第6話「螺旋」
今回の投稿は某所で開催したその無限の先へリスタートプロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたADsさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
あと、先程その無限の先へリスタートプロジェクトが終了しました。結果についてはあとがきで。
迷宮暦0025年四月一日。冒険者の中級昇格試験に新制度が導入された。対象となる可能性の高いE+ランクの下級冒険者を中心として、三月下旬から事前講習が行われたものの、かなり急ピッチで導入されたという印象が強い制度だ。
この試験導入の発端となったのは、昨年八月に実施された冒険者たちの中級昇格試験と言われている。
申請から発行までの期間が長いとされる中級昇格試験では異例の試験発行、内容も一般公開されずに一部クランの幹部などに向けて限定公開されたのみ、試験を受けたのは当時トライアル最短攻略や新人戦で話題になっていた冒険者が中核メンバーという事もあり、何かと話題になったのだ。挑戦したメンバー八人は全員が中級昇格を果たし、その中にはデビューからの最速昇格者すら多く含まれているのも大きい。
ギルドが話題性を求めて順番飛ばし、そして簡単な試験を発行したのではないか。そういったグレーな部分を指摘した者も多くいる。特に中級昇格を果たせずにいる下級上位の冒険者からは、そういった声が大きかった。
内容を確認した者からすれば、その指摘は的外れと言わざるを得ない。優先して発行されたのは確かだが、それはギルド上層部の……主にダンジョンマスターの判断でギルドは話題性など求めていないし、その分試験内容は簡単どころかナイトメアといわんばかりの極悪難易度だ。下級どころか、現役の中級冒険者でも何割が昇格資格を得られる部分まで到達できるのか。そういう内容だったのだから。
詳細を広く公開していないのは、万が一にでもその内容を中級昇格の基準として勘違いしないように、あるいはその差に心が折れる冒険者を気遣っての事であると、やんわり伝えられるほどである。どう間違っても中級昇格で躓いているような奴らが手を出していいものではないと。
とはいえ、声を上げているのは色々と上手くいかずに不満を溜め込んでイライラしている者たちだ。中には、いいからその試験を俺たちに受けさせろという者もいた。
数ヶ月経っても中々鎮火しない声にギルド職員が辟易としていた頃、とりあえずの後先考えない解決策を出す事が得意と評判なゴブジロウ事務員が言った。『ダンジョンマスターに相談しましょう』と。
その言葉に多くのギルド職員……特にゴブタロウ、ヴェルナー、テラワロスの三名は戦慄した。確かに発端ではあるし正論でもあるが、自分たちでは絶対に提案したくないからだ。
なんせ、力技と物量で物事を解決するのがデフォルトなダンジョンマスターだ。誰もが納得する案は出してくれるし、実現はするという確信はあるが、絶対に穏便な形にならない確信もあった。
『やらせりゃいいじゃん』
返ってきた神の適当な一言によって、中級昇格試験に新制度が加わる事となった。ラーディンの件もあり、時期的に忙しかったのもあって面倒だったのかもしれない。
そして、新制度導入という実に面倒な負担を背負う事となったギルド職員から、地を這っているゴブジロウの印象は更に低下したが、それはまあいいだろう。
やるとなったらキチンと仕事をするのがギルド職員である。新制度は迅速に詳細な仕様が策定され、導入までの道筋が整った。元々、中級昇格試験は冒険者個人に合わせて内容が調整されるものだから、多少大雑把でも後からでも調整可能だろうという楽観的な考えがあったのは否めないが、とにかく形になるのは早かったのだ。
結果として、以下のような新制度が導入された。
・従来の中級昇格試験は継続して実施する。
・中級昇格試験申請資格を持つ冒険者二名以上、十二名以下を対象とする。
・試験内容はダンジョン・アタックに限定される。
・本試験は申請から一週間を目処に内容が発行され、受験者によって正式日程を決定する。
・キャンセル時、失敗時には再申請期間が発生する。これは改めて従来の試験を申請する場合でも同様である。
・試験の難易度は迷宮暦0024年八月三十一日に実施された特別中級昇格試験< 鮮血の城 >の第四関門までを基準とし、受験者の適性に合わせたものに調整される。
・本試験受験後、希望者には基準となる試験の詳細が公開される。(有料)
・合格者にはシリアルナンバー付きの記念品が授与される。
利点はせいぜい試験発行期間が短縮される程度。記念品は自慢にはなるかもしれないが、基本的にただのオマケでしかない。
複数人を対象としている事から、実力的に劣る者がいるパーティー向きと見えなくもないが、ギルドの評価は複数人の場合のほうが厳しくなる傾向が強いため、むしろ難易度は上がると見ていいだろう。
つまり、よほどの事情がない限りは普通に昇格試験の発行を待つほうが良い。そういう追加制度なのだ。
しかし、この新制度試験へ挑戦する冒険者は多く現れた。
よほど自信があったのか、それともギルドの発表を大袈裟と捉えたのか、あるいは記念受験のような感覚で挑戦した者もいただろう。そして、地獄を見る事となったのだ。
-1-
例の新制度について、おおよその顛末はこんな感じらしい。冒険者界隈はもちろん、情報の精度こそ違えど一般人のメディアでもヤバい制度という認識が広まっている。
俺の場合、関係者から話を聞く機会もあったが、当時の空気を直接感じたわけではない。しかし、遡ってまとめられた情報を見て色々と事情を知った上で判断するに、声を上げていた者を愚かだと否定する事もできない。
そして、そういう声があったからこそ、最短ルートを狙えるかもしれないという希望もあるのも確かなのだ。どちらかといえば歓迎する立場である。
「なんか、ギルドから変な置物が送られてきたんだけど」
以前から目標としていた六月昇格に向け、昇格試験の申請期日が迫っていたある日、ウチのサブマスター候補であるユキ嬢ちゃんが変なモノを抱えて訓練場を訪れた。とりあえず、彼女が男か女かについては忘れる事にしている。
