゃ……」
「そんな予算はねえ。正確に言うと俺には動かせねえ。だけど、個人として欲しい! 超欲しい!」
それなら在庫も駄目だろうと思ったが、いくらか自由にできる裁量はあるらしいとの事。というか、個人資産としての在庫もかなりあるらしい。
「パルジムットさん、また工場の倉庫勝手に間借りしてるんですか?」
「前にオーナーに怒られたから、ちゃんと個人倉庫契約してるよっ!」
それもどうかと思うが、口を挟むような立場でもないとスルー。
交渉が始まって、提示された額を目にしたとたん、なんかリリカの目がキラキラし始めたが、コレ売れても俺の金って事分かってるよな?
しかし、ここまでの大口取引になると黙っておくのはまずいだろうと、罪人の魂云々も説明するものの、別にそれは構わないとの事だ。
「というか、むしろそんな厄物なら抜け落ちててくれたほうが助かる。こっちは純粋に木材としての研究がしたいんだからな」
なんか問題ないらしい。まあ、素材の時点で未知極まるものではあるから、別にいいのかもしれない。
結局、色々と説明を受けつつ在庫の材料をいくつか選んで交換する事にした。最終的には妥協して想定される金額に届かない程度で落ち着いたものの、それでもかなりの量になってしまった。もちろん、《 アイテム・ボックス 》で運べる量ではなく郵送だ。郵送料も出してくれるらしい。
「木材ばっかで偏ってるが、ラディーネに投げればそれなりに使い道を見出すだろ。なんなら売ってもいいし」
まるまる俺のものにしても問題はないのだが、どうせ使い道はないし捌く伝手もない。それなら、元々遠征で手に入れたものだしとクランの資産として扱う事に決めた。リリカが自由に使えるわけじゃないが、交換するものを選んだのはほとんどこいつなので納得して欲しい。
思いがけない展開でどっと疲れてしまったが、その後は適当に観光をして、数時間後にはマレイガンに帰還。
食事処として紹介してもらった定食屋で食べた野菜類が異様に美味かったのが俺個人としては最大のポイントだ。……なんの野菜なのかはさっぱり分からなかったが、客相手に提供している時点で食って問題はないだろう。
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「あれ?」
なんだかんだでマレイガンに戻る頃には陽も大分傾いていて、そろそろ夕方かと思う時刻。
明日も待機だったら何しようかと考えつつ宿舎に戻ると、ちょっと予想外の光景が広がっていた。
「おかえり、ツナ君」
「お、おお、ただいま、ダンマス」
俺たちは迷宮都市首脳部が忙しくて待機しているはずなのに、その渦中にいるはずの人が待ち構えていたのだ。しかも、何故かピコハンを持って、その前には土亜ちゃんが正座している。
なんじゃこらと部屋を見渡せば、地霊院のカミルが寝ている横に燐ちゃんが陣取っているものの、留守役を任せたはずのセカンドの姿がない。
ガウルたちは暗黒大陸の獣神たちに説明しに行っているはずだから、長引いていてもおかしくはないが。
「あんた何やってんだ……というか、他の奴らは?」
「セカンドは先行してエルシィの手伝いに戻らせた。リグレスとガウルはまだ戻ってない。んで、これは……お説教かな?」
「あうっ」
ダンマスはピコハンで土亜ちゃんの頭をはたくが、何も痛くはなさそうだ。ピコピコと間抜けな音が響くせいで、馬鹿にしているように見えなくもない。
ピコハンだとあのピエロの事を思い出すから、できれば別のものにして欲しいなと思いつつも口には出さない。
「まったくもう、お前、何してくれちゃってるわけ?」
「……ごめんなさい」
説教って事は例の件についてなんだろうが、雰囲気はあの時とちょっと違う。
俺たちが囲んで問い詰めた時ですら微妙に自分は悪くないって感じの雰囲気だったのに、ダンマスに対してはやけにしおらしい。
「やっぱり、ダンマス的にはアウトな話だったとか?」
「あー、アウトはアウトなんだが、多分君らとは認識が違う」
