第17話「生命の樹」
今更だけど、第七章は緩い感じで最後までいく予定です。(*´∀`*)
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暗黒大陸。この星の南半球に存在する大陸で、古代からの生態系を維持しているらしい魔境である。
俺たちが住む大陸よりは狭いものの、オーストラリア大陸の二倍以上の面積はあり、その広大な土地のほとんどが凶悪なモンスターが活動する魔境。 わずかな妖精種こそ原住民として暮らしているが、基本的に人間が住むような環境ではない。
辛うじて接岸可能な海域はあるものの、複雑かつ強烈な海流と守護する亜神によって到達すら困難な土地だ。まあ、迷宮都市関係者でもないのにそんな大陸に足を踏み入れる奴もいたらしいが、極々少数である。リアナーサとかいう妖怪なんだが。
実はこの暗黒大陸、現在では迷宮都市冒険者が引退したあとのセカンドキャリアとして、開拓村を運営していたりするそうだ。
ただ、他にもオーレンディア王国の北部の中小国家群をはじめとする辺境なども対象らしいので、その中では人気はなく、そもそも引退する冒険者自体が少ないので他の地域以上に人手が足りず、開拓は進んでいないのだとか。地図を見せてもらったが沿岸地域しか開発が進んでいないので、本当に人気がないのだろう。
今なら村長になれるぞと言われても魅力を感じないのは分かる。確かに何を好き好んでという話である。
「元々その地域に存在する柵などを敬遠する者が来るらしいな。世捨て人とまでは言わんが、そういう類だ」
「ああ、なるほど」
確かに、そういう人は冒険者に多いかもしれない。
少し詳しく聞いてみれば、どっちかといえば人間関係が苦手な元冒険者がスローライフ目当てに来るっぽい。たとえ魔境でも、中級冒険者になっている人ならどうとでもなりそうなレベルではあるし、案外いいアクセントかもしれない。
あとは、冒険者でなくとも迷宮都市の住人であれば開拓に参加する権利はあるそうだ。やはり人気はないものの、まったくいないわけでもなく、引き籠もりの更生に放り込まれたりとか色々あるらしい。多分、追放されるよりはマシなのだろう。
というわけで、ここはその開拓村の一つ、マレイガン。暗黒大陸で数少ない転送施設の完備された村だ。
「私の……この杖の原材料に使っている木があると聞いたんだけど」
「ふむ、その木の種類は分かるか?」
「神霊樹オルガン。迷宮都市で調べてもらった」
「ああ、ならば大陸反対側のキ村で植林実験をしているモノだな。今回はそこに行く事はないが、木自体は禁足地にも生えていたはずだ」
リグレスさんと話している内容によれば、どうもリリカの杖はこの大陸が原産らしい。多分だが、リアナーサがここに来た際に手に入れて製作したとかそういう事なのだろう。そのまま会話を聞いていれば、迷宮都市で仕入れると冒険者割引されてもお高めな素材や魔術触媒も多いのだとか。
元日本人としてはオルガンという名前は気になるが、鍵盤楽器とは関係ないはずだ。この村もマレイガンだし、この辺りに伝わる言葉なのだろう。
「帰りなら、材料を調達していくくらいは構わんぞ。この村にも取引があったはずだし、多少は安いだろう」
「……なるほど。ツナ君、お金貸して」
「ノータイムで借金すんなよ。……別に貸すのはいいが、額は応相談だな」
「頑張る」
……何を頑張るというのか。
一応、クランの制度として冒険者としての活動費用の範疇は補助を入れたり、ある程度の借金枠を設けるよう検討はしているのだが、こういう奴がいるとまったく進まないのだ。いきなり限度額借金しかねないし。同じ部屋に放り込んだロッテは匙投げそうだし。
「しかし、キ村ってずいぶん変わった名前ですね。どういう意味なんですか? この辺の言葉とか?」
「日本語の木だ。村長が木村という元冒険者らしい」
「ダンマス案件かよ」
リグレスさんも良くは知らなかったが、多分日本の名字を欲した冒険者がここの村長に収まったとかそんな話だろうという事だ。気になったから聞いてはみたが、脱力するくらいどうでもいい話だった。
「まさか、田中とか鈴木もいるんじゃないだろうな……」
「ギルドのゴブリン職員にいるな。というか、お前のところに息子がいただろう?」
「……マジかよ」
ゴブサーティワンは、フルネーム田中ゴブサーティワンだったらしい。冒険者としてのプロフィールに書いてないから把握してなかったよ。
その上、鈴木もいるとか、異世界なのに頭バグりそう。俺の渡辺だけが目立っているような気もしていたが、ひょっとして案外身近に日本語名字がいたりするのか?
