第11話「多重交差」
今回の投稿は某所で開催した
【第6回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第4巻出版(*■∀■*)
「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたみわさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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新人戦。巷では新時代を担うスターが集まる当たり年と呼ばれ、一日目の時点で実際に数多くの大番狂わせが起きている今大会。
去年の新人戦も大概ではあるが、掟破りの対戦カードが波乱そのものだった前回と違い、盛り上がり方としてはこちらのほうが正当だろう。マッチングルールの変更もあり、より上位の冒険者が参加する事になったというのも盛り上がりの一因を担っている。
とはいえ、そのすべてが注目されているわけでもない。二日目の今日、一人で試合時間を待ち続けている男は、注目されていない側の新人選手だった。
「対戦レートがひどい事になっているみたいですな、騎士団長殿」
「お前、ギルウィス団長のチケット買ってやれよ。こうして激励に来てるくらいなんだから」
「当然買ったに決まってるだろ、応援チケット」
「百円じゃねーか」
「騎士団長殿じゃねーよ。何年前に辞めたと思ってやがる」
激励と称してやってきた二人を睨みつけたまま動かない老人。その眼光と威風に、見る人によってはどちらが新人か首を傾げるだろうが、この三人は同年代だ。
座っている老人は今から新人戦に挑む冒険者ギルウィス。激励の二人はすでに冒険者を引退したゲンジとフリッツである。
三人は、かつて迷宮都市とオーレンディア王国が争った……事になっている内戦の中心にいた人物だ。
「お前ら、こんなところまでわざわざ煽りに来たのか。おっさんが二人揃って暇人かよ」
老人一人におっさん二人。時間調整のせいかこの部屋には他に人影がないため、むさ苦しい事この上ない。
まるで男所帯の騎士団のようで、かつての苦い記憶が蘇ってきそうだ。
「いえ、フリッツと違って普通に激励ですよ。短い間とはいえ、ギルウィス団長とは同じ釜の飯を食った間柄ですし」
「俺だって同じく。そちらは俺たちが生きてる事すら知らなかったかもしれませんが。……その感じだと知ってたみたいですな」
「知ってたよ。情報は俺のところまで降りて来なかったが、独自に調べた。……調べて、色々嫌になったんだよ」
王国上層部に愛想をつかした。迷宮都市の異常性と理不尽さを見て距離をとった。そうして王国騎士団長と当主の座を投げ捨て、スラムに逃げたのだ。
どういう経緯か何故かここにいるが、本来はそこで終わった人間だったはずなのだ。
「こんなところまでわざわざっていうなら、むしろそっちの気がしますけどね。なんで今さら冒険者に?」
口当たりは若干柔らかいが、ゲンジの言う事のほうが辛辣だ。内容的には当人にも分かり切っている事なので今更だが。
「向いてねえからやめとけってか?」
「俺たち二人よりは向いてるんじゃないですかね? やめとけっていうのはその通りですが」
「何が言いたいのか分からねえな」
噛み合わない会話。どちらもそれが分かってて噛み合わせを直すつもりがない。
それは迷宮都市を忌避し続けた者と、迷宮都市にどっぷり浸かった上でリタイヤした者の差だ。おそらく、人として生きるならギリギリのラインで上手く抜け出せたという実感が二人にはあった。
「……まあ、こっちにも事情があんだよ。気まぐれとはいえ手塩にかけて育てた弟子にクソみてえな煽りを受けて、下手に噛み付いたらボロボロにされて何故かここにいる」
「なんですか、それ?」
「正直、俺にも良く分からん。上手くノせられたというか、手玉にとられたというか……一年前まであんな事ができるような器用さはなかったはずなんだが……。やっぱり、迷宮都市はおっかねえな」
迷宮都市というよりも、どちらかといえば渡辺綱と地獄の無限訓練、そして鮮血の城のせいなのだが、そんな事は知る由もない。もし詳細を知ったら、それはそれで色々な価値観が崩壊する可能性もある。
「というか、こっちに残った顔馴染みはお前らだけじゃねーだろ。他の奴らはどうしてるんだ?」
「そりゃ、引退してるの俺らだけですし。な?」
「追い出された奴は何人かいますけど、残ってるのは冒険者稼業で忙しいんじゃないんですかね。副業持ってる奴も多いし」
「さっき見かけたが、闘技場前で屋台出してる奴もいたな。売ってるのが何故かフォーだったから素通りしたけど」
嫌いというわけではないが、どうしても自分が死んだ戦争を想起させるのだ。
「まあ、生きてるならいい。応援に来てほしかったわけでもねえしな」
一部不穏な言葉があったものの、かつての顔なじみも概ね順当に生きているらしい。
まあ、それらについては気になるなら少し調べれば分かる話である。どういうわけか、自分の弟子の周りには何故かそういう事情通が多いらしい。
そして、ギルウィスとしては別にもっと気になる存在はいた。聞こうかどうか悩むが、これまでに得た断片的な情報がそれを躊躇わせる。
「ちなみに黄金剣の事なら、今は不在ですよ。海の向こうで一人奮闘してると、旦那さんから聞きました」
