第13話「合同合宿」
実は内容と全然違うところで手間取って倍くらい時間がかかってしまった。(*´∀`*)
先日のリハビリアタックを体験して実感した事がある。あの特異点以降、俺のベースレベルが何故かまったく上がらない事についてだ。
あの時、ディルクにも確認してもらったが、普通ならレベルアップに足りるはずの経験値……魔素は取得していて、ステータスカードの表示上もゲージを振り切っている。
以前ダンマスの講習で聞いた話に照らし合わせると、レベルアップの条件は満たしているはずなのに、バグを疑うレベルでLv49から上がらないのだ。
慣らしとして短期の狩りをしていた時ははっきりと分からなかったが、長期のダンジョンアタックである程度その輪郭がはっきりした。
その正体は、あの戦いを通じて俺の魂そのものが変質しているのではないかという事。今尚それが変化し続けている事で、魔素を吸収するためのいわゆる罅が安定していないのではないかと。
『そう言われると、思い至る事はないでもないな。第一〇〇層攻略後の亜神化でも、ベースレベルの必要経験値テーブルに変化はある』
電話でダンマスに聞いてみれば、そんな回答が返ってきた。
『迷宮都市に帰って来て何度か検査したが、そんな話はなかったんだけど』
『亜神化ならともかく、それとはまた別の変化……あるいは進化だろうからな。あの特異点を経験したなら納得できる話ではある』
既存の常識が一切当てはまらない体験なのは間違いないから、検査に引っかからなくてもおかしくはないと。
正式にとは言い難いが、魂の門の第三門だって潜っているわけだし、あそこにいたリアナーサが人間かって聞かれたら首を傾げざるを得ない。
対存在との邂逅だって本来は次のステージに上がるためのモノだし、因果の獣を使って喰らい、掻き集めた因果力の保持や行使だって人間の範疇を超えているだろう。
それらに比べたら規模は極小だろうが、< 渡辺綱の左腕 >なんて前世の自分の一部を取り戻した事だって関係ないとは言い切れない。
……正直、心当たりが多過ぎてどれが原因なのかは分からんな。存在自体が歪過ぎてキメラどころの騒ぎじゃない。共感を覚えて肩を組みに行ったら一緒にするなって文字盤出されるレベル。
『まあ、迷宮都市の冒険者なら、無限回廊を攻略していく先に亜神化があるわけだし、人間やめる事自体はある程度覚悟はしてただろ? ……人間/亜神じゃなく、人間部分が変わる可能性もあるが』
『そこは今更だからな』
少なくとも無限回廊の深層を攻略している冒険者でそれを嫌だという人はいない。すでに亜神になっている人だっているわけだし。
ダンマスに文句言うような事でもない。どう変わろうが、必要な事なら受け入れるさ。
ただ、人間をやめるっていうのは違う気がする。魂が変質しようが、何がどう変わろうが、俺は俺で渡辺綱で人間である事は変わらない気がするのだ。
それは因果の虜囚となった時に運命付けられているカタチのような、そんな確信がある。きっと違うナニカになってしまってはいけないのだと。
そんなわけで、この先そこそこの期間を経れば安定してレベルも上がるだろうという確信に近いモノは得た。逆に言えば、それまでレベルは上がらないという事でもある。
その間、セカンドツリーが手に入らない事や基礎ステータスの向上が見込めないというデメリットあるが、そういうものと割り切ってしまえば納得できない事はない。それらの要素がないならないなりにやれる事はあるだろうしな。
とはいえ、クランメンバーとセカンドツリー取得の方針について語る事も多い中、クランマスターである俺自身の相談ができないのはモヤモヤする。
-1-
「セカンドツリーで何を取得するか決めてるわけじゃないんだろう?」
何度目めかとなる合同訓練で、参加者各々が打ち合っているのを見学しながら、訓練場の端でフィロスに愚痴ったところそんな反応だった。
まあ、攻略進度の差からかフィロスたちもLv50には到達していないので、そういう意味では仲間なのだが、このままだと余裕で追い抜かれてしまう。
将来のメンバー候補として< アーク・セイバー >から参加してるメンツを見ていると躓く気はしないし、もしそうなっても大規模クランならフォローが入るだろう。
「確かにそうなんだが……そっちも色々問題があってだな。俺のクラス適性がおかしな事になってるっぽいんだよな」
「いろいろと未知のクラスが確認されている話なら聞いてるけど、それが君にもあったって話じゃなくて?」
「その件と関係あるんだろうが、その未知のクラスっぽいやつが表示されないんだよ」
「表示されないのに分かるのかい?」
説明だけ聞けばそう思うよな。俺もその認識だったのだが、どうもクラス適性の検査時に変なエラーが出ているっぽいのだ。
あの戦いからの帰還後、魔術適性の変異なども含めて特異点での影響がないかの検査をした際、俺のクラス適性に大きな変化はなかった。魔術適性の数値も多少は変わっていたが、どちらにしてもあんな体験したらそりゃ変わるよなって範疇の変化でしかなかったのだ。
その時は情報が出揃っていなかった事もあってそんなもんかと思いもしたのだが、未知のクラスが増えたりSLv2の魔術適性が出ている者もそこそこいる中で、あの特異点の中心にいた俺の変化がその程度なのはおかしいだろというツッコミを受け、勉強と講習で忙しい中再検査を実施する事になった。
くそ忙しい中に時間のかかる検査を何回をする羽目になってイライラもしたけど、その結果が最近出たのである。……分かったのは分からないという事なんだが。
異常が発覚した取っ掛かりは適性の走査時に通常以上の時間がかかっていた事だ。結果は普通なのに、あのモノリス内では通常以上に処理を続けていたらしい。
実は最近出てきた未知のクラス適性持ちも似たような処理が発生したという実績ができた事で、未知以上の未知がそこにある事が判明したわけだ。ようは機能上スキャンできないモノをスキャンしようとしていたのだ。
かつてクラスを取得する時にユキとユニーククラス欲しいとか言い合っていたが、正にその結果になりそう。
ユキは新規適性クラスはともかくユニーククラスは出ていなかったので、マウントがとれるかもしれない。今だと可哀想な人を見る目で見られてしまうかもしれないけど。
「あるって判明しただけで見えない、下手したらカタチにすらなっていないモノがあるって事かな?」
