第15話「剣姫の片燐」
今回の投稿は某所で開催した
「その無限の先へ」リスタートプロジェクト第三弾「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたとも りさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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「カミル……って、誰?」
当然の如く、土亜ちゃんの言う存在が分からない燐ちゃん。
しかし、俺はその名に覚えがあった。目の前の二人に関係のある存在として。関係が在ったかもしれない存在として。
それは、エリカが語ったS6メンバーの一人、s2の名前と一致する。確か、六人の中で完全に俺が知らないという二人の内の一人だ。もう一人のs3は確かルナだったか。
冒険者になったのは星の崩壊後、月でという話だったが、エリカのように崩壊後に生まれたのでなければ、現時点でもどこかにいるのはおかしな話じゃない。
そんな存在がここで出てくるのか。
「……何故、その名を」
「リグレスさんは、誰だか知ってるんですか?」
「知っている……と言っていいのか分からんがな。< 生命の樹 >を守護していた亜神が言うには、獣神姫カミルは獣神の始祖。風獣神様にも確認したが、確かにそういう名だったらしい。つまり、オレにとっての遠いご先祖様でもあるな」
……なるほど。
振り返ってみると、s2シャドウに見られた特徴やスキルは、獣神のそれと言われても納得できなくはない。元になったモノか、あるいはそのものか分からないが。《 獣神纏憑 》ってスキル名もそのままで、シミュレーターでも確認できるから見間違いでもない。
しかし、アレが獣神の始祖? 獣人って例がある以上、人型なのはそこまでおかしな事じゃないだろうが、それがなんで星の崩壊後に月で冒険者になってる? 因果関係や経緯が良く分からない。
だいたい、獣神や精霊、迷宮都市の四神や巫女は星に縛られた存在で、基盤となる星が崩壊した時点で存在を保てなくとかなんとか、そういう話だったはずだ。
だから獣神やその巫女が生きているはずもなく、じゃあアレは誰なんだってセカンドと話した覚えもある。
「亜神ですら口伝でしか残っていないような古代の存在、つまりその名を知る者はほとんどいないという事だ。何故、縁のなさそうな四神の巫女が知っている?」
「なんで……なんでやろ? カミル、カミル……うーん、分からん!」
「そうか、分からんか……」
あ、元に戻った。一種のトランス状態っぽかったが、言った事は忘れてなさそうだ。
しかし、うーん。俺も無関係ではないのだろうか。会った事はないし、当然しゃべった事もない。助けてもらったのも、未だ理屈の良く分からないシャドウだ。イバラとの戦いの事を考慮するなら恩があるといえばめちゃくちゃあるが、関係としては微妙過ぎて判断に困るな。
「よう分からんけど、土亜が行きたいのは変わらん感じ?」
「うん」
「……といわれてもな。行きたいから、じゃあ連れて行くというわけにはいかんぞ。迷宮都市運営からゴリ押しされたとしても、オレは反対する」
「うーん、困ったなー」
あんまり困った感じには見えないが、本気で行くつもりなんだろうか。
俺が聞いてる話だと、暗黒大陸ってのはかなりの魔境だ。辛うじて沿岸部に人間の居住地があるだけで、少し内部に入ると結構な強さモンスターもいるという。
目的地の正確な位置は分からないが、多分内陸部だろう。しかも、最終目的地はダンジョン最奥部だ。いくら迷宮都市の冒険者ならそこそこ程度でしかないといっても、未だ一般人枠の二人が行くには無理があると言わざるを得ない。高レベル冒険者が護衛するにしてもだ。護衛する側も相当ハードなミッションになりそう。
「まあ、とりあえずガウルとの交渉の席は用意します。俺も出席したほうがいいですか?」
「ん? ああ、頼む。仲介人がいないとアレと喧嘩する事になりそう……だ?」
そのタイミングで会場が一層騒がしくなった。……四神練武が盛り上がってるのは分かるが、なんだコレ。
『これは……何をやってるのかちょっと分かりませんが、とにかく玄龍選手すごいっ!! というか、何コレ?』
『単純に新スキル……じゃありませんね』
『良く分からない超コンボ、えーと《 黒竜連牙・武錬 》によって、FOEがまさかの陥落っ! ギリギリで高ポイントを積み上げました!』
『ちょうどここでタイムアップ。四チーム共四神練武最終日のアタックが終了しました。これは読めなくなってきましたね。観客のみなさんは』
『ネタバレすんじゃねーぞ、キツネ』
どうも玄龍が何かをやらかしたらしいが、詳細が分からない。以前なら狐さんと狸さんが分からないと言ったらそうなのかと納得しただろうが、朧げでも正体が分かった今だと、それが迷宮都市の持つ知識の枠外にあるモノではないかと思ってしまう。
困惑しつつ、終了後の解説を聞いていたら、早速その動画を切り出して映してくれるとの事。運営側の混乱も感じられる。
「なんかすごい連続攻撃やね? 玄龍さん」
玄龍のそれを見た燐ちゃんはそんな漠然としたモノだった。多分だが、会場にいる観客や冒険者のほとんども何がおかしいのか分からないだろう。
普通に観るなら、それは玄龍が土壇場で初見の新スキルを発動しただけにしか見えない。もちろん、それはそれで驚愕すべき事ではあるのだが、問題はそんな表面上の事じゃない。
動画を観るだけで《 土蜘蛛 》が勝手に解析を始めた。おそらくアレは未だ未知の、システムとして未承認の現象……。
「……オレの《 夢幻演舞 》に似とるな。あんな紛い物ではなく別の何かだが」
関連性はさっぱりだが、リグレスさんの呟く言葉に何かのヒントがあるのかもしれない。
今の俺で分かる範囲で言うなら、アレはおそらく《 オーバーシステム 》に内包されるはずの何かが関与している。《 オーバースキル 》ともまた別の、形になっていない何かだ。
玄龍から聞いた事はないし、わずかに映った映像では本人も困惑しているように見えた。
「というか、リグレスさん的には《 夢幻演舞 》ってそういう認識なんですか? 紛い物?」
「当たり前だろう。アレは腑抜けた先達に活を入れるためだけに見せただけで、実戦での使い道などない。限界まで練り上げても《 夢幻刃 》の劣化版にしかならないだろう」
なるほど。今だから分かる事ではあるが、言われてみればという感じではある。
「極めてシンプルな可能性の刃に比べて無駄だらけの、重いスキル。見栄えだけの正に演舞だ。……だが、アレは違うな」
ぶっちゃけ、俺はその似ているというのも良く分からないんだが。とにかく、玄龍が良く分からない事をやったって事だな。
……ひょっとして、ポイント逆転したのか?