「……聞いちゃいたが、本当なのか」
そんな感じて迷っていたが、向こうから切り出してきた。
何が本当なのか、口に出している本人も良く分かっていないが、誰もそれを確認する気はなかった。
「歴史に名を残すような偉人以上に、ああはなりたくないなっていう代表ですな。尊敬はするけど実に憧れない」
「やめろ、フリッツ。それは俺たちの価値観だ」
「……どうせ試合まで暇なんだから聞かせてみろよ」
当時……いや、歴代の王国を通しても稀有な存在。抹消されてしまったが、女性で唯一の正騎士である……あった黄金剣ことメイゼル・フィルネーゼア。
圧倒的な強さを誇り、騙し討ちのように消えていったかつての部下の事を気にならないといえば嘘になる。
以前と同じように強く在ってほしいのか、それとも幸せになっててほしいのかについては自分でも良く分からない。
「騎士団長の良く知ってるメイゼル・フィルネーゼアは、今この会場にいる冒険者全員でかかっても倒せないくらいの怪物になりました」
どういった方向性だろうが、どうせ自分の常識から掛け離れた回答が返ってくるだろうと心構えをしていたが、さすがにその範疇を超えている。
「当時からすげえとは思ってたが、意味分かんねえ尺度の成長してんだな。迷宮都市の有力者の側室に収まったって聞いてたんだが」
「側室じゃないらしいですが、だいたい合ってます。相手は有力者というか、実質的なトップですけど」
「マジかよ」
意味不明さは置いておくにしても、心配する必要もなく、想像以上に順風満帆な生活を送っていたらしい。
元々、男に混ざって剣を振るうよりも幸せになる道はあるだろうと思っていたが、程度の問題こそあれ、どちらにおいても成功したようだ。
とはいえ、それを話す二人の表情は優れない。
「今でも会う度にあの件に関わった人間に対する恨み言を聞かされるんで、騎士団長殿もやべーかもしれません。意識保ったまま千分割とかされたりして」
「マジかよ……」
表情の優れない理由とはとても思えないが、それはそれで衝撃的だった。
二人の言っている強さが十分の一程度でも本当なら実現されそうで怖い。下手に当時の強さを知っているから、リアルに想像できてしまう。
「まあ、怒りの矛先は主に辺境伯なんで、大丈夫だとは思いますけど」
「むしろ、辺境伯はそれで良く生きてるな」
自分なら生きた心地がしないだろう。
当時を知る者としては、計らずも元凶となった辺境伯はいつ殺されても文句は言えない存在だ。なのに、この異常極まる街でトップに属し、この二人がこうまで言う力を得て尚、復讐に駆り立てられないのは何故か。
というか、当の辺境伯はどう考えているのか。それらの情報を彼が知らないはずはないのだ。今の彼がどうなっているか詳しくは知らないが、当時の主な情報源は彼だったのだから。
「当時の凛々しい辺境伯殿の面影はありませんな。年とってすっかり丸くなってしまって。……外見も」
「むしろ、当時と大差ねえお前らのほうが異常なんだよ。あれから何年経ったと思ってやがる」
「迷宮都市で……特に冒険者に関しては、外見は本当にガワみたいなもんなんで」
さきほど顔を見せた直後はなんの間違いかと思ったほどだ。自分は齢を重ねてこう変わってしまったが、二人とも外見上の変化がほとんどない。
当時の時点ですでにおっさんの域に片足突っ込んではいたのに、一切の老いは見られず、ほとんど全盛期のそれだ。
自分の常識で測るなら、コレで引退など有り得ない。ほとんど全盛期に近い状態で、すべてを投げ出した自分が言う事ではないだろうが。
「ウチの嫁さんも若々しくて可愛いままですよ」
「俺のワイフも負けてねえぞ」
別にその情報はいらない。すでに他界して久しいが、そこまで良くなかった妻との関係を思い出してしまう。
「それで、結局どうしてこんな対戦カードに? 今年から、少し挑戦者側が有利になるよう調整されたって聞いてたんですが」
「なんだよ。俺じゃ勝てねえって?」
「勝てるわきゃないですな。辛うじてオッズが成立しちゃいますが、贔屓目とかお世辞とか介在する余地もなく」
「はっきり言いやがって。……良く分かってんじゃねーか」
「そりゃ、そいつ応援チケットしか買ってませんしね」
「応援チケットがなんなのか知らんが、百円がどれくらいかは知っているぞ、フリッツ」
そう、勝てるはずがない。そんな事は分かっていて、対戦相手を選んだのだ。
それどころか、選択肢にあった誰が相手でも自分一人では勝負になどならない。迷宮都市の冒険者における下級と中級はそれほどまで隔絶している。
普通の新人のように三対一なら目もあっただろう、あるいは何人かいるように中級になるほど成長していれば話は違ったはずだ。しかし、デビューすら精一杯で、たった一人ではどう足掻いても紛れすら起きない。
ちなみに、百円の応援チケットは本当にただの応援だけであって、当たっても払い戻しすらない。オッズにも影響せず、人気の集計として使われるだけだ。有力冒険者が出場した際の応援チケットが、時々オークションに出品されたりするくらいの代物である。
「まったく、どうせ死なねえんだから、相手は強いほうがいいだろうが」
「相手が強い事に意味があると?」
「おう」
そう言い切る元オーレンディア騎士団長の目を見て、二人は微かな納得を感じていた。
なるほど、つまりこの人は根本から自分たちとは違う生き物で、本来迷宮都市が……ダンジョンマスターが求めている側の存在なのだと。
