表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/177

第9話「パンダ・フォーメーション」

今回の投稿は某所で開催したその無限の先へリスタートプロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたしなーさんへのリターンとなります。(*´∀`*)




-1-




 慣らしでもリハビリでもなく、本来の渡辺綱としての全力で挑む模擬戦。

 相手もタイミングも予め定めたものではなく突発的なモノであるけど、そういうモノだと自然にスイッチを切り替えられた事で、一応ちゃんと本調子だなと自覚する。

 対するは、今のところ対"人型"戦特化型ともいえる戦闘スタイルから繰り出される縦横無尽の攻撃。それを、俺がこれまで培ったすべてで対応する。超高速戦闘に対応するのに訓練感覚だとあっという間に飲み込まれるだろうし、今の俺には自身の戦闘技術を根本から再確認する必要があったから。


 全身の感覚が鈍い、というのが素直な感想だった。反動が残る時期も体は鍛え続けていたし、できる限りの訓練は行っていても限界はあったという事なのか。それは当然あるだろうと受け止めていたが、いざこうして実感する段になると戸惑いが大きい。

 ただ、自分の全力をどこに置いているのか、イマイチ自分でも良く分かっていない。龍世界でS6シャドウ相手に訓練していた時の自分なのか、無量の貌撤退戦の自分なのか、それともイバラと戦った時の自分なのか。……どれもコレも違うような気がする。

 うしろのほうにいけばいくほど、己の実力とするには付加要素が多過ぎて本来の実力とは言い難い。冒険者渡辺綱としての純粋な意味ならS6相手の時が近いのだろうが、多分それも違う。アレだけの経験をしておいて、素の自分が一切変化していないとは思えないからだ。

 要するに、今の鈍いという判断は未知の自分を基準とした感覚なのだ。


 長大な多節棍を構えた玄龍と対峙しつつ、探りを入れるのは自分自身。自分は本来どれくらい反応できるのか、どれくらい動けるのか、問い続けないといけない。

 たまたまではあるが、そういった意味で玄龍は正にうってつけの相手だったといえるだろう。純粋な技量が高い。龍人のハイスペックな能力を人間の動きで再現するための工夫は特異点の時点でも相当なものだったが、更なる時間を経た今、開花しつつある。

 足運びを見るに、この一瞬の戦闘スタイルは中国武術のどれか。ただし、多節棍を持っているとはいえ、武器術のそれとは限らない。


 冒険者という超人の身体能力を以てすれば、人間の反応速度の限界を超えて既存のどんな武術でも対応できる。人間の骨格、筋肉、神経、それらの動きを制限するような連携を組み込まれると対応は苦しくなるものの、それでさえ対策はある。あくまで人間同士の戦闘を前提とした武術相手では、既知なら当然の如く、初見でも大抵は基礎スペックで捌けてしまうのが冒険者という生き物だ。

 しかし、玄龍がやっているのは既存武術の再現などという、そんな単純な事ではない。数合ごと、下手をすれば一瞬ごとに武術体系を無視して切り替え、フェイクまで織り交ぜてくる戦闘スタイルは冒険者といえど反応速度だけでどうにかなるものではない。

 むしろ、ある程度でも次の手を予測できてしまうのが問題だった。ある種の読みが逆手にとられている。

 近接職の冒険者、特にある程度でも相手と打ち合う可能性のあるタイプの前衛は、少なからず相手の次の一手を読む。単純に反応だけで行動しているような者でも、その実膨大な経験とそこから導き出される勘によって攻撃を回避し、自分の手番へと繋げているものだ。しかし、予測できた次の一手が一つ二つではなく、極端に膨大であると混乱する。考えて行動する者ほど効果は高いだろう。

 つまり俺のような戦闘スタイルには刺さる。……多分、ウチでは一番刺さるんじゃね、コレ。


「っ!」


 変則的な攻撃、それを回避した直後に飛んできた変則的な棍の一撃に対応し切れず直撃をもらう。背中に隠れた死角から繰り出されるそれは、多節棍のような変形を前提とした武器でないとありえない角度で強襲してきた。武器の特性は知っているものの、複合されると手に負えない。

 置きに来たようにすら見えるほど的確な位置への攻撃に、これが本命の一撃なのではないかと一瞬疑うものの、そんなはずはないと思い直す。コレは玄龍が突き付けてきている膨大な選択肢の内にある一つの結果に過ぎないはずだ。


 もはや変幻自在といってもいい戦闘スタイルは攻守が入れ替わっても同様に働く。躱され、弾かれ、いなされ、逸らされ、こちらの攻撃はその軌跡がぐにゃんぐにゃんと想定しない動きを見せる。

 隙はところどころにある。自然な形で生まれたように見えるソレは攻撃を誘う罠だ。ひょっとしたら本物の隙だってあるかもしれないが、判別がつかない。

 だから、隙を窺うのではなく作る方向にシフトした。《 瞬装 》とスキルキャンセルを使い、本来ならあり得ない連続技の間隙を作り出す。

 既知の武術のみならこんな戦闘スタイルには対応できないが、玄龍は当然そんな隙をそのままにしておくはずもない。

 それでも、わずかに生まれた一瞬の隙に攻撃を叩き込む。強引でも、ここまでやれば当たる。そう確信させる一手だった。


「合気ぃっ!?」


 突如体を襲う浮遊感。武器を通してのモノではあるが、伝わってくる感覚はそれなりに体験した事のある合気道のソレ。

 当たりはしたものの、その勢いは逆に利用された。わずかとはいえ体勢は崩された上に浮かされ、無防備となった俺にカウンターが迫る。

 迂闊。骨格を無視し、筋肉を断裂させる覚悟なら体勢を立て直す事もできるが、それでも間に合わない。それを戦術として組み込めるのは、対イバラ戦で過剰なバフを受けていた時くらいだろう。このカウンター自体は避けられない。刹那でそう判断し、逆に受けに行く事を選択。ダメージは倍増するが、その後の選択肢は増える。

 攻め手側なのに選択肢を突き付けられている時点で己の未熟を思い知る。後遺症がどうとかそれ以前。基盤となる技術が足りていない。


 強烈な震脚と共に繰り出される崩拳、そこから始まる連続攻撃、地に足が着いてもまだやまないソレを途中までは甘んじて受ける。そして、最後となるであろう一手を捌き、その次に備えた。

 玄龍的にも連続攻撃の途切れたここは仕切り直ししたい状況のはず。そうなると選択肢は多く……多いぞ、ちくしょうっ!?