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第二回四神練武が終了した。
結果としては、Dチームがまさかの逆転優勝。最後のアレが決定打だったのか、FOEのポイントを抜いたらわずかに届いていないというギリギリっぷりである。
残念ながらの二位となったBチーム、謎のイメージに振り回されて苦境に陥ったものの最後まで戦い抜いたCチームと、波乱に満ちた素晴らしい最終日だったといえる。Aチームは知らん。
絶妙にムカつくトマトちゃんのお面着けて表彰台に上がっても、やらかした事が消えるわけじゃないからな。そりゃ天狐さんにはたかれもするさ。
『おのれ、貴様のせいで……っ』
『ノーッ! ギブギフ!!』
一歩間違えば大惨事な表彰台の上での乱闘騒ぎだが、観客的にはウケていた。日本でも、多分昭和くらいまでならテレビ放送しても許される範疇。
そんなリーダー同士のキャットファイトにAチームとCチームのメンバーはほぼ全員苦笑いだったが、気持ちは分かるのか誰も止めるやつはいなかった。
『最下位になりたくないから必死だったけど、まさか暫定一位だったとは』
ちなみに、フィロスは自分たちは最後の最後まで暫定一位だったとは思っていなかった模様。自分たちにできる事を堅実に積み上げただけで、AやCに追いつけるかは怪しいと思っていたらしい。なのに、終わってみれば自分たちは二位で、上にいたのがまさかのDでは困惑するしかないだろう。昨日までと順位が逆転してるんだからな。
『想像以上に、自分の駄目な部分を突き付けられるイベントだったな。いや、それはそれとしても……ちょっと自分の中でも消化し切れていない。悪いな』
例の玄龍の事も含めてハウザーさんに色々と聞こうとも思ったんだが、本人も良く噛み砕けておらず四神練武全体の反省点も多いからと、思うような回答は出てこない。
その玄龍本人は……新スキル発動が影響したのか、謎の反動で苦しんでいた。結果発表にも出てこなかったので何事かと思ったら、医務室で唸っていたのだ。死んだわけでもないのにダンジョンから出てもダメージが残っている。その様子も含めて《 宣誓真言 》のような何かを感じずにはいられない。
『おおおぉ……まさか、こんな事になるとは……』
『結局、自分でも良く分からないって事なんだよな?』
『むっ……残念ながらそうなるな』
立つのですらキツそうだったが、話しかけたらなんでもない風を装って応対し始めた。脂汗が浮かんでいるのは突っ込まない事にする。
『スキルとしても登録されていない上、そもそもどれが例のスキルなのかも分からん』
そう。試してはみたのだが、玄龍を《 鑑定 》してみても《 黒竜連牙・武錬 》なんてスキルはどこにもないのだ。
必死だったのか、本人は発動メッセージすら見逃していたという話である。そして謎の反動ダメージを受け、FOEのカウンター技かと疑ったらしい。
『ただ、スキル連携の補正は乗っていたように感じた。だからこそ、あきらかに手に余るレベルのモンスターを倒せたのだろうが』
『あれがスキル連携と同じ扱いだとすると、良く体がバラバラにならなかったなって感じだよな。それはそれで良く分からん』
まったく同じモノではないなんだろうが、繰り出した攻撃のすべてが連携したと考えると、発動メッセージのタイミングから考えて連携数は軽く十を超える。
俺の八連撃で異常と言われ、ベレンヴァールと戦った時は本能的に体が壊れると判断したスキル連携なんて目じゃない数だ。サージェスのように、連携し易い格闘スキルでもない。
反動ダメージが大き過ぎて技後硬直があったのかすら分からないらしいが、それがないとなると完全に別物だろう。
『まあ、姉上にはいい自慢話ができた。野次を上げる事しかできなかった、そこのバカとは違うとな』
『あんなに目立ちやがって、このっ、このっ! ちくしょー! MVP! おめでとうっ!』
『やっ、やめろ銀! うおぉぉおおおお……』
まあ、波乱に続く波乱でかなり面白かったんじゃないかと思う。少なくともイベントとしては第一回よりも洗練されているし、展開も予想外の事ばかりだった。観客は間違いなく満足してるだろう。実際、突発的なイベントだったにも関わらず、第三回はいつかと問い合わせする人も多いらしい。その中には、自分だけ総合MVPとっていないからと熱心に声を上げる銀龍の姿もあった。
総合MVPの玄龍に関しては満場一致というわけではないが、やっぱり最後の最後で大逆転を演出したというのが大きかったらしい。タイムリーを放ってヒーローインタビューに呼ばれるようなもんだ。
俺たちには困惑も大きかったが、普通の視点で見るなら絶大なインパクトと活躍だしな。本質を無視した見た目だけでも、脳が焼かれるファンが出てもおかしくないし、推しにするには十分だ。そりゃ銀龍も嫉妬するわ。空龍だって戻ってきたら同じに違いない。だから、じゃれて悶絶させれられるくらいは見逃す。
『ぐあああぁぁっ!』
ちなみに、当然の如く第三回なんて決まっちゃいないが、やっちゃいけない問題があるわけでもないし、年一で知る人ぞ知るレアイベント的な扱いになるのかもしれない。
さすがに次回以降は俺たちとはほとんど無関係になるだろうが、そうなったら前回と今回の記録はずっと残るわけだ。……改めて、第一回で一位取れなかったのが悔やまれるな。