-2-
「おい、お前んとこの師匠さん、負けそうなんだが」
「そりゃそうだろうねとしか……」
関係者室から見下ろす舞台上では、絶対的に番狂わせが起き難い極めて固い試合が行われていた。
挑戦者側はフィロスの師匠らしい軽装の老剣士ギルウィス。対するのは銀の甲冑を纏う重装甲の騎士カルゾラッゾ。
さんざんセオリーを崩しているウチが言えた事じゃないが、一対一。しかも、相手側は人数に合わせた実力調整などされていないかのような本格派である。並の新人なら三人でも厳しい。変更された今年ならではの対戦カードでもあり、例年通りならマッチングすら成立しない。
「アレ、ガルディスのところの銀騎士だぞ。いくら騎士としての膨大な実績があるからって、新人冒険者の勝ち目なんかねえぞ」
無量の貌攻略戦で部隊長を頼んだ一人、黒騎士ガルディス。派手な見せ場や戦績はなかったとはいえ、あの絶望的な戦況の中で堅実かつ粘り強い部隊運用を見せてくれた。グレンさんが巻き起こした奇跡の立役者の一人と言っても、決して過言ではない。
彼がいなければ部隊どころか全体の損耗すら早かっただろうし、ひいてはあんな犠牲者ゼロなんて離れ技だって成立しなかったはずだ。いや、わずかな損耗すらギリギリもギリギリな状況じゃ、全滅していたっておかしくはなかった。
そんな彼のクラン< 黄金の意思 >はどこぞの聖闘士のように色で階級を区別する方式なのだが、今回の対戦者である銀騎士は黒騎士の上だ。黒騎士ですら中核メンバーしか使えないモノであるらしいのに更に上。ほとんど幹部みたいなもんである。
ちなみに最上位の幹部連中はやっぱり金騎士らしい。上位冒険者が軒並み簒奪されていた状況じゃ仕方ないが、ガルディスがクーゲルシュライバー内でどこいったと言っていた対象でもある。紹介写真で見ると超ド派手。
「そんな事は重々承知なんだよね。対戦カードは事前に出てるわけだし」
「まさか、なんか隠し玉があるとか? あの青い剣の能力とか」
「アレも結構な業物ではあるらしいけど、そんなモノはないよ。君の土蜘蛛なら分かるだろ?」
「そんな便利なモンじゃねーよ」
「あれ?」
そりゃ良く見りゃ脅威度なりなんかすごそうなのは分かるが、こんな遠距離から見てそんな事が分かるはずもないだろ。
土蜘蛛の場合、よほど注意深く意識しなければ詳細な情報は脳で処理されない。人間が視界に入るほとんどの情報を脳にはインプットしても、認識上は切り捨てているのと同じだ。
フィロスは時々自信満々でこうした読み間違いをする。
「一応解説すると、アレは一応ユニークアイテムで、銘は< 蒼剣ギルウィス >っていうらしい」
「師匠さんの名前じゃねーか」
自分の名前をそのままクラン名にする剣刃さんみたいな自己顕示欲か? 剣士ってそういうところがあるのかしら。
俺の左腕も似たようなもんかもしれないが、決して自己顕示欲ではないぞ。むしろ、名前を変えたい。
「祖先……オーレンディア王国勃興の時期に活躍した英雄が同じギルウィスで、その人が使ってた剣らしいね」
「あー」
出自的にはレーネの黒斧ローゼスタと同じか。あっちは直系でない上に一度断絶しているみたいだが。
「師匠が迷宮都市に来る時、実家に忍び込んでかっぱらって来たって言ってた」
「かっぱらって? 一応、自分の実家だろ?」
「だって、ウチの師匠は当主の座を放り出してスラムに引き籠もったわけで、元当主とはいえ家宝を渡したりはしないと思うよ」
「そりゃそうか」
対戦者データの詳細に付いてる事前インタビューを読んでみれば、『その辺の武器屋で買った』ってふてぶてしくコメントしてる。《 鑑定 》で詳細が分かる上、自分と同じ銘が付いててそんなわきゃねーだろって感じだが。
「迷宮都市基準じゃなければ十分以上に宝剣で、事実上のアーティファクトみたいなモノではあるらしいけど、つまり冒険者が使う得物としてはそこそこ程度でしかないって事でもあるね」
「って事は、むざむざやられに来たようなもんじゃねーか。記念出場でもあるまいし」
「ジェイルと組むか聞いたら断られるし、師匠的には何か意図があると思うんだけどね。まさか意地だけって事はないだろうけど」
正直、勝機があるとは思えない。俺が猫耳とやり合った時のように、格の違いはあってもクラスの性質で付け入る隙があるならともかく、あの銀騎士はそんなに甘い相手じゃない。せめてリリカがやったように、逆のパターンでも噛み合わせ次第っていうのはあるだろうけど、お互い前衛だ。
見た目だけなら、如何にも重そうな全身甲冑に対して速度で翻弄するなんて展開もありそうだが、おそらく速度差はない。あの甲冑やその防御力が上乗せされたHPに対して、ダメージが通るとも思えない。
見る限り、油断のようなものも見られない。辛うじて打ち合いになってこそいるものの、それは慎重に、執拗に試合を運んでいるからだ。ジワジワと追いつめている堅実な試合じゃ紛れなど起きそうもない。実力で真正面から圧倒されるだけの試合だ。
……それでも、見るべき点があるとすれば。
「剣の腕はすげえな」
ある程度強くなった今だから感じるが、間違いなく一級品だ。同じ剣を使う銀騎士カルゾラッゾのそれと比べても秀でているのは分かる。あの巨大な盾を潜り抜けて攻撃をヒットさせるだけでも至難の技なはずなのに、当たり前のように実現している。