 脳が混乱する。ここまでに見せられた技だけでも無数に選択肢がある。あまりに行動パターンが多彩で絞り切れない。ならばと、半ば博打で踏み込んだ一手に対し、玄龍は当たり前のように対処してきた。

 ……違うな。負けを確信した事で多少冷静になった頭脳は、俺のとった行動は正しかったと判定した。玄龍はその上で対策となる一手を繰り出してきたのだ。

 踏み込んできた玄龍が繰り出したのは貼山靠。吹き飛ばされた俺に対し、追撃とばかりに無数の棍撃が飛ぶ。


――Action Magic 《 地に潜む剛爪 》――


 ふっ飛ばされた先の設置型魔術がトドメとなった。地面から漆黒の巨大な爪が伸び、俺の全身を巻き込んで引き裂かれる。

 これでHPは全損して試合終了。本当の戦いならまだ続きはするが、肉体へのダメージもかなり深刻だ。


「くっそっ!」


 試合終了のブザーを聞きながら、あまりに悔しくて叫ぶ。ある事は分かっていたから気をつけていたのに、むざむざと喰らってしまった。


「なかなか上手くいったな。どうだ、少しは形になってきただろ?」

「少しどころじゃねえ気がするんだが」


 まるで複数の達人を同時に相手にしているような感覚だった。物理的に戦っているのに、選択肢が一問につき百個くらいあるマークシートを解いている気分だ。脳の処理が追いつかない。


「資料だけで再現してそこまでやられたら、本職の武術家は形無しだな」


 玄龍の動きはどう見ても達人のそれだ。別に本物の達人を見た事あるわけじゃないが、冒険者の目から見ても一級品である。それが複数。龍の学習能力が如何にずば抜けているかが分かるというものだろう。

 資料として残っていない秘奥義のようなモノはもちろんあるだろうし再現もできないが、おそらくソレは必要としていない。玄龍がこんな事をしているのは人類が積み上げたモノに対する敬意と、そこから新たな戦術に至るための過程でしかないからだ。ここまでやっても参考でしかない。


 その証拠と言うべきかどうかはイマイチ分からないが、ここまで練度の高い動きをしておいて、これらの技は一つとしてスキル化されていない。

 スキルとして存在しないわけではない。たとえば《 崩拳 》や《 震脚 》、《 貼山靠 》のような八極拳の技は普通に確認されている既知のスキルだし、それ以外についても結構な割合で確認されている。

 ならば何故スキルとして習得していないのか、正確なところは謎なわけだが、仮説としては玄龍が習得しようとしているスキルの完成形がソレでないからなのではないかと推察している。あるいは、本人がコレくらいではまだ未熟と判断しているという事もあり得なくはない。

 発展途上だろうが、スキルなんてあって困るモノでもない気はするんだが、そこのところ玄龍はどう考えているのだろうか。


「そうでもない。俺にできるのは結局資料で読み取れる既存の技術が限界で、その先がないからな。やはり、一からこういった技術を練り上げた者たちは尊敬に値する」

「あー、空龍も言ってたやつか。新しいモノを生み出す発想力が足りないとかなんとか」

「そうだ。まるっきり出来ないというわけでもないが、やはり苦手ではあるし、俺はその傾向が強い」


 つまり、記録として残っているものならこれだけの短期間で一流まで仕上げられるが、未知となるその先には踏み込めないと。だとすると、スキル化されていないのはその辺の認識もあるかもしれない。

 複数の武術を組み合わせる今の形を思いつくのも発想力じゃないのかとも思ったのだが、それを提案したのはダンマスだったりするらしい。


「コレを踏まえ、対多数、対モンスターを始めとした冒険者用の技に昇華させるのも、お前ら人間の力と知恵を借りる事になるだろう」


 実際、卑下ではなく玄龍はそう思っていると分かる。多分、銀龍や空龍も似たようなモノだろうとも。

 その上で玄龍がこんな回りくどい戦闘スタイルにしたのは、迷宮都市との融和を前提として、他者からの意見を受け入れる基盤が得られたからなのだろう。

 ある意味、世界が交差した初期の段階から最も先を見据えているのはこいつなのかもしれない。


「特異点の戦いでは蚊帳の外だったからな。いざという時に力がないというのは避けたいものだ」

「ゲルギアルに立ち向かった記憶はあるんだろ?」


 というよりも、俺が残したのだが。巻き戻して死をなかった事にするだけでも良かったのだが、リソースを使い切る過程で取捨して選択したモノも多くある。

 特に、その人にとってプラスになるだろうと判断できる記憶はそのままだ。


「どうやったのかは覚えていないが、苦し紛れで元の姿に戻って一刀両断されたな。……それを含めて不甲斐なさが際立つんだよ。姉上や銀はそれなりに見せ場があったのにとな。俺だけは兄上たちを笑えん」

「目立つ算段かよ」


 そういうところはあの世界の龍っぽいなと思う。普段物静かなようで、裏方っぽい行動を好むが、その実目立ちたがり屋と。

 他の龍のように前面に押し出してはいないが、それでも思い返して悔しがる事はするし、否定もしない。


「お前の場合、運が悪かったというか、どうしても条件が合わなかったからな」


 無量の貌攻略戦に参加してもらうだけでも、かなり頼りになったのは間違いないと思う。少しタイミングがずれていたら、龍でなかったら、あの場にいなかったらとは思うが、ほんのわずかなズレが死活問題だったあの戦いにおいて、もしもを考えるのは無理がある。特に、あの場面はコンマ秒の差で空龍が死ぬかどうかという場面だ。


「分かっている。だから、次を見据えて訓練しているわけだ。模擬戦とはいえこうしてお前相手に勝てたし、憂さ晴らしとして銀を手玉には取れるようになったわけだから、今のところ上々だな」