「多分な。詳細不明な以上候補に入れるわけにもいかないから困ってる。……まあ、どの道セカンドツリー取得できねえし、根本的にはレベルの件と同じだろうから時間で解決するかもな」
「また厄ネタって可能性は?」
「分からん」
未知以上に未知って事で《 因果の虜囚 》のような厄ネタっぽいイメージが湧くものの、単に俺の存在が安定していないからカタチになっていないだけって可能性もある。普通に考えるならそっちの可能性のほうが高いんだが、俺だからな。
「単にセカンドツリーとして新しく取得するだけで済むならマシなんだが、あっちでチャンバラしてるセラフィーナや向こうで休憩してるサンゴロみたいに、ファーストツリーから見直す必要があるかもしれないって考えると滅入る。必要なら労力度外視でやらないといけないだろうしな」
実際、新人戦後< 盗賊頭 >にクラスチェンジしたサンゴロはかなりキツそうである。こうして模擬戦を見学していても、細かいミスだらけだ。慣れた感覚が変わって精密な行動に支障が出てる。
セラフィーナは慣れてるみたいだが、さすがにアレは例外だろう。結構頻繁に変わってるし。
「いくら君でも、< 軽装戦士 >ツリーがまるごとなくなるのは困るよね。中級までくるとさすがに」
「すげえ困る。最悪、取得し直しでも絶対に無理じゃないってくらいの問題なのがまた、現実感が伴ってて困る」
クラスシステム最大の利点であるクラススキルの恩恵をほとんど受けていない俺だが、クラスがもたらしてくれる能力補正は他の冒険者同様、地味に大きい。地味は地味でも、この地味な底上げがあるとないとでは大違い。特定の能力値が一割、二割増しって聞けば大した事なさそうに聞こえるものの、実際に体感してみるとまったく別物だ。一時的なバフ系魔術が扱いづらいように、恒常的な能力値補正が消えるのもまた困るのである。
しかし、これがなくなるとしても、変更後に更なる恩恵があるなら検討しなければならない。目の前の力よりも将来性のほうが重要……とは言い切れないし、突発性の事件だらけな俺の場合は更にそれが顕著だが、抱えている懸念が懸念だけに無視できない。
「お前のほうも、実は何か新しいクラス出てたりするんじゃねーの?」
「いいや? レベルは足りてないから、どの道先の話ではあるけど……今のところの候補は< 冒険者 >ツリーかな」
「戦士系も魔術士系もクラス適性は出てるだろうに、マシで汎用性広げる方向でいく気かよ。戦闘力補正度外視……なのは、お前ならなんとかするか」
「多分ね。案外、どこかで変えるかもしれないけど、それも一興」
< 魔槍戦士 >/< 冒険者 >ツリー構成とか他にどれくらいいるんだろうな。まったくって事はないだろうが、かなり少数派だと思うんだが。
ただ、汎用性だけは桁違いだ。サブツリーの問題があるから取捨選択は強いられるものの、やれる事は多い。たぶんソロ向きの構成。
まあ、習得できるクラススキルの数が多いから腰掛けで選択する人は多いかもしれない。
「あ、燐が負けたね」
いくつかある訓練場の一つで行われていた燐ちゃんの模擬戦が終わったらしい。相手はガウルだから当たり前なんだけど、結構粘ったな。
「そりゃそうだろ。……ここにいる全員、誰が相手でも勝ち負けに持っていくのは無理がある」
「それは本人も納得してるはずなんだけど……なんであんなに悔しがってるんだろう?」
「なんでだろうな」
ウチのメンバーだとアレクサンダーやゴブサーティワンですら無理がある。純後衛ならなんとかなるかもだけど、前衛並みに動けるリリカは論外だし、ここにいないラディーネだって相性の問題で完封されるだろう。いや、スペック落ちてるサンゴロならワンチャンあるかな? でも、あいつどっちかというと対人特化だし、首飛ばされそう。
「ジェイルとかウチの師匠は勝率は低くてもまだ勝ち負けには持っていけてるみたいだよ。あと土亜」
「ほとんど同条件の土亜ちゃんはともかく、マジかよ……」
そりゃ、中級相手に勝つ事もあるとは聞いていたが、それはあくまで相手を選んだ場合だ。単にスペックだけでゴリ押しするような相手なら、中級相手でも勝ちの目は残っているというだけの話である。その時点で異常なのは間違いないんだが、いくら中級に遠いとはいえ、結構レベルが上がってきているだろう二人を相手に勝ち拾えるのか。
あいかわず化け物ってレベルじゃねーな。……その到達点を見てるからある程度納得できてしまうのがまた異常だ。
「やっぱりどこかに強みがあると中級以上は厳しいよね。クロのところの子相手でも、今のところは全敗みたいだし」
「あそこ、地味にスペック高いからな」
同期が俺たちなせいか目立たないのはともかく、全体的に堅実な連中ではあるのだが、みんなちゃんと強みがある。中級以降は更に特色が出てくるだろう……出てこないと先に進めないのが中級以降なはずだし。
さて、最終日に予定しているロッテとの模擬戦はどうなるんだろうな。フィロスにしても、今更仕返しって言っているのは冗談だろうし、普通にロッテが完封して終わりそうな気もするけど。
「あなたは周りの才能も一級品ばかりですね、渡辺綱」
「あれ、レリエネージュさん。来てたんですか?」
不意に声をかけられて振り向けば、そこには先日ダンジョンアタックを共にした金髪美人さんが数名の美人さんを引き連れていた。
美人密度が高過ぎてそこだけ空間が違って見えるくらいだ。眩しくて目が潰れそう。
「ご招待頂きましたからね。もちろん、物見遊山ではありませんし、ウチの人員も数人連れてきました」
「またずいぶん華やかな……あ、こいつはフィロス。俺の同期で、< アーク・セイバー>所属です」
「どうも、フィロスです。彼女は……どういう関係?」
「こないだ水凪さんから紹介してもらって、一緒にダンジョン・アタックしたんだ。その縁で今回も招待状は出した。……まさか参加してくれるとは思わなかったけど」
「< 白薔薇 >サブマスターのレリエネージュです。よろしく、中級最速昇格のレコードホルダーさん」
そりゃ、ある程度調べたら知ってるよな。記録出してる時点でフィロスもゴーウェンも有名人だし。
「……それで、そちらは?」
「あー、セカンド、新規さんだ。ご挨拶」
「……あ、すみません。えーと……< 白薔薇 >の? 何故こんなところに? そういえば、リストに名前は……」