訓練場にいたメンバーは……俺とゴブサーティワン、そしてロッテ嬢の三人。その変な置物に何か関係あるのかと思えば、どうやら中級昇格試験絡みの代物らしい。
「あ、雪兎のところにも来たんだ、ソレ。新制度の記念品でしょ?」
「ああ、例の特別賞的なやつっスね」
「大将や嬢ちゃんたちが基準らしいから、別枠扱いで送られてきたんだろうさ」
以前サティナから提案された新しい中級昇格試験制度、六月の昇格を狙うにはおそらく唯一となる手段はウチの中核メンバー六人と外部の二名で挑戦した試験を基準にしているらしい。
ついでに言うなら、その時のボス役はここにいるロッテ嬢だ。モンスターをやめた事で弱体化して見る影もないが、当時は下級冒険者が手を出していいような能力ではなかったようだ。
元々、メインが中級冒険者のイベントボス、場合によっては上級のイベントにまで顔を出す事すらあったというのだから、モンスターをやめるという事が如何にリスクのあるものなのか分かるというものだ。
「いや、説明付きだったから送られてきた事には疑問はないんだけど、ロッテちゃん的にこのデザインはいいのかなって思って」
「デザイン? ……何コレ」
ユキ嬢が見せてきた置物は、台座の上に壊れた鎌が鎮座しているという変わったデザインだった。元になったイベントを考慮すると、大将が食ったという鎌がモデルだろうか。
「べ、別に、やられる事もボスモンスターとしては当然の事だし……。あくまで冒険者向けだから、それを見て自分のやった事を忘れんじゃないぞっていう戒めとかそういうんじゃないし」
「デザイン、ヴェルナーさんみたいなんだけど」
「…………」
良く分からないが、どうやらロッテ嬢に対する当てつけを多分に含んだモノだったらしい。
「……なんか急にやる気なくなってきた。合格したら、式典でソレ渡してくるの絶対パパでしょ」
「ね、姉ちゃん!?」
「さすがにソレは勘弁して欲しいんだが。確かに申請はまだだけどよ」
パーティで受験する試験である以上、一人の問題ではないのだ。制度上人数を減らす事だってできないわけじゃないが、ウチは五人パーティで調整しているのだから、一人抜けると戦術が成り立たなくなる。ただでさえ基準の六人よりも一人少ないのだから、これは致命的だ。
「いや、そりゃ受けるけどね。クランの中であたしだけ下級のまんまとか恥ずかしいってレベルじゃないし。……肉壁以下とか」
「オイラを基準にしないでほしいっス」
「だよね、せめてミカエルとかだよね」
「ユキ姉ちゃんのそれもどうかと思うっス」
「確かにアレの下で居続けるのもちょっと嫌だけど」
ウチのクラン……OTIでは、ほぼすべてのメンバーが中級冒険者で構成されている。……まあ、正式に設立したわけではないものの、もう設立した扱いでもいいだろう。
その中で下級なのは俺たちだけだ。それで何かがあるわけじゃないとはいえ、できれば設立までに全員中級に上がっていたいという気持ちもないわけじゃない。
「それで、調子はどう? 今まであんまり様子は見れなかったけど。ロッテちゃんのやらかし案件な難易度が基準なわけだし」
「なんか雪兎が辛辣なんだけど」
「クリアしたからいいけど、第二関門とか割とトラウマだし。ゴーウェンと一緒に何回溶かされたか」
「動画視聴している側もトラウマになるアレっスね」
「き、規定範囲からは逸脱してないから」
逸脱してなきゃいいって話じゃねえとは思うが、確かに視聴した身として思うところはある。特に俺たちはアレを基準とした試験に挑む身なわけだしな。
「リーダーやってるサンゴロとしてはどうなの? ここにいないサティナとか、あとデーモンちゃんだっけ? 全員含めてパーティ的にとか」
「正直なところ、リーダーが性に合わねえ」
「それはどうしようもないでしょ」
「割と死活問題だと思うんだが」
この歪な五人パーティは現在俺がリーダーを務めている。どうせ昇格するまでの暫定的なモノではあるのだが、いざやってみるとコレが意外に深刻なのだ。
前世では森梟なんていう盗賊団の頭をやっていたし、現世でも若い頃はチンピラの取りまとめをしていたりもしたが、実感として俺に適性があるとは思えない。今暫定リーダーをやっているのだって消去法でしかないのだ。
自分の事を含め、客観的に物事を評価するのには自信があるつもりだが、俺のリーダーとしての適性は中の下程度だろうと思っている。ないわけじゃないが、他に候補がいるならあえて選ぶほどでもないってくらいだ。
「まとめ役に向いてる奴がいねえって状況じゃなけりゃな。俺以外、全員致命的なまでに適性がねえのは……」
「な、何よ」
「いや、ロッテ嬢だけじゃなくな……いや、お前こそ経歴的に慣れてそうなもんだけど。ボスやってたんだろ」
「慣れてはいるわよ、慣れては」
配下のモンスターに命令するのは慣れてるらしい。それは聞いたが、本当にただ命令するだけだ。指揮官として全体を見た上で調整しているわけじゃない。他のメンバーに合わせる事はできるから、まるっきりダメってわけじゃないが、パーティリーダーとしての能力に結びついていない。ゴブサーティワンはもっとで、根っからの下っ端根性だ。メンバーの立場なら十分以上に及第点……どころか想定以上の結果を出せる事もあるから、それはそれでいいだろう。
サティナはかろうじて俺とどっこいの適性はありそうだが、経験が足りていないのが問題だ。やはりどうしても消去法で俺になるわけだ。
「外部のデーモンちゃんって人はどうなの? 暫定なのは変わりないけど、一応ウチに入る候補ではあるんだよね?」
「あいつは良く分からん。そもそもほとんど喋らねえし」
「分からんって……ああ、ゴーウェンみたいなものかな」
そのゴーウェンとやらは名前しか知らねえんだが、どうだろうか。
「意思疎通に問題があるわけじゃねえんだよな。むしろ……」
あいつこそ、俺たち五人の中では一番リーダー向きなんじゃないかと思う時もある。変な声でしか話せないのだって、兜の能力か何かが原因だというのも聞いている。脱げないわけでもなく、自分の意思で着けているのだとも。
普通ならクラスが枷になりそうだが、あいつの場合はそれを加味してもあるいはと思わせるところがある。戦闘中はほとんど暴走状態なのにそう思わせるというのはよほどだろう。
「……まあ、アイツにあんまり頼り過ぎるのもな」
「喋れないのに?」
「それを補ってあまりあるくらい強え」
