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第18話「獣神姫カミル」

なんか変なところで止まってたなーと思いつつ更新。(*´∀`*)

リターンとして指定した誰のでも問題はないのですが、一応ギリギリまで希望変更できるようにストレッチゴールで追加された分の更新とします。




 暗黒大陸中央に位置する< 生命の樹 >は迷宮都市の定義でならオリジナルダンジョン、あるいは天然ダンジョンに該当する。

 自然に形成された魔素溜まりが長い時間をかけて環境を変質させたものをそう呼ぶわけだが、この定義自体は何も間違っていない。

 しかし、それ以外に特筆すべき事項を抱えるのがこの< 生命の樹 >でもあった。


 上に伸びている事で誤解しそうだが、生命の樹は下にも伸びている。ダンジョンとしての< 生命の樹 >ではなく、樹そのものがだ。植物の樹としての性質を見るなら何もおかしな事でなく、むしろ自然とさえ言える構造だろう。

 天上へと伸びる巨大な威容を見る者はどうしても上に目をとられるが、その本体はむしろ地下に存在する。遥か地底まで、暗黒大陸を超えて遥か遠くの大地まで、縦横にひたすら長く続く根は、あるいはこの星で最も巨大な生物なのかもしれない。

 禁足地でそれを管理する樹神フルウーネス、亜神である彼ですら生命の樹から見ればただの枝の一端に過ぎないのだ。


 生命の樹の特性は共生。自身がどこまで巨大になろうとも、根を張る星を食い尽くしたりはしない。

 むしろ、自分以外の生命を生み出し、育み、時には保護し、共に生きる事がその在り方であった。それは、亜神とも違う超常の姿だ。

 樹は様々な生命を生み出し、進化し、淘汰される。樹の在り方は共生故に、それがどんな生物かは関与しない。もちろんすべての生命の根源ではないが、現在残るよりも遥かに多くの種を生み出していた。

 そんな樹が自らの意思を働かせ、創り上げた存在はただ二つ。自身を守護する樹神フルウーネスと獣神姫カミル、のちにそう呼ばれる事になる存在だった。

 カミルは生命の樹の精霊として誕生した。今現在、< 生命の樹 >の深奥にいる彼女がそれを覚えているかは怪しいが、出自としてはそういう経緯で創られた原初の精霊であった。


 その彼女が、生命の樹とまるで反対の性質……淘汰と選別を主にする無限回廊を踏破し、この星の管理人になった事は何かの暗示なのか。

 構造を見れば似ている二つのものがここまで真逆の性質を抱えるものなのかと笑ったのは、すでに自身が記憶も失った過去の話。


 永劫に等しい時間を精霊として生きる彼女が、当時地表を飲み込む勢いで拡張し始めた帝国と接触したのは必然だろう。

 生命の樹は、自然の天敵ともいえる存在とも共生し、そして繁栄した。古王国アフラとは、そういう空前絶後の巨大国家だったのだ。

 長く続く共同体故に社会問題は多く、システム的な欠陥も多かったが、繁栄は長く続く事となった。

 奇しくも崩壊は想定されていた内部からでなく外敵によるものであったが、その技術力は生命の樹や無限回廊とも繋がる驚異的なものだった。現代に残るオーパーツの数割はこの国のものである事からも、その力の一端が分かるというものだろう。

 存在すら定義されていない頃のイバラによって滅ぼされたために痕跡すらほとんど残らず、巨大な断絶期を経た結果、国の名すら忘れ去られた国、それが古王国アフラ、在り方以外のほとんど失った獣神姫カミルが今も執着する思い出の場所だった。




-1-




「……イバラ。お主の対存在でもある鬼の事だ」


 そこに至るヒントを出され、明確に話を誘導されたというのに、出てきた答えに俺は混乱していた。

 イバラが……あいつがこの星の古代にいた? なんのために? カミルを……彼女を含む古代文明を滅ぼすのが目的だったのか?

 とはいえ、違和感しかない。それが何に繋がる? あんな、最善の極地にいて無駄を極限まで省く概念のような奴がとる行動にしては……。

 いや、そうじゃない。あいつの目的を前提として、行動を逆算するなら……。


「……俺の舞台を造り上げるための行動か」

「おそらくな。当時の妾も災害のようなものとしか認識していなかっただろうが、あの特異点を観測した今ならそうだと分かる。対存在とやらであるお主のほうが理解し易いだろう」


 そうだ。それなら納得できる。納得できてしまう。

 俺がこうしてこの星に転生する事は唯一の悪意に頷いた時点で……いや、それ以前に決まっていた。なら、転生先で先に起こる事だけでなく、過去で起きていた事だって、舞台を形成する重要な要素だ。

 明確になっているわけではないが、これまで得た情報で推察するに、本来あり得た形は俺が転生の果てで成長し、様々なものを積み上げた後にイバラがすべて破壊する……俺たちに用意された煉獄はそれを無数に繰り返す事だったはずだ。その最善のために、用意された最初の舞台がこの世界……。

 特異点でプロセスを崩しこそしたが、あの道を辿る事を前提として舞台を創り上げたのがあいつであっても不自然ではなく……むしろ必然とさえ言える。

 この際、古代がどうとか、時間の問題はないも同然だろう。転生は世界も時間も超越するのだから。

 つまり、眼の前の彼女が殺された事や古代文明が滅びた事も……。


「自分が悪いなどとは言ってくれるなよ、渡辺綱」


 そういう結論に至ろうとしたまさにその時、想像よりも鋭い声が貫く。それは叱責のようにも聞こえる。

 内容の割に緩い空気で紡がれていた会話は、その一瞬だけ強烈な圧を放っていた。


「…………」

「汝らがバタフライ・エフェクトと呼ぶ言葉。アレで蝶に責任転嫁する馬鹿はいないだろう?」

「そりゃそうだが……」


 極端な事を言い出す奴はいるだろうが、結局のところそこまで遠い部分に物事の原因を求める奴はまずいない。

 何かを後悔して悔やんだ先に、自分が生まれなければ、親が生まれなければ、人類が誕生しなければ、地球が、宇宙が……などと飛躍してしまうのはさすがに暴論が過ぎる。

 カミルが言っているのはまさにそういう事で……責任転嫁。転嫁する方向は普通の逆だが、暴論でしかない責任まで自分のものとして捉えてしまっていると。

 感情はともかくとして、言葉に出されてしまえば納得しかない。俺は根本的に原因ではあっても、あくまで蝶の羽ばたきにしか過ぎないって事か。

 規模を考えればもっと些細なものかもしれないな。そう考えれば、多少は気も楽になるかもしれないが、自身の責任感がそれを許してくれない。

 あるいは、これも唯一の悪意によって植え付けられた、奴への憎悪と同じ類のものなのも知れないが。


「そんな阿呆のような遠大な話をせず現実的に考えた場合……誰が悪いかと言えば、国を守れなかった妾たちが悪い。力が足りなかったのが悪い。共同体を外敵から守るのは長の仕事であり責任だ。そこから責任転嫁するにしても、あの鬼やその道を示した者がせいぜいだろうよ」


