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第10話「中級病」

今回の投稿は某所で開催した

【第6回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第4巻出版(*■∀■*)

「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いた松秋さんへのリターンとなります。(*´∀`*)




-1-




 中級という肩書きは冒険者として一つの区切りだ。迷宮都市の外と比べれば雲泥の差とはいえ安定性に欠ける下級時代とは違い、その肩書きは迷宮都市内でも十分に通用する。安定した生活、十分な報酬、家庭を持つ者もそれなりに生まれ、そこを一つのゴールとする者も多い。自由になる時間の多い職業故に、金銭的な余裕ができて選択肢も広がり、次の人生を探し始めるのだ。

 冒険者としての活動が半ば強制される下級とは異なり、条件付きでも引退が許されるのは、迷宮都市側でも具体的な将来の選択肢として提示しているという事でもあるのだから。実際、引退までいかずとも活動時間の減少が顕著になる。

 そしてそれは個人だけの問題に留まらず、一人の方針変更が口火となってパーティ解散に至るケースも多い。クランに所属しているなら再編成という手段もとれるが、メンバーの代えが効き難い固定パーティでやってきた場合は、死活問題になりかねない爆弾だ。

 影響が明白であるが故に結論を出さず引き伸ばしにする者も多いが、そんなモチベーションで活動を続ける事は多くの問題を孕んでいる。死なないとはいえ事故はあるし、精神的なダメージ、財産ともいえる装備を失う可能性だってあるのだから。あるいは、それが引退の契機となるかもしれない。

 実際問題、才能と意欲のどちらもが伴っていないと更に上を目指すのは難しい。ふるいをかける冒険者の基盤構造は半ば意図的に作り出したものでもあるから、制度的な改善も見込みが薄い。明言されているわけではないが、当事者である冒険者もその構造には気付いている。

 これは中級昇格直後だけの問題ではない。そこから先はどこまでいっても付き纏う問題であり、自分たちの限界を見極める冒険者の命題でもあるのだ。


 もちろん、ほとんどの冒険者は足掻く。そこが限界だと諦めてすっぱり引退する者など極少数で、それは引退届の提出数が物語っている。集計に見られるアクティブ冒険者数の数が体感よりも多いのは、活動回数が減ろうともしがみつき続ける者が多いからだ。

 たとえ生活が安定しようとも、そんな待遇だけを目的に続けている者はそもそも中級に上がる事さえ難しい。何かしらの欲求を糧にここまで来た者が華やかな活躍をする上級冒険者の姿を見て、ここが自分の限界なのだと諦められるはずはないのだ。

 先にあるのが終わりのない地獄のような道だとしても、彼らは苦悩し、足掻き、打開の手段を探り、未来の自分に希望を繋げようとする。

 先達……特にアーク・セイバーの活躍によって、ある程度の舗装路が引かれているのも原因の一つだ。攻略情報そのものでなくとも、ある程度道筋が分かっていれば対策も立て易いし心が折れ難い。ある意味功罪ともいえるだろう。

 そうして自覚のない妥協が始まり、長い停滞期間が訪れるのもお約束だ。ひたすら続く閉塞感は中級冒険者共通の悩みである。


 Cランクに昇格後、天井を感じつつあった一人の冒険者。ニムロという名の男もその苦悩の中にある一人だった。

 湯水のように巨額の装備やアイテムを扱い、ダンジョンアタックによってそれ以上の稼ぎを得る。生活費など誤差でしかないようなCランク冒険者で、一般的に成功者に分類されるが、そこで満足できるようならここまで来ていない。

 長らく無限回廊の踏破層は更新できていないが、固定パーティの誰もが引退など口にする事はなく、むしろ訓練や活動実績は増えている。それはむしろこれだけやっているのだからまだ上を目指せる、今はその準備期間なのだと自分に言い訳をしているようでもあった。


 ニムロが新人戦に名乗りを挙げたのは気まぐれによるところも大きいが、そんな空気を変えたかったという考えも少なからず存在している。

 すでに名が知られ、耳聡い冒険者の間では< とにかく良く分からない異常存在 >として認識されつつある渡辺綱。その彼が立ち上げるというクランの所属予定メンバーが新人戦に出るなら、その良く分からなさがきっかけになるかもしれないと。

 また、本人に近づくのは怖いが、間接的なら大丈夫かもという保身もあった。

 希望は出していたものの、対戦カードが決まったのは偶然。しかし、その対戦相手のプロフィールを見るだけで意味不明さが伝わってくる。

 なんと、三人……いや、三匹と言ったほうがいいメンバー表はすべてパンダだ。その時点で意味が分からないのに、奴らは全員がすでに中級昇格を果たしているのだという。

 もちろん、そんな目立つ存在を知らなかったわけじゃないが、いざこうして関わる事になると、あからさまな非現実が異様な現実感を伴って迫ってくるという謎の感覚に襲われる。比較的常識的な冒険者として経験を積んで来たニムロだからこそ、脳が理解を拒みそうだった。

 いや、今は非常識な何かを求めているのだから、これはむしろ僥倖と考えるべきだろう。そういう事にした。大人の妥協である。


 従来であれば、人数差があるとしても新人戦の被挑戦側と挑戦側の戦力差は隔絶しているものだが、このカードに関していえばそんな常識は通用しない。

 過去に例がなかったわけではないが、新人戦参加資格を持つ期間の間に中級冒険者へと到達しているのはかなり稀なケースだ。しかも、それがチーム全員ともなれば相当にレアだろう。パンダという時点でそんなレア度などぶっちぎっている気もするが、今更である。

