第16話「クラン発足」
すごく遅れたけど、クラファンのストレッチゴール分。(*´∀`*)
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「……という感じなんだけど、どう思う?」
合宿の際にお願いされた通り、サローリアさんのクラス< 幻想器手 >の検証を行う事になった。
事前に打ち合わせを行なって聞き取り調査の上で、今回は以前のようにギルド会館での機器を借りての実践である。ダンジョン扱いの訓練場だとサローリアさんが全裸になってしまう危険があるので、通常空間での検証だ。賢者モードな俺とはいえ、見たいのに代わりはないので普通に残念。
当初の予定では一回で終わらせるという話だったが、すでに地獄のスケジュールから解放されたので、様子を見つつ何回かやる事になっている。報酬についてもその分もらえるらしいのでまったく問題ない。
今回はとりあえずという事で、現状分かっている能力について一通り実践を兼ねて確認させてもらったが……色々と無茶苦茶なスキルである事が良く分かったという感じだ。
「俺に期待しているのは、普通に見て分かる評価じゃないでしょうけど」
サローリアさんの個人拠点……らしい謎のフロアを見渡して言う。
この空間は借りた検証用のフロアではなく別の空間。どうも、《 アイテム・ボックス 》のように宙空へ穴……というかドアを開き、自分だけの拠点へと入室できるらしい。これはスキルとして独立はしておらず、< 幻想器手 >の能力に含まれるそうだ。
……つまり、他のスキルと違って< 幻想器手 >を辞めた場合には使えなくなる能力である。
「まだ、一般的な意見でも助かる段階なんだよね。ほとんど知ってる人いないし」
「正直、コレだけで十分強力な気が……強力過ぎて、むしろ見えない穴がありそう」
「ツナ君にはその点も指摘して欲しいかな」
「俺だと、逆に悪用する方法が浮かびそうなんですが」
「それでもいいよ」
まあ、そうだろうな。スキルの悪用だろうがチートだろうが、ダンマスは気にしないだろう。
根本的に成長が見込めないようなモノならストップかけられるかもしれないが、今のところだとコレは便利なだけだ。
「とりあえず、単一スキルとしてはかなり破格の性能かと。ソロでももちろん、パーティで運用してもこの隔離拠点が有効的に働く場面は多いでしょうね」
単にダンジョン内でも使える安全な拠点ってだけなら、いつも使っている再カード化可能なコテージのようなモノが思い浮かぶが、アレらが安全に使えるのはフロア間の接続部にあるゲート付近が安全だからに過ぎない。
その点コレは内側から開けるまで入り口自体が消えているようだし、危険地帯でも中に入ってしまえば安全が確保できる。
最近だと、サンゴロたちが中級昇格試験で挑戦したダンジョンのように、休憩できる場所が少ないパターンは多い。アレはかなり極端だが、フロアが広ければ必然的にそういう状態になり易い。
どこでも使用できる安全地帯というアドバンテージは、それだけでも相当に強力だ。
「あー、それは今のところ無理かな。ダンジョン内で展開すると、あたし以外入れないっぽいの」
「完全に一人用って事ですか?」
「外だとこうして入れるわけだし、なんか手はありそうなんだけど……」
確かに。俺がこうして入れている時点で、ダンジョンで制限がかかっているだけって考えるほうがありそうだ。部屋が広いわけではないので、フルパーティー六人も入るとかなり手狭という問題もある。
とはいえ、多分それはこの能力の一面にしか過ぎない。
「本命はカードをセットする場合に機能する特殊能力っぽいんだけどね。今のところ役に立つ目処が立たないから、こうして家具を持ち込んでるの」
そう、ここはすでに応接室のような家具が設置されていて、俺たちはソファで向かい合って紅茶片手に話をしている。
地味に女性っぽい小物や飾り付けがそこらに見られて、ちょっと落ち着かない。賢者モードでなければ相当にそわそわしてたと思う。ベッドとかあったら、更に色々妄想してしまっていたに違いない。
「これらの家具はクラスを一度辞めた場合はどうなるんです? いきなり空中に飛びててくるとか?」
「試したけど、クラスを入れ替えてもそのままだった。< 幻想器手 >じゃない間はやっぱり入れないけど」
「なら、《 アイテム・ボックス 》の仕様と同じって事か。……サローリアさんの魂に紐付いた専用の亜空間だと」
「え、そうなの?」
「らしいです。といっても、まだ推論の段階ですが」
実は、特異点での戦いでベレンヴァールの《 アイテム・ボックス 》にやった事について報告した際、ダンマスと色々話をしたのだ。結局、アレの詳細については分からずじまいではあったが、俺にとっての新事実も教えてもらっている。
《 アイテム・ボックス 》はクラスのように付け替えできないが、ダンジョンの機能を使って一応の無効化は可能だ。それで実験した場合もこの拠点と同じ事が起きているそうだ。どうも、《 アイテム・ボックス 》は個人の魂に紐付いた専用の亜空間にアクセスしているというのが現在の定説らしい。
つまり、ベレンヴァールのように世界を渡った際に中身が空になる現象の時点で不可解な点が発生するわけで、俺がやった事は更に謎が増えた結果になったというわけだ。
