第12話「復帰戦」
なんか色々あって遅れました。クラファン開催宣伝用の更新です。(*´∀`*)
あと、第二章まるまる収録した新二巻書籍も発売中よ!
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各所に大小様々な影響を残しつつ、今年の新人戦とエキシビション・マッチは幕を降ろした。
「馬鹿な……私が……姉としての威厳が……っ」
傷痕を残されて頭を抱えている一人はまあ置いておくとして、基本的にウチからの代表は世間の話題を独占するレベルで活躍したといっても過言ではないだろう。
……いやまあ、空龍も試合内容的には素晴らしいモノではあったから評価はされているのだが、ウチ所属で唯一の敗北者というのは本人的によほど堪えているらしい。
「ありゃ、空の油断だな。押し切れると思ったところを向こうに突かれた感じ。……つーか、迷宮都市の上位層は強えわ。かなりギリギリ… …というか、下手すりゃ負けてたし」
「当たり前だ。俺たちが見知っている者たちが図抜けているのは確かだが、その彼らと並び立っているんだからな。まあ、俺は戦術が上手くハマって完封したわけだが」
「お前ら、やめてさしあげなさい」
そんな空龍を遠目に見つつ、勝った弟二人は試合の評価を行っていた。空龍にギリギリ聞こえる範疇でやるのは勘弁してやれよと思わなくもないが、その場から動かない空龍も空龍だ。
正直、俺としては全体で見れば空龍の試合も含めて満点に近い出来だと思っている。直接関係ないところから突き付けられたロクトルの能力を含めればそれ以上だ。
クランとしても名は上がった。未だ設立前で、知る人ぞ知るってレベルの知名度しかなかったウチだが、今回の新人戦が各種メディアで紹介された事で一躍有名クランの仲間入りだ。新人戦でもエキシビション・マッチでも名前を出してはいないが、ちょっと調べれば名前は出てくるのだからおかしくはない。その流れで、ここまで要所要所で打ち立ててきた記録も引っ張り出され、改めて評価されるという流れが出来上がっている。この分なら、立ち上げた時点で一般層含めてそれなりに名前が通ってる状態になっていてもおかしくないだろう。
おかけで、マネージャーのククルは対外対応に追われる日々で、取材の申し込みも多いらしい。元からそれなりに多かったのだが倍増だ。
なのに、クランマスター(仮)である俺に対する取材がないのは、設立手続きに伴うスケジュール調整のためにククルがお断りを入れているというのが大きい。そう、元から俺への取材依頼がないなんて事は決してないのだ。ないんだからね。
あと、これだけ騒がれれば、普通なら殺到しそうな入団希望の問い合わせは意外にも少ない。募集していないから構わないのだが、変な勘違いさんしか来ないとククルが嘆いていた。
「しかしだな、次の便で向こうへ一時帰還する姉上は地獄を見る事になるぞ。確実にネタにされる」
「未だに兄貴たちがああなったのは違和感しかねーけど、多分そうなるよな」
そう、界龍たち龍世界交流団の第一陣はそろそろ帰還予定で、その際に報告を兼ねて空龍も帰還するのだ。
第二陣の便ですぐに帰ってくるとはいえ、その間話題に挙がらないなんて事はまず有り得ない。だって、あいつら間違いなく噂好きだし。迷宮都市のゴシップ週刊誌を読んでるって言われても違和感がないくらいだ。
エキシビションマッチに参加した龍の勝率は半々くらいだからまだマシとはいえ、先遣隊かつ出向扱いで皇龍の後継者でもある空龍が同じ扱いなわけもない。
メディアで最も派手な試合として取り上げられているように、試合内容を見れば決して馬鹿にできるようなモノではないのだが、結果しか見ない奴はどこにでもいるわけで……。
「ああああ゛あ゛あ゛ーーっ!!」
ネット上のコメントを見てしまうと、ああやって頭を抱える空龍さんが出来上がってしまうのだ。なんで再度見にいくねん。
備品なんだから机を叩くな。あんまり頑丈じゃないんだぞ。
「で、結局次の交流団向けのイベントはお前らが企画しないのか?」
空龍がアレな感じなので初っ端から脱線してしまったが、今日の目的はソレだ。
しかし、いざ企画書を見ても中身にそれっぽいモノはなく、観光庁が企画した内容がそのまま載っている。企画者の名前が載っているので間違いない。
「企画出したは出したけど、選考落ちしたんだよ。そりゃもう見事に全部」
「元々、気合入れて作った企画は踏襲しているし、蛇足みたいなモノになってしまったからな。仕方あるまい」
「あー、なるほど」
元々、新しく何かを見て生み出す事が苦手という話そのままに、画期的な案は出なかったという事か。
まあ、ある程度形が出来上がってしまえば、あえて新しい事をする必要もない。龍世界側から参加する人員も違うのだから、同じでも問題ないくらいだ。祭のようなものである。
詳しく話を聞いてみれば、観光庁が威信に賭けてプロデュースしているという理由もあった。どうも、前回の失点を取り戻したいらしい。
失点を取り戻すのに斬新な企画で補填するのではなく、あくまで前回の良いところは残したままブラッシュアップ、問題は細かいモノを含めて埋めてくるのは少し好印象だ。
だから、今後もよほど大きな変更を入れるのでない限り、この企画はほとんど俺の手を離れたといってもいいだろう。空龍たちは引き続き企画に参加するし、俺も定期的なチェックのみは続くだろうが。
「失点を取り返すチャンスが……」
一方で、斬新な企画で失点を取り戻したいと考えていた空龍は、やはり一人遠く離れた席で頭を抱えている。今回は新規企画がないだけで、いい企画があれば通る話でもあるわけだから、それができないのが歯がゆいのだろう。
何か新しいモノを作ろうという試みは俺も苦手分野なので、手助けはできそうもない。得意そうな美弓とかに話を持っていくのもしたくないし。
「こちらはいいとして、お前はいつ冒険者業再開するんだ? 模擬戦の相手をしていても問題ないと思うが」
「あー、もう決まってる。今度ディルクたちと潜ってくるよ」
「なんでディー君よ? あいつまだ第三十一層組だろ」
ウチのメンバーは今のところほとんどが第三十一層で留まっている。先に行けるメンツも多いが、そこで鍛えたほうがいい者も多いからだ。最低でもLv40まで上げて三つ目のクラスまで取得したいというのが本音である。サンゴロに至ってはツリークラス自体変えるつもりらしいし、必然的に時間がかかるだろう。