 つまり、いくらCランク冒険者のニムロといえども油断などできない。渡辺綱とその周囲の噂を話半分でも信じるならば、公開情報よりも更にパワーアップしていてもおかしくはない。きっと、ハードな戦いになる事だろう。

 幸い、相手チームの構成はタンク兼物理アタッカー、魔術アタッカー、サポーターというありふれた構成だ。過去の経験にも似たような戦いはあったし、セオリーを活かせるはずだ。

 試合までに可能な限り情報を調べ上げ、対策を練る。パンダ冒険者自体が彼らしかいないので限界はあるが、近いシチュエーションでの模擬戦も多く行った。

 そのかいもあって対策はおおよそ固まった。

 おそらく試合開始直後が鍵になる。狙うのはミカエルという名の魔術士パンダだ。動画を見る限り、予想がつかない行動をしてくる事が多いのもミカエルであり、脱落……まではいかずとも大ダメージを与え、行動を阻害するだけでもその後の展開が楽になるはずだ。

 特に、ミカエルがヒーラーも兼任しているというのが大きい。アレクサンダーの立ち回りに気をつけるとしても、新人戦に持ち込める消費アイテムの数は有限だ。最悪、持ち込みアイテムを消耗させるだけでも構わない。

 新人として生意気に見える装備も、改造品は多くとも特殊な効果を持つ物は少ないようだし、戦況を変え得るほどの強力なものは存在しない。

 試合展開のイメージが明確になってくる。考えれば考えるほど序盤が鍵だ。逆に考えれば、そこを乗り切ればなんとかなる。

 対モンスター、対人問わず、ここまで真剣に対策を立てた事などいつぶりか。情報分析をはじめ、模擬戦相手の手配など多大に世話にはなったが、いつもパーティの参謀役に頼り切りなのが良く分かる。これも改善すべき問題点なんだろうなと自覚した。

 少し考えれば分かる事なのに、多くの反省点が見えなくなっていた。それだけでも、今回の挑戦は意義があったといえるだろう。

 ……そう、試合に意義を見出している以上、むしろ俺は挑戦者だ。あのパンダたちを迎え撃つのではなく、こちらから向かい倒す事でステップアップできるはずだ。




 新人戦一日目。選手が舞台に上がり、あとは試合開始のブザーを待つだけ。

 その段階に至り、ニムロは微細な違和感を感じていた。この期に及んで何を考えているのか。今となってはただ全力を尽くすのみだというのに。

 しかし、どうしても気になって仕方ない。目の前にいるパンダ三匹の姿が、動画で繰り返し見たそれと微妙に違うような気がするのだ。

 一体何が違うというのか。最後の動画から数ヶ月とはいえ、渡辺綱の縁者なら違和感を持つほどに成長するとでも?

 いや違う。成長はしているだろうが、こちらも相当に成長予想に上乗せしてきている。ならば一体何が……一番前に立つパーティリーダーのマイケルが、異様に自信満々に見えるのは何故だ。

 俺の勘違いなのか。それほどまでに、この試合に対して不安を抱いているというのか。

 くそっ、パンダの表情や所作なんて区別がつくか。なんでこいつらはパンダなんだ。そもそも、なんで俺はパンダと戦う事になっているんだ。

 今更過ぎる考えがグルグルと脳内を巡るが、こんな状態で試合を始めるわけにはいかない。序盤が鍵なのに、そこを失敗したら取り返しがつかない。

 深呼吸を一つ。長い冒険者歴の中で得た経験を総動員して、緊張を緩和する。


 そうだ。今は目の前の奴らだけ見るんだ。余計な事は考えず、挑戦者としてぶつかるのみ!


 試合開始のブザーが鳴った。ただでさえ大きかった歓声が爆発し、闘技場を揺らす。そんな中、ニムロは極限の集中状態に入り、奇襲に入る。

 ……音が消えた。すべてではなく、余計なモノだけをシャットアウトできている良い集中状態だ。

 対峙する相手の視線誘導。《 ミスディレクション・フットワーク 》というパッシブスキルを得手とするニムロの、必勝にも近い対人戦術が始まった。

 スキル自体は公開情報のため、あちらも警戒はしていたはずだ。しかし、迷宮都市全体で見ても保持者の少ないこのスキルは、直接対峙した経験がなければ即応は不可能に近い。

 だから、こうしてキテレツな魔術士装備を身に纏うミカエルへの接近を許すのも仕方ない事と言えるだろう。

 前衛のタンクを完全無視し、守られるべきパーティの要へと一足飛びで剣を突きつける凶悪な奇襲攻撃。

 コレはそういうモノなのだから、お前らは未熟ではない。むしろCランク相手に対人戦の切り札を使う事を躊躇わせなかった事を誇るべきだ。

 そうだ。奴らはこれを反省として上へと行くだろう。俺もこの経験を糧に上へと行くっ!