結局、打ち合わせ以外はほとんど雑談だけで到着初日は過ぎていった。
多少、マレイガン村の散策もしてみたが、思ったよりは規模が大きいというくらいで普通の集落だ。珍しいモノもそれなりにあるが、基本地産地消の地元向けで、商店自体がわずかだ。目につくモノすべてが珍しいモノだから、極論地面の砂でも研究材料になり得るもかもしれないが、俺は興味が持てそうにない。
実際、リリカは商店に並んでる謎の素材群を食い入るようにしていた。
そんなわけでその日は地元の名産らしい謎の食事を頂いて就寝。リグレスさんとの相部屋を断固拒否したガウルと二人部屋で寝る事になった。
「……それで、どういうつもりだ? お前、あきらかに避けてたのに」
単にリグレスさんと同じ寝るのが嫌なだけかと思ったら、ちゃんと理由もあったらしい。どれくらいの割合かは知らないが。
「リリカの事なら……なりゆきというか、いつまでも目を逸らすわけにもいかないからな」
それに知っている者からはそう見えたかもしれないが、そこまであからさまに避けていたわけじゃない。ノータイムで借金を打診されるくらいには交流している。
同じクランである以上、どこかで距離感の調整はする必要があった。今回である必要はなかったが、駄目でもない。
俺の気持ち一つで解決できる問題を後回しにするなんてできるはずがない。それはただの贅沢だ。
「にしても急な話だと思ってな。……あいつ側も何考えてんだか良く分からねえんだよな。特異点の前後で見ると、お前の変化を考慮しても不自然だ」
「……誰かが話したとか?」
それならバラした相手を折檻するしかないが、極論、知られていたとしてどうするって話でもある。
「ちなみに、俺じゃねーぞ」
「別に疑っとらんわ」
ガウルの場合、うっかりでもバラしてしまったら素直に謝りに来るだろうし。
結局のところ、この件については真実が伝わるかどうかは問題じゃない。知ったリリカがどう思い、行動するかが重要で、俺側に選択肢があるとは思っていない。
「まあ、実際今回の同行理由も判断が難しいんだよな。お前の言っているのもありそうと言えばありそうだし、あの理由は正直こじつけに聞こえなくもない」
ある意味、今後どう接するか探りを入れる意味もあったわけだが、結論としては良く分からないだ。
あいつとリアナーサの関係性や暗黒大陸や生命の樹をどう捉えているか良く分からないのが大きいが、出てきた参加理由も納得できないでもない程度のモノでしかない。知っていて、あるいは気付いていて、俺と同様に探りを入れる目的でっていうのも十分に考えられる範疇だ。
自分から確認しておいて拒否するのも変だから、そのまま通したし、深く突っ込まなかったが。
「ただ、知ってるなら、それはそれで不自然なんだよな。だから良く分からねえ」
「ガウルさんはその話をするためにわざわざ俺と同室に? 相変わらず難儀な性分だな」
「あの虎と同室が嫌なんだよっ!! 別に俺一人部屋でもいいんだぞ。……まあ、どこかで話す気ではあったがな」
騒音のようないびきは俺も嫌だ。騒音含めた悪環境での就寝は慣れたものだが、静かなほうがいいに決まっているし。
その点ガウルの寝息は静かなモノだ。だからこそいびきが気になるのかもしれないが。
その夜、なんとなく目が覚めた際に遠くから聞こえる地響きのような音が聞こえた。何かの襲撃かと疑うような音に、ガウルさん何も悪くねーわと納得させられてしまった。
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というわけで翌日。村から少し離れた場所にある簡易飛行場に集合した俺たちは、昨日見学した航空機に乗り込んで離陸の時間を待っていた。
とても演技とは思えないリリカの怯えた表情を見せられて、せめて近くに座ったほうがいいのだろうかと思いもしたのだが、体のサイズ順に専用の席が最初から用意されていた。どうもこの席、緊急時の脱出装置も兼ねていて、事前に申告しないとずらす事はできないらしい。
なんか、最悪の場合はバラバラになって、席ぞれぞれにパラシュートやら簡易的な飛行機能まで付いているらしいよ。すごいね。
その上、酸素マスクや生命維持装置やそれに連動した薬物投与の機器なんかもついているという話だったが、それらは使われる事なく目的地に着いた。
というか、俺たちが乗っている場所は外が見えないので、発進した事すら気付かなかったくらいだ。いつかのリムジンといい、高度過ぎる技術である。
到着して外に出てみれば、その周囲はやたら背の高い木ばかりの森林地帯なので、どれくらい移動したのかも分からない。
……多少開けてはても、滑走路すらないんだが、ここ。
「垂直着陸しました」
疑問を口にしたわけでもないのに、何故か誇らしげにも見えるセカンドが無表情のまま説明してくれた。
どうも、この航空機の性能をフルで活用できるパイロットなら問題なくできる芸当なのだとか。元々アサインされていたパイロットさんだとできない……多少失敗する可能性があるのでもう少し離れた航空施設に翔ぶ予定だったのが、数十キロはショートカットできたらしい。
冒険者とはいえ、こんな魔境を長々と歩きたくはないので素直に助かる。
「地図でいうと、現在地点はここだ。目的地はここから南南西に十数キロ移動したここになる」
リグレスさんが現在位置確認のために見せてくれた地図で今後のルートを再確認するが、新たな疑問が浮かんだ。
「垂直着陸できるなら、その目的地に直接行けば良かったんじゃ……」
「航空機だろうが転送装置だろうが、禁足地に直接乗り込むのは禁止されとる。まあ禁足地というくらいだからな。ここに着陸するのや、近くの簡易飛行場もかなり交渉が難航した上でようやく許可をもらったらしいな、まあ、慣習だなんだの話はオレたちが言えた話ではないが」
明確にNG出されてたのね。
別に迷宮都市の勢力下ってわけでもないんだから、インフラに手を出すのだって本来はタブーだろう。龍世界の連中は交渉すらなしに全投げしていたけど、普通は道路を通す事すら戦争理由になりかねない。測量すらアウトだ。