そんなわけで中級冒険者のセオリー通り第三十一層で足並み揃えているわけだが、そんな事に関係なくディルクは例の戦いの後遺症でリハビリ中だから、第三十一層組なのはおかしくないのだ。
むしろ、俺としてはなんで銀龍がディー君呼びしてるのか気になる。
「俺とディルク、セラフィーナで第三十一層からどこまで行けるか試してくる」
「あー、下から限界攻めるって事か……三人で? どこまで行く想定か知らんが、さすがに厳しいんじゃね?」
「半分リハビリ目的だから介護者付きだ。ガルドと水凪さん。あと一枠は余ってるけど、今のところはデータ取り目的でラディーネかな」
レベル的に格上で複数ロールを平行して担当できる二人がいればパーティバランス的にはほとんど問題ない。別に俺たち三人側が戦力としてカウントできないわけでもないし、万能なのはディルクとセラフィーナに関しても同じなのだ。汎用的な能力がないのは俺くらいで、おそらくウチで組めるメンバーとしても万能性はトップクラスだろう。
そんなわけで六枠目はほとんどフリー枠なのだ。お勉強としてパンダやゴブサーティワンあたりを連れていったって問題はないし、外部の人間だっていいくらいだ。
……一瞬、レーネって手もアリじゃないかって思ったが、奴の特性がアウトだった。この前の試験のように立て直しが効く条件ならともかく、今回は不向きだ。
「その条件なら俺が行っても構わんな。そろそろ第三十一層で燻ってるのは飽きてきた頃だ」
「あ、ずりぃ、俺も行きたい!」
「待ちなさい、ここは年長者として私がですね……」
「お前らの場合、そうなるの分かってたから候補外なんだよ」
さっきまで遠くで落ち込んでたクセに、なんで唐突に近付いて来てるんだよ空龍さん。
まあ、こいつらに関しては別に第三十一層に留まる理由はないから、近々どこかで進んでもらう事になるだろうな。
「だいたい、次のゲートに到達しない可能性すらあるんだぞ。介護担当はいても、俺たち三人の調子見るのが優先だし」
さすがに全滅はないと思うが、内容次第では層の制限時間まで待って、タイムアップで帰還する可能性は普通に有り得るのだ。
「んなワケねーだろ」
「有り得んな。セラフィーナはともかく、お前もディルクも行けそうだって理由だけで限界まで行くタイプだ」
「帰って来たら第五十五層まで攻略してきたとか言いそうです」
自分の事ながら、すげえありそう。正直、第五十一層以降を確認したいのも確かなのだ。良く分かってんじゃねーか、お前ら。
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[ 無限回廊第三十四層 ]
「ダンジョンアタック中の休憩時間も勉強に追われているが、それはまだ続くのか?」
リハビリダンジョンアタックの休憩時間、転送ゲートの近くで一人本を読んでいた俺にガルドが話しかけてきた。
宿泊施設が出せる環境ではないので、簡易的な椅子だけ出しての読書だ。横に焚き火とかあればキャンプっぽい。
「ん? ああいや、そうでもないぞ。切羽詰まったモノはだいたい済ませて、あとはスケジュール的に余裕のあるモノだけだ」
この参考書もほとんど復習の意味合いしかない。まあ、数年後に資格更新をするなら必要になるだろうが、更新するかどうかは正直怪しい。無駄にはならないが、そこまで実質的なメリットがあるわけでもないからだ。もったいないが、クラン経営の点ではあったほうがいい程度の資格でしかないため、労力が更新に値するとは言い難い。
そんなわけで、すでに殺人的スケジュールの日々は乗り越え、かなり余裕があるといってもいい。今でもだいたい受験生くらいの忙しさなのだが、比較してみたら全然違う。如何に今までがやばい密度だったのかという話だ。ククルさんはもうちょっと加減してほしかった。
資格に関しても、すでにサブマスター資格までなら俺もユキも取得済だ。クランマスター資格もまず問題ないだろうってところまでは来ている。最悪三回は失敗しても大丈夫だし、予備試験もある。
そんなわけで、ほとんど習慣になっていたからこうしているだけで、別にあえて今やる事ではないなと本を閉じた。休憩中とはいえ、ダンジョン内でもあるし。
むしろ、ダンジョン内での勉強に慣れ過ぎてしまった感も否めない。
「実はクランの発足も十月一日付でほぼ確定してる。手続きの問題で多少遅れる事はあっても、せいぜい一週間前後くらい?」
「おお、とうとう発足か。感無量だな。急かしたかいがあったというものよ」
ガルドの提案でクランマスター講習のスケジュールが早まったのは確かなんだが、地獄が始まった口火って事を考えると感謝したくなくなるのは何故だろうか。
いや、クランマスター講習を受ける日がズレれば、必然的にスケジュールが後ろ倒しになっていたのは分かっているのだが。
「まあ、元々クランとして活動してたようなモノだから、ちゃんとした看板ができるってだけだけどな」
「確かに、今もOTIのガルデルガルデンと名乗ってるな。今後は名刺にも記載できるわけだ」
そうなのか。俺は発足前だから特別名乗ってはいなかったんだが。別に問題はないし、他に名乗っている奴はいそうだ。
名刺は……そういえば必要だな。ビジネス講習の時も、だいたい俺だけなかったから対応が面倒だったのだ。
「となると、クランの制度作りもそろそろ考えんとな」
「それなー。発足までにやらなきゃいけないってわけでもないから後回しにしてたんだが、必須だよな」
ようはクラン員の給料や福利厚生など、待遇面や規則についての話である。今はクランハウスの維持費などを払っていないから、所属者は各々で冒険者として支出を管理していたわけだが、ここでちゃんと制度を作る必要がある。特に、金銭やGPなど、クラン名義で収入からどの程度自動徴収するかなどを決めたりするのは必須に近い。
給料の支払い方法やドロップ品の管理、装備や消耗品の割当てなども明確にする必要が出てくる。今までは大雑把に済ませていたラディーネの試作品だって、クランとして扱いは明確にしないといけない。
クラン規模が大きくなってくると、会計士など専門家を別途雇う必要だってあるのだ。人数的に拡張の予定がなくとも、深層に到達する見込みがある時点で、そういった規模になる事は考慮しなければならない。