これは別にベレンヴァールに限った話ではなくロクトルでも発生していて、《 アイテム・ボックス 》はやはり空になっている。しかし、俺たちが龍世界に行った時は別に消えてなかったし、ネームレスも中身が消えるという認識はなかったらしい。つまり、怪しいのは世界間召喚か、世界が遠過ぎたかの二つあたりが原因だろう。
個人的な感覚としては、中身は空のように見えてもやはりどこかで繋がっていて、そのポイントを一時的に改変したって感じなんだよな。
「で、そのセットする場合の特殊能力っていうのは?」
「確定じゃなくて、そうじゃないかってだけだけど……これ」
サローリアさんは慣れた手付きでいつかの< 幻想器手 >専用らしい宙空ウインドウを開いて見せた。そこにはあの時のようにカードがセットできそうな枠が複数並んでいる。
「ここの枠にセットするのはこの拠点に直接干渉するカードらしくて、家具とかをセットすると現物として出現するの」
「< テーブル >ですか。……この?」
「このテーブル。ちょっと、ソーサーごとカップ持ち上げて」
俺が紅茶の入ったカップを持ち上げると、サローリアさんはセットされた< テーブル >のカードを外した。すると眼の前のテーブルが消え、再度セットすると元通りのテーブルが現れる。カップを置き直した。
「もちろん< テーブル >なんて売ってないから、自分でカード化したの。実はこれが自分で初めてカード化したモノ」
「売ってるのって、大体装備とかですしね」
一応家具の類も売っているが、あきらかに数は少ない。機能だけをみれば保存状態もそのままで在庫圧縮できそうだが、手間やコストを考慮するとわざわざ家具をカード化する理由はほとんどない。コレクション目的にしてもマテリアライズしないと実物は鑑賞できないし、本当に保存のためだけにか使えないだろう。
再カード化可能な状態にできればその用途にも使えて、実際にそういう人もいるらしいが、倍どころじゃない費用がかかる上にそもそも依頼先の手が空いてない事がほとんどだ。まあ、趣味の領域だな。
「当然、このカードにマテリアライズ以外の付与効果なんてなかったわけだけど……」
「良く見たら、なんか説明欄っぽい枠がありますね。カードゲームっぽいのが」
「そう。カード名自体は元々あるけど、セットするとコレが浮かび上がるの。だから、何か特殊効果があるんじゃないかって」
「ありそうですね」
単にセット状態って事を示すだけにしてはそれっぽ過ぎる。何かしらのテキストが入る前提のフォーマットにしか見えない。
「エンチャントの類は?」
「依頼して、実体化した状態で《 頑丈 》を付与してみたけど、テーブルそのものに効果が付与されていても、この枠の表示は変わらない。ちなみに、セットして外しても付与は維持されてるのも確認した」
「カード化した状態で、それ自体にエンチャントした場合は?」
「やってみたけど駄目だった。カードそのものに能力付与されるだけ。……気付いたみたいだけど、この欄が出るのは他のカードでも同じなの」
もしそうなら……想像以上に強力なクラスかもしれない。
チラっと見たウインドウには、家具だけでなく普通の装備がセットできる事は前回の時点でも確認済みだ。それはつまり、アイテムが元々持つ能力以外に、カード化する時点で能力をプラスできるというわけで……。
「一応、ダンジョン内でこの拠点が使えるだけでも有用ではあるんだけどね。装備の問題も、カード化すれば一応なんとかなるみたいだし」
「そこら辺は結局、前回のあの仕様のままって事ですか?」
全裸というと憚られるので、少しは濁しておく。
「うん。着替える必要がないからちょっとだけ便利かな。ここに入ると全部外れるけど、まあ脱ぐ手間が省けたといえば……」
「《 瞬装 》みたいな感覚ですか?」
「それはそうだけど、そんなスキル持ってる人あんまりいないからね。《 アーマー・チェンジ 》以外の変更系スキルでもできないし」
冒険者の装備って見た目通り着替えるのは大変だから、普通はそう感じるんだろう。俺はすぐに《 瞬装 》もらったから、ほとんど実感できないけど。
比較的軽装な俺程度でも大変なのに、全身鎧とか、謎のファンタジー構造なドレスっぽい装備とかどうなっているんだろうか。
「枠が少ないならともかく、セットできる枠も増えてるみたいですしね」
「あ、気付いた? 実はこっちはスキルで増えるみたい。……まだまだ足りないけど、とりあえず素肌に全身鎧みたいな事にはならなそう」
それって普通に危ないと思うんだが。いや、エロ的な意味じゃなく物理的な意味で。
鎧下まで一体化すれば一応実用圏内なのか? ……でも、全身鎧みたいなセット装備ってアレはアレでデメリットもあるしな。
「やっぱり、《 アイテム・ボックス 》みたいに、自力だとレベルアップできないスキルとか?」
「覚えたのはクラススキルだけど、そのあとに上がってるから違うっぽい? それぞれのスキルレベルが上がると、その枠が増えるんだと思う」
いまいち不明瞭なのは、覚えただけでレベルが上がってないスキルもあるかららしい。
用途ごとにバラバラで、レベルごとに枠が増えるなら……初期からあった枠を考慮すれば、なんとか足りそうだな。
「あとは地味に便利な機能で、一度カードに戻ると汚れとかの余分なモノは消えるってメリットがあるね」
「ああ、再カード化機能がついてるやつと同じって事ですか」
「耐久度が元に戻るわけじゃないから、壊れたらそのままだけど」