 あるいは、それは共同体の長たる者への侮辱に他ならないのだ。当事者が持つその誇りは、俺の感情などよりもよっぽど重い。

 安易にそう捉えられないのは、未だに自分の罪の重さを測り切れていない心の弱さに他ならない。

 ……分かってはいるんだ。分かってはいても割り切れない。俺の中だけでは到底飲み込めない。


「あいつの目的が俺の舞台を整える事だとしても?」

「だとしてもだ。あの戦いから見ていて思うが、お主はなんでもかんでも背負い過ぎる。それがお主の在り方であり、巻き込んだものを力にするのだとしても、無駄なものまで背負う必要はあるまい。巻き込む際に取捨選択できないにしても、不要なものは捨てるくらいの感覚でいたほうがいいだろう。キリがないぞ」


 言うのは簡単だし、何度もそうして自分を誤魔化そうとしたが、割り切るのは難しい。

 ただ、カミルの言葉は重い。これまで聞いた誰の言葉よりも。俺が勝手に責任を負うのでも、赤の他人が安全圏から評するのでもない、真の意味での被害者……その代表であった者が口にする言葉だからだ。俺の感情如きが反論していい重さではない。


「どうせ背負うなら、別のものを背負え。妾の恨み辛みを背負い、あの鬼を討つといい。それが妾の救いになるのだとしたら、同時にお主も救われるのであろう?」

「復讐は何も生まないとか言い出さないんだな」

「なんだそれは。お主が責任を負う必要はないが、あの鬼に関しては許してはおらんぞ。お主はアレを特別な存在として認識し、尊重すらしているようだが、被害者の妾としてはこの上なく惨たらしく死んで欲しいと思うとる」


 そりゃまあそうだろうな。そんな綺麗事を言う奴は大抵加害者か無関係な奴かに決まってるっていうのが相場だし。……だからこそ、俺や美弓が立っていられる。だからこそ、あの時のクラリスが眩しかったんだ。

 とはいえ、カミルが言うように、俺自身のイバラへの感情は少々複雑だ。

 一度邂逅し、殺し合った事で奴を理解し過ぎてしまった。もう一度出逢えば今度こそ滅ぼし尽くすまで殺し合うのは間違いないにしても、あいつに関してはすでに復讐心や悪意を抱く事は難しい。それが向くのはあくまで唯一の悪意であり、あいつに向くのは畏敬や使命感に近く言葉にできないものが主になる。こうして、実際に成した悪行を聞かされたとしても一切揺らぐ事がない。理屈ではなく、あいつのすべてを無条件で尊重してしまっている。

 そして、それは俺からの一方向だけでなく、お互いがお互いに向けて抱いている感情だという確信がある。


「因果の虜囚……いや、この場合対存在か。良く分からんが、面倒臭いのー」

「こればっかりは当事者にしか分からない」


 構図としてはまったく同じはずの皇龍とゲルギアルとも違う。これは、対存在ごとに似て非なるもので、当事者以外には理解できないはずだ。

 それほどに強く、深く、相手を理解してしまう。だからこそ相容れない。そういう関係なのだ、俺たちは。

 これは普通なら邂逅したわずかな交差路でのみ成立するはずの感情。それが何故か続いてしまったから変な事になっている。


「妾としては、仕留めてくれるならそれで構わんがな。……そうさな、それを成したなら妾は"許してやろう"」

「…………」


 それは、俺にとってあまりにも重い報酬だった。カミルはそれを理解して口にしている。

 つまり、アレはカミルにとって完全なる敵であり、間違ってもその罪を許すなどとは言うなと、そういう事なのだ。

 もろちん俺の意思や対存在のシステム上、そんな事はあり得ないが、そんなものがなくともやれと言っている。そんな言い訳に頼るなと。


「さて、妾から主への用事はこれくらいだ。あとは時間を待つなり、質問を投げかけるなりするといい。とはいえ、古き記憶は大半を失っているが」

「それは、イバラに滅ぼされたから?」

「そうだ。ある程度の重要な事柄や表面的な事は覚えているが、今では大切だった伴侶の顔や名前すら思い出せん。……悲しいものよな」


 改めて、カミルが失ったものの大きさを知る。

 大切なもので、今も変わらず思っているのに、どういうものか分からない。それは果たしてどういう感覚なのか。


「なら、無限回廊や管理者についての事は?」

「詳細についてはかなり怪しいな。妾が先代のダンジョンマスターという事は間違いないが、その座で何をし、どうやって権利だけ剥奪されたかなどはさっぱりだ。剥奪方法については、そもそも知らんという事もあり得るがな」


 ああ、先代ダンマスなのは確かなのか。

 という事は、何かやったのはイバラという事になりそうだが……あいつの場合、あらゆる行動が最善というだけで、その仕組みは把握していない可能性が高い。それこそ、最善の結果を出すために無意識のまま羽ばたける蝶のようなものなのだから。


「という事は、第一〇〇層も?」

「管理者という時点で攻略しているはずだな。ただ、最深攻略層は分からんし、管理者権限を使って何をしていたかも分からん。無限回廊自体に記録は残っているかもしれんが、権利剥奪の経緯からして望みは薄いと思われる」

「亜神となったのもその時なのか?」

「……分からん。どうなのだろうな」


 元から亜神で、無限回廊を攻略した場合はどうなるんだろうか。単に管理者権限を得るだけ? うーむ、いろいろと謎だ。

 この辺は案外ダンマスがテストしてたりするのかもしれないが。


「ダンマスや皇龍から、この世界の無限回廊はずいぶん毛色が違うと聞いているんだが」

「その件か。目覚めてからここまでで把握はしている。同じように詳細は分からんが、何かしら弄ってはいたのだろうな。あるいは、アフラの遺構でも探れば何かしら分かるかもしれんが」