登録は名前だけで最低限の維持費のみ徴収するようなのクランもあるにはあるが、ウチは方針が違うし。
俺、一年前までは馬小屋に住む奴隷みたいな身分だったんだけどな。
「俺個人としては、クランハウスの設備やサービスの充実はあんま考えてないから、そこまで徴収してもって感じなんだよな」
「そこら辺はクラン員全体で考えるべきだろうな。山が欲しいと言い出す奴がおるかもしれん」
「それはお前だけだから、個人のGPで設置しろ」
さすがに個人の要望でクランの共有施設を造るつもりはない。単に山だけなら使い道がない事もないが、ガルドが欲しいのは鉱山だし。
こういった制度もそうだが、俺が給料を払う立場ってのも未だに実感が湧かない。ウチは金銭欲や物欲を前面に出す奴はあんまりいないが、だからこそはっきりさせないといけないだろう。
「真面目な話をするなら、他のクランにアドバイスをもらうのがいいだろうな。そういう伝手は多いだろう?」
「あー確かに」
これまでもクラン設立に関しての話はしていたのだ。単にそういう部分に触れていなかっただけで、聞いてみるのは普通にアリだろう。
問題は、そういう伝手は大クランがほとんどってところだな。規模が違い過ぎて噛み合わない可能性も高いから、参考程度になりかねない。
今回同行してもらってる人のクランも方向性が違うしな。
「発足式はどうする?」
「やる気はなかったんだが、打ち上げ程度の規模ならまあ」
クラン発足というのは、中級昇格式典のようなイベントが伴うものではない。ギルド的にはあくまで登録上だけの扱いで、発足式をやるにしても内輪でのモノになるのが普通だ。親しい人からはお祝いくらいもらえるかもしれないが、その程度だ。むしろ、そういうお祝いは発足周年のほうが多いだろう。
やる事自体は別に構わないのだが、この場合問題になってくるのは、クラン員の揃わない可能性が高いという事。特にラディーネ、ボーグ、キメラの三人……と、ついでにロクトルは龍世界の調査から帰って来れるか不明瞭だ。流れ的にはベレンヴァールが参加する可能性もあるだろう。
一緒に帰還する空龍は先行して戻ってくるだろうが、帰還報告は定期なので、タイミング的には三人の誰かがいない可能性は高い。
それでなくともウチのメンバーは忙しい連中が多いのだ。全員のスケジュールを合わせるのは至難の業だろう。
「発足後、メンバーのスケジュール調整が合わせられるならって感じだな。数回に分けてって方法もあるけど」
「マネージャーがおるだろ? なんでお前がスケジュール調整する前提なのだ?」
「……そりゃそうか」
あいつのほうがよっぼと適任だし、役職的にはそのほうが正しいじゃねーか。案外、もう調整に入っている可能性すらあるな。
どの道打ち合わせしないといけない事は多いし、このアタックが終わったら相談してみよう。
なんか、クランエンブレムや共通の支給品のデザインまで決める必要があるとか、色々と追加の課題も挙がってきて頭がパンクしそうだ。
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[ 無限回廊第三十五層 ]
というわけで、ダンジョンアタック再開である。
攻略速度はのんびりしたもので、いつかのダンジョン籠もりほど厳密ではないものの、各層の制限期間ギリギリまで訓練しているような感じだ。自分の体と対話しつつ調子を整え、帰還ゲートのある層で問題ないか進退を判断する予定である。
三十一、二、三、四、五層と、少しずつ戦い方を変え、フォーメーションを変え、ディルクとセラフィーナは役割すら変えつつ進むが、今のところまったく問題ない。
上手く動けない場面はそこそこあったが、それは元々経験が足りてない事をやろうとしただけで、以前でも失敗しただろうミスだ。
全体的に問題なく……むしろ、前より上手く動けるな。模擬戦では分からなった、敵味方含めた全体の動きが良く分かるような……。逆に、コレが違和感になっていて、慣れるまで時間がかかりそうだ。
「俺は今のところ問題なさそうだが、お前らの調子はどうだ?」
「完調ではありませんが、とりあえず問題ありませんね。セラのほうも……」
時間調整のために第三十五層の出口付近に陣取り、模擬戦をするセラフィーナを見つつディルクが言う。さっきまでモンスターと戦っていたのに元気である。
ディルクに言わせれば二人の復調具合はだいたい70%程度とのだが、無量の貌撤退戦の時に見せたような異次元のパフォーマンスが出せないだけで、ダンジョンアタック程度なら問題ないらしい。
目の前の模擬戦では正直弄ばれている感が強いものの、超格上相手にアレならセラフィーナも問題ないだろう。俺だって普通に負けるし。
「ぬわーーーっ!!」
あ、セラフィーナが吹っ飛ばされた。
……強いな。コレでただの護身用、本職の前衛じゃないっていうんだから、やっぱり上級はやばいってのが良く分かる。
能力をレーダーチャート化すると激しいトゲトゲになる傾向のある上級冒険者だが、その谷になってる部分でも十分強いって事だな。
「これが天才ってやつですか。事前に話は聞いていても……実際に相対してみないと分からないものですね」
一方で、その対戦相手はセラフィーナに戦慄を抱いているようだが。……まあ、中級昇格して間もない冒険者が、ガチの上級相手に戦闘が成立してる時点で異常事態ではある。
俺としては、吹っ飛ばされたセラフィーナを一瞬で治療されたのに驚愕だ。自分が吹っ飛ばしたのに、地面に触れる前に全快させているという不可思議な現象である。
「まったく、エルトがスパイしてこいと言うわけです」
そのセリフは普通に聞くなら聞き捨てならない言葉ではあるが、元々公認で参加してもらっているのでまったく問題はない。
この人は準トップクランの一つ< 白薔薇 >のレリエネージュさんだ。今回、空いていたパーティ枠に参加してくれた助っ人である。
俺たちのリハビリが目的で直接的な戦力を求めていなかったところに、何故こんな超ド級のメンバーが追加されたのかといえば……答えは水凪さんの推薦だ。元々助っ人などでパーティを組んだ事があり、継続的に交流もあったところで、それならと話を持っていったという話である。