それがアリならサローリアさんにはこの上なく強力な能力だっただろうな。あきらかに他の冒険者より装備破損の激しい人だし。
「で、一番謎なのがこの部分」
「スキル……ですよね?」
「そう。こういう家具や装備はともかく、どうやってカードにすればいいのか分からない。カード状態のスキルオーブじゃ駄目みたいだし。ツナ君に一番期待してるのはコレで、なんとか取っ掛かりだけでも得られればって」
そりゃそうだって感じではある。なんせ、迷宮都市の冒険者にとってカードは《 マテリアライズ 》……物質化するモノって認識から始まるからだ。
「実は、それに関してはアテがあるんですよね」
「は?」
そこにスキルをセットする枠があるのは気付いていた。だからこそ話題に挙げた面もあるが、そのアテがやる気になっている。
成果が得られるかは当然分からないものの、あいつなら当たり前のように結果を出してしまいそうな気もしている。
「最近迷宮都市に来た奴で、カードに関して興味を持って研究を始めそうな奴がいるんですよ。そいつがスキルのカード化についても言及してました」
「カードの研究者なんて、迷宮都市にはたくさんいそうだけど」
カードに限らず、この手の分野別研究者はかなりの人数がいる。冒険者はもちろん、迷宮都市技術局、ギルド関係者や冒険者学校、大学で専用の研究室を持っている人だっているらしい。その集合知によって、これまでいろいろな事が分かっているが、それでも未知の部分が多いのが現状だ。
未知だらけなモノが多い中で、カードに関しては比較的解析が進んでいる分野なのだとか。そんな状況でスキルがカード化されていないのは、そんな考えがなかったというよりは、合理性がないとか使用の問題で不可能だったって考えるべきなんだろうが……。
「ガチの天才っぽいので、期待してもいいんじゃないかと。少なくとも、別方向からのアプローチは得意なはず。なんせ異世界人ですし」
サローリアさんの眼がわずかに見開かれた。さすがに意外だったらしい。
まあ、あんなのがいきなり現れるのは俺もダンマスも意外と言うしかないんだが。
「ツナ君のところの色黒さんみたいな?」
「そいつの同郷ですね。その縁もあってウチで引き取る事になりました」
「へー」
能力はともかく、本人には興味なさそう。ベレンヴァールもそうだが、ロクトルも別ジャンルで女受けしそうな容姿ではあるんだが、端からそういう視点で見てないのか。
「ただまあ……成果に期待はできるんですが、サローリアさんに直接紹介してもいいものか悩みどころなんですよね」
「男女関係的な問題とか? 確かに、ストーカーとか異様に押しが強い男性は、ギルドでも止めてもらってたりするんだけど……」
「そこは気にしなくていいっぽいんですが……」
なんて説明すればいいんだろうか。詳しく説明できるほど詳しくないし、部外者にどこまで明かしていいのかも正確に把握していない。
……表面上の情報だけ明かすと変な事になるんだけどな。
「かなりの奇人変人で躁鬱の気がある、ガチのサイコパスっぽい奴なんです」
「……なんで君のところは、そんな問題抱えた人ばっかり集まるの?」
そんなのは俺が知りたい。
結局、初日となるその日は一通り能力の確認だけして引き上げる事になった。
ただ、サローリアさん的にはそれでも何か見えたモノがあるらしいので、こんな会話だけでも意味はあったのだろう。
次回は進捗を見てまた別に依頼するって話だったが、多分その時にロクトルと引き合わせる事になる……かな?
……ちょっと不安だ。
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迷宮暦0025年十月一日、迷宮都市に新たなクランが誕生した。クラン名< OVER THE INFINITE >、略称はOTI。通常、申請の段階で略称まで指定するケースは少ないため、その面でも多少珍しいらしい。
クランマスターは発足に伴いC--ランクに昇格した俺、渡辺綱。サブマスターはユキ。担当マネージャーはククリエール・エニシエラ。所属メンバーはおなじみの面々だが、摩耶については転籍手続きがあるので、まだ正式なメンバーではない。あと、一応レーネ。
冒険者デビューから発足までの期間、そして申請からの発足としても最速記録だが、これは特別何があるわけではない。だからといって注目されないなどという事はなく、有力な冒険者……いや、目端の利く者ではあればその動向に注視しているらしい。
その発作翌日のギルド会館三階大ホール。イベント会場のほとんどを使って設営された会議室の隅で、俺は小さくなっていた。
「……すげえ場違いな気がする」
別に規模としては大した事はない。ただ、そこに参加する人たちが問題だった。目の前のフロアにいるのは、冒険者のいわゆるトップ層がほとんど。しかも、その代表なのだ。ただそこに立っているだけで強烈な圧を放つ存在が群れをなしている。
コレで、ある意味では俺たちが主役とか冗談だろって感じだ。
この会議は年一で行われるクランの定例会議だ。大小問わず各クランの代表が出席し、ギルドからの連絡とクラン間の情報共有を行う目的で実施されている。
もっとも、それ以上に没交流になりがちなクラン間の顔合わせ場所をギルドで設置するという意味合いが強いらしいのだが。
「まあまあ、案外慣れるものですよ」
「ククルは慣れてる感じだな」