「っらぁあああっ!!」

―――Action Skill《 トリック・ライン 》―


 決まった。《 ミスディレクション・フットワーク 》で視線誘導された上、至近距離で認識誘導を起こす剣閃から逃れる術はヤツにはない。

 多少なら格上の前衛だろうが問答無用で押し通す初見殺しだ。いくら事前に情報を得たとしても、前衛ですらない魔術士には対応不可能。


「がうっ!!」

―――Action Skill《 パンダ・ディザーム 》―


「は?」


 勝利……いや、そこまではいかずとも、戦況が大きく傾く確信に至ったその瞬間、現実が揺れた。俺が描いていた戦局推移は一瞬にして妄想と化し、理不尽にしか見えない結果が叩きつけられる。

 馬鹿な。何故、俺の剣が止められている。そんな前情報はなかったはずだ。確かにその謎スキルの名はあったが、それは前衛の……そう、マイケルのもので……。

 剣が受け止められてからのわずかな時間で回答へと辿り着いたのは、経験によって磨き上げられた判断能力の賜物だったが、そのわずかな時間が命運を分けた。

 まともな相手ならこんなミスは些細なものと割り切れる。奇襲が成立しなかっただけで、いくらでもとる手はある。それくらいの力量差はあったはずなのだ。しかし、このパンダたちはまともではない。そもそもパンダが冒険者をやっている、なんて非常識が些細と思える程度には非常識な存在なのだから。


 ―――Action Magic《 ツインパンダ・ファイア~仲良しパンダ~ 》―


「ぐあああああっ!!」


 すべてを理解した直後、背後から襲いかかる炎。燃え盛るパンダ二匹が絡み合う謎の炎弾が着弾後も暴れ回り、継続的なダメージと行動阻害を突きつけられる。それはまるで、試合開始直後から用意してましたと言わんばかりに迷いのない一撃。

 視界を覆う炎の向こうにいるのは、やたら自信過剰に見えたマイケル……の格好をしたパンダ、おそらくミカエル。

 なんだこれは。何故、俺はこんなバカな手に引っ掛かっている!? ありえない。ありえないありえないっ!!


 ―――Action Skill《 ヘヴィウエイト・チャージ 》―


 大混乱の中、必死に立ち直しを計る前に追撃があった。

 重量によって威力とノックバックに補正を受ける突進スキルが、無駄に思えるほどに荷物を抱えたパンダから放たれる。アイテムに持ち込み制限のかかる新人戦においてその風貌は異様。確実にデッドストックになる事は分かるはずなのに、事前の注意から漏れていた事に気付く。


「くそっ!? なんでお前はそのままなんだよっ!」


 執拗に纏わり付いてくる炎はそのままに吹き飛ばされつつ、悪態をつく。その時に見たアレクサンダーの表情は『え、そんな事言われても……』と言っているようでもあった。

 切り替えろ。相手が一枚上手だった……いや、俺が一枚下だったと認めろ。そうでなければ、この試合は一瞬で壊れる。

 奇襲が成立せず、プランがすべて潰されたのは仕方ない。こんなアホな戦術に引っ掛かったアホという事実を誤魔化すつもりもない。

 そうだ、どこかで格下と舐めていたと認めざるを得ない。しかし、このまま負けるわけにもいかない。Cランクまで到達した先達として意地がある。


「負けて……たまるかっ!! クソパンダどもっ!!」

「がぁぁああああうぅうううっ!!」


 人には理解できない指示を飛ばしつつ、吹き飛ばされたニムロに迫るマイケル。格好はそのままでもフォーメーションを元に戻したパンダたち。

 想定外にもほどがあるものの、まだ試合は終わっていない。




-2-




「なんで、あんな作戦が成功してるんだ?」


 準VIPルームである関係者席。そのガラス越しの観戦スポットから舞台を見下ろしつつ、俺は少々困惑していた。

 見分けが付かないパンダ、しかもマイケルとミカエルに至ってはクローンという事を利用した入れ替わり戦法。事前にそういう作戦である事は知っていたし、説明も受けていたが、正直通用するとは思ってなかった。作戦を止めなかったのは、失敗しても致命的とまではいかないし、最悪負けたとしてもいい経験だろうと思っていたためだ。

 少し離れたところの大型モニターで観戦しているウチの連中も何人かは首を傾げている。それくらい意味不明な戦況推移なのだ。


「渡辺さーん、このお高いピザ頼んでもいいですか」

「自分で払うならお好きにどうぞ」

「そんな殺生なー」


 そんな疑問すら抱いてなさそうな、それどころか試合中継すら見てなさそうな水凪さんがルームサービスのピザを頼もうとしているが、好き勝手にあなたに注文させるほうが殺生だと思います。

 いや、なんか変なノイズになってしまったが、結局ピザを頼んでいる水凪さんについては直接関係ない。今はパンダの戦術の話だ。


 普通なら絶対にハマらないだろう杜撰な入れ替わり戦術。しかし、蓋を開けてみれば、おそらくこの上ないレベルでハマった。決着こそついていないものの、試合はほぼ決まりに近いといえる。

 むしろ、アレで終わりになっていないのがCランクの底力といったところか。あんなのに騙されている以上、さすがと言っていいのかは判断に困るが。


「典型的な中級病ってやつね。身に覚えがあり過ぎて困るわ」


 隣で見ていたアーシャさんのつぶやきは俺に対するモノであると同時に、自身に対するモノでもあるように聞こえる。


「……中級病」


 中二病なら心当たりはあるが。


「看破の習慣が抜けてるのよ。下級時代はそんな事なかったでしょうけど、繰り返しの狩りで慣れたフロア、見慣れたモンスター、飽きるほど戦った相手の情報なんて今更って感じで効率を優先する。特に戦闘開始直後に速い行動が求められる前衛に多いのよね」