先ほどからデータリンク時特有のボーっとした状態で棒立ちしていたセカンドだが、声をかけたら反応した。
とはいえ、ここまでの話は聞いていなかったようで、レリエネージュさんがいる事に疑問を感じているようだ。もちろん、知ってはいるだろう。
「彼女は……なんて説明したらいいんだ? 改めて考えると困るな」
「迷宮都市技術局・情報局の特別顧問セカンドです」
色々あり過ぎる上に、どこまで明かしていいか困ったが、それが一番上にくる肩書なのか。
「ちなみに、世界間航行船クーゲルシュライバー号管理AIであり、ダンジョンマスターの妻の一人であるエルシィのコピー体です」
「そこまで言っていいのか」
「別に隠しているわけでもないので」
「……迷宮都市中枢の重要人物じゃない。どうなってるの」
少しは慣れたはずのレリエネージュさんも、セカンドの存在には驚きを隠せないらしい。冷静に考えて、超が付くお偉いさんだからな。
ちなみに船のほうのクーゲルシュライバー号は現在龍世界に行っているが、そこには別の管理AIが搭乗しているらしい。
「次のイベントに備えての選抜と評価といったところでしょうか。渡辺綱の周囲から選ばれる可能性は高いので」
「……何のイベントかしら?」
「何も決まってないので、説明のしようがありません」
おい、どうなってんだって目を向けられたが、俺だって困る。
「俺たちが特異点って呼んでる出来事の延長で、何か起こる事を懸念してるんですよ」
「なるほどね。何か起きるなら、どうせ渡辺綱の周りだからと」
「それだけじゃないんですが、言えない事もあるので」
「それくらいで納得しないと頭おかしくなりそうだから、妥協するわ」
セカンドの説明はアレだが、本来の優先度としてはダンマスがとる次の一手に向けての人員調査と選抜だ。ウチが実施している合同訓練そのものの目的でもあるんだが、魔人世界行きか根幹世界行きか無限回廊虚数層行きか、あるいは対無量の貌対策とか、別の何かでも俺の周りは確実に参加する事になるから、その事前準備の一環である。
まあ、それらの詳細についてはあまり広められないからセカンドも濁したのだろう。
それからレリエネージュさんの背後に控えていた< 白薔薇 >メンバーを紹介してもらった。
全員気後れするくらいの美人ばかりだけど、レリエネージュさんに比べれば柔らかい印象を受けるので、ちょっと前までの俺なら積極的に自分を売り込んでいただろう。
人数は合計で六人だが、どうもパーティというわけでもなく、所属ランクもかなりバラバラらしい。多分、偵察目的で幅広い視点が欲しかったのだろう。
これで当たりが強かったら対応も考えるが、対人慣れしているのかみんな人当たりは良かった。ウチとしては偵察でもなんでも構わないので、有力冒険者の参加は普通に歓迎である。
-2-
さて、今俺たちがいる場所といえば、実は四神宮殿だったりする。
人数が多くなりがちな上に一部参加者のために冒険者向けの訓練施設が使えないという事情で、いつもは民間の訓練場を借りているのだが、今回は参加人数が多かった事もあって四神が用意してくれたという経緯だ。参加者に四神の巫女の二人、水凪さんと土亜ちゃんが含まれているのも大きく、むしろ発端はそこからなんじゃないかって話もある。会ってはいないが、残り二人も裏方で仕事しているらしい。
そして、ノリで生きている感じの四神たちが関与した以上ただの訓練で終わるわけもなく、想像した通り規模は大幅に拡大、基本一日開催の合同訓練が数日かけての合同合宿へと様変わりしてしまった上に、『どうせなら四神練武やろーぜ』というティグレアの言葉で第二回となる四神練武まで開催する事になってしまった。
元々の参加者はウチに加えてフィロスたちのメンバー候補、クロたち66の面々、エルフだらけからその都度参加可能なメンツが集まっていたのだが、今回はそれに加えていろなんなところに、『飛び入りでもいいんで、良かったら参加しませんか』と招待状を送付した結果がこれである。
結局、龍世界交流団の帰還や里帰りなどの諸事情で元々の人員からは結構欠席者がいたにも関わらず、倍近い人数に膨れ上がってしまった。いや、全員が全日程に参加するわけじゃないんだけど、それでも結構な人数と規模である。
なんせ、付き合いがあるからとりあえずで出したところからも結構な大物が参加しているのだ。さすがにクランマスター級は参加していないが、レリエネージュさんのようにサブマスターの参加もあった。
「というか、あなた参加してていいんですか? 天狐」
「構わんじゃろ。妾、元々準備期間は仕事しとらん故に」
レリエネージュさんに呆れられているのは< 月華 >の二人いるサブマスターの一人、天狐さんである。また妾キャラだ。和装も含めて結構被ってるキャラが多い。
とはいえ、キャラ自体はかなり濃い人だ。種族はおそらく彼女以外存在しない古代狐人族、一八〇センチ近い身長に結構な高下駄装備のため、俺と目線が変わらない。
そして何よりその豊満な体を見せつけるかの如き薄着は、その手のお店のナンバーワンと言われても納得するだろう。経緯は知らないが、夜光さんとは子供の頃からこの姿で連れ添っているらしいので、性教育的にかなり問題があったんじゃないかと思う。そんな幼少期を送ったら性癖ぶっ壊れそう。
妄想し過ぎだろと突っ込まれそうだが、本人が筆下ろししたと言っているのでガチだ。
「妾、結局龍世界では紅葉にいいところを持っていかれたみたいだからの。その残り滓程度でももらえんかと、卑しくもそれを狙っておるのよ」
「無限回廊第一〇〇層攻略よりも大事だと?」
「そりゃそうじゃろ。当然、向こうは向こうでやるが、トップを出し抜けんかったからの。やる気も半減というものじゃ」
実をいうと、彼女は紅葉さんと一緒にクーゲルシュライバーに乗っていたりもする。何故、無量の貌攻略戦にいなかったのかといえば当然簒奪されていたからなのだが、その際にも結構なドラマがあったそうな。紅葉さんの奮起には部分的にでも彼女の行動が関わっていたはずである。
本人は詳しく語りたがらなかったから広まってはいないが、特異点の改変を行った俺だけは何が起きたのかは把握しているのだ。美弓あたりに話したらエモ過ぎて叫び出しそうだけど、もちろん口に出したりはしない。
「さしあたってはそうじゃの、明日からやるというししんれんぶ?とやらに参加してみようかと思ってな。れりえ嬢もどうじゃ?」