あまりに能力が高過ぎてつい頼りがちになってしまう。そういう意味では、適性があったとしても現時点でリーダーを任せるべきではないとも思う。
「そうなんだ。確かにツナからも才能は間違いないって聞いてるんだよね。というか、普通の下級冒険者から見たらサンゴロたちだって相当なモノのはずなんだけど、それでも?」
「それでもだな」
「ヤバいっス」
「……えーと、現時点での完成度はともかく、才能だけならセラフィーナくらい? 方向性は全然違うけど」
「おー……って、ロッテちゃんから見てセラフィーナ基準とか……」
ここにはいないが、サティナも評価は大差ないだろう。口には出したくねえが、あいつも相当なものだと思う一方で、それとは比較にならないと断言できる。それがデーモンちゃんだ。
加えて言うなら、それがまだ発展途上の段階でしかないというのも大きな評価点だろう。同じパーティで近くにいるとより実感するのだが、成長速度が尋常じゃない。
クラスの特性上、窮地が窮地にならない事も大きいが、それ以上に土壇場でどうにかしてくるだろうという信頼感があるのだ。……それは、リーダーとして不可欠な資質だと思う。狂戦士というクラスの特性が明らかにリーダー向きでないという点を加味してもだ。
大将はそういった部分を見て、奴をクラン入りの候補として推薦しているんだろう。……というか、一体どこに問題があって未だ候補止まりなのか分からん。
「今度の試験で問題があるとすれば俺だな。この連中と一緒にやってると、自分の地味さを突きつけられて嫌になる」
「オイラもっスか?」
「ある意味お前が一番インパクトあるんだが」
ゴブサーティワンの戦闘を見て地味という奴がいたら正気を疑う。見てて正気を失いそうになる戦闘だから、ひょっとしたら俺たちが正気でないのかもしれないが。
「まあ、地味よねアンタ。一発があるのを加味しても、このままだと摩耶の下位互換になっちゃうし」
「クラス替えの代案がお前から出たんじゃなかったら張り倒してるぞ、おい」
自覚もある事だから否定はしねえが、わざわざ口に出す事じゃねえ。
「あれ、クラス替えるんだ?」
「今じゃねえが、ほぼ決まりだ。迷宮ギルドの担当クラスじゃねえから確認は必要だが、適性がないはずねえし」
「確認してないのに? というか、迷宮ギルド担当じゃないって何になるつもりなのさ。引越屋とか?」
「労働者ツリーじゃねえよ。……< 盗賊 >だ」
そう、俺に適性がないはずがないのである。
-2-
「……ここか。本当にここなのか?」
迷宮都市中央区画。その更に中央に近いところに、そのギルドの本部は位置している。
闇ギルド。俺が求めているクラスを取り扱っているのは、通称でもなんでもなく、正式名称がそのままな怪しいギルドなのだ。
盗賊や爆弾魔、通り魔、虐殺者などの如何にもな悪漢ツリー。泥棒、用心棒、喧嘩屋、暗殺者といった、裏社会の住人である無法者ツリー。ここはそういった胸を張って名乗らないようなクラス全般を扱っている。迷宮都市出身者なら別だが、デビュー前の冒険者では入る事ができない区画にあるのは、そこら辺も絡んでいるんだろう。
「警察署って書いてあるんだが」
「敷地は一緒ですからね」
たまたま迷宮ギルドで出会い、唐突な案内役を買ってくれたクロフレードは平然とそう説明した。その姿に迷宮都市に馴染んでしまった者との差を感じてしまうのは、未だ俺が外部の常識に縛られている証拠なのだろう。
なんせ、敷地の入り口にある看板は警察署である。あまり単語として馴染みはないが、衛兵など治安維持を行う者を軍から切り離して個別に組織化したのが警察らしいというのは覚えている。おそらく、大陸を見渡しても迷宮都市以外の場所にはない職業だ。つまり、どちらかというと悪漢や無法者を取り締まる側の存在である。
「内部で受付しないと利用できない形になってますが、建物としてはアレですね」
「アレ……なのか?」
クロフレードが指差す先にあるのは警察署本体の建物と同じ様式で造られているビルだ。コレで内部の留置場をギルドに使っているとかならあるいは納得したかもしれないが、独立した建物を充てがわれているのか。
こうして突きつけられても、悪漢や無法者が屯する闇ギルドという名前から受ける印象とは一切一致しない。
「まあ、管理しているだけで、実際に悪党が屯しているわけじゃないですしね」
「事前に説明されちゃいるんだが、どうもイメージがな。無法者になるための登録をする場所って認識が先行しちまう。無法者に登録もクソもねえだろってのは置いておいて」
「良く分かります」
お互い、前世で賊やってた身だからな。貧民街やスラムなどにある管理を放棄された廃屋や、山や森の奥の人が寄り付かない場所に造られたアジトしかイメージできない者としては違和感しかない。
あまり警察署の前で雑談し続けるのも良くないという話だったので、とりあえず中に入って受付を済ませる事にした。事前に連絡は入れてるし、迷宮ギルドから紹介状ももらっているので取次はスムーズだ。変な色眼鏡で見られる事もなく、手続きは淡々としている。
「しかし、良くそっちに手を出す気になりましたね。俺としては、過去の悪行を突きつけられているようで、むしろ避けていたんですが」
「化け物だらけの巣窟で頭角を現すには、普通にやってちゃダメって事だな」
もちろん、単に色物に手を出すだけなら論外なのだろうが、適性がある事が分かり切ってるのに利用しない……少なくとも候補に入れない手はないだろう。
今回だってただの見学ではなく、適性確認と情報収集の意味合いが強い。
「梟の成績は追ってますけど、十分過ぎるほどだと思うんですが。中級昇格を控えた遊撃士を基準にしても」
「……あそこにいると、それでも足りねえんだよな」
どうしても意識するのは、黒の衣装を好んで着る年下の先輩だ。最初は漠然とすげえなとしか思えなかったが、こうしてある程度でも同種の経験を積むと才能の違いに打ちのめされる。
別に仲が悪いわけではない。同系統クラスの後輩として教えてもらう事も多い。競争相手として見られていないというのもあるが、メンバー同士の関係としては普通に良好だろう。しかし、それらは当然評価と別のところにある。
冒険者にとって斥候は重要な役割だ。代替方法があっても、できればパーティーに一人は本職を確保しておきたいのが実情である。クランとしては小規模なウチでだって一人で役割を担えるはずもないから、二番手以降にだって出番はあるだろう。しかし、あそこにいると単なる下位互換では納得できなくなる。