 そう、いくらパンダの見分けができなくとも、あの戦術は事前に《 看破 》するだけで簡単に破綻する。いくら事前に情報確認できるからといって、初めて対峙する相手に対してそんな事は有り得るだろうかと思っていた。

 いや、試合開始直後に少しでも速く動こうと余計な行動を省略する意図は分かるが、それなら試合開始前に《 看破 》しておけばいいのだ。別にルール上禁止されてもいないし、やっている選手は普通にいる。

 しかし、アーシャさんの言うように、ルーチンワークのように同じ現場で狩りを行う冒険者はそんな慣れが生まれるのか。

 事前に作戦の説明を受けた時、なんとなくマイケルが自信を持っていたのは、そこまで見越しての事だったのかもしれない。


「なるほど、トカゲのおっさんが言ってたやつと同じか」


 いつか、流星騎士団を指して、あるいはそれに自分を重ねてどんづまり病とか言っていたおっさんの姿が脳裏に浮かぶ。本人を前にそれを言うのは憚られるので、詳しく話すつもりはないが。


「看破だけじゃなく、他にも色々あるけどね。まあ、綱くんたちにはあんまり関係ないと思うけど」

「マンネリとはほど遠い経験ばっかしてますしね」


 異様な戦場に慣れてはいるが、気を抜く瞬間などない。俺が中心にいる限り、この先もずっと似たようなもんだろうし。

 それはそれで別の問題はあるだろうけど、中級病とやらにかかる事はなさそうだ。


「もっとも、看破や鑑定の使い方はまだまだだと思いますけど」


 ディルクと一緒にいるせいか、情報の重要さは身に染みて分かる。未だに看破のスキルレベルが低いのもそうだが、俺たちはまだまだリアルタイムに変化する情報の取り扱いに慣れていない。それこそ素人同然と言ってもいいだろう。ここら辺は今後の課題の一つだ。


「それで、なんでアーシャさんがここに?」

「その疑問が後回しなの……?」


 流星騎士団は入団にレベル制限を設けているクランだ。となると、少なくとも新人側に出場者はいないはず。

 この部屋の優先利用権が付与されるのは関係者に限るので、アーシャさんがここにいるのは少し意外だった。まあ、上級冒険者にはそういうボーナスなどもあったりするだろうから、おかしいとまでは言わないが。


「気分転換で見に来たら、そこでユキちゃんに会ってね。ツナ君がここにいるっていうから」

「あー」

「ついでに遅れるからって伝言役」


 なるほど。というか、あいつどこ行ったんだ? 優先とはいえ、この部屋使うのはタダじゃないんだけど。


「無限回廊のほうはいいんですか? あと式典準備や会見とか」

「マスコミの相手は、実際に達成した人がメインになるべきでしょ。さすがに今回は剣刃さんもサボれないでしょうし」

「二人しかいませんしね」


 九十層の式典の時はちゃっかり抜け出してた剣刃さんも、代わりがいない……特にアーク・セイバー側の代表が自分一人となれば逃げようがない。

 そもそも、そこまで無責任な人ってわけでもないし、こんな重大な場面なら対応するだろう。


「後続としての攻略のほうも、大胆に仕切り直しになるだろうし」

「やっぱり、月華も加えてって形にはならないと?」

「達成者が出てなければ一考の余地くらいはあったでしょうけど……いえ、どの道無理でしょうね。私たちだけでさえ、かなり無理をして合わせてたわけで、そこにもう一クラン入ってきたら、足並みなんて揃わない」


 それもそうだって感じではある。傍から見たら、なんで月華だけ仲間外れみたいな事するんだって思うかもしれないが、そもそも二クラン合同攻略ですら異端も異端なのだ。一応は成果も出した事だし、ここは仕切り直しの一手だろう。


「さすがに、ある程度の攻略情報提供はするけど、それはいつもの事だしね」


 流星騎士団はそこまで積極的にやっている印象はないが、アーク・セイバーはその手の情報公開を躊躇わない。それこそ、九十層以前からやっていた事だ。肝心の中身については、その層に到達していない冒険者には閲覧できないので知る由もないが。


「それに、ウチの虎さんの調子が悪くてねー。実は一〇〇層攻略でもかなりネックになってるのよ」

「原因は分かりますけど、正直対策は分からないんですが」


 遠因まで遡れば俺が原因と言えない事もないが、さすがにそこまで後始末に関わる気はないし、むしろ迷惑だろう。


「いや、別にツナ君にどうこうしてもらいたいって話じゃないから。いやでも、そっちの狼さんに発破かけてもらうのも……」


 それ、劇薬も劇薬だからやめたほうがいいと思いますよ。ガウルも嫌だろうし。会うだけでも罰ゲームって言われそう。


「なんか、暗黒大陸に遠征するって話も聞きましたが」

「それもあって、忙しいのは変わらないけど、なんかスケジュールに奇妙な空白部分ができちゃった状態なわけ」


 それで、今ここにいる理由に繋がるのか。


「実は新人戦の注目選手を見に来たとかは?」

「それが目的ではないけど、君のところの選手は気になるかしらね。ああ、マイケルは別枠だけど」


 元飼い主として気にかけてはいたのか。まあ、試合展開を見る限り、不安はなさそうだ。


「実際、アーシャさん的にはどんな評価です? あいつら」

「パンダの比較材料がないから一概には言えないけど……強いわね。対戦相手の彼、クラン所属こそしてないけど、Cランクでも相当な実力者だし」


 面識はないし噂話も聞いた事なかったが、公開情報だけで見ても実力者なのは分かる。

 リアルタイムで繰り広げられているタコ殴りのような状況だけ見ると首を傾げそうになるが、その状況に追い込めてるのも逆転を許さないのもパンダたちの実力と立ち回りによるところが大きい。一方的な見た目も、何かミスをすれば簡単に覆るだろう。


