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第8話「鏡」

第一章を収録した新第一巻発売中!(*´∀`*)

第二巻出版を目指すクラウドファンディング実施中!(*■∀■*)


今回の投稿は某所で開催したその無限の先へリスタートプロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたとも りさんへのリターンとなります。(*´∀`*)





 記憶の始まりはとても朧げで、そこから続く人生も同じ。それは転生した事で記憶が破損したというのもあるけれど、刻む価値を持たないような体験だったから。

 毎日が同じ事の繰り返し。ずっとナニかと戦うだけの日々。相手が変わり、環境が変わっても、代わり映えなどしない闘争のみで塗り潰された記憶。

 親はいない。家族もいない。そもそも存在していたのかどうかすら分からないし、そんな概念自体知らなかった。この世界に転生した際にある程度記憶が継承されていたから人間に近しいモノではあったはずだけど、自分がどんな存在であったかなど知らない。

 そんな人生とも呼べない空虚な何かにおいて、喜びと呼べるような行為は皆無だ。娯楽という概念を知らず、食事という概念を知らず、睡眠すら自発的に行うモノではない。生きていくために必要なモノはすべて装置で機械的に提供されるものでしかなかった。

 死に対する恐怖も、生に対する執着もない。失うモノはなく、得る事もない。痛いのや苦しいのは嫌だったはずだけど、繰り返される内に慣れて日常になっていた。

 ひたすら続く闘争の中で生きていられたのは、なんとなく生き残ってしまったから。ただ、それだけの事でしかなく、気がつけば無数の死体を積み上げ、その上に立っていた。

 そういうモノだと刷り込まれていれば疑問を抱く余地などなく、幸福を知らなければ不幸と感じる事もない。与えられた知識は戦闘技術のみで、人間性に関わる知識は徹底的に排除されていた。


 あたしはそんな自分の前世を奴隷戦士のようなモノと表現したが、果たしてそれが適当な表現であるかは分からない。

 少なくともこの世界で知った奴隷という存在とは掛け離れていたし、迷宮都市にはまず見かける事のない存在だったから。知識として知った後でも、やはり根本的に異なるモノとしか思えない。時代や場所によって奴隷という肩書の意味が違う事を考慮してもだ。


 その記憶に登場人物はあたしと敵しかいない。自分以外の存在は比喩でもなんでもなく殺すべき相手だった。自分と似たような姿の相手だった事もあるし、まったく違う相手だった事もある。形容し難い怪物だった事もあったはずだけど、すべてひと括りで敵なのだ。

 一日一殺。それを繰り返し、無數の死を積み重ねた果てであたしは死んだはずだ。最終的にどうやって死んだかなど覚えていないが、別段特筆すべき事柄ではないのだろう。少なくとも興味はなかった。それくらい、あの世界では死がありふれたものだったから。


 そうしてこの世界に転生した。死生観に関わる知識も持っていなかったから疑問すら抱かず、死んだあとはこうなるのかと感じた程度だ。

 きっと、あたしがこれまで殺した相手も似たような体験をしていて、これからも同じ日常が続くのだと思っていた。実際には何かを強制される事はなく、ただ放置されたのだが。

 前世の知識という土台があるあたしがネグレクトされていたからといって、何も感じる事はない。この世界の両親らしい存在は無責任を体現したようなモノだったが、憎悪する事などもなく、嫌悪する事もなかった。もちろん愛情もなく、ただそういうモノだろうと感じただけだ。食事が与えられているだけでも上等だろう。

 地獄を地獄と認識しなければ、何も辛い事はない。そんな温ま湯のような闇の中で、光をくれたのがディルク……ディー君だった。闇の中で初めて知った光は必然的に依存先になった。

 前世、今世通して初めて与えられたセラフィーナという名は光の象徴だ。そしてようやく、光に照らし出されたあたしのすべてが闇だったと認識した。

 その名前の由来は未だ知らない。ディー君の交友関係や過去の関係者にそんな名は見当たらず、歴史や創作物にもそれっぽいモノは見当たらなかった。彼が普段呼ぶセラという略称だけに絞っても候補になりそうなモノがない。

 意味がないという事はないと思うのだけど、好奇心以上に知る事を躊躇している自分もいる。意味を知ったとして、どう捉えたらいいのかも分からないから。

 だから、あまり考えない事にした。興味の有無に関わらず意識を逸らす事は得意だった。


 生きてきた環境故に自発的に何かをする事は不得意。しかし、魂にまで刻み付けられた情報が大抵の事を可能とする。使えば使うほどに筋肉が、神経が、骨格が最適化していくのを感じる。体が異なるとはいえ、同じモノはさほど修練の必要もなく、近しいモノなら容易に調整が可能になる。掛け離れた概念でも、取っ掛かりとなる部分が存在するのなら容易に最適化する事ができた。それはあたしの才能というよりも、刻まれた技術に含まれる最適化の技能だったのだろう。

 それは言語化可能な知識ではなく、そもそも言語を持たなかった記憶の知識を説明する事などできないが、あたしだけが扱う分には問題はない。

 というよりもきっと、コレは説明したところで再現できるモノではない。


 ディー君と二人、お互いに幼児と呼べる年齢の時点でトライアルダンジョンに挑戦した際の体験は、それを色濃く実現する事となった。

 短い体躯と四肢にも関わらず、少し練習しただけでトライアル用の武器を十全に扱うあたしはさぞかし異様だった事だろう。ディー君も目を剥いていたが、それも最初だけだった。

 重量制限はあっても、形状問わず使えない武器などない。スキルとして反映されていなくとも体は動く。体系付けられたモノとは異なるものの、魔術行使すら経験や知識はあるのだ。迷宮都市に存在しない未知の分野でも、よほど掛け離れたモノでなければ扱える技術はあると思う。

 トライアルでは何度か死んだし、慎重に攻略を進めたので最短攻略にはならなかったけど、別段それは狙ってはない。おまけで付いてきた最年少攻略だって、たまたまその時最年少だったというだけの事だ。記録を更新したというのならディー君だって似たようなモノで、単にあたしのほうが年下だったというだけの事だ。

 どちらかといえば、必要だったのはトライアル攻略の実績それ自体である。


「帰るの? あのミノタウロスならあと少しでいけそうだけど」

「別に急いでるわけでもないしね。第五層の確認も済んでないし、別段今日やらなければいけないというわけでも」

「理由ならあるけど」

「え? 何かあったっけ?」

「今日はディー君の誕生日だから」


 トライアル攻略はディー君の欲しいモノと分かっていたから。だから、プレゼント代わりにミノタウロスの首をあげよう。そんな軽い気持ちでしかなかった。

 いくらモノ知らずの幼児でも首は当然の如く比喩である。魔化してしまう首はプレゼントにはならないので、実際に上げるモノはトライアルクリアという実績だ。

 本人はそこまで喜んでいなかったけど、褒めてはくれたので良かった。こんな、できて当然の事でも褒められるのは嬉しい。


 とはいえ、本来トライアルを突破した者のように冒険者デビューする事はなかった。あたしたち二人ともだ。

 もちろん、登録した上にトライアルに挑戦までしていて資格がないなんて事はない。年齢制限とか、保護者とか、そういった煩わしい処理はディー君がすべてクリアしている。

 冒険者デビューに必要な条件を果たしたとしても、それは資格を得たというだけで、必ずしもデビューしなければならないわけでもないのだ。


 何をどう判断したかは知らないけど、あたしはディー君の勧めもあって迷宮都市の学校に通う事になった。迷宮都市出身者でも必須ではないのに、何故か義務教育と呼ばれている教育課程だ。困惑はあったけど、特に疑問の余地もなく学生生活に身を置く事となった。