それに加えて、傍から見ていたら謎極まるウチの内情が気になっていたのか、何故か成立してしまったというのが経緯なのだ。
元々六人目だったラディーネに関しては予定変更で、ボーク、キメラと一緒にロクトルのお守りをする事になった。
「ここまでに見たディルクの情報魔術といい、あとどれくらい隠し玉があるんでしょうね、渡辺綱?」
「そこはまあ、実際に確かめてもらうって事で」
俺もディルクもセラフィーナも本当の隠し玉的なモノは出せない事情があるが、得るモノは多いだろう。別に隠してるわけでもないモノも多いから、ご自由にスパイして下さいって感じ。
「正直なところ、こちらが出すのが本職ヒーラーの立ち回りを見せるだけというのが対価として正しいかどうか」
「いいんじゃないですかね?」
「あなたが判断する事ではないと思うんですけど、水凪」
了解済とはいえ、お菓子を食べながらあっけらかんと答える水凪さん。それを見るレリエネージュさんの目は少し険しいが、食べながらという態度の問題ではない。
まあ、普通なら秘匿すべき情報……下手すればその情報だけでも大金が発生しそうなモノだから、その反応は分からないでもない。
とはいえ、一流の冒険者と組む経験だって結構な価値のはずだ。水凪さんの判断は間違っていないだろう。
「じゃあ、代表的にどうなんですか? 渡辺さん」
「全然問題ないっす」
「全体的にノリが軽い……。絶対こんな軽い扱いをしていい話ではないと思うんですけどね……」
本来なら秘匿すべき情報ばかりというのは理解しているが、本当にヤバいモノはディルクが線引きしているから問題ない。
そこまでしても体験しておいたほうがいいと言われた本職ヒーラーの立ち回りについては、ここまでだけでも十分に実感しているのだ。ヒーラーの重要性を理解してはいても、水凪さんくらいの力があれば十分だろうと思っていた俺の評価が覆るくらいには。……ウチに本職のヒーラーになれそうな人がいない事が残念だ。
『一流のヒーラーは、自分以外にHPのリソース管理を意識させません』
このアタックが始まる前に水凪さんはそう言った。その時は漠然としかイメージできていなかったが、実際に体験してみると完全に異次元の領域だったのだ。
冒険者の立ち回りはRPGのそれとはまるで異なる。遊ぶために調整されたゲームと比べる事自体おかしな話だが、ダメージを稼ぐという明瞭な役割のアタッカー以外はイメージからして別物といっても過言ではない。
タンクは擬似的なヘイト管理はあるもののターゲット固定などできないし、各々で動き回る仲間の位置を把握し、要所要所で致命的な攻撃を防がないといけない。
精密な動作が要求される中で安易にバフをかけられないのも今更だし、スキル有効範囲やフレンドリーファイアの問題もあるのだから当然だ。
アタッカーもタンクもヒーラーもサポーターも、ただ一流というだけならたくさん目の当たりにしてきた。ただ、これまでに見たそれらのほとんどは個人の資質による部分が多く、真似はもちろん参考にすらしようがないモノが多い。しかし、迷宮都市の冒険者の中には当然そういう異形の才能ではなく、正道、または王道と呼ばれるようなスタンスで活動している人のほうが多いわけで、そういう超一流に触れておくのも経験だろうと紹介されたわけだ。
そして今現在、正道ヒーラーにおける最高峰を目の前で見せつけられ、体験させられていた。多分、ある程度以上に理解できるようになった今だからこそ分かる鮮烈な経験だ。
前衛として立っているのに、HPがMAXでない時間がほとんどない。ダメージや状態異常を喰らったら、次の瞬間には回復している。しかも、極力最大HPを超過しない回復量で。
HPではなく物理的な損傷についても同様だ。本来なら怪我をすればHPを消費して自動治癒されるわけだが、そのHP消費すら発生させず、即座に物理的損傷を治療する。
タンクや物理アタッカーにとって、HPを気にしなくていいという安心感は自分が担当するロールのパフォーマンス向上に直結する。それは、HPの壁や肉体治癒に頼る場面の少ない俺でも決して例外ではない。なんとかなるだけで、なくてもいいわけではないのだから。……サージェスがどう思うかは知らんが。
さすがに完全放棄するのはまずいが、自身のリソース管理さえ放棄して攻撃に集中しなければならない場面などいくらでもある。その負担を任せられるのが本職のヒーラーという存在だと突き付けられた。逆に、それくらいできないと、本当の意味で信頼して任せられないという問題も突き付けられた。
無限回廊中層、それも第三十一層から始まるアタックで余裕があるというのもあるだろうが、このパフォーマンスが深層でも維持できるというなら、そりゃ本職だわと納得するしかない。水凪さんが一度体験しておいたほうがいいと言うわけだ。
「自分が一流のヒーラーであるという自負はありますが、いわゆる本職のヒーラーは迷宮都市に数多くいます。私はその程度の希少よりも特別に唯一無二の才能が欲しかったんですがね」
そう言って今回の参加メンバーを見渡すレリエネージュさんは、口に出さずとも『あなたたちのような』と言っているように見えた。
俺としては、あるべきものをあるべき形と量で積み重ね続けられる人のほうが尊敬に値すると思うのだが、そんな理屈は通じないだろうという事も分かる。
俺を含め、ウチの大多数が何かしらユニークなモノを抱えているのは否定しようがない。良し悪しは置いておくとしてもだ。
「ちなみに、私が初めてどうしようもない絶望を覚えたのはそこの水凪です」
「え、そうなんですか?」
俺がそうなんですかと言うより先に水凪さんが声を挙げた。本人は認識してなかったって事なんだろうが……。
「あそこで出入り口を塞いでいるガルデルガルデンとパーティを組んだ時も激しい衝撃を受けましたが、水凪はその比ではありません」
「今のところ、そこまで非現実的な差は見てないんですけど」
というか、データ的な見方をすれば水凪さんはかなり普通よりだ。もちろん、間違ってもスタンダードと言えない異形の能力を持つ連中ばかりな中でという話だが。< 巫女 >系統のクラスが一般的でないのは別としても、性能的にはむしろスタンダードな部類だろう。
なのに、どうしようもない絶望を覚える? タンクとしてガルドが唯一無二レベルでユニークなのは俺も納得するが、それ以上って事か?