「クロが情緒不安定になるくらいライバル視してる件については?」

「いいんじゃない? むしろいい刺激かも」


 ええんか。……まあ、元々の関係性を無視すればいいライバル関係なのかな。でも、マイケル側は別にそんな感じじゃないしな。


「パンダって事がフォーカスされがちだけど、内容だけみても注目されて然るべき試合よ、コレ」

「開始直後の戦術も?」

「それは忘れてもいいくらい見どころ多いし」


 つまり、アレは中級病患者にしか通用しない奇襲だと。まあ、アレの評価は置いておくにしても、確かに見どころは多い。相手の評価も分からないではない。

 ちなみに俺としては、この試合見どころはマイケルだ。中級昇格まではパーティリーダーをディルクに譲っていたが、いざ自分がその役でも十分に立ち回っている。模擬戦でなくこういう場でそれを発揮できるのは大きい。

 何年後かに子供に見せる動画としては十分立派……いや、素人が見たらどうなんだろうな、コレ。まあいいや。


「せっかくですし、残りの試合も解説してって下さいよ。ギャラは出ませんが」

「ギャラは別にいらないけど。……合間にあそこに積まれ始めた軽食摘んでいいなら?」

「水凪さんが大量消費している横で、誰かが少しずつ掠め取るのはいつもの事なんで」


 水凪さんが気付かないわけではなく、別に独占などしないという意味だ。普通の人が摘めるのなんて、全体で見れば些細な量だし、どうせすぐに消滅して次が来るのもいつもの流れである。


「どこに入ってるのかしらね、アレ」


 それは知らん。


「それで、今日は綱くんのところから誰が出るの?」

「ロッテとゴブサーティワンのコンビと……」

「……いきなり解説難易度が高いわね」

「あとはリリカですね。ソロで出場します」


 ちなみに二日目はサンゴロ&サティナにフィロスのところのジェイルが加わった一組のみ。三日目は新人戦枠じゃないけどエキシビジョンで多数出場予定だ。実は、試合数として見るならエキシビジョン扱いの試合のほうが多かったりする。


「外部魔術士の子ね。……なんでチーム分けてるの?」

「なんか試したい事があるからとかなんとか。あとはモンスター冒険者云々の話が色々あるみたいでこうなりました」

「なるほど。あまり知らないけど、そういう事もあるのかしらね」


 なんか俺が解説しているような形になっているのはいいとして、モンスター冒険者の話については色々しがらみがあるんだろうなとは思う。

 対戦表を見ても、モンスター冒険者の参加者なんてあいつらの他に数人程度だし、それだけ絶対数の少ない存在なのだ。前例が少ないってだけで問題は出るだろ、そりゃ。


「あ、決まった」


 そんな話をしていたら、舞台でやってる試合に決着がついた。

 決まり手はマイケルの《 パンダ乱舞 》だが、その追い打ちでミカエルが放った炎が派手過ぎてそっちがトドメに見えなくもない。

 ゼロ・ブレイクルールだから当然ではあるんだが、立ち昇る火柱の中、消えていく姿は火力で跡形もなく燃やし尽くされたようにも見える。

 アレ、中級冒険者を燃やし尽くすほどの威力ねーから。

 マイケルたちがミスなく上手く立ち回ったのは評価ポイントだが、総評としてはむしろ相手冒険者さんの強さが目立ったかな。立ち上がりミスった時点で終わってもおかしくなかったのに中々の粘りだ。