ただ、それだけでどうにかなるようなものではない。ここまで能力差があったら、多少腕の差があったところでどうしようもない。
「……なるほど、ひょっとしたらそれが理由かな。こっちに来てから……いや、もっと前から錆びついてるって愚痴ってたし」
「錆落としが目的って事か?」
「僕も全盛期の師匠は知らないんだよね。歴代の騎士団長の中でも、伝説として名前が挙がるくらいではあったらしいんだけど」
それなら分からないでもないか。ようは決して死なない、死んでもリスクはないと分かっているからこその荒療治だ。
やり方は人それぞれだろうが、ベテランもいいところの達人なら持論だってあるだろう。それで、絶対に勝てないような相手に挑む事が必要と考えるなら、そうかもしれないなとは思う。
なかなかに狂っていて冒険者向きだ。
結局、長引きこそすれ試合は順当に銀騎士カルゾラッゾの勝利で終わった。
完勝と言っていい内容で、素人だろうが本職だろうがそう判断するだろう。HPだってほとんど削れていない。
……とはいえ、ほとんどであって削れてはいる。アレだけゴリゴリの重装甲タンクに対し、目に見える程度にはダメージを通したのだ。
「弟子としてはどうだったん? 今の試合」
「うーん、どうだろうね? なんて言っていいのか分からないな」
とはいえ、そういうフィロスの表情は少し楽しそうでもあった。
-3-
「まあ、師匠については今後に期待って事で」
「隠居生活に両足突っ込んでた人の今後って言われても」
「でも、これからが全盛期ってのが許されるのが迷宮都市だ」
「それはそうな」
良く知っている。
あの人についても、曲りなりにも短期間でトライアルは突破してるのだ。衰えた今でさえ並以上の実力はあるわけで、それなら冒険者として迎え入れるのが迷宮都市だ。
そして、冒険者になってある程度軌道に乗れば加齢による衰えなどハンデにはならない。還暦過ぎたロリババアの風俗嬢がいる街を舐めてはいけない。
「それで、もう一人のジェイルのほうはどんな感じなんだ?」
「それなりには仕上がってるし、とりあえず負ける心配はしていないよ。ただ、メンバーの二人が優秀過ぎるから、そっちで自信喪失しないか心配かもね。事前に訓練はしてるけど、本番とは違うし」
「あいつらも粗はあるぞ」
「それを加味してさ」
今回ジェイルと組む二人、サンゴロとサティナに関しては正直俺の立場から見ても出来過ぎな部類だと思っている。あの二人に限った話でなく、後発で中級昇格試験に受かった五人全員に言える事だが。難易度調整の目安になったらしい俺が言う事じゃないかもしれないが、あんなクソ試験に一発で通るのは尋常じゃない。
受験前までは色々言う連中も残っていたが、実力で捻じ伏せて、今では完全に沈黙しているくらいだ。あの動画を見て、運だけで実力が足りないなんて言う奴は白い目で見られるだろう。
パーティメンバー間で多少の差はあるにしても全員攻略に貢献しているから、メンバーに恵まれた云々の部分を突くのも難しい。あの中の誰かの代わりに自分がいても攻略できる、なんて自信家は鼻で笑われるだろう。それができるなら昇格試験で躓いているわけがないのだ。
その上で文句を言うなら、じゃあお前もやってみろという話になるわけで、下手に挑戦できる立場だと口に出し難い。
今回の試合にしても、あの二人がいればどうとでもなってしまうとは思う。なんせ、対人特化の初見殺しが満載だ。公開情報だけ見ても対策が追いつくとは思えない。警戒すべきモノが多過ぎる。
「なーにが、この勝利をパインたんに捧げるよ……足引っ張ってんじゃない」
いざ始まった試合を見て最初に口を開いたのは、フィロスから俺を挟んだ反対側にいる金髪ツインテールのニセツンデレさんだった。たまたま会場にいたところを見つけて連れて来たクラリスが、試合内容について悪態をついている。
実際、あまり褒められた内容でないのは確かだ。ウチの二人は問題なさそうなのに、一人だけ精細を欠いている。
「かなり緊張してるみたいだね。君にいいところを見せようとして空回ってるのかな……えーと、パインさん?」
「パインじゃないし。クラリスよ」
「……なんでパイン?」
「ウチのリーダーか、そこの部長に聞いて」
「そんな事を言われても、サラダネームとかいう悪習は俺が始めたわけじゃないし」
あくまで俺の名前がキッカケで始まったってだけの事だ。
フィロスも美弓やニンジンさんとは面識があるのであたりはついたらしく、追求してくる事はなかった。
「確か、ジェイルが懸想している子だよね? 本人に聞いてた感じ脈はないと思ってたんだけど、試合を見に来るくらいには興味あるんだ?」
「べ、別にあいつを見に来たわけじゃないしっ!? 普通、いきなり懸想とか言う!?」
「ご、ごめん?」
とは言うが、見つけた時はコソコソしてたし、エルフだらけの子たちは他に誰もいない。気になっているのは確かだろう。
しかし、俺は様式美的なツンデレムーブに突っ込みを入れるほど野暮ではないのだ。美弓だったら、『おひょー』とか鳴き声上げるだろうし、定番ネタが好きなユキさんあたりもニヤニヤしそうだが。
「まあまあ、そろそろ緊張が解けたのか動きにキレが出てきたぞ。クラリスも、見どころはここからだろ」
「部長はどっちの味方なの……」
別にどっちでもない。もっと言うなら、二人の関係がどうなってもそこまで気にならない。微笑ましいなと思うだけだ。