そこから徒歩で移動を開始。少し離れると獣道とも呼べない道しかないようだが、禁足地とやらに近いここはむしろ整備されていて、散歩気分で移動する事ができた。
周囲から伝わってくる気配は正に魔境と呼べるようなモノだったが、俺たちにとっては特に問題にならない。旅そのものに慣れていない土亜ちゃんと燐ちゃんは多少疲弊していただろうが、彼女らにしてもこの辺のモンスターや獣はどうとでもなるはずだ。
「こんなトコなのに、小動物もおるんやな」
「小さくても、ちょっと前までのおりんりん食い殺せる化け物やで」
「……おっかない場所やな。戸締まりしとこ」
冒険者にとってはそうでないだけで、本当に怖い場所である。
「森を抜けるぞ」
先行するリグレスさんの声が聞こえてから少し経つと、言っていた通り森が途切れた。
差すはずの光がないのが違和感だったが、更に奥を見てみればあっさりと納得できてしまった。
「でけえ……」
森の途絶えた空間の中心部、そこに巨大過ぎて遠近感の狂いそうな大木がそびえ立ち、傘のように直射日光が遮られている。
まるで、竜世界で感じたような壊れたサイズ感に、ただただ圧倒された。
「アレが< 生命の樹 >だ。実体もでかいが、ダンジョン化している中身は更にでかいぞ」
もはや慣れたモノと言わんばかりにリグレスさんはスタスタと移動していくが、俺を含めた何人かは呆然としたままだ。
「はー」
「はえー」
「やべえな、こりゃ」
「これが……」
誰が誰の声だか分からないくらいに圧倒される存在感。それは移動を開始しても続き、どこまで歩いても一向に距離が縮まった気がしない奇妙な感覚のズレを感じる。
魔術的なモノではなく、単に圧倒的なサイズ差による認識のズレでしかないのだが、まさかこの星でもそんな体験をするなんて。
「……師匠は、どこまで行っても辿り着けなかったって言ってたけど」
それなら、普段は魔術的な結界もあるのかもしれないな。今は感じないし、話が通っているだろう俺たちに対しては行使されていないだけかもしれない。
いつの話か知らんが、リアナーサが突破できなかったという時点で結構な代物なんだろう。まさか距離感に騙されて帰ったとも思えないし。
気が遠くなりそうな距離感のバグった道をただ進み、生命の樹周辺の建物が点在する場所までやって来たのが数時間後。
そこは一見何かの集落にも見えるが、良く観察してみれば生活感のようなものはなく、祭事を執り行う儀式的な建物らしい事が分かる。多分、ここは元々人が生活するような場所ではなく、迷宮都市でいう四神宮殿のような場所なのだろう。なんか、< 生命の樹 >周辺はみんなこんな感じらしい。
そして、そんなところにいる存在といえば大体相場が決まっている。
「戻ったか、焔虎の使徒よ」
待ち構えるように現れたのは生命の樹とは比べるようなものではないが、巨人のようなサイズの樹が立って歩く姿。
事前にリグレスさんから聞いていた情報がすると、おそらく現地を守護する亜神の一柱……樹神フルウーネスだろう。……でかいな。
「おう、待たせたな」
「待ってなどおらんが……まあ、歓迎しよう」
フルウーネスは俺たちを一瞥したあと、あきらかに彼の態度が軟化した。反応したのは……土亜ちゃんかな?
本人は気の抜けた顔をフルウーネスを見上げているだけだが……やっぱり何かあるのかね。
「周期からして、生命の樹の入り口は明日早朝にでも開かれるだろう。詳しくは周辺で観測しているお前の仲間に聞くといい」
「おや、二日ほど余裕をもって来たのだが」
「元々不安定な周期だ。……おおよその理由は察するが、門が開かれる時という事なのだろうよ」
「ふむ、猥褻物か。鍵を判別しているという事か」
リグレスさんは納得しているし、フルウーネスはそれを訂正しないが、なんか違う気がする。ガウルじゃなくて、どっちかというと土亜ちゃんじゃねーかな。
事前に説明は受けたのだが、< 生命の樹 >は現在一定期間ごとにその入口を開いているのだという。彼らが話しているのは、その周期がズレたという話だ。
この周期にしても、つい最近見られるようになった現象らしく、リグレスさんが調査をする事になったきっかけの一つなのだとか。
「やっと来たのね、リグレス。待ちかねたのよ!」
そして、そのまま移動しようとしたタイミングで、フルウーネスの枝の一つから謎のデブい……インコっぽい何かがリグレスさんの後頭部に突っ込んできた。
何故か喋っているが、そろそろ何が喋っても驚かなくなってきたのもあって、素直にそういう生き物なのだと思える。
「ピコか。お前の役目は終わっておるだろう」
「リグレスさんの知り合いですか、その鳥?」
「知り合いといえば知り合いだな。つい最近、風獣神様の使徒となったインコのピコだ」
「ピコなのね」
敬礼のようなポーズでこちらに向き直るが、デブ過ぎてまったく格好付かない。緊張感がないというかなんというか。
前にガウルから聞いた時は、加護は眷属の獣人にしか与えられないって話だったんだが、ただの鳥にも付与できるんだろうか。
「それで、そこの狼がリグレスみたいな紛い物でなく、正式に風獣神様の加護をもらった同志なのね? 歓迎するのね」
「お、おう……同志かは知らねえが」
不意に同志認定の上で握手を求められたガウルは、目の前の謎生物に引き気味だ。
見た目がコミカル過ぎてジャンルの違う漫画から出張してきたような存在は、さすがに困惑するしかない。ユキだったらテコ入れとか言い出しそう。
「何かある事に、何もなくても気分次第で性癖改造される同志なのね。これからは遠慮なく主様相手の盾に使わせてもらうのね」
「ふざけんなっ!!」
テコ入れかと思ったら違ったとか言い出しそう。
「先輩の盾になるのは後輩の役目なのねっ!! お前からはなんかそういうオーラを感じるのねっ!?」
「俺にはそんな爛れた趣味はねーんだよっ!」
と、唐突にデブい小鳥とガウルの乱闘が始まった。止める気はないが、それでいいのかガウル。