「うーん」

「気になる点でもありました?」

「ニムロさん……相手冒険者のほうにどうも違和感があるというか。そこまで詳しく知ってるわけじゃないけど、あんな立ち回りをする人だったかなって思ってね」

「粘り強い立ち回りだと思いましたけど?」

「むしろそれが気になるというか……さっき言った中級病患者っぽくないというか」


 病気扱いは中々に辛辣である。


「……案外、君の影響だったりしてね」

「は?」


 因果の虜囚の力、渡辺綱としての特性がそういう周りを巻き込むモノっていうのはさすがに自覚はあるものの、さすがにそれは無理筋だろう。


「俺がいる事で迷宮都市全体……というか冒険者に影響が出てるっぽいってのはダンマスから聞いてたりしますけど、それなら彼に限った話じゃないでしょ?」

「パンダを通じて間接的にって感じとか?」

「まさか」


 とはいえ、絶対にないって言えないのが怖いな。……まあ、正直そこまで気にしてたら何もできなくなるので気にしない事にした。


「現実的に考えるなら、パンダ冒険者との試合なんて奇妙な体験なら、価値観が狂ってもおかしくないと思いますけど」

「それもそうか。《 パンダ乱舞 》って何それって感じよね」


 だって、冷静に考えなくても意味分かんねえし、この対戦カード。

 でも、《 パンダ乱舞 》は地味に強いぞ。スキル単体で連携してるようなもんで、非常に使い易い、いいスキルだ。




-3-




 それから間が少し空いたので、あまり関係ない他の試合を緩く解説してもらったりして時間を過ごす。

 他のメンバーは控室に激励に行ったりもしてたが、俺はスルーした。平時ならともかく、試合前のタイミングでリリカに変な事を言ってしまうかもしれない。

 情けない事にビビっているのを誤魔化す気はないし、すぐに向き合えそうもないのも事実なのだ。

 しばらくすれば慣れるだろうが、それはそれで人としてどうなんだって気もするから困る。


「あの二人の対戦相手はCランク下位のパウダ・ヒレースさん。戦力評価ランキングだとさっきのニムロさんには劣るけど、それでも結構な実力者だったはず。二人チームな点や、昇格直後って点を考慮するなら結構厳しいかも」


 午後の部になってからしばらくして、ようやくロッテたちの出番がきた。


「公開情報の所信表明に『あの吸血鬼は殺す』って書いてあるんですが」

「……イベントとかで辛酸舐めさせられた人は多いみたいだし、そういう人もいるんじゃない?」


 モンスターボスやっていた時代の話を聞くに、色々意地の悪い事もやってたみたいだからな。

 直接的なヘイトばっかりとも思えないが、フィロスみたいに特別な感情を向けている人は多そうだ。とはいえ……。


「中継の画面で見る限り、本人は何も気にしてなさそうですね」


 部屋の中のモニターや、スタジアム備え付けの巨大スクリーンに映るドヤ顔は、そんな感情を向けられていると気付いてすらいないような気もする。

 ロッテの場合、気付いていたところで気にしないような気ももするが。


「むしろ、パウダさんのほうが気負ってそう」

「なんかロッテに挑発されてますね」


 舞台上で何を言っているかは分からないが、パッと見の反応だけでも何を言っているか想像がつく。

 挑発するロッテもロッテだが、思いっきり術中にはまってるな。……どれくらい実力差があるか詳細は分からんが、コレは決まったかもな。


「今ってどれくらい力戻ってるの? さすがにモンスター時代の最盛期ほどじゃないわよね?」

「最盛期じゃないってのは間違いなくそうですけど、それとは別の方向で成長見せてるんで、比較は難しいですね」


 元々、トリッキーな戦術を好むヤツだったが、ウチに来てから他の連中の影響を受けて引き出しの数が倍増している。

 濃い連中に囲まれてれば影響を受けるのも当然だろうが、それが良い方向に転がってるように見えるのだ。

 デメリットとして、なんかネタキャラ化が加速しているような気もするけど、それは元からな気がしなくもないし。


 そんなロッテ&ゴブサーティワン対Cランク冒険者パウダ・ヒレースの戦いだったが、見るべき部分の多かったパンダたちの戦いと異なり、稀に見るクソ試合となった。単純に掛かり過ぎていたのか、今のロッテの実力を見誤っていたのか、あるいはゴブサーティワンの存在を換算していなかったのか、とにかくあっさりとやられてしまったのだ。

 決まり手はロッテの《 吸魔掌 》。MPではなく、HPに変換している魔力を吸収という器用な真似で、あっという間にHPを削り切った。ゼロ・ブレイクルールだからそれで終了だ。

 モンスター時代から使っているスキルなのに対策できていなかったわけで、案外見た目以上に空回っていたのかもしれない。


「ダメな対人戦の見本みたいな試合になったわね。そこまで弱くないはずなんだけど……よっぽどトラウマだったのかしら」

「ロッテたちも、明らかに実力を出し切ってないですしね」

「あのゴブリン、ボロボロだけど」

「いつもあんな感じですし」


 ゴブサーティワンに関しては、アレでもむしろ被害は少ないといえる。あいつ、その数倍のダメージ受けても陥落しない化け物だからな。実際、肉体の損傷は多くともHPはまだまだ残っている。まるで、肉体を盾にHPを守っているようにも見えてしまうほどだ。普通とは完全に逆である。


 試合後、なんか勝利者インタビューでロッテが対戦者さんに辛辣な煽りを入れていたが、アレは多分自分にヘイトを向けて無惨な試合内容から目を逸らさせそうという心配りだろう。ボスモンスターをやっていた経験があるからこそできる、分かり難い優しさだ。




 そして、本日のウチからの出場者はリリカ一人となったわけだが、なんと最終試合らしい。元々はその後ろにも試合があったのだが、欠場があったそうだ。

 待ち時間としてはあまり変わらないんだが、気分的にはお預けを喰らっている気分と言えなくもない。


 間に挟む試合はほとんど凡庸なモノで、内容的にも大した波乱もなく八割くらいは被挑戦者側の勝利に終わる。

 しかし、その中で一人だけ気になる選手がいた。


「あの蟲人、やるわね。チームメンバーと比べて突出し過ぎなのが気になるけど」

「カガルザルカ……」


 動画で見たアーシャさんの新人戦のように、三人チームではあるものの、一人だけ戦闘力が突出している。

 新人の枠ではあるものの、隠し切れない才気が観客席からでも明確に分かるような……英雄の卵の姿だ。


「知ってるの?」

「一方的にですけど」


 正確に言うなら、知っているのは別世界のあいつだ。ダンマスに見せられた平行世界、魔の大森林のスタンピードで英雄となった蟲人の勇者である。

 俺ではない俺、何故かオークたちの長として君臨している蛮族王ツナさんが、一時的とはいえ共闘した存在だ。

 こっちの世界ではスタンピードは特に問題もなく鎮圧されたわけだが、迷宮都市に来ていたのか。


「ひょっとして目をつけてたとか?」

「いや……そもそも迷宮都市にいる事すら知りませんでしたけど、あいつはないですね。俺とはちょっと噛み合わないし」


 というか、噛み合うヤツのほうが稀というか。根本的にソロ気質で孤高の戦士であり、よほど状況が噛み合わないとあの世界のツナが共闘する事もなかっただろう。別に悪い奴ではないのだが、価値観が独特というか何を考えているのか分からないというか。とにかく難しい奴なのだ。