 褒められれば嬉しいから頑張る。それを重ねたら飛び級を繰り返してあっという間に義務教育が終わった。情操教育が足りないという評価ではあったけど、そのマイナスを差し引いても余裕で卒業条件はクリアしていた。

 その後言われるままに色んな学校に行ったけど、最終的に行き着いたのは冒険者学校だ。あたしたちくらいの年齢なら幼年学校という選択肢もあったらしいけど、本校からでも問題はない。試験だって特に問題なく合格した。


「なんで卒業しないの?」


 最低在籍期間の三年を過ぎ、あまりに長く留まる事になった冒険者学校で不思議に思って尋ねた。専用の研究室まで用意してもらったといっても、そもそもディー君は情報局に所属している身だ。環境に不自由がなくともメリットにはなり得ない。

 唯一の利点となりそうなエリート冒険者予備軍との距離もおそらく必要としてない。あたしの目から見ても、在校するのはさして意味のある事とは思えなかった。


「うーん、そこまで明確な理由があるわけじゃないんだよね。しいていうなら、わざわざ研究室まで用意してもらった義理と冒険者候補生の近くにいるって環境かな?」

「ディー君、あの人たちに期待してないでしょ?」

「期待とはまた違うけど……まあ、そうかもね」


 今でも時々授業に参加する事もあって、ここの学生に愛着がないわけでもないけど、あたしも執着はしていない。いつも通り卒業しろと言われればするし、このままならそれでも構わない。ただ疑問なだけだ。

 ディー君が冒険者という存在に固執しているのは分かる。それなら予備軍な人たちではなく本職に近づけばいいのに、そういう事でもないらしい。

 多分、ディー君は冒険者そのものに見切りを付けかけている。ただ、わずかな執着と惰性でここにいるだけ。そんな気がした。

 そして、欲しているのがきっとあたしには求めていないモノだと分かってしまうのが癪だった。


 だから、ソレ……渡辺綱が現れた時は気が気じゃなかった。今でもディー君の興味を惹き続けているのがムカつくし、なんとなくあたしが代替できない要素だろうという事もムカつく。クラスメイトにBL的な話を振られた時はそのまま鵜呑みにしてしまうくらいには頭が茹だっていた。何故ディー君が掛け算の左側なのか。右側に決まってる……いや、そういう事ではない。

 誤解だとは分かったし納得したけど、渡辺綱がイラつく存在なのは変わりない。妙な事を吹き込んだクラスメイトはディー君に折檻されたらしいけど、あたしのイライラには関係ない。

 ディー君が渡辺綱に求めるものがあたしに求めるものとまるで違う事もイラつかせる。なんとなく予想もしないところで先を行かれるのもだ。特別製とはいえ、シャドウですら普通でないってどういう事なのか。ディー君が渡辺綱に求めているのはそういった類のモノなのだと突きつけられた気がした。

 ディー君の一番はあたしでないといけないのに、一番でない分野があるだけで心が掻き乱される。原初に刻み込まれた光が遮られる事はあってはならない。

 渡辺綱はもちろん、ダンジョンマスターだってムカつくし、あのゲルギアル・ハシャや無量の貌もムカつく。あいつらは何故、あたしが手の届かないところにいるのか。それを突き付けてくるのか。

 それが届く場所なら、いくらでも手を伸ばしてみせるのに。あたしの魂に刻まれた何かにはその答えはない。




-1-




 ムカつく相手とはいえ、糧になる事であるなら素直に聞く。ディー君が望むなら尚更だ。それがこの世界で学んできた処世術だった。


「……とまあ、長々と説明したが、宣誓真言のコツはこんな感じだな。実践は困難だろうが、お前たちならできるだろう」


 ある日、唐突にゲルギアル・ハシャが迷宮都市に現れた。連れてきたのはディー君だけど、様子を見る限り唐突なのは同じだったらしい。

 そして、どういう意図かあたしたちに宣誓真言の指南を始めたのだ。別に頼んでないのに。


「なるほど、さすがに創始者ですね。僕もある程度は理解していたつもりでしたが」


 ゲルギアルとディー君は興味深そうに談義を続け、あたしは少し離れてそれを眺めていた。少し前に絶対的敗北を刻みつけられた遺恨はあるけど、それはとりあえず置いておく。


「たかだか数年でそこまで解析しただけでも大したものだろう。もっとも、コレはただ年月を経た、数をこなしただけで上達するようなモノではないが」

「それはそうですね。コレほど適性に左右されるスキルもなかなかない」


 そんな会話の直後、二人ともあたしに視線を向けた。多分、あたしに適性があるとかそういう事だろう。

 扱う者によって得意とする分野が異なる< 宣誓真言 >は単純な比較は難しい。それでも総合的に見てディー君より上手く使えている自信はある。そう自覚していたし、以前からディー君にも評価されていた。

 ただ、なんで使えるのかはさっぱり理解していない。そういう知識に精通しているのはディー君で、あたしはただ上手く使えるだけ。それは宣誓真言に限った話ではない。

 ディー君のためだからできると安直に考えたりもしない。そういった感情的な部分にまったく意味はないとはいわないけど、それだけでないのは分かる。

 前世の体験によるモノかについては少々疑問が残る。まったく関係ないという事はないにせよ、直結しているようには思えない。


「お前もある程度経験を積めば私程度なら超えられるだろうが、セラフィーナのほうはそれどころではないな。私の知らぬ真理に辿り着いたら逆に教示願いたいものだ」


 そうなのか。基本的な能力が違い過ぎて、そんな事言われても実感は湧かないけど。


「ゲルギアルさん的にはそれでいいんですか? その……創始者のプライドとか」

「才ある者に嫉妬する事はあっても、私にその手のプライドはないな。教示した相手が先を行き、好奇心が満たされるならそのほうが重要だ。それに、弟子というモノは師を超えるべきモノだろう?」

「で、弟子ですか?」

「私がそう思っているだけだから気にする必要はない。別に弟子や生徒の類を持った事がないというわけでもないしな」


 あたしは師弟関係というモノについて理解しているとは言い難い。あえて言うなら師匠はディー君だけど、ちょっと違うのは分かる。……前世まで遡るなら、あの装置が師匠と言えなくも……ないかな。それだったら本だって師匠になってしまう。


「正直なところ、今後渡辺綱を含むお前たちと敵対する事はないだろう。むしろ共闘の可能性すらあると思っている。ならば、お前たちが強くなる事もプラスと言えなくはない」

「そりゃ確かにそうでしょうし、個人的にも別に敵対する理由はなさそうですが。龍のみなさんへの建前として……」

「そんなモノは捨て置け。私の……私と皇龍のやつの個人的な関係なのだからな」


 私は倒したい相手ではあるんだけど……。まあ、それはクラマスに対するソレと似たようなモノだから敵対心ではないとは思う。できれば排除したいというだけ。

 いや、負けたのは悔しいから敵対心はあるな、うん。……機会があればお返ししよう。


「それに、私は宣誓真言を多用してはいるが、それが力の一部でしかない事は分かるだろう?」

「そうですね。というか、その宣誓真言にしても一つしか使ってないじゃないですか」

「なんでも切れる剣というのは便利だからな。大抵の事はコレ一つでどうにかなる。というよりも、そう在るようにしたというべきか。先ほども言っただろう? 世界を騙すなら可能な限り極小の一点かつ一瞬であるのが望ましいと。あくまでコレは私にとっての最適解に過ぎんがね」