試合は開始から結構経っているが、実はほとんど戦況が動いていない。
おそらくは二人がジェイルをフォローしている分、展開が遅いのだろう。相手を舐めているように感じる人もいるだろうが、実力を分析した上での自信と思われる。まあ、それだけでなく俺からのオーダーのせいもあるのだろう。
だから、ここからが見どころと言ったのも嘘ではない。対象はジェイルだけでなく三人全員だが。
「あのサティナって子、何やってるの?」
「さあ?」
でも、何をするかの詳細は聞いていない。
パッと見では何かの儀式魔術。素では満足に発動できない魔術をブーストするためのモノ……だと思う。
色々見て理解できるようになった今だから分かるが、あいつの使う魔術はどうも古い。効率的でも難しい制御を必要とする魔術に寄っているのは、那由他さんの影響なのだろうか。同じスキルでも明らかに魔術構成が違うのは極めて玄人好みではある。
「試合前に俺が出したオーダーは、素人目にも分かり易く、玄人からも評価される派手な試合展開ってだけだしな」
「君、そんな事してたのかい?」
「明日のエキシビションで目安になるようにってな。もちろん、余裕があったらだが」
それを判断する技量はあると思うし、実際ジェイルのフォローを含めても余裕がありそうだ。
「あの対戦相手、事前インタビューで『あの中級昇格試験がフロックだって観衆の前に突き付けてやろう』って答えてるみたいだけど」
「それも関係ないとは言わない」
多分、本人たち的にはそっちのほうが重要だろう。そういう空気を読まないパフォーマンスのおかげで、罪悪感を抱かないで済むのはラッキーだ。
今頃、あちらさん的には、穴っぽい穴であるジェイルすら攻め切れない事に焦ってんじゃないかな。
そんな事を言っているウチに、サティナの儀式が完了した。
「……うわ」
舞台全体が半球状の水に覆われた。環境が制限された戦場は無限回廊第四十層を彷彿とさせるモノで、ベテラン冒険者とはいえ数々の制限を受けるに違いない。正直、多大な労力に見合う効果はないが、俺のオーダー的には正解。
とはいえ、もっと楽で効果的な手はあるというだけで、コレがもたらす優位性自体は絶大だ。当たり前だが大幅に動きが制限される上に、内部で無数に展開されている《 バブル・マイン 》が危険過ぎる。水の屈折を利用した視認のし難さもあって実に凶悪だ。
対戦相手は半ばパニックだが、ラディーネ謹製の球体酸素ボンベを持ち込んでいるらしい三人に動揺は見られない。もちろん反則ではないし、事前情報として公開されている以上卑怯でもない。
そこからの前衛役はジェイルだ。事前に訓練していたのか、水中でも《 ランス・チャージ 》の制御が効いていて、相手は連続しての直線攻撃に対応できていない。更に、サティナも更に追加の支援……と呼ぶには苛烈な遠隔攻撃を続ける。
そして……サンゴロを見失った。
「へえ……」
出来過ぎ、あるいはやり過ぎと言っても差し支えない展開が繰り広げられた。
舞台外であるここからでは丸分かりだが、おそらくサティナの《 ウォーター・スクリーン 》による屈折を利用し、完全に姿を晦ましてからの不意打ち。それで勝負が決まった。
ベレンヴァール直伝の《 絶孔穿 》で分厚いHPを貫通してからの《 リープスラッシュ 》が決定打。
あまりに出来過ぎた展開に、当の本人も唖然としているのが分かった。多分、やられた側も何をされたのか分かってないだろう。
「えーと、……新人戦で首飛ばしての勝利って過去にないんじゃない?」
クラリスの言うように、ルールとシステムに守られている新人戦で、まさかの首チョンパ死亡はちょっと劇的過ぎた。観客どころか解説も唖然としてるがな。
「なるほど、確かに劇的だ」
「いやいや、内容までは指定してねーから。……いや、まあいいか」
あそこまでやるとは思ってなかったが、十分以上にオーダーを果たしたのは間違いない。
エキシビションに出る四人のハードルは上がっただろうが、負けず嫌い揃いなあいつらならやる気も出ただろう。
「ククルー、過去の新人戦で前例は?」
「あるわけないじゃないですか。せいぜい重症を負ってのリタイヤくらいです」
奥のソファでテレビ観戦していたマネージャーに確認するが、調べるまでもなく前例がないとの事。
続けて、『あ、でも、首を飛ばされるだけなら昨日のゴブサーティワンさんも……』などと聞こえたが、アレはノーカンだろう。
なんか、コレだけで一躍有名人になりそうだな、サンゴロ。
ちなみに、新人戦でなければゼロブレイクルールでの斬首勝利は前例があるとの事。
-4-
「なんか、実力以上に評価されてる気がして気持ち悪ぃんだが」
翌日、観光区画浮遊島で行われるイベントの準備をしている最中、サンゴロはずっと同じ事を言っていた。
「案外、お前の《 ギャンブル運 》が作用してるんじゃね?」
サンゴロの保持スキルでらしいモノはそれしかない。土壇場で確率が絡む展開ではあったから、まるっきり無関係とも限らないだろう。
「今まではっきりと効果が出た事ねーし、さすがに別枠じゃねーかな」
「じゃあ、実力だろ」
「マジで言ってんのか? 大将」
「ああ」
アレが起きた要因のほとんどは実力だろう。運の他にも、短剣としても鎌としても使える< ミネルヴァ >の形状が特殊って要因はあるが、それを偶然と言い張る奴はさすがにいない。