さて、それはそれとして、俺たちはリグレスさんの依頼に従い、ガウルを呼び出す事にした。
中央宮殿の一部屋を借りて、リグレスさんと俺、そして土亜ちゃんと燐ちゃんまで参加するという謎の打ち合わせだ。
呼び出されて入って来たガウルはリグレスさんの姿を見て嫌な顔を隠そうともせず、部屋にいるメンバーを見渡して困惑していた。
「一体こりゃなんの打ち合わせだ? どういうメンバーだよ」
「なんでこのメンバーになったかはさておき、主題はリグレスさんからお前への頼み事だ。俺はただの仲介」
「そのクソ虎の? お前の情けねえ姿は動画に残ってねえから心配しなくてもいいぞ」
「そんな話ではないわっ!」
戦いの最中で煽ってたのは知ってるが、無量の貌体内で起きた精神世界の戦いなんて動画に残るはずがない。頑張れば残せない事もなったろうが、そんな事考えもしなかったし。
「アレはオレの未熟故の失態だ。それを誤魔化す気はないが、せめてお前の内だけにしまっておけ」
「でも、ツナは見てたはずだぞ」
「……お前ら二人共しまっておけ」
俺は別に何か言う気はないんだが。むしろ、客観的に見るなら恐ろしい精神力だったと思うぞ、アレ。
燐ちゃんたちも興味はありそうだが、突っ込んではこない。認識阻害に引っかかるかは微妙だが、話せるはずもない。
「で、なんだよ。お前、風獣神様に言われて遠征に行くって話だったじゃねえか。終わったのか?」
「その件で手伝いを頼みたい。すでに獣神様に許可はもらった」
「良く分からねえな。なんで俺が助ける必要があるんだよ。戦力って話じゃねえよな?」
「それなら< 流星騎士団 >から誰か連れていくわ。未だ謎な点は多いが、< 生命の樹 >最奥部に入るにはお前が必要なのだ」
先ほど聞いた話を続けるリグレスさん。ガウルは最初こそ疑問符を浮かべつつ聞いていたが、特に口を挟むわけでもなく真面目に受け取り、それなりに納得もしたようだ。
それでも謎な部分が多いのは俺たちにも共通する事で、なんならリグレスさん自身も分かっていない事が多い。
「獣神様の意向じゃどの道断れねえけど、色々分からねえ点があるな」
「なんだ?」
「獣神の加護が足りないっていうなら、お前が受ければ済むんじゃねえか? 四つとか聞いた事はねえが、そういう話なら例外として認められるだろ」
「できるわけなかろう。何言ってるのだ、お前は」
「なんで?」
「…………」
おっと、何か分からないが、妙な認識の差があるような気がするぞ。
だって、俺もガウルと同じように考えたもの。因子が足りないとかなんとか言っていたから、原因はそこら辺にあるんじゃないかとも思っているが。
「お前と違って、本来オレは多数の加護を受けられるほどの器はない。今回、風獣神様から加護を授かったが、それすら力を発揮できぬ有様で、鍵として機能せん」
「そういうもんなのか? 確かに歴代でも複数の加護持ちは少ないって聞いた事はあるが……それなら俺も厳しいんじゃ」
「まさかお前……自分の出自を知らんのか?」
「出自? 銀狼族族長の息子って以外の?」
「……どうなっとるんだ。別部族のオレでも知ってるのに、本人が知らんとは。非常識な……」
「あんまりお前には言われたくねえが、何か知ってるのか? 言えよ」
「いいか、お前は四獣神の加護をすべて受けられるようにできている。そういう風に調整されて生まれてきた成功例のはずだ」
「…………は?」
一切聞いた事がないという表情を見せるガウル。
「我ら獣神の使徒は、生まれた時に加護への適性を検査するのはさすがに知っているな?」
「お、おお、さすがに知ってるぞ。儀式の手配する側をやった事もあるくらいだしな」
「アレは単に検査だけして終わりではなく、実は意図的な高適性同士の交配すらやっている。数百年という時間をかけてな。未だ婚姻に族長の差配が多いのはそのためだ」
「……古臭い習慣だと思ってたが、確かにやってんな」
「その中で、歴代でも最高の加護適性を持って生まれてきたのがお前だ。銀狼のところにそういう奴がいると聞かされて育ったオレは奮起したものよ。というか、この話は別の銀狼にも聞いた事があるくらいなのだが、本当に知らんのか?」
「……すまん、ガチで何も知らねえ」
衝撃の事実……かは良く分からないが、完全に未知の情報を叩きつけられてガウルは呆然としている。
「だいたい、獣神の巫女を娶っている時点でおかしいとは思わんのか」
「何言ってんだ。過去にも巫女と結婚した奴なんていくらでも……」
「結果としてそうなった事例はあっても、お前のように生まれた時から婚約扱いになっている事などない。お前のその名も含めて、多く血を残せという意味じゃないのか?」
「……やべえな、何言ってるのか全然分からねえ」
「マジか、貴様。何故本人が知らんのだ」
あまりに齟齬がでか過ぎて置いてけぼりを喰らっている俺たち三人。俺以外の二人に関しては興味すらなさそう。
このままじゃまとまりそうもないので、俺が横から口出しする事にした。
「あー、とにかく、ガウルならすべての獣神の加護を受けられて、それを鍵に使いたいって事でいいんですよね?」
「ああ。こいつの無知さはともかく、今重要なのはその点だけだ」
「大混乱している俺を取り残さないで欲しいんだが」
だって、このままだと脱線して戻って来れないし。お前の出自は今話してもしょうがない。
「ともかくだ、特例ではあるが、お前は魔の大森林に帰って残り二つの加護を受けてこい。許可はもらってる」