「あの……それで、なんなんですか? あの鳥」
「風獣神様が今回の件で必要になるかもという事で急遽指名したインコだ。結局鍵としては四種以上の加護持ちが必要という事になって無駄になったが。すでに風獣神様はアレの存在を忘れているかもしれん」
「無駄とか言ってんじゃないのねっ!? 任命責任というモノを追求するのねっ!」
「オレに言うな。それを追求する先は風獣神様だろうに」
「ご主人様は怖いから嫌なのねっ!? またなんか変な扉を開かれちゃうのねっ!」
性癖開発されたインコとか斬新だな。
「ならどうしろというのだ。お前、加護で得た能力以外はただのインコだろう。何故まだいるのか知らんが、野生に帰ってもいいぞ」
「ペットとしての食っちゃ寝生活を所望するのね。その交渉のために待ってたのね」
「そのままフルウーネス殿に飼ってもらえば良かろう」
「我に丸投げするな」
「あの樹は餌が自前調達なのね」
「……まあ、別に構わんぞ。流星騎士団なら、誰か琴線に触れる奴がいるかもしれんしな」
厚かましいにもほどがある要求だと思うが、良く考えてみればインコの一匹くらいどうとでもなるか。こんなんでもクランハウスに置いておけば癒やしになるかもしれない。何かの間違いでダチョウみたいにでかくなったら食費が大変だろうが、それはそれで人気が出そう。最悪、動物園でもやっていける。
「い、言ってみるものね。あまりにトントン拍子でビビっているのね」
「なに、ペットとして不適格なら捨てられるか処分されるだけの事よ」
「おっかないのね……。ここは喋れるという利点で前面に押し出して、愛らしさをアピールするしかないのね」
迷宮都市のペット事情は厳しいぞ。喋れるとか、なんのアドバンテージにもならないからな。
まあ、リグレスさんが引き取るというなら俺には特に関係ないか。
「おい虎、そいつ焼き鳥にする時は誘えよ」
「分かった」
「分かるんじゃないのねっ!?」
唐突に現れて、知らぬ間にフェードアウトしそうなピコの運命や如何に。
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「あまり時間もなくなってしまったようだが、付け焼き刃の連携訓練を始めるぞ」
その後、流星騎士団を始めとする冒険者たちが設営したという仮の宿泊施設へやって来て、現地の駐在員に少し挨拶をして、さっそく訓練が始まった。元々数日かける予定だったらしいが、周期の変化とやらでそれがズレた故だろう。
といっても、最低限のパーティ内連携を確かめるだけの事前訓練であり、これだけで何か成果を出すわけでもない。これまでの合同合宿である程度お互いの実力が分かっている俺たちにとって、ほとんどは再確認の意味合いが強い。
必要だったのは主にリグレスさんと個々の連携、そしてこの短期間で急速にレベルアップした二人についての認識調整だ。
「もっと、もっと欲しいのねー」
手が空いて暇になった奴はピコに餌付けをしているが、特に問題はない。
さっきからひたすら餌を与えているセカンドが何を考えているのかはさっぱり分からないが、案外楽しんでいるのかもしれない。
「死ぬ、それ以上は死んじゃうのねー!」
「まだいけます」
……案外楽しんでいるのかもしれない。
「土亜のほうは問題ねえが……燐のほうは振り回されてんな」
観戦していたガウルの言うように、燐ちゃんのほうはいまいちスペックを活かし切れていない感じではあった。
急激に身体スペックが上がった事、そんな成長経験がなかった事を考慮するなら上々なのだろうが、想像していたようなキレは感じさせない。以前のようなズレてる感じとまではいかずとも、純粋に慣れが足りない。
あの手の天才は能力的な変化があってもあっさり適応するものかと思ったのだが、ガウル曰く、元々自前の体を上手く使えてた奴に見られる症状らしい。
それでもまあ十分といえば十分。おそらくリグレスさんの言った最低限は余裕で満たしているし、そこらの中級冒険者だって歯牙に掛けない強さだろう。
周りのフォローが期待できる今回の環境は、経験を積む意味でいいイベントだったかもしれない。
「何もできーんっ!」
そんな新生燐ちゃんと模擬戦をして、一番相性が悪かったのはリリカだった。
スキルのみならず、動作の尽くが潰される。自分の体を動かす際にどう魔力が伝達されているのか把握できていないのか、少し干渉を受けるだけで何もできなくなった。対策も何もないので本当に何もできない。
……以前からやっていた事ではあるが、新人戦で見せた精度と比較して更に成長が見られるな。
「ぬわーっ!」
「おー、盛大に蹴られたなー。おりんりん、もうちょい頑張れー」
かなり強引に突っ込んで、ソバットっぽい蹴り技でふっ飛ばされた燐ちゃん。
合同合宿に参加している面々からは周知の事実だが、リリカに不用意な接近戦は割と悪手だ。サージェスみたいな格闘家と比べるようなものではないが、無策で飛び込むと後衛職のそれとは一線を画する動きの格闘術が待っている。今は存在しない古武術の一種で、基本的には足運びのほうがメインらしいが、接近された場合の奥の手としては十分だろう。
それは合同合宿常連な燐ちゃんだって知っているはずなのだが、他にどうしようもなかったのかもしれない。
「魔術士にしては奇っ怪な動きをすると思ったが、オレの知らん武術だな。確かに魔術士とは相性が良さそうだ」
さっき、そのリリカを瞬殺したリグレスさんが言う。前に夜光さんも言っていたが、この人はその手の小細工が通用しないのだ。
脳筋だから感じないとかではなく、ちゃんと理論立てて対策した上で無視するのである。なんか、《 ノウキン・バトル 》なんてスキルも持っているらしいが、本人は脳筋じゃないのだ。
「教えた人が古の人ですから、失伝してるんじゃないですかね? 調べましたけど、オルダリアって人の名前も残ってませんし」
「迷宮都市にオルダリー・アーゼという歌手はいるが」
「さすがに無関係でしょ」
なんか名前は聞いた事はあるが、そこまで有名じゃなかった気がする。ファンなのかな?