「どうと言われても……」
そこで俺に視線が向いた。助けを求めてとかではなく、単に説明を求められているんだろう。
「参加者から四パーティを編成してのダンジョンアタックの対抗戦です。今日の夜に編成会議があるので、参加するならそれまでに言ってくれれば」
「あなたは出るの? 渡辺綱」
「ウチは第一回にほぼ全員参加してるんで、今回は各チーム一名までって制限付きになりました。ちなみに俺を含むリーダー経験者は禁止カード扱いです」
「何やら前回もとんでもない事をしとったらしいからの。参加したらその時の動画もほぼノーカットで閲覧させてもらえるらしい」
「ふーん」
あまり興味なさそうな感じだが、ちょっと判断が難しいな。高レベル冒険者は扱い次第で劇薬になるから、なかなか扱いは大変だぞ。彼女がチームリーダーやるなら別だが、あんまりその意欲はなさそうだし。
というわけで、レリエネージュさんはエントリーだけしてチーム編成会議次第で参加、天狐さんはリーダーとして参加する事となった。
「いやじゃーっ!! 内輪のノリだからリーダーやるって話だったのに、なんでそんな大物だらけになってんのよーっ!!」
準一線級までエントリーしてきた第二回四神練武だが、その影響をもろに受けたのは元々チームリーダーを担当する予定だったクロだ。
別に引っ張ったりしてないのに、何故か柱にしがみついている。
「あのミユミさんはともかく、フィロス君だってそこまであたしと立場違わないでしょっ!? なんでそんな落ち着いてるわけ?」
「まあまあ。リーダー経験を積むと思えば、格上にサポートされつつっていうのも悪くないんじゃない?」
もう一人のリーダー予定だったフィロスは特に気にする事もなく、クロを宥めている。
ちょっと前までなら高いグラスを割らないかビビったりしてたのに、一切臆した雰囲気がない。成長したものだ。
「格上をチームに入れる事が嫌なら、編成会議で指名しなきゃいいだろ。一応、パーティバランスに合わせた救済処置は設定されてるぞ。最下位でも罰ゲームはないし」
「その救済処置も一応でしょうに。中継される中で醜態晒す危険を考えると、すっごく印象悪くなりそう。結構な人が見るんでしょ?」
一般公開はされないものの、中継は参加者全員が見る事ができるし、迷宮都市運営やスポンサーも観戦する。お偉いさんな観客の皆さんも結構楽しみにしているらしいので、注目度は高いと言えなくもない。
「賞金見てやる気になってたのに」
「限度があるよっ!?」
実は今回の四神練武、四神のポケットマネーから出た賞金は前回同様……というか倍額が出る事になっているのだが、二位、三位の賞金も出る事になっているのだ。
加えて、スポンサーを募ったら結構なところから声が挙がり、金以外にも様々な特典や優待、なんならスポンサーとしての優先交渉権まで付いてくるという事になって、やたら景気のいいイベントとなっている。ぶっちゃけ、最下位以外であれば見返り十分な、目が眩んでもおかしくないキラキラなイベントなのだ。
だからこそ、クロがリーダーを承諾したという事実もある。……あったのだが、規模がでかくなり、文字通り参加者のレベルが上がるにつれて腰が引け出したのだ。
「なんなら開催側の特権を使って、無条件でマイケルを所属させてもいいぞ。リーダーマウントとれる」
「いらないからっ!? 別にマイケルとはそういうんじゃないし!」
じゃあどういうのだよって感じではあるんだが、説明は難しいんだろうなとは思う。
というか、いくらノーコスト参戦でもレベル帯がインフレしたエントリーメンバーの中からというのは、あまりメリットにはならないだろう。別にマイケルが悪いというわけではなく、単純に他の候補が強いのだ。
ウチでエントリーしている他のメンバーにも言える事ではあるのだが、隅々まで実力を知っている俺なら加えるメンバーでも、外部から見たら評価の難しい人材は多い。なんせ、俺がその筆頭みたいなもんだからだ。
「とにかくいーやーっ! せめてメンバー候補にしてよーっ!!」
「柱をよじ登るな」
これまで見た事がないくらいの拒絶を感じたので、結局諦めて他のリーダーを探す事に。なんとなくマイケルにも打診してみたが、同じように尻込みしてた。
一応ミユミにも確認したが、こちらはどちらかというとスポンサー相手のアピール目的でやる気満々である。金じゃ買えないからね、そういうの。
というわけでミユミとフィロスは予定通り、空いていた枠に飛び込みで参加表明した天狐さんで三枠、あと一枠だけならなんとでもなりそうな気はするのだが、なかなか上手くいかない。
「もう、ゴーウェンがやるか?」
なんとなく途中から合流したゴーウェンに話を振ってみるが、無言で拒絶された。……まあ、リーダーには向いてないよな。
そんな感じで、最悪ガウルあたりに任せようって事で気楽に声をかけて回ったところ、ちょっと意外な人が受けてくれる事となった。
何故か< 流星騎士団 >から参加していたハウザーさんだ。
「そういう事なら受けよう」
ただそれだけ言ってエントリー表を書き直していた。元々メンバーにはエントリーしていたらしい。
実はこの人、俺どころかほとんどの関係者と接点がなく、クーゲルシュライバーに同乗した< アーク・セイバー >のメーヴァーさん経由で合宿に参加している。なんか、メーヴァーさん共々グレンさんの実家で従者をやっていたらしいが、グレンさんとローランさんが迷宮都市にやってくる際に同行したのだとか。
高身長に分厚い体躯と、見た目からして強そうだが実際に強い。間違いなく迷宮都市でもトップクラスだろう。
「ん? どうした?」
「いえその、さすがに二つ返事でってのはちょっと意外だったんで。メーヴァーさんならノリで受けてくれるかもとは思ってましたが」
「あいつは、別件が四神練武の開催日程に重なっているから無理だろうな。……まあ、俺が受けたのは、色々思惑があっての事だから気にしなくていい」
「はあ」
良く分からないところで最後のリーダーが決まってしまったが、まさか天狐さんよりレベルが上の人がリーダーで参加する事になるとは。
合同攻略解散後だから一時的に落ち着いているとはいえ、リアルタイムで第一〇〇層攻略組に入っている人だぞ、この人。メーヴァーさんもだが、忙しい中でなんで参加してくれたのかも分からないのに。
この人、下手したらソロでも第五エリアくらい行けるんじゃないか?