「こっち側は初めてですけど、裏方は何度かやっているので」
ウチのマネージャー以前にギルド職員だから、別におかしくもないか。さっきから会議前の準備をしている職員はチラホラ目に入るし。……といっても、この強烈な圧はなかなか慣れないと思うんだが。
「ユキでさえ結構緊張してるっぽいのに」
「さすがにね。猛獣の檻に閉じ込められた兎って感じ」
その兎さんは猛獣を噛み殺しそうな武闘派な気もするが、印象として似たようなモノかもしれない。
絶対に勝てないってほど隔絶しているわけじゃないが、それは俺が持つ特性によるところで、普通このレベル差があれば別生物といっても過言ではないのだ。
レベルは、上に行くほど上昇するステータスの補正値差がでかくなる。Lv50オーバーな段階になると、Lv1違うだけで結構な差になってくるはずだ。それはクラスで補正を受けて上昇し難くなっているステータスですら例外ではない。マイナスの成長補正を受けるクラスもあるから、それは別として。
「結構集まってきましたし、そろそろ挨拶に行きましょうか。今回はクランマスターが多いみたいなので、渡辺さんは大変でしょうが」
「クラマスはクラマス、サブマスはサブマス、マネージャーはマネージャーにだっけ? それは分かるが……多くね?」
見渡してみれば、俺が知っている顔が多い。それは直接見知っているわけではなく、メディアなどで見れるクランマスターの顔だ。
この会議に代表として参加するのはクランマスターかサブマスター、あるいは担当のマネージャーから一人で、基本忙しいクランマスターはサブマスかマネージャーに任せる傾向が強いのだという。事前に聞いていた感じでは、クラマスが出てくるところは少ないって話だったのに、割合としてはかなり多い。
ちなみに、俺たちが三人共参加しているのはやはり慣習で、今年の新設クランで、そのお披露目の意味もあるからだ。
ウチの正式な設立タイミングが十月一日になったのも、ここに調整されたのかもしれない。だって、クランマスター試験で一回落ちたとしても同じ日に設立って言われたもの。受かったけど。
まあ、お披露目に関しては会議の進行中にちょっと挨拶して終わる話らしいが、ちょっと面倒臭い。
「出席者がクランマスターばかりな原因は、渡辺さんでしょうけどね」
「だろうね」
「あー、かもな」
実際、こちらに意識を向けている人は多い。一応社交場って建前だから、基本立場が上の人から話しかけるのはNGって事なんだろう。
冒険者の中にはそんな建前を無視する人も多いが、やはり組織のトップに立つ人たちは気にするのかもしれない。
……つまり、作法として俺が話しかけるのは一番格上っぽいクラマスか。……なんで、あの人来てるんだろ。
というわけで二人と別れ、それぞれの担当となる相手のところに向かう。
「どうも、夜光さん。……クソ忙しいんじゃないんですか?」
「せっかくだしね」
何がせっかくなのか知らんが、< 月華 >のクランマスター夜光さんが、この場で最も格上のクランマスターだ。いくらそういう情報に疎い俺でも間違えようがなかった。なんなら、さっきからずっと話しかけてくるを待っていた節さえある。
一応、現状では< アーク・セイバー >と< 流星騎士団 >が二大トップなのは変わらないが、無限回廊第一〇〇層攻略に着手した< 月華 >も事実上トップと言って差し支えない。剣刃さんとローランさんが攻略達成していなかったら、ひょっとしたら三大クランと呼ばれていたかもしれない。
その上二つのクランから出席しているのが担当マネージャーのようなので、なんでここにいると疑問を持つのはおかしくないだろう。
「しかし、本当にクラン設立してくるとはね」
「年末のクラン対抗戦に出てこいって言ったのは夜光さんでしょうに」
「それはそうなんだが、普通ならちょっと無理がある。君の場合はやるんだろうとは思ったけど、それでももっとギリギリになると思ってた」
「ウチのマネージャーに地獄のようなスケジュール組まれたもんで」
クラン対抗戦の申請期限まではまだ一ヶ月の猶予がある。加えて、対抗戦時点で設立していれば一応受理されるので、最悪仮申請だけして十二月上旬くらいの設立でも間に合わないという事はないのだ。
余裕があったほうがいいのは間違いないし、試験に落ちた時の事も考慮しなくちゃいけないのでこのタイミングになったが、地獄のスケジュールを突破して恩恵があったかというとそれほどでもない。設立後に得する類の資格もなくはないが、それも一部だし。
「それに、多分当たるチャンスがあるのは今年で最後でしょう? 一〇〇層攻略したら出場禁止になるわけですし」
「俺もラストチャンスなんだよな。クソ虎はともかく、剣刃さんは今回で上がりが確定しているわけだし」
「リグレスさんも来年は一〇〇層攻略してるって意味でですか?」
「別にいなくなっても気にしないって意味で」
超辛辣なライバルさんである。
無限回廊一〇〇層攻略を果たした剣刃さんは、以降クラン対抗戦出場の権利を失う事になったわけだが、このルールが設定されたのは攻略後だ。単に告知し忘れか、あるいはこれほど早く一〇〇層攻略すると見ていなかったのか、とにかく事前告知がなかったのは確かである。
というわけで、今回だけは特例として出場が認められたが、確実に次回以降は出てこないし、夜光さんやリグレスさんが一〇〇層突破しても同じだ。