「え、じゃあなんやの? って、あいたっ!?」
正座させられていても俺たちと同じ認識だったのか、俯いていた土亜ちゃんの顔が上がると、すぐさまその頭にピコハンが飛んだ。
反射で痛いって言っているだけで、まるで痛そうに見えないから、どこまで本気の説教なのか判断に困る。
「……ダンジョンマスターも反対って話やないの?」
「どっちかというと、結果よりもお前の行動が問題なんだ。……ツナ君たちにも分かり易く言うとな、こいつは自分が正しいと思った事は一直線に我を貫く奴なんだよ」
「まあ、それは薄々感じてたが」
だから、カミルの決断に水を差した事に対して文句を言っているんじゃないのか? 時間的に相談は無理だったとはいえ、ほとんど独断だし。
「そう決めたら手段は問わない。たとえ禁止された事だろうと手を出しちまうんだよ。このおバカさんは」
「うぎぎぎぎ……」
今度はピコハンを放り出して頬を引っ張られているが、やっぱり遊んでいるようにしか見えない。
「もう分かっただろ? あれだけ言ったのに禁術指定したもん使ってんじゃねーよって話! 就任したばっかで自覚足りないのは分かってるつもりだったが、それでも今回の件はアウトだ。現状、お前しか適性持ちがいないから仕方ないにしても、普通なら解任レベルのやらかしだぞ」
「ご、ごめんなさい」
……あれ、思ったよりも深刻な話なのか。
「ひょっとして、カミルの分霊を創った時に使ったっていう術の話なのか?」
「そうだよ。こいつを含む四神の巫女は、俺にとっての切り札と呼ぶべき術をいくつか仕込んでる。可能な限り存在を隠蔽しておきたかったそれを、一部とはいえ実際に行使したんだ」
「ちょっと待て。それじゃ、その情報すら俺たちが聞いちゃまずかったんじゃ」
「想定している相手が相手だから、情報が漏れるのはいいんだよ。だが、発動させんのは駄目だ」
どういう事だ? 誰にかは分からないが、知られて構わないのに使っちゃ駄目って……。
「……魔術的な感知を警戒してる」
何かに思い至ったのか、リリカが呟いた。
「正解。情報だけなら最悪開発している時点で流出しているのも同然だから、最初からそこは諦めてる。だが、実際に発動まですると世界に残った残滓からだけでも中身を読み取られかねない。実際、俺は発動した時点で把握してたぞ」
「……どんな相手を想定してるんだ? そんな無茶苦茶な事をできる相手なんて」
「異世界の神」
はっきりと断言したその言葉で俺が連想したもの……それは、確かに一部の隙も見せてはいけない相手ではあった。
ただ、俺の脳裏に浮かんだものとダンマスが想定しているものが同じとは思えない。ダンマスが因果の虜囚や唯一の悪意の存在を知ったのはつい最近の事で、四神の巫女を切り札とするにはちょっと時系列的におかしいだろう。タイミング的にはネームレスですら怪しい。
巫女が就任した時点でそんな想定と対策をしていたかは分からないが、さすがに最近の話とも思えないし。
「ツナ君が想像しているだろう存在も一応対象ではあるんだが、それらを知る前から想定だけはしてて、対策を考えてはいたんだ。ネームレスの時に、アレ程度ですら明確な対策を提示できなかったように、これ自体は未完成なんだが、今後絶対に必要になるだろうってな」
あの時は俺の話をヒントに、あの謎結晶を用意したって言ってたな。手段があまりに離れ業だったからそちらに意識を持っていかれたが、コンセプト自体も理には叶っている。実際、それでネームレスを仕留めたわけだから、正しかったわけだし。
「だが、結局ネームレスは捕獲したし、ダンマスなら無量の貌くらいなら一蹴できるんだろ?」
「お前らが言ってる唯一の悪意や剥製職人は分からんがな。まあ、そういう戦闘力でゴリ押しできそうな奴らじゃなくてだな……」
無量の貌でも、戦力でゴリ押しできる気はしないんですが。
すでに格付けされているらしい皇龍はともかく、名前出ていなかった……直接会った事のあるゲルギアルとかはどうにかできてしまうんですかね?