 見かけによらず大人気ないところがあるのは今更である。


「さて、ここはもう少し勝率を上げておきたいところなんだが……」

「連戦は無理だぞ。本来の予約者が来た」

「……だな」

『クマー』


 訓練場のマイク越しにミカエルの声が響いた。

 そう、本来この時間はパンダ連中が使う予定を入れていて、俺たちは空き時間を使っていただけなのだ。

 というか、模擬戦自体やる気はなかったのだが、玄龍相手に空白時間を作ったせいでこんな事になっている。




-2-




 というわけで、本来の予約者に訓練場を明け渡すべく出口へ向かうと、入れ替わりでおなじみパンダ三匹が入室してきた。

 クラン内のランキング戦みたいな事をやっているせいでいつも盛況なウチの訓練場だが、実のところ予約を入れて利用する者は少ない。

 シャドウ相手でも他のクラン員相手でも、空いていたら利用するというのが基本スタンスで、飛び込み、乱入は最低一回は受け付けるというのが暗黙のルールになっている。

 負けず嫌いが揃ったウチの場合、そうやって対戦が始まるといつの間にか人が増えていくというのが日常だ。

 各々に相性の問題、苦手な相手はいるが、そこはパーティメンバーにクランメンバーのシャドウを使えるので工夫が試されるのである。新機能様々だ。


 そんな中でパンダたちがわざわざ予約を入れているのは、目的がクラン内のランキング戦ではなくもっと別の目的……新人戦が迫っているからである。

 ウチには今年の新人戦の有資格者が多いので組み合わせは悩みどころなのだが、パンダについてはちょうど三匹という事もあって早々に決まったのである。


「そろそろ本番も近いが、調子はどうなんだ?」

「がうっ!」

「……あれ、お前マイケルか?」


 アレクサンダーに話しかけたつもりだったのに、パンダ違いだったらしい。

 いや、この中ではマイケルがリーダーだから立場的にはおかしくないし、本人もバッチリだという感じで返してきたのだが、根本的なところで間違っているような……。


「マイケルは一番張り切ってますからね。父親としていいところを見せる時だと」

「あー、アレクサンダーはそっちか。……妙な事してんな、お前ら」

「対戦相手が決まったので、その対策も兼ねてます」


 見る側としては違和感が強い。意図は分かるので、別に問題はないとは思うが。

 こいつらの対戦相手って誰だっけ? 確認した時は単に知らない人だなってスルーした気がする。良く分からんが、その相手にはこれが意味あると判断したって事か。

 実際に通用するかどうかは分からんが、何事も試してみるのはいいだろう。失敗しても恥というほどの経験にはならんだろうし。逆に通用したら相手の恥かもしれないが。


「パンダの幼体というのは、新人戦を見て理解できるものなのか?」


 そんなパンダたちの目論見よりも、玄龍はパンダの生態のほうが気になったらしい。


「がうっ!」

「いや、さすがに分からないと思いますが、それでも張り切ってしまうのが父親というものらしいので」


 マイケルが普段から持ち歩いているらしい写真を突き付けてきたが、生まれた直後のモノなのか、まだパンダにすら見えないような状態だ。さすがにそれは無理だろう。

 まあ、父親として頑張るという気持ちは尊重したい。映像資料としては残るのだから、見るのは今すぐでなくともいいし。


「ちなみに龍はどうなんだ? 生後すぐに戦闘始めたりするようなイメージがあるんだが」

「むしろ遅いぞ。我々の場合は母上のクローンのようなもので個体差が激しいが、記録に残っている龍は自我を持つまで数年から数十年を必要としたらしい」

「スケールが違ってビビるわ」


 人間なら物心がつくどころか、下手すりゃ成人してる。


「劣化以前の龍など数百年か数千年という、幅が広すぎて良く分からん単位だがな。そもそもどうやって誕生するのか正確なところも分からん」


 正に神話生物の類だな。スケールが長大過ぎて理解できない。実際のところどうなのかは当時から生きているゲルギアルなら知っているんだろうが、雑学程度の好奇心を満たすためだけに、わざわざ確認する必要性は感じない。


『クマックマッ!!』

『がうーっっ!!』

『ミカエルだけじゃなくて、どっちもフォーメーション間違ってますよっ!!』


 次の予定まではまだ時間があったので、バタバタと騒がしくシャドウ相手の模擬戦を始めたパンダたちを訓練場の外……つまり会議室のモニターから観戦する。

 あいつらがやろうとしている小細工はシャドウ相手に通用するモノではないので、純粋に立ち回りの分弱体化してしまっているな。


「えーと、あいつらの対戦相手は……やっぱり知らない冒険者だな」


 ついでにギルドの公式サイトから発表済の対戦相手を確認してみるが、やはり知らない顔である。

 面識もないし、一線級のクラン所属というわけでもクーゲルシュライバー搭乗組でもない。ただ、そこそこのベテランで、数年以内には上級昇格も見えてくるだろうという立ち位置だ。経歴含めて中堅上位といったところだろうか。去年までのルールなら暗黙の了解の中でギリギリ許されるくらいの強さである。アーシャさんは例外として。

 戦闘スタイルは万能型に近い前衛。対冒険者、対モンスター問わず、堅実な試合運びをするという評価が目立つ。成長過程で色々と試行錯誤した結果、やれる事が増えていったタイプといった感じだ。意外とこういうタイプの冒険者は多いらしいので、そういう意味でも無難という評価になりそうである。

 公開情報だけ見るなら、一対三というハンデがあって尚、ウチのパンダ三匹だとちょっと分が悪い感じだ。決して勝てない相手ではないが、実力で平押しされると押し負けるだろう。

 ……だから奇策で撹乱を狙うって事なんだろうか。あんまりそういうのが通用するタイプには見えないんだけど。


「俺としては勝敗よりもアレが通用するかどうか興味があるな。どちらに転んでも、そこからどう展開するのか気になる」

「あー、お前は対人経験が多いわけじゃないものな」


 達人の風格さえ感じさせる玄龍だが、今の戦闘スタイル、今の姿、そして冒険者相手の対戦経験はないに等しい。観衆に見られつつの本番という舞台も当然未経験である。

 あえて言うなら年末に四神宮殿でサージェスを相手にしたのが近いだろうか。金玉蹴り倒してKOしたやつ。


「条件はまるで違うが、案外参考になるかもしれんな」


 モニターの向こうでわちゃわちゃしているパンダ連中を見ると果たしてどうだろうかとも思えてくるが、確かにそうかもしれない。


「そういえば、お前らの相手ってもう決まったのか?」


 今度の新人戦、玄龍たち三人とベレンヴァールの異世界組はエキシビションマッチを組まれる事が決まっている。

 冒険者登録してから一年以内なので、迷宮都市的には間違いなくルーキー扱いではあるのだが、さすがにコレを新人扱いは無茶だという判断だろう。

 それを言うならディルクたちのような、新人詐欺のような奴も問題な気もするが、一応表面上のスペックは新人と言えなくもない範疇に留まっているので難しいところだ。


「いや、難航しているらしい。詳しくは知らんが、応募者が多いとは聞いている」


 エキシビションマッチは一般公開されていないサプライズイベント扱いで、対戦相手として募集対象になっている冒険者もかなり限定されるはずなんだが、それでも難航しているのか。