「参考までに聞きたいんだが、お前のところの所属者でウチのチームに入れるとしたら誰がいいと思う?」
「え? 難しいですね。そもそも一枠制限はあっても必須じゃないですし、コストの問題もあるので」
「ただの参考意見だ。深く考えなくて……いや、考えるな」
「はあ」
どういう意図があるんだろうか。そもそもこの人について持っている情報は表面上のモノで、スタイルを詳細に把握しているわけじゃないから、推薦しようにも……いや、考えるな、か。
「設定コストは高めですが、玄龍とか合いそうですけど」
「龍の御仁か。なるほど、分かった」
何が分かったのかいまいち掴めないが、駄目出しもなかったので問題はないだろう。……もしサージェスとか推薦してたらどう反応したんだろうか。
「しかし、リーダーとなると、情報収集を含めて少し準備が必要になるな。事前にエントリーデータの詳細はもらえるのか?」
「ウチのマネージャーに言ってもらえば、その時点での情報はもらえますよ。日程やルールなんかも。捕まえられれば巫女さんたちでも大丈夫かも」
「分かった」
四神練武の日程としては今日の夜にチーム編成会議、明日一日だけチーム内連携や打ち合わせの時間をとって、翌日の三日目正午からの開始だ。
合宿の全日程が一週間なので、ど真ん中が四神練武開催という事になる。その間、合宿も継続するが、どちらが身に付くものが多いかは判断の難しいところだ。金銭的な実入りなら確実に四神練武なんだがな。
「結果を見られて恥ずかしくない程度には頑張るとしよう」
……誰に?
-3-
『第二回四神練武のチーム編成会議を始めます!』
会議室でやった第一回のノリとは大きく違い、今回はチーム編成会議からして大規模である。
四神宮殿の大フロアを貸し切った立食パーティー。巨大スクリーンに各チームリーダーや情報が表示され、メンバー決定後にはその人の紹介までされるという。
会場にいるのは合同合宿に参加しているメンバーからエントリー登録者を除いた面々と、スポンサーとして各種出資してくれたという実業家の方々。進行は前回と同じく狐と狸のメイドコンビである。
……この二人、これまでも結構会う事はあったのだが、変な場所で遭遇するとしてもせいぜい高級メイドとかそんな感じの立ち位置なんだろうなと思っていた。
しかし、今ならこの二人の存在がおかしい事が分かる。色々と隠蔽しているが、土蜘蛛の解析能力を通して見るととんでもない実力者っぽいのだ。
それを観た瞬間。ピンポイントなプレッシャーをかけられて脅されるという始末。……実はこの人たち、第一〇〇層攻略者と同等かそれ以上……亜神なんじゃねーか?
まあ、それ自体は今どうこうという話ではないので置いておくとして、気になったのは他の出席者のノリだった。スポンサーの皆さんのテンションが異様に高いのだ。
「迷宮都市の実業家は熱心な冒険者のファンが多いからね。こういう限定イベントに出席できるとなると尚更」
会場済で立つ俺に解説してくれているのはレンジ・ン・ド。RWWという冒険者向け新興装備メーカーを経営する青年実業家だ。
この人はイベントの出資者ではなく、フィロスとミユミ相手に契約している企業代表として紹介状を出していた元々の参加者である。
違和感のある本名の響きは、前世の名前と出身地である暗黒大陸沿岸部に伝わる命名ルールによるものらしい。地球ではないが似たような発展を遂げたという前世で得たミリタリー技術と創作物の知識を活かし、実業家として迷宮都市で身を立てたという転生主人公みたいな経歴を持つ。冒険者としての才能はなく、なんなら鍛冶などの職人技術全般も不得手と、実はほとんど営業能力だけでのし上がった人でもある。
「一般公開されないイベントで企業としての広告にはならなくても、推しに金を出したい、しかも他に公開されないイベントまで見れるとなれば、ポケットマネーくらい出すさ」
あ、やっぱりポケットマネーなのか。高額ではあるが、企業が出す金として見るなら少額ではあるからな。
企業としての権利とかも出してるけど。自分の立場で個人的に提示できる範疇に留まってるって事かな。
「つまり、この盛り上がりは純粋にファンとして盛り上がってると?」
「そう。参加者に個別の推しがいるかどうかは分からないけど、冒険者の推しである事は間違いないし」
「なるほど」
思った以上に迷宮都市の思考誘導は上手くいっているらしい。迷宮都市は冒険者第一として存在しているという言葉の縮図のようなものか。
「もちろん本業を忘れているはずもなく、どうやったらコレが利益に繋がるかは考えてるはずだけどね。新興なウチですらそうだし」
「RWWって、この中だと企業規模はどれくらいなんです?」
「木っ端も木っ端。ぶっちぎりで最下位。一緒に出席する事すら尻込みするよな規模だねー。事前に参加の返事を出してなかったら、逃げ出すレベル?」
マジかよ。俺が知らないだけで、ここにいるのは群を抜いた大富豪ばかりって事か。
……でも、ぶっちゃけ迷宮都市の大企業ってあんまり知らないんだよな。ビジネス講習で同席したり、CMとかで目には入っているから社名やブランドを聞いた事はあっても、それがどれくらいの規模かは分からない。まだ地球の大企業のほうが覚えてるくらいだ。
冒険者には直接関係ないからって思ってたけど、クランマスターとして活動するなら今後は必要なのか?