「それがどこにあるかについては?」

「分からん。というか、把握している限り、国があった座標は現在海で、見事に何もなくなっているな。加えて、この星の陸地自体、妾の次代よりもかなり少ない」

「イバラのせいとは限らんが、かなりの地殻変動があったって事か」

「いや、おそらくアレのせいだろう。自然の地殻変動として見るなら、たかだか数千年というのは短過ぎる」


 あー、そうなのか。確かに、大陸規模で陸地が変わっているなら数千年は短い。必然的にあいつの可能性が高くなるわけだ。

 いや、あいつのせいにしたいというわけでなく、そんな変動を起こせる奴と戦わないといけないって事実がな。

 亜神やら天体規模の敵と争っておいてなんだが、そういうのは神代の世界の出来事としか思えない。


「あんな化け物と一度引き分けておいて今更だろうに」

「心を読むな。……アレは反則技と奇跡の重ね掛けの結果でしかないからな。同じ事はできないし、やらない」


 そして単純な戦闘力勝負なら、いくら対イバラ特攻効果を持っていたって捻り潰されるだけだ。多少小突かれただけでバラバラになるだろう。

 しかし、やっぱり陸地少ないのか。聞いてる話だけでも、あきらかに大陸の数や面積は少ないとは思っていた。ダンマスやアレインさんから聞いた、隠蔽されていた大陸を含めてもだ。

 ……以前、ダンマスが地球とほぼ同じ環境だって言っていたが、まさかそれすらあいつが舞台として調整した結果じゃあるまいな。

 計算してできる事じゃないから余計にその可能性を考えてしまうんだが。


「それは否定できんな。環境が激変しているのは確かだ。歴史の大断絶の後、残った獣神たちが整備したようだか、それすらも予定調和の可能性があるわけだしな」

「マジかよ」


 改めて、あいつのしでかした事の強大さが突きつけられる。さすがに太陽系に近しいという惑星の位置や規模感まで手を出したとは思えないが、この星の環境までならあり得てしまいそうだ。

 それだって、あの特異点の事を思えば比べるべくもなくミクロな事象ではあるんだろうが、より身近な分はっきりと思い知らされるというか。

 あいつと並び立つ者なら、同じ事くらいはできるよなと言われたら途方に暮れるしかないし。



 それからしばらく話は続いたが、意外なところから意外な知識が出てくる事はあっても、本当に知りたかった事はほとんど知れずじまい。あくまで俺は同行者であり、ここに来る事が目的ではなかったのだから十分過ぎるほどの結果と言えなくもないが、少々どころではなくもったいないなと思う。

 だんだんと雑談のような内容になり、思っていたよりも長く続いて、これは同行者の誰かが長引いているのだなと思ったりもした。




-2.獣神の使徒たち-




「ふむ。ご苦労だったな、我が子らよ」

「お、おう……」


 転送ゲートを潜り、分断された先で謁見したカミルはあくまで上位者として、しかしそれにしてが随分と軽い態度でガウルとリグレスの二人を出迎えた。

 その態度に二人……特にガウルは困惑するしかない。お前はただの鍵だと唐突に連れて来られ、得るものも多かった事は否定できないが知りたくなかった色々を無駄に暴露され、別段見せ場があったわけでもなく……と、ひたすら流されただけだからだ。

 今回の件に関しては流される事を決めた結果ではあるが、正直未だに獣神以上の存在がいる事すら納得できていない。


「有難き幸せ」


 挨拶と共に、そんなガウルの後頭部へと放たれる唐突かつ理不尽な拳。

 逆に拳を放ったリグレスは、そんなガウルの態度に苛立ちを隠せない。種族的に、性格的に合う合わない以前の問題だ。


「いきなり殴るんじゃねーよ!」

「殴りもするわっ! この方の事を知って尚、そんな態度をとれる貴様にビビるっ!」


 お前も五十歩百歩だがなとカミルは思ったものの、口に出さない。それが上位者としての配慮だった。

 というわけで、仕切り直して再度挨拶から始める。別に礼儀を知らない二人でもないので、ちゃんとすればサマになっている。


 とはいえ、ガウルとしては眼の前の幼女が推定獣神の祖、つまりは獣人の祖の祖と言われても、いきなり敬うのは難しい。

 魂はそれが本当であると示しているものの、感じる力は極めて微弱。他の獣神から感じていた本能に響く圧のようなものが感じられない。

 かといって無礼を働く気もないのだが、いまいち緊張感に欠けるこのダンジョンアタック自体がそうさせてくれない。なんというか、最近体験した事と比べて緩いのだ。ぶっちゃけ、普段の狩り……訓練と金策目的のアタックよりも遥かにユルユルだ。


「今更獣神の祖として崇めよと言うつもりはないから気にするな。鍵としていいように使った事は否定できんし、目的も別にところにあったわけだしな」

「あー、その、カミル……様の目的というのは」

「土亜だ。想定外におまけが増えてくれたのは助かるが、そこが第一である事は変わらん」


 当のカミルとしては、実のところ目の前の子孫二人には役目こそあれど目的はなかった。今更主ツラする気もないので、利用した事に申し訳なささえ感じている。

 渡辺綱にも言った事だが、カミルはかつての力や記憶のほとんどを失っている。その中にはこの< 生命の樹 >の構造や仕組みも含まれていて、眼の前の扉をどう開けるのかすら覚えていなかったという事情もあった。

 結果として解錠に成功したものの、現代に残った獣神とその使徒の数からして、かなり運に頼った仕組みだとも思ってしまう。今でこそ失われた獣神の次代はいるものの、七分の三柱が失われた中で過半数の因子を用意しろというのもなかなかに無理難題だっただろう。

 ……それを一人で解決できてしまう存在がいる事も驚きなのだが。


「想定外といえば、貴様の存在もそうだな。我が子孫はとんでもないモノを創り上げたものだ」

「実に……実に恥ずかしい話ですが、コレは現存する獣人族の最高傑作故」

「……まさか、俺の事か?」

「他に誰がいる。間違ってもオレの事ではないぞ」

「自覚が薄いのは仕方ないだろう。しかし、特異点の経験で少なからず疑問は感じていたはずだ」

「…………」


 それは否定できない。生き汚さがモノを言った撤退戦はともかく、無量の貌攻略戦で果たせた仕事は自分でも少々出来過ぎだ。

 精神力が実力に直結する世界での出来事故に、意地のようなもので眼の前の虎と渡り合えた……と考えてはいたが、あとになって思い直す事になっていた。冷静に分析してみれば分かるが、自分とリグレスの差がその程度の事で埋まると考えるほど自惚れていないし、いくら情けない姿を晒していたとはいっても精神力そのものは異常極まるほどに強固なものだったはずだ。