 コミュニケーションに苦労するのは蟲人全般にいえる事ではあるのだが、その中でも奴は格別だ。


「ただ、素質は間違いなくピカイチですね。単騎で銀狼とか金虎とかの戦士複数を相手にできるはずですし、条件次第では獣神の使徒とも殴り合えます。冒険者としての補正なしで」

「見てきたみたいな口ぶりね」

「直接見たわけでもないんですけどね」


 実際、見たと言えなくもない。ここら辺はダンマスに止められているわけでもないから説明してもいいが、ちょっと面倒なので踏み込む気はなかった。

 決して、平行世界の俺の蛮族っぷりを知られたくないからではない。


「なんか興味湧いたわね。ちょっと調べてみようかしら」

「流星騎士団にも合わないと思いますけど」

「どの道有望な新人はチェックするものなのよ。他のところみたいに即入団って流れにはならないけどね」


 それもそうか。新人の調査自体が規定路線なら、俺がアーシャさんに何か言ったところで関係ないだろう。対象評価は上がるかもしれないけど、それで不都合はないだろうし。

 結局、カガルザルカを擁する新人チームは危なげなく勝利を拾っていた。……うーん、アレ即席チームだよな。




-4-




「って、そういえば、全然ユキ戻ってこねーじゃねーか。次、リリカの試合だぞ」


 つまり今日の最終試合だ。いつの間にか戻ってきてて、ソファーで何か摘んでいるかとも思ったが、その様子もなかった。

 テーブルには空の皿の山が寂しく大量に積まれているだけだ。


「私と会った時は控え室に行くって言ってたけど?」

「そっちに入り浸ってるのかな」


 良く分からないが、それはそれでサブマスターとして悪い事じゃないから問題はないんだが。それなら、ここのチケットいらないだろって思わなくもない。


「ユキの奴なら、リリカの控え室にいたぞ」


 さっき抜け出してたらしいガウルが横から言ってきた。まあ、それならそれでもいいか。

 ガウルの視線はなんとなく俺は行かないのかって言っているような気もしたが、被害妄想かもしれない。俺自身がそう思っているから、余計にそう感じるのかもしれない。

 とはいえ、別にガウルが何か言ってくる事はなさそうだった。突っ込み難い問題なのは間違いないから、その気持ちも理解できてしまう。

 ……というか、そもそもクランリーダーが一切激励に行かないっていうのは問題だよな。分かっちゃいるんだ。


「……何かあったの?」

「いえ……うーん、あるにはあるというか、難しいところなんですよね」


 言い難いし、説明も難しい。あんまり口にするような話題でもないというか。カガルザルカの件よりよっぽどだ。


「そう」


 アーシャさんも空気を読んだのか、それ以上踏み込んではこない。

 そんな事をしている内に、舞台では本日の最終戦が始まろうとしていた。リリカと対戦者はすでに入場済で、いつの間にか司会による選手紹介も終わっていたらしい。

 ……さて、試したい事ってなんだろうな。




 対戦相手はリリカ側が一人だからか、ロッテたちが対戦したパウダさんよりも評価の劣るDランクだ。

 とはいえ、人数差がないのに中級上がりたてのリリカとベテランでは、普通なら勝負にならない。

 しかも相手はゴリゴリの……とまではいかずとも前衛のアタッカーだ。軽装戦士と魔装士ツリーを持ち、スキルも穴らしい穴はない。


 とはいえ、この対戦カードはリリカから指名したものだったはずだ。今回の新人戦から導入されたルールでは、選出された相手の中から新人側が選択できるルールが採用されている。……つまり、リリカ的にはこの相手が何かを試すのにちょうどいいと判断したという事。


「とんでもない事やってるわね」

「…………」


 ……なるほど。それを実践で試したかったのか。

 一目見て理解した。多分、観客のほとんどは理解できないだろう。下手をすれば冒険者でもすぐには気付かない。というか、司会者も理解できないのか困惑が伝わってくる。


 舞台上では何も起きない。中級同士の冒険者ならあってしかるべき、派手なスキルの応酬どころか、極めて精細を欠く動きだ。

 状況だけ見るなら、デバフ効果のある魔術を使っているように見えるだろうが、リリカがその類のスキルを使っているようには見えない。使っているのは、極々普通の攻撃魔術などだけだ。少なくとも、メッセージ上からはそうとしか見えない。