動きを見ただけで未知の武術である事が分かるリグレスさんだが、彼は彼で武術に関しては相当な知識を持っているらしい。
玄龍のように実践派ではなく、あくまで知識として知り、どちらかといえば対策として活用するのが主らしいが、迷宮都市でさえほとんど使用者のいない戟を使っているのもそういう知識の中から自分に合うと判断したものなのだろう。
そんな事を、目の前のスキルもないも発動しない一見地味な模擬戦を眺めながら考えていた。
「……そもそも、アレは本当に格闘術なのか?」
「オルダリア流近接格闘術って言ってるくらいですから、そうなのでは?」
「こうして見ていると違和感があるのだがな。何がかは分からんが」
そんな事言っても、失伝した武術の正体なんて調べようがないんだが。
リアナーサだったら知ってるかな? でも、リリカは歩法しか習っていないって話だったしな。
予定変更の影響もあってか、そんな感じで少しだけ慌ただしく、ダンジョン・アタック本番前日が過ぎていった。
そして、特に何かがあるわけでもないまま翌日を迎え。フルウーネスの案内によって< 生命の樹 >の入り口という、転送ゲートっぽい穴を潜る。
この禁足地には守護者と呼ばれる亜神が三体いるという話だったのに、見かける事すらなかった。
[ 生命の樹 ]
このダンジョンは、これまで俺たちが攻略してきたダンジョンと異なる点が多い。
第一の特徴として、階層が上へと向かっている事。通常、下へ下へと向かう洞窟型のダンジョンが多い中で、正反対である。
そして各層のフロアが複数、階層を移動するための経路も複数と、まるで本体である巨大な樹をそのまま反映したような構造になっているらしい。
当然、奥に行くに従って急速に複雑化し、何層も引き返さないといけない場面が頻繁に発生するのだとか。
「最奥部まで行けるルートは確保済みだ。最適かどうかは知らんが、とりあえずオレが単身でも突破できる」
そんな、あまり見ない構造のダンジョンではあるが、配置されているモンスターやトラップがそこそこでしかないため、攻略はそう難しくなさそうである。
適正レベルと思われるLv20~Lv30あたりの冒険者が挑んだら勝手の違いもあって苦戦しそうだが、パーティメンバーにLv100オーバーが紛れ込んでいる時点で仕様の違いなど些事にしかならないのである。
レベルだけでなく、リグレスさんは特殊仕様ダンジョンの攻略経験だって多いだろう。もっと理不尽なダンジョンだって無数に攻略しているはずだ。
つまり、リグレスさん一人いるだけでこのダンジョン攻略は楽勝モード。燐ちゃん、土亜ちゃんのお勉強として最適なツアーのようなものになっている。なんなら、俺たちにとっても勉強になる事は多いので、いい経験である事は確かだ。
……今後の事を考慮するなら、迷宮都市が管理する以外のダンジョンに挑む事が多くなりそうだからな。
とはいえ、難易度を別にしても気を抜く事は許されない。いくら楽勝モードだとしても、まだまだ未探索エリアや情報の足りないモンスターが多い中で油断などできるはずもないし、わずかな油断で致命傷を負いかねないのがダンジョン・アタックなのだ。そんな奴は中級昇格すらできずに淘汰されるのが迷宮都市なのだから。
その点、燐ちゃん土亜ちゃんはちゃんと心構えができているのか、油断している様子は見られない。口数が少ないあたり緊張しているっぽい部分も含めて、パッと見でもまだまだ足りない部分はあるが、そこは今後の成長を期待して熟練者がカバーすべきところだ。
……こうして初心者のアタックを見ていると、いつの間にか俺も成長したものだなと思ったりする。まだ冒険者歴は一年半なんだが。
「よし、今日はここで休息をとる」
そうリグレスさんが言い、キャンプの準備を始めたのはフロアの境目だ。どうやら迷宮都市のダンジョン同様、ここはモンスターが寄り付かないセーフエリアのような扱いらしい。攻略速度から見るとかなり早めのキャンプだが、余裕を持ってという事だろう。
ただ、迷宮都市のダンジョンでいう転送ゲート前のように絶対的なセーフゾーンというわけではないらしく、夜番は必要という事で、交代でその訓練も兼ねる事になった。
そういえば、俺も夜番の経験は少ないな。危険な場所で夜を明かした経験自体は多いんだが。
「ダンジョン・アタックというのはなかなか興味深いものですね。情報として知っているのと実際にやってみるのとは全然違います」
というわけで、最初の夜番の相方になったのはセカンドだった。本人は不眠不休でも活動できるらしいが、ちゃんとこのあと休息をとる予定である。
「そういや、セカンドはダンジョン・アタックは初体験なのか」
「プレテストなどに参加した事はありますが、アタック自体も、このような外部ダンジョンも初です。いつかの< 極彩の遊戯場 >などを含めなければですが」
「ああ、アレな」
特異点での苦い思い出の一つである。あのピエロの特性上、思い返す事自体あまり良くないのだが、完全に忘れるのはちょっと無理がある。
アレは別に攻略する目的じゃないし、ダンジョン・アタックに含めるのも無理があるだろう。元のダンジョンを基準に作り直されたとしても俺の印象が強いままだ。
「結局、セカンドの立場って今後どうなるんだ? あくまでエルシィさんのサポート役?」
「元々、そのあたりはオリジナルも決めかねていて、実験の意味合いが強かったようです。それがあの特異点の出来事で更に悩む事になっているようで」
「お前の能力的に、単純に冒険者だけやらせるのはもったいないもんな」