「その反応という事は、まだ彼女の水中戦闘は見ていないという事でしょうね」
「確かに、第四十層は自力で攻略してくれとは言われましたが」
自分が入ると自力で突破した事にならないという意味だったはずだ。そりゃ、蛇口マン……いや、水神エルゼルの加護をギフトとして持っているのだから、水関連で強力な補正を受けるんだろうとは思っていたが……。
「水中戦は自信ありますよ」
「そんなレベルじゃないでしょうに……。ちょうどいいので、この先の第四十層で見せてもらいましょう。サーペントドラゴンを蹂躙する水凪を」
「……蹂躙できるんですか?」
「水中戦は自信ありますよ」
答えになっていないんですが。え、いくら手助けするのを避けるとはいっても、そこまでなのか?
なんとなく横にいるディルクに視線をずらしたら、無言で頷かれた。……マジかよ。
「うーん、分かりました。どの道、渡辺さんには認識してもらう必要がありましたし、今回のサーペントドラゴンはソロって事で」
「え、一人でやるんですか? アレを?」
なんだその衝撃発言は。薄々感じてたけど、それは自信があるどころじゃ済まないぞ。
「問題ないと思いますよ。できれば僕たちもアレとは戦闘を経験しておきたいところですが、別の機会でもいいですし」
ディルクがそう言うって事は、情報局としては認知されているって事か。
俺も水凪さんの動画はある程度網羅しているが、この分だと表に出てないんだろうな。
「というわけで、一般的な一流の情報など、その程度の価値という事です。ちなみに、一番優先して探って来いと言われているのがあなたの情報なんですが、どんな秘密を見せてもらえるんでしょうね、渡辺綱」
「俺は見ても分からないと思いますよ。隠しているとかそういう事じゃなく、そういう場面にならないって意味で」
「確かに、あなたを調べても平凡なステータスと異様なスキル郡、やけに華々しい経歴と異様な他者評、それに比べて何故そうなるのか良く分からない動画ばかりでしたが……」
そう言ってレリエネージュさんが視線を向けるのはディルクだ。
すっかり解説役になっているディルクだが、実際情報量が別格に多いので間違ってはいない。とはいえ、この件に関しては……。
「僕も理解できないので、解説はできませんよ」
「…………」
そんな、どんだけって目で見られても。ぶっちゃけ、俺自身も良く分かってないぞ。
「でも、そうですね。情報局として明かせる範囲で渡辺さんの意味不明さの一端を説明すると……ちょっと左腕出してもらってもいいですか?」
「解説するんかい……まあいいけど」
「……左腕?」
普通に聞いてたら、左腕を出すってどういう事やねんって感じだよな。そこにあるのは左腕やないんかって感じで。
言われた通り《 瞬装 》で< 渡辺綱の左腕 >を出すと、その異様な形に予想通りギョッとされた。
間違いなく左腕には見えないが、俺自身はコレが左腕って認識するんだよな。不思議だ。
「この大剣サイズの不気味な太刀は< 渡辺綱の左腕 >という銘で、《 特攻:渡辺綱 》という能力が付与された渡辺さんの左腕です」
「?????」
「何も間違ってないが、そんなネタみたいな説明で意味分かるはずねーだろ」
「ネタみたいな説明でなくとも分からないので、それくらい意味不明って事を教えるにはちょうどいいかなと。コレが一端って時点でイメージは掴めるんじゃないですか?」
「その説明で間違ってないの……。つまり、理解を放棄すべき存在って事ね」
「その通りです」
何も間違っていないし、その対応も納得できなくはないんだが、解せぬ。
ちなみに水凪さんの頭の上にも?が浮かんでいたので、こちらはあとで説明しておくか。
というか、ガルドはともかく、セラフィーナはいつまで転がってるつもりだろうか。倒れる前に回復されていたくらいなのに。
……いや、アレは何か反芻してるな。レリエネージュさんとの模擬戦に何を見出しているのか。
[ 無限回廊第四十層 ]
そんなわけで、第三十六層で帰還するはずもなくそのまま第四十層へ。例の如く討伐指定種と遭遇してたら別だが、今回はその徴候もフラグもない。
ここは、なんだか倒したのが随分前だった気もするサーペントドラゴンの棲家である。ダンジョンの構造はまったく違うが、基本的な部分……フロアのほとんどが水没していて、どこにボスがいるのか良く分からないのは同じだ。足場がほとんどなく、休憩場所を確保するには手狭なのも。
「じゃあ、水凪さんに先生の蟲を数匹貼り付けておくんで、僕たちはPCで鑑賞会といきましょう」
レリエネージュさんはその蟲にもなんだそれ的な視線を向けたが、すぐに問いかけるような事はない。
多分、ここまでの経験で、いちいち問い質していたら話が進まない事を理解したのだろう。
「頑張ってきます」
そんな蟲を引き連れ、ちょっとお手洗いに行ってきますくらいのノリで、水凪さんはスタスタと歩いていった。……そのまま水の中まで。
おい、まったく水飛沫立たなかったんだけど、なにアレ。
「プロジェクターあるんでどうせなら映したいんですが、ガルドさんスクリーンになってもらえますか?」
「なんじゃい、スクリーン用意しとらんのか。仕方ないな」
「壁に吊るやつはあるんですけど、ここではちょっと」
仕方ないで済ませていいのかは良く分からないが、ガルドが自分の体を変形させてツルツルの壁を造り出した。見易いようにしてくれたのか、ちょっと白っぽい色になっている。
「……これじゃ、ワシが見れんではないか」
気付いてなかったんかって感じだが、それなりに大画面で投影させようとすると自分が見れないという事態が発生した。
本人的には何回か見た事あるらしいので大人しくスクリーン役を務める事になったが、ウチのノリに慣れていないレリエネージュさんは引き気味だ。
「ある程度自律した無線カメラなのね。……欲しいんだけど、売りには出せるの?」
「実験用なんで、商用になるのはもちろん、冒険者用として売りに出されるのはもっと先ですね。耐久性にはかなり難があるので」
ディルクの説明の通り、ラディーネの蟲は軽量化のために耐久性が犠牲になっている。どれくらいかというと、蝿を追っ払うようにモンスターが手を振ったら壊れるレベル。