 それは、今回の授業で話で真っ先に触れた部分だ。

 体感的にそうだろうとは思っていたけれど、このスキルは性質上宣言する内容を極限まで限定したほうが都合が良い。それは、HPの膜を突破する刺突のクリティカルにも似ていて、本来世界が持つ概念を突破し、押し付けるための力となる。

 だから、あたしたちが多用する自身の強化は最善とは言い難い。とはいえ、それはある程度体験知で理解した上での無難ではあった。ゲルギアル・ハシャの最善は、その下地に強固なモノがあってはじめて成立する最善なのだ。


「正解などなく、むしろ自分の正解を世界に押し付けるのが宣誓真言だ。お前のように強力で汎用的なスキルとしての用途に囚われてると、自ずと限界にぶつかるだろう」

「……なかなか難しいところですね。僕にそういう傾向にある事は否定できません。どっちかといえばセラが得意な分野というか」

「それはそうだろうな。ただ、それはセラフィーナの正解であってお前の正解ではない。あるいはセラフィーナからお前にとって不都合な正解を押し付けられる事になる可能性すらある」

「そんなつもりはない」

「ようやく口を開いたな、セラフィーナ。……なに、ただの可能性だ」


 なんであたしがディー君にとって不都合な概念を押し付けないといけないのか。むしろ、代わりに実現してもいいくらいなのに。

 でも、宣誓真言の起動をはじめ、普段ディー君があたしに色々と枷を付けているのはそういう懸念を感じての事かもしれないとは思う。そう考えると……うーん。


「セラが黙って聞いているのは真面目に捉えてる証拠なので、気にする必要はないかと。警戒はしているようですがそれは僕もですし、興味ないなら寝るかいなくなるのがセラなので」


 さすがディー君、良く分かっている。


「なるほどな。……まあ、今この場でなくとも気になる事があるなら聞きに来るといい。少なくともあと数日は迷宮都市にいるつもりだ」

「なんの前触れもなく唐突に現れたので、いつの間にかいなくなってもおかしくないような」

「それは否定しないが、その後もどこかで会う事があるだろうと思うがね」


 そんな気はする。あたしたちとこのお爺ちゃんの歩む道は遠く掛け離れているように見えて、案外近いところにあるのではないかと。

 その時味方である保証などないけど、それならそれでもいい。


「じゃあ、宣誓真言以外の事は?」


 会話の流れに乗ってしまったのか、そこまで興味もないのになんとなく尋ねてしまった。


「ん? それは構わんが、モノによっては対価をもらう事になるな。杵築新吾ともそういう取り決めをしているが故に」

「セラ、この人が弟子云々言ってるのは宣誓真言限定の話だから」

「別にそこまで杓子定規に扱うつもりもないし、多少割引くらいならしてやろう。何か聞きたい事でもあるのかね?」

「今は特にないけど、高い?」

「なら、その時にならないと対価も分からんな。言っておくが、対価といっても別に金というわけではないぞ。むしろ物々交換か、私にとって興味を惹く情報がベストだ」


 言ってみて自分の貯金がどれくらいあるか考えたけど、それは意味のない事だったらしい。というか、あたしの貯金はディー君管理で小遣い制だった。

 情報……情報か。クラマスの情報なら高く売れそうだけど、ディー君に怒られそう。


「迷宮都市を含むこの世界でフィールドワークをしたいのであれば、現地通貨は欲しいのでは?」

「目聡いな、ディルク。杵築に言えば用立ててもらえるが、あいつのレートは少々足元見過ぎだからな……。悩ましいところだ」

「単純に警戒されているのでは?」

「それもあるだろう。私が直接迷惑をかけた覚えはないが、仕方ないといえば仕方ない」


 どの口で言うんだろうと思ったけど、確かにダンマスとの関係に限って言えばその通りかもしれない。

 なら、あたしたちはとも思ったけど、かなり微妙なところだろう。展開上戦いはしたものの、あたしたちが直接何かされたわけじゃない。彼が何かしたのは基本的に龍や龍世界、そしてクラマスに対してだ。


「まあ、聞きたい事があればとりあえず聞いてみるといい。それから判断すればいいだろう」


 なんとなく聞いてみただけで、特別聞きたい事があったわけでもないから、この場はそれで終わりだった。

 ディー君は宣誓真言についての質問を追加で聞いていたりはしたけど、あたしとしては聞くだけ聞いて脳にインプットしておくだけに留める。その引き出しを開けるかどうかは分からないけど、必要ならディー君が再度言うだろうから多分死蔵されるはずだ。




-2-




「技術局?」

「ああ、本部じゃなく実験区画の新しいビルな。前に検査した際に確認できた新クラスのテストがしたいってさ」


 ある日、クランハウスで擦れ違ったクラマスから臨時らしい仕事を振られた。

 新クラスというのは確か< ミラー・スロット >とかいう、これまで迷宮都市で確認されなかったモノだろう。一応、あたし以外でも適性が確認された人はいるので、ユニーククラスではないらしいが、希少性が高いのは分かる。

 クラスやスキルのテストはこれまでも散々やってきたから、テストに対しては別にいいのだけど……。


「ディー君は?」

「ディー君も一緒だ」

「目的地まではね。そこで用事があるから別々になるけど」

「むー」


 ……待遇は微妙。

 どうやら隣にいたディー君には事前に話が通っていたらしい。詳しく聞いてみたらクランの定期連絡会で話に出ていたらしいから、あたしが聞いていなかっただけだろう。良くある事。


「アレに関しては、前にもギルドでテストはしたけど?」

「それとは別枠なんだよね。どちらかというと調査用に作った機器のテストがメインというか。僕は情報局代表でその手伝い」


 前回テストした際にある程度どういうモノかは調査できて、結局今の段階で使い物にはならないという話になったのだ。

 あのテストで分かるのは結局、擬似的にクラスを反映させる事で表面的な情報を得るというだけの事でしかない。その状態で模擬戦でもできれば別だけど、基本的に専用のポッドで寝ているだけだからそれもできない。


 あの特異点の戦いを境として、唐突に確認される事になったクラスやスキル。

 あたしに適性があると確認されたのはツリークラス< 万能手 >と、そこに内包される< ミラースロット >という名のクラス。

 現在分かっているこのクラスの特徴は、既存のどのクラスと比較しても異質だ。新しいクラスは異質なモノが多いけど、その中でも上位だろう。

 < 万能手 >ツリーのクラスは< ミラースロット >のみ。二つ、三つと枠が増えていく中で候補が少ないツリークラスは他にもあるけれど、コレは少々意味合いが異なる。

 単純に、< 万能手 >はツリースキルをすべて< ミラースロット >で埋めて使うツリークラスなのだ。

 そして、< ミラースロット >は扱う者がそれまでに経験した別クラスをセットして使う事ができる。その候補はツリークラスに縛られず、任意のタイミングで切り替える事ができる。セットしたクラスのレベルは固定されてしまうというデメリットがなければ無条件で候補だっただろう。

 今だって< ミラースロット >にセットするクラスの候補は多いが、十全に使うつもりなら他のクラスを成長させる余地を持てるセカンドツリー取得以降が望ましいと、そんな結論に至ったわけである。

 このセカンドクラスが開放されていないと十全に活かせないという前提条件は、クラスの戦力補正を考慮しても問題が大きい。

 正直、今後も使えるかどうかは未知数。今でもコロコロクラスを変えているように、選択肢の一つとして実験はするんだろうけど、将来的にファーストクラスをコレにするかどうかは分からない。