「冒険者としての能力は、今のところオリジナルの劣化版でしかないので、あまり望まれてもいません。困りました」
「アンドロイドでも困ったりするんだな」
「といっても、私はアンドロイドらしいアンドロイドというものを知りません。創作の中にあるそれをイメージしても自分と同じモノとは思えませんし、同型機のサードを見ても答えは得られそうにありません」
エルシィさんが人間味溢れる……というか、溢れまくっているからこうして違和感なく話しているが、元々からして俺のイメージするアンドロイドって感じじゃないんだよな。……あの人に関しては、ダンマスたちの分も過剰にそうしているのかもしれないとは思っているが。
「なので、s5を名乗っていた私がどう考えていたかは少しに気になります」
確かに同じモノではないな。シミュレーター上でも、共にイバラと戦ったシャドウにしても、目の前にいるセカンドとは別物に感じる。
それは能力とか装備とかそういうものだけではなく、根本的な違いがあるような気がするのだ。……それ以上に燐ちゃんや摩耶の妹は別人だろうが。
「レーダーに敵性反応検知。索敵範囲ギリギリですが、一応排除しましょう」
「ああ、分かった」
ちなみに、こういう能力だけ見てもセカンドは超優秀である。自前のサポート機器を内蔵したラディーネみたいな探知能力してやがる。
この遠征では一歩引いている感はあるが、戦闘についても一級品だ。当然の如く、このダンジョンのモンスターなど相手にならない。
普通の冒険者の枠で考えるにはちょっと理不尽だよな。
-4-
「リグレスさん、どうせならうちもモンスター相手の戦闘しておきたいんやけど」
< 生命の樹 >攻略三日目。特にトラブルもなく、おそらく最後となるだろうキャンプの準備をしつつ、不意に燐ちゃんがそんな事を言い出した。
ここまでの道中、基本的にリグレスさんが露払いをしていて、他のメンバーに戦闘機会はほとんどない。夜番の際には多少戦っているが、免除されている燐ちゃんと土亜ちゃんはそれすらもなかった。
下手に我を出すのが憚られたのか、これまでは何も言わなかったが、ここまで余裕のある道程なら言いたくもなるか。
「あー、そうだな。別に構わんといえば構わんが……」
あくまでダンジョン・アタック中という事で頭から跳ね除けられる事も想定していたが、リグレスさんから返ってきたのは肯定だった。俺から見ても問題はなさそうなので、あえて口を突っ込む気もない。
「よし、ならばこのキャンプ中、十分に休息がとれる範囲でなら許可しよう。ただし、念のために誰か一人は大人がついている事」
「……大人?」
「…………」
いささか過保護ともいえるが妥当な条件を提示され、燐ちゃんの口が出てきたのは条件についてではなく別の疑問だった。
……大人って誰の事だ?
「おいガウル、貴様成人してなかったか?」
「まだ十九だな。別にいいだろ、迷宮都市の成人年齢なんて」
「いや、別にそんなところに拘るつもりはないのだが……むむむ、いささかショックだ。急に年をとったような気になる」
そんな頭を抱えるような話ですかね。
そういえば、リリカが一つ上だから、このパーティだと年少組を含めても俺はど真ん中か。いや、セカンドの年齢を稼働時期に合わせていいのか知らんけど。
「なんという事だ。このパーティ、オレ以外未成年ではないかっ!?」
「ツナなんてまだ十六歳だそ」
「うおおお……」
……なんで俺を見て頭抱えるんですかね、リグレスさん。
前世の事もあるし、今更年少ぶる気などないのだが、老けてるように見られるのはなんか解せぬ。年齢通りに見えないって事なら、あんたのところの副団長だって相当なもんだと思うんだが。
「ま、まあいい。誰か一人保護者として付いておけば構わん。あまり無理するなよ」
「オーケーや」
キャンプ用の簡易バンガローで書類手続きをすると言って背を向けたリグレスさんは、何故かこれまでにないダメージを受けているようにも見えた。
……リグレスさんって、確か二十六……いや、二十七歳になったんだっけ? そろそろ気になりだす頃なのかな。若手気分だったのかも。
「……いまいち分からんのやけど、年齢ってそんなに気にするもんなんですか? 色々規則の多い迷宮都市出身者ならともかく」
「気にはするんじゃねーかな。俺も未成年って肩書のせいで、無駄に超ダメージ喰らった事あるし」
「はー、そうなんですね」
一般的には女性のほうが実年齢には敏感だ。年齢の維持や若返りの手段が豊富な冒険者でも例外ではない。
多分、未来の燐ちゃんくらいの年齢になれば……いや、環境が違い過ぎてもはや関係なさそうだな。
そんなわけで、最初から想定されていた通り、アクシデントを含めて特別な何かは起きないまま、最奥部手前までの攻略は完了した。
いや、元々そうなるだろうとは思ってたが、マジで何もねえ。なんて平和なダンジョン・アタックなんだ。
「それで、これが例の部屋ですか」
「ああ、正確には更に奥だがな。まあ、入ってみれば分かる。セーフゾーン扱いらしいから危険はない」
リグレスさんに促され、俺たちは最奥部らしき部屋へと足を踏み入れた。
「……なるほど、分かり易いな。マジで獣神様は七柱いたって事なのか」
先に入ったガウルが部屋に飾られたオブジェを見て言う。
確認してみれば、確かにそれっぽい獣の像が壁面に七つ飾られ、中央の更に奥へと続いているらしい扉には七つの宝玉が飾られていた。
「……フルウーネスは違うんだな」