一体一体それなりに値段のするモノなので、とてもじゃないが余所に出せるモノじゃないというは理解する。
便利なのは間違いないし、技術局のほうでテストも始まっているらしいので、改良・コスト削減して流通されるのも遠い話ではないと思うが。
「じゃあ、一般業務用なら?」
「ダンジョン外って事ですか? さすがにないと思いますけど、盗撮じゃないですよね?」
「そんなわけないでしょう。この解像度で映せるなら、ウチの写真集やプライベートムービーの補助に使えないかと思って」
「あー、なるほど。そういう用途なら……どうなんだろ」
写真集はともかく、プライベートムービーってなんぞやと思ったが、レリエネージュさん自身が説明してくれた。
彼女の所属するクラン< 白薔薇 >は、芸能人などのグループを含めても迷宮都市屈指の見目麗しい人員だらけのクランなのだ。
入団するには美人な事は当然として、所作や経歴まで含めた厳しい試験がある。あと、冒険者外のスタッフ含めて女性しかいない。
だからと言っていいのかは分からないが、外部露出も多く、グッズ展開は他のクランに比べて遥かに多いのだ。
そんな厳しい制限があって尚、準トップクランとしての立場を維持しているのだから相当である。
「美しく、優雅で、誇り高くあれというのがウチの方針よ」
そう言うレリエネージュさんの姿は実際美しい。美し過ぎて俺的には性的な対象から外れそうなくらい。
特別な才能といえば、その美しさがそうじゃないのかと思ったりもしたが、求めているのはそういう事ではなく冒険者としての才能なのだろう。
こういった美を追求するクランだから、当然の如く外部への露出も多い。撮影機材にも拘っているだろうし、そういう意味なら蟲の使用用途はあるんだろう。
まあ、超絶解像度のカメラなどに比べたら補助でしか使えないし、見た目が蟲なのも問題がありそうだが。
結局、この話は持ち帰りになったが、自分たちの事やクラマスの事を話すやたら饒舌なレリエネージュさんという一面が見られた事は収穫かもしれない。
会った事はないが、< 白薔薇 >のクランマスターが人間離れした美人なのは写真からも分かる。……まあ、エルフだから人間じゃないのは確かにそうなんだが。
というわけで、そんな話をしている内に水凪さんがサーペントドラゴンに接敵した。まだ遠目だが、画面にあの巨体の一部が映っている。
……そして、ほどなくして戦闘が開始した。
「……そりゃ、自分抜きでやれって言うわな」
基本的に定点固定した蟲からの映像なので演出的には面白いモノではないが、内容的には衝撃的と言うより他はない。
レリエネージュさんが見て挫折感を味わうのも無理はないだろう。
無限回廊第四十層ボスのサーペントドラゴンはほとんどの中級冒険者が躓くと言われ、第三十一層の壁と一緒に扱われる事もある存在だ。
冒険者向けの番組でも定期的に攻略解説が放送され、その度にそこそこの視聴率を出すくらいには需要もあるらしい。実は、一番放送機会が多いのはトカゲのおっさんだ。
馴染みの薄い全域水没フロアでは移動も索敵も戦闘もかなりの制限を受けるし、向こうは地形効果で超強化されているようなモノだから、その強さは第三十一層から始まる冒険者の壁として相応しいといえるだろう。若手冒険者が解説を必要とするのも当然ではある。
実際、俺たちが戦った時も結構な準備の上、対策してなんとか勝利したわけで、その強さは身を以て知っている。過去から積み上げられた攻略情報がなければ勝ち筋を見出すのは格段に困難だったのは想像に難くない。
オーバースキルが初発動したくらいだから、あの戦いは俺としても間違いなく死闘の類ではあるんだよな。
しかし、スクリーンに映された強敵、サーペントドラゴンはその巨体が文字通り穴だらけにされていた。
《 ピアッシング・アロー 》が貫通力強化のスキルだったり、《 水神の加護 》で水中補正を受けているのは良く知っているし、これまで聞いた水凪さんの評価で最大限ハードルを上げていたつもりだったのに、それをあっさり上回ってきたのだ。
使っているスキルが変わったわけではなく、見知ったモノばかりなのに、水中の戦いというだけでここまでの超戦力と化すのか。
「これは……《 水神の加護 》の効果なのか? まさか他の四神の巫女も?」
だとすると、四神の加護とやらはどこまで強力なのか。ティグレアの事見直さないと……。
「そんなわけないんですよね。四神の協力もあって加護の検証は結構行われているんですが、こんな結果を出しているのは水凪さんだけです。正式就任前なので土亜さんだけは分かりませんが、残りの二人はここまで強力な効果にはなっていないと聞いています」
ディルクの評は情報局主体で検証を行い、それなりに信頼の置けるだけの検証実績を重ねた上での発言だ。
詳細まで目を通してはいないが、PCに入っているデータを見れば、その検証がどれくらい力を入れられたモノくらいかは分かる。
「ようするに、水凪は《 水神の加護 》のギフテッドという事ですね」
『やったっ!! お肉出ましたよっ!』
「……あんなんでもギフテッドなんです」
レリエネージュさんは複雑そうに言い直すが、それはだいたい知っているんで問題ないです。
スクリーンには、巷ではサーペントドラゴンのハズレレアドロップと呼ばれている< サーペントドラゴン肉 >のカードをゲットして、はしゃいでいる水凪さんの姿があった。
味的にそこまででもない事と、材料としての用途に需要がある事から高額になっていて、食材としてはまず扱われないらしい。
基本的にドロップ品はクランやパーティ単位で扱われるモノだが、さすがに水凪さんがそのまま懐に入れても誰も文句は言わないはずだ。俺たちは見てただけだし。
今回はカードでのドロップだから更に高額になるだろうけど、多分自分で食うんだろうな。
-4-
水中戦における水凪さんの異様な戦闘力を見せつけられ、レリエネージュさんの挫折に少し共感したところで、いよいよ無限回廊第四十一層の攻略に入る。
ここら辺は本来俺やOTIの中核メンバーが主戦場にする階層……のはずなのだが、実はまだほとんど攻略経験はなかったりする。魂の門だったり異世界行きだったりリハビリだったりと色々あったから仕方ないとはいえ、ずいぶん間が空いたものだ。