「ここにはいないけど、ゲバルト服飾産業さんとかでようやく末席ってくらいだから。この場所って、本来そういうところなんだよ」
確か、サージェスのスポンサーしてるとこだよな。イメージ的にはまったくそんな気がしないんだが、実は大企業だったんだな。
『まずは一巡目。前回参加したOTIメンバーを編成したい場合はここで指名して下さい。二巡目以降、こちらのメンバーはリストから消去されます』
中継ではチーム編成のルール説明が終わり、実際の指名が始まった。
経験者という事で前回参加した俺たちは半ば別枠扱いとなっていて、最大で一枠のみ、一巡目で指名する必要がある。
もちろん必ずしも指名する必要はないが、イベント内容がブラッシュアップされたとしても経験者というアドバンテージは重視されるだろうという理由からだ。
ただ、画面上に表示されるOTIメンバーは微妙に少ない、ラディーネ、ボーグ、キメラ、ベレンヴァール、ロクトルが龍世界行きで不在、ティリア、ガルド、あと何故か摩耶がティリアの里帰りで不在、リーダー経験者は禁止カードという事で俺とユキ、ディルクが消え、情報規制でセラフィーナも消えている。ついでに、四神の巫女は今回裏方なので水凪さんも不参加だ。まあ、巫女さんたちは四神と合わせてオブザーバー参加になるので、ある意味全員参加なんだが。
あと、やはり調子が悪いのかサンゴロはエントリーしていないし、前回参加していたククルも未登録である。
ここでOTIのメンバーを指名したのはフィロスとハウザーさんの二チーム。
フィロスがリリカを、ハウザーさんがさっき俺が指名した玄龍を指名した。まさかとは思ったが、そのまま指名しにいくとは思わなかった。
今回、エントリーした者は個別にコストが割り振られ、チームコストに応じてポイントボーナスや補給品の追加、探索時間の調整、死亡時のマイナスポイントなどの制限が加わるため、あまり極端なメンバー選定は望ましくないのだが、この二チームに関してはのっけから極端だ。リリカは全体として見ればかなり低コスト、玄龍はレベルこそ低いものの戦力的な評価でコストが高く設定されている。自身が同じく低コストなフィロス、超高コスト設定されたハウザーさんは上下に飛び抜けてしまった。
……正直、ハウザーさんはともかく、フィロスの意図は掴めないな。この世界における二人の関係性なんてほとんどないし、フィロスのほうは在るべき世界のリリカを知ってはいても逆は俺からの報告で知っているだけだ。本来パーティ組んでいたらしい相手という事くらいしか認識していないだろうから、本人は困惑してるんじゃないだろうか。
ただ、メンバー選択としては実はアリだと思っている。身内だから判断できる事でもあるが、登録されたメンツの中からコストを考慮するなら、割といい指名だ。
「さてさて、ウチと契約して頂いてる二チームはどんな感じかね」
チームの指名が終了し、四神がそれぞれ担当するチームを選択すべくじゃんけんを始めたところで隣のレンジさんが聞いてきた。
「正直、私はこんな事業の代表をやってはいるが、冒険者の評価眼は自信がない。単に情報だけで見ればどうしても上級冒険者チームのほうに分がありそうに見えるんだが、渡辺さんとしてはどう思うかな?」
「うーん、変更されたルールとか、チームバランスとか色々ありますけど、パッと見編成されたメンツは悪くないかと」
というか、どこも俺のAチームよりよっほどバランスがいい。それでいて強みのある構成になっている。
ある程度でも内部情報を知っている身としては、フィロスもミユミも絶妙に表に出ない評価基準でチーム編成していて、それを上手く誤魔化してるなって感じだ。
「どっちも勝ち目は普通にあるでしょう。その上で……ミユミの場合は一位か最下位ですね」
「ず、ずいぶん極端だけど、それは何故?」
「そういう性格というか特性というか。フィロスのほうは……どうだろう?」
間違いなく健闘はする。……というか、優勝するような気さえする。リーダーそれぞれの能力を加味した上で引っ繰り返すような。
「天狐さんとハウザーさんが実力通りの展開になれば、本命と見ます」
「ほう……ここから聞こえてくる会場内の予想だと大穴も大穴なんだが」
「まあ、ライバルらしいんで」
ただ、気になるのはハウザーさんだ。俺の推薦通り、玄龍を指名した事が気になってしょうがない。普通に考えるなら、能力的にもコスト的にも他に選択肢はあるからだ。
というわけでチーム編成会議は終了。編成されたチームメンバーはそれぞれ別に隔離され、それ以外の参加者はそれぞれ合宿に戻るか切り上げ始めた。一応、スポンサーの皆さんを含めて宿泊施設は完備されているものの、自宅に戻る者も結構いる。
ウチのメンバーはほとんど訓練を続けているが、その中での会話の中心はやはり四神練武のチーム編成や順位予想だ。
中には自分が指名されなかった事にふてくされていたり、自分からエントリーしたのにホッとしている奴もいるが、だいたい観客として外から見る視点に切り替わっている。
「ぬあーっ!? せっかく空がいねーのに、なんで玄だけなんだよーっ!」
すまん、銀龍。真偽のほどは分からんが、俺が推薦したせいなんだ。
「あんな反応してるやつもいるが、66のパーティリーダーさんはどんな気持ち? なんかメロディアがパーティインしちゃったけど」
「うっ……いいもん、どうせあたしは情けないリーダー……」
ふてくされてはいるけど、あきらかにホッとしてる感情のほうが表に出てるな。
「せっかく作ってもらったこのガントレットだってただの飾りなんだ……」
「< スター・ブレイサー >だっけ? 結構な性能叩き出したって聞いてるぞ」
「いやほんと。鱗くれたっていう星龍さんにお礼言わないと」
現在クロが腕に着けている小手は以前ユキがネタとして持ち帰った星龍の鱗から作られた特注品だ。
両腕一対で作られたものの、性能的に二つつける意味は薄いという事でユキと仲良く一つずつ使っている。
これまで迷宮都市で未確認の付与能力もあって、ちょっと冒険者ランクに見合わない性能になっている。絶対にロストできない。
ほとんどユニーク装備だからドヤ顔で自慢してたのに、今では見る影もない。
「というか、いざ決まったチームメンバー表見ても、あたしで回せる気がしない」
「そりゃ、ハウザーさんはハウザーさんなりのノウハウがあるだろうしな」
「四チーム全部だよ。あたしがリーダーだったらもっと無難な構成になってたと思う。言っておくけど、パーティバランスの事じゃないからね」
そりゃまあそうかもなとは思う。今回のチーム編成はどこもパーティバランスは良くとれていて、それぞれ強みも持った構成だ。