「ディー君的に、コレって使い物になると思う?」

「今の時点で分かっている範囲でなら最有力候補かな。これ以上なくセラ向きのクラスだと思うし」

「分かった。じゃあ行く」


 ディー君のプランに含まれるのなら、それだけで意味はあるだろう。ディー君が情報局として関わってる以上、どの道やる事にはなっていただろうけど、やる気が違う。


「結果次第では泊まりの可能性もあるから、プライベートな用事があるなら事前に……って、ディルクが管理してるか」

「予備日も含めて、事前にスケジュール調整済です」


 そういえば、不自然に今日と明日のスケジュールが空いていた気がする。予定入れなくて良かった。




 そんなわけで、午後からクラスのテストとやらに移動する事になった。

 目的地らしい実験区画のビルの住所を確認して交通の便が悪くて面倒臭そうと思ったけど、専用の送迎車を用意してくれるらしい。報酬もそこそこ出るらしいので、仕事として見るなら結構割はいいのだろう。

 送迎車は時々見かけるリムジンタイプではなくワンボックスカーだったけど、運転席と後部座席が切り離されていて、十分に快適な空間となっていた。多少狭いリビングのようなものだ。

 窓の一つがモニターになっていて地図が表示されているのを見ると、改めて移動経路を見ると車で良かったと素直に思う。目的地は実験区画の駅から遠く、利便性の面では最悪なのだ。その代わりに広い。


 最近完成したという実験区画のビルは、本部ビルよりも巨大な敷地に一見何に使うか分からない施設が大量に建っていた。

 隣に座るディー君の解説によると、面積が必要だけど専用のダンジョンを使うほど優先度が高くない実験を行うための施設群らしく、あまり冒険者が訪れる機会はなさそうとの事。

 なら、なんで今回はここで実験するのかと思ったけど、どうやら今回の実験に使う設備が超巨大で設置場所に困ったかららしい。

 どれだけ巨大なのかと言えば、ビル一棟が専用設備というスケールである。未知のスキルやクラスの調査を行うために、ブレイクスルーや技術の進歩を待つのではなく、物量で強引に強行突破した結果というわけだ。そんな強引な手段をとっても構わないと判断する程度には見返りがあると見込んだのだから、意味はあるのだろう。


「複数人で発動する儀式魔術や、複数のCPUを連結させて分散処理させるものの巨大版だね」


 概念としては理解できるけど、それがビル丸ごと使ったモノとか、そこまでやる必要があるんだろうかという感じだ。

 迷宮都市はこういった悩むならとりあえずやってみるを地で行く事が多い。そのスタンスは個人的に共感を覚える。


「もっと言うなら、僕の知っている構造そのままなら無限回廊の根幹部も似たようなモノになっているはず」


 続いて出てきたたとえは、更にスケールが大きくなっていた。正直理解できてるとは言い難いけれど、聞かされているのは確かにそんなイメージだったはずだ。


「それだと、根幹部どころか無限回廊そのものがそういう構造のような」

「そうだね。でも、それが正常に稼働しているかは僕には分からない。というか、世界同士の連結は分散処理というよりも概念の収集と補完が主な目的だったはずで……」


 饒舌になるディー君の話相手を務められる程度には、あたしもその手の知識は身につけている。

 そこから分析、考察しないから研究員向きではないと言われているけど、話相手になるのが目的だから向いてる必要もない。ディー君の専門分野を本人以上に知ってどうしようというのか。そんなモノは役割分担以上にほどほどでいいのだ。


「前に言ってたけど、そんなところに行くってどういう形になるの? 無の領域って宇宙とも違うだろうし」

「まだ推測でしかないけど、実体で行くのは杵築さんでも厳しいと思う。多分ダンジョンに入るのと似たような形になるんじゃないかな」

「良く分からないけど、ディー君の世界がダンジョン化してないと不可能なような……」


 無限回廊は文字通り回廊で、入り口となる世界が便宜上第零層として扱われるのは知っているけれども、それはイコールでダンジョンというわけではない。

 あたしたちがダンジョンに入る際は結局転送ゲートを潜る必要があるわけで、直接移動ができないからこそ龍世界に行くのもあれだけ大掛かりだったはずだ。


「普通に考えるなら無量の貌相手に渡辺さんがやったような力技の更に大規模版っていう非現実的な事になるんだろうけど、今回に関しては多分そういう仕組みが用意されてる。そういう形跡は見られるし、無限回廊システムの基盤部分と化している以上はそうなってるじゃないかなって」

「ふーん?」


 ああ、無限回廊が接続している他の世界とはまた違う存在・概念になるのか。……良く分かんない。

 でも、ディー君の前世世界なら見てみたいというのは確かだ。


「というわけで着いたみたいだよ。このビルの一階が今回テストに使うフロア」


 送迎用の車がそのまま巨大なビルに入っていく。普通に道が続いているので建物の中に入ったような気がしない。トンネルか地下道に入ったようなイメージだ。形式は違えど信号機すら設置されていた。そこから駐車場に着くまでも結構時間がかかったので、建物一つでどれだけ大規模なのだという話である。


 車を降りた後は不本意ながらディー君と別れ、渡された紙と案内図を頼りに指定された場所へと向かう。

 運転手さんもそのまま行ってしまったし、案内人もいない。受付すらなかった。セキュリティーカードは渡されたけど、それでいいんだろうか。


「……狭」


 少し歩いて気付いたけど、この建物、規模と比較して移動可能な範囲が異様に狭い。人間の居住空間はせいぜい普通のビル程度で、設備も最小限という感じだ。

 こんな構造でどこに泊まるんだとも思ったけど、そういう施設は別の建物にあって、専用車両で移動すると書いてあった。

 壁に設置された地図を見ながらそんな事を考えていたら、後ろから誰かがやってきた。


「あれ……ええと、どうも?」


 振り向いてみれば、職員ではなく見覚えのある冒険者だ。個人的な親交はないけれど、今後は所属クラン的に関係もあるだろうと、無難に会釈で返しておく。


「あー、セラフィーナさんもテストで呼ばれたクチかな?」

「口調を気にするような関係でもないと思うけど。クローシェ・グロウェンティナ」

「あ、あれ? 知ってるんだ。冒険者学校とかじゃ、あんまり興味ない感じだったけど」

「少しでも関係のありそうな人のプロフィールは一通り頭に入ってる」


 そこまで興味があるわけじゃないのは確かだ。それは冒険者学校にいた頃からそうで、授業での絡みも皆無だった。彼女だけではないけれど、学校の冒険者に対してディー君が関心を失っていたのも大きい。

 ……ただ、今の彼女の場合は少し事情が異なる。クローシェ・グロウェンティナは冒険者デビュー後にディー君が評価を上方修正した数少ない例だ。潜在的な評価まで加えるなら、むしろ三姉妹の姉二人よりも上とさえ評価されている。となれば、優先的にプロフィールを覚えるのも当然だ。

 そういえば、彼女が新クラスの候補のもう一人だった。


「クローシェ・グロウェンティナ。迷宮都市の功労者たるグロウェンティナ家三女。冒険者学校から繰り上がりのパーティ66のリーダー」

「う、うん」

「迷宮暦〇〇〇九年十月八日生まれ。現在十五歳。迷宮暦〇〇二一年四月に冒険者学校を受験し、総合十二位の成績で入学。在校時に現在のパーティーを結成するものの、ストレートでの卒業は叶わず、冒険者デビューは昨年六月頭にずれ込む」