「まあ、龍ほどじゃないが、迷宮都市の冒険者もバトルマニア多いからな。あと目立ちたがり屋」

「結構な事だ」


 どっちの意味で結構なのかは良く分からん。


「ただ、単純に参加して全力を尽くせばいいとだけ考えていたのだが、パンダたちのああした姿を見ると気楽に考え過ぎていたのかもしれんなとも思う」

「基本的にはそれでいいと思うし、新人戦はそこまで重要なイベントってわけでもないんだが……確かにお前らの場合はちょっと毛色は違うな」


 マイケルが張り切っているらしいパンダたちだが、奴らに限らずウチからの参加者は勝敗は問わないし、課題のようなものもない。それぞれの範疇で頑張って、今後のための課題でも見つければいいと思っているし、そう伝達している。ユキに対する五つの試練の初戦として用意された俺たちの新人戦とはわけが違うのだ。

 そして、それはあくまで新人戦の本戦に参加する者たちに限った話である。


 そもそも、何故異世界組四人を別枠としてエキシビションマッチが組まれるのか。システム上無限回廊の攻略自体は必要だが、待遇としては中級相当から開始という冒険者としての扱いにしてもそうだ。これは迷宮都市として間違いなく特例であるし、あっさりと受け入れられない者もいるはずだ。


「お前が……お前だけじゃなく全員が手を抜くなんて事はないと思うが、今後を考えるなら一工夫したほうがいいかもしれないな」

「もちろん全力で当たるつもりだが、工夫?」

「そうだな……。見ているだけの観客や冒険者にも、分かりやすく実力を誇示できる内容がいい。ただし、プロレス的なエンターテイメント性はなしで」

「な、なかなか難しい注文だな」


 色んな方面でアンチだらけな俺と比べるとささやかなモノだが、下積みを飛び越えていきなり中級からというのは、確実に同業者の反発を招いている。そこに至る苦労を知る者、そこに至れずに足踏みしている者からすれば気分の良いモノでないからだ。気にしなければいい問題ではあるが、しこりは少ないほうがいいだろう。

 そういう奴らを納得させるには、勝敗だけでは足りない。対峙した相手にだけ分かるような玄人向けのスタイルよりも、派手で分かりやすい試合展開が望ましい。

 今回のエキシビションマッチ自体、いきなり中級待遇で始める事に対しての理由付けとして、実力を周知させる思惑で組まれたのかもしれないとも思う。


「新人戦はデビュー直後の冒険者が実力を試す場だが、お前らのソレはエキシビションマッチだ。相手にもよるだろうが、余裕があるなら見栄えを重視したほうがウケる。この場合勝利は必須条件じゃないが、できれば勝つのが望ましい」

「……なるほど。目立つチャンスでもあるというわけか」


 いや、そういう意味で言ったんじゃないんだが……それでもいい気がしてきた。

 分かりやすい強さはファンの獲得にも繋がる。顔がいいなら尚更。冒険者もそうだが、迷宮都市の市民に人気が出れば、多少の無理や風評被害を打ち消す後押しにはなるし。


「迷宮都市で活動する以上、ただ強くなる事だけを考えるわけにはいかんという事だな」

「そういうスタンスの冒険者もいるが、可能なら対外的なものは気にしたほうがいいだろうな。お前たち自身だけでなく関係者……直近なら龍世界交流団の動向も無関係じゃない」

「責任重大だ」


 というか、今日こうして俺が玄龍と行動しているのは模擬戦が目的ではなく、この後に予定している空龍たちとの会議がメインなのだ。龍世界交流団のイベント打ち合わせである。


『がうがうがうっ!!』

『クマ~~……』

『す、すいません。勝手が違い過ぎて……』


 モニターの向こう側では、アレクサンダーがフォーメーションをミスって反省会を始めていた。




-3-




「今回のは自信作ですよっ!!」


 というわけで、クランハウス内の一室に移動して本日のメインイベント。龍世界交流団歓迎イベント企画会議である。

 訓練場隣の会議室でもいいのだが、参加者が俺と龍人三人と少ないので一室を使って仮設置中の小会議室を使っている。いや、あそこ広いねん。

 自信満々に資料を出してくる空龍だが、ここに至るまで過去の企画会議で大量の駄目出しを喰らい、その度に撃沈してきたという過去がある。でも、まったくめげる様子はない。


「前回の内容を考えると、本当に大丈夫なのか不安なんだが……」

「ええ、さすがに何度も独りよがりな案は出しません」


 このやり取り、前回の会議でもやった気がするんだけど。

 過去案の何が問題だったのかといえば単純な話だ。龍世界からやってくる連中を歓迎するためのイベントなのに、自分がやりたい事しか書いてなかったのである。

 空龍だけに限った話ではなく、玄龍や銀龍もまったく同じ。三人の間ですらまったく趣味はバラバラなのに、自分が好きなモノは他の龍も好きだろうと決めつけてかかっているのだ。その傾向を見るなら、むしろ他の龍は別の趣味に目覚めそうな気がするのだが。


「前回みたいにお前らの趣味を最大限反映させるとなると、一番現実味があるのは銀龍なんだよな。スタジアムって基本広いし」

「そうだよなっ! 分かってんじゃん」

「いや、あえて選ぶならだからな」


 大体、龍のサイズで人間用スポーツなど成立しない。モンスターや冒険者が迷宮都市のアニマルスポーツに参加できない以上の壁がある。

 観戦するだけなら可能だが、それで楽しませるには一工夫が必要だろう。ルールをはじめ、必要となる前提知識も多い。


「でも、今回はちゃんとブラッシュアップしてきたんだろ?」

「もちろんです! 関係者に聞き取り調査を実施して、お兄様たちが楽しめるようなプランを練りました」

「ちなみに、聞き取りって誰に?」

「主に杵築様や那由他様ですね」

「…………」


 空龍としては単に偉い人だから筆頭に挙げただけだと思うが、なんて不安になる人選なんだろうか。……いや、まさかその二人だけって事はないだろうし、その二人にしても妙なベクトルが加わらなければ真っ当な意見が出てくるはずだ、多分。