「もっと法則や概念自体が上……というか、別のカテゴリ……真の意味での全知全能とかそういう相手を想定してる」
「何言ってんだ、あんた」
ダンマスの措定しているスケールがデカ過ぎて、理解が及ばない。
だって、それはまさしく無限回廊のコンセプトが目指した夢幻のようなもので……真の意味で神と呼ばれるものじゃないのか。
ダンマスがこう言うって事は、信者が勝手に全知全能の神とか風潮しているってレベルじゃなく、本当になんでもできるしなんでも知ってる奴って事だろ?
言葉にするだけなら単純だが、それはつまり無敵と言っているのに等しい。弱点だってあるはずがないのが全知全能なんだから。
「概念からして弱点のない完全無欠な存在。そういう奴相手に穴を穿つ。俺は、そういう役目をこいつらに求めてるんだよ」
いるかどうかも分からない、ダンマスですら本来手も足も出ない絶対の存在。それを、絶対でなくするための対策。それを、土亜ちゃん……というか、水凪さん含む四神の巫女に求めていると?
なんで四神自体に求めないのかは気になるが、そこら辺は理由があるにしても……彼女たちはそんな役目を負っていたのか。
「もちろん、いるかどうかなんて分からない。過剰に過ぎる想定だって思っちゃいた。だけど、そうも言ってられなくなっただろ? ツナ君は絶対にいないって言えんの?」
「……無理だ」
あんなデタラメな存在が跋扈するのを眼の前で見てきたんだ。可能性は捨て切れないし、むしろいるんじゃないかとすら思える。
唯一の悪意は俺にとって最大の敵であっても、それ以上がいないなんて保証はないのだから。
「まあ、今回のはどう解析しようが取っ掛かり程度にしかならんがまだ良かったが、今後はもっと注意しろ。分かったな」
「ふあい」
頬を引き伸ばされたままの土亜ちゃんはそのまま頷いた。
「ここまでの話の意味はほとんど分からなかったんやけど、杵築さん的にこの子の扱いはどうすんの?」
いろんな意味で奇妙な空気になっていたところで、奥のベッド脇にいた燐ちゃんが声を上げた。
「どうするって言われても、好きにしてくれとしか。捨て猫じゃないんだから今更戻して来なさいとは言えんし、もしそんな事になっても眠りについたカミルは困惑するだろ?」
「じゃあ、うちの妹にしてもええの?」
「むしろ責任持って保護しろよ。その上でなら……妹でも姉でも娘でもいいんじゃね? 地霊院に引き取る事になるなら必然的に妹扱いになるんだろうが」
その件に関してはマジでどうでも良さそうだな。
「というわけで、戻ったあとの対応は考えておけよ。俺はこれで許してやるが、他の連中はそういうわけにもいかんし」
「おにぎ……ヴォルダルのお爺ちゃんに泣きついてもあかんかな?」
「……そのヴォルダルが監督不行届で髭吊りの刑にあってるからな。動画撮られてたから、あとで見せてもらうといい」
「あかん……うちのお尻の肉なくなってまう」
なんで、迷宮都市は子供の躾はケツ叩きなんだよ。ロッテの時も思ったが、他にもっと何かあるだろ。
「話はズレるが、新大陸の件はどうなったんだ? 忙しいって聞いてたんだが」
「この後、直接現地に飛んでいくんだが、まだなんとも。前に話したが、メイゼルがダンジョン内で会った古代人がむかーしの王国の末裔で、今浦島太郎になっているって話なんだ。まだ転送ゲート設置できてないから、直接飛んでいく必要があるんだよ」
「ああ、つまり途中下車してここに来たって事か」
「途中下車っていうか、生身で飛んで来たんだけどな」
「…………」
禁足地に行く時に使った航空機とかじゃなくて、生身で大陸間移動してんのかよ。言われてみりゃ、確かにできそうではあるけどさ。
ひょっとして、普通に大気圏脱出できたりするんだろうか……できそう。
そんな感じで、ダンマスは用事が済んだらさっさとどこかに行ってしまった。いや、行き先は聞いているんだが、目を離したら消えていたのだ。
どんな感じで飛んでいくのか気になっていたのに。
「ちなみに、水凪さん怒ると怖いの?」
「めっちゃ怖い。見た目が怖いのは焔理ちゃんやけど、水凪ちゃんは本能的に屈服させられるというか」