おそらく来年以降はガラリと出場者のメンバーが入れ替わるだろう。
「案外、君が上がってきて、そのラストチャンスすらなくなるって可能性もあるわけだけど」
「それを言ったら、組み合わせ次第じゃ俺と夜光さんと当たらない可能性だってあるでしょうに」
「それがトーナメント戦の醍醐味みたいなところもあるしな。しょうがない」
「というか、俺が決勝トーナメントまで残れるかは……今の時点でも出場確定している人の一覧見ると不安になるんですが」
全員が申請しているわけではないし、参加を表明している人も確定ではないけど、それでも結構な強者揃いだ。
クランで一番個人戦の強い人が出場するわけだから当たり前ともいえるが、基本的に俺が一番格下である。
前年までトカゲのおっさんが出場……しかもシード権持ちだったのは本当に例外中の例外みたいなもんだ。普通ならレベル差だけでも圧倒される。
「実際、予選の時点から激戦必至らしいしね。近年マンネリ化が懸念されてたっていうのに、たった一年でずいぶん変わった」
「まさか、俺が出場するからとか言いませんよね?」
「出場は別として、君の影響はあると思うぞ。遠因まで辿れば数知れず、触発された冒険者は多いしな。俺もその一人なわけだし」
今更否定する気もないが、そこまでか。
「とはいえそれだけじゃなく、大師匠がシード落ちしたのも理由の一つだったりする。実は空いた一つの席を賭けて選考会があったんだが、これがまた激戦だったらしくてね」
「大師匠? ああ、トカゲのおっさんですか」
師匠の師匠って事ね。
「そしてその大師匠が台風の目になる可能性もある。龍世界に籠もっての修行なんて、どんな成長をしてくるかまったく読めないし」
「……リグレスさんはおっさんに対して結構辛口な対応だったんですが、夜光さんは評価してるんですか?」
「そりゃ師匠の師匠って時点でね。それでなくとも< 夢幻刃 >を侮れるはずはない。あと、あの虎の眼は結構節穴だぞ」
去年対戦した時は笑顔で斬り刻んでいた気がするんだが、それと評価は別か。
「というわけで、君も予選トーナメントから大変だねって話になるわけだ」
「夜光さん的には俺が残って欲しいのでは?」
「残れない程度なら興味はないよ」
あら、辛辣。
「まあ、駄目だったら、例の約束の件は別に何か考えるさ」
「逆に夜光さんが俺と当たる前に敗退したら?」
「それならなしでいい。格好悪過ぎるしな。お互い決勝まで残れば確実だけど、そこまで自惚れてないし」
準決勝までに剣刃さんを倒さないと成立しないカードだしな。他の選手が楽なはずもないが、出場者の中では間違いなくトップだろう。正直なところ、勝ち目があるのかの判断すらできない。
「今の剣刃さんやばいですよ。こないだ合宿で会った時に立ち会いましたけど、何もできませんでした」
「マジかよ。今の君で?」
「マシなんですよね、コレが」
一年ちょっと前、ユキと一緒に訓練した時もそうだったが、今はそれ以上の差すら感じる。
あれから自他共に認めるレベルで、驚異的な成長を果たしたはずなのにだ。さすがにそんなはずないと思いつつも、そう思わせる何かがあった。
……ユキは差が縮まったとか言っていたから、多分剣術の技量的な何かでそう感じさせられているんだろうな。
剣刃さん曰く、亜神号の補正で《 剣術 》のレベルが嵩増しされているようなもんなのだとか。ギフトの補正と同じで、どの程度かは分からんが。
「代わりにリグレスの馬鹿が調子落としてるから、あいつは今のウチに心を折りたいところだな。なんなら君がやってもいいぞ、喜んで押し付ける」
「譲るんじゃなく押し付けるんですか。ライバルとして強く在ってほしいとか、そういう感情は?」
「それを言ってるのはあいつだけだ。こっちはただウザ絡みされてるようなモノだから、いなくなってくれれば素直に嬉しい」
ツンデレでなく、本気で思ってそうなのが怖い。そう突きつけられても、考えを変える気がまったくしないリグレスさんも怖い。
「今度一緒に暗黒大陸行くんで、その時に様子でも窺ってきますかね。この前会った時はそこまででもなさそうでしたし」
「あの虎とまたお出かけするのか。大変だな、君も」
「龍世界では大変な目に遭っているので、実際シャレになってないんですよね」
リグレスさんを模した涅槃寂静とは実際に対峙しているのだ。さすがに今回もって事はないだろうが、変なフラグ立てられても困る。
「あの虎の案件じゃなければ、君が何かしそうな時は絡んでおきたいんだけどな。クーゲルシュライバーの件はウチの二人の変化を加味すれば結果オーライとしても、あとで話を聞いて後悔したし。傍から見たらこんな変貌するのかって戦慄したくらい」
「正直、今回は何もないと思いますよ」
「毎回そう言ってないか?」
「それはそうなんですけど、今回は特に」
むしろ、何かあるとすれば俺より土亜ちゃんや燐ちゃんだろう。S6絡みなのはほぼ確実なわけで。
そんな感じで夜光さんとの話は盛り上がったのだが、一人だけと話し込んでいるわけにもいかず、挨拶廻りを始める事にした。
仕方ない事ではあるが、値踏みしてくる視線がキツイ。一番キツかったのは< 白薔薇 >クランマスターのエルトレーゼさんだったが、彼女に関してはレリエネージュさんから色々報告がいっているだろうから当たり前とも言える。
……まさか、何故かいた同志Aさんが癒やしになると思わなかった。