 というわけで若干の不安を覚えつつ企画書を確認してみたところ、意外にも無難な……いや、かなり出来のいい内容になっていた。

 前回のような偏った、観光スポットと呼ぶには無理のある場所まで含んだ企画ではなく、観光区画を中心に正に観光ツアーといえるようなスポットから、多少マイナーでも思わず訪問したくなるような玄人向けスポットまで網羅している。一年いてそれなりに迷宮都市に詳しくなった俺でも知らない分野のスポットさえあるほどだ。

 粗は多いが、それはこの企画段階で気にするような事ではない。


「まー、実は私たちは紹介された中から選んだだけというか……」


 本当にこいつらがコレを一から作り上げたのかと詳しく話を聞いてみれば、普通に協力者の力が絶大である事が分かった。

 というのも、根本的にこの街は那由他さんが趣味で作り上げたようなところがあって、直接手を出さなくなった今でも情報はすべて把握しているらしい。それは観光地のみならず、企業のイベント情報やキャンペーン、新商品の広告まで手を広げていて、サンプルなども送られてくるそうだ。

 ……そういえば一年前、ダンマスのプライベートエリアに行った時に食っていたカップ麺や、部屋に転がっていた商品も大体は試供品か企画段階のサンプルだと言っていたような気がする。お土産にもらったツナ缶もその類で、新パッケージでリニューアルと広告が出た商品が見覚えのあるデザインだったのだ。


「そういうエキスパートがいるんだから、その中から兄貴たちが喜びそうな場所を選んだほうが無難だろって感じで出来上がったわけだ。空はドヤ顔してるけど、妥協の産物」

「なんて事言うんですか、銀っ!」

「だが、直前まで観光パンフレットの山を前に頭を抱えていたではないか、姉上」


 どうやら、銀龍も玄龍も承知の話だったらしく、関与が最低限とは認めつつ納得しているようだ。


「企画としてはむしろいいと思うけどな。そりゃ先行して滞在しているお前らが一から作り上げて調整したほうがいいかもしれんが、交流イベントの成功のほうが重要だし」

「で、でも、ちゃんと候補になったところには足を運んで事前調査をしたんですよ」

「いや、貢献してないとかそういう話じゃねーから。むしろ良くやってるんじゃねーかな」


 俺がやったら絶対もっと適当なモノになる自信がある。あちらさん側の代表が界龍で顔馴染みかつマブらしいという点で、ある程度粗は誤魔化せそうな気がするし。


「……ん、界龍?」

「お兄様がどうかしましたか?」

「いや、なんか忘れているような気がしてるんだが……そんな重要な事でもない気もするし、まあいいか。じゃあ、これで企画通しておくぞ。一応、現地の調整や観光庁のチェックもあって微調整が入るだろうが、一旦手を離れる事になる」


 本職の人に任せてブラッシュアップしてもらえば粗らしい粗も消えて、もっと良い形になるだろう。ここでやっているのはあくまで企画だ。


「では、次は実際に交流団が来てからのイベントについてですね」

「それもリハーサルがあるから……」


 というわけで、龍世界交流イベントの企画案については一旦終了し、当日以降の細かい打ち合わせにシフトしていく。

 その流れで、新人戦のエキシビションマッチの話に触れたりもしたが、複数回に渡ったこの会議も終了したわけだ。

 その間ずっと何か忘れたような気がしていて気持ち悪かったのだが、どこかで思い出すかもしれないし、イベント内容で問題があるのなら観光庁なりどこかでチェックが入るだろう……と、気楽に思っていたのだ。


 しかし、企画は何事もなく通り、各観光スポットや龍の滞在場所の調整、事前に向こう側に渡すパンフレットや紹介映像、そして迷宮都市内での広報活動まで進んでいく。

 その流れを見て随分力を入れてるなと思ったのだが、どうも観光庁というのは迷宮都市内では目立たない部門で、珍しく日の目を見た事で張り切っているらしい。

 観光区画なんてエリアまである迷宮都市だが、良く考えたら対外的な観光客など存在せず、基本的に都市内部でしか観光業が成立しない。そこに来て、ほとんど初となる外部からの団体客の登場となれば力も入るというわけだ。

 王国から視察が来てもダンジョン区画の入り口程度くらいしか見せず、しかもその風景は偽装されたものとなれば当然ではあった。


 だから、というわけではないが、俺がなんとなく気付いた懸念には結局誰も気付かず、迷宮都市は龍世界交流団の乗るクーゲルシュライバーを受け入れる事となったのである。




-4-




 まあ、結果としてはなんで気付かなかったんだという単純な見落としである。


「お兄様たちのサイズを考慮していませんでした……」

「兄貴たちって、あんなでかかったっけ?」

「良く考えたら、正確なサイズなど測った事なかったな」


 発着場の歓迎イベントを終え、控室にて空龍が頭を抱えていた。……うん、俺も実物見てようやく思い至った。

 あちらの世界では何気なく接していて、漠然とでかいとだけ認識していた龍だが、いざ見てみると認識よりもはるかにでかかったのだ。何もかもスケールがでかいあちらさんだから認識に補正がかかっていたというのも大きい。

 いや、でかいという認識自体はあって、企画自体もそれを前提に組んではいたのだが、実際のサイズまでは誰も突っ込まなかったのだ。

 大体にして、龍は個々のサイズ差も大きい。向こうもそれを懸念していたのか、比較的小さめの龍を中心に交流団として選ばれているようなのだが、それですら想定のサイズオーバー。代表である界龍など、予定していた観光スポットのどれも利用できなそうという有様である。


「あんなに馬鹿っぽい格好するくらい楽しみにしてたのに……」

「アレはむしろキレてもいい案件だと思うが」


 クーゲルシュライバーから発着場に降り立った交流団一行だったが、彼らは何故か揃いも揃って色鮮やかなアロハシャツとグラサンを装備していたのだ。中には巨大な浮き輪などのレジャーグッズを抱えていた奴すらいる。