「土亜が怒らせるからでしょ。あんなに優しい人怒らせるとか」
「風花ちゃんよりは数少ないし」
「そんな反省する気なさそうな人よりマシとか言っても……」
「いや、風花ちゃんも、水凪ちゃん相手ならさすがに反省するで。そこまでの事態になったらせざるをえんと言うか」
……怖いな。やるつもりはまったくないんだが、万が一にも怒らせたりはしないようにしよう。
-4-
結局のところ、この遠征は俺にとってどういう意味があったのか。
当初は同行の必要性すら疑問視していたし、同行しなくとも今後に大きな影響はなかっただろうとも思うが、カミルとの謁見には意味を感じずにはいられない。それは、かつて過去を追想していた時のような因果に縛られたものではなく、俺にとっての糧であり、価値あるものだと。
これまでの経験でたとえるなら< 静止した時計塔 >での戦い、あるいはあの時の遠征そのものが近いだろうか。
なんとなく、俺が進むべき道筋からズレているものの、決して無意味ではなく、後々になって価値を再認識するような、そんな体験に感じている。
……どこに何が転がっているかなんて分からないから当然の事だし、周囲のすべてを巻き込む俺の特性でいえば無意味な事などないのだが。
なんとなく、何故俺が土亜ちゃんの行動に不快感を持ったのかを考える。
いつもの俺でも、あの行動にはなんとなく嫌な感じは受けただろうが、今回の件は少々それを強く感じていた気がするのだ。
冷静になって考えてみればその答えは明確で、俺はきっと獣神姫カミルの選択を尊いものと感じていた。
たかだか数十分の会話で、彼女を尊敬すべき偉人として認識していた。なにより、あの時提示された"許し"は思った以上に俺の中に浸透していた。
きっと俺は、リグレスさんが受けた獣神の依頼がどうとか、土亜ちゃんの力の継承がどうだとか、ガウルの加護がどうとか、ひょっとしたらカミルと恩人とのお別れですら霞むような価値を、あの一言に感じている。
だからこそ、余計にその選択を汚されたように感じてしまったのだろう。
と、俺は今回の遠征の意味を振り返って結論付けていた。
「思ったより、チーム戦の選抜難しいんだけど」
「予想はしてた」
迷宮都市に戻ってきて、いよいよクランとして本格稼働だと、ユキから報告を受けた最初の問題がそれだった。
特異点で体験したようなスケールのでかい話ではなく、因果の虜囚や唯一の悪意、それどころか冒険者の本分である無限回廊攻略にすら直結しているわけではない。今後のクラン運営の観点で見ても、別段たいした影響はないだろうが、おろそかにするわけにもいかない課題である。
本人の出場希望は前提条件としても、チーム戦メンバーの選抜は難航するだろうと思っていた。
こういうのは単純にレベルの高い順で選ぶのは論外だし、連携や相性の問題も大きい。何より、対人戦というのも重要だ。
俺たち冒険者が普段やっているのは対モンスター戦であり、冒険者相手の戦闘……ましてやルールが定められた試合ともなると一気に経験値が足りなくなるのである。
新興クランの宿命ともいえる話だが、それなりの規模のクランにはたいてい対人戦を得意とする人材はいるものなのだ。
中にはダンジョンアタックではそれほどでなくとも、対人戦では無類の強さを持つ者だっているだろう。迷宮都市が冒険者に求めるものからはズレるとはいえ、それだって十分な人的価値と言えるはずだ。
というか、迷宮都市市民相手に人気があるのは、どちらかといえばこちらだったりする。
「勝ち負け度外視して、お祭り気分でいいなら、希望者同士で模擬戦して勝ち抜けでもいいんだけどな」
「度を超えた負けず嫌いだらけなウチだと下手なチーム構成だとクレーム出そう」
「だよな」
どんなチーム構成になったとしても、配られた手札で全力を尽くす連中ではあるのだが、だからといって選択肢を広くとれる段階から勝率を下げるのは論外だろう。逆に言うなら、ちゃんとした理由があるなら選抜から外されても納得するのがウチの連中だ。
口ではなんと言っていても、本番が始まれば勝てるチームである事のほうが優先される。
「セオリーで考えるなら、主軸となる一人を決めて、その周りを固める形になるわけだが」