 しかし、舞台上ではどう考えてもそうはならないはずの戦況が繰り広げられている。


「あんな事できるものなのね……」


 一方で、アーシャさんはここから見るだけでそれが何かを理解したらしい。

 下地はあった。というか、多分あいつが本家なのだ。本来なら在るべき形に収まった。ただそれだけの事と言えなくもない。

 ただ、その姿はどうしても重なる。俺がなかった事にしてしまった存在と。


「…………」


 極めて地味で、奇妙で、見映えの悪い、恐ろしく高度な試合から目が離せない。

 お前は知っていてやってるのか? 完全に偶然とは思えない。しかし、だからといってどこまで知っているのか。

 それともまさか、分かっていて俺にそれを突きつけているのか。


「あらゆるスキルを直前に外部から干渉しての強制キャンセル。それどころか、魔力循環にも干渉して手足を動かす事すら阻害している。理屈では分かるけど……」


 そう、アレはエリカ・エーデンフェルデの戦術だ。s6として俺の目に焼き付いている姿が、今、目の前で繰り広げられている。

 俺は、この光景をどう受け止めればいいのか。


 その後、極めて地味で何も起こらない試合が終わるまで……終わったあともしばらくは動けずにいた。




-5-




 空席の目立つ深夜のバー。貸し切りになった店のカウンターで一人の男が静かに酒を呷っていた。

 新人戦でパンダ三匹相手に敗北をしたC級冒険者ニムロである。


 何故、新人戦で話題になった冒険者は毎年ウチを貸し切りにするんだろうかと疑問に思いつつも、マスターは何も言わない。

 特に狙っているわけではないが、そういう絶妙な客との距離感が理由なのかもしれない。


「よ、さんざんだったな。マスター一杯くれ」

「……」


 そんな静かな店に訪問者が現れた。ニムロと同じパーティのリーダー、キールである。


「まあ、しばらくは色々言われそうだが、大人しくして……」

「無様だな」

「残念な結果とは思うが、そこまで落ち込む事か? むしろ同情的な声も結構聞くんだが」


 絵面だけ見れば三匹の猛獣にタコ殴りにされる惨劇だ。彼我の能力差や冒険者の力を知らない者はあの場にはほとんどいないだろうが、同情を誘う見た目や結果ではあった。

 それどころか、分かっている者からの評価はむしろ高い。キール自身も似たような意見だ。


「外野の声なんてどうでもいい」

「は?」

「やる事やってねえんだから負けても当然だろ」

「……そうなのか? 傍目で見る限り、ここ最近のお前は頑張ってたと思うんだが」

「努力の方向性が迷子になってる。俺だけじゃない。俺たち全員が無様なんだ」


 分からされてしまったニムロには、それが理解できてしまった。

 負けて良かった。心からそう思う。もし、アレで勝っていたら冒険者として終わっていたかもしれないとも思う。

 あのパンダたちにそんな意図があったとは思えないが、結果として教えられた。


「こうして気付かされたら、俺たちの改善点なんて明白だ。そりゃ足踏みもするだろうよ」

「何か掴んだのか、あ……の試合で」


 あんな試合で? と言いかけるが、かろうじて踏み留まる。


「気付いちまえば簡単な事だ。だけど当事者には気付けない。中級冒険者がハマる沼みたいな悪癖ってのが良く分かる」

「そう言うって事は対策も?」

「いや、俺一人が分かったからといって一朝一夕でどうにかなるもんじゃない。ソロならともかくな」

「だが、それを伝えれば」

「伝えても、これまでさんざん聞いた言葉にしか聞こえないだろうな。だからみんな似たような事になってるんだろ。実に根が深い」


 だからといって、同じ事をやってこの答えに辿り着くとも思えない。ニムロが答えらしいモノに辿り着いたのは偶々に近い。


「一つ言えるのは、いつもやってるルーチンワークみたいなダンジョンアタックはもうなしだって事だな」

「そこまで言うなら、試すのはアリだが。じゃあ、とりあえず適正レベル帯の個別ダンジョンで見繕って……」

「そこからプラス5レベルくらい上に挑戦してみるか」

「マジで言ってんのか?」

「大マジだよ」


 Cランク冒険者のレベル帯で5レベル差というのは下級のそれとはまるで違う。絶対不可能とはいわないが、全滅覚悟の博打に近い。

 それくらいの荒療治が必要だとニムロは考えていた。あるいは全滅してすべてを失ってもやる価値があるかもしれないと。


 結局、ニムロの提案は他のパーティメンバーの意見もあって受け入れられる事なく、彼らのパーティは再び元の活動へと戻っていく。

 やんわりと宥めるような態度で"これまで通り"を続けるパーティに対し、ニムロが思うところはない。

 それは冒険者の常識に照らし合わせるなら当然の事であり、ニムロとしても予想通りの展開なのだ。これで受け入れられるようなら燻ってなどいない。

 しかし、種は蒔かれた。当事者であるニムロは元より、リーダーのキールもまた自分たちの在り方に疑問を持った。


 この先、彼らがどうなるかなど分からないが、中級冒険者の常識にわずかな罅を入れる事にはなったのだ。




なお、パンダたちは何も考えてません。(*´∀`*)


次回も無限よ。

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引き籠もりヒーロー

(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
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― 新着の感想 ―
[一言] 中級病の人達には風来のシ○ンクリアできるまで出られまテンとか課すべきやな。 敵の識別や基本がどれだけ大事なのか骨の髄まで思い出すでしょう(トラウマ)
[一言] 待ってました!再開ありがとうございます
[一言] 待ってました!再開ありがとうございます
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