試行錯誤を繰り返し、やれる事に手を出す。上手くいく事ばかりじゃないが、元々才能の塊みたいな連中だから、なんだかんだ形にして吸収する。そうして、スタンダードからは遠ざかり異形化する。クラス、ポジションから想像できる一般的なスタイルとは一致しないのがウチの連中だ。というか、元からスタンダードが存在しない連中も多い。そんな中で、今一番に検討すべき手段が目の前にあると分かっているのに、避けるほどの余裕は俺にはない。
「今、中級昇格を狙ってる中で、一番足りてねえのは俺だ。そこはまあ一朝一夕でどうにかできるもんじゃねーし、試験までの時間的にも手持ちの札だけでどうにかするしかない。だが、その後……中級昇格以降を見据えるとどうしてもな」
「狙ってるのは例の新制度の試験ですよね? 未だ合格者はいないんですが、アレを一発で抜けるつもりだと」
「そっちは俺が足引っ張らなけりゃ大丈夫じゃねーかな」
厳しいのは厳しいが、そこまで心配してねえんだよな。むしろ、アレを突破できると確信できるメンバーに埋もれているから焦っている面が大きい。
最悪、デーモンちゃんがいればなんとかしてくれる気がするってのは過剰にしても、他の連中だって大概だ。難易度を加味しても、十分以上に芽はあるだろう。
とはいえ、あんまり考えたくないが、失敗した場合は再試験の事も考えないといけない。新制度で失敗・キャンセルした際に発生する再申請までの期間はかなりの長期になるから、おそらく九月昇格も危うくなるはずだ。……となると、新クラスに変更する余地は十分にある。
「まあ、梟なら大丈夫なんでしょう」
「お前の俺に対するその謎の信頼感はなんなんだ。前も言ったが、サンドルじゃねーんだぞ」
ついでに言うなら、そのサンドルにしたって信頼に値する存在ではない。
「分かってます。なんせ、俺はファンクラブの一桁会員ですよ」
「マジかよ、お前」
デビューしたら自動的に作られるファンクラブで、俺のファンに登録するとか奇特な奴もいたもんだと思ったが、その筆頭だっていうのか。一応、二桁にはなってるらしいから、他にもそういう奴はいるのかもしれないが……そうか。
そんな、あまり知りたくなかった事実を聞かされたところで案内がやってきた。
警察署の別棟にある闇ギルド本部は、すでにギルドに所属している者以外はこうやって一度警察内で案内を受けないと入る事ができないルールらしい。移動するのも、警察署内から専用の渡り廊下を使い、チェックを受ける必要がある。
とはいえ、用も紹介状もない付き添いのクロフレードも普通に入れてしまうあたり、緩いルールなのだろう。
「単なる形式的なモノではあるが、一応犯罪に関するモノを取り扱っているわけだからね」
案内役の警察官と入れ替わりに現れたのは、やたら露出度の高い改造制服に身を包んだ姉ちゃんだった。迷宮都市で外見年齢などあてにならない事は分かっているが、見た目だけなら二十代後半から三十代と、最近見なかったタイプだ。
普通の警察官よりはよほど非合法って匂いはするから、多少は雰囲気が近づいた感があるな。ちょっとだけだが。
「アタシがこのギルドの代表をやってるセニエだ。よろしく、ゴロゴロ」
「誰がゴロゴロだ」
良く間違われる名前ではあるが、初対面で自己紹介すらしていない相手に使われるネタではない。……というか、責任者? ギルドマスターって事か?
「前に会った時はそう名乗っていたじゃないか。解剖屋」
「……誰だ? いや、あんたどこかで」
こんなところにいる人間に面識などあるはずがない。だが、その口ぶりは知り合いのソレだ。特に解剖屋なんてあだ名で呼ばれていた時期はそう長くはない。
「アンタがスラムで粋がってた頃の話さ」
「粋がってた覚えはねえんだが。……ちょっと待て、なんでこんなところにいるんだ、あんた」
朧げな記憶を手繰り寄せていくと、それっぽい候補が上がってきたが、同一視するには無理のある存在だった。
「知り合いですか?」
「……いや、たとえそうだとしても知り合いじゃねえな。俺がこの世界でチンピラやってた街で、裏稼業を牛耳っていたやつだ。挨拶だけはした事がある」
「十五年以上は前の話だね。あの頃はアタシも若かった」
それで正解かよ。どう思い返してみても、あの頃と見た目が変わってねえ気がするんだが。
「当時の事は大して覚えちゃいないんだが、挨拶に来た経緯が経緯だからね。人をバラバラにするのが得意な奴なんてそうはいない」
「裏社会のボスとはいえ、小さい港街の話だ。そんな奴がなんでこんなところでギルドの責任者やってる?」
明らかに格が違い過ぎる。この街では、どこぞの王族だって、それだけで大して特別扱いなどされない。一般市民や冒険者ではなく、ギルドマスターともなれば普通じゃないだろう。裏稼業の元締め程度が就ける立場じゃない。
「逆さ。アタシは元々ここの責任者で、あっちが仮の顔。情報収集がてら、大陸中のいろんなところでチンピラを取り仕切ってる」
「マジかよ……」
そうか。迷宮都市の情報収集の一環というわけか。十五年……いや、それより前の話だったような気はするが、それでも有り得なくはない。
迷宮都市が各国の政治中枢にまで入り込んでいるってのは聞いているが、そっち方面も網羅しているって事か。改めて、この街が恐ろしくなるな。
「一応、そういう跳ねっ返りどもの中から才能を見出して迷宮都市にスカウトする目的もあるわけだけど、そっちはあんまり芳しくないんだよね。そういう場所に行き着いた奴は基本的に向いてないのが迷宮都市の冒険者だからね」
「それなら、その頃にスカウトしてもらえば、もう少しいい人生を送れた気もするんだが」
「その頃のアンタはギフト以外見るところがなかったしね。正直、ここでこうして会っているのが不思議なくらいさ」
別に見込みがあったから覚えてたわけじゃねえのか。そりゃそうかって納得もできる。俺があの頃にこの街で冒険者になっていたとして、芽が出ていたとも思えない。下級でその日暮らししてるのが目に浮かぶ。噂の酒場の常連になってそうだ。
「というわけで、見覚えのあるチンピラが珍しく迷宮都市にやってきたから、ただの案内でもアタシがこうして顔を出したわけだ」