「……後々授かる予定ではあったけどよ。今の俺で試練を超えられるかどうかなんて分からねえぞ」
「獣神の試練は形式上のモノでしかない。レベルもないような者ならともかく、冒険者になってそこまでレベルが上がってれば、あとは獣神様の意向だけだ。極論、試練なんぞなくても加護はもらえる。オレもそうだった」
「ちょっと待て、それも初耳なんだけど」
「コレは一応機密らしいからな。少し前に風獣神様に聞かされたわ」
「じゃあ、この前受けた地獣神の試練は? アレの結果、変なギフトまで植え付けられて、名前変更できなくなったんだが」
「ただの様式美だ」
「…………野郎」
ガウルさん的には衝撃の事実が波のように押し寄せているっぽい。
ただまあ、ガウルが獣神の加護をすべて受けられて十全に活かせるだろうって話は興味深い。一つでも結構な恩恵があるのに、それを四つとなれば結構な戦力アップが期待できるだろう。《 地獣神の加護 》を見る感じ、すぐには無理でも、長い目で見ればかなりの好材料だ。
「ま、まあいい。てめえの口ぶりだとピアラの奴は知ってるな。なら、そっちに聞く事にする。……で、仲介役のツナはともかく、そっちの二人は結局なんなんだ?」
「オレも良く分からんが、< 生命の樹 >に同行したいそうだ」
「……正気か? 普通に危ねえだろ」
「それに関してはオレも同感だ」
俺も俺も。
「うちもよう分からんのやけど、土亜がな」
「りんりんはついでやけど、うちは引く気ないでー。理由は分からんけど」
「なんだそりゃ……」
「うちはついでなん……?」
理由も分からずに行きたいけどなんて言われても、それじゃリグレスさんだって連れていけるはずがない。
「えーと、リグレスさん的にはどんな条件をクリアしたら連れていけますか? たとえば、俺が行きたいっていうなら別に問題ないですよね?」
「別にお前なら構わんが……。そうだな……最低限、各所に許可はもらった上で、できれば中級冒険者程度の実力は欲しい」
「りんりん、中級冒険者に勝った事あるで」
「そういう相性が絡む一発勝負的な問題ではなく、必要なのは安定性と自衛能力だ。せめてベースレベルにしてLv25程度、できればLv30は欲しいところだな」
「下級上位の冒険者って事か。うちはLv10やし、りんりんはLv1やな」
「つまり、どちらも一般人の範疇という事だな。そんなもの連れて行けるかという話だ。責任が持てん」
迷宮都市では、冒険者以外のいわゆる一般人とされる人たちもレベルを持っている。
基本的に学生などの未成年者は上げる手段を持たずLv1のまま、ギルドに所属するとそれぞれが持つ施設でレベルアップを推奨される事もあって、だいたいLv4かLv5くらいに落ち着くらしい。土亜ちゃんの言うLv10というのは一般人としてはギリギリのラインで、これ以上となると大抵の競技から弾かれる。四神の巫女って立場に合わせて四神の練武場で鍛えられたのだろう。
ちなみに、スポーツ業界だと階級制限よろしくベースレベルでも分類されたりする。チームスポーツは今回の四神練武のようにコスト制を採用しているものも多い。エースはまた別だが、レベルが低くて運動能力が高い人は重宝されるらしい。
「なら、レベル上げればよかろうて」
そのタイミングで、唐突にドアが開いて髭が入ってきた。しゃべる髭というか、地神ヴォルダルだ。
「うちの巫女ちゃんから《 念話 》で話は聞いておる。さすがにこのまま暗黒大陸など行かせられんが、ようは安全と思える程度に鍛えれば良い」
「しかし、鍛えると言っても……今からですか? 期限は指定されてませんが、< 生命の樹 >で何が起きているか分からない以上、そこまでの時間は……」
「どうせ、そこの銀狼が加護を得るのに多少の時間はかかるじゃろ。その間に必要なだけレベルアップすればええ」
前回、ガウルが地獣神の加護を授かりに行った時間を考えると、試練がないと考えて一ヶ月くらいか?
俺の基準ならLv30くらいなら無理ではないが、どうやってという問題がある。
「予定よりはかなり前倒しになるが、冒険者デビューするといい。それでええな?」
「お、やったー。棚ぼたやー」
「……あの、うちは」
「剣刃にも打診はした。上手い事説得せえ」
ふって湧いたようなデビュー話に燐ちゃんは困惑気味だ。事前に話をしているとはいえ、いきなり両親を説得しろと言われても困るだろう。
「それで、期間内にそこの虎が納得できない場合は、素直に諦めるんじゃぞ」
「……変な忖度はできませんが」
「そんなモノされても困るわ。むしろ安全が確保できないような場所に、ウチの可愛い巫女ちゃんを行かせられん。別に、攻略完了したからといって< 生命の樹 >がなくなるわけでもあるまいしな」
むしろなんで前向きなのかが気になるが、担当四神としてはそういうスタンスだと。ひょっとしたら、迷宮都市運営には話が通ってるのかな。
「あと一つ条件を追加じゃ。二人が同行する場合は渡辺綱、おヌシも行け」
「……は?」
「こっちはダンジョンマスター命令じゃな」
マジかよ。いきなり流れ弾が飛んで来たが、すでにダンマスまで話が行ってるのか。
「まあ、多少スケジュール調整は必要かと思いますけど、無理じゃないですね」
……だが、どういう判断だ? ダンマスと那由他さんへの報告にS6の名前は入れてあるから、そこで判断したかな?