少し勘違いしていたのだが、並べられた像の中に、禁足地の管理人らしいフルウーネスの姿はなかった。あれだけ分かり易い姿をしていて実像と違うだけって事はないだろうし、良く考えたら獣でもない。
七つの像の内、四つはガウルやリグレスさんたちが主神として祀っている焔獣神フィフル、凍獣神ウージヤ、地獣神ドゥーロ、風獣神パロだろうが……。
「この地に伝わる口伝によれば、オレたちの知る四獣神以外の三柱は一度滅びているそうだ。直系でない獣神は残っていて、フルウーネスと共に守護を担っているそうだが、彼らの加護ではここの扉は開かん」
「ここになんて書かれているのかは? というか、コレなんの獣なんだ?」
「名は海獣神ヴィナーナ、雷獣神ガーラン、時獣神ピュイッカという。そこは解析するまでもなく当代の守護者たちが継承しているらしい。ただ、姿に関しては分からん。当代とも違うしな」
そこにある像は確かに獣のようだったが、俺の知る中に特徴が一致するモノはなかった。
地球上に類似種はいないって事かもしれない。いや、そもそもなんでこの世界に地球の類似種が生息しているのか良く分からないんだが。
「文字は? 確か獣人は大陸共通語以外にも古い言語を使うって聞いてるが……」
具体的にはガウルさんがガウルさんなやつ。
「お前、俺見て何考えてやがった」
「コレはそれとは違う、更に古い言語だ。暗黒大陸に残っている記録もほとんど口伝らしいから、今のところ獣神様たちの名前くらいしか分からんな」
「色々と書かれているから、なんか分かりそうなもんだけどな」
「まあ、記録は残してはあるので、迷宮都市の学者が解析するだろう」
まあ、俺にはあんまり関係なさそうだが。……文字の少なさを見るに表意文字なのかな、コレ。
「……アフラ」
「まさか、読めるのか? リリカ」
「読めない……けど、この文字だけは見た事がある。師匠がずっと探してた……何か」
「確か、この前も言ってたよなそれ。リアナーサが探してたって話だが、そもそも何かも分からないのか」
「多分だけど……国か何かの共同体だと思う」
こんな、古代過ぎて亜神すら持っていないような情報を、断片とはいえなんでリアナーサが持っているんだろうか。
寿命や活動範囲もそうだが、いちいち規格外過ぎて尺度がおかしくなりそうだ。
「おう、それで俺はどうすればいいんだ? 奥の扉に触れればいいのか?」
部屋の中にあるモノを色々見て回るのに飽きたのか、ガウルが切り上げにかかった。確かに目的地はここじゃないしな。
「ああ、すまん。扉の前に立てば反応するはずだ。オレの時はそうだった」
「ガウルは自分のルーツに興味とかないのか?」
「なくはねーが、扉を開けたところでここが消えてなくなるわけでもねーだろ。どうせ、必要な情報は持ち出してるだろうしな」
それもそうか。RPGとかでクリアしたら入れなくなるダンジョンとかもあるが、この世界のダンジョンが攻略後に迷宮都市の管理下に入る事は分かっているし。
「よし、なんか緊張するが、いくぞ」
少しだけ意気込んで、ガウルが扉の前にある枠のような場所へと足を踏み入れた。
数瞬遅れて扉全体が鈍く発光し、続いて扉に飾られた七つの宝玉の内、いくつか……四つが輝き始める。
「……開いた、な」
そのタイミングでボスが出てくるとかそういう事もなく、扉が音を立てて開き始める。
その先にあったのは転送ゲートのような波打つ光の壁であり、こことは別のフロアに続いている事が分かった。
「一応聞くが、実はここが最奥部じゃねーって可能性は?」
「ここまでしか来ていないのだから、十分にあり得るな。どの道ボスなどがいる可能性もあるから、総員注意しろ」
多少緩んでいた空気が引き締まる。ここまでの道程からして、ボスがいようがリグレスさんを阻めるとも思えないが……。
……というか、なんだろうなこの感じ。一切危機感を感じない。戦力差がどうこうって話じゃなく、危険そのものがないって感じで。
ここに何か感じていそうな土亜ちゃんは……駄目だ、何考えてるか分からん。いつも通りだ。
「土亜ちゃん、カミルって奴がこの先にいるか分かったりするか?」
なので、直接的に聞いてみる事にした。
「ん……おるね。さっきから、はよ入れって言ってる」
……ずいぶん気さくな奴なんだな。
「良く分からんが、ならば行くとしよう。オレが先行する。それ以外は道中のフォーメーションと同じだ」
リグレスさんを先頭に、俺たちは扉……というか、ゲートを潜る。
-5-
気が付けば、俺は一人だった。真っ白な、何もない空間にただ一人。時間が跳んだわけではなく、ゲートに足を踏み入れた瞬間の出来事だ。
ダンジョンで見かけるトラップの類かとも思ったが、やはり一切の危機感は湧かない。
というか、みんなの気配自体は感じる。これは別々の場所に飛ばされたというよりも……同じ部屋の中で分断されているのか?
「その通りだ、渡辺綱」
俺の思考に直接回答するように、白い空間の中に一人の少女が姿を……。
「……土亜ちゃん? ……じゃないな。ひょっとして、あなたが獣神姫カミルですか?」
その姿は土亜ちゃんと瓜二つというか、正にそのものだった。しかし、雰囲気はまるで違う。
「妾は遥か昔に肉体を失っているのでな。この姿も実体ではない」
正確なところは分からないが、皇龍の義体みたいなもんかな。
「似たようなものだ」
思考を丸読みするのやめてもらえませんかね。というか、それで伝わるのかよ。
「ここはそういう空間だから仕方あるまい。とはいえ、お主の意思次第で伝わらなくもできるが」
そうなのか。《 念話 》みたいな要領かな?