その後、会議が始まったタイミングで挨拶廻りは切り上げる。あとは、会議後に残っていたらって感じだ。
本番となる会議は、司会含めた進行役はいつもの顔見知りなギルド職員によって行われる。事あるごとに会っているから認識がおかしくなっているが、ゴブタロウさんたちは迷宮ギルドの中でも幹部という事を再認識させられる事になった。
新規クランとしての挨拶も無難にこなす。他の新規設立クランの代表がガチガチだったので、むしろ気楽になれたのが救いだ。
-3-
それが終わったあとは、クランメンバーのみでの食事会というか飲み会というか、とにかく創設記念パーティだ。小さめの飲食店貸し切りでの開催である。
龍世界から戻って来ていないラディーネ組をはじめとして、やはりスケジュールが合わないメンバーも多いので複数回に分けて実施する事にしたが、できればどこかで全員集まった交流の場は設けたいところだ。
というか、ガウルが戻って来ねえ。あいつがいないと直近のスケジュール組めないんだけどどうなってんだ。
「私宛に、少し遅れるという連絡だけありましたが。……何回か」
「それじゃ意味ないんだよな……」
遠征扱いなので定期連絡がククルに行っているようだが、具体的な日程が分からないと意味がない。
「それじゃ乾杯」
「もう少し何か話しなよ」
「クラン設立おめでとう!」
「自分で言うんだ……」
別に気を使うような場でもないので、そんなユキとのやり取りだけして各々で始めてもらう。
前世から飲み会の挨拶とか好きじゃないのだ。自分がトップなら我を押し通したっていいだろう。内輪のパーティなんだから緩いのは間違いないし。
見渡してみると、酒を飲める人と飲めない人で大体固まっているが、席順すら緩いな。
「大将、大将、この酒飲んでいいのか?」
しばらく飲み食いしていると、裏に用意していたはずの高級酒を持ってサンゴロが現れた。
あとで目玉として出して、飲み過ぎた連中への教訓にしようと思ったのに目聡い奴だ。
「クラン創設祝いでもらったもんだから好きに飲んでいいぞ。どの道、ウチで飲む奴あんまりいないし」
「マジかよ……極楽じゃねーか。確かコレ、結構高いやつ……というか、あきらかに高級品なのに名前すら知らねえもんも……」
だって、ウチと関係のあるクランってでかいところばかりだもの。お祝いを断るわけにもいかないので適当でいいと言ったら、死蔵されていた高級酒が大量に紛れ込んでいたのだ。長期保存し易いのも原因だろう。
酒ほどじゃないが、食材や菓子も大量にもらったから水凪さんのブラックホールすら賄える……はずだ。今も結構な勢いで減っているが、厨房では追加で作っているし。
「食事会は複数回やる予定だがら、持ち帰るのは駄目だぞ」
「くっ……ぜ、全部終わったら?」
「体面上多少は残すが、ある程度なら検討しよう。基本実費で」
「く、クラン割引は?」
「それは考慮する」
どんな時に必要になるか分からないから保存しておいたほうがいいという理由だ。死蔵されていた理由とほぼ同じである。
そんな感じで適当なパーティは続き、場が緩く砕けていく。最初から砕けていたような気がしなくもない。
一応だが幹事としてククルと一緒に厨房への指示出しなどをしつつ、会場を行ったり来たり。時々、美味そうな料理ができたら厨房で摘み食いしつつ、緩い進行を続ける。
「私に任せてもらってもいいんですが」
「こういう場って、どうもトップがいると楽しめないってイメージがあってな。別にウチでそんな事気にするような奴いないだろうけど。というか、裏方は俺に任せてむしろククルが楽しんできていいぞ。ほら、ミカエルがダーツの的にされてる」
「興味はあるんですが……」
興味はあるのかよ。というか、自分で言っててなんだが、何故そんな事になっているのか分からない。
まあ、多分いつも通りミカエルがおいたをしてしまったのだろう。何も理由なしにあんな事する奴いないし。
「それとは別にギルドから連絡がありました。リグレスさんが電話をしてほしいと」
「お、帰って来たのか。ちょっと席外すわ」
いつもの『クマー』という鳴き声を聞きながら、店外に出て電話をかける。
『忙しいところすまんな。クラン設立のパーティーと聞いたが』
「内輪だけの食事会なんで。リグレスさんが戻ってきたって事は終わったんですか?」
『いや、まだ数日かかる。とはいえ、大雑把なスケジュールは決まったからな。奴とは向こうで合流する事になった』
「当初の見込みよりずいぶん遅れましたが、何か問題でも?」
『主に風獣神様の悪ふざけだな。あいつも難儀な事だ』
なんだろう。サージェスが同志という人の悪ふざけと聞くと、真っ当な方向性とは違った形でガウルがロクな目に遭ってないような気がする。
「じゃあ、こっちは燐ちゃん土亜ちゃんに連絡して細かいスケジュール決めます」
『せっかく三週で条件をクリアしたのに悪い事をしたな』
「気にしてないと思いますよ」
彼女らとは連絡はとってるし、何回かは会ってもいるが、余った時間でひたすらダンジョン・アタックを繰り返しているような状況だ。
コレに関しては、どっちかというと間に合うか間に合わないかよりも、三週でクリアできるかってハードル自体のほうが重要だった気がする。
「結局、俺たち五人って事でいいんですよね? パーティの定員には満たないですが」
『連れて来たい奴がいれば連れて来てもいいぞ。どうせ道中はオレが露払いする』