人の首が飛ぶ瞬間という日本なら発禁モノの映像でも、倫理観の吹き飛んでいる迷宮都市では特に問題にならない。しどろもどろなサンゴロのインタビューと合わせ、昨日から今日にかけて何度映像を見る羽目になったか。
龍世界交流団や一〇〇層攻略直後という時期でなければもっと騒がれてたかもしれない。
「今日試合だってのに、玄龍がしつこく模擬戦に誘ってきやがるし……騒ぎ過ぎだろ」
「ニュースとかで騒がれてるのは珍しいって側面も強いから、しばらくすれば落ち着くんじゃねーかな。エキシビションに出る四人もアレ見て対抗心燃やしてるから、派手な事してくれそうだし。ウチとしては大歓迎」
「それならいいんだが。……ベレンに期待するか」
目立ちたいのはベレンヴァールよりも他の三人だと思うぞ。まあ、あいつも普通に戦うだけでも結構派手だから、似たようなもんか。
「というか、お前にはインタビュー来るのな。俺たちが話題になった時は、ユキやサージェスばっかり取材受けてたのに」
「そりゃ……大将が怖えんじゃねーかな」
「解せぬ」
そんなに目立ちたい願望はないとはいえ、取材が来たら丁寧に対応する気満々だったのに。興味ないフリをしつつ、脳内シミュレーションもしてたんだぞ。
「まあ、無名の新人が珍しい記録を上げましたってだけで、話題としては一過性のもんだろ」
「ここから先は実力が伴わなけりゃ騒がれないって?」
「そりゃそうだが、世間の騒ぎはともかく、冒険者は……特に玄龍とかは実力なしに評価したりはしないんじゃねーか?」
「あいつそういうのに厳しいしな」
だいたい、玄龍の場合は模擬戦とはいえまったく同じ事をされているのだから過大評価はないだろう。
実際、あの《 絶孔穿 》から《 リープスラッシュ 》の連携は強力だ。サンゴロがスキル連携に慣れていないから不発に終わる事が多いとはいえ、それはこれからいくらでも改善の余地があるしな。
あのコンボの怖さは首刈りによる一撃必殺だけじゃない。何か連携が成立するスキルがあれば、HPを無視できるという利便性は多くの局面を打開する強力な手段となるだろう。クリティカル狙いと違い、ある程度確実性があるというのも大きい。
対策は色々あるが、初見殺しには違いないし、逆にそれがあると知っていれば牽制として作用するはずだ。
尚、やったサンゴロがこうして騒がれているという事は、やられた方も似たような事になっているわけで、試合前に発表された意気込みと共に色々と炎上してしまっている。ゼロブレイクなのに死んでレベルダウンした事も含めて散々だ。
「そろそろ出るか……今日、大将は例の浮遊島担当だろ?」
「ああ、空龍たちはエキシビションに出るしな」
観光区画の浮遊島では、新人戦の一日目、二日目も龍世界交流団に向けた新人戦の観戦イベントを行っていて、主に龍人の三人が担当していたのだが、エキシビションマッチがある三日目の今日は代役が必要になる。というわけで、イベンターとして俺が行く事になったのだ。
本日、ウチのメンバーは浮遊島のイベント担当と、闘技場でエキシビション出場&応援で分かれる事になる。
「なんかこの島、お前の巣みたいになってんな」
「根本的に行ける場所が少ないからな」
といわけで、期間限定ではあるが交流団向けの仮施設になっている観光区画の浮遊島までやって来ると、界龍の巨体に出迎えられた。
交流団の参加メンバーは基本的に図体が小さい者が選抜されているため、他の龍はそれなりに迷宮都市で遊んだりしているわけだが、界龍はだいたいここにいる。仕方ないといえば仕方ないが、相手側の代表への扱いとしては大問題だろう。
新人戦の間、ここで行われるイベントは、そういう問題への対処も兼ねていたりする。
「おっ、渡辺綱じゃーん。久しぶりー、金貸してー」
「寄るな、駄龍」
すっかり堕落してしまった龍の一匹が唐突に絡んでくるが、界龍の尻尾で薙ぎ払われた。
会場を見れば新人戦のオッズが表示された巨大モニターの前に陣取り、あーでもないこーでもないと予想をする龍の群れ。
「……なんというか、お前ら染まり過ぎだろ」
「面目ない」
本当にそれでいいのかって感じではあるのだが、定期報告で皇龍は特に問題視していないと聞いている。
まあ、皇龍としても戦力にさえなれば問題ないのかもしれない。そちらに影響が出るなら怒られるかもしれんが。
とはいえ、染まって堕落した龍の醜態を間近で見せつけられる代表……界龍と空龍に関してはたまったものじゃないだろう。普通に身内の恥だし。
「ところで、さっき駄龍って呼んでたけど、まさか名前じゃないよな?」
「そのまさかだ。先日、あの穀潰しの名は駄龍となった。発音は同じだが、堕落から名付けられた堕龍もいるぞ」
……マジかよ。
そうして、特別会場でエキシビションマッチ向けの設営をしている内に新人戦の三日目が終了した。もう夕方である。
準備もあってあまり集中して見る事はできなかったが、概ね波乱のない内容ばかりが続いていたように見える。とりあえず、話題性に関しては昨日のアレを上回るモノはないだろう。
とはいえ、終わったのはあくまで新人戦。今年はこのままエキシビションマッチに突入し、ナイター環境に派手な演出を加えた後夜祭的なモノが繰り広げられるらしい。
目の前の巨大スクリーンには新人戦に出場した者たちが閉会式に参加している姿が写っていて、その画面前では派遣されたギルド職員によって各種賞の解説が行われていた。