「う、うん?」

「身長は一五九センチで前年、前々年と変わらず。体重は……」

「ちょっ、ちょっとっ!?」

「何?」

「な、何っていうか、なんでそんな事知ってるの? 体重とか公表してないんだけど」

「そうなんだ」

「そうなんだって……」


 公表していない事は知らなかった。良く考えてみたら、女性冒険者の多くはプロフィールの一部……特に体重を隠す傾向にある。あたしは知られても気にしないけれど、そもそもディー君の意向でプロフィールはシークレット扱いだ。


「あとは、マイケルをライバル視してて、現在情緒不安定だとか」

「ふ、不安定とかないし! あと、ライバルでもないから」

「そうなの?」

「そうなのっ!!」


 コレに関しては、あたし自身も色々な人から聞いているんだけど。


「ま、まさかマイケルから直接聞いたとかじゃないよね?」

「普通、パンダは喋らない。アレクサンダーみたいなのもいるけど」

「そりゃそうだけど」

「でも、ミカエルは報告書に書いてた」

「あのパンダ……っ」


 マイケルもそうだが、タイピングなどで字は打てるのである。実際マイケルがどう思っているかは知らないけど、アレクサンダーも同じ意見だった。

 というか、彼女のパーティメンバーの中にも心配している人がいるくらいには浸透している話題だ。その程度といえばその程度ではあるけれど。


「と、とにかく、その話題はなしっ! ……というか、抱いてたイメージと違い過ぎてびっくりなんだけど。そんなキャラだったの?」

「どんなイメージ持たれてるかは知らないけど、普通に世間話くらいする」


 友達だっているし、遊びに行ったりもする。ただ、最優先はディー君で揺るがないというだけである。


「ツナ君とかから聞いてた話によると、もっと無口な感じだったし」

「クラマスは警戒対象だから」

「あ、うん。そうなんだ……」


 本能では今でも排除したいけど、理性がそれを押し留めている。ディー君が特別視するのは分かるけど、分かるからこそ腹立たしい。

 ただ、好悪を別にしても警戒を解いてはいけない人だと思う。何しでかすか分からない人というのは確かで、本人も自覚しているだろうし、完全に制御できるとも思っていないだろう。持つ力を考慮するなら、いつ世界を滅ぼしてもおかしくない。そんな危険人物相手に警戒を解けるはずもない。良い意味でも悪い意味でも、とにかく極端な存在である。


「それで、今日は例の< ミラー・スロット >のテストだよね?」

「そう。どんなテストかは知らないけど、泊まりの可能性もあるって聞いてる」

「あたし、別のテストでもここに来たんだけど、基本はギルドとかでやるのと変わらないよ。計測器が違うだけで」


 そうなのか。確かに、レポートによれば今回彼女が発現した新クラス、新スキルは< ミラー・スロット >だけじゃないから、事前にテストしててもおかしくはない。

 となると、基本寝てるだけで終わる? それなら楽は楽だけど、計測用のポッドってあまり寝心地は良くないのが困る。


 目的地が同じなら別々に行動する意味もないと、そこからは二人で移動する事になった。

 エレベーターを含め、移動時間は短いモノだったが、そこからの待機時間が長い。クローシェは場の空気を気にするのか、しきりに世間話を振ってきた。

 大体は差し障りのない話題ではあったので、普段しているように対応する。


「結構候補が増えたのに、サロお姉ちゃんみたいにユニークなのはないんだよね。そこら辺あたしらしいというか」

「可能性が増えるのは確かだし、贅沢なのでは?」


 普通なら、検証の足りない唯一無二なクラスなど使い難いだけだと思うのだけど。ギルドが発表しているクラスの利用分布には、本人の適性以外にもそういった無難さを求めての事情も見えている。亜種や上位と容易に分かるクラスならともかく、役に立つか未知数なクラスを率先して使い、検証したいという人は少数派だろう。


「それも分かってはいるんだけどね。地味子さんとしてはオンリーワンな何かが欲しいとは思ってしまうわけですよ。クラスじゃなくてもいいから」

「理解できない」

「そりゃそうだろうね。セラフィーナちゃん、オンリーワンそのものみたいなもんだし」


 あたしが言いたいのは、彼女も十分以上に恵まれた才能を持っているのに更に特別を求めている事だ。向上心があるだけならいい事だと思うけど、自分の価値を理解していないとしか思えない。結果、今持っているモノを軽んじている。ディー君の評価が上がってしまうから、別に指摘する気はないけども。




-3-




 いざ始まったテストは、本当にギルドで行うソレと似たようなモノだった。というか、被験者側としてはまったく同じだ。

 巨大……というか、ビルそのものに直結しているせいで規模が分からなくなっているポッドに寝て、しばらくじっとしているだけ。

 テスト内容によっては外部から要求を受けたり、薬物を投入されたりするものもあるけれど、今回はそれもなく、寝ててもいいとまで言われてしまった。

 どうせなら通信でもディー君と会話できれば良かったのだけど、かなり忙しいので無理らしい。少し繋げた通信の向こう側はかなり慌ただしかったように感じた。

 とはいえ、何かトラブルがあったわけでもなく、その忙しさは既定路線らしい。多分情報局側の人員が足りてなくて、ディー君が酷使されているのだろうとあたりをつけた。

 つまり、それは多分このテストが泊まりになるだろう事を予測させる。


 仕方ないので意識を落とし、軽い睡眠状態に入る。別段眠くなくとも自由に睡眠状態に入れるのはあたしの特技の一つだ。

 いつもならこういう時は意識が飛ぶだけで終わるのに、環境の違いなのか、体調の問題なのか、もしくは単に偶然か、夢を見る事になった。

 明晰夢とは違う。それが夢である事は分かっていたけれど、あたしの意識はなくただ見せられるだけの夢。そのすべてが朧げで、断片的で、ひどく懐かしく、不快にさせる夢だった。

 そんな映像を見つつ、あたしはそれが前世の記憶に纏わる何かであると判断した。

 しかし、元々ロクに記憶もないのに詳細など分かるはずもなく、そもそもが理解不能でチグハグなモノでしかない。気付きがなければ本当に無関係な夢と判断するだろう。


 そんな中で、ひょっとしたら何かディー君の役に立つ情報があるかもしれないと思ったのは少し迂闊だった。

 あやふやな意識の中で、何かに触れたのを感じた。今世と前世での生物の在り方の違い、決定的な差異を埋めるように何かと接続してしまった気がした。

 巨大で、異質な何かに飲み込まれそうになる。同化してしまいそうになるのを堪え、自我を保つ。意識の弱い人間なら引き摺られそうだけど、あたしの得意分野の一つだから。

 コレは装置の不備などではない。きっと、もっと奥にあるモノ、それに< ミラー・スロット >を入り口にしてわずかに接続しているのだ。

 ……そうだ。あたしはあの世界で、装置に繋がれる度に何かと接続していた。人間とは似て非なる前世の自分。それから見ても異形の意識と接続し、情報を共有し、刻みつけられていた。

 その時のあたしは何も感じてはいなかったけど、今、こうして朧げながらも追体験すると理解できる。……これは、魂の調整だ。繰り返し繰り返し、現実の体験とその装置での調整で製品を作り上げるための工程なのだ。