「じゃあ、行きたい奴がいたら、誰か一人連れていきます」
『< 生命の樹 >にそんな制限はないから、六人に拘る必要はない。最奥部に関しては七人という入室制限があるようだが、別に手前で待機したっていいわけだしな』
あれ、そうなのか。……良く考えたら、六人制限って無限回廊の制限だな。迷宮都市の他のダンジョンは基本それを踏襲しているが、八人だった事もあるし、外部のダンジョンがそれに準じてるわけでもないのか。
「その七人っていうのは何か理由が?」
『暗黒大陸の禁足地を守護している亜神によれば、古代にいたという獣神の数が七柱らしく、古くからの慣習にはそれを踏襲しているモノも多いらしい。< 生命の樹 >奥部の鍵についても、その類ではないかと言っていた』
「七柱?」
獣神って四柱だけじゃないのか? 今ガウルが加護をもらいに行っているのが、その鍵として必要だからなわけで、別物って事はないだろ。
『今回、四種の鍵が必要となったのも、過半数を超えるのが条件だからなのだ。まあ、獣神姫カミルとやらに会えたら色々聞くものも一興かもな』
「はあ、なるほど」
長い歴史の中で数が減ったという事だろうか。遥か昔の話だし、そういう事もあるか。
というわけで、早速暗黒大陸行きのスケジュールを決める事になったわけだが……。
「……あと二人か」
別に定員に拘る必要などない。なんなら俺が行く事すら必要性などない話ではある。
それなのに拘りが出てしまうのは、何かしらの感傷のようなものなのか。もしもカミルがそのものでなくともs2に関係しているのなら、と考えてしまう。
あの時、地殻穿道で共に戦った姿がどうしても連想される。本人ではなく、ただのシャドウだとしても、共に戦ったのはS6なのだからと。
その後、食事会が終わったあと、クランハウスの会議室にその候補を呼び出してみた。胸中穏やかではないが、それは押し殺して。
「なるほど、呼び出された時は転籍に関わる手続きか何かの話かと思いましたが」
「それは別に急いでない。ウチとしては早めのほうが助かるが、< アーク・セイバー >側の事情もあるしな」
「以前からあちらにも事情は話してあるので……とりあえずそれは了解しました」
摩耶は俺に対して『いいのか』と言いたげな視線を向けてくる。それはおそらく転籍云々の話ではなく、本題についての視線だ。
……まあ、事情を知ってる身ならそう考えるよな。
「S6っていうのは、私の縁戚が所属してたっていう?」
もう一人……リリカは核心的な部分までは事情を話していない。
クーゲルシュライバー出港前にある程度は話しているし、戻って来てからも補足は伝えているが、まるごとすべてを話しているのはあの時クーゲルシュライバーにいて打ち明けたメンバーだけだ。
「そうだ。摩耶に関しては妹の話だし、微妙に遠いが無関係ってわけでもないしな」
「そういう話なら……私は遠慮しておきます。アタックのほうの斥候役も足りてませんし。……リリカさんは?」
「私は……」
なんとなくだが、摩耶は気を使ったのだと感じた。自分が辞退すればリリカもそうし易くなるからと。
確かに摩耶のスケジュールは決まっているし、ウチの斥候役は足りていないのも事実だが、穴を埋められないわけでも必須というわけでもない。
「……興味ある。どちらかというと< 生命の樹 >のほうに」
「そっちに?」
「師匠から聞いてた話に出てきたから。足を踏み入れなかった数少ない場所の一つだって」
「リアナーサ絡みか。最奥部まで行ったら、会った時にマウントとれるかもな」
「自慢はできそう」
そんな理由かよと思ったが、多分あの婆さんが行けなかった場所っていうのは結構重い。それくらいド級の冒険者で、魔術士なのだ。
「って事は、魔術的な意味合いでも重要って事か」
「直接的な意味でもそうだけど、おそらく超古代の知識がそこにあるはず。確か、アフラとか言ってた」
「なんだか分からんが、どうせならってくらいで行くのでもいいしな。本格的に研究したいなら現地に留まる交渉もできなくはないし」
「……うん」
どっちに転ぶか分からないまま意思確認をしたが、結局リリカが参加する事になった。
ならあと一人はどうすんべと考えているところに、ダンマスから連絡があってその枠も埋まる事になった。
-4-
「そういえば、お前本人だったな」
「はい」
現地に向かう転送装置前で合流したのは、先日の合宿以来となるセカンドだった。
良く考えてみたら摩耶やリリカよりもよっぽどこいつのほうが関係者だ。s5なんて呼ばれてた本人である。
リリカにしてもセカンドにしても、事情の良く分からない燐ちゃんは困惑気味である。顔見せはしてるが、なんでここにって感じだ。土亜ちゃんは良く分からない。
人選に困惑していたのはリグレスさんも一緒だが、彼に関しては何か意味のある事なのだろうという顔で納得していた。別に説明してもいいんだが、ややこしい話だから機会があればという事にした。
「よお、悪いな遅れて」
そして、転送ゲートの向こう側で待っていたのは、あきらかに憔悴したガウルさんだった。リグレスさん的に言うならガウレ状態である。
「……そんなにキツイ試練だったのか?」
「……最初は軽いノリで挑んだんだ。実際焔虎様のほうはそれで問題なかったんだ。問題は風獣神様のほうだ」
しみじみと語るガウルだったが、ようはタチの悪い試練を投げつけられたという話だった。