正直、俺としては関係性は微妙って思うんだけど。
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「何してくれてんの? まさか、ダンマスは俺が知らない情報掴んでるとか?」
『そういうわけじゃないんだが、少しでも特異点に関係ありそうなら顔出しとけって思ってな。クラン創設関連除けば、年末まで結構暇だろ?』
電話をかけて確認したら、まさかの適当に放り込みました案件である。
「いや、冒険者ランクのC--からマイナス取るために頑張るとかな」
『なら正式な遠征扱いにしてやるから、むしろオトク。良かったな、ちゃんと実績になるぞ』
なんとなく反論したかったのでそれっぽい事を言ってみるが、むしろ堀を埋められる始末だった。
だがまあ、言われてみれば確かにオトクかもしれない。どの程度の実績扱いにしてもらえるかは交渉するとして、普通に活動するよりは良さそうなんて思ってしまうくらい。
遠征って時点で報酬や実績は下駄履かせてもらってるような扱いだし、それがギルドからの直接依頼となれば更にだ。
『でも、C--嫌なん? プログラム言語が反転したみたいで格好いいだろ。レアだぞ』
「そこまででもないが、仮免みたいで嫌だ」
あと、別に格好良くはない。
しばらくしたら俺に付与されるはずのC--ランク。これは冒険者ランクの中でも特殊な扱いであり、迷宮都市内でも数人しか保有者がいない。
基本的にクランの創設というのはCランクからなのだが、実はCランク昇格の条件に活動期間の実績が含まれていて、俺はそれに引っかかっているのだ。現状のルールでは、昇格試験に合格しても保留になるのである。
クラン創設自体がランク昇格試験どころじゃない難易度なので、そんなクランマスターなら別にいいんじゃねと目溢しされて昇格試験代わりになっているらしい。将棋で竜王や名人タイトルとると段位が付与されるようなものだ。
以前はそれで問題ない……というか、今だってほとんど例がないくらいなんだが、これはギルド側でも例外はあると認識していて、そういう冒険者向けの特例処置が存在する。なんなら、それを前提としたクラン設立支援サービスまで展開しているくらいだ。
今後、本格的に実態とミスマッチな状況になったらルール改正されるのだろうが、ようはCランクの仮免のような扱いで特殊なランクを作ってしまえという公式の抜け穴である。
実際には仮免でもペナルティはないし、マイナスが二つ付いたままでもCランク冒険者ですと言えるのだが、外せるなら外したい。
『アレも上級ランクと一緒で法整備が間に合ってないところがあるからな。多分しばらくしたら消えるランクなんだよな』
B以降もかなりアバウト……というか、ほとんど個別の審査みたいなものだしな。
Sはもちろん、Aなんてトップのクラマスだけだし、B+に至っては通常構成になっているクランのサブマスター、つまりアーシャさんに付与されているだけだ。
ちなみに< 月華 >がトップ入りした事で夜光さんはAに昇格したものの、あそこはサブが二人体制だからクラスは据え置きされてままである。
こうして見ると上級ランクはBとB-だらけになるじゃねと思うが、本当にその通りで、ほとんどB=上級みたいな扱いなのだ。
「まあいいけどさ。今回の件、ダンマス的にはなんかあると思ってるわけ?」
『むしろ、ツナ君がどう考えているかのほうが重要じゃないか? どうなん?』
「……微妙? ダンマスの命令なかったらスルーしてた気が」
『労力やリスクと相談だが、ちょっと気になるってくらいでも首突っ込んでおけ。気付いたら手遅れで、星が崩壊してましたなんて展開は極力避けたい』
確かに、それを言われると厳しい。そんな規模なら誘導される気もするが、乗るしかない事態は仕方ないにしても、単純に受け身でいたくはないし。
「……まさか、新大陸のほうにも投入されたりしないよな? ダンマスの嫁さん担当してるのに、結構時間かかってるんだろ?」
『ないとは言わないが、どうだろうな。アレって結局時空の歪みからくる浦島武郎現象ってだけなんだ。だから、別に攻略に苦戦してるとかじゃないはず』
そうなのか。つまり、無限回廊とは逆パターンの現状が起きている?
『まあ、古代人に少しでも関わりがあるか、興味があったら行ってみる? ってくらいだな。現象的に、迷宮都市にお前のいない空白の時間ができるのが難点だけど』
『さすがに古代人とは無関係だろ』
そもそもどんな存在だったかも知らないし、他に古代といっても、せいぜい天狐さんの種族とか今回の獣神姫カミルとか、そういうあるかないのか微妙な細かい接点しかない。
補修で聞かなかったら、存在すら認知してなかったくらいだ。
というわけで、ガウルにとっては衝撃の事実が判明しつつ、燐ちゃんと土亜ちゃんの冒険者デビュー前倒しなんていうイベントまで追加され、ついでに俺も暗黒大陸行きが決まってしまった。
リグレスさん曰く、日程的には一週間程度との事だが、地味にスケジュール調整が厳しい。
特に、クランマスター資格取得の試験で失敗した場合はかなりハードスケジュールになってしまう。内定している十月一日のクラン設立には、最悪でも二回まで落としても大丈夫だったのが、急に追い詰められた感じだ。一応、模試では大丈夫って判定はもらっているが、緊張してきた。
あの二人の暗黒大陸行きを無視すりゃなんでもない話だが、そんなわけにもいかないしな。一回で受からないと。
一方で、ガウルの諸々の事情についてはピアラを中央宮殿に呼んで話を聞く事になった。
別に合宿が終わってからでもいいし、ガウルが一旦帰ってもいいんだが、何故かそんな事になった。
「実は、聞かれたら答えてもいいとは言われとった」
開口一番、ピアラさんから衝撃発言である。申し訳なさそうというか恥ずかしそうというか罰が悪そうというか、判断の難しい反応だ。
「でも、本人はまったく気にしてないし、ならいいかと今日に至るわけよ」
「マジかよ……。いやまあ、聞いてみれば、だからどうだって話なんだろうけどよ」
「まあ、そんな出自だからといって、別段使命のようなものあるわけでもないしの」
実害はないだろうが、本人としては衝撃だろうからな。十六歳の誕生日に、実はお前は勇者の生まれ変わりなんだよって言われて旅に放り出されるくらい。
この場合、倒す魔王もいないから、本気でだからどうしたという話でもある。