 ツナの助力は前提としても、あの結果はさすがに想定以上。もっと言うなら、最後の転身だろう。たとえ、いろいろと枷の外された精神世界で助力ありだろうが、あんな事ができるとは思っていなかった。模擬戦の時のリグレスのように、《 獣王転身 》するだけで終わると思っていたのだ。

 だから、何かしら未知の要因があるのだろうとは感じていた。まさか自分の出自にそんな謎があったとは思っていなかったが。


「お主なら未来で……s2がやっていたのと近い事はできるようになるやもしれん。前提条件が異なる故、あくまで似たような事ではあるが」


 シャドウとはいえ、s2がやっていた事を知っているが故にマジかよ……と思うガウルだったが、それよりも気になる事があった。


「カミル様はどこまで知っておられるので?」

「ああ、ただの観測者ではあるが、ある意味当事者だからな。把握していない事も多いが、部分的には渡辺綱の知らん事も知っとるよ」

「じゃあ、この虎が情けない姿晒してた事も……って、ギブギブっ!」

「貴様、本当にふざけるなよ! 真面目にやれいっ!」


 カミルを前にコレは、猫の如く大人しくしていたリグレスもさすがに看過できない。あの時と違い、この場であれば実力的に抗う事ができない狼に制裁を加える事など容易なのだ。むしろ、始祖の御前でなれけば本気で張り倒していたかもしれない。


「見てはいたが、アレを情けないと評する事はできんよ。少なくともコヤツは立ち続けた。盲目であっても、自らの使命を見失っても抗い続けた。それができなんだ妾には何かを言う資格などない」


 かつて、カミルは敗北した。屈してしまった。異形の鬼にすべてを奪われ、破壊された。

 実力の差といえばそれだけだが、こうして微かにでも生き長らえている以上、まだ抗えたのではと思わなくはないのだ。結果が変わらずとも、魂の一片まで立ち綴るのが長としての在り方だったのではないかと。


「そう言って頂けるのは感無量ですが、情けない事は事実。認めるしかありません」

「……す、すいません」


 ノンデリ過ぎた狼は頭を垂れるしかなかった。普段はもっと考えて話すのに、どうも虎と同席すると口が軽くなって困る。

 リグレスと違い、自覚や実感が足りないにしても、さすがにどうかと思う態度は反省するしかない。あきらかに無駄極まる言動だ。黒歴史である。


「まあ、その態度にしても理解できん事はない。年齢や経験、立場の問題もあるだろうが、根本的に今の妾を祖と認識できんのだろう?」

「え? そ、そんな事は……」

「…………」


 困惑するガウルだが、それを睨むリグレスには神妙な気配が感じられる。まるで、理解できないものを見ているような。

 いや、ガウルとて頭では理解しているのだ。認識と本能がそれに追いついていないだけだ。


「現代の最高傑作とやらの話も絡んでおろうが、どうやら貴様には少なからずアフラの気配を感じる。知ってか知らずが、関連技術を活用して創られたのだろうな。それが妾への認識へ影響している可能性はある」

「……アフラ。リリカの言ってたやつか」

「我が伴侶が治めていた古代の王朝だ。そのものはもはや欠片とて残ってはおらんだろうが、断片でもこうして現代にも息付いているというわけ……」


 不意に、カミルの言葉が止まった。続く言葉を待つが、どうも様子がおかしい。


「カマル様?」

「……コレはどういう事だ?」


 そんな事を言われても、眼の前の二人にはさっぱり理解できない。


「ふむ……ガウル、今更妾にできる事は少ないが、そなたの祖らしく道標をやろう。……アフラの足跡を追え。その先で時獣神……あるいはその継承者に会うといい。何かしら貴様の力になるはずだ」

「時獣神様? 会ってはいないが、外にいるんじゃ……」

「継承した当代ではなく、先代のほうだ。必要ならリグレスも力を貸してやるといい」

「は、はあ……はい」

「はっ」

「妾はその記憶の多くを欠落している故に詳しく説明はできん。しかし、今この時間で起きている事……時獣神らしき気配を含め、残滓ではないアフラの気配を感じる。真に懐かしき気配ではあるが……これは」


 前提として古代王国アフラは滅びた。だからこそ現代のこの世界の姿がある。カミルはそう認識していた。

 しかし、今この瞬間にあって、どこからか懐かしい気配を感じる。おそらくは、この世界で何かが起きているのだ。

 狙ったように唐突に現れたのは、何かの作為性すら感じられてならない。


「残念な事に妾自身が何かするには時間が足りんが、お主らなら確認もできよう」

「……時間が足りないとは」

「そのままの意味だ。完全に死すわけではないが、妾は再び眠りにつく。じきに< 生命の樹 >も沈黙し、閉ざされるだろう。この星の命が終わるまでに再度目覚める事はないかもしれんが、それが妾の在り方と知れ」