 あまりの惨状にツッコミたかったのだが、せっかくの晴れの舞台なのに水を刺すのもアレだと踏み止まる。ゲストの空龍も笑顔が引きつっていたが、なんとかスルーできた。

 そんなでかいシャツやグッズをどこから用意したんだよという問題についても、トマト倶楽部案件だと聞かされて俺の感情も行き場を失う。どうも、少し前から奴の会社が窓口となって、龍向けにサイジングした色々な物品を輸出していたらしいのだ。

 もちろん、あんな格好で登場するとは美弓本人も思っていなかったろうが、肝心の龍たちが艦内でPRビデオやパンフレットを見るウチになんとなくハッスルして着替えてしまったらしい。元々そんなノウハウなどないであろうから、そのまま出てきても咎めるモノはいなかったのだ。


『艦内は暇だったからな。内輪でカジノのシミュレーションに明け暮れていた。我の運を見せてやろう』


 一番派手なグラサンを光らせつつ登場した界龍は、服装や交流イベントがどうこうよりもまだ見ぬカジノに夢中だ。……お前が入れるカジノなんてねーよ。

 そして、その事実を告げられた界龍は空龍と同じポーズで落ち込む事になった。なんかこう、すごく兄妹なんだなと思わせる。

 他の龍は無理すればなんとかならない事もないが、界龍の観光地巡りに関してはこれから考えるしかない。


『いやー、ワイあんまりカジノとか興味ないんだけどなー、せっかくアッパーサイズの会場まで用意してくれたんだし行っちゃおうかなー』


 などと、界龍が比較的サイズの小さい龍に煽られて一触即発の空気が漂ったりもしたけど、歓迎式典自体は無事に終了した。

 尚、裏では熾烈な兄弟喧嘩が勃発したり、何故かそれが中継イベントになって放送されてしまったり、カジノに行った龍が揃いも揃って惨敗するという結果に終わったりもしたが、サイズ問題以外は順調と言えなくもない。


『か、界龍のアニキ、ちょびっとだけでいいんでワイに小遣い分けてくれんかなー』

『わ、ワイもワイもっ!』

『…………』


 無言の尾撃で吹き飛ばされる龍もいたけど、順調なのだ。




「まさか、グレンさんが式典に出るとは思いませんでしたよ。第一〇〇層攻略のほうはいいんですか?」

「なに、アタック中はともかく、それ以外ならいくらでも調整は効く」


 色々あった歓迎式典の翌日。俺は迷宮都市側の代表として出席していたグレンさんに誘われ、食事をごちそうになっていた。


「どうやって作ったのかは良く分からんが、これが美味いという感覚なのは分かるぞ。向こうでも勉強したからな」


 同じテーブルではないが、この会場には界龍もいる。もちろん、料理は巨大で、食器もそれに合わせた巨大サイズだ。コレもトマト倶楽部製らしい。

 大使として向こうに滞在までしたグレンさんだからか、俺たちや観光庁の犯したような失敗などせず、ちゃんと界龍でも入れるサイズの会場を用意していたのだ。具体的にはアーク・セイバーのクランハウスの一角で、専用の出入り口まで用意する準備万端っぷりである。


「お前らが帰ってからも滞在していたグレンに色々用意してもらってな、食事が可能な個体向けに料理を振る舞ってもらったのだ」

「向こうだとさすがに素材も人手も限界があったから、簡単なモノばかりだがね。だが、こちらなら制限はないようなモノだ」


 規格外サイズにもほどがあるが、迷宮都市内であれば料理人は星の数ほどいる。中には巨人やモンスターの料理人だっているので、サイズ的にも多少の無理は効くのだろう。

 実際、料理している光景は何かのお祭りのようなもので、広い敷地内に見た事もない調理道具が並ぶのは壮観だった。

 とはいえ、実際にちゃんと調理できているかは俺たちには判別し難い。料理一つで圧殺されるレベルのモノを口にして評価などできるはずもないから、生焼けでも気づけない。

 ちなみにこの食事会はかなり前から準備されていて、費用はグレンさんのポケットマネーから出ている。毎日コレだとさすがに破産しそうだが、一回や二回開催したところで超一級の冒険者には屁でもないだろう。


「それで、本当に一〇〇層は大丈夫なんですか?」

「特に問題はないな」


 挨拶回りを終え、自分たちのテーブルに戻ってきてから無限回廊の進捗について再確認してみるが、特に焦りとか気負いは感じられない。


「一時的に私が担当しているチームメンバーも向こうのテーブルで楽しく食事しているよ」


 それは確かにそうだ。というのも、この食事会は龍世界交流団だけではなく、クーゲルシュライバーに搭乗していた者とその関係者が招待されている。

 都合がつかない者、そもそもいない者も多いが、ウチからの出席者も多い。留守番役だったのにテーブルを占拠して龍相手に大食い大会みたいな事をしている巫女さんもいるくらいだ。グレンさんは知っていたのか「食材が余ったら龍と彼女に処理してもらえばいいな」とか言っていたが、知らない人は普通に絶句している。

 そんな異常スポットは別として他のクランメンバーも参加しているし、グレンさんが言うようにアーク・セイバーと流星騎士団で"クーゲルシュライバーに搭乗していた者"はほとんど参加しているのだ。

 一方で、両クラン所属者でも第一〇〇層に挑戦しているだろう人員の姿はほとんどない。何故か寝ているエルミアさんがいるのは見かけたが、クランマスターはそれくらいだ。

 俺としても正直、マジかよと思わざるを得ない。余裕があるというよりも、これはそもそも直近でクリアする気がないのだろうか。


「月華の件とかも聞いてますが」

「ああ、夜光の奴も結構やる。さすがにちょっと意外だった。アレは順当にいけば新人戦前に第一〇〇到達するな」


 そうすれば、現在の合同攻略体勢は多分終了する。つまり、新人戦前までが現体勢でのタイム・リミットなのだが……。


「私としては、あの戦いでの経験をフィードバックするのが先だ。再編成の問題もあるが、クーゲルシュライバー組をメンバーに揃えているのも、その点のほうが大きい」

「ひょっとして、早々に攻略する気はないと?」

「そうでもないがね。ただ、今のオーバー・スキルに右往左往している現状では、他の連中は厳しそうだ」

「はあ……」


 反応に困るな。

 色々と振り回されているのは、ゲルギアルが来た際に直で見ているので当然知っている。というか、その場にはグレンさんもいた。

 俺としてはなんでオーバー・スキルが条件みたいな扱いになっているんだろうとは思うが、当事者でない上に認識阻害もあるのであまり口を挟めない。するべきでもないような気もする。