まあ、スケジュール的に多少マシなユキたちにしても、メンバーごとに調整してる関係から第四十層までの攻略がメインになっているので、大して違いはないのだが。
「さすがに少し粗が出てきましたね」
そのレリエネージュさんの言葉は俺に向けたものでもあるが、どちらかというとディルクとセラフィーナが主体だ。
ここまでパーティとして攻略を共にしてきて理解したが、ヒーラーのリソース管理は俺たち前衛のモノとはまったく異なる。おそらく他の後衛ともまったく違うだろう
本人に言わせれば、パーティ全員のHPをリアルタイム管理できて最低限。自分のMP配分管理もできて当然レベル。おそらくだが、前衛……特にタンクの受けるダメージ量に関してもある程度は予測しているし、そのタイミングに関しても把握しているはずだ。
何故なら、各人員のポジショニングや距離まで含めた情報を把握していないと出せない、絶妙なタイミングで回復魔術が飛んでくるのである。
それを、この急増パーティでこなしてくる。無視できないダメージを受けるようになる層で尚、一流のヒーラーというものの一流たる所以を実感させられた。
もちろん、更に先の層が主戦場である彼女の真価はこんなモノではないはずだ。
[ 無限回廊第五十層ボス部屋 ]
そして、一瞬だけその雰囲気が変わったのを感じた。それは無限回廊第五十層ボス戦、八本腕との戦いでの事だ。
ディルクもセラフィーナもレベルに頼らない実力者だし、ここまでの攻略でレベルアップもしている。しかし、一回の攻略で推奨レベルに達する事がはるはずもなく、今回の集大成的戦闘となるこのボス戦ではステータス的な差が浮き彫りになり始めていた。いや、こいつ相手にLv40台前半はさすがにしんどいって。
一方で、実は俺に関しては割となんとかなっていたし、八本腕との戦闘に慣れた三人もいるが、ここまでくるとどうしてもフォローが遅れる。
相手の手数の多さ故に、< 要塞 >ガルドの鉄壁の盾でも漏れが出る。レリエネージュさんの回復は間に合っているものの、これまでのようにパーフェクトとはいかない。それは水凪さんが回復補助を担当しても同じだ。
無数の手と巨体から繰り出される異様な数の攻撃を潜り抜け、少ない反撃の機会をモノにするのが八本腕との戦いなのだから、当然といえば当然ともいえる。
そんな死闘とまでは言えずも激戦の最中、何かが変わった。普段だったら絶対に気付かない些細な変化だ。
それに気付けたのは、このアタックにあたって水凪さんから出された課題が一流のヒーラーを体験するという事で、意識の根底にそれがあったからというのが大きい。
とはいえ、具体的に何が変わったのかが分からない。あるいは勘違いかもとすら思えるのに、どうしてもそれがスルーできない。
[ 無限回廊第五十層階層ボス八本腕撃破 ]
「ぬあーーーっ!! また本体の左腕だけないっ!? どーなっとるんだ!」
そんなガルドの悲鳴を聞きつつ二度目の八本腕戦は終了した。
戦闘が終わったあと、層間のインターバルで直接聞いてもはぐらかされた。しかし、それは確かに何かがあったと言っているようなものだ。
おそらくその正体に気付いたのはディルクのほうが先だ。次いで水凪さん。……俺が気付けたのは、それがはっきりと形になってからだった。
様子見という事で始めた第五十一層入り口付近での戦闘。その際に見せたセラフィーナの動き。それにレリエネージュさんを連想させるものがあったのだ。
「……嫉妬したくないな」
声が聞こえたわけではない。その瞬間、本当にたまたまではあるが、レリエネージュさんの唇の動きを見てしまった。
……なるほど。確かにアレは嫉妬する。自分が長い期間積み上げ、洗練させてきたモノを部分的にとはいえ簡単に形にされてしまったのだから。
ただの物真似じゃない。そもそも同じ動きですらない。それは、一流と呼ばれる者の動きを自分の中で練り上げ、昇華したものに他ならなかった。
その一動作でどうという事はないだろう。しかし、確かにセラフィーナの才覚を感じさせる動作でもあった。
表面上だけではあるが、ようやく正道の一流が持つ天才への畏怖・忌避感のようなものを知った。
きっと俺には永遠に理解できないだろう。俺はセラフィーナが決して真似できないモノを持っているからだ。
「余裕があれば先に進む事も考えていたが、さすがに無理っぽいな」
「絶対に不可能とは言わんが、制限時間いっぱいここで狩りをして終了だな。効率いいわけでもないから、このまま帰還してもいいくらいだ」
ガルドの言う効率は、金銭的、経験値的な効率だけではなく純粋な訓練としての効率を含んでの事だ。
ランダムだから仕方ないが、どうも敵のバランスが良くない。構造も微妙だ。無駄にはならないだろうが、あえてここで陣を張るほどの狩場ではない。あと、ディルクとセラフィーナはそろそろキツそう。
「地味に食料も足りなくなりそうだからな。水凪さんがサーペントドラゴンの肉を提供してくれるなら、もう少しは滞在できそうだけど」
「帰りましょう」
即答だった。
言い分として、専用の調理機材がないと美味しいモノは作れないからという話だから、分からないでもない。正直に言うなら、あの巨体の肉そのものでないにせよ、かなりの大きさになる肉塊をこんなところで処理したくもない。
残る理由が希薄だから、ほとんど既定路線のようなモノだが……。
「できれば、俺もレベル上がって欲しかった」
「まだLv49のままなのか? いい加減異常事態だろう、それは」
「だよなあ。第五十層突破してなくても、Lv50突破する奴が出てきてるのに……」
こんな長期アタックをしたのに、俺のレベルはまだ上がる気配がない。あと一レベルでいいのに、経験値ゲージを振り切ったままだ。
ダンマスに調べてもらった感じ、多分このまま続けてればレベルアップするだろうとお墨付きはもらったが、少し嫌になってくる。
これがLv49ではなくLv50とかLv51なら大した問題ではないのだ。次がセカンドツリーを得られるLv50だから問題なのである。
「やっぱり、全身の魔素保有量は上がってますね。この分だと、次のレベルは結構なステータス上昇がありそうです」
ディルクに観てもらっても、根本的な問題は発生していないらしいのが逆に困る。損にはなってなさそうというのも悩みどころだ。