 おそらくだが、今この邂逅は奇跡のようなものなのだ。幾重もの奇跡が生み出した結果の隙間に生まれた世界の綻びのような場面に立っている。

 ここに至り、特にガウルは強く自覚した。今、自分の立っている場所が、眼の前の存在が、自分にとっての巨大な道標そのものである事を。

 そう自覚した事で、これまで欠けていた偉大なる者への経緯が噴出した。これまでの言動と態度が恥ずかしくて死にたくなるほどに。

 いつもいつも、あとになってから肝心なところ以外で微妙な失敗をして後悔するのがガウルだと突きつけられているようだ。


「妾からは以上だ。あとはしばし待て。他の者との話は続いているが、長くとも一時間はかかるまい。それに、獣神の使徒が三体ともなれば話も弾むだろう」

「……三?」

「ほれ、そこにおるだろ」


 不可解な言葉に困惑するガウルとリグレスだが、カミルが指し示した先……リグレスの鞄を見て可能性に思い至る。

 カミルによって解除されたのか、巧妙に……おそらくはスキルによって偽装された存在感がそこにある。この手の偽装は、一度看破されてしまえば続ける事は困難だ。

 そして、それを得意とする者……正確に言えば、その使徒に心当たりがあった。


「まさか……おい、貴様っ!? 何故こんなところにいる!」

「ぴぃっ!? な、なんなのねっ! びっくりしたのねっ!? ここは一体どこなのね!?」

「潜り込んで来たのに、どこか分からねえのかよ」


 鞄には一匹の小鳥が紛れ込んでいた。


「腐っても風獣神の使徒という事か……ここまで我々の目を欺くとは。まったく気付かんかったぞ」

「仮死状態だったのを起こした。おそらく、そういう隠形スキルなのだろうな」

「な、なんなのね。イタズラで潜り込んだら樹に入り始めて出れるに出れなくなったから死んだフリしてたのにっ!」


 獣神の始祖と使徒が集まる空間は、他の隔離空間と比べて騒がしかった。




-3.リリカ-




「久しいな、リリカ・エーデンフェルデ」


 唐突な分断に混乱していたところへ現れた、土亜の姿を持つ者。その第一声を聞いた瞬間、リリカはいろいろと腑に落ちた。おそらく、この分断は自分に対する配慮なのだと。そして、迷宮都市からここに来るまで、漠然と感じていた気配の正体にようやく気付く事になった。


「妾が誰か分かるかな?」


 問いの答えは獣神の祖カミル……などという、ここに来た者なら誰でも認識しているものではない。

 求められている答えは、カミルが久しいと言うリリカにしか分からないものだ。


「あの特異点の戦いを俯瞰していた者の一人。……気付いていたの?」

「他の者は気付いていないだろうが、妾は近しい者が故に」


 あまりに実力差、在り方の違いがあるため確実ではないが、他の超常には気付かれていなかったはずだ。

 リリカが見ていた視点は通常のそれではなく、あくまでもう一人の自分を起点としたもので、未来のリリカの気配に気付く事ができても、更にその奥から見ている者の正体を看破する事は難しいはずだ。

 実際、杵築新吾や那由他、皇龍、迷宮都市を訪れたゲルギアルからはなんのアクションもなかった。一番悟られたくない渡辺綱や、それ以外の参加者も同様だ。フィロスに関しては怪しい部分はあるものの、自分があの戦いを見ていた事を知る者や気付いた者はいない……そう思っていた。


「何故、私を呼んだの?」


 アフラに関する知識への興味は嘘ではない。しかし、リリカがここを訪れた最大の理由は呼ばれたからだ。

 土亜を呼んでいた声は、それとは別にもう一人を呼び寄せていた。


「感謝を。本来ならばこちらから出向くべきであろうが、ここから動けぬのでな」

「アレは私ではないし、あのs2シャドウにしてもあなたではない」

「それでも根を同じくするものである事は確かだ。仮に仮を重ねた場面とはいえ、因縁深き宿敵と相まみえる舞台を整えてくれたのは感謝しかない」

「因縁?」


 リリカから見れば、それは未来でs2が一度滅ぼされた相手という意味でしかない。あるいは、未来で大崩壊と呼ばれていた事象を引き起こした事で連鎖的にこの地も巻き込まれた事もあるのだろうが、それらはあの世界のs2ならまだしも、このカミル本体からはやや遠い因縁にしか思えなかった。


「そうでもない。実は奴とはむしろ妾のほうが因縁深いのだ。こうして実体すらなく留まっている原因なのだからな」


 しかし、渡辺綱にも告げた事実……カミルの出自とアフラ王国の滅亡にイバラが絡んでいた事を告げられると納得するしかない。

 この世界の歴史についてはかなり詳しい自信はあるものの、そんな出来事は資料に残っていないからだ。

 迷宮都市のあまりに精緻な資料はあくまで現代において調査したものであり、過去の歴史についても残っていた資料を元に研究された情報がほとんどだ。

 立場上、リガリティア帝国などを含む、長い歴史を持つ家の資料を覗いた事もあるが、それらもせいぜい数百年。自身の家はもっと古いが、リアナーサの知識を含めてもそんな情報は残っていなかった。


「なるほど、理解した。……それにしても、アフラの当事者そのものだなんて……」

「ほとんどの情報は失われておるがな」

「師匠に会った時に自慢できる」

「……意外に俗物よな、お主」


 リリカにとって、アフラは師が追い求めていたものに過ぎない。そこに魔道の深淵へと繋がる何かがあると予想はしているが、可能性しかない段階では興味の対象、師匠への自慢の種程度の認識でしかない。今回の件にしても、カミルから呼ばれなければ参加するかは五分五分未満だったはずだ。

 それなら、未だリアナーサが死んだという認識のままであったらどうかとも思うが、その場合でもあの世の師に自慢できると同じ行動をとる気がした。弟子として、何か一つでも師を超えたいという思いは強いが故に。


「まあ、妾がアフラ王の伴侶であったの間違いない。記憶の大半を失おうがそこを間違える事はないし、信頼してくれていい」

「古代の王朝に現代の常識を当てはめる気はないのだけど、それは女王や王妃、王配と呼ばれるものでは?」

「実を言うと、そのどちらでもないな。説明するには複雑怪奇な仕組みではあるのだが……まあ、国公認の愛人が近い」


 それは別段おかしな話ではない。獣神の祖である存在を愛人として抱えるとなると、よほど強い権力・権威を持っていたのだろうが、近しい仕組みだけなら歴史上にいくらでも存在するからだ。特に異種族との関係がある王朝には多いはずだ。

 中には、代々の国王に愛人として仕えた一人の長命種などという、なんというか爛れた話もあるくらいである。帝国領にかつて存在したエーデンフェルデ魔導王国という国の話なのだが。


「その国特有の事情が絡んではいるが、それに近いな。妾は人間ではない。当時の時点で獣人などという存在は……まあいなかったわけではないが、現在のそれとはまるで違うものだ。どちらかといえばモンスター、あるいは正体不明の怪異と呼ぶに相応しい存在でしかなかったのよ」

「< 月華 >というクランに、それらしい存在はいる」

「あー、ひょっとしたら面識あるかもしれんの。会っても分からんが。とにかく、そういう怪しさ極まる存在を正式な妻と迎えるわけにもいかんだろう」


 実態としては、愛人と呼ぶには少々……かなり発言力はあったはずだが、仕組みとしては近いだろう。

 人によっては、むしろ影の支配者のようなイメージで扱われていた気さえする。


「そういう存在を侍らせる事はただのトロフィーではなく、周囲の共同体をまとめ上げるためのシンボルとして機能する。拡張を続け、巨大化する国家にはどうしても必要だった」