エキシビションに参加する予定の龍は闘技場側でスタンバっているわけだが、それを除いてもこちらの会場の密度が濃い。龍の巨体によるところも大きいが、体の構造がバリエーションに富んでいて視界がうるさいのも大きいだろう。一番の原因は度を超えてでかい界龍だが。
『エキシビションマッチ第一試合! 異世界の魔人ベレンヴァール・イグムートに対し、迷宮都市側から名乗りを上げたのは上級冒険者の……』
画面越しでも伝わってくる闘技場の熱狂。なんだか良く分からないウチにあいつもファンを獲得していたのか、あるいは適当に騒いでるかは分からないが、演出の派手さもあって新人戦本戦より盛り上がっている。
その様子に何か既視感を覚えると思ったらプロレスだ。闘技場は拳闘士ギルドの管理だから、その手の演出は得意なのだろう。
「いやはや、この目で見ても信じられないなぁ。これが無限回廊探索者の扱いとか。あのベレンがねえ」
画面に映る親友の姿を見て、半ば呆然としているのは未だ取り調べで拘留中のはずのロクトルだ。
色んな意味で目の離せない奴ではあるが、ベレンヴァールが出場する事だしとダンマスに頼んで招待してここにいる。
「そっちの世界の探索者とこっちの冒険者は別物って事だろ」
「聞いてはいたけど、こうして実際に見るとね。しかも、渦中にいるのがよく見知っている親友だ」
この街では、外部の者が成り上がれるほぼ唯一の手段だ。過酷で苛烈で才能必須かつ運も必要な職業ではあるが、ベレンヴァールくらい強ければすでにヒーローみたいなものである。
「好き好んで探索者に志願した私が言うのもなんだが、あっちはロクな待遇じゃないからね。まあ、勇者ベレンヴァールにはこっちのほうが合っているよ」
「立場としてはあんたも似たようなもんなんだが。かなり強いんだろ?」
ベレンヴァールほどではないって話だったが、それでも無限回廊の踏破層は俺より深い。世界による環境の違いはあれど、それをソロで成し遂げているのだから、間違っても弱いなんて事はない。
「あんな風に目立つのは好まないけど、それなりにね。とはいえ、煩わしいアレコレは遥かに少なそうだし、私もこっちが合ってそうだ」
ほぼすべての探索者が犯罪者じゃ、色々制限も多いだろうからな。管理だって厳しいだろう。
「冒険者やるなら半強制的にウチでやる事になるわけだが、それについても? ダンマスがキレてたあの時ならともかく、今なら単に研究者って道も提示できなくはないと思うが」
「全然問題ないよ。ベレンもいるし、君のところは実に私向きだ。ラディーネ女史から話を聞いてそう判断している。なんか理不尽に怒られたけど、話せば分かってくれる人だった」
そう、ロクトルは一部とはいえウチのメンバーとすでに顔合わせしている。
単にメンバーとして受け入れるための準備というわけではない。どちらかといえば人格調査が主な目的だ。能力は間違いないと分かっているものの、問題がある……程度ならウチにいくらでもいるから構わないにしても、根本的に合う合わないは存在するからだ。
たとえば、新人戦一日目にも出場していたカガルザルカなどは、致命的なまでにウチと合わない。というか、あの孤高主義は多分パーティーを組むのですら苦労するだろう。
そんなわけで個別面談を繰り返しているわけだが、誰に聞いても第一声は……『危険人物だ』となるとさすがの俺でも不安を抱かざるを得ない。
それを置いてもウチ入りはほぼ確定なわけだが。
「ぬわーっ!! 何やっとるかぁっ!」
会場ではエキシビジョンマッチの試合観戦で龍たちが白熱している。白熱しているのが果たして龍への応援なのか、自分の賭けた相手への応援なのかは良く分からないし、あんまり分かりたくない。なんで同朋が出ている試合なのに、こうもオッズがバラけているのか。
初めて触れる以上、新人戦の一般的な賭け試合やカジノなどの複雑なルールは面倒だろうと、この場の賭けは極めて単純な勝敗のみで行われている。
勝てば自分の小遣いとして懐に入り、負ければ異世界交流用の資金として還元、手数料も取っていない極めて優しいギャンブルだ。運営資金全体で見れば誤差程度の額とはいえ、ほとんど迷宮都市側の持ち出しである。
しかし、ここしばらくの滞在によってある意味堕落し、染まってしまった龍たちは自分の小遣いを増やそうと必死である。カジノよりレートがいいから絶対に見逃せない、そんなイベントとなっているのだ。
「ば、馬鹿なぁっ!?」
さっから聞こえてくるのが界龍のでかい声というのが不安を駆り立てて仕方ないが、イベント自体は大盛り上がりだ。
自分たちの同朋が出場しなくても盛り上がった気はするものの、多分それも関係しているだろう。
「ロクトルも賭けるか? ウチの四人の試合はそろそろ終わりそうだが、龍と冒険者の試合で」
「持たせるのが不安だからって言われて、金はないけど?」
「ただの予想だよ。公表されているデータを渡すから、それで予想するだけだ。結果によっては俺が賞金出してもいいぞ」
「それなら適当にやってみるかね」
やる気があるのかないのか良く分からない反応だが、俺が印刷したデータを渡すと、無言かつ高速で読み漁り始めた。
……文字が書いてあればなんでもいいビブリオマニアみたいに、情報の類を渡したらこうなる奴なんだろうか。
しかし、データを見る目は真剣ではあっても、情熱とかそういう感情がまったく見えない。掴み難い奴だ。
「ん、じゃあ、こんな感じで」
「あ、ああ」