「そりゃ責任者なら詳しいだろうから、助かるっちゃ助かるが」
本当だろうか、という疑問は消えない。何か他の理由があるのではないかと。
「本当だよ。あんたの所属してるクランや渡辺綱に興味がないって事はないけど、ただの興味本位以上の事はない」
「表情読むんじゃねえよ」
「昔よりは偽装できてるじゃないか」
そりゃそうだ。あの頃はまだ前世を引き摺って梟が剥き出しの状態だったのだから。
「その頃の梟に興味がありますね」
「お、興味あるかい、クロフレード。所属したらいくらでも聞かせてあげるよ」
「悩むところですが、忙しいのでそれはちょっと……」
「そもそも興味持つんじゃねーよ」
どうやらクロフレードのほうは普通に知り合いらしい。明らかに冒険者としての知名度は上だし、前世の事を考えるならここに足を運んでいてもおかしくはないか。避けていたとは言っていても、なんだかんだでこいつも元梟なのだから。
「さて、ただ無駄に雑談してるのもアレだから、お仕事しようかね。今日の目的は適性検査って話だったね?」
「ああ、今すぐって話じゃないんだが、確認しておこうと思ってな」
「では、本ギルドへの所属は如何?」
こちらを見るセニエの表情が急に試すようなものに変わった。
「……冒険者の場合は免除対象って聞いてるんだが」
「もちろん任意だよ。そこのクロフレードもそうだしね」
「俺はそもそも所属どころかクラスに就いてもいないんですが」
「細かい事はいいんだよ」
細かくはねえと思うんだが。
以前に調べているが、この闇ギルドと呼ばれる組織は冒険者が所属する迷宮ギルドとはあくまで別組織という扱いだ。
ギルドはそれぞれ別の職業を管理する組織で、所属ギルドから仕事をもらう事になるのが本来の形である。これは迷宮都市の外でも変わらないし、俺自身も傭兵ギルドに所属していた身だ。
つまり、このギルドにも固有の仕事があるというわけで、所属者は当然その仕事をこなしているという事になる。
「そもそも、ここは何してるギルドなんだ? 他のギルドと違って公開情報は少ねえみたいだが」
「曲りなりにも犯罪関連の情報やクラスを取り扱ってる組織だからね。やってる事はいわゆるお巡りさん……警察官なわけだけど。アタシも一応警察官さ」
「一番遠いところにいそうな職業なんだが」
場所的に関係はあるんだろうが、どちらかといえば取り締まられる側ではないだろうか。
「掻い摘んで言えば、迷宮都市を含む、大陸各地の非合法組織の捜査が主な仕事だね。単に捕まえるだけじゃなく、監視や潜入調査もする。当然、情報収集や分析も担当。ここで取り扱っているクラスや装備はその副産物って一面が強い」
「それにしちゃ、トップに収まって上納金巻き上げてたみたいだが」
「単に犯罪組織を潰すだけなら、アタシらみたいなのはいらないんだよねぇ」
それもそうだ。言い返しはしたが、ここまでのやり取りでおおよその立ち位置は理解している。
要するに、ここは世界の犯罪勢力をコントロールしている場所なのだろう。迷宮都市にとって問題がなければ取り締まったりもしないし、必要なら非合法な手段を使う側にもなる。そういう組織だ。
「その他には、迷宮都市を追放された奴の後始末なんかも多い。価値観が歪んだ馬鹿は悪さする事も多いからね」
……確かに多そうだ。どうしてこうも落伍者の心理に共感できてしまうのか。
「興味ねえ事はねえが、これから忙しくなりそうなのが問題だな」
「時間なんて作るもんさ。自分ところのトップを見ての意見っていうなら、ありゃただの経験不足だよ。渡辺綱も、できそうだからってそれを振ってるマネージャーもね」
「ずいぶんとウチの内部事情に詳しいようで」
とはいえ、分かってて口を出さない俺も強くは言えねえな。直接関わったわけじゃねえが、大将の精神状態を考慮するに、スケジュールに余裕ができるのが一概にいいとは言い切れない側面もある。
というわけで、ギルドへの所属は一旦保留という事にして、ここにきた目的を果たす事にした。保留といっても口だけではなく実際に興味もあるから、そこら辺も昇格してから検討だ。
各クラスの適性試験、適性のあるものを中心としたクラスの解説確認、ついでにこのギルドの業務や所属した場合に受けられる講習や勉強会、訓練について、かなりスムーズに話は進む。案内役がギルドマスターだからなのか、単にこういう目的でここに訪れる者が少ないからなのか、思っていた以上に早く終わった。
こうして情報を得て、より鮮明に思うが、確かに安易に表に出してはいけない情報も多いな。犯罪者を取り締まるためにはその手口を学ぶ必要があるとはいえ、こういったノウハウをバラ撒いてもいい事はない。というか、こうして軽く触れただけでも巧妙過ぎる手口の例がポンポン出てくるあたり、自分がやっていたのは野蛮人の盗賊でしかなかった事を思い知らされる。別に裏稼業を極めたいわけでもないんだが、敗北感を覚える。
「……< 盗賊頭 >ね。それを含めて高適性クラスが多数と……あんたはなんだかんだでそこまで適性高くないと思ってたんだけど。前世で相当やらかしてるのかね」
「まあ、色々な」
俺の前世についての情報はすでに迷宮都市にも提出済だが、その詳細まで知っている者はかなり限られる。単に現世での表面上な情報と今の俺を見れば、普通はセニエの意見になるのかもしれない。
なんせ、前世の俺は盗賊どころか非合法活動の自動実行人形みたいなものなのだ。それしか知らずに生涯を終えたくらいなのだから、適性がないわきゃない。
ただ、意外なのは適性クラスが通常の< 盗賊 >ではなく、その上位亜種ともいえる< 盗賊頭 >になっていた事だ。森梟時代も、そこまでトップだった自覚がなかったからピンとこない。まあ、上位といっても比較的珍しいというくらいなので、クラス自体の条件が緩かったりするのだろう。
その他、適性のあったクラスの中には冒険者としての活動で有用なモノも多く含まれる。クラン内での斥候役の必要性やこれまでの経験を活かすなら近似職である< 盗賊頭 >、及び< 悪漢 >ツリーになるわけだが、ツリーが異なる< 暗殺者 >の適性が高いのも悩ましい話である。これらを組み合わせるだけでも、遊撃士ツリーで成長するのとは異なる形になるのは明らかだ。中級昇格までの検討に加えて、中核メンバーで話題に挙がる事の多いセカンドツリーまで考慮する必要がありそうだ。