「愛してはいなかった?」

「いや、多くの記憶を失った今でも、大切なものだったという認識はある。おそらく良き男であり、良き王であり、良き恋人として大切に扱われていたのだろうよ」


 そうでなければ、こうも生にしがみついたりはしない。そうでなければ、国を滅ぼしたイバラをこうも恨んだりはしない。

 今となっては確かめる術などないが、魂がそうであったと叫んでいる。だから、それでいいのだ。

 ふと目をやると、リリカもその答えに満足しているようでもあった。


「そのアフラ……アフラ王国は魔道のすべてがあると聞いている」

「すべてかは知らんが、確かに魔道の研究は進んでいたはずだ。アプローチも現代や迷宮都市のそれとは随分違ったはず。お主の《 魂の門 》も、おそらくルーツはアフラにあるはずだ」

「やっぱり」


 本格的に研究を続けているが、研究が進めば進むほど、あまりに現代の魔術と体系が異なる事が分かる。

 迷宮都市の過度に洗練された現代魔術すら、そこに至る名残のようなものは見られるのに、これにはそういう気配が一切ない。

 まるで、まったく違う世界で異なる進歩を続けた結果か、あるいは完全に別物なのか。そういう構造だった。

 ダンジョンマスターはそれを見て、『漢字オンリーで書かれたプログラムみたいだ』とか言っていたが、知見のないリリカには理解できなかった。

 また、余談ではあるが、共同で解析を担当している室長ミーネミーナは研究者として好奇心と作業量の板挟みになりつつ、自分でも原因の分からないまま涙を流していた。もちろん、合コンの時間も捻出できていない。


「アレに滅ぼされた際、その他と同じく情報の失われている故に詳細は分からんが……どうも状況は変わりつつあるらしい」

「それは残ね……状況?」

「ついさきほどからアフラの気配を感じるのだ。王国そのものか、出自の近しい者か、あるいは概念かははっきりせんが。外で何かが起きている」


 詳細はカミルにもさっぱり分からない。おそらく知る事もないだろう。

 より強く感じる時獣神の気配に、古代から王国ごとタイムスリップでもさせたのかと冗談のような事を考えもしたが、それにしては気配が弱い。

 とにかく、そういう荒唐無稽でスケールの大きな何かが起きた。そう考えなければむしろ違和感の残る状況だ。


「それにしても……お主の立ち振舞いを見ていると何か思い出しそうなのだが……なんだろうな、コレは」


 共に特異点での戦いを覗いていた時、遠隔で語りかけていた時には気付かなかったが、こうして目の前で対峙する事で既視感のようなものが噴出した。


「かなり前に師匠がここに来て追い返されたと聞いている」

「いや、妾は寝ていただろうから、それは関与していない」


 謎の既視感は、おそらく容姿からくるものではないだろう。気配であればここ以前に気付いただろうから違う。だからと言って、その正体は分からない。

 話し方か、立ち振舞いか、あるいはただの雰囲気か。


「良く分からんが、まあ血なのだろうな」

「血?」

「エーデンフェルデなのだろう? 発音が合っているか自信はないが、アフラにそういう氏族がいたはずだ。生き延びて子孫を繋げていても不思議ではない」

「帝国に吸収される以前から王国として存在してはいたはずだけど……」


 つまり、共同体としての歴史は帝国よりもよっぽど古い。資料などは散逸しているが、オーレンディア王国よりも古いのではと言われていたほどだ。

 それ以前の段階でアフラと繋がっていたという話だろうか。筆記記録でも口伝でも継承の難しい期間……文明が滅びるほどの大災厄を経ているならなおさらだろうが、王国のどこかに記録の断片のようなものが残っていて、リアナーサが目にした可能性は否定できない。

 そもそも、かつてエーデンフェルデ魔導王国が勃興した背景に、アフラから持ち出した技術が絡んでいる可能性すらある。


「あり得ん事もない話だな。状況を鑑みるに、何がどうなってそうなったかの経緯は複雑そうだが」


 思考を読まれている事に気付いていたリリカだが、最初から放置している。すでに致命的な知識を共有している時点で隠し事をしても無意味と分かっていたからだ。実際、こういった口頭で説明の難しい話は、そのほうが便利だった。


「では、アフラと無限回廊の関係は?」

「もちろんある。そもそもからして、アフラ所属の妾が無限回廊の管理者だったわけだしな。お主が考えているように、《 魂の門 》の出自に無限回廊が関わっている可能性も否定はできん」


 つまり、リリカがかつて無限回廊から感じていたものは、そこに繋がるという事なのだ。

 迷宮都市を訪れた時は奇妙な縁と感じたが、きっと必然だったのだろう。


「…………」


 自分で考えた必然という言葉にチクリと、胸が傷んだ。

 カミルもそれを読み取ってはいたし、その正体にも気付いてはいるが、触れる気はなかった。


「これまで得た知識からして無限回廊自体の出自はまったく別のところにあるのだろうが、妾が管理者になった際、アフラの技術で何かしら拡張をしていても不自然ではない。当代のダンジョンマスターが他の世界の無限回廊と比べて差異を感じているのもそのあたりが原因かもしれん……が」