 だからあたしがダンジョンで死んだ際のイメージはこんな歪な鏡張りの世界だったのだと、今更ながらに知った。




「あ、そっちも終わったんだ。二基以上あると待ち時間なくて便利だよね」


 長いような、短いようなテストが終了し、ポッドのある部屋から出て更衣室に行くと、そこには身支度するクローシェの姿があった。

 確かにギルドの類似設備は一基しか用意されていない。あたしはあまりバッティングした事はないけど、二人以上が交互に使う事もあるのだろう。


「どうだった? ……って、聞いても分かるわけないよね。この後結果報告受けるんだろうし」


 まあ、テスト結果自体は分からないし答えようがない。テストした体感も、ちょっと広言するようなモノではないだろう。


「多分、明日もテストになると思う」

「あれ、何か聞いたの?」

「ディー君が来てるって事は多分そういう事だから」

「そういう事って……どういう事?」


 説明が面倒なので会話を打ち切る事にした。クローシェは困ったような顔を見せるが、あたしの会話には良くある事だから我慢してほしい。

 テスト前には離れるのは嫌だ程度の認識しかなかったけど、ディー君が技術者として参加しているという事は、必要になったからという事でもある。

 単に情報局の人員を投入すれば済むなら、わざわざ冒険者を含む多方面の立場を持つディー君を使ったりはしない。テスト対象があたしだからというのは、理由としては少々弱いだろう。となれば、ディー君固有の何が必要になったと考えるべきだ。

 そこから候補として考えられるモノを考えると、事前に言われていた翌日にずれ込むかもという話に繋がる。推測するなら、多分新しい機能か何かが間に合いそうで、その要員としてディー君が組み込まれたのだろう。


「クローシェは晩御飯何にする?」

「もう泊まりの話に移ってるし……何があるの?」


 考えても仕方ないので、更衣室に置いてあった宿泊施設パンフレットに意識を移す。このビルとは違い、一応は普通のホテル程度の設備はあるらしいので、不便をする事はないだろう。一緒に載っていたレストランもそれなりに立派なものだ。値段は高いが、宿泊費を含めてテストの費用扱いになるはず。

 そうやって二人で適当に時間を潰していたら、やはり連絡が来て泊まりだと告げられた。その連絡はかなり遅かったので、あたりを付けずに待ってたら無為に時間を過ごす羽目になっていただろう。


 どうやらディー君は徹夜で作業になるとの事だったので、あたしはクローシェとの合い部屋に泊まる事になった。別に個室でも良かったのだけど、クローシェに押し切られた形だ。ただ、過剰なスキンシップはスルーさせてもらう。

 妥協案として、どうやら女子トークがしたかったらしい彼女に付き合い、適当にそれっぽい受け答えをしつつ面倒な事はスルー。適度なところで寝る事にした。

 少女として普通の会話も好むようだけど、すでに冒険者としてデビュー済だからか、曲りなりにもパーティリーダーとして成熟した事が原因なのか、彼女の会話は冒険者学校のクラスメイトたちよりは地に足がついていて、現実に沿ったものという印象を受けた。世間話の相手としては適度に距離があって、話しやすい。

 わざわざこちらが歩み寄らずとも、話を合わせようとしてくれるから楽だ。




「まだエラー吐いてるところがあるので、もう少し時間かかりそうです。まあ、午後一にはなんとか?」


 翌朝、改めてディー君と連絡をとってみたら、次のテストは遅れるとの事だった。


「ちなみに、それはディー君の担当範囲?」

「技術局のほうですね」


 じゃあ、夕方以降になる事を見越して行動したほうがいいだろう。

 情報局も技術局も職員は相当にレベルが高いという話だけど、この手のスケジュール見積もりはルーズという印象しかない。

 とはいえ、さすがに明日までずれ込む可能性があるなら今時点でディー君から言われてるはずだ。時間調整はそれくらいの塩梅でいい。

 その点を含めてクローシェに伝えたら、彼女は苦笑いをしていた。


 ここが陸の孤島でなければ暇潰しで市街地に出るなどの手はあったが、交通の便を考慮すると往復の時間でほとんど潰れてしまう。

 かといって、娯楽施設などは大したものはない。職員用なのか外部宿泊者向けなのかは分からないが、施設に用意されている簡易的な娯楽はあえて手を出すようなものでもない。

 クローシェはダーツやらビリヤードやらが得意と言っていたが、あたしはゲーム自体にも彼女の腕にも興味はなかった。経験者相手だと少なくとも最初の数回は負けそうという理由で二の足を踏んだわけではない。というか、彼女の特性を考慮するなら惨敗しかねないのでスルーだ。

 あまりそう見られる事はないけれど、あたしは負けず嫌いなのだ。


「じゃあどうする? 一応、冒険者でも模擬戦使えない事はない程度の貸しスペースはあるけど」

「…………」


 どの道時間を潰す必要はあり、相手をしないとうるさそうという問題もあったので、冒険者らしく軽い模擬戦を行う事にした。

 彼女のゲームの腕には興味なかったが、その下地となっているであろうギフトには少々興味があったから。


「あー、えーと、あたし戦闘専門じゃないから御手柔らかに?」

「あたしも専門じゃないけど?」

「それは戦闘以外でも同じようにできるって意味でしょ!」


 そんな事を言われても知らないし、そっちも似たようなモノのはずなのに。

 とはいえ、どの道全力など出せはしないのだけど。


「実はまだ本調子じゃないから、流す程度にしか戦えない。そこまで気にする必要はないけど、考慮はしてほしい」

「え? あ、そうなんだ。なんかツナ君とかも調子悪そうにしてたけど、おんなじ?」

「根本的な原因は一緒」


 とはいえ、クラマスやディー君はすでに不調から脱している。クランの中で、未だあの時の影響を引き摺っているのはあたしだけだ。

 多分、新人戦にも間に合わない。元々はチームじゃなく個人で出ようかという話もしていたのだけど、このままだと別の形になりそうだ。あるいは欠場という可能性もある。


 初めは軽く、様子を見るようにギアを上げていく。

 やはり重い。体は重いし、上手く動かない。こういう風に動かすものだという認識がズレ、歪んでいるのがまだ治っていない。どの程度微調整すればいいのかがアバウトなままだ。