しばらくして、試合が終わりそうなあたりで予想票を差し出してきた。俺としては空龍の出場している第四試合の展開が気になって仕方ないのだが、パッと見る限りある程度無難な予想に見える。
「ぐあああああっ!!」
見ているだけなのに界龍の絶叫が響く。その原因は実況を見れば一目瞭然だが、ようするに空龍が負けたのだ。
確かに負けてもおかしくない相手ではあったが、今のところウチの全勝だから、自分も良いところ見せようと張り切り過ぎたんだろうな。
残念ながら、新人戦を含めて全勝とはいかなかったか、残念。
「あれ?」
しばらく、姉の沽券が……とか落ち込む事になりそうだなと思っていつつロクトルの予想表を見たら、そこには空龍の試合予想も書かれていたのに気付く。……予想は空龍の敗北だ。
「ああ、まだ試合終わってなかったし、一応ね」
……何を基準にコレを予想して当てた? 下馬評を見ても、本人の実力を知っている俺でも、相当な番狂わせだぞ。渡されたタイミングからでもどうにかする目はいくらでもあったはずだ。
しかし、俺が戦慄するのはそれからだった。その後の試合でもロクトルの予想が尽く的中。空龍の番狂わせほどでないせよ、硬いと言われた試合が引っくり返るのすら当てている。
「ロクトルさん、競馬とか興味ないっスか?」
「な、なんだね、その口調は、急に。やれと言われればやるが、あんまり興味はないなあ」
だってこんなん見せられたら、荒稼ぎしたくなっちゃう。
結局、ロクトルは試合予想をすべて的中させ、途中から近くで覗き込んでいた駄龍の嫉妬を買っていた。
「というか、なんで駄龍がここに? 最初はモニター前に陣取ってたような……」
「金がなくなった」
とんでもなく切実な理由だった。すでに借金を抱えているのに追加で金を借りて、それすらも溶かしたのだとか。
そこまで負けても、明日からもなんとか資金調達してカジノに行く気らしい。
「そこまで染まると、罪悪感が芽生えるんだが」
「渡辺綱が気にする事じゃねーし。個人的にはいい影響だと思うぞ」
自分のその有様を鑑みてもそう言えるのか。すげえな、駄龍。
「特に界龍の兄者は感謝してるはずだ。先日起きたっていう特異点の事は記憶もないし何が何やら分からんが、お前や迷宮都市の面々が英雄なのは誰も疑ってない。だから、そう深く考えず、目の前の事に一喜一憂してバカになってもいいんじゃないか?」
「…………」
思わぬところから思わぬ言葉が飛んできて困惑する。バカのように見えて、物事を深く理解しているというのか。
「そう、深く考えず、オレに金貸し……融資してくれ! 倍にして返すからっ!」
「帰れ」
「そっちの黒いのでもいいから」
「私は金を持ってないぞ」
やっぱり何考えているのかさっぱり分からなくなった。なんだ、こいつ。
……なんか、他の勝ってそうな龍にも金の無心しに行ってるし。
「しかし、なかなか面白い催しだった。色々価値観を揺さぶられるのは実に好ましい」
「あの駄龍も良く分からんが、あんたもなかなか掴みどころがないな」
「変人扱い程度ならともかく、一緒にしないでくれたまえ」
アレと一緒扱いされるのはさすがに嫌なのか。どこに基準を置いているんだ。
『躁鬱の気が強いように感じる。ワタシも似たようなモノだが、アレは相当だ。だから、余計に性格が掴み難いんだろうね』
『ラディーネから見て、ウチに合うと思うか?』
『むしろ、ウチ以外だと実力は発揮できないだろうね。他だとあっという間にやる気が半減していつの間にかいなくなってそうだ。……とはいえ、多分アレは……迷宮都市で最も巨大な目標を持つ君にとっても貴重な人材だろう。喜んで付き合ってくれるさ』
『取り扱い注意な点を飲み込んでも重要か。……まあ、分からんでもないが』
『気まぐれで、容易に注目が目移りする輩を制御できるかどうか、クランマスターの腕の見せ所だな』
そんな、ラディーネの評を思い出して不安になる。
明確な大目標……たとえばベレンヴァールが固執している無量の貌、それよりも巨大な唯一の悪意っていう分かり易い目標がある以上、興味は引き易いだろうが、短期的に興味を惹くモノを提示できるかどうか。金や環境、立場なんかに一切興味なさそうだし。
だいたい、あんな超常の化け物共に興味を持つかどうかも、こちらの勝手な思い込みだ。ベレンヴァールがいるから、最低限それに付き合うんじゃないかって予想しているだけである。
「そういえば、クラン入りするに当たって、何か要望とかあるか?」
なので、機会としてちょうどいいし、直接聞いてみる事にした。裏でダンマスが絡んでいる以上、大抵のモノなら用意できると踏んでいたのもある。
「実は一つ要望があってね。ちょうどいいから聞いておこうと思っていたんだ」
「直接聞くって事は俺絡みか?」
「いいや、関係あるのは間違いないけど、直接的ってほどじゃない。ただ、杵築新吾が君の許可をとった上で判断を仰げってね」
なんだ、予想がつかない。
「今後、因果の虜囚とやらとやり合っていくに当たって、その本質に触れておきたい。なので、龍世界に残っているという悪意の爪痕の調査に同行させて欲しいんだ」
こいつは思っていた以上に掴み難く、思っていた以上に俺の目的に合致する人材なのかもしれない。
なお、駄龍は翌日も負けました。(*´∀`*)
次回は人類は敗北したらしいの続きよ。
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