「が?」

「妾自身はさっぱり覚えておらんのよなー」

「残念だけど、それは仕方ない」


 そもそも、ここに答えがあるとも思っていなかった。多少でも手掛かり……いや、それに繋がる情報の欠片でもあればと思っていたくらいだ。

 むしろ、想定外に真実に近付いた実感がある。それはまるで、真実が向こうからやって来たようでもあった。

 あるいは、渡辺綱が感じている因果の誘導はこういった事象が連続するものなのかもしれないとリリカは思う。


「まあ、何故か気配を感じる事たし、アフラの足跡を辿るのもいいだろう。もはや妾が見る事は叶わぬが、それを見つけるのがわずかでも関係繋がった者であれば尚良い」

「ひょっとしたら墓荒らしのようなものかもしれないのに?」

「別に構わん。今に継承者がいるのであればともかく、そんなはずもないしな」


 いや、たとえ継承者を自負する国があったとしても同じだっただろう。

 カミルが大切に思っているのは遥か昔のアフラ王国であって、すべてが滅ぼされたあとの残骸ではないのだ。




-4.燐-




「お主に関しては応対に困るな」

「よ、良く分からんのやけど、うち、流れでついて来ただけやし。さっき言ったみたいに個別に話してるだけなら、放っておいても構わんよ」

「いや、そういう意味ではないのだ」


 カミルにしてもどう接すればいいのか困るのが、この燐だった。

 会いたかった優先度としては上から数えたほうが早いのだ。個人的な感情を基準にするなら、ひょっとしたら渡辺綱よりも。


「妾からの用がないわけではないのだ。お主は可能であれば再び眠りにつく前に会いたかった一人であり、たとえようもないほどの恩も感じている」

「え……えっ? な、なんで?」

「それが諸々の事情で言えんのよ。できる事といえば、ただ無上の感謝を、燐」

「ど、どういたしまして?」


 何も知らない彼女は当然困惑するだろう。そうなる事はこうして邂逅する以前から分かっていた。

 しかし、どうしても会いたかった事は確かだし、感謝してもし切れないほどの恩があるのも確か。それがお互いに本人ではなく、可能性のものだとしても、差し引いて有り余るほどの感謝があった。

 また、同じく口に出せない懺悔もある。残され、絶望し、無限回廊の先へと消えた者の影を無視する事はできない。自分は、カミルは、s2はそうさせてしまった側の立場であるから。それを口にできないのももどかしい。

 言ったとして構わないのかもしれないが、それがこの彼女にとって害悪にしかならないだろう事は想像がついてしまう。口にしたいのも、自身の感傷が生み出した欲求でしかないという自覚もあった。


「ともあれ、何も知らぬお主に何かを告げるのは妾の役目ではないという事だ」

「別に構わんけど。……困ったなあ」


 燐にとってはこの場をどうやり過ごすか、その方法を見つける事が急務だった。


「では、よければお主の剣舞を見せてはもらえんか。……何か助言できるかもしれん」

「ん? ええよ」


 良く分からない展開と思いつつも、会った相手にそうせがまれる事には慣れている。剣の天才と評され、実際に実力を認められている以上、どうしても付いて回る宿命のようなものだから。

 人によっては太刀筋を見られる事を嫌う者もいるが、まだまだ発展途上という自覚の燐自身はそんなケチ臭い事は言わない。むしろ、それを言いそうな剣刃も止めないし、本人も見せびらかすタイプだ。

 あるいは、父に似て自己顕示欲や承認欲求が強いのかと思いもするが、本人としてはどちらでも構わなかった。


 謎の空間で一人、剣舞を披露する燐。それを眺めるカミル。

 両者の思惑はまったく別のところにあったが、不思議な事にその二つの形は合致していた。


 静寂の空間にただ一振りの剣が鳴らす音だけが響く。鋭く、無駄なく、本来あるべき抵抗すら感じさせずに空気を切り裂くその姿はまさしく流麗。

 カミルの脳裏に芸術品という評が浮かぶ。それは、自分の知る実戦的なそれとは違う意味で魅了する美しい剣だ。

 知っているものよりも遥かに未熟で、同じでありつつもどこか違う。そんな燐の剣舞を見てカミルが何を思ったのかは本人にも分からない。懐かしさとも違う、たとえようもない感情が、彼女の胸を強く締め付けてやまない。

 渡辺綱には同じものと思えないとは言ったが、思った以上にs2に繋がりを感じているらしい。実体のある身であったなら、泣いていたかもしれないなとカミルは思う。実体でない事が良かったのか悪かったかすら理解できないが。


 剣舞は続く。


 燐は、カミルが自分の剣舞に別の何かを重ねて見ている事に気付いていた。

 それは自分の剣に似ていて、どこか違う、まるで一つの流派から派生した分派のそれに近いように思えた。


「こう、か?」


 何も言わず見ていたカミルは、それを見て絶句していた。

 確かにs1の姿を重ねて見ていた事は否定できないが、燐はそのイメージを感じ取り、合わせるように修正してきたのだ。

 観測した範疇のs1がそんな離れ業をした記憶はない。やっていなかっただけでできるのか、あるいはこの発展途上の燐であるからできる事なのか。


 静かに剣閃が止まる。

 最初に想定してたものとは少々異なる内容ではあったが、即興ならばなかなかいい出来だろうと燐は自負していた。


「すごいなー、カミル様はこんな能力もあるんやなー」

「……ああ」


 何か勘違いしているが、それは純粋に燐の才能だ。カミルにそんな能力などないし、剣の指南をするような腕もない。

 とはいえ説明できるものでもないので、ここは勘違いさせたままにしておこうと開き直る事にした。




-5.セカンド-




「あれ、セカンド?」


 一通り話は終わったので、そのまま外に出てみると、セカンドが立っていた。カミルの反応的に俺が最初に戻ってきたと思ったのだが……。


「入室制限で弾かれたようです」


 そもそも入ってすらいなかったらしい。


「なんで? 実はやっぱり六人制限だったとか?」

「リグレスの鞄に隠れていたインコが原因でしょう」

「は?」


 インコって、風獣神パロの使徒になったと言ってたインコか? いつの間に潜り込んでたんだ?