地味に嫌らしく、じわじわと精神を嬲るような厳しさで、耐えられないほどでないが容易ではない、そんな試練が延々と続いたらしい。
最終的にギリギリ折れそうになるところで達成扱いにされたらしいが、計算尽くされた精神攻撃に疲弊させられたという話だ。
試練後にサージェスのドM体験から逆算して組み上げたという解説がまた、ガウルの精神を追い詰める。
それで意味がないならともかく、克服してみれば確実に成長に繋がると理解できてしまうため、怒るに怒れない。時間をかけて練り上げられたマゾヒストの試練に、文句を挟まさせる隙はない。
……そんな、あまり詳細を聞きたくない試練だったのだとか。
「元々の依頼主が風獣神様だから、遅れても本人の匙加減一つだしな」
「そんな事より、ちゃんと加護は得られたのか? 猥褻物」
「そんな事じゃねーよっ!? てめえは簡単に授かったからってよっ!」
ぶっちゃけ俺もそっちのほうが気になっていたとは言えない。
「加護はバッチリだよ。< 地獣神の加護 >より更に馴染んでねーから戦力の足しにはならねえけど、めでたく加護四つ持ちだ」
「今回必要なのは、加護によってもたらされる戦力ではないから問題ない」
数に直接的な意味があるわけじゃないが、ギフト五個ってのもインパクトが強いな。その内一つは名前が変えられなくなるっていう、ただのマイナスギフトだが。
「さて、早速だが打ち合わせといこう。近くの建物を借りてあるから、そこに移動だ。ほら行くぞ、シャンとしろ」
「いてえだろ! クソ虎っ!!」
リグレスさんがガウルのケツを蹴っ飛ばしつつ移動を始めたので、俺たちはそのあとをついていく。
そんな獣人二人のやり取りを見て、初見だったリリカが特に困惑気味だった。
ちなみに俺は、なんかトマトさんが好きそうなやり取りだなと考えていた。話したら同人誌出しそうだが、案外もう出しましたと言われそう。
[ 暗黒大陸 沿岸開拓村マレイガン ]
「おー」
その建物から出てまず出たのはそんな言葉だった。俺が発した声だが、何人かは同じ反応をしていた。
転移ゲートを抜けたらもう別の場所っていうのは何度も体験しているが、それを加味しても結構なインパクトだ。
なんというか、空気が違う。そこがあきらかな別世界……ではないんだが、とにかく遠い場所だと五感を通して突きつけられる感じだ。
「はー、すごいなー」
「おりんりん、迷宮都市から出た事なかった?」
「ないなー。色々想像はしとったけど、所詮は想像って事やな」
小さい二人がうしろで話しているが、初めて迷宮都市の外に出るのがここというのもなかなかにインパクトのある体験だろう。
人によるだろうが、思春期にこんなインパクトを受けたら冒険家になるとか言い出す奴すらいそう。字面は似ていてもそれは別物だ。
「リリカはあんまり驚いてないな」
「圧倒はされるけど、結構いろんなところ見てるし」
「あー、そういやお前はそうだったな」
リアナーサに連れられて旅してたんだから、それなりの体験はしているか。
しかし、すげえな暗黒大陸。遠くのほうにあるバカでかい樹……よりも更にでかい、恐竜っぽい何かが首を出してるんだけど。ドラゴンとかならファンタジーだなで済ませられなくもないが、恐竜はちょっと違った意味でインパクトがある。俺が冒険家になってしまいそうだ。
リグレスさんの説明によれば、ここは暗黒大陸沿岸に点在する迷宮都市主導による開拓村の一つで、目的地に一番近いポイントらしい。
大陸中央部にある禁足地、その中心たる< 生命の樹 >の近くに転送ポイントを設定できれば話は早かったのだが、さすがに現地の亜神が許してくれなかったのだとか。基本的に穏便な交渉を心掛けている迷宮都市としては、話が通じる相手には無法はしないと宣っているらしい。
今日一日はこの集落で休んで、明日朝一で向かうらしいが、ここからどう移動するのかといえば、なんと航空機である。
実物も見せてもらって、更に言えばテスト飛行もしてもらったが、やたら鋭利なフォルムの、ファンタジーはどこいったと言わんばかりの中型機だ。
「私が制御します」
元々は専用のパイロットの用意していたらしいが、セカンドが担当できるらしくお役御免になった。いや、同乗自体はするらしいが、いきなり仕事を降ろされた彼のプライドが心配になる事態である。報酬は色付けて出るという話だが、そういう問題だけではないだろうに。
そんな航空機を見ての反応はそれぞれだ。……というか本当にバラバラで統一性のない反応だった。
慣れた様子のリグレスさん。
興味はあるが虎さんの手前反応を表に出さないようにしているガウル。
自分が運転するからか、無表情なのに何故か誇らしげに見えるセカンド。
素直に称賛と驚きを見せる燐ちゃん。
何考えているか良く分からない土亜ちゃん。
「あ、あの……アレに?」
「乗るらしいぞ」
そして、リリカは文明の利器にビビっていた。なんか音速超えるらしいから、ビビる人はビビるよね。
というわけで、基本的に普通のダンジョン・アタックの延長線上でしかない< 生命の樹 >攻略の打ち合わせよりは、そこに移動するまでの方法のほうがよっぽどインパクトの強い打ち合わせだった。
余裕があったら暗黒大陸やこの集落を見て廻りたいところだったが、それは帰りの話になりそうだ。
……強行軍過ぎるだろ。
ストレッチゴール分はあと一回続く。(*´∀`*)