「ちなみに、ウチに限った話じゃないが、クラスってのは多少なりともそれに就く者の精神性に影響を与える。こういった反社会的なクラスに手を出すなら、そこら辺も注意しないといけない」
「……まあ、そうだよな」
言われてみれば当然の話だ。関連するスキルや特性を身につけ、行使する以上、そのクラスに引っ張られる事自体が目的な部分もある。迷宮ギルドのほうではそこまで言われないが、< 戦士 >だろうが< 魔術士 >だろうが同じだ。
ちなみに闇ギルドの長であるセニエは何の影響を受けているのかと聞いてみたら、< 娼婦 >の上位亜種である< 娼姫 >らしい。……なるほど、影響受けているんだろうな。
-3-
――Action Skill《 絶孔穿 》――
――Skill Chain《 リープスラッシュ 》――
デーモンちゃんが派手にボスを撃破する脇で、最後まで残っていた取り巻きモンスターのHPを抜き、首を刈る。
《 刺突武器技 》の《 絶孔穿 》と《 鎌技 》の《 リープスラッシュ 》というかなり特殊な連携スキルは、現在の俺が最も得意とする攻撃手段だった。連携自体の博打要素が高く、俺の技術不足もあって成功率はそう高いものではないが、一対一の状況下なら選択肢に入る程度には使いこなせてきた。
「それができてお荷物とか、燻ってる斥候職が聞いたら刺されそうなんだけど」
モンスターの首が落下するのに合わせて着地したところで、後ろからロッテ嬢がそんな事を言ってきた。フォローの準備はしていたようだが、不発だ。
「燻ってる連中と比較して、お荷物になってるつもりはねえよ。俺の比較対象は摩耶の嬢ちゃんだし……」
片付けはしたが、周囲の警戒は怠らずに返答する。
大体、下級冒険者の段階だとスキル連携自体が割とレアだ。前衛でも少なく、斥候職となると更に割合が減るのは知っている。トライアルの時点から普通に使いこなしていた大将たちがおかしいのだ。
――Action Skill《 蹂躙撃 》――
そのタイミングでもう一方のモンスターが沈む音が鳴り響いた。沈むモンスターを背にそちらのほうから歩いてくるのは、ボスと直接やり合っていたデーモンちゃんだ。ついでにゴブサーティワンの姿も確認できる。
「当然、アレとは比較にもならねえ」
「まあ、アレは仕方ないわね」
デーモンちゃんのクラスは< 狂戦士 >だ。純前衛の中でも特に扱いが難しく、特にパーティとの連携に難のあるクラスではあるが、その一方で強力なスキルと特性を備える。特に今回のボスのような状態異常を多用してくる相手には天敵と言っていいだろう。
ここのボスは蹂躙する双頭獅子なんて名前のモンスターだったが、蹂躙されたのは自分のほうだったというわけだな。
「た、盾が切れたっス。あぶねえっス」
混乱、暴走、魅了といった精神系異常を力に変える狂戦士はどうしても防御面が疎かになりがちだ。クラスの一般的な弱点として挙げられるのも防御面であり、突発的に危機的状況に陥り易いのは彼女も同じである。
後衛からのサポートは届くものの、フレンドリーファイアの危険が付き纏う狂戦士に並び立てるタンクはそういない。ゴブサーティワンはそんな弱点をカバーできる稀有な存在だ。
床に転がる盾の残骸はその証拠である。耐久限界を超えて消滅したモノも多いだろうから、実際にはもっと多くの盾を消費しているはずだ。
普通、タンクがこれほど盾を消費する事はない。そもそもそんな状況を想定しないのもあるが、盾が保たないような状況に追い込まれた場合、扱う本人も無事で済まない可能性が高いからだ。その点、ゴブサーティワンは数度なら致命的なダメージを受けても復帰できる。致命的なミスがミスとならないのは、狂戦士の弱点を潰す事にもなるのだ。
その結果本人はボロボロになるわけだが、それは今更である。要所要所でボスの猛攻とデーモンちゃんのフレンドリーファイアを受け続けた結果がコレなわけだから、普通のタンクなら何回も死んでいるだろう。
「また、あまり活躍できませんでした」
一方で少し離れたところで控えたまま落ち込んでいるのは、普通の下級魔術士なら召喚獣を常時召喚できるのはせいぜい一体と言われているところで、平然と三体呼び出したままのサティナ。
彼女の飛び抜けたところはその圧倒的なMP量と魔素変換速度、そして明らかに蟲の影響を受けた並列処理である。召喚を含め、攻撃、補助、回復、阻害、どれもが未熟で非効率な魔術構築をいくら魔術を行使しても尽きないリソースという物量でカバーする。
同じくあまり活躍の場がなかったロッテ嬢もモンスター時代の力を取り戻しつつあるようだし、やはり俺が一番お荷物になるのではという懸念は拭えない。
……改めて、なんだこいつらって感じだ。どう考えても俺の自己評価は間違ってねえだろ。
「この後精算して、少し休憩入れてからギルド会館内の訓練場を借りて連携訓練に入る。ジェイルのヤツが模擬戦の相手を用意してくれるって話だから、夕方からは移動だ」
未だ暴走状態にあるデーモンちゃんが元に戻るのを待ちつつ、軽いブリーフィングを始める。
頭のおかしくなりそうなハードスケジュールだが、誰からも不満の声は上がらない。何故ならば、これは予め決まっていたスケジュールで、更に言うならその一部に過ぎないからだ。俺たちは通常の訓練としては明らかに効率の悪い、長時間の訓練をあえてやっている。
「できれば、本番までの間に一回は無限回廊に籠もっておきたいが、テントの調整でスケジュールはまだ未定だ。装備の件もあるが、ラディーネ次第だな」
「休憩場所が一切確保できない中での攻略とか、私も未知の領域だしね」
これらの訓練は、すべて中級昇格試験を見据えたものだ。
試験日はすでに決まっていて、五月の末日がその実施日となる。これは六月昇格の期限ギリギリに合わせた。似たような事を考えたのか、同日に試験を入れているパーティは複数いるらしい。マネージャーも事務処理を担当した他の職員から嫌な顔をされたとかなんとか。
「あの、例の< 煉獄の螺旋迷宮 >は、ロッテさんでも詳細が分からないのでしょうか? 傾向とか」
「名前と簡単な特徴くらいしか知らないわね。ずっと個別ダンジョンにも使われてなかったし」
俺たちに用意された試験は< 煉獄の螺旋迷宮 >という。詳細は不明。わずかに分かっている特徴から判断するだけでも、かなり異色なダンジョンなのは間違いない。