「アタック開始時から微弱な生体反応には気付いていたのですが、何か理由があると思いまして放置してました」

「正直、あのインコに何か目的らしい目的がある気はしないな」

「実は同感ですが、私もどうしてもカミルと謁見するほどの理由はなかったので。興味はありますが」

「……いや、今からでも行って来い。俺が抜けたから枠は空いてるはずだ」


 確かに必要性という意味では薄いだろう。セカンド自身の思い入れもそこまで大きくはないはずだ。しかし、カミル側はそうでないと思う。

 土亜ちゃんほどの思い入れはなくとも、多分自分で感じている以上にS6の面々に繋がりを感じていると俺は思った。

 何か特別な事を話す必要はなく、純粋に挨拶だけでも嬉しいはずだ。


「そうですか? それなら行って来ます」

「おう、行ってら」


 相変わらず何考えているのか分からないセカンドだが、少なくとも表面上は、会えるなら会っておくかという程度のノリでゲートを潜っていった。

 今度は問題なく転送ができたようなので、推察通り人数制限に引っ掛かっていたのだろう。


 そして、しばらくしてから原因らしいピコを連れたリグレスさんとガウルが戻って来た。……本当に潜り込んでたのかよ


「ツナ、お前塩とタレどっちがいい?」

「そんなに食うところないだろ、そいつ」

「ギャーッッ! リグレス様! 無言で串刺さないで欲しいのね」


 無言でないのならいいのかって感じだが、予想通りピコに目的などなく、イタズラで紛れ込んでいただけらしい。

 本当に食う気なら、串を刺す前に下準備はして欲しいもんだが。


「……ずいぶん時間がかかるな」

「まあ、積もる話があるのだろうよ。別に急いでるわけでもないのだから、大人しく待っていろ」

「お尻が痛いのね」


 しかし、それからは一向に後続が出てくる気配はなかった。

 次となる燐ちゃんが出てくるまででも一時間以上を要し、それに続いてリリカが出てくるのも更に三十分以上かかった。

 ガウルたちが中で話した時点で一時間もかからないとか言っていたらしいのに、倍以上経過している。


「なんかよう分からんのやけど、ずっと感謝されとったわ。出るタイミングもよう分からんし」


 まあ、燐ちゃんについてはそうなるだろう。カミルの方針上、彼女には何も言えない。だからといって、決して無碍にはできない存在だからだ。


「リリカは何か収穫あったのか? ずいぶん神妙な顔してるが」

「ん……想像以上にあった」


 その回答に一瞬背筋が冷える思いを抱いたのの、回答はまったく別で、リリカの収穫はアフラ王国についてらしい。

 どうも、かなり細いとはいえ、彼女のルーツはアフラに繋がっていたらしく、いろいろと興味深い話を聞けたそうだ。

 ただ、本人も言っていたように詳細な記憶はすでに失っていて、分かったのは表面的な事実のみ。それでも大発見と呼ぶに相応しい内容なのだろう。


「結局よ、今回のコレは何が目的だったんだろうな。俺たちが来た事に意味はあったのか?」


 残りの二人を待つ間、ふとガウルが呟く。

 確かに、明確に何かがあったわけじゃない。ここ最近、俺が絡んだイベントが星の崩壊とか特異点とか異世界からの訪問とか、いろいろスケールのでかい話ばかりだったから余計にそう感じる。

 だがまあ、多分意味はあるのだろう。俺たちにではなく、カミル本人にとって。


「そんなん、呼ばれた土亜次第やないの? あと、リグレスさんにとっては明確に遠征の依頼やし。リリカさんとセカンドはよー分からんけども、渡辺さんは保護者枠で、ガウルさんは……鍵?」

「いやまあ、それはそうなんだがな……って、お前も鍵扱いかよ」

「だって事実そうやし」


 俺たちにとっても遠征依頼として受注した案件ではある。コレ一つでC--からマイナスが一つ消せるかは怪しいが、ダンマス的にも無視はできない情報はあった。特に、先代のダンジョンマスターがカミルとはっきりした事は、実質的な利点が伴わないとしても嬉しい情報だろう。

 他にも、リリカにとってはかなり有意義な体験だったようだし、間違っても無駄ではないだろう。


「戻りました」


 そんな話をしている内に、セカンドが戻ってきた。先に戻ってくると思っていた土亜ちゃんはよりも早かったが、時間にすれば一時間近い。

 つまり、土亜ちゃんは三時間近く中にいる事になるわけだが……。


「おつかれ。何か得るものはあったか?」

「不思議な体験でした。奇妙な縁で結ばれた関係ではありますが、彼女にとってはとても重要なものと認識している事は伝わります」


 そうだろうな。だから、結局のところコレは……。


「コレは彼女にとっての離別の儀式だったのでしょう。悔いのないよう眠りにつくための」


 ……そう。セカンドの代弁はここにいるほとんどの者が感じていたカミルの理由なのだろう。

 また、そう言うセカンドがどこか人間臭く感じるのは、彼女にとって得難い何かがあったという事なのかもしれない。

 獣神姫カミルはこのまま眠りにつく。俺たちはその最後の儀式に呼ばれた見届人なのだろう。そんなもの、たとえ自分にとっての意味が薄かろうが文句を言えるはずもない。


 そう納得した時、どこか不思議な感覚を覚えた。

 < 生命の樹 >が微かに鳴動し、どこからか……おそらくは暗黒大陸全土から、ひょっとしたら魔の大森林も含めて、カミルの眠りを神聖な儀式として見守る信仰心……あるいは、祈りのようなものを感じられた。

 カミルがあらゆる獣神や獣人の祖というなら、事実は知らずとも何か感じるものがあるのかもしれない。


「戻ったでー」


 そんな中、神聖な空気がまったく関係ない事と言わんばかりの能天気な声で土亜ちゃんが戻ってきた。

 彼女が中で何を話したかは分からないが、少なくともカミルにとっては最重要イベントだったはずだ。

 たとえ土亜ちゃんが真実を知らないにしても、何か感じ入るものはあるはずで、その割には違和感を抱かせる反応だった。


「いやな、中でカミルといろいろ話して決めたんよ。だからこんなに時間かかってしもうた」


 何を? と、この場にいる誰もが疑問を持ったはずだが、誰もが口を開けずにいた。それどころじゃない。


「トア、背中のそれはなんなのね?」


 真っ先にツッコミを入れたのは意外にもピコだった。ほとんど関わりのないただのインコだからこそ、素直に疑問を口にできたというべきか。

 それはあきらかな異常事態。この遠征の全貌や目的をある程度でも把握し、納得した者ほど混乱する存在がそこにいた。


「これか? これはカミルの分霊や。……まあ、娘みたいなもんやな」


 土亜ちゃんの背には、まったく同じ背格好で色彩だけが異なるだけの幼女が眠っていた。



「うちの妹にする」




土亜の実家はいきなり増えた妹をどう捉えるんだろうか。(*´∀`*)

というわけで、しばらく無限のターンは続きます。

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引き籠もりヒーロー

(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
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― 新着の感想 ―
>>当時地表を飲み込む勢いで拡張し始めた帝国 これアフラ王国のことですか? 王国と帝国が混ざるとややこしい気がします。 ガウルとリグレスの差が意地で埋まるものではないレベルなら 更に格上のヴェルナ…
3のリリカ編(燐編手前) 「まあ、何故か気配を感じる事たし だしかなと思ったけど、話し方として少し変かなと思いまして であるしとかではあるしとかですかね?
やったね!トアちゃん 家族が増えるよ!
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