「とはいえ、私が出遅れてるのも確かなんだよな。競争のつもりはないが、普通に考えるなら一番乗りは無理だろう」

「なんか、そうは言いつつも自信ありそうそうですね」

「このまま長引けば結果的に私が一番乗りになりそうだと思うよ。それくらい、あの特異点の経験はでかい。君なら分かるだろ」

「そりゃまあ」


 あんな超常を超えた超常バトルを潜り抜けて尚成長しないなんてあり得ない。レベルなどで表に出るものではないが、それは確かだ。

 特にグレンさんなんて想像を超える活躍っぷりだ。何を狙って何をやり切ったのか、後から聞かされても理解し難い。あの特異点の中心にいた俺でさえだ。


「どうしても気になるというなら、活を入れる方法はあるぞ。なんと君にしかできない方法だ」

「俺だけにしかできない?」

「簡単な話だ。ローランに向かって『まだ攻略できないのか』と煽ってやればいい。君から言われれば色んな意味で奮起するだろう」

「それはちょっと……」


 なんでわざわざヘイト買いそうな事をしなければいけないのか。


「というか、逆効果になる可能性も」

「あいつなら大丈夫だよ。私が示唆したと知れば殴られるかもしれんが、それくらいだ」


 なんか、奇妙な感じで仲良いよな、この兄弟。一見すると血縁関係すら感じさせないような距離感だが、基盤の部分で信頼のようなモノを感じる。


「一〇〇層攻略に関しては、あんまり口出さないほうが良さそうですね」

「それはそうかもな。君は高みの見物をしているといい」

「いや、下から見上げる立場なんですが……」


 正直な話で言うなら、俺が第一〇〇層の攻略を気にしたところで仕方ないのである。こうして進捗について尋ねるのだって、迷宮都市の冒険者なら誰でも持っているような好奇心に過ぎない。


「というか、こうしてグレンさんとの二人席だったのって、それ関連かと思ったんですが」

「いや、コレは単に席割りの都合だ。君を別の席に置いておくと、ちょっと大変そうだったからな」

「は?」

「周りを探ってみれば分かるだろうが、ウチの人員で君に注目している者は多い。一人二人ならむしろ紹介もするが、ひっきりなしとなると困るだろ? だから、重要な話をしているようにしたんだ」


 言われてみれば……いや、気付いてはいたのだが、確かに俺を見る視線は多い。ガン見レベルで注目している者も結構いるが、注意してみればさり気ない視線も多数。

 基本友好的なモノで、あまり悪意は感じられないものの、以前のように好奇心だけといった風でもない。……どっちかというと、コレは戸惑い、困惑? 俺に対してどんな感情を抱いているんだろうか。


「というわけで、この席割りは別段何か重要な話をするとか、そういう意図はない。君は自分の事に専念したまえ」

「クラン設立って事ですか?」

「それもあるが……君の場合、いきなり何かあるなんて珍しくはないだろ。視点を広く持って備え……るのは難しいかもしれんが、準備と心構えはしておいたほうがいいだろう」


 まさかグレンさんから言われるとは思わなかったが、それは因果の虜囚として当然の心構えではある。直近でどうこうとはいわないが、ポツポツと怪しい情報が出ているのも確かだ。


「なんというか、少し印象が変わりましたね。余裕があるというか、自信があるというか」

「それらとはちょっと違う気もするが、視界が広がったのは確かだな。今なら将棋でも勝てそうだ」


 そんな事を言っていたので、食事会のあとに一局指したら普通に勝ててしまった。かなり悔しがっていたので、本気で勝てると思っていたのだろう。

 しょうがないのでリベンジマッチとして麻雀を打つ事になったのだが、残念ながらその勝負では負ける事になってしまった。


『うぉぉ……馬鹿な、そんな狙い撃ちのような待ちがあってたまるか』

『ただの偶然。倍満直撃ごっちゃんです』


 俺だけでなく、その卓に着いた全員がエルミアさんの餌食になってしまったのだが。

 つい流れで打つ事になってしまったが、もう絶対アーク・セイバーのクラマスたちと麻雀は打ちたくない。




-5-




 なんだかんだと時は流れ、六月末。新人戦の時期が迫ってきた。

 その間、たった二人とはいえ無限回廊第一〇〇層攻略の達成者が出た事で迷宮都市は大賑わいである。

 詳細が公開されるわけでもないのに、どうしてここまで盛り上がるのか理解できない部分はあるのだが、スポーツの代表選手が記録更新して世界制覇したようなノリなのだろうか。そういう形に演出している迷宮都市を改めてすごいと感じたりもした。

 その盛り上がりだけではなく、龍世界交流団からとめどなく続くお祭り騒ぎにも関わらず、新人戦は明らかに去年以上な盛り上がりを見せている。迷宮都市の住人は疲れる事を知らないのだろうか。


 というわけで、第一〇〇層の話題はさておき、ウチに直接関わりのある新人戦である。

 本戦参加の有資格者だけでも十人。そのすべてがデビュー一年未満なのに中級昇格者という、ちょっとした異常事態だ。

 内訳としては三月に中級昇格を決めたディルク、セラフィーナ、リリカ、マイケル、ミカエル、アレクサンダーのパーティ六名。そしてつい先日特別試験をパスして中級昇格を決めたサンゴロ、サティナ、リーゼロッテ、ゴブサーティワンの四名。あとついでにデーモンちゃんことレーネ。


 実はレーネことデーモンちゃんは早々に出場辞退を決めている。本人はちょっと出たがっていたのだが、公の場で姿を見せると、しかも戦闘する姿を見せると普通にバレそうという、外堀埋めを狙う者連合の小癪な判断だ。ここからはかなり繊細な立ち回りが要求されるため、ユキには極力バレないようにしないといけない。

 そのユキはといえば、普通なら気付いてもおかしくないはずなのに、向こうから接触がないのをいい事に安心し切っているのか一切行動を起こす気配はない。勘のいいユキの事だから、意識的に目を逸しているのが丸分かりである。そうして、目の前に突き付けられたら慌てるのだろう。

 正直、このユキの対応に関してはあんまりいい印象を抱いていない。前から言ってはいるのだが、何度それとなく……いや、かなり直接的に触れても反応するのはその場だけというのはかなり問題だろう。用意してる本人が言う事ではないが、でかいしっぺ返しが待ってるぞ。