「いっぱいいるよ」
「だよなあ」
贅沢な悩みなのだろうが、ウチにはメインを張れる奴が多い。ダンジョンアタックでのリーダー適性がなくとも、戦闘だけで考えるなら主軸になれる奴もいるだろう。
その主軸を決めたとしても、メンバーの選択肢も多い。普通なら特化型が多くなる中で、複数の強みを持っている奴が多いのも理由だ。
だから、必然と構成できる戦術の型が多くなって迷う事になる。
ユキが検討している資料を見せてもらったが、良く練られていると思う反面、確かに悩むだろうなと思う内容だった。
あえて問題を上げるなら、ユキ本人が主軸であったり、少なくとも参加する前提で考えている構成が多い事だろうが、それは今更である。
「一チームじゃなければなあ」
「たいていのクランは一枠が基本だぞ。ソロもチームも」
「いや、分かってはいるんだけどね」
よほどでかいところ……所属冒険者が多く、幅広いランクに跨っているクランでもない限り、出場枠は一つだけだ。そこに実績も加わって枠が追加されているところもあるが、新興クランには関係のない話である。
「今、龍世界に行ってる連中の事もあるしな。戻ってきたらメンバー決まってましたってのもひどい話だろ」
「ラディーネは気にしないだろうけど」
「あいつはむしろ辞退する側だがな」
ボーグとかは目立ちたい……というか、見せびらかしたい性格なので、出場できるならしたいだろう。キメラは知らんが。
「まあ、締切までにはまだ期間あるし、経験者にでも相談してみるか?」
「……ああ、そういえばフィロスたちは去年参加してるもんね。今度の合同訓練で聞いてみようか」
「ライバルになるかもしれないから、本格的なアドバイスまで求めるのは厳しいだろうけどな」
「そこは参考程度って事で」
そんなわけで、次の合同訓練でフィロスたちに聞いてみる事にしたのだ。
「今年は出ないよ」
しかし、いざ当日になって聞いてみたら、ちょっと意外な答えが返ってきた。
「だから、チーム戦のコツみたいなものは話しても問題ないね。実際に試合で応援するのはさすがに気が引けるけど」
「そうなのか。去年の実績もあるからてっきり……ああ、ひょっとしてクラン内で持ち回りとかか?」
「いや、そういうんじゃないんだけどね」
「歯切れが悪いな」
なんか、別に言いたい事があるような態度である。
「あー、と、……実はね、今年は個人戦のクラン内トライアルに出たんだ。ツナと戦ういい機会でもあるしね」
「あー、そういう事か。なんだ、サプライズのつもりだったのか?」
「サプライズ……うん、そのつもりだったんだけど、結果は代表決定戦で負けて観客席行きに……」
選抜トライアルで負けたのか。そりゃ確かに言い難いな。
その割にはあんまり悔しそうじゃないが、勝ち負け自体は納得できる内容だったのだろうか。
「という事はランクも近いだろうし、そいつと予選のどこかで当たる事になりそうだな。なんて名前だ? アーク・セイバーだから、俺の知らん奴?」
「いや、知っているよ」
「あれ、そうなのか。……ああ、ひょっとして、前回のチームメンバーの誰かとかか?」
それなら確かに納得だ。というか、この合宿参加者じゃねーか。
「確かにそうなんだけど、そもそも眼の前にいるじゃないか」
「……眼の前?」
そう言われるまで、何故だかそいつを候補から除外していた。強さで言えば、絶対無視できるはずもないのに。
良く考えれば、フィロスに勝って選抜されても何もおかしな話ではなく、納得しかない奴。それどころか、実績だけ見るなら俺やユキ、フィロスと並んで多数のレコード持ちだ。
「……ゴーウェンに負けたんだよ」
フィロスの横には、不敵な笑みでこちらを見てくる巨漢が、いつも通り無言のまま立っていた。
なんか言えや。(*´∀`*)
都合上、無限を指定した方の中から早い順でリターン扱いにしていますが、希望話数分が尽きるまでは対象変更は受け付けます。
今回の内訳は以下の通りなので、無限のターンは変更がなければあと三回続く予定よ。
・その無限の先へ:4件(+前回のストレッチ分1件)
・ガチャを回すだけの簡単なお仕事:1件
・人類は敗北したらしい:2件