 原因を考えると、あたしの中にある概念が反動で歪んでいるのかもしれないとさえ思う。宣誓真言の反動なんてこれまでに何度も体験しているけれど、今回はかなり重症だ。


 そんなあたしの相手として自称非戦闘職なクローシェは相応なのか、それとも何か遠慮があるのか、今の出力でも優勢を保つ事はできた。ある程度の余裕すらある。

 だから、目的だった彼女のギフトを試すべく、今のあたしでできる程度に誘導を行う。《 見様見真似 》を使ったほうがいいと判断できる状況を作り出し、選択肢を迫る。

 その目論見はある程度成功した。本調子でない影響か、なんとなくこちらの思惑は看破されてしまったようだけど、別に問題はない。


「……ど、どうかな?」

「どうとは?」

「いやいやいや、さすがにあたしでも分かるよ。なんか探ってたでしょ!? 感想くらい聞かせてもらっても罰は当たらなくない?」

「うーん」


 気付いても途中で止めたり対策をしなかったのは、彼女が助言を求めていたかららしい。

 多分、彼女が行き詰まっている原因についてはあたりはついたけど、わざわざ指摘するのは面倒臭い。あたしの柄じゃない。

 ただ、なんとなく。本当になんとなく、先日話をしたゲルギアル・ハシャの言動が頭をよぎってしまった。


「遠慮。後ろめたさ。自信のなさ。なんでもできるのに、全部真似事だからって思っているから、二流三流止まりで頭打ちになる」

「ぐはっ!!」

「本当は自信があるのに、最初から上手くできたら模倣相手を馬鹿にしているようで自重してしまう」

「うぎぎぎぎ……」

「その姿勢こそが相手を馬鹿にしていると気付いているのに踏み出せない」

「ど、動悸が……」


 せっかく求められてアドバイスしたのに、精神ダメージを喰らって倒れるな。


「真似事がオリジナルを超えられない……なんて事はないとは分かっているのに、ズルしてるなんて間違った思考で自分にブレーキをかけてる。原因はそれだけ」

「き、キツイ……まさかそんなド直球に言われるなんて……」

「あたしに何を期待するというのか」


 誰かにアドバイスなんてしないから、優しくなんてできるはずがない。というか、そんなオブラートに包んだ言葉では伝わるものも伝わらないだろう。

 それこそ、あたしは専門家ではないのだから。


「ほんと、珍しいね。セラが助言とかどういう風の吹き回し?」

「うわあっ!?」

「……気まぐれ?」


 いつの間にか貸しスペースに入ってきて観戦してたディー君が口を挟んできた。クローシェは気付いていなかったらしく、かなり大げさに飛び退いている。

 多分、ディー君に聞いても同じ回答になるだろう。あたしと違って聞けば答えてくれるだろうけど、ド直球に伝えられるよりも厳しい言い方になる気がするからおすすめはしない。

 そもそもの話、クローシェの中でも答えは出ていたはずだ。ただ、人から突きつけられる荒療治を求めて聞いただけ。だから、これで正解なはず。

 一方で、あたしの目的のほうは空振りと言わざるを得ない。目的と共通する要素のあるギフトだったから、何かを得られるかとも思ったけど、コレは根本的に違うモノと理解した。真似るのと、内に刻まれたモノを引き出すのは違う。


「ディー君が来たって事はテストの目処が立ったって事?」

「うん。午後一から開始できる」


 珍しい。計画にルーズな技術局もやれはできるという事なのか。


「でも、オートメンテナンス関連で別のバグが見つかったから、作業自体は増えた?」


 ……まあ、良くある事。




-4-




 二日目のテストが始まった。裏側では慌ただしくしているようだけど、試験者へはの影響は特にない。


「……何これ?」

「き、気持ち悪っ!」


 そして、肝心の試験内容は予想と掛け離れ……てはいないけど、色んな意味で方向性の異なる、問題を多く抱えたものだった。

 その内容は、単純に言えば仮想シミュレーター。それだけ聞くと、ある程度事情に詳しい冒険者ならダンジョンみたいなモノかと思うだろうけど、比較するにはあまりにお粗末。

 見た目の再現度だけなら高い。パッと身は、あたしもクローシェも現実そのままの姿が投影されている。でもそれは体の構造も含むガワだけの部分だ。多分、ダメージを受ければ血が出て骨が折れるし、内臓機能などもシミュレートできているのだろう。

 だけど、肝心な部分はお粗末そのもの。ただ動くだけでも感覚がズレ、あるいは認識すらしない。思考と肉体の乖離が激し過ぎる。

 なんとなく、宣誓真言の反動で上手く動けない今のあたしに似ているような気がしなくもないが、その比ではない。


 ダンジョンにない機能をテストしようというのだから、ダンジョンそのものを使うわけにはいかないのは分かる。

 迷宮都市で用途別に使いわけているダンジョン施設は、本来ダンジョンが持っている機能を調整して利用しているだけで、今回の目的……本来就いていないクラスの性能テストのように、ダンジョンが元々持たない、あるいは何かしらの要因で使えないモノをテストする事はできない。

 迷宮都市には似たようなシステムを使ったシミュレーターはあるのだから、それを使えばいいという話でもない。

 無限回廊を始めとしたダンジョンをサンプルとして作られたそれらは、極限まで簡易化する事で限定されたシチュエーションを再現しているため、どうしても限界がある。特に、冒険者のテストするのに足りないのは明らかだ。


『ある程度模倣できる部分があるとはいえ、もう一つのダンジョンシステムを一から作るようなものだからね。今のところはこれが限界ってわけ』


 通信越しにディー君から説明を受けるが、納得できなくはない。

 だって、模倣だけでも困難なのに、その上存在しない機能を付けた上で再現など、考えただけでも面倒くさい事は分かる。それも、ダンジョンシステム自体解析できている部分は少なく、しかも自律進化によって少しずつ変化するものなのだから。

 そんな事情は試験をする身としてはあまり関係ないのだけど。


 ただ、こうしてあたしたちが呼ばれた以上、いくら再現度は低くともある程度の成果が見込めると判断したはずだ。ディー君がいるという事はその証明でもある。

 少なくとも技術局が開発段階、試験段階のシステムを試すために暴走しているとかではないはずだ。


『現在二人のメインスキルは擬似的に< 万能手 >に切り替わっていて、サブツリーは< ミラー・スロット >になっているはずです』


 つまり、本来あるはずのクラス補正は消失しているという事になる。あまりに再現度が低く、体感するのは難しいが、特定クラスである事が発動条件になっているスキルなどを試せばはっきりするのだろう。……あたしにそんなスキルはないけど。

 もっと簡単で明確な確認方法。ステータスウインドウを開いてみれば、確かにメインツリーが切り替わっていて、サブツリーはすべて< ミラー・スロット >になっている状態だった。


「ディー君、これってどうやってクラスを切り替えるの?」

『分からない。一応外部から操作する手がないわけじゃないけど、セラとクローシェさんのほうで体感的に何か分からない?』

「そんな事言われても、あたしのほうは動くのも精一杯というか……」


 変な格好で動けずにいるクローシェにはあまり期待できそうにない。……あたしはどうだろうか。


「……なんとなく、分かる」

「ええ……?」


 だけど、なんだコレは。……いつもと違う。魂に刻まれた情報を引き出し、最適化するいつもの感覚ではない。まるで、あたしはコレを知っていたような……。強い既視感を感じるほどに、覚えのある感覚に囚われている。

 まさかコレは前世で使っていた装置に近い何かなのだろうか。少なくとも同じモノではない。だけど、基幹部分が同じモノならこの既視感も頷ける。一部だけでも概念を共有し、あるいは模倣しているだけでも似たような感覚を覚えるに違いない。


 現在、新規クラスやスキルが大量に確認されているのは、例の特異点を境に他の世界群と接続した可能性があるとディー君が言っていた。

 ひょっとしたら、< ミラー・スロット >はあたしの前世となる世界の概念と接続した事で形になったモノという可能性も……。

 ……もしそうなら、あたしはこのクラスの奥に触れる事ができる。


「……多分、最も基本となるのは《 クラス・チェンジ 》。でもコレは単にクラスを< ミラー・スロット >に当てはめるだけで、戦闘中の切り替えには使えない。多分、それ専用のスキルが用意されているはず。その他、《 ミラー・ストレージ 》って関連スキルがあるけど、名前しか分からない」