「どうせ調整されるだろうけどね。ただ、中継ポイントなしっていうのと、竜巻状のダンジョンをぐるぐる登っていく形は変わらないと思う」
「螺旋の形そのままってわけか」
ただのイメージだが、俺はその形にあまりいい印象を抱けない。一周進んでも、元の場所に近いところに戻ってくる構造が転生を想起させるからだ。それは俺の死のイメージにも似ている。
「あと、前にも言ったけど、ひょっとしたらバグが出るかもしれない」
「いくら調べても良く分からないんだが、結局そのバグってなんなんだ? ディルクに聞いても大した事は知らねえし」
「仕組みは未だ分かってないらしいんだけど、個別のダンジョンで極端な設定をするとバグってモンスターが発生するのよ。大抵はオープン前に調整を重ねる段階で出なくなるんだけど、今回のはほとんど実例のないダンジョンだし」
「ナユタ様によれば、むしろ自分たちは遭遇する環境になかったという話でした。一〇〇以降でも」
「手が加わってない状態ならまず出ないものなんでしょうね」
「オイラも話に聞いた事しかないっス」
「実は私もないのよ」
随分と珍しいモンスターらしい。こういう時、大将なら問答無用で遭遇したりするんだろうが、俺たちはどうだろうな。……条件を考えると、遭遇する下地は十分にありそうなのが困る。
「対策は立てようがないんだろ?」
「特徴が個体によってバラバラらしいしね。一応、専用で< バグハンター >っていうクラスはあるけど」
一応、存在だけは知っている。冒険者でお目にかかった事はないが、ギルド職員には複数いるとかなんとか。
「いないもんを勘定に入れるわけにもいかねえだろ。まあ、警戒だけはしとくって事で。俺たちには警戒しなくちゃいけないモノは山ほどあるからな。特に死亡時のリカバリーの問題で、ゴブサーティワンに頼る場面が多くなりそうだ。悪いが頼むぜ」
「慣れっこっス。使わせてもらってる< 暴雄の畏斧 >の分くらいは追加で活躍したいところっスね」
「ゆ、ユニーク装備くらい私も持ってるし」
「なんで姉ちゃんが張り合うんスか」
全身ユニーク装備で固められるくらい所持してる癖に何を張り合っているのか。どれもあまり戦闘向きじゃないっぽいが、下級冒険者なんて量産品で戦うのが普通……いや、このパーティでいうならそうでもないな。俺ですら、地味に特注品使ってるわ。あまり前に出ない俺だが、そろそろ武器の新調も考えないといけない。一応、更に改良を加えたモノを用意してくれるって話になっているが、それが試験に間に合うかは微妙だ。
そんな感じで話が脱線し始めたところでデーモンちゃんが落ち着いてきたらしく、ダンジョンを抜ける事にした。
試験までの日程にはまだ余裕があるものの、訓練訓練また訓練と、同じ昇格試験を控える冒険者でもドン引きしそうな過密スケジュールをこなしていく。
抜けない疲労、鈍る判断力。視野が狭くなり、適性に乏しい俺の指揮能力はロクに機能しない。だが、そのギリギリの状況が目的なのだから割り切るしかない。
ここまでやっても、日程が進むにつれて不安になる。大小の差こそあれどおそらく全員が抱えてる不安の中で、俺は他の連中の成長速度を見て更に不安になるという有様だ。疲労がピークに達して正確に分析できている気がしないのは分かっていてもだ。
周囲では新人戦の話も出始めた。もちろん俺たちも出場予定なのだが、今はそちらに注力する余裕はない。ギルド側も分かっているのか、ギリギリまで昇格の可能性がある者に関してはチーム編成などの便宜は図ってくれるらしい。多分、試験に成功しても失敗しても、ほとんどぶっつけ本番で対策などはとれないだろう。
ちなみに、ウチのメンバーでは三月に中級昇格を決めた六人も新人戦の出場者だ。すでに中級に昇格済の奴が新人ってだけでも反則みたいなもんだが、中身はもっと反則みたいな連中だから困る。対戦相手はご愁傷さまって感じだ。
「つーか、早えよお前ら。一緒にトライアル抜けた俺から見たら、どうなってんだって話なんだが」
「真似する必要はねえと思うぞ。正直、焦っているのも分かってる」
「それにしたってって思うがな」
ある日の自主練。時間が合うからと付き合ってもらったジェイルが極当たり前の視点で指摘してきた。ペースも訓練も異常なのは分かってるから指摘されるまでもないんだが、疲れ切った俺の姿を見て心配をかけているのかもしれない。
でも、ウチの連中だと大して気にも留められないんだぜ。どれくらい疲れてるのか分かった上で、それくらいの事は良くあるって感じでスルーされるのだ。
「元々早いだろうなとは思って自分の中に予防線を引いてたんだが、どうしても比較しちまう」
「俺も似たようなもんだ。お互いヤバい連中に囲まれてると辛いね」
「お前が言うのかよとも思うが、共感できるのが困った話だ。そっちほどじゃねえが、ウチもヤベえ」
そこまで詳細を聞いているわけじゃないが、ウチの大将との関係性を考えるだけで、そうなんだろうなと納得できてしまう。
「あー、それで実は頼みがあるんだが、新人戦の編成枠空いてないか? お前ら今五人なんだろ?」
「あんまり考えてなかったが、確かに三人チームにするなら空いてるな。調整できるかは怪しいが別に構わねえよ」
「もう一人いるにはいるんだが、面倒だって言って出る気ねえんだよな。助かる」
最悪辞退まで考えていたし、なんなら別に三人じゃなくても試合は成立するだろうから検討すらしていなかった。なら、そこにジェイルが加わっても問題はないだろう。
という事は俺とこいつとサティナが一番収まりがいいって事になりそうだが……まあいいか。
「しかし、アレだな。お互いここまで急激に強くなると、ここまでの人生がなんだったんだって気にならないか? 騎士と傭兵じゃ違うのかもしれないが」
「言いたい事は分かるし共感もしてるんだが、俺の場合はちょっと事情があるから同意まではできねえ。転生者との違いって事だな」
「そういうもんか?」
戦闘に関する部分で考えるなら、半年前までの俺と今の俺はまるっきり別人だ。なんなら、以前所属していた傭兵団を一人で壊滅させる事だってできるかもしれない。
とはいえ、その傭兵時代をはじめ、チンピラやってた時代、前世のクソ梟の時代を含めて構成されているのが俺という自覚もあった。そうしないと前に進めない業を背負っているから当然なのだと。