「じゃあ、リグレスさんが言ってた古代の英雄云々からとった名前ってのも?」
「それはちと微妙じゃな。確かに凍狼様が挙げた候補にはあったし、実際そういう意味も含んでるんじゃが、名付けた銀狼の長老一族内では半分ネタ扱いされとる」
「昔からその理由で適当に反論はされてたが、そんなわけねーと思ってたくらいだしな」
「確かに偉大な英雄なんじゃが、桁外れ過ぎてネタにするしかないというか、そういう存在だからな」
銀狼の族長一家がギルティなのは変わらないと。ギフトで固定されている時点でそりゃそうかって話でもあるが。
なお、古代の英雄ガウルというのは本当に実在した人で、近代銀狼族の祖と呼ばれるような偉大な人らしい。ガウルの意味は当時からそのままで、なんでそんな名前にしたかは良く分かってないらしいが、精力絶倫で子沢山なのもあって半ば肯定的、半ばネタとして扱われているらしい。近年じゃ珍しいものの、過去にはそれにあやかってガウルと名付ける者も結構いたんだとか。
でも多分、今現在も生ける伝説なガルスさんのほうが桁外れでヤバい。英雄ガウルが聞いたら敗北感で打ちのめされるかもしれない。
「じゃあ、その点はガウルの確認不足って事で。で、今後のスケジュールはどうする? 確かお前、合宿明けにアタックの予定入れてただろ?」
「ダンジョンアタックのほうはさすがにキャンセルして、許可が降り次第帰郷するか。移動手段用意してくれるみたいだしな」
パーティ編成してるユキさんが困りそうな案件である。攻略を進めるようなガチアタックでなければ、どうとでもなりそうだが。
「一年……は経っておらんが、久しぶりの帰郷だな」
「……まさか、お前も付いてくるのか? 試練やるにしても、後任の担当だろ?」
「どうせならわしも顔を出せと言われた。里の連中はともかく、凍狼様に近況報告も兼ねてな」
「まあいいか。それで、お前だけ許可が遅れるんでもない限りは別に問題もねーだろ」
「それなら留守番じゃな」
迷宮都市ならそこら辺の手続きは柔軟だからな。なんなら、今すでに許可降りてても驚かないくらいだ。
でも、土亜ちゃんや燐ちゃん的には、少しでも遅れたほうがいいんだろうか。
「話は変わるが、ピアラさんはいつまでその小さいサイズなんだ? 本来は人型なんだよな?」
「省エネが慣れてしまってな。気付くとこの姿に戻っとる。……なんじゃおんし、わしのぷりちーな姿に興味あるのか?」
「その姿しか見てないと、ガウルさんが異常性癖持ちにしか見えなくて」
「……理不尽極まるが分からんでもないな」
「分かるんじゃねーよ! お前も何想像してんだよ」
そんな事言われても、初めて紹介された時から子犬サイズなわけで。
「まあ良い。ほれ見ろ、これがわしの本来の姿じゃ」
「……おー」
面倒臭いとか、そんな感じでこの場はスルーされるかとも思ったが、案外あっさり見せてくれた。別に準備が必要とかでもないらしい。
「どうじゃ、わしは美しかろ? 里の連中なら嫉妬するところじゃ」
「お、おお。人間の目からじゃどれくらいなのかは分からないが、色々すげえな」
そこに現れたのは、ガウルよりも遥かに輝く白銀の体毛を纏った銀狼だった。全裸というオチもなく、どうやっているのか服も着ている。
あまりに種族が遠いから容姿に関しては上手く判別できないと思ったが、一目で分かるくらいには美人だ。むしろ、美人過ぎて現実味がないというか、作り物にも見えるほど。
多分、コレが人間だったら普通に見惚れるだろうが、賢者モードでなくとも性欲の対象にはならないし、伴侶にも選ばない。そういう類の雰囲気である。
ガウルだってかなり精悍な顔つきをしていると思うが、並んで見てもバランスが取れてる感じは……やっぱりしないな。
あと、神々し過ぎて、少なくともぷりちーではない。びゅーてほーなら緩そう。
「ガキの頃から慣れてる俺でも未だに気後れするからな。小さいほうが落ち着く」
「とまあ、そんなわけじゃ」
「戻った」
そんな一瞬の邂逅のあと、すぐに元の大きさに戻ってしまった。威厳も消えた。
うーん、こいつらの夫婦生活がまったく想像できなくなるな。
そんな出来事のあと、やっぱり迷宮都市の手回しは早かったのか、ピアラの分も含めてあっと言う間に許可は降り、ガウルたちは合宿が終わるのを待たずに帰郷する事になった。
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というわけで元の合宿に戻るわけだが、日程も残りわずかで、イベントといえばフィロスが半ば強引に捩じ込んだロッテVS燐ちゃんの模擬戦くらいだ。
まあ、色々あったけど、基本的には何かが起こるはずもない対戦カードだ。ロッテがどの程度本気になるか、燐ちゃんがどの程度粘るかくらいしか見どころはないはず。
翌日、その模擬戦を前に来客があった。
「お前ら、ウチの娘イジメてんなよ」
唐突に中央宮殿にやって来たのは剣刃さんだ。今まで燐ちゃんと一緒に訓練している時に顔を出した事はなかったのだが。
この合宿、えらい千客万来ね。
「俺の案違います。カード組んだのこいつや」
「いやあ、面白いかなって思って」
「フィロスかよ。……現役冒険者と模擬戦するにしてもリーゼロッテはねえだろ、リーゼロッテは」
「そうですかね?」
まあ、普通に考えるならそうだ。下手すりゃ何もできずに終わる。このカードにはそういう相性問題がある。
基本的にロッテは魔術士で、大鎌を使って近接戦もするがロングレンジからの魔術攻撃がメインだ。全力で行くなら最初から近づかず、距離を保って遠距離攻撃し続ければ燐ちゃんは何もできない。
一応、俺からのオーダーとして最初は前に出てとは言ったが、接近戦だって正直打ち合うのは無理があるだろう。
たとえば、トライアルの時の俺が燐ちゃんの立場なら瞬殺されて終わりだ。猫耳以上にどうしようもない。
「そういえば、遅れましたけど一〇〇層攻略おめでとうございます」
「ん? ああ、ありがとよ。亜神になったからって何が変わったって感じもねえけどな。号がついたくらいだ」
「いきなり子作りに励み始めたのと何か因果関係が?」
「なんで知ってんだよっ!? ねえよ、そんなもん! ……いや待て、あるのか? 良く考えたら無関係ってほどでもねえな」
「マジかよ……」
単に冗談で言ったつもりなのに、考え込むくらいには関係あんの?