しかし、その一方で既存の人間関係や相性などは一切考慮していないような、少し舵取りを間違えるだけで崩壊するような危うさを秘めている。
三日間、それも普通のダンジョンアタックとは違う指揮が求められる中では、メンバー編成で冒険し難い。クロの指摘は極々まっとうだ。
クロが最大のパフォーマンスを発揮できるのは当然66の六人なわけで、その構成なら確実にコスト以上の結果も出すだろう。合同訓練が始まってから結構交流しているし、その参加メンバーであればそれに準じた内容にはなるかもしれない。ただ、今回はそれ以上に格上の飛び込みが多い。ほとんどのエントリーが自分たちより格上な中、いつものメンツで回して勝ちに行くのちょっと無理があるだろう。
「フィロス君すごいよね。なんであんな指名できるんだろ」
表面上だけ見れば最善に見えない構成でも、フィロスは勝ちにいった……ように見える。実際、あのメンバーが十分に機能すれば勝ちの目はあるだろう。
当然、パーティメンバーはほとんどが交流のない、あっても薄いメンツで構成される事になった。インタビューで不安とは言っていたが、多分そこまで不安は感じていない。自身満々でもないのがあいつっぽいが。
「このままじゃ、一般向け冒険者評価ランキングでメロに差をつけられてしまう」
「内輪向けイベントって事を忘れてるのか?」
「あの手のランキングって大手企業の組織票大きいんだよ。今回目立ったら、確実に大手ファンを獲得って事に……」
「マジかよ……」
それを聞いて震えていたのは微妙な距離で盗み聞きしてた銀龍だ。なんかワナワナ震えてるぞ。
「なーなー、クロ、お前その辺の人気取りに詳しいんだよな? なんかいい方法ねえ?」
「えー、今のあたしに聞くの……バラエティ番組でも出る? スポーツ好きなんでしょ? 伝手はあるけど」
「あー、いいな」
俺はそれを聞いて、マジかよって状態だった。
……まあ、考えようによっては別にナシじゃねーんだよな。クランとして見ても、冒険者業が疎かにさえならなきゃ問題はないし、多くないとはいえ副業抱えてる奴はいる。龍世界の代表扱いな面で見て、色々と注意しないといけない部分に関しても、界龍たちが色々やらかしたあとでは今更だし、本人のキャラクターもあってかなり大目に見てくれそうだ。
冒険者業に意味があるかっていうと微妙だけど、問題もないな。
-4-
翌日、正午から第二回四神練武が開始した。
大ホールや特定の個室でリアルタイム観戦はできるものの、中継は基本的にアタック中のみ。認識阻害がかかるような場面は当然見れないので、スポンサーさんたちは限定観戦が嬉しいイベントではあっても、すべてを認識できるわけではない。
とはいえ、昨日レンジさんに聞いた話によれば、そもそもリアルタイム中継なんてイベント自体ほとんど存在しないのだから、ファンならその時点で満足するのだそうだ。
迷宮都市のダンジョンアタックは動画公開こそしてるものの、時間調整のシステムもあってリアルタイム中継などそもそも成立しない。実は中継イベントもないではないのだが、今回のはある意味超レアイベントなのだ。
こういうのは冒険者の観点だと気付かないものだな。
そしていざ中継が始まったものの、立ち上がりはかなり緩やかだった。経験者だから分かるが、四神練武のルール上、最初期はどうしても手探りで進める必要がある。当然最初からフルメンバーで挑むチームもなく、少数……一人か二人で調査を始める事になった。
監修が盛り上がっているのも、展開ではなく中継されている事自体に対してのものだ。
こうして外部から見る四神練武はなかなか興味深いものがあった。
ホームとの通信が聞けないのは少し残念だが、全チームのマップが同時に確認できるし、ポイントの取得もリアルタイムでボーナスが発生も確認できる。その上、各メンバーのリソース情報や所持装備、支給アイテム、残り時間も表示されるから、まったく別のイベントに見えるほどだ。
この手の演出は長年積み重ねて習熟しているから、迷宮都市としてはお手のモノって事なんだろう。
状況の遷移は緩やかで、派手な場面が少ない初日ではあったが、そういう視聴サポートに加えて各種解説まで加わった事で、結構な人数が大ホールで長時間視聴する事になった。
もちろん主体が合同訓練である以上、自分の訓練を優先させる連中も多くいたが、俺は大ホールに陣取ってディルクとあーでもないこーでもないと各チームの思惑などを含めた議論を続けていた。いつの間にか一定の距離を挟んで周囲に人が増えていた時はびっくりしたが、みんな本職冒険者の解説は興味があるらしい。
でも、あんまり話しかけてはこない。
基本的に二十四時間連続で継続するイベントなため、視聴から離れるタイミングはなかなか難しいのだが、ある程度時間が経った段階でほとんどの人員が時間を使い切る事なり、だいたいそのタイミングで離れる人がほとんどだった。
これが前回のディルクだとほとんどフルで時間を活用していたので、見る側でもしんどかったに違いない。実際、動画で見てもDチームだけ尺が長いもの。
さて、前回は日付変更時に実施していた一日ごとの結果発表だが、今回は正午に行われる。
概ね緩やかな進行になった事で、実力差がそのまま反映される結果になると予想されていたのだが……。
一位:Aチーム(ミユミ)
二位:Cチーム(天狐)
三位:Dチーム(ハウザー)
四位:Bチーム(フィロス)
という、少し意外性のある結果が出た。全体的に探索範囲は似たようなチーム間でAチームだけ差が出たのは、ボーナス系のルールに関する把握と対応が早かった事と、あいつ特有の超接近コミュニケーションによってパーティ内の連携が早めに形になった事が挙げられる。
「……あ、これミユミ最下位コースだな」
「え? どう見ても順調なんだけど」
ある程度ミユミの事を知り、特性を掴み始めていたユキでもこの予想は理解できないようだ。
「ほら、奴を良く知る連中は同意してくれるらしいぞ」
「ぶちょー、あって、ます」
「ええ……」
いつの間にか近くにいたエルフだらけの面々が無言で頷き、ニンジンさんが短く肯定した。
特に強く肯定しているっぽいのは中核メンバーとして紹介されている面々とクラリスなので、付き合いの長さが決め手で奴の理解に繋がっているのが良く分かる。
「さすが部長はミユミの事良く分かってるわー」
「そりゃ初代部長だしね」
「やっぱり、乗っ取りません、部長?」
未だ誰が誰か見分けが付き難い段階なのに、一度に部長部長と捲し立てられても困る。
「というか、なんで全員部長呼びやねん」
「あたし、広め、ました」
……ニンジンさんの仕業らしい。
「エルフさんたちの初期好感度高いね、ツナ」