「それで問題ない」
「なら改めて……どこから聞けばいいのか分からないが、とりあえず何故バラバラに?」
「そのほうがお主たちに都合が良いと判断した。お主も含め、個々の事情も含む故、理由を開示する気はないが」
なるほど。内容によっては隠したい事情もあるにはある。特にこの獣神姫カミルがs2と同一存在……って事はないにせよ、少なからず関連していれば、話は特異点のそれまで絡んでくるからだ。
「お主の考えるs2は妾と同じモノであり、異なるモノだ」
「だから心を読むな」
「上手く隠せていないのはお主だろうに」
ええい、ここまでの道中もそうだが、なんか緊張感に欠けるな。イメージ、イメージ、心に壁を作る感じ……。
「……正規の魔術士ほどではないが、それなりに制御はできるようだ」
「そりゃどうも。正規の訓練じゃないが、それなりには齧ったんでね」
本職の化け物共と比べて拙いのはどうしようもない。アレらはマジで脳の作りからして違う感じだし。
「話を戻すが、s2と似て非なるって事は、未来のあなたがそうなるはずだったと?」
「そこら辺は複雑な事情がある。s6に悪いから、どこまで明かすかは難しいところだが」
s6? パーティ名であるS6って意味じゃないよな? ……エリカの事か?
「話し易いように、順序立てよう。妾はお主が戦ったあの特異点を観測していた。というよりも、アレで目覚めた」
「……ああ、なるほど」
確かに、亜神という時点で観測できる力はある。どれほどかは知らんが、s2と関わりがあるならなおさらだろう。
「同時に、本来あるべきだった未来についてもおおよそは把握している」
「……そうか」
「……奇妙な奴だな。嬉しいのか?」
「は? ……ああ、そうかもしれない」
認識してくれている存在が増えただけで心が震える俺はチョロいのか? それだけで、目の前の存在を味方と断じてしまいたくなる。
「まあ、当然ながら、あのs2とやらを同じ存在とは思えんがな。変質し過ぎて、妾の部分など欠片ほどしかなかっただろう」
「カミルを名乗っていたのに?」
「それは宿主の優しさだろう。妾という存在がそこに在ると示しておったのよ」
「……宿主」
そういえば、カミルはこれが実体でないと言っていた。s2の本物を見た事はないが、さすがに実体ではあったはずだ。
ここまで断片的に得た情報からしても……いや、それ自体は重要じゃない。
「…………ああくそ、そういう事か」
「聡いな。あのs2というのは、未来の四神宮土亜に妾をはじめとする獣神の魂が融合したものだ」
エリカが俺の知らない奴だと言ったのもそれか。無駄に心的ダメージを負う必要はないと。あのわざとらしい嘘もそうだ。
おせっかいとは言えない。全体からすればわずかかもしれないが、それはあの時の心理状況に影響しただろう。
「……まさか、s3もその類じゃねーだろうな」
「違うな。アレはまだ誕生していない。誕生するかも定かではない。大崩壊の影響を受け、月で生まれた精霊だからな」
ああ、それなら確かにそうか。
「それで、結局何故土亜ちゃんを呼んだ? まさか、土亜ちゃんを乗っ取る気だったりしないよな?」
この人からは邪悪な気配は感じないが、悪意なくそれをやりそうな超然とした雰囲気もある。
極端な話、それをしたとしても土亜次第ではあるが、イメージは最悪だろう。
「もちろん乗っ取る気なとないし、そもそもそんな事はできん。……まあ、あやつには少し頼みごとがあったのよ」
「どんな?」
「隠しようもない事だから、このあと分かる。あえてバラバラに会談しているが、個々人としている話の詳細についても知りたければ直接聞く事は止めん。これは土亜だけでなく全員だ。もちろんお主も含む」
「土亜ちゃんにs2の真実は?」
「伝えておらん」
そういう事か。……何をどう公開するか考えろって事だな。
「これらの情報提供は妾にとって本題ではない。あくまで、ここに足を運んでもらった者に対する礼のようなものと思えばいい」
「……ありがとうよ」
「どういたしまして」
それは確かに必要なモノだった。俺の心的負担が大きくなるとしても、そんなモノは些事だ。俺は知らなければならなかった。そう思う。
「あと一つ、お主に対してだけは開示すべきかどうか判断に困る情報がある」
「俺だけ?」
「それを聞いてもお主がすべき事は変わらず、ただのノイズにしかならない情報だ。しかし妾にとっては些事では済まぬ」
「……俺に判断しろって事か?」
俺にとっては余計な事。だけど、彼女にとっては重要な事。それを許容するか。
運命を決定付けるような情報ではないんだろうが、おそらく好奇心だけで判断していい話ではないんだろう。
「そうだ。どの道知る事になるかもしれないがな。……目が覚めてから時折アフラの気配を感じる事が多い故に」
「リリカも言っていたが、そのアフラっていうのはなんだ?」
「妾が生きていた頃にあった王国だ。広義の意味ではお前たちが拠点としている迷宮都市を造った国でもある」
「……え、マジで?」
なんか妙なところから妙な繋がりが出てきたぞ。謎ばっかりでダンマスも知らなかった真実があきらかになってしまうのか。
「あの王国にお主が関わるなら、必然的に知る事になるはずだ」
「なら聞く。そういう話なら確実に関わる事になるだろうからな。早いほうがいい」
「そうか」
目を逸らしてもロクな事にならないのはこれまでもたくさん経験してきた。そして、結局は目を逸し続ける事などできなかった。
どうせ意味がないのなら、せめて自分の意思で首を突っ込みたい。
「頼み事というのは、簡単に言ってしまえば仇討ちよ。妾と我が伴侶を滅ぼした者を倒すと誓ってほしい」
「いきなり物騒な話だが、誰の事だ?」
古代にいた奴って事は、因果の虜囚含む亜神の誰かか? ……まさか、リアナーサの事じゃねーだろうな。
「その者は唐突に現れた。その者は存在そのものが朧気だった。妾はその者の正体も知らずに滅ぼされ、無限回廊の権限は失われ、世界は一度崩壊した」
「…………誰だ?」
なんだ、そのラスボスみたいな奴。ノイズにしかならないって事は、俺が元々倒す必要のある相手って事だよな
その条件に該当しそうな奴って……。
「……イバラ。お主の対存在でもある鬼の事だ」
というところで、無限はしばらくお休みよ。(*´∀`*)