「え、ど、どういう事?」

『セラのほうで《 クラス・チェンジ 》は発動できる?』

「厳しい。CLv.5のクラススキルっていうのは分かるけど」

『……なるほど』


 この形式に慣れていないからか、単純に許可されていないのか、あるいは明確に定義されていないのか分からないけど、ひどく断片的な情報しか得られない。


『一応、こっちからクラスの変更はできるから、今回はコレでテストしよう。セラ、あとで詳細について教えて』

「うん。多分、あたしの前世絡み」

「結局、何が起きてるの……?」

『あークローシェさん、機密事項って事で。認識阻害には引っかからないけど、あまり言いふらしたりはしないで下さい』

「ええ……」


 求められてもコレ以上の説明はできない。ディー君が言ったように、コレは機密事項になるはずだ。例の特異点の詳細やダンジョンマスター絡みの情報などと同じである。

 公開するかを判断するのが迷宮都市の運営であり情報局。表に出しても問題ないと判断されれば段階的に公開されるはず。

 まあ、コレに関してはそこまで重要性は高くないだろうけど。


 思わず、ある程度の情報に触れる事はできたけど、現時点だと多分ここら辺が限界。

 外から操作してもらう形でディー君に< ミラー・スロット >のクラスを変更したりもしたけれど、これだけで大した事は分からない。

 せいぜい、表示上のクラス補正が有効化されたのが確認できた事くらいだ。

 テストの最後のほうにはある程度動けるようにはなっていたけれど、それはあたしがこの環境に慣れただけであって、何かが改善されたわけじゃない。


「つ、疲れた~……」


 というわけで、結局新クラスについてはほとんど分からないまま、どちらかというと新システムの動作テストに終始してしまったわけだけれども……。




-5-




「わざわざ呼び出しとは、聞きたい事でもできたのかね? セラフィーナ」


 その日の夜。あたしはアーク・セイバーのゲスト宿舎まで来ていた。通された応接室で向かい合うのは、現在ここに寝泊まりしているゲルギアル・ハシャ。ディー君はいない。


「うん。でも、お爺ちゃんが情報を持っているかは分からない」

「ふむ。では、私が知っているかどうかについては割り引いてやろう。とりあえず聞いてみたまえ」


 情報を持っているかどうか、それ自体も確認するには対価が発生すると思っていたので助かる。弟子特権だ。


「因果の虜囚は自分以外の因果の虜囚について、ある程度情報を共有しているって聞いたけど、その中に該当する存在がいるか聞きたい」

「ほう」


 意外だったのか、ゲルギアル・ハシャの目が細まった。


「たしかにある程度は共有されるが、それは限定された範囲のモノでしかない。内容もそうだが、対象についても縁の近い存在ほど詳細に情報が送られてくる仕組みらしいと最近知った」

「じゃあ、そこまで多くはない?」

「それとは別に世界を渡る過程で存在を知った虜囚はいるが……それを含めても二十には届かんな。総数の桁は一つ二つどころでなく違うから、極わずかと言える」

「実は、因果の虜囚じゃない可能性もあるんだけど」

「似たような格の超常存在まで含めるなら、もう少し数は増えるな」

「ならそれで」


 正直なところ、心当たりが因果の虜囚である可能性は低いと思っていた。だけど、それ以外にまで範囲を広げられるなら話は変わる。


「そういえば、どうやって聞けば……?」

「名前を知っているならいいが、その手の超常存在は名を隠す事やそもそも名を持たない事が多い。だから、無量の貌のように特徴に合わせた呼び名が定着し、情報として伝染するケースが大半だ。そういった仮の名や、あるいは特徴だけでも列挙できれば、ある程度は絞り込める。連想できる単語でもいい」


 特徴、単語……名前なんて知るはずないからどうしようかと思ったけど、それなら……。


「鏡」

「それ以外は?」

「鏡像、不斉、非対称、写身、……歪んだ万華鏡?」


 他にもいくつか連想する言葉はあるけれど、口に出したそれが一番しっくりくるモノだった。


「言いたくなければ構わないが、お前との関係は?」

「多分、あたしの前世世界の管理者のようなモノ」

「ふむ……いくつかは当てはまるが、該当しそうな対象はおらんな」

「そう」


 あてが外れたけど、それでがっかりしたとか、ほっとしたとか、そういう感情は湧かない。あたし自身、どう扱っていいものか分からないから。


「つまり回答としてはいないだ。情報としては大したモノではないが、代わりに何故と聞いてもいいかね?」

「あたしの勘。なんとなく、アレはあたしの……いや、ディー君の障害になる気がしたから」

「なかなか興味深い勘だな。私も覚えておくとしよう」

「ただの勘なんだけど?」

「お前がわざわざこうして聞きに来たという事はそれ相応の意味があると私が判断した。ディルクを伴わずとなれば尚更だ」

「…………」


 ディー君にはこの後説明するんだけど、事前に一人で確認したかったというのは確かだ。

 ……きっとそれは、何かしらアレに関わる情報を得たら、その中にディー君の不都合になるモノが含まれるかもと思ったから。


「なに、タネならある。因果の虜囚の特性でも言おうか。物事には因果の繋がりがある。一見、関係なさそうな事でも意外とどこかで繋がっている。我々虜囚はそういう場面に遭遇する事が多いのだ。渡辺綱に聞けば心当たりがあると言うだろうよ」

「そう……でも、そういう事を教えるのはいいの?」

「コレは私が勝手に言っているだけだからな。対価だなんだと言ってはいるが、私は情報屋ではなく考古学者なのだ」

「……教えたがり?」

「そういう側面もあるな」


 なるほど。ようは、こちらから聞いた事には対価を設定する事はあっても、勝手に喋る分には関係ないと。多分、それがこのお爺ちゃんの本質なのだと、なんとなく思った。

 まあ、それについては今はいい。そこまでゲルギアル・ハシャに興味があるわけでもない。


 問題はあくまであの存在だ。

 話していて思ったけど、アレは多分因果の虜囚じゃない。無限回廊の管理者権限保持者かどうかも分からない。ただ、同じような超常の存在。

 そんな異形の超存在があの装置の向こう側にいた。あの時のあたしはそういうモノだとしか感じていなかったけど、今なら分かる。


 ミラー・スロットというクラス名は偶然なのか。それ自体が意味の伴わないモノとは思わないけど、どうしても鏡そのものを強く連想させる。

 アレは鏡だ。ただし、物質的なソレではなく概念としてのソレ。しかも、まともに反射しない歪んだ鏡。そういうモノが無数に重なって存在している。


 あたしの前世に登場人物は一人しかいない。いても、ただ敵として立ちはだかるモノだけ。そう思っていた。

 だけど、もう一人いたのだ。装置の向こう側からこちらを覗き込んでいた何かが。



 あたしは、その名前のない存在を、不斉万華鏡と定義し、呼ぶ事にした。




というわけで、クラウドファンディング その無限の先へリスタートプロジェクトは無事達成し、新しい第一巻も発売しました。(*´∀`*)

んで、リスタートプロジェクト第二弾も2023年8月頭から開始、9月まで実施中です。

イニシャルゴールについては現時点で達成したので、早速こうしてリターンの開始となったわけです。

つまり、第二巻の出版も確定したという事や。(*´∀`*)


第二回はまだ続いてるので、詳細は以下のリンクなどから。発売時期などの最新情報はTwitterが一番早いと思います。(*´∀`*)

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ここに来る人は大体知ってると思いますが、(*■∀■*)の作品「引き籠もりヒーロー」がクラウドファンディングにて書籍化しました!
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(*■∀■*)第六回書籍化クラウドファンディング達成しました(*´∀`*)
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[一言] クロは長女として産まれてたら自分を制限せず劣化版ダンマスみたいな強さだったんだろうな。 有名な一家の末っ子に産まれたばっかりに周囲に気を遣いすぎてマイケルにも先を越されそうに…
[良い点] ツナのイバラにユキの剥製職人にティリアの無量の貌に続いてこれと つくづく超常存在に縁のあるクランだ
[良い点] 不斉万華鏡...相変わらず妄想を掻き立てるネーミングしていらっしゃる。 [気になる点] セラの前世、最近流行りのロボゲーに近しいものを感じる [一言] 各キャラに焦点当ててわかりずらいけど…
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