「あれ、お父ちゃんや。何しに来たん?」
「……お前か。ウチの家庭環境赤裸々に語ってんじゃねーよ!」
「なんの話やっ!?」
会うなり怒鳴られても意味不明だろうに。
「それで、剣刃さんはなんでここに? ひょっとして、燐ちゃんの模擬戦見に来たんですか?」
「お前から振りやがったクセに……まあいい。別にそんな理由じゃねーよ。例の暗黒大陸行きの話が俺のところまで来たんだよ」
ああ、その話か。剣刃さんにも話したって言ってたしな。
「喜べ、説得したぞ。今回の件で半ばなし崩しではあるが、蘭から許可はもらった。かなり渋々だがな」
「……ほんま?」
「ああ。ただ、ちゃんと話はしろよ。何も言わずに登録するんじゃねーぞ」
「う、うん、分かった」
何があったんだろうか。反対されてるってのは結構前から聞かされてたが。
……つまり、二人の暗黒大陸行きがかなり現実味を帯びてきた? Lv30となると、ここからデビューして、第十層のパンダ攻略して、そこから第三十層手前くらいでレベル上げする事になるだろうが……。ガウルが加護を授かるまでに必要な期間次第だが、案外間に合う気もする。
「俄然やる気が出てきたわ」
ロッテに呼ばれて背を向けるまでの一瞬だけ、燐ちゃんの雰囲気が変わった。移動する後ろ姿はすでにいつものモノだったから、変わったのはほんの一瞬だけだ。
「想像とは全然違ったけど、面白くなりそうだ」
フィロスもそれを見ていたのか、適当に観戦するつもりだった雰囲気が一変する。
「あとは、リーゼロッテのほうが侮ってくれると、もっと面白い事になるんだけど」
でも、そのスタンスは変わらないらしい。
「さすがにねえだろ。そこまで交流があるわけじゃないにせよ、お互い知らない間柄でもないし」
「そうかな?」
そもそも、合同訓練は今回が最初ってわけでもない。当然、模擬戦やそれに近い事は何度もやっているはずだ。
どちらかといえば、その間に変わり続けているのはロッテのほうで、凛ちゃんがデビューすらできない今、冒険者としての基礎能力や実戦経験は開く一方なはず。
そして、セラフィーナやレーネっていう異常とも呼べる才能を間近に感じているロッテが、燐ちゃんのような分かり易い才能を侮るとも思えない。
あえて言うなら、あいつはモンスターという出自故に未だ冒険者の成長に拘っている感がある。俺が指示した序盤の接近戦を含め、どれくらい様子見するかで何か起きるかも。
普段から力を隠したりしていないんだから、やる気になったところでそこまでの差があるはずもないんだが、s1の姿を知っている俺は、どうしてもあのイメージが拭えない。何か起きるかもって期待してしまう。
「それで、結局どうやって説得したんですか?」
「あー、もう話に出たからアレだが、子作りだ」
「は?」
え、マジでそれが解決方法なの? 剣刃さんはその下半身で奥さんを黙らせたと? ……パねえな。男として尊敬するわ。
フィロスは何も言わないけど、こいつだってマジかよって顔しているし。
「あいつは、自分と家族の距離が離れる事に悩んでいた。俺にしても燐にしても、冒険者として成長する課程で別人みたいになっちまうのが嫌なんだよ」
「それは……」
思った以上に真面目で深刻な話が飛び出してきたぞ。安易に聞いて良かったのか、コレ。
「新しく子供ができれば、完全にとは言わないが多少は気にならなくなるだろうってな。子育てが忙しければ尚更だ。そんな理由だよ」
「なるほど」
「あと、地味に俺が亜神化した事もきっかけだ。どうも、これ以上存在としての格が離れると子供もでき難くなるんだとさ。今すぐどうこうって話でもないらしいが、それなら今の内にってな」
長命種は子供が少なくなる傾向にあるとは聞いているが、俺たちにも当てはまる話だったのか。
「って、あれ? ……超繁殖生命体ガルスさんは?」
「アレは……亜神として方向性にそれが含まれてるんじゃねーか? 知らんけどな。あんまり知りたくもねーし」
ギリシャ神話の最高神みたいなもんかな。いや、ゼウスもそんな権能はないと思うけど。
「始まるよ」
そんな、ある意味どうでもいい会話に移りそうになったところでフィロスから声がかかった。
訓練場の中央にいるのは燐ちゃんとロッテのみ。開始のブザーも勝負の判定も訓練場の機能が代行してくれる。地味に、ここら辺はギルド会館の施設より高機能なのだ。
立ち上がりは静かなものだ。武道の大会みたいにお互いに礼までしてる。姿だけなら、ちっちゃい子が並んで礼してる微笑ましい光景だ。
最初に動いたのは燐ちゃんから。当たり前だが、ロッテに逃げられると手も脚も出なくなるから当然ともいえる。俺が出した指示に沿ったのか、ロッテはそれを正面から迎え討った。
燐ちゃんの斬撃はその体格に見合わず重いものだが、ロッテは小揺るぎもしない。当たり前だが、全力の直撃を喰らったって大したダメージはないだろう。
現在の二人にはそういう絶対的な差があって、だからこそ何も起こらないと予想しているのである。……普通なら。
刀と大鎌の近接戦闘は続く。激しい打ち合いにも関わらず、鳴る剣戟音は少ない。
互いの能力差と得物の重量差からして、正面から打ち合っていると大鎌に押し込まれるのは明白だからだ。だから、基本は回避、打ち合うにしても軌道をズラす程度。
縦横無尽に繰り出されるロッテの斬撃は、どれ一つとして喰らってはいけない。燐ちゃんが過去に勝ったという中級冒険者相手の試合もそうだっただろうが、Lv1のHPなんて紙同然なのだから。
ついでに言うなら、武器種の問題もある。迷宮都市において、大鎌という武器種は最高クラスのクリティカル補正とHP貫通効果を持つ。刀もかなり上位の補正を持つが、それ以上だ。そんな武器相手にわずかでもHPの壁が機能するはずもなく、それなら最初からないものと思ったほうがいい。
扱い難いから誰も使っていないが、使いこなせるなら利点はある。迷宮都市における大鎌はそういう武器なのである。決して格好いいからってだけで使うわけじゃないのだ。
それを使うロッテの近接戦闘能力も低くはない。本職の前衛に比べれれば劣るというだけで、状況によって前に出る事はザラにあるのだ。
……つまり、このまま打ち合っているだけでも終わる。実際、燐ちゃんはかなり苦しい状況に追い込まれつつある。