 あとは、ディルクとセラフィーナも欠場を決めた。セラフィーナは宣誓真言の後遺症がまだ残っているから様子見という事で、ディルクは情報局のほうから緩いストップがかかったらしい。絶対に出場するなというほどではないにせよ、今回に限らず迷宮都市の表向きのイベントは出場を避けて欲しいと。立場的に理解できなくもないし、新人戦も無理して出場するようなものではないため普通にスルーする事になった。

 残りの八名については出場する事になる。昇格試験の都合で色々と準備不足なサンゴロたちも普通に参加だ。

 ただ、チーム分けは少し変わった事になっている。

 早々に決まったパンダ三匹チームはいいとして、サンゴロとサティナはフィロスのところのジェイルと組む事に決まり、ならロッテとゴブサーティワンのところにリリカを放り込むかという流れになったのだが、何故かリリカはソロ出場を表明した。


『ちょっと試したい事がある』


 などと言っていたので、自信があるか、もしくは勝敗度外視だから巻き込みたくないのか、そんな意図なのだろう。

 普通に考えるなら中級冒険者相手に魔術士を一人で戦わせるのは無謀だ。リリカが動ける魔術士である事は知っているが、ディルクのように近接戦闘までこなせるわけじゃない。とはいえ本人の意思は固そうなので、問題もそこまでないだろうと許可する事となった。

 もう一つの理由として、モンスターからの転身組である二人の問題もある。ウチにはあまり関係のなさそうな事情ではあるのだが、冒険者を含む迷宮都市全体において、モンスターから転身して冒険者になる事例は未だ多いとはいえず、純冒険者との立ち位置の違いが浸透していない。

 極端な話、モンスターとの混成チームにすると、強いモンスターと一緒だから勝てたみたいな声が上がったりするのだ。もちろん単に良く知らない人の意見ではあるのだが、極力面倒な事を避けたいなら公の場では個別に組んだほうがいいと言われている。そんな話だ。

 ウチがそんなのに気を使ってやる必要はないのだが、本人から個別でやると言われたら、まあいいかとなったわけだ。

 それで、空いた一枠に誰を入れるかという話にもなったのだが……。


『外部のモンスター転身者がいない事もないんだけど、実力差が大きいから肉壁と二入でいいわ。コレを盾にすればどうにかなるでしょ』

『リリカ姉ちゃんはともかく、できればもう一人前衛が欲しいっス』

『どうにかなるでしょ?』

『えっと……ね、姉ちゃんが頼めば大体一発で……』

『どうにかしろ』

『あいっス!』


 そんなやり取りがあって、ロッテたちは二人組での出場となった。

 どうも、ロッテは口にした実力差以外の部分でもあまり他のモンスター冒険者と関わりたくないようなのだ。詳しい事情までは聞かなかったが、第二世代モンスターの最年長、ユニークボスとしての経歴など、色々な事情があるんだろう。単にお願いしに行くのが恥ずかしいからとかそんな事情かもしれんが。


 そしてエキシビションマッチだが、これは本当にウチ主体のイベントのようなもので、ベレンヴァール、空龍、玄龍、銀龍の四人がそれぞれ試合を行う事になる。

 日程としては最終日にまとめて実施される事となり、対戦相手は秘密裏に募集・選定されたかなりの強者だ。アーシャさんのような例外中の例外とまではいかないが、普通なら新人戦の迎え撃つ側にも出てこないような高レベルばかりである。規定が変わり、対戦相手選出が最適化された今回でもだ。


 ただ、この対戦相手に関して、俺はほとんど知らない。大体は名前だけは知っているが、どの人もこれまで関わりがなかったような人たちばかりなのだ。

 実はクーゲルシュライバーに乗っていた人がいたりもするのだが、無量の貌攻略戦では被救助側だったりと接点はない。

 というのも、第一〇〇層攻略関連で選定対象からアーク・セイバー、流星騎士団、月華の三クランが除外されていたというのが大きい。当たり前だが、ローランさんと剣刃さんが直近で突破したといっても、まだまだ第一〇〇層攻略は続くのだ。準備期間がなかった事もあるし、この三クランが除外されるのも当然だろう。

 そんなわけで、エキシビションマッチに関しては対戦相手のほとんどが俺にとってほとんど未知の強者となるわけだ。本戦も似たようなものだが。


 また、飛び込みイベントとして龍相手のエキシビションマッチも組まれる予定だが、そちらに関しても同じだろう。




 更に時は流れて新人戦当日。去年よりもプラチナチケット化して手に入れづらくなっているものの、無事関係者席をゲットできた俺たちは開始前から盛り上がりを見せる観客席よりも上からのんびり観戦となった。VIP席というほどでもなく、ほどほどに気楽である。

 この関係者席はその日の出場者の関係者、家族かクランメンバー、登録中のパーティメンバーであれば優先して購入可能な特別席である。まだ発足前ではあるが、一応クラン扱いとして許可してもらった事で購入できた。ウチの出場者はほど良く三日全部に割り振られているので、三日全部が対象だ。


 開会式も終わり、いよいよ本番。今年の新人戦はここから高みの見物をさせてもらおう。




次話は新キャララッシュになる新人戦ですが、次の更新はガチャや敗北の予定。(*´∀`*)

意味深ですが、パンダたちは大した事考えてません。


リスタートプロジェクト第二弾も2023年8月頭から開始、9月まで実施中です。

イニシャルゴールについては現時点で達成しましたが、月末の終了に向けてラストスパート中。

詳細は以下のリンクなどから。発売時期などの最新情報はTwitterが一番早いと思います。(*´∀`*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここに来る人は大体知ってると思いますが、(*■∀■*)の作品「引き籠もりヒーロー」がクラウドファンディングにて書籍化しました!
表紙オーディオ
詳細は活動報告か、該当作品ページにて
引き籠もりヒーロー

(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
img ■ クラウドファンディング関連リンク
無限書庫
作者のTwitterアカウント
クラファン準備サイト
― 新着の感想 ―
[気になる点] 界龍がデカすぎてカジノに入れない話はローランさんが百層攻略を伝えに来たときの話なので今回の前半の話よりも後のはず
[一言] ゴブサーティワンと戦う冒険者が可哀想ですねw
[良い点] 頭抱える空龍好き
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