大将に比べたら屁でもないような重さの業だが、本質的なものはきっと同じなのだ。目を逸らさず認める事でようやく前に進める。だからこそ、その先を見てみたいとも思う。
「まあ、お前はそれでいいんじゃねーかって感じはする。というか、俺たちの周りは重いモノ抱えた人間が多過ぎなんだよ」
「だよな。目標が好きな子と結婚する事でもアリだよな」
「おーアリよアリ。上手くいったら祝福するぞ」
「……結構前からガチで避けられててどうしようか悩んでるんだが」
「それは知らねえ」
脈なさそうなら他当たればいいのにと思ってしまうのは俺だけだろうか。ツラはいいし、出自も良くて冒険者としての将来性もあればどうにでもなりそうな気はするんだが。
それがモチベーションになるっていうなら、そういう宙ぶらりんな状況もアリなのかもしれないな。
-4-
そうして、過密スケジュールの連続であるにも関わらず、試験の日はあっという間にやってきた。やはり、どれだけ覚悟してても緊張はする。
「さて、ウチは忙しい連中が多いので、今日の引率はワタシだけだ。あと手伝いのパンダ」
「そもそも引率は必要なのかって話なんだが」
「今回に限っては必要だね。色々渡すモノもあるし」
あとは転送ゲートに飛び込めば試験開始という段になって、俺たちは何故か全員まとめてラディーネの話を聞いていた。訓示か何かでも言い始めるのかとも思ったが、ちゃんと用はあるらしい。
「といっても、必要なモノは事前に受け取ってるが」
休憩地以外でも使えるように調整された新型のテントを始め、消耗品の数々はラディーネの手によるものだ。試用の意味も強く、レポートも必須だが、正直助かるなんてものじゃない。実用性もそうだが、金銭的な部分でも。
「まずはこいつだ。ちょっと運命的なモノを感じるね、ワタシは」
「なんだ?」
ラディーネが投げて飛ばしてきたカードを受け取る。ちょっと前までの疲労の抜けていない状態であれば落としていたかもしれないが、どうやら万全らしい。
「キミの特注武器だが、最新の調整版をなんとなく< 流星騎士団 >専属の鍛冶師殿に依頼したんだが、そんなモノができた」
「……< ミネルヴァ >?」
受け取ったカードに描かれているのは、いつもの俺の……刺突用の短剣と鎌を組み合わせた特殊な形状の武器が描かれている。多少の差異こそあれど、それ自体に驚くところはないが、名称が違った。
「中級昇格イベントの際にワタナベ君が受け取ったという< 童子の右腕 >のように専用装備ではないが、それでもユニーク武器だ。なんとなくで依頼してみたワタシもワタシだが、実に運命的だね。……と、あんまり嬉しそうじゃないな」
「いや、俺も業に囚われてるなって思ってな。手放しに喜べはしねえ」
とはいえ、この土壇場で性能が上がった新装備は助かる。
「あとはデーモンちゃん」
次に呼ばれたのは、意外にもデーモンちゃんだった。本人も声をかけられるのは意外だったのか、無言の中にも動揺を感じる。
「キミの鎧を新調した。< 黒斧ローゼスタ >も使用を許可するとの事だ」
『……アナタハ』
「当然、話は聞いている。いいじゃないか、どうせならこの中級試験を通ったらワタシも全面的にクラン入りの支持を約束しよう」
『ガゼン、ヤル気ガ出テキマシタワ』
……わ?
久しぶりに聞いたデーモンちゃんの声は相変わらず虫の鳴くような声に変換されているが、それよりも気になったのは口調だった。これまでは口を開いても無機質で簡素な言葉だけしか話さなかったのだが。
「というわけで、試験開始したら正体を明かしてもいいぞ。その鎧はそのために用意した。別段、デザイン以外は特別というほどのものではないがね」
何故か、今までにないレベルで強大な気迫を感じる。あまり考えた事はなかったが、それほどまでにデーモンちゃんはクラン入りに燃えていたりするのか。
「じゃあ、次は私?」
「いや、コレで終わりだ」
自分は何がもらえるのかと期待に満ちていたロッテ嬢の表情が、分かりやすく沈んだ。同じように何もなかったゴブサーティワンやサティナは平然としているんだが。
どっちかというと俺やデーモンちゃんへ渡すモノがイレギュラーだったんじゃねーかな。あの様子だと、正体とやらを明かす事も前から決まってたわけじゃなさそうだし。
「代わりというわけじゃないが、無事合格したら祝賀会をやる準備は整っている。残念会にはしないように」
「大将たちが試験を受けた時はなんかすげえ酒を用意したって聞いてるんだが……」
多少金を出せば美酒にありつける迷宮都市でも別次元の旨さと希少性だったって聞いている。そこまでいかなくとも、奮発して未知の酒を用意してくれたら少しだけやる気が増すというものだ。
「キミらは未成年ばかりじゃないか。アルコールを用意してないわけじゃないから自重したまえ。……ひょっとしたら勘違いしてるかもしれないが、デーモンちゃんも未成年だぞ」
「……マジかよ」
そりゃデーモンちゃんは年齢不詳だが、成人が俺だけとか……どうなってんだ。まさか、さすがにコレで鎧を脱いだら幼女だったりしないよな。
何気なしにデーモンちゃんに視線をやっても特に反応はない。とはいえ、否定しないって事は未成年ってのは合ってるんだろう。
「ま、試験自体はそこまで不安視していない。キツイのはキツイだろうが、キツイだけでそれ以上じゃない。それくらいなら、キミたちは大丈夫だろう?」
「簡単に言ってくれるな、オイ」
キツイ以上の出来事に遭遇し、乗り越えているのがウチの大将なのだ。それに追いつく気なのだから、これくらいできて当然と言うのも分かる。ラディーネも多分、本気でそれを疑っていない。
彼女が疑っていない結果はせいぜい十分くらいの未来だが、俺たちにとっては途方もなく長い試練になるだろう。
煉獄の螺旋迷宮の詳細が描かれるかは今のところ不明。(*´∀`*)
◆お知らせ関係(*´∀`*)
この更新直前まで実施していた、クラウドファンディング その無限の先へリスタートプロジェクトについてイニシャルゴール、ストレッチゴールを無事達成し、本作品の再出版が開始します。
とりあえず既刊分の再出版が続く関係から、2章分の次回も早めに実施予定です。
詳細は以下のリンクなどから。発売時期などの最新情報はTwitterが一番早いと思います。(*´∀`*)
 