「あいつ、変だな。なんかズレてやがる」
そんな燐ちゃんの姿を見て、剣刃さんが唸るように言った。
「燐ちゃん自身も言ってましたけど、なんです? ズレるって」
「自分の理想とする剣閃をトレースできてないって意味だ。普通なら自分の実力に合わせるもんだが、実力以上を出そうとしてる感じだな」
「……なるほど」
剣刃さんは解説できるのか。……だが、状況は良く分かった。原因も。なんでか分からないが、s1の情報流出によって、燐ちゃんは無意識にそれができると思ってしまっているんだろう。そこまでに積み上げたものがないから実現できるはずもないのに。
「ツナとやらせるとああなるから止めてたんだが、その影響か? フィロス」
「言いつけは守って、ツナとはやらせてませんよ。他に影響ありそうな人相手も」
「俺のせいじゃないっす」
「本当かよ……」
いや、ほんと。だってs1のせいだし。原因まで遡って考えるなら俺やイバラのせいって言えなくもないが、それを責めるのは無理筋だろう。
最近、切り分けは大事って知ったんだ。でないと押し潰される。
「とはいえ、そこまで悪い事にはならなそうですよ。……ほら、面白くなってきた」
ちょうどフィロスが言った直後だった。一方的に押し込まれていた凛ちゃんの様子が変わる。
……重なった。良く分かっていなかった俺がそう感じるくらい、目に見えて燐ちゃんの動きから無駄が消えた。
「……なんだ、アレは」
それを見ていた剣刃さんの様子も変わる。求めていたカタチじゃないと否定するモノではなく、むしろ未知の何かを見るような困惑。
俺には、燐ちゃんの姿がs1のそれと被って見えた。もちろんそのものじゃないが、段階的にシミュレーターで体感した俺は、あの先にs1が在ると分かる。
それがいい事かどうかは分からない。剣刃さんが燐ちゃんに求めて指導していたのは王道の剣術だっただろうからだ。
「ちょっ!? どういう事っ!?」
一撃入れれば決まるのに、ダラダラと決め切れずにいたロッテの声が聞こえた。……攻勢が、変わる。
それは劇的ともいえる変化。これまで、紙一重で躱していたモノから当たりそうな気配が消失した。
ロッテもそれを感じ取ったのか距離を空けそうとするが、凛ちゃんは積極的にその距離を詰めに行く。
その姿は成長というよりも進化と呼ぶべきモノだ。
s1の情報流出を感じていたのは今に始まった事じゃない。なら、果たしてきっかけはなんなのか。
この模擬戦そのものか、追い詰められた事か、あるいは暗黒大陸行きの話からか。
……正解は多分、目的意識。これまで漠然としか見えていなかった自分の冒険者デビューが、急に目の前に降りてきて、明確な形を伴ったから。
つまり、剣刃さんの影響。
「うぉわぁっ!?」
それでもまだまだ荒削り。洗練されているとは言い難い。今も、ロッテのなんでもない大振りに対応し切れず、慌てて大きく回避行動をとった。
……それでわずから距離が離れた。ロッテはもう少し距離が欲しかったのか、更に追撃。
しかし、燐ちゃんが続けてとった行動は無謀にも思える更なる踏み込み。回避が不可能になるような距離へ、自ら足を進める。
「マジかよ」
思わず驚愕を声を上げた。鎌の刃が命中しそうになる瞬間、その軌道を逸したのは左手に持った鞘によるモノ。変則的に狙われた背中への攻撃が逸らされる。
わずかに掠りはしたものの、ほとんど必中だった斬撃を躱されたロッテに驚愕の表情が浮かぶ。
繰り出される起死回生の一撃。それが命中した。
その光景に、かつて俺が猫耳に当てた《 旋風斬 》のイメージが蘇る。あの時同様、当然の如くロッテのHPは削れない。……が、直撃は直撃だ。その時点で大金星。
ダメージはないものの、攻撃の威力で後ろに飛ばされたロッテは遠距離戦へと移行する。事前に準備はしていたのか、その更に背後にいくつかの杭が浮かび上がった。
――――Action Skill《 真紅の血杭 》――
以前のボスロッテの時よりは遥かに少ない。しかし、あの時とは違う事を俺は知っている。
あの時はただ放つだけだった杭は時間差を与えられ、フェイント効果を伴い、より避け憎いモノへと進化している。
コレはサージェスから提案されたモノなのだが、本人は嫌がりつつも形にした。詳細を聞けば、潜在的なマゾとなった父親像にスキルすら使いたくなくなるかもしれないが、今のところ気付いていない。
「嘘でしょっ!?」
しかし、その杭がトドメになる事はなかった。ほとんど必中と思われる杭の弾丸を躱す、躱す。
当たってはいる。掠るなんて表現じゃ済まされないほどに、杭は燐ちゃんの皮膚を裂き、抉り、血が噴出している。……だが、止まらない。
そして、最後の一本を剣で強引に叩き落とし、再度ロッテに迫る。
――――Action Magic《 ガトリング・フレイム 》――
《 真紅の血杭 》発動中に用意されていたそれが決着だった。元々予定していたのか、ロッテがとった行動は確実に回避不能な面攻撃だ。
決して逃れられぬ密度で放たれた炎の弾丸が凛ちゃんに面中した。
試合終了のブザーが鳴る。
ゼロ・ブレイクルールではないため、死んだ場合は転送されるのだが、ロッテが手加減したのか燐ちゃんの姿はその場に残っていた。
終わってみれば下馬評通りの完勝。無残に横たわる燐ちゃんの姿を見ても、誰も勝者を間違える事はないだろう。
だけど、ロッテは呆然と立ち尽くしたまま動けない。それを見るフィロスは超満足げだ。当初の予定とは違っただろうが、これでもいいんだろう。
「うかうかしてられないですね、気を抜いたら剣刃さんもすぐに抜かされそう
「……やっぱ、デビューさせんのやめようかな」
あまりに情けない剣刃さんのセリフだが、追いかけられる身としては確かに戦慄せずにはいられないだろう。まあ、さすがに冗談だろうけど。
実際、これが天才と、正に体現したような光景はただ驚愕するしかなった。
そして、ハッとしたように我に返ったロッテから微かに感じる歓喜。
あいつもまた、モンスターの宿業から逃れ切れていないのか。あるいは単に性格かもしれないが、難儀なタチである。
「あの……動けんのやけど。……たすけて、ロッテちゃん」
訓練場に瀕死の燐ちゃんの声が響いていた。
諸事情により、後書きはカットや。(*´∀`*)