「この世界でサラダ倶楽部としての活動実績はゼロなんだが」
ちょっと前までなら、こんな美人エルフ軍団に手放しで評価されたら舞い上がっていたのだろうが、今だとひたすら困惑する。
「というか、元祖のほうのサラダ倶楽部でこんな慕われた覚えはないぞ」
「だって、周りの部員も伝説のメンバーですよね? 同格同士なら当然じゃ……」
「お前らの創設メンバーに対する評価の高さはなんなの」
伊月とか、下手したら神みたいな扱いになってるんじゃないだろうな。
まあ、こんな風に何故か……というか美弓のせいで無条件の評価を向けてくるエルフだらけのメンツだが、普段の合同訓練のメンバーの中ではトップ層である。当然、実力的にも俺より上な連中ばかりなわけで、そんな中でこんな扱いされるのは対応に困るのだ。訓練で忖度したりしないから、そういう問題がないのは助かるが。
いや、強えよこのエルフさんたち。
-5-
そして四神練武二日目が始まったわけだが、思った以上に展開が大人しい。
ポイント推移を見ていると、調子に乗り始めた美弓が更に加速し、二位以下を引き離し始めた。奴の先輩をやっていた身としては、ものすごく既視感を覚えるパターンである。
とはいえ、天狐さんのチームも調子がいいのか、そこまでの差にはなっていない。……問題は下位二チームである。
どちらも別に問題は見当たらない……というか、堅実でそうするしかないって感じの攻略になっているのだが、上位二チームのように波に乗り切れず、思ったよりもポイントが伸びない。
実を言えば、それぞれのチームの中で何が起こっているのかは想像がつくから、なんとなくでも納得できるけど、表面上の情報しか知らない人が見ればなんでこうなるのか良く分からないって感想を抱きそうだ。プロ野球観戦に近い。
ただ、ある程度内情が予想できる中で、俺的にはどうもCチーム……天狐さんのところの動きが読めない。
「一位は良く分からないけど、天狐に関しては……あれは天性のモノね。人心掌握が上手くて、材料の好悪を問わず相手を乗せるのが得意。その癖、自分は一歩引いた位置からそれを観察しているから、いざって時のリカバリーも効くと」
エントリーはしたものの、結局どのチームにも編成されなかったレリエネージュさんが解説してくれた。
「クレストに封じられた悪魔。戯れに当時の王国を内部から半壊させた愉快犯という評価の信憑性が感じられるわね」
「そんな言われ方してるんですか? 夜光さんがその封印を解いて、それ以降ずっと一緒にいるっていう話は聞いたんですけど」
「封じられていた期間が長過ぎてほとんど資料もないから、そもそも半壊させたというのがクレスト王国だったすら怪しいのだけどね。贔屓目に見ても、半分くらいは事実なんじゃないかって言われてるのよ。まあ、根本的な部分はそのままで、丸くなったとかそういう事じゃないかしら。迷宮都市に来てから悪さしたって話は聞かないし」
以前ダンマスが言っていた話で、この世界の各地に点在するダンジョンがその周辺にアンタッチャブルな扱いされていたってのがあったが、それと似たようなモノか。
この場合はダンジョンじゃないみたいだけど、歴史的に断絶している部分の多い時期を跨いでると詳細が分からなくなるみたいだ。
「あまり親しい間柄じゃないからそういう邪推をしちゃうけど、アレはそういう特性じゃないかって話よ」
そこまで詳しいのに親しくないのかって話だが、実際にそんな感じらしく、あの人は興味を惹かれる相手がいたらとりあえず近付いてくるのだそうだ。
……方向性はまるで違うが、美弓の亜種みたいな人だな。
「それで、あなたは、このあとの展開はどう予想するの?」
「うーん……どう思う? ユキ」
「ん? うーん……」
傍らで四神練武を視聴しつつ、これまでの途中経過となる動画のアーカイブを同時に視聴していたユキに向かって問う。
「……多分だけど、動くならそろそろかな」
「カギは?」
「リリカと玄龍」
「……やっぱそうなるよな」
ここまでの推移を見るにあの二人の動きは不自然だ。獲得ポイントだけみればそうは見えないが、違和感を感じるのである。ついでに言うとフィロスも不自然に見える。
上手く言語化はできないが、良く知る者としてはなんとなくそう思う。ユキが感じているのも似たようなものだろう。
「あなたも同じ意見?」
「概ね。付け加えるなら、二日目のラストか三日目の序盤に美弓がコケるってのが加わりますね。つまり下位二チームの目論見次第ではCチームの逃げ切り勝ちが濃厚」
「ミユミさんへのその厚い信頼はなんなの? コケるにしても、タイミング次第じゃそのままゴールしそうな気が」
「その展開は見た事ないな」
「良く分からない部分も多いけど、ようするにここからと」
まあ、そういう事である。二日目中盤、ここら辺で大きく動く。俺としてはAチームが最下位になる以外の予想はちょっと難しいな。
大フロアの空気は一日目の熱狂から落ち着きを見せているが、しばらくしたらこの空気も変わるだろう。
……いや、しばらくどころか変化はすぐに訪れた。
「……雰囲気が変わった。そろそろ動くね」
ユキが感じた雰囲気の変化は俺も感じた。予め効いていたレリエネージュさんも気付いたらしい。
「渡辺さーん、お客さんですよー」
と、緊張感が出てきたところで、それをぶった切るように声をかけられた。
「……あれ、サロー……じゃなくてアルテリアさんですか。何やってるんです?」
「さすがに二回目は間違えませんねー。実はコンちゃんとポンちゃんが忙しくてヘルプを頼まれまして」
あー、確かにいろいろやってるしな。二人であの量の作業を回せてる時点で異常だけど、さすがにヘルプが必要になったのか。
「まーでも、お客さんはサロちゃんなんですけどねー」
「どうもー。来ちゃった」
アルテリアさんの背後から、似たような容姿で各所が更に大変な事になってしまっている方が姿を現した。
こうして二人並ぶと結構違うのが良く分かる。それでもアーシャさんよりよっぽど双子っぽいが。
「珍しいですね。サローリアさんって、こういう場に出て来ないと思ってました」
「参加するつもりはないけど、タイミング? 紹介状ももらってるし、珍しいところでやってるから久しぶりにって。いや、ここにあんまりいい思い出はないんだけど」
なんか四神宮殿にトラウマでもあるんだろうか。
「タイミング?」
「ちょうど、例のクラスについての検証が一区切りついてね。色々と面白い事も分かったし、助手として検証に付き合ってみない?」
第三章までを収録予定の書籍化クラウドファンディングも大詰め。(*´∀`*)
イニシャルゴールが上がった事もあって苦戦中ですが、ラストスパートよ。