「これも渡辺綱の一端……?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今のところ判断できないんですよね」
「あなたや情報局が匙を投げるような状態ではあるって事ね」
レリエネージュさんの中では、俺が一端だけでも意味不明な存在だという事で決着がついているらしく、すでに深く突っ込んでくる事はない。
-5-
というわけで、俺たち三人のリハビリ後初となるダンジョンアタックは終了した。
珍しく波乱もなく、内容だけ見れば順調そのものといえるが、その反面で表現のし悪い苦い何かを見たのも確かだった。
また、ディルクとセラフィーナの二人が第五十層までなら制限なく使えるようになったのは地味に大きい。推奨レベルまで上がり切っていないという問題はあるものの、汎用性の高い二人だからパーティ編成に組み込み易く、幅が出るのだ。
もうしばらく第三十一層で訓練したほうがいい奴らもいるが、そうでない連中はそろそろ順に階層を進めるべきだろう。
報告で帰還している間、弟二人に先を行かれる空龍は不憫かもしれないが、別に実害はないし。
「約束通り、第三十層まで攻略してきたよ」
その翌日の事、尋問軟禁から半ば復帰したロクトルがクランハウスを訪ねて来てそう言った。
龍世界を長期訪問するなら、その前に最低限やっておく事として課題を出していたのだ。
「元々深層攻略者なんだからできるのは分かってたが、何か課題とか見つかったか? こっちと向こうの違いとか」
「杵築から聞いてはいたけど、相当強化されてるね。もしあっちにそのまま持っていったら、浅層を突破できる探索者がいなくなる」
「あー、やっぱりそうなのか」
やはりというかなんというか、ほとんど確信していた事ではあるが、迷宮都市の無限回廊は相当に難易度が引き上げられたモノだったらしい。
モンスターの強さだけでも数割増し、その数やバリエーション、ダンジョンの構造やトラップまで含めるとかなりの差になるだろう。
これまで聞いた話を総合する限り、目安としてはだいたい階層=レベルのフルパーティで攻略できるのが元々の難易度っぽい。
逆に第十層までは難易度を下げられているようたが、これはソロ前提という制限がある故の調整だし。
「監視役としての意見は?」
「まったく問題ないね。アイテム消費は激しい傾向があったけど、実験目的だろうし」
「そうだね。なかなか面白いアイテムばかりだった」
ロクトルの戦闘スタイル的にアイテムを多用するのはおかしな事じゃないが、さすがに浅層では必要ないだろうしな。
「でも、やっぱり一番興味深いのはコレだね」
「……< 焼きそばパン >? いや、カードって事か」
一瞬、食文化に興味が湧いたのかと思ってしまった。日本人以外からは異様に見えるらしいからね、焼きそばパン。
「その通り。しばらくこれを研究課題にしたいくらいは興味深い。何故《 カードライズ 》のスキルオーブが使えないのか。残念過ぎる!」
「ああ、試したのか」
「まったく、こうして《 マテリアライズ 》は使えても、これは単にカードに付与されているだけだしなあ……美味い! なんだコレはっ!?」
「いきなり食い出すな」
ダンジョンのドロップとして出てくるカード化されたアイテム群だが、普通のアイテムをカード化できるスキルも存在する。
だが、このスキルはオーブ自体が希少で、それを使える者も少い。ちなみにウチではゼロだ。そのスキルをクラススキルとして覚える< カードマスター >というクラスもあるにはあるらしいが、こちらもなれる者は少ないらしい。
前にカードに関連するクラスが生えていたサローリアさんだが、このクラスへの適性も発現して頭を抱えているそうだ。元々大きな変更を余儀なくされているのに、そのまで手を出したら構成がまるで別物になってしまう。
「更に研究は必要だが、絶対別の使い方があるはずだよ。杵築にその話をしたら資材を貸してもらえる事になったし、向こうでも色々研究来ようと思う」
「興味深い事ができたようでなにより。それで、同行許可は出たのか?」
「バッチリさ!」
テンションが高いのか、やはり素の状態とは言動も所作も異なるロクトル。
監視役としてダンジョンについて行ったラディーネは慣れたのか、平然とそれを眺めていた。
「とりあえず、カードにスキルを描き込めないかから実験してみたいねえ。アクションスキル発動体として魔封石があるわけだけど、アレは使い捨てで再利用もできないし、威力も性能も固定化されているしね。できればパッシブスキルをカード化できればなんて考えてみたけど、それはそれで発動方法の課題もあるだろうし……」
何かが決壊したのか、やけに饒舌に語り始めるロクトル。
ラディーネはそれを見ても平然としている。いや、これは平然というよりも無だ。……まさかアタック中もずっとこんな感じだったのか。
そんな躁鬱激しいロクトルの言動はさておいて、正式に龍世界への研究チームが発足した。
基本的には迷宮都市上層部主体で組織されたチームのため、その中に間借りさせてもらう形になる。
結局、ウチからの参加人員はラディーネ、ボーグ、キメラ、ロクトルとやはりお守り役兼護衛としてベレンヴァールが加わった。いつもだったらディルクも入れそうだが、今回は辞退だ。
向こうでの滞在は二ヶ月程度を想定しているらしいが、明確には決まっていない。クラン発足に間に合う頃には帰って来いとは言ったものの、守られる気もしない。
そもそも、惑星を渡って調査する必要があるのにそんな短期間なのかって感じだが、そこら辺は大丈夫らしい。向こうにも旧時代の宇宙船が多数残っていて、多少レストアすれば普通に動くのだとか。
……文明の発展具合を見れば、それこそ星の数ほどあったはずなのに、レストア可能なのが多数って時点で被害が窺えるな。
現在、第三章をまるまる収録した第三巻出版に向けたクラウドファンディング実施中!(*´∀`*)
今回を乗り越えればリブート完了。転章以降の書籍化に向けて動き出します。
関連情報はXという名のTwitterや準備サイト、活動報告あたりでリンクを漁るべし。
ちょっと前からカクヨムで移植を始めてますが、ここまで来るのはもう少し時間かかります。(